NAFTAでのキモヲタのソナタ
お釈迦様ことゴータマ・シッダールタは、日本だと4月8日生まれだそうです。まあ、アメリカではクリスマスは大事で、キリスト教徒でない人まで、祝いますから、まさに文化の日です。しかし、日本は長いこと仏教文化でありながら、ブッダの誕生日というのを祝ってないですね。シッダールタの誕生日ときかれて、知ってる人は少ないはずです。私でさえ、日本にずっと住んでたけど、一度も祝ったことがないですね。暴走族が「天上天下唯我独尊」という長欄を着ていたぐらいでしたか。まあ、どちらにしろ、イエスの誕生日もシッダールタの誕生日も、神話ですね。事実からはかけ離れているでしょう。

イエスは、まさに神話です。聖書に書いてあるイエスは神話です。実在はしなかった。原文はヘブライ語ではなくギリシャ語で書かれているのですから、当然、ギリシャ神話が混じっているわけです。日本書紀が中国語で書かれているのと同じです。だから日本には中国神話や仏教神話が混じっている。よって、書き下し文でないと、日本神話が読めないのです。日本神話は、やはり外国語でなく、自国の言葉で記録するべきでしたね。しかし当時の天皇をはじめとする為政者はそれを理解してなかった。だから、聖徳太子の存在もあやうい、それと同じでイエスの実像もほとんどわからない。しかし、イエスが王族や貴族でなく、大衆の中から登場したというのは、本当なのではないかと思います。事実、彼の職業は大工でした。決して法律家、政治家、宗教家、貴族、王族などの社会的地位の高い人物だったわけではないのです。まあ、彼がダビデ王の子孫であったことも嘘でしょう。韓国では、みんな両班の子孫だったと主張するので、それみたいなものですね。そして、イエスは大衆のために、宗教を改革しようとし、政治運動を起こした。しかし、当時は、アメリカ合衆国の根幹とされる権利章典の修正第一条の言論の自由が保証されてなかったので、ローマ帝国に、イスラエルの大衆を煽動した罪で、死刑となってしまいました。イスラエルがローマ帝国の植民地支配を受けている時の指導者、つまり大英帝国支配下のインドのガンジーのような存在だったのではないでしょうか?しかし、帝国総督府の言論統制、その最悪な結果がイエスの処刑でした。そして、拷問されて十字架で磔になった。しかし、アメリカの言論の自由へのこだわりは、やはりイエスのパッションの物語がもとになっているのでしょう。イエスの自由のための死。アメリカ人も自由の為に戦って死んで、この合衆国を築いたのですから。だからイエスは、そういう面でとても政治的でした。

しかし、シッダールタは王太子でした。しかもとてもイケメンで、スポーツ万能だったそうです。まぁ、あれだけの旅をこなしていたんですから、体力はスゴかったのでしょうね。そして小国シャカ王国の次期指導者となる人物でした。だから、帝王学も学んだし、英才教育を受けただろうし、しかも理解力もスゴくて、秀才、頭脳明晰だったそうです。しかも、夏のヴァカンスでは、別荘に行って、そこで毎日女性のエンターテーメントの享楽を楽しんだといいます。ラテンとインドの女性の体は本当にスゴいですからね、あの腰がもうダイナマイトです。しかもインド音楽とラテン音楽はその腰を振りまくるダンスミュージックですからね。サルサなんか、女性が踊ると腰がすごい回転しますからね。それが、スゴいですね。男だとやはりステップを踏んでもあそこまで腰は動きません。ところが女性が同じステップを踏むと、腰が左右に移動して、後ろから見るとおしりがぷりぷり動くのです。しかも、あれはやはりラテンの腰ではないと、あのダイナミックな動きは表現できませんね。いやぁ、エロいんだけど、エロくない、もう自然ですね。あのダンスを毎日見ることが出来る、間近で、しかも自分の為だけ。そして、その子たちと性的享楽に耽っていたのです。官能の世界ですね。まさに特権階級としてありとあらゆる快楽はすべてやり尽くしたわけです。だから、彼は社会的地位がとても高かった、しかし、それは血税によって成り立っていたのです。そして最終的に、彼はそれら快楽の虚しさを発見し、さらに自らの国家の指導者としての義務を放棄し、20代で出家したのです。すべてが嫌になったのでしょうね。でも、当時、出家は退職のような意味合いがありましたから、老人になってからが普通でした。しかし、若くて出家した動機の一つに、伝統に捕われない沙門のブームがあったからだと思います。沙門はヒッピーのような若者の運動だったのでしょう。事実、若い王子時代のシッダールタは北の門の行幸で、沙門に出くわして、強く憧れたという感想を残してますから。

当時のインドの権力者は、宗教階級や貴族よりも、ビジネスリーダー、商業資本家たちのほうを重要視し始めていました。その最骨頂がシッダールタでしょう。彼は、アンバパーリとミーティングをします。アンバパーリはもっとも美しいとされたインド女性で、エンターテーメントのビジネスリーダーでもありました。つまり芸能界のトップで、そしてビジネスもやっている、今で言えば、ミス・ユニバースがダライ・ラマを招待して講演をするようなものです。そして一緒に記者会見を行う。ビジネスリーダーが慈善事業の募金集めのためにチャリティーのリーダーを呼んでパブリシティーをするようなものです。アンバパーリもそのようにシッダールタを招待しました。そしてシッダールタはアンバパーリのオフィスで、講演をしました。シッダールタはダライ・ラマようなことをしていたのです、っていうより、ダライ・ラマがシッダールタのようなことをしていたというのが正確でしょうね、彼は仏教徒ですから、当然、シッダールタをモデルにしてるでしょうし、ダライ・ラマの宗教の創始者がシッダールタなのですから。でも、シッダールタはスケヂュールに忠実で、特権階級の貴族の招待があったからと言って、突然ビジネスリーダーとの会合をキャンセルするということはなかったです。ビジネスリーダーとのミーティングをとても重要視していたのです。またビジネスリーダーでなくても、普通の庶民でも、アポイントメントのスケジュールはきちんと守った、つまり皆平等に接したわけです。そう、皆重要だったのです。

それはインドが古いバラモンの時代が終わり、新しい商業資本の時代に入っていたということです。そして、アンバパーリのような女性のビジネスリーダーも出てきてましたし、そこら辺の貴族よりも大きい土地を持った成功した女性もいたくらいです。ある女性は、ある国の国家財政よりも大きな財産を築いたといいます。つまり階級による財産は崩壊し、一攫千金のチャンスの社会になってきた。つまり競争社会になってきた。社会風潮がバラモンの宗教的権威よりビジネス重視になってきた。それが国力をつける最善策だと気付いてきたのでしょう。だから、国は国富のためには、既存の規制を撤廃してビジネスの出来やすい環境を整えなければならなかった。そして、それにはバラモン階級が邪魔になってきたのです。だから、バラモンを否定するような、つまり既存価値観を覆すような新思想が出やすいような、言論と表現の自由が認められたのでしょう。そして、それぞれの国がビジネス、商業、貿易による結びつきが強くなり、関税同盟などが出来て、そして、時代としてインド統一が一気に高まっていったのではないでしょうか。

それにその時代は、言論の自由がもっとも寛容だったといいますし。また、思想においても、バラモンの既存宗教権威を完全否定する思想がたくさん出てきましたし、その中で乱立する新興思想の熾烈な競争を勝ち抜いて、もっとも普及したのが仏教でした。仏教は、神々に頼ることを否定し、占いの禁止でもそれは明らかですし、修行によって神々をも越えられるとしました。そう、神々に依りどころとするのではなく、自己を依りどころにすることがシッダールタの目標でした。神々に頼らないということは、その神々を祀る儀式を行う専門家集団のバラモンに頼らないことでもあるのです。つまり、完全に伝統的な権威を否定したのです。そして、シッダールタはバラモンの定義をも変えました。そうすることによって、今までのバラモンは、バラモンにあらずということになったのです。バラモンの階級としての特権性を排除したのです。つまり、特権だったものが庶民に広がっていく、アメリカも選挙権は白人の特権でしたが、キング牧師の公民権運動によって、黒人を含めてすべてのアメリカ人の権利となりました。

ヨーロッパで言論の自由が主流になるのは、18世紀ぐらいです、ちょうど啓蒙思想のあとですし、そして神はもともと人間世界に干渉したいという態度、つまり神はキリストの降臨と再臨の間は、まったく干渉することなく奇跡も起こすこともない、よってその間は人は神に頼るのではなくて自分に頼るしかないという考え方は、それぐらいから出てきましたし、著名な人では、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソンがそうでした。彼らは、神にまったく頼っていませんでした。彼らはいたって自然神教的だったのです。しかし、インドでは2500年前にすでそうなっていた。しかし、仏教は、キリスト教と違い、救済はイエスによるものではなく、そのような神々さえも頼らず、自分で自己を救済するという個人主義にも近い観念でもあります。つまり他力本願から自力本願となったのです。だから、シッダールタは真理を追究する為に、家族を捨て去りましたし、指導者としての義務、国家までも捨てました。ほんと個人主義を追求した思想家でした。

シッダールタの思想は当時の為政者たちの利益と合致したのです。また、新しい社会のリーダーであるビジネスリーダーたちに支持されたのが、仏教を普及させた最大の理由でしょう。商業発展のためには、シッダールタのような新しい思想と価値観が、好都合だったのです。だから、国王や王子などは、とてもシッダールタに友好的でした。それにシッダールタはインド統一への期待も受けていました。しかし、彼には最後まで政治的野心はありませんでした。しかし、イエスは、まったく正反対でしたし、イエスの言論と表現はイエスの命を犠牲にしました。社会的権威は、彼の主張した神の権威を弾圧しました。それは、ローマ帝国総督府の権威と、ユダヤ支配階級の権威による言論統制でした。イエスの他にもメシア的な独立運動の指導者が死刑になったり、弾圧を受けたこともあったのだろうし、イエスもその一人だったのでしょう。でも、ナザレのイエスが、ギリシャ的神話と結びついて、ローマ帝国のなかで復活したのです。

よって、シッダールタは、歴史的背景からして実在したと思います。古い仏教の文献なんかを読むといたってリアルですし、神話的な要素ももちろんありますが、あるがままに記録されてる部分もあると感じます。旅の途中で怪我したり、旅の途中で食中毒になって下痢になったり、それで寝込んだり。私もペルー旅行で食べ物にあたって、下痢が2週間ぐらい続きましたからね。それは、リアルですよ。シッダールタも生涯旅をした人で、様々なところで講演してまわったそうです。でも、とくに、その商業資本の発展と言論の自由とインド統一の気運が高まった時代に、シッダールタが出てきたというのも、辻褄が合うと思うのです。だから、神話的な物語を省けば、シッダールタの実像はかなり信憑性があるのではないでしょうか?

しかしシッダールタの誕生日がこの日であるということは、ないでしょうね。というより、彼の誕生日など、どうでもいいのです。イエスの誕生日も同じことが言えますが、12月25日は、西洋文化では、太陽の日として、古代から受け継がれてきたものですから、欧米では、とても重要な文化の日なのです。

FC2blog テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2008/04/08 00:56】 | 宗教
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック