NAFTAでのキモヲタのソナタ
オバマのロゴは、ライジング・サン、日の出を表してます。それは、彼が昇る太陽、またはライジング・スターだからです。アメリカこそが日が昇る大地なのです。しかし、ライジング・サンで思い起こされるのが、イギリスのロックグループのアニマルズのヒット曲「The House Of The Rising Sun」です。「日出家」とでもいいましょう。「Rising Sun」は、昔あったニューオーリンズの売春宿の名前だそうです。「日出宿」とでもいいましょうか?あれがアメリカの現実だったのです。白人男性至上主義社会という現実です。しかし、アニマルズはイギリス人なのに、歌うときの訛りは、アメリカの黒人英語なのです。

ブルック・シールズ
が12歳で出演した映画『プリティー・ベイビー』がありますが、それこそ、第一次大戦中のニューオリンズの日出宿を舞台にしたものです。ニューオリンズは南部ルイジアナ州の町であり、ジム・クロウが蔓延り、そして女性の市民権すらないときです。黒人も女性も市民権がなかったのです。セカンドクラス市民だったのです。ともに人身売買、黒人は奴隷として、そして女性は娼婦として。黒人は解放されましたが、ジム・クロウによって市民権は事実上ありませんでした。つまりアメリカは白人男性至上主義国家だったのです。

しかし、映画に出演している白人がみんな黒人訛りで話しているのは異様でした。ブルック・シールズも黒人英語でした。っていうか、私も中西部に住んでいたときは、テネシー出身の同僚の白人の女の人がやはり黒人英語で話してました。っていうか南部訛りですね。黒人英語が南部訛りを源流としてますから。

ニューオリンズは、「新しいオルレアン」という意味で、この12歳の少女が天命に目ざめて、オルレアンの少女の再臨になるのかと思いましたが、期待はずれでした。しかし、日出宿に、ブルジョアが出入りしていた、上院議員まで社交の場として使っていたとは、驚きでした。最近では、ニューヨーク知事が買春で辞職しましたが、それだけの大物を相手にしていたとは、この日出宿は、Courtesan(高級娼婦)の宿だったのでしょう。Hooker(道端の売女)の館ではなかったようです。

この売春宿で働く黒人は、女性はメイドで、男性は「教授」と呼ばれるピアニストでした。召使いかエンターテーナー、その黒人ステレオタイプというものがこの映画に鏤められてました。また宿にはブードゥー呪術師がいて、これも黒人女性です。呪術師は宿を清め、娼婦にラッキーチャームを与えます。女性が祭司を司っていたというのも興味深いです。古代日本も神託者は女性が圧倒的に多かったそうですね。ニューオーリンズは男権のカトリックでナポレオン系の法律で運行していますが、ブードゥー・クイーンがニューオーリンズの宗教的教皇だったようです。ハイチ革命の亡命者が流入したことにより黒人の伝統が一番強く残っていたので、宿の祭儀的な部分に取り入れられたのでしょう。しかし黒人のスピリチュアリティーが、白人娼婦の間で、サブカルチャーの間で取り入れられていたというのは、注目に値します。それは、西アフリカ社会が母系だったことに由来するものでしょう。 それに売春宿は、女性社会なので、女系のヴードゥーがその体質に合ってたのかもしれません。

ホンキートングやラグタイムピアノも、娼婦と踊るために開発されたダンスミュージックらしいですし、アルゼンチンのタンゴもそうです。そのラグタイムがカリブのリズムと混合して、ジャズができたようです。ニューオーリンズは、まさにジャズ発祥の地ですね。遊女歌舞妓も、出雲の歩き巫女が作りましたから。歴史的に娼婦と呪術と芸能というのは、強い繋がりがあったんでしょうね。でも、映画の音楽がよかった。「Winding Boy」「Careless love」「Mademoiselle from Armentieres」など。ほんと、サウダージですよ。まさニューオリンズの生活は、サウダージだったんです。

ブルック・シールズが、黒人の男の子にセックスを迫ったとき、黒人メイドに、
「白人は黒人と交わっては行けない!二階にあがって彼女たちとやってる人の中で黒人はいないだろう!」
と叱られ、売春宿の女将に鞭でせっかんされます。黒人男性が白人女性に対して口笛を吹いただけで、リンチされて木に吊るされる時代だったんです。それは、白人男性もおなじで、小泉八雲も黒人女性と結婚して、オハイオ州のコミュニティーから追放されました。しかし、そのオハイオ州から現在ではもっとも進歩的なクシニッチ下院議員が出ているというのも、皮肉です。オバマの両親もハワイで結婚しましたが、あの時代は異人種結婚が犯罪である州もあったのです。つまり異人種間でセクシュアルな関係は持てなかったんです。セクシュアリティーの統制は、「州権」という錦の御旗のもとで、行われていたわけです。現在の、同性愛結婚禁止も「州権」によって行われているのです。

しかし、ブルック・シールズを叱った黒人メイドも、
「私は牧師の妻だ」
と自負していました。つまり、あの時代、黒人が唯一尊敬されるとしたら、エンターテーナーか牧師だったんです。マジカル・ニグロとしての役割だけだったんです。社会がどうなっているかというのを教えたのです。

マジカル・ニグロの例を挙げましょう。ペンキ屋の少年のトム・ソーヤの師匠はハックルベリー・フィンです。そして、フィンの師匠がジムという黒人奴隷です。ジムがマジカル・ニグロとなります。

この映画でも、マジカル・ニグロが出てきます。ピアニストの「教授」はそうですし、黒人メイドが、子育てをします。つまり白人が主人公、そして人生の師は黒人という。

しかし、21世紀になって、オバマはそれをひっくり返したのです。自分の人生の師は、白人。白人の母親に育てられ、白人の祖父母に育てられたのですから。そして主人公は黒人なのです。つまり、マジカル・ニグロからマジカル・ホンキーとなったのです。それは、アメリカ史において、コペルニクスの大転換と言えるでしょう。

女性の役割も変わってきます。この映画は、白人女性に焦点を当てたものでしたが、Temperance Movementにより、売春宿は取り壊され、アブサンが禁止されました。飲酒と売春は二大悪(喫煙がどうして入ってないのか疑問)とされ、それで憲法改正によってアルコールが禁止され、マフィアが巨大化します。それと同時に憲法改正で、女性が市民権を得ます。つまり、禁酒法と女性参政権はセットだったんです。そして、映画の売春婦たちは、売春業から解放され、北に渡り、自由を獲得します。

しかし、いまや黒人も女性も大統領に立候補できるのです。オバマとヒラリー、私たちは偉大な時代に生きているのです。アメリカが、やっと変わるのです。The House Of The Rising Sunは、もはや売春宿ではなくなるのです。The House Of The Risng Sunは、ホワイト・ハウスですが、そこは今まで白人男性しか住めませんでした。そしてやることと言えばケネディーのように、またはクリントンのように女性を連れ込んではセックスするという売春宿だったんです。しかし、そこにオバマがやってくる。ホワイトハウスが売春宿ではなく、希望の家となるんです。そうすれば、「The House of The Rising Sun」というブルーズの曲は、もはやブルーズではなくなり、希望の曲となります。売春宿の悲劇ではなく、ホワイトハウスの希望となるのです。黒人と白人女性は、売春宿の人間ではなく、ホワイトハウスの人間となるのです。オバマとヒラリー、私たちの希望なのです。大統領と副大統領、アメリカ建国以来ずっと白人男性でした。ホワイトハウスの住民は、白人男性だけだったんです。しかし、オバマとヒラリーがもし当選すれば、黒人男性と白人女性、そう、「The House Of The Rising Sun」は、まさに希望となるのです。

まっ、副大統領はヒラリーがなるかどうかわかりませんが、女性であることが望ましいですね。そうすれば、アメリカの歴史が変わるのです。それこそ、変革というものでしょう。女性を選ぶことで、オバマの叫ぶ「チェンジ!」は、より強いものとなり、「Yes We Can!」となるんです。
Change We Can!


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ブルック・シールズ
が12歳で出演した映画『プリティー・ベイビー』がありますが、それこそ、第一次大戦中のニューオリンズの日出宿を舞台にしたものです。ニューオリンズは南部ルイジアナ州の町であり、ジム・クロウが蔓延り、そして女性の市民権すらないときです。黒人も女性も市民権がなかったのです。セカンドクラス市民だったのです。ともに人身売買、黒人は奴隷として、そして女性は娼婦として。黒人は解放されましたが、ジム・クロウによって市民権は事実上ありませんでした。つまりアメリカは白人男性至上主義国家だったのです。

しかし、映画に出演している白人がみんな黒人訛りで話しているのは異様でした。ブルック・シールズも黒人英語でした。っていうか、私も中西部に住んでいたときは、テネシー出身の同僚の白人の女の人がやはり黒人英語で話してました。っていうか南部訛りですね。黒人英語が南部訛りを源流としてますから。

ニューオリンズは、「新しいオルレアン」という意味で、この12歳の少女が天命に目ざめて、オルレアンの少女の再臨になるのかと思いましたが、期待はずれでした。しかし、日出宿に、ブルジョアが出入りしていた、上院議員まで社交の場として使っていたとは、驚きでした。最近では、ニューヨーク知事が買春で辞職しましたが、それだけの大物を相手にしていたとは、この日出宿は、Courtesan(高級娼婦)の宿だったのでしょう。Hooker(道端の売女)の館ではなかったようです。

この売春宿で働く黒人は、女性はメイドで、男性は「教授」と呼ばれるピアニストでした。召使いかエンターテーナー、その黒人ステレオタイプというものがこの映画に鏤められてました。また宿にはブードゥー呪術師がいて、これも黒人女性です。呪術師は宿を清め、娼婦にラッキーチャームを与えます。女性が祭司を司っていたというのも興味深いです。古代日本も神託者は女性が圧倒的に多かったそうですね。ニューオーリンズは男権のカトリックでナポレオン系の法律で運行していますが、ブードゥー・クイーンがニューオーリンズの宗教的教皇だったようです。ハイチ革命の亡命者が流入したことにより黒人の伝統が一番強く残っていたので、宿の祭儀的な部分に取り入れられたのでしょう。しかし黒人のスピリチュアリティーが、白人娼婦の間で、サブカルチャーの間で取り入れられていたというのは、注目に値します。それは、西アフリカ社会が母系だったことに由来するものでしょう。 それに売春宿は、女性社会なので、女系のヴードゥーがその体質に合ってたのかもしれません。

ホンキートングやラグタイムピアノも、娼婦と踊るために開発されたダンスミュージックらしいですし、アルゼンチンのタンゴもそうです。そのラグタイムがカリブのリズムと混合して、ジャズができたようです。ニューオーリンズは、まさにジャズ発祥の地ですね。遊女歌舞妓も、出雲の歩き巫女が作りましたから。歴史的に娼婦と呪術と芸能というのは、強い繋がりがあったんでしょうね。でも、映画の音楽がよかった。「Winding Boy」「Careless love」「Mademoiselle from Armentieres」など。ほんと、サウダージですよ。まさニューオリンズの生活は、サウダージだったんです。

ブルック・シールズが、黒人の男の子にセックスを迫ったとき、黒人メイドに、
「白人は黒人と交わっては行けない!二階にあがって彼女たちとやってる人の中で黒人はいないだろう!」
と叱られ、売春宿の女将に鞭でせっかんされます。黒人男性が白人女性に対して口笛を吹いただけで、リンチされて木に吊るされる時代だったんです。それは、白人男性もおなじで、小泉八雲も黒人女性と結婚して、オハイオ州のコミュニティーから追放されました。しかし、そのオハイオ州から現在ではもっとも進歩的なクシニッチ下院議員が出ているというのも、皮肉です。オバマの両親もハワイで結婚しましたが、あの時代は異人種結婚が犯罪である州もあったのです。つまり異人種間でセクシュアルな関係は持てなかったんです。セクシュアリティーの統制は、「州権」という錦の御旗のもとで、行われていたわけです。現在の、同性愛結婚禁止も「州権」によって行われているのです。

しかし、ブルック・シールズを叱った黒人メイドも、
「私は牧師の妻だ」
と自負していました。つまり、あの時代、黒人が唯一尊敬されるとしたら、エンターテーナーか牧師だったんです。マジカル・ニグロとしての役割だけだったんです。社会がどうなっているかというのを教えたのです。

マジカル・ニグロの例を挙げましょう。ペンキ屋の少年のトム・ソーヤの師匠はハックルベリー・フィンです。そして、フィンの師匠がジムという黒人奴隷です。ジムがマジカル・ニグロとなります。

この映画でも、マジカル・ニグロが出てきます。ピアニストの「教授」はそうですし、黒人メイドが、子育てをします。つまり白人が主人公、そして人生の師は黒人という。

しかし、21世紀になって、オバマはそれをひっくり返したのです。自分の人生の師は、白人。白人の母親に育てられ、白人の祖父母に育てられたのですから。そして主人公は黒人なのです。つまり、マジカル・ニグロからマジカル・ホンキーとなったのです。それは、アメリカ史において、コペルニクスの大転換と言えるでしょう。

女性の役割も変わってきます。この映画は、白人女性に焦点を当てたものでしたが、Temperance Movementにより、売春宿は取り壊され、アブサンが禁止されました。飲酒と売春は二大悪(喫煙がどうして入ってないのか疑問)とされ、それで憲法改正によってアルコールが禁止され、マフィアが巨大化します。それと同時に憲法改正で、女性が市民権を得ます。つまり、禁酒法と女性参政権はセットだったんです。そして、映画の売春婦たちは、売春業から解放され、北に渡り、自由を獲得します。

しかし、いまや黒人も女性も大統領に立候補できるのです。オバマとヒラリー、私たちは偉大な時代に生きているのです。アメリカが、やっと変わるのです。The House Of The Rising Sunは、もはや売春宿ではなくなるのです。The House Of The Risng Sunは、ホワイト・ハウスですが、そこは今まで白人男性しか住めませんでした。そしてやることと言えばケネディーのように、またはクリントンのように女性を連れ込んではセックスするという売春宿だったんです。しかし、そこにオバマがやってくる。ホワイトハウスが売春宿ではなく、希望の家となるんです。そうすれば、「The House of The Rising Sun」というブルーズの曲は、もはやブルーズではなくなり、希望の曲となります。売春宿の悲劇ではなく、ホワイトハウスの希望となるのです。黒人と白人女性は、売春宿の人間ではなく、ホワイトハウスの人間となるのです。オバマとヒラリー、私たちの希望なのです。大統領と副大統領、アメリカ建国以来ずっと白人男性でした。ホワイトハウスの住民は、白人男性だけだったんです。しかし、オバマとヒラリーがもし当選すれば、黒人男性と白人女性、そう、「The House Of The Rising Sun」は、まさに希望となるのです。

まっ、副大統領はヒラリーがなるかどうかわかりませんが、女性であることが望ましいですね。そうすれば、アメリカの歴史が変わるのです。それこそ、変革というものでしょう。女性を選ぶことで、オバマの叫ぶ「チェンジ!」は、より強いものとなり、「Yes We Can!」となるんです。
Change We Can!

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【2008/06/15 02:55】 | 映画
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