
『ef a tale of memories』を見ますたよ!!!efは、Euphoric Fieldの略、つまり至福のフィールド(地)、ユーフォリアは、英語のeuphoriaであり、ギリシャ語が語源です。「幸運を運ぶもの」ですね。euは、福、phorosは、運ばれる、つまり英語のcarried awayの表現と類似するでしょうか?ちなみにphosphorosは「光を運ぶもの」つまりラテン語でlucifer(ルシファー)ですね。ちなみに「写真」を意味するphotograpyのphotoは、phosが変化したものです。
いや〜、これは切ない。とても切ない。私は、あの記憶障害の女の子が自殺してしまうのではないか、そう、カミーユ・ビダンのように最後は悲劇で終わってしまうのではないかと、とてもブルブル震えていました。そうですよ、人というのは、記憶ですべて成り立っているんですよね。レナードの朝のように、12歳からたった13時間なんて、あまりにも残酷だ!それにその事故で片目まで失ってしまっている、オーディンやオシリスのように。どうしてそんなことをするために産まれてきたんだろう。ただ苦しむために毎日同じことを繰りかえすだなんて。シジフォスの受けた罰のようだ。どうして世の中は苦しみばかりなんだ。仏教は輪廻や前世の業で説明するが、そんなのでは納得できるか!
しかーし!やはり、これは希望のアニメでした。信じる者は救われる、まさにキリスト教の根源とも言える哲学、信じる者には、最後には奇跡が起こるのです。私も、このアニメがもし悲劇に終わっていたならば、ペルーには絶望とともに飛んでいたことでしょう。そこで朽ち果てていたかもしれません。しかし、希望、それを私は見た!
実は、このアニメは私が見つけたのではなく、尊師の強い勧めによるものでした。その時の尊師の目はマジでした。いつものみんなに好かれる気さくさでジョークを言って人を楽しませるひょうきんで愉快な尊師ならば、
「ヘルメスさん、このアニメはいかかですか」
と柔らかな表情で勧めてくれるのですが、この時ばかりは、おどろおどろしい武士のような殺気がこもっており、とても
「いやー、次の機会に見ますよ」
と答えられる雰囲気ではなかったですね。尊師の表情は笑っているのですが、目は笑ってない。
「ヘルメスよ、このアニメは、なにがなんでも絶対に見るべきだ!」
と眼光から伝わってきました。なにかの役を演じている時の真剣さを感じました。正直言って、ちょっと怖かったです。よほど、このアニメを私に見てもらいたかったのでしょうね。だから、私の師の真剣さを真意に受け止めなければならないと思いました。
ストーリーは、すごかった、あれだけ心理的に入り組んだストーリーをアニメでやってしまうとは!これほどのシンボリズムを駆使したアニメはウテナ以来か!?映像がきれい、さらにアングルが斬新、そして町並みが南ドイツの町だ、南ドイツに行ったことがある私が言うんだ!そして、なんといっても、主題歌が良い!『Euphoric field』の英語版と日本語版、私は、もう英語版の楽曲に惚れてしまいましたよ!まるで、諸行無常のエヴァネッセンスのようなサウンド!そして、主人公の女の子が歌う『空の夢』も激動の感動をもたらしました。これはロックでもジャズでもないし、普通のアニソンでもない、とても深く趣があって、さらに歌詞がもう「stream of consciousness」を彷彿させるような、そのふわっとした歌い方にその歌詞、そして不安定な地に脚がつかないようなメロディー、そしてあの転調、ああ、ピアノとストリングスとエレキピアノ、そしてエレクトロニックスサウンド、あああああ、すばらしい!いと、美しき!!!駄目だ、もう良すぎて、それに三次元と違ってやはりアニメの女の子はとても積極的、それこそフェミニズムの勝利を体現していると言えまーす!ああ、あの子に会いたい、新藤千尋に直接会いたい!日本からの逃亡、渡米、そして南米への飛行、そんなのを超越してしまうようなぁあああああははああががっがぎぎっぐぐぅうううぅぁああああ(頭を抱えてモニターの前に倒れ込む)。
では、早速、『空の夢』の歌詞を抜粋しようではないか。
夢 見てた ひとり
空 見上げ いつか
なくした痛みを 思い出すの
白い羽に風をうけ
揺れる記憶に鍵をかけ
届け 果てまで
どうか 彼方へ
笑顔 あなたに 戻る明日へ
夢 消えて ひとり
聞こえた言葉が 時をつなぐ
赤い雨に導かれ
旅の続きを描くため
白い羽に風をうけ
遠い記憶の壁をこえ
届け 果てまで
どうか 彼方へ
手と手 かさねて 進む明日へ
ずっと ふたりで
私の人生、恋なき人生、今まで人を愛したことがない、愛されないのならどうやって愛することができようか?私は愛など信じてこなかった。とくに恋愛など、性欲のエクステンションとしか思えなかった。ただの幻影、まやかしとしか思えなかったのだ。片思いは苦しい、苦し過ぎる、というか死にたくなる、本当に、報われない恋など。だから、恋なんてしたくない、セックスで充分なのだ。恋は萌えで代替となる、しかし皮膚感覚を伴う恋、それはやはり三次元でないと駄目なんだ。だけど、私は恋にそんなに関心はない。肉体だ。肉体の快楽が最優先だ!しかし、セックスはキリスト教に支配されている世の中では、愛のなかでしか許されない。どいつもこいつも恋はセックスへの特権のごとくファックしやがって!だからこのアニメに対して切れた!そんな不条理な社会は破壊したい。革命を起こして、セックスと愛の分離をしようと思っている。それが、私の人生の最高目標であり、そうなれば私は幸福を手に入れられると信じている。その信条たるマニフェストは、私が16歳の若さを取り戻すまで、変わらないであろう。それが、私の夢であり、私は、空高く舞うのです。そして南に飛ぶのです!しかし、このアニメは、恋愛によって奇跡が起きるということを証明した。恋愛で人が幸せになることを目の当たりにしたのです!!
それは昔ナザレのイエスというたった一人の人物が愛を説いたという、その愛の力が山をも動かすということなのでしょうか?
私もこの歌詞にあるように、旅の続きを描こうではないか。ペルーに行くのは、そのためなんだ!ああ、この楽曲をペルーに行っても聴きたい、いや、ペルーという大地にこそ合っているような曲ではないかとさえ私は思うんですが、やはり元同僚のペルーの子は、iPodを治安が悪いペルーに持っていくのは、とても賢明とは思えないという意見でした。だったら、ペルーに行く直前までに、徹底的に聴いておくことにします!ペルーこそが、私のEuphoric Field であらんことを!!
いや、でも、なんだかんだ言って、このアニメを紹介してくださった尊師に最上の合掌!
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