NAFTAでのキモヲタのソナタ
Lola... Érase una vez』という、メキシコのテレノベラがあります。まあ、日本で言うとドラマですね。主人公はローラで、とても貧乏な子で、金持ちの家でメイドとして働いてます。そう、メイドさんです。メイド萌え、きぇきぇけー。その金持ちの家は、ドイツ系貴族のヴォン・フェルディナンド家です。たぶん、ドイツ移民でしょうね。ドイツ移民はメキシコに多いですね。有名なスーリアリズム派の画家フリーダ・カーロも、ドイツ系でした。あと、車もフォルクスワーゲンが多いです。メキシコシティーに行った時は、タクシーがもっぱら緑色のフォルクスワーゲンだったのですから、しかも旧式ビートル。ヒットラーの大衆車でした。で、そのフェルディナンド家の当主が急死して、家督は長男のアレキサンダーに引き継がれました。で、アレクサンドルは、6人兄弟の長として、一家を任されます。で、彼の親戚が訪れた時は、家族はドイツ語で会話するので、ローラはまったくわかりません。

メキシコのドイツ系メキシコ人は、ドイツ語を保っているのですね。アメリカでは、とくにオクラホマに住んでいた時は、ドイツ系が多数を占めていましたが、だれもドイツ語を話せませんでした。ドイツ系のコミュニティーもあったんですが、みんなアメリカ語でした。しかし、メキシコでは、言語が保たれている。そういえば、アメリカの日系も、日本語をまったく話せません。でも、最近の移民は、言語を保ってます。ウォールマートに行っても、ターゲットに行っても、違う言語が飛び交っている。40年前のアメリカとは、まったく違った光景になったのです。多文化主義が蔓延した結果でしょうね。

ローラはフェルディナンド家の家政婦、しかし彼女はロックバンドのヴォーカルで、将来はバンドで食っていきたいとのこと。その夢を抱いているのです。で、彼女は、とても反抗的で、しかも16歳か17歳です。そう、まさに私の最も理想とする年齢なのです!なんか、10代のリンジー・ローハンを思い出します。わたしは、その時のローハンの熱烈なファンでした。ローハンのティーン映画に夢中でした。しかし彼女が成人してから、私は興味を失いました。やはり10代の反抗精神、それは、憧れです。社会に対してどんどん反抗してゆく、親、学校、先生、警察、かつてはマーロン・ブランドーや、ジェームス・ディーンのような。そんなかっこよさが、女の子にも出て来たということですね。『きまぐれオレンジロード』でも鮎川がいましたが、あれは80年代、あの髪型は駄目ですね。ファッションがもう死んでる。よくあんなのが美しいと思われてました。すべてプラスチックで身を包んだような。音楽もプラスチックで、まったくセクシーさを感じません。80年代は、人間の歴史のなかで、もっともファッションが駄目な時代でした。まるですべてフェイクであるような。ほんとフォーニーです。ポップ音楽も駄目です。あんなへぼい音楽をよく作ったものです。アニメも駄目です。映画も駄目です。車も駄目です。あんな時代に生きてしまったことがもう恥です。ああ、90年代に生まれていれば…。やはり、ロックバンドの女の子は、涼宮ハルヒでしょう。

ああ、でもロックは死んだと言います。今はヒップホップの時代、なんでもコンピューターでサンプリングされたリズムが基本で、ラップ的な要素が加わっていないと駄目なんです。しかも、歌も、やたらと黒人的に上手くないと駄目だし。日本も宇多田が起爆剤でしたね。そして整形手術された顔。そう、プラスチック・サージャリーなのです。なんでも、プラスチックなのです。ジョン・レノンの妻が、そのコンセプトを持ち込んだのですから、あの芸術家の責任は大きいです。フォークミュージシャンは、ぜんぜん出て来れません。ロックは死んでしまいました。いまで、生き残ってるロックは、サバーバン系ですね。都市郊外の若者が好むような、そう、パンクがベースにあって、それにハードロックの激しさが融合した、なのにメロディアスな、で、英語のアクセントがまさに郊外の白人のもの。むかしのロックの南部訛りというものは、まったくありません。で、たまにグリーンデイのような、イギリスアクセントを真似た歌い方までします。ティーンロックは、とても洗練されてしまっているのです。黒人音楽のブルースから伝わるロックの伝統がブチッと切れてしまったのです。ある種、ロックはブルジョワ化してしまいました。チャック・ベリーやリトル・リチャードの音楽を聴いても、だれもあれがロックのルーツとは思えないでしょうね。でも、私はやはり新しいものが好きなので、しかも私は16歳なので、ティーンロックは好きです。

しかし、ローラの曲は、ロックの黄道のような、もとあったロックのレッドツェップリン的なリフが残ってます。まあ、ロックなのに英語ではなくて、スペイン語なのも、そうですが、それが違和感がない。いやー、でもローラのガラージバンドの曲は、生々しくていいですね。シンプルで、技術も高いことをやってないし、いいです。いまのティーンロックは、とても技術が高いですからね。ロックの売りだった「素人さ」と「ワイルドさ」というのがなくなりました。そう、自然さがなくなったんですね。労働者階級の音楽だったロックが今では、白人の郊外のティーンが聴くようになったのですから。そう、あまりにも技術が高くなり過ぎた。ラフさがなくなったのが、悲しい。でも、ローラの曲はそれがまだ残っているような。それが、この映像、「Si me besas(もしキスしてくれたら)」です。かっこいいですよ、ローラ!



で、ローラは、アレキサンドルのことが好きです。しかし、アレキサンドルは金持ちの当主、しかも若くて独身、当然、様々な女性から妨害されます。しかもローラのライバルたちは、実業家、キャリアウーマンなど実力のある女性たち、家政婦でバンドをやっているローラには太刀打ちできません。経済レベルで駄目ですね。だから、彼女は、妖精に向かってセンチメンタルに涙を流しながら祈祷します。
奇跡が起きますように
と。ああ、しかし、なんでみんな金持ちの男が好きなのだろうか?洗脳だよ。男性社会による男性優位主義の。そしてネオリベラル資本主義の。それに、アレキサンドルもその家父長制の長にすぎないのです。労働者階級の男、私なんか労働者階級でもないんだから。それよりもっと下の、どこの階級にも属さない、キモオタという最下層の、ハリジャン、いわゆるアンタッチャブルなんだから。私は不可触賤民なんですから。だから、女性は私に触れないんです。彼女らは私に触れると穢れると思っているのでしょう。穢多なのです。だから、私が彼女らにさわろうとすると、セクハラになってしまうんです。キモオタには、皮膚感覚が欠落している。しかし、ペルーは違いました。私は、ペルーでは、アメリカのカースト制度から完全に脱していたのですから、それにアメリカのカースト制度はペルーには適応されないのですから、私でも皮膚感覚が発生したのです。それは、どんなに私の世界観を変えたことだろうか!

男は成功しなければならない。女と皮膚感覚を謳歌したければ。それが、まさにアメリカだ。メキシコもそうなのだろう、NAFTAというネオリベラル機構に参加しているのだから。だから、ローラのような女の子が出てくるんだ。メキシコもNAFTAに参加したことで、もう終わってしまいましたね。ローラのような貧しい子でさえ、自分は金持ちにしかふさわしくないと思っているんですから。ああ、悲しい。それこそ、世界のサウダージです。だったら、社会主義のほうがまだいい。収入によって男を判断することはないのだから。それかヒッピーの共同体か?

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【2008/04/15 00:01】 | 音楽
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