NAFTAでのキモヲタのソナタ
あぁ、アニヲタのなかでも最下層のキモヲタ。イケメンは周りに合わせなくてもモテる。普通の男は、周りに合わせないとモテない。キモメンは周りに合わせてもモテない。で、合わせなかったら「ああ、やっぱりな」となるんです。合わせても合わせなくても、モテない、イコール、性的快楽が欠落してしまうんです。周りというのは「三次元」です。だから、キモメンは周りを捨てて、萌えアニメという「二次元」に逃避します。そして、キモヲタとなって虹コンとなるんです。人の心理はこうなってますから。
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しかし、キモメンがキモヲタになる最大の原因は、性的快楽の確保がないということです。それは、やはり負け組だと、快楽が剥奪されるような周りだからでしょう。
さて、私は、アメリカの心理学者のデイブ・ホーキンズの『Power vs. Force』という本を購入しました。私の好きな人の推薦だったので、またあのマザー・テレサも推薦しているというので、この本を読んでみようと思いました。が、数学理論がたくさん出て来たので、わかりにくかったです。しかし、数学的な理論やカオス理論などの適応は、数学者たちから言わせるとがデタラメだそうです。彼の本自体がカオスになっちゃった、つまりカオス理論だったそうです。それに、キネシオロジーを筋肉の強弱で真実がわかるというのに応用したのも、疑問です。陪審員が筋肉の強弱で判決を下したら、どうなるでしょうか?神明裁判に逆戻りです。音楽でもヘビメタとラップは良くないとか、で、クラシックが最もいいというのもキネシオロジーで判断したそうですが、それは人の好みです。私はクラシックは退屈で聴かないし、アニソンやロックを聴きます。ジミヘンがウッドストックで初めて「星条旗よ永遠に」をヘビメタ調に演奏しましたが、あれほどスピリチュアルなサウンドはなかったのではないかとさえ思います。キネシオロジーは、本来はスキンシップであり、「touch for health」、「健康のための触覚」なのです。自分がどの異性と触れ合いたいか?男子であれば、あそこの膨張でわかります。女性であれば、あそこの湿度でしょう。しかし、それは人それぞれであり、普遍的なものではないのです。それを普遍的な真実としていることに問題があるんです。しかし、ホーキンズは、やはりアメリカ人だけあって、本はとても政治的でした。合衆国憲法の絶賛と連邦政府への批判は、まさにアメリカ人そのもの。彼の政治スタンスは、リベラルのようなもので、特に本に書かれていた社会的なことは、賛成できる部分がありました。とくに富と快楽の独占が犯罪を作っているというのには、賛成です。さて、そこを重点的に書きましょう。

***

ブルジョワジーによる恋愛とセックスの独占。スキンシップの独占。それを打倒するには、ネオリベラル・システム自体を崩壊させることです。すべては、ネオリベラルが悪い。負け組は、ワーキングプアとなり、派遣社員、バイト、パートタイムは労働組合も入れませんから、団結できませんし、階級を形成できないので、労働者階級にも属さないのです。プロレタリアート、またはルンペンにも属してません。そう、完全に断絶されてるんです。団結もできなければ、グラスルーツの基礎にもなる団体も形成できませんし、疎外されたままで、結局独ぼっちで孤立して、引きこもりとなってしまうんです。そう、ヲタ捨て山に捨てられてしまうのです。宗教家や出家者は、自らの自由意志で快楽を否定しているからいいのですが、キモヲタは、拒絶されて快楽を欠落させてるのです。そう、快楽を奪われているのです。

しかも、ワープアは社会に助けられなければならないのに、ワープアが、いつも社会の罰を受けるのです。そう、低賃金労働は罰なのです。無期懲役なのです。囚人と同じく快楽が剥奪されてるのですから。だから、そういう人々は人工的な快楽に走ります。その代表的なものが麻薬です。それによって自らを滅ぼしてしまうんです。ホーキンズも『Power vs. Force』で指摘してる通りです。
The cost of stolen pleasure is the desperation of addication, and finally, both the addict and society pay the price(p107).
奪われた快楽の代償は、中毒にやけなることであり、そして結果的に、中毒者と社会がその代償を払うことになる。

キモヲタの場合は、それはアニメです。負け組となったために女にまったく相手にされないワープアがキモヲタとなり、二次元に救いを求めてアニメ中毒になります。現実の女性とスキンシップが取れないから、ネオリベラル社会とは無縁のユートピア的な学園幻想を描き出すアニメの萌え系美少女に恋をするのです。それが、萌えであり、麻薬だと「ハイになる」ことです。しかし、キモヲタがアニメを見てると、
「アニメを観る時間があるなら働け!」
と罵倒されるのです。そう、キモヲタが低賃金なのは、彼らが怠けてるからだという理屈です。そう、怠慢への罰なのです。一方、金持ちが贅沢をして、「怠けてる」と批判されるでしょうか?されませんよね。そんなこと一度も聞いたことがありません。それどころか、
「贅沢しているのは、それだけ努力して来たからだ」
と評価されるのです。金持ちの快楽は、勝利の報酬なのです。トロフィーなのです。しかし、キモヲタやワープアがアニメに快楽を追求すると、罰せられるのです。とんでもない罰ゲームなのです。それほど、不公平なことはありません。

人間にとって、至高の快楽はセックスによるオーガズムです。そう、異性と、もしくは恋人とセックスして一体になる、そのスキンシップによって分泌されるオキシトシンなのです。しかし、キモヲタは、相手がいませんから、オナニーするしかないのです。さらに、金銭を使ってスキンシップをすることさえもできません。お金を払ってセックスすることは、禁止されてます。しかし、ホーキンズは、売春擁護派です。
In Amsterdam, one section of the city is traditionally desginated as a red-light destrict, quiet and serene with a pastoral atmosphere; its streets are safe. (p168)
アムステルダムでは、市の一画は伝統的に赤線区域で、そこは牧歌的に静寂で、街は安全である。

うーむ、国連の女性差別撤廃条約というのがあるので、それは厳守しなければならないし、売春は撲滅しなきゃいけないと思うので、どうなんでしょうか?売春を合法化すれば、キモヲタは救われるんでしょうか?セックス・ワーカーは彼らを救うんでしょうか?でも、女性の人権侵害はオフリミットなので、駄目でしょう。それにキモヲタは正義感が強いですし。というか、たとえ合法化したとしても、ワープアのキモヲタには、買春に使うお金すらありませんから同じなんです。それだけの収入がないんです。サブプライムローンすら組めないんですから!だから、売春が許容されている社会でも、キモヲタは徹底的にスキンシップの快楽を剥奪されてるのです。よって、キモヲタには、ポルノという商業的セックスの誘惑商品しかありません。それによってオナニー中毒になるしかないのです。ホーキンズも指摘してます:
Commercialized sexual allure, for instance, is used to sell products endlessly, but the enjoyment of actual commercial sex is forbidden as immoral(p107).
例を挙げれば、商業化されたセックスの誘惑は、絶え間なく商品を売るために使われるが、実際の商業化されたセックスは反道徳的として禁止されている。

ジョン・レノンも「労働者階級の英雄」でこう歌ってます。
Keep you doped with religion and sex and TV
奴らはおまえを宗教とセックスとテレビで薬漬けにする

そう、麻薬中毒は、まさに快楽を剥奪された者の症状なのです。で、キモヲタは萌え系アニメというアヘンにすがりつき、アニメ中毒となり、虹コン(二次元コンプレックス)というジャンキーなってしまいます。つまり、パソコン(テレビ)で萌え系アニメ(宗教)にすがり、美少女キャラとの恋(セックス)を妄想するのです。なぜなら人間の根本である性欲が否定されるから、その行き場を失った性欲は三次元から二次元へと向かうからです。だから、非典型的な性的嗜好を発生させてしまうのです。そう、実際の人間ではなく、二次元のキャラが萌えの対象となるのです。ホーキンズも言います:
Denying basic biological needs and instinctual drives is futile. Blocking normal sexual outlets merely results in the creation of abnormal sexual outlets.(p168)
生物学的な基本的欲求と本能的な衝動を否定することは無意味だ。正常なセクシュアルな出口を封じることは、異常なセクシュアルな出口を作り出すだけだ。

そう、現実の女とセックスができないから、二次元の萌え系アニメの美少女にはけ口が向かうのです。しかし、アニメキャラをパソコンで見て、オナニーして萌えてると、それすら女の子たちから「キモイ」と思われて、「拒絶」という罰を受けるのです。だから、オナニーはself-flagellation(自己鞭叩き)なのです。麻薬中毒者をだれが賛美しましょうか?アニヲタも社会からは麻薬中毒者扱いです。萌え系アニメは、麻薬です。アヘン中毒です。なぜなら、人間として当然生まれ持った快楽の権利を否定されてるからです。それは、勝ち組、ブルジョアの特権なのです。ネオリベラル社会の熾烈な競争に勝たなければ、絶対に得られないのです。金持ちが、麻薬中毒になったりするでしょうか?ほとんどは、最下層の貧困層が中毒で、廃人となってしまうのです。で、麻薬中毒者は、刑務所か精神病院行きとなり、社会から排除されてしまうのです。キモヲタも、アニメという麻薬につかり、薬物乱用のために罰せられるのです。それで、彼らはレンタルお姉さんという死神にアニメを剥奪されるんです。そう、快楽の代替物でさえ、剥奪されてしまうんです。それが、キモヲタの運命なのです。そして、最後には人格崩壊を起こして、発狂し、精神病院に収容されてしまうのです。ニーチェやゴッホのように最後はマッドマン(狂人)として、死に至るんです。まるで、ピンク・フロイドの『狂気』のコンセプトです。

しかし、麻薬中毒の原因は中毒者にあるのではありません。その根本はネオリベラル資本主義社会が原因なのです。なにせ、富の独占は、快楽の独占でもあるんですから。富と快楽を独占するものがブルジョアジーとなります。そして、貧困者は、快楽を剥奪され、無産階級、いわゆるプロレタリアートとなります。ホーキンズも同じようなことを言っています:
In truth, the pleasures of life energy are mankind's basic capital; robbing man of this has resulted in the wide division between "haves" and multitude of "have-nots." (p107-8)
事実、生活エネルギーの快楽は、人類の基本的資本であり、それを剥奪することは、有産者と無産者の群衆に大きく分断されることにつながる。

ヒトラーでさえ、愛の快楽は、一部の人間に独占され、負け組から愛の快楽を一生経験することのない永遠の精神的未成年者が発生すると予言してます。アニメはその90%が学園ものです、そう、だいたい高校生もの、学園もの、とくに16歳ものです。それが、キモヲタたちの精神年齢なのです。悲しくも私も「永遠の16歳」です。だから、ヒトラーの予言は的中したのです。社会ダーウィン主義が、現実のものとなったのです。しかし、アメリカは、どうしてヒトラーが予言した通りの社会になってしまったのでしょうか?それは、ホーキンズがよく説明しています。
Our is a society that idealizes the pleasureless-hard work, stoicism, self-sacrifice, restraint-and condemns pleasure in most of its simpler forms, frequently even declaring illegal. (p107)
我々の社会というのは、無快楽ー勤労、禁欲、自己犠牲、節操を理想としーそして主に単純な形の快楽を非難し、頻繁に違法とする。

Historically, all ruling class have achieved status and wealth by controlling society through some form of puritanical ethic. The harder the underlings work, and the more meager their pleasures, the richer the ruling system will be, whether it be a theocracy, aristocracy, oligarchy, or corporate industrial barony. (p107)
歴史的に、支配階級は、清教徒倫理の形で、社会をコントロールし、地位と富を築いて来た。下人が一所懸命働けば働くほど、快楽は乏しくなり、そして支配システムは、それがたとえ神権階級、貴族階級、寡頭階級、産業有力者階級であろうと、どんどん金持ちになっていく。

これで、もうおわかりいただけだでしょう。そう、麻薬中毒は、ネオリベラル社会に原因があるのです。快楽を非難し、そして労働者を労役に従事させるために、清教徒倫理は利用されたのです。その倫理は、被支配階級だけに適応されてるのです。そして、低賃金労働者はセックスをコントロールされるのです。セックスを統制することによって支配するというやり方は、ヤハウェの手法であり、またオーウェルの『1984』の独裁政治の典型です。それで、世界一のストレス社会となり、喫煙中毒と飲酒中毒が蔓延しています。そして、一方で、CEOは労働者の百倍以上の収入をもらっているのです。それは、労働者の自己犠牲精神によるものです。80年代のレーガンのネオリベラル社会になってから20年、アメリカの労働時間は日本を抜かして世界一となりました。そして、過労死の確率は、アメリカが世界で最も高くなったのです。最近では、『Meet The Press』の司会者のティム・ラッサートが過労死しました。それで快楽は、過労によって剥奪され、その埋め合わせとして麻薬中毒が蔓延したのです。しかし、麻薬中毒の政府の対策も問題があります。ホーキンズは言います。
From the same lifeview, society's current method of "treating the problem" by playing the other half of the game arises-denying the nature of substance abuse. (p108)
同じ生活の観点から、社会の現在の「問題に対する対策」の方法は、他のゲームの半分を遊ぶことによって起こるー薬物乱用の性質を否定することだ。

Supporting the solution of human needs, on the other hand, creates a no-cost resolution that brings serenity; attacking the artificially created "problem" is always expensive, in addition to criminalizing society. (p168)
一方で、人間の欲求の解決をサポートすることは、静寂をもたらす代償のない解答を作り出す;社会の犯罪化に加えて、人工的に作り出された「問題」を攻撃することはいつも高くつく。

だから、レンタルお姉さんがキモヲタからアニメを奪い取ることは、その萌え萌えの性質を否定してることなのです。そして、彼らをグーラグのような寮に強制収容するのです。それが、「治療」だと言うんです。そう、コカイン中毒は、コカインを市民から奪い取ることによって、治療されるとしてるのです。それが、アメリカの「War On Drugs(麻薬との戦争)」の政策です。それで、南米でコカの葉を撲滅するために枯れ葉剤を撒き、環境を破壊しました。また、コロンビアの麻薬密輸組織のリーダーであったパブル・エスコバルを射殺しました。だが、これは、まったく本末転倒、キモヲタは、社会が負け組に快楽を禁止しているから、麻薬やアニメに走っているのです。「奪われた快楽」が根本原因なのです。それが薬物乱用の性質なんです。だから、麻薬の需要の根本となっているそれがなくならないかぎり、問題は解決されないのです。そして、それを奪っているネオリベラル言説が最大の根拠です。つまり、快楽が謳歌できない現実世界からの逃避なのです、現実逃避なのです。それが麻薬でありアニメであり宗教なのです。アヘンなのです。だから、麻薬との戦争は的を得てません。

デニス・クシニッチは、麻薬を非犯罪化するとしています。とくに大麻の非犯罪化では、オバマもその方向です。人が麻薬に走る原因を処理しない限り、麻薬はなくならないのです。それに、麻薬は、殺人とは違って人に危害を与えてませんし、中毒者を犯罪者として刑務所に入れるではなく、被害者としてリハビリを受けさせた方がいいと、クシニッチは言っています。アヘンの根本問題を解決するためには、キモヲタでもスキンシップを取れる環境を作らなければならないのです。それは、ネオリベラル価値観を覆すことです。そして男尊女卑の打倒です。女性でも、男をデートに誘ってお金を払うという習慣をつけることです。いつまでも男がデートをリードするという男尊女卑的な風習では、キモヲタのような低収入の男に快楽の機会はありません。そんなデート方式だから、恋の快楽は勝ち組の男に独占されてしまうんです。独占を断つには、女性たちがもっと積極的になることです。そして、優しくなることです。
お金がなきゃ始まらないわ
という、男に対する拝金主義を捨てなければならないのです。そうやって、勝ち組の快楽の独占を断つことです。快楽は共有されなければならないのです。そして、なによりも富を再分配することです。それは、国民医療保険という形もあるでしょう。あまりにも貰い過ぎてるために富が一極集中でしまうのです。これでは、貧困層に、アメリカンドリームを否定するようなものです。そうなると、希望を失った地域に麻薬が蔓延して、犯罪の温床となります。それで、社会は代償を払うことになるのです。

つまり、個人を治すことよりも、まず社会を直さなければならないのです。それこそ世直しなのです。ラテンもみんな一所懸命働いてます。しかし、遊ぶ時は思いっきり遊ぶのです。そう、遊びに対しても真剣なのです。食べよう、飲もう、歌おう、踊ろう、恋をしよう、と楽しむのです。アングロ・サクソン型ネオリベラル資本主義社会では、遊びさえも否定しますから、そんなんでは死んでしまいます。だって、休み時間ができたら、罪悪感を持ってしまうんですから。休むことが怠けると感じてしまうのですから。先進国でもっとも有給休暇が短いんですから。私の知り合いも、エンジニア・ビジネスで成功して、定年退職してから三ヶ月後に、なにもすることがなくて、自殺しかけたと言います。つまり、いつも働いてないと、生きてる意味がないと感じてしまうような価値観を清教徒倫理によって植えつけられてしまってるのです。最近自殺した川田アナ
もっと忙しくしたい、暇な時間がたくさんあると世の中が暗くなる
というものです。だって、ネオリベラル社会では周りがみんな死ぬほど忙しいのですから、自分だけ休むというわけにはいかないのです。彼女は、ネオリベラル倫理観の圧力ために死んだようなものです。それが、どんなに馬鹿げたことか。だから、そんな倫理は捨ててしまわないと行けません。社会全体がもっとゆとりを持つこと、そう、もっと、ラテン文化を見習わないと。マダガスカルのメリナ族の「人生は甘き」に見習うのもいいでしょう。

スコレー(=自由時間、英語の「スクール(学園)」の語源となった)を大切にできないのが、ネオリベラル社会の人々のストレスと病気のもとなのです。時間に追われてないと不安になる、それでは駄目です。マダガスカルや、南米はゆとりをもってパーティーをします。パーティーに2時間ぐらい遅れても、大丈夫なのです。そう、労働時間を短縮して、富を再分配して、労働者にもっとお金を支払うべきですね。そうすれば、ゆとりができますよ。そうなれば、人々が時間に追われてストレスに苦しんで、あそこまで冷たくなることはないでしょう。で、暖かいスキンシップも発生してくると思います。そう、もっとゆとりを持たせる、自由時間を作る、それでこそ、奪われた快楽を取り戻すことが出来るのです。それこそが、自由なのです。スコレーがあれば、コミュニティーという横の繋がりも形成されるでしょうし、なにしろそこで男女の出会いのチャンスも確保されるのではないかと思います。コミュニティーでそこは確保されるべきなんです。ホーキンズも言っています。
In Buenos Aires, parts of parks are set aside for lovers. The police control these areas to protect rather than harass, and all is peaceful.(p168)
ブエノス・アイレスでは、公園の一部は恋人たちのために設けられている。ここのアリアでの警察の管理は、嫌がらせというよりも保護するためのものであり、とても平和的だ。

そうです、ブエノス・アイレスの警察もコミュニティーの一丸となって恋人たちの憩いの場を守っているのです。まるで古代日本の巫山での歌垣を守っているようなものなのです。さすがは南米、ラテン文化です。それこそ健康的です。アングロサクソン清教徒倫理社会のアメリカのように、公園でエッチしてると逮捕されるということはないですからね。そういう環境では、キモヲタは、発生しなくなるでしょう。そう、私たちが叫ぶことは、「Give peace a chance!」ではなくて、「Give love a chance!」なんです。もしくは「Give sex a chance!」なんです。そして、そういう社会にアメリカを変えてくれる可能性を秘めているのが、オバマ候補だと思うんです。彼の情熱を込めて叫ぶ「チェンジ!」は、夢物語ではなくて、本当に実現できるんじゃないかと思います。よって、彼こそが、私たち人間として生まれ持った当然の快楽を楽しむ権利を剥奪されたキモヲタの最後の希望なんです。まるで、パンドラの箱の最後の希望のように。
Change Yes We Can!


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さて、私は、アメリカの心理学者のデイブ・ホーキンズの『Power vs. Force』という本を購入しました。私の好きな人の推薦だったので、またあのマザー・テレサも推薦しているというので、この本を読んでみようと思いました。が、数学理論がたくさん出て来たので、わかりにくかったです。しかし、数学的な理論やカオス理論などの適応は、数学者たちから言わせるとがデタラメだそうです。彼の本自体がカオスになっちゃった、つまりカオス理論だったそうです。それに、キネシオロジーを筋肉の強弱で真実がわかるというのに応用したのも、疑問です。陪審員が筋肉の強弱で判決を下したら、どうなるでしょうか?神明裁判に逆戻りです。音楽でもヘビメタとラップは良くないとか、で、クラシックが最もいいというのもキネシオロジーで判断したそうですが、それは人の好みです。私はクラシックは退屈で聴かないし、アニソンやロックを聴きます。ジミヘンがウッドストックで初めて「星条旗よ永遠に」をヘビメタ調に演奏しましたが、あれほどスピリチュアルなサウンドはなかったのではないかとさえ思います。キネシオロジーは、本来はスキンシップであり、「touch for health」、「健康のための触覚」なのです。自分がどの異性と触れ合いたいか?男子であれば、あそこの膨張でわかります。女性であれば、あそこの湿度でしょう。しかし、それは人それぞれであり、普遍的なものではないのです。それを普遍的な真実としていることに問題があるんです。しかし、ホーキンズは、やはりアメリカ人だけあって、本はとても政治的でした。合衆国憲法の絶賛と連邦政府への批判は、まさにアメリカ人そのもの。彼の政治スタンスは、リベラルのようなもので、特に本に書かれていた社会的なことは、賛成できる部分がありました。とくに富と快楽の独占が犯罪を作っているというのには、賛成です。さて、そこを重点的に書きましょう。

***

ブルジョワジーによる恋愛とセックスの独占。スキンシップの独占。それを打倒するには、ネオリベラル・システム自体を崩壊させることです。すべては、ネオリベラルが悪い。負け組は、ワーキングプアとなり、派遣社員、バイト、パートタイムは労働組合も入れませんから、団結できませんし、階級を形成できないので、労働者階級にも属さないのです。プロレタリアート、またはルンペンにも属してません。そう、完全に断絶されてるんです。団結もできなければ、グラスルーツの基礎にもなる団体も形成できませんし、疎外されたままで、結局独ぼっちで孤立して、引きこもりとなってしまうんです。そう、ヲタ捨て山に捨てられてしまうのです。宗教家や出家者は、自らの自由意志で快楽を否定しているからいいのですが、キモヲタは、拒絶されて快楽を欠落させてるのです。そう、快楽を奪われているのです。

しかも、ワープアは社会に助けられなければならないのに、ワープアが、いつも社会の罰を受けるのです。そう、低賃金労働は罰なのです。無期懲役なのです。囚人と同じく快楽が剥奪されてるのですから。だから、そういう人々は人工的な快楽に走ります。その代表的なものが麻薬です。それによって自らを滅ぼしてしまうんです。ホーキンズも『Power vs. Force』で指摘してる通りです。
The cost of stolen pleasure is the desperation of addication, and finally, both the addict and society pay the price(p107).
奪われた快楽の代償は、中毒にやけなることであり、そして結果的に、中毒者と社会がその代償を払うことになる。

キモヲタの場合は、それはアニメです。負け組となったために女にまったく相手にされないワープアがキモヲタとなり、二次元に救いを求めてアニメ中毒になります。現実の女性とスキンシップが取れないから、ネオリベラル社会とは無縁のユートピア的な学園幻想を描き出すアニメの萌え系美少女に恋をするのです。それが、萌えであり、麻薬だと「ハイになる」ことです。しかし、キモヲタがアニメを見てると、
「アニメを観る時間があるなら働け!」
と罵倒されるのです。そう、キモヲタが低賃金なのは、彼らが怠けてるからだという理屈です。そう、怠慢への罰なのです。一方、金持ちが贅沢をして、「怠けてる」と批判されるでしょうか?されませんよね。そんなこと一度も聞いたことがありません。それどころか、
「贅沢しているのは、それだけ努力して来たからだ」
と評価されるのです。金持ちの快楽は、勝利の報酬なのです。トロフィーなのです。しかし、キモヲタやワープアがアニメに快楽を追求すると、罰せられるのです。とんでもない罰ゲームなのです。それほど、不公平なことはありません。

人間にとって、至高の快楽はセックスによるオーガズムです。そう、異性と、もしくは恋人とセックスして一体になる、そのスキンシップによって分泌されるオキシトシンなのです。しかし、キモヲタは、相手がいませんから、オナニーするしかないのです。さらに、金銭を使ってスキンシップをすることさえもできません。お金を払ってセックスすることは、禁止されてます。しかし、ホーキンズは、売春擁護派です。
In Amsterdam, one section of the city is traditionally desginated as a red-light destrict, quiet and serene with a pastoral atmosphere; its streets are safe. (p168)
アムステルダムでは、市の一画は伝統的に赤線区域で、そこは牧歌的に静寂で、街は安全である。

うーむ、国連の女性差別撤廃条約というのがあるので、それは厳守しなければならないし、売春は撲滅しなきゃいけないと思うので、どうなんでしょうか?売春を合法化すれば、キモヲタは救われるんでしょうか?セックス・ワーカーは彼らを救うんでしょうか?でも、女性の人権侵害はオフリミットなので、駄目でしょう。それにキモヲタは正義感が強いですし。というか、たとえ合法化したとしても、ワープアのキモヲタには、買春に使うお金すらありませんから同じなんです。それだけの収入がないんです。サブプライムローンすら組めないんですから!だから、売春が許容されている社会でも、キモヲタは徹底的にスキンシップの快楽を剥奪されてるのです。よって、キモヲタには、ポルノという商業的セックスの誘惑商品しかありません。それによってオナニー中毒になるしかないのです。ホーキンズも指摘してます:
Commercialized sexual allure, for instance, is used to sell products endlessly, but the enjoyment of actual commercial sex is forbidden as immoral(p107).
例を挙げれば、商業化されたセックスの誘惑は、絶え間なく商品を売るために使われるが、実際の商業化されたセックスは反道徳的として禁止されている。

ジョン・レノンも「労働者階級の英雄」でこう歌ってます。
Keep you doped with religion and sex and TV
奴らはおまえを宗教とセックスとテレビで薬漬けにする

そう、麻薬中毒は、まさに快楽を剥奪された者の症状なのです。で、キモヲタは萌え系アニメというアヘンにすがりつき、アニメ中毒となり、虹コン(二次元コンプレックス)というジャンキーなってしまいます。つまり、パソコン(テレビ)で萌え系アニメ(宗教)にすがり、美少女キャラとの恋(セックス)を妄想するのです。なぜなら人間の根本である性欲が否定されるから、その行き場を失った性欲は三次元から二次元へと向かうからです。だから、非典型的な性的嗜好を発生させてしまうのです。そう、実際の人間ではなく、二次元のキャラが萌えの対象となるのです。ホーキンズも言います:
Denying basic biological needs and instinctual drives is futile. Blocking normal sexual outlets merely results in the creation of abnormal sexual outlets.(p168)
生物学的な基本的欲求と本能的な衝動を否定することは無意味だ。正常なセクシュアルな出口を封じることは、異常なセクシュアルな出口を作り出すだけだ。

そう、現実の女とセックスができないから、二次元の萌え系アニメの美少女にはけ口が向かうのです。しかし、アニメキャラをパソコンで見て、オナニーして萌えてると、それすら女の子たちから「キモイ」と思われて、「拒絶」という罰を受けるのです。だから、オナニーはself-flagellation(自己鞭叩き)なのです。麻薬中毒者をだれが賛美しましょうか?アニヲタも社会からは麻薬中毒者扱いです。萌え系アニメは、麻薬です。アヘン中毒です。なぜなら、人間として当然生まれ持った快楽の権利を否定されてるからです。それは、勝ち組、ブルジョアの特権なのです。ネオリベラル社会の熾烈な競争に勝たなければ、絶対に得られないのです。金持ちが、麻薬中毒になったりするでしょうか?ほとんどは、最下層の貧困層が中毒で、廃人となってしまうのです。で、麻薬中毒者は、刑務所か精神病院行きとなり、社会から排除されてしまうのです。キモヲタも、アニメという麻薬につかり、薬物乱用のために罰せられるのです。それで、彼らはレンタルお姉さんという死神にアニメを剥奪されるんです。そう、快楽の代替物でさえ、剥奪されてしまうんです。それが、キモヲタの運命なのです。そして、最後には人格崩壊を起こして、発狂し、精神病院に収容されてしまうのです。ニーチェやゴッホのように最後はマッドマン(狂人)として、死に至るんです。まるで、ピンク・フロイドの『狂気』のコンセプトです。

しかし、麻薬中毒の原因は中毒者にあるのではありません。その根本はネオリベラル資本主義社会が原因なのです。なにせ、富の独占は、快楽の独占でもあるんですから。富と快楽を独占するものがブルジョアジーとなります。そして、貧困者は、快楽を剥奪され、無産階級、いわゆるプロレタリアートとなります。ホーキンズも同じようなことを言っています:
In truth, the pleasures of life energy are mankind's basic capital; robbing man of this has resulted in the wide division between "haves" and multitude of "have-nots." (p107-8)
事実、生活エネルギーの快楽は、人類の基本的資本であり、それを剥奪することは、有産者と無産者の群衆に大きく分断されることにつながる。

ヒトラーでさえ、愛の快楽は、一部の人間に独占され、負け組から愛の快楽を一生経験することのない永遠の精神的未成年者が発生すると予言してます。アニメはその90%が学園ものです、そう、だいたい高校生もの、学園もの、とくに16歳ものです。それが、キモヲタたちの精神年齢なのです。悲しくも私も「永遠の16歳」です。だから、ヒトラーの予言は的中したのです。社会ダーウィン主義が、現実のものとなったのです。しかし、アメリカは、どうしてヒトラーが予言した通りの社会になってしまったのでしょうか?それは、ホーキンズがよく説明しています。
Our is a society that idealizes the pleasureless-hard work, stoicism, self-sacrifice, restraint-and condemns pleasure in most of its simpler forms, frequently even declaring illegal. (p107)
我々の社会というのは、無快楽ー勤労、禁欲、自己犠牲、節操を理想としーそして主に単純な形の快楽を非難し、頻繁に違法とする。

Historically, all ruling class have achieved status and wealth by controlling society through some form of puritanical ethic. The harder the underlings work, and the more meager their pleasures, the richer the ruling system will be, whether it be a theocracy, aristocracy, oligarchy, or corporate industrial barony. (p107)
歴史的に、支配階級は、清教徒倫理の形で、社会をコントロールし、地位と富を築いて来た。下人が一所懸命働けば働くほど、快楽は乏しくなり、そして支配システムは、それがたとえ神権階級、貴族階級、寡頭階級、産業有力者階級であろうと、どんどん金持ちになっていく。

これで、もうおわかりいただけだでしょう。そう、麻薬中毒は、ネオリベラル社会に原因があるのです。快楽を非難し、そして労働者を労役に従事させるために、清教徒倫理は利用されたのです。その倫理は、被支配階級だけに適応されてるのです。そして、低賃金労働者はセックスをコントロールされるのです。セックスを統制することによって支配するというやり方は、ヤハウェの手法であり、またオーウェルの『1984』の独裁政治の典型です。それで、世界一のストレス社会となり、喫煙中毒と飲酒中毒が蔓延しています。そして、一方で、CEOは労働者の百倍以上の収入をもらっているのです。それは、労働者の自己犠牲精神によるものです。80年代のレーガンのネオリベラル社会になってから20年、アメリカの労働時間は日本を抜かして世界一となりました。そして、過労死の確率は、アメリカが世界で最も高くなったのです。最近では、『Meet The Press』の司会者のティム・ラッサートが過労死しました。それで快楽は、過労によって剥奪され、その埋め合わせとして麻薬中毒が蔓延したのです。しかし、麻薬中毒の政府の対策も問題があります。ホーキンズは言います。
From the same lifeview, society's current method of "treating the problem" by playing the other half of the game arises-denying the nature of substance abuse. (p108)
同じ生活の観点から、社会の現在の「問題に対する対策」の方法は、他のゲームの半分を遊ぶことによって起こるー薬物乱用の性質を否定することだ。

Supporting the solution of human needs, on the other hand, creates a no-cost resolution that brings serenity; attacking the artificially created "problem" is always expensive, in addition to criminalizing society. (p168)
一方で、人間の欲求の解決をサポートすることは、静寂をもたらす代償のない解答を作り出す;社会の犯罪化に加えて、人工的に作り出された「問題」を攻撃することはいつも高くつく。

だから、レンタルお姉さんがキモヲタからアニメを奪い取ることは、その萌え萌えの性質を否定してることなのです。そして、彼らをグーラグのような寮に強制収容するのです。それが、「治療」だと言うんです。そう、コカイン中毒は、コカインを市民から奪い取ることによって、治療されるとしてるのです。それが、アメリカの「War On Drugs(麻薬との戦争)」の政策です。それで、南米でコカの葉を撲滅するために枯れ葉剤を撒き、環境を破壊しました。また、コロンビアの麻薬密輸組織のリーダーであったパブル・エスコバルを射殺しました。だが、これは、まったく本末転倒、キモヲタは、社会が負け組に快楽を禁止しているから、麻薬やアニメに走っているのです。「奪われた快楽」が根本原因なのです。それが薬物乱用の性質なんです。だから、麻薬の需要の根本となっているそれがなくならないかぎり、問題は解決されないのです。そして、それを奪っているネオリベラル言説が最大の根拠です。つまり、快楽が謳歌できない現実世界からの逃避なのです、現実逃避なのです。それが麻薬でありアニメであり宗教なのです。アヘンなのです。だから、麻薬との戦争は的を得てません。

デニス・クシニッチは、麻薬を非犯罪化するとしています。とくに大麻の非犯罪化では、オバマもその方向です。人が麻薬に走る原因を処理しない限り、麻薬はなくならないのです。それに、麻薬は、殺人とは違って人に危害を与えてませんし、中毒者を犯罪者として刑務所に入れるではなく、被害者としてリハビリを受けさせた方がいいと、クシニッチは言っています。アヘンの根本問題を解決するためには、キモヲタでもスキンシップを取れる環境を作らなければならないのです。それは、ネオリベラル価値観を覆すことです。そして男尊女卑の打倒です。女性でも、男をデートに誘ってお金を払うという習慣をつけることです。いつまでも男がデートをリードするという男尊女卑的な風習では、キモヲタのような低収入の男に快楽の機会はありません。そんなデート方式だから、恋の快楽は勝ち組の男に独占されてしまうんです。独占を断つには、女性たちがもっと積極的になることです。そして、優しくなることです。
お金がなきゃ始まらないわ
という、男に対する拝金主義を捨てなければならないのです。そうやって、勝ち組の快楽の独占を断つことです。快楽は共有されなければならないのです。そして、なによりも富を再分配することです。それは、国民医療保険という形もあるでしょう。あまりにも貰い過ぎてるために富が一極集中でしまうのです。これでは、貧困層に、アメリカンドリームを否定するようなものです。そうなると、希望を失った地域に麻薬が蔓延して、犯罪の温床となります。それで、社会は代償を払うことになるのです。

つまり、個人を治すことよりも、まず社会を直さなければならないのです。それこそ世直しなのです。ラテンもみんな一所懸命働いてます。しかし、遊ぶ時は思いっきり遊ぶのです。そう、遊びに対しても真剣なのです。食べよう、飲もう、歌おう、踊ろう、恋をしよう、と楽しむのです。アングロ・サクソン型ネオリベラル資本主義社会では、遊びさえも否定しますから、そんなんでは死んでしまいます。だって、休み時間ができたら、罪悪感を持ってしまうんですから。休むことが怠けると感じてしまうのですから。先進国でもっとも有給休暇が短いんですから。私の知り合いも、エンジニア・ビジネスで成功して、定年退職してから三ヶ月後に、なにもすることがなくて、自殺しかけたと言います。つまり、いつも働いてないと、生きてる意味がないと感じてしまうような価値観を清教徒倫理によって植えつけられてしまってるのです。最近自殺した川田アナ
もっと忙しくしたい、暇な時間がたくさんあると世の中が暗くなる
というものです。だって、ネオリベラル社会では周りがみんな死ぬほど忙しいのですから、自分だけ休むというわけにはいかないのです。彼女は、ネオリベラル倫理観の圧力ために死んだようなものです。それが、どんなに馬鹿げたことか。だから、そんな倫理は捨ててしまわないと行けません。社会全体がもっとゆとりを持つこと、そう、もっと、ラテン文化を見習わないと。マダガスカルのメリナ族の「人生は甘き」に見習うのもいいでしょう。

スコレー(=自由時間、英語の「スクール(学園)」の語源となった)を大切にできないのが、ネオリベラル社会の人々のストレスと病気のもとなのです。時間に追われてないと不安になる、それでは駄目です。マダガスカルや、南米はゆとりをもってパーティーをします。パーティーに2時間ぐらい遅れても、大丈夫なのです。そう、労働時間を短縮して、富を再分配して、労働者にもっとお金を支払うべきですね。そうすれば、ゆとりができますよ。そうなれば、人々が時間に追われてストレスに苦しんで、あそこまで冷たくなることはないでしょう。で、暖かいスキンシップも発生してくると思います。そう、もっとゆとりを持たせる、自由時間を作る、それでこそ、奪われた快楽を取り戻すことが出来るのです。それこそが、自由なのです。スコレーがあれば、コミュニティーという横の繋がりも形成されるでしょうし、なにしろそこで男女の出会いのチャンスも確保されるのではないかと思います。コミュニティーでそこは確保されるべきなんです。ホーキンズも言っています。
In Buenos Aires, parts of parks are set aside for lovers. The police control these areas to protect rather than harass, and all is peaceful.(p168)
ブエノス・アイレスでは、公園の一部は恋人たちのために設けられている。ここのアリアでの警察の管理は、嫌がらせというよりも保護するためのものであり、とても平和的だ。

そうです、ブエノス・アイレスの警察もコミュニティーの一丸となって恋人たちの憩いの場を守っているのです。まるで古代日本の巫山での歌垣を守っているようなものなのです。さすがは南米、ラテン文化です。それこそ健康的です。アングロサクソン清教徒倫理社会のアメリカのように、公園でエッチしてると逮捕されるということはないですからね。そういう環境では、キモヲタは、発生しなくなるでしょう。そう、私たちが叫ぶことは、「Give peace a chance!」ではなくて、「Give love a chance!」なんです。もしくは「Give sex a chance!」なんです。そして、そういう社会にアメリカを変えてくれる可能性を秘めているのが、オバマ候補だと思うんです。彼の情熱を込めて叫ぶ「チェンジ!」は、夢物語ではなくて、本当に実現できるんじゃないかと思います。よって、彼こそが、私たち人間として生まれ持った当然の快楽を楽しむ権利を剥奪されたキモヲタの最後の希望なんです。まるで、パンドラの箱の最後の希望のように。
Change Yes We Can!

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【2008/07/02 01:53】 | アニメ
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