
最近、メキシコのテレノベラ(ドラマ)をよく見ますが、その中で『Pasión 』という大河ドラマがあり、去年メキシコで大ヒットしたのですが、その最終回が先月にありました。感動して、泣いちゃいましたよ…。なんといってもアニヲタにとっては『ポケモン10』のEDで有名なサラ・ブライトマンの歌う主題歌がいいですね。で、どういう物語かというと、まだスペイン領だった18世紀のメキシコで、婚約したての女性がDroit De Seigneurから逃れるために、村から脱出して、逃げ先で海賊の男と出会い、そして最終的に恋に落ちるというものです。で、私は、
「そのDroit De Seigneurって一体なんだろう?」
と疑問に思って、それでいろいろ考慮しながら、この記事を書くことにしたのです。
さて、中世ヨーロッパには、Droit De Seigneurという領主の初夜権がありました。つまり、領民の娘が結婚したときに、最初にする男が領主なわけです。それは領民の娘がすべて領主に属しているからです。しかし実際には、結婚税、または結婚登録料金が初夜権を購買したこととなり、つまりそれで新郎がセックス権を買ったことになったので、領主とのセックスはほとんどなかったようです。その権利売買はオプション取引みたいですね。セックスを金で交換していますから、これも立派な売春、いや援助交際?で、その伝統はヨーロッパ独特ではなくて、チグリス・ユーフラテス川の流れるメソポタミアにあり、ヨーロッパ文明もギリシャを通して、メソモタミアに辿り着きますから、ギルガメッシュの時代にまで遡るそうです。そう、シュメール、バビロニアがそうですね。で、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の源流である、いわゆるセム民族の開祖であるアブラハムも、メソポタミアのウル出身です。まっ、メソポタミアという意味がギリシャ語で「真ん中の川、中川」ですから、世界の中川というぐらいだから、ギリシャ人でさえ自分たちの文明はメソポタミアからもたらされてたと思っていたわけです。丁度、日本人が今でも支那を「中国」と呼ぶようなものですね。そんなわけでDroit De Seigneurも、当然、メソポタミアから発祥したのでしょう。
そう、領主のモデルはヤハウェですね。Droit De Seigneurはフランス語で「領主の権利」という意味で、実質「Seigneur」はスペイン語だと「Señor」、英語だと「Lord」で、「主」という意味です。つまり「ヤハウェの権利」としてもとることができます。結婚でセックスする権利をヤハウェから買うのです。つまり、娘は家父長ヤハウェのものだから、すべての処女(未婚女性)はヤハウェに属するのです。Droit De Seigneurは、本当はだれが娘の所有者か、それを明白にさせる権利だったんです。つまり、だれがボスかということです。だから、処女とエッチすることは、ヤハウェに対する犯罪なのです。で、結婚は、新郎にヤハウェの権利を与えたわけですから、浮気はヤハウェとの契約を侵害することになるので駄目なのです。なぜなら、自分の娘とのセックスの権利を新郎に与えたのであり、他の男には与えてないからです。また第三者の男が処女かまた既婚女性とセックスするならば、、ヤハウェに対する犯罪となります。よって当事者はすべて石打の刑に処せられます。たとえそれがレイプであっても、女は貞操を失ったとして、死刑です。被害者まで許さないのが「慈悲」の神ヤハウェなのです。結婚は、男女の契約ではなく、ヤハウェと男の間の契約なのです。だから、結婚はヤハウェの代理人である牧師の前で行われます。それこそ、家父長制男性至上主義社会であり、その集合的無意識がヤハウェだったのです。女性は、飽くまでも、男のための存在であり、それ以上ではありません。アダムが淋しい思いをすると行けないので、男のためにイヴが造られたのですから。ゴーレムやアダムのようにちゃんと土から造ってないのです。しかも、男のあばら骨から。つまり女はもともと男の体の一部、だから男の所有物、男に属するもの、だから、男がどうしょうといいわけなのです。つまり、男の都合の為に女はいるのですから。それが創世記を書いたヤハウェ的人間、そう、モーゼはそういう世界観をもった思想家だったのです。
だから、アダムより高い次元の存在とされたリリスという女性は、アダムとのセックスで下になることを拒みました。リリスは土ではなく、ましてやあばら骨からではなく、風によって造られた精霊です。だから、自分はアダムより高い存在なので、アダムこそが下になるべきだと主張しました。そして、リリスはヤハウェを拒み悪魔となりました。つまり、ヤハウェは、女であれば、すべて男に屈服させようとしたのです。風の精霊、風と言えば、『CLANNAD』の風子、そう、彼女はリリスだったのです。ヒトデばかり造っていましたが、ガラクタ人形を造った謎の少女が主人公だったので、風子はサイドキックほどの存在でした。その子たちは、ヤハウェ的社会で、みんな病気になるんですね。
そして、Droit De Seigneurは、なにも人間社会においてではなく、チンパンジーにも確認されているです。そう、チンパンジーのボスがセックス権を握っているのです。よって、すべてのメスチンパンジーは、ボスのものなのです。それでボスがだれかわかるのです。ダーウィンの進化論だと、人間はチンパンジーは共通の祖先から進化したのですから、ボスのセックス権もそのチンパンジーの祖先である猿が始めたんでしょう。つまりそのDroit De Seigneurという伝統と思想は猿ゆずりだったといいうわけです。そう、進化の過程で、その野蛮な風習も人間に継承されたのです。まっ、聖書をはじめとするセム神話はメソポタミアが人類発祥の地とされるので、メソポタミアで猿が人類に進化したんでしょうね。で、Droit De Seigneurもメソポタミアで発祥したのですから、猿から引き継いだ、そして、その領主は、もともと猿のボス、で、そのボス猿の姿は全身が体毛で覆われているチンパンジーに近いはずでしたから、ということは、ヤハウェは、その領主の集合的無意識だから、ヤハウェは、姿としてはチンパンジーのボス、いわゆるボスチンプだったのです。
そして、その「ヤハウェ」を最初に妄想したのはアブラハムです。ヤハウェはアブラハムの二重人格の一つだったか、勝手にヤハウェを作り上げたんでしょうね。それか「imaginary friend」だったんです。つまり、ヤハウェがアブラハムの分身だとしたら、人類とチンパンジーの共通の祖先がアブラハムなのです。だから、アブラハムはボス猿なのです。よって、アブラハムも外見はチンパンジーなのです。そして、アブラハムの息子のイサクもボス猿で、で、彼の二人の息子がエサウとヤコブです。それが、チンパンジーと人類の分かれ目となります。つまりエサウがチンパンジーの祖、ヤコブが人類の祖だったんです。そう、創世記は、実は進化論に基づく物語だったのです。もちろんエサウは毛もじゃらのチンパンジーでしたから彼が正統後継者でしたが、体毛が薄い人間であるヤコブは、毛皮を着て、
「自分はチンパンジーのエサウです」
と盲目の父親イサクを騙し、正統後継者となります。それか、イサクは、「turn a blind eye (見て見ぬふり)」で、内心、人類が猿の伝統を引き継いでくれることを喜んでたのかもしれません。そう、毛もじゃらであることが、神の正統後継者としての証だったのです。人間は、猿から完全に決別して進化しようとしたんですが、ヤコブはそれを阻止してしまったのです。せっかくの「人類」としての進化のチャンス、猿からの自由と独立のチャンスを潰してしまったのです。やはり、一人だけ体毛が薄いことは、霊長類の「はぐれもの」というレッテルに耐えられなかったのでしょう。よって、世界の大部分の人口がキリスト、イスラム、ユダヤという毛皮を着てしまうハメになったのです。なにしろヤハウェに無条件に従属して徹底服従することが信仰ですから、ナチ党員が茶色いシャツとハーケンクロイツを身につけてヒトラーに従属するようなもので、人々も猿の毛皮を着て、それを服従の証、信仰の証としたのです。イスラムという意味はアラブ語で「surrender(服従)」という意味で、ムスリムは「服従者」という意味です。「unconditional surrender」とは、無条件降伏ですね。そう、ヤハウェへの無条件降伏が「faith(信仰)」なわけです。それは、猿の毛皮で表します。だから信仰とは、毛皮のようなものなのです。そう、猿の伝統と猿への信仰(帰属、従属、服従)は、猿の毛皮なんですよ。よって、キリスト教徒だったダーウィンは、下の図のように猿の毛皮を着ているのです。だから、彼の中では進化論とキリスト教は反駁することなく合致していたのです。

そう、ボス猿が、ヤハウェの元だったのです。それがミームとして進化して、ヤハウェになった?そう、猿が人間に進化したと同時に、ヤハウェはチンパンジーに進化した(?)というか、それがヤハウェと呼ばれるようになっただけのことです。そう、そのボス猿の性風習を引き継いだのがチンパンジーだったのです。だから、猿のボスでもあり、当然人間よりもチンパンジーを選んだヤハウェはまたチンパンジーのボスでもありますね。で、その人間のように進化できなかったチンパンジーの性風習を、チンパンジーよりはるかに進化した人間にまだ押し付けようとしているのです。「毛もじゃら猿の伝統を絶やすな!」と言わんばかりに。Droit De Seigneurは、チンパンジーと人類が兄弟である証だったのです(ヤハウェからの視点では)。だから、それを捨て去ってしまったら、人類は完全にチンパンジーから離別してしまうことになってしまいますから。しかし、人類は進化するために、チンパンジーを捨て去ることが必要だったのです。つまり進化できていないのは、ヤハウェだけなのです。だから、ヤハウェはボスチンプのカヴァーだったんです。
どうして、ヤハウェは、偶像崇拝を禁止しているか、それは、自分がチンパンジーであることがバレてしまうからです。だから、神の姿は極力避けるように仕向けたのです。ミケランジェロのシスティン聖堂の天地創造の白髪で白ヒゲを貯えた白人のジジイではないのです。そう、人間ではないのです。チンパンジーなのです。チンパンジーの姿では、人間はだれも崇拝してくれません。逆に下等生物としてバカにされてしまいます。それに、ほかの神々は、人間らしくて、とても美しいです。だから、彫刻にされたら、みんなアフロディーテとかベルダンディーとかアポロとかディオニソスとかに心を奪われ、チンパンジーは取り残されてしまいかねません。多神教では彼は埋もれてしまうのです。だから、あそこまで偶像崇拝禁止にこだわり、一神教に徹底し、十戒にも載せたのです。
「自分は嫉妬の神だから、他の神ではなく、自分だけを拝んで欲しい」
って。そう、姿を見せなくすることで、人々の心に畏れを抱かせるのです。天皇がかつて幕の後ろに隠れていたようなものです。そうすれば、チンパンジーであろうが、バレません。動物だろうが、なんだろうが、崇拝してくれますね。で、自分を崇拝しない人間は「infidel」として虐殺します。たかが一匹のチンパンジーを崇拝しないために、ジャーヒリーヤとしてテロ攻撃の対象となってしまうのです。

あと、ヤハウェは自分の姿に似せて人間を造りましたね。それは、ヤハウェから人間に進化したことを表しています。自分の子孫が人間であるなら、それは理にかなっているでしょう。ナザレのイエスも「神の子」と言っているのですから。つまりもし私たちの先祖が神であるなら、進化論からすると、先祖はチンパンジーと共通の祖先なので、チンパンジーのような毛もじゃらな猿が神となります。当然、人間はチンパンジーに似てますし、DNAの98%が人間と同じです。そのたったの2%で、姿が似てるけど、違うようになるのです。だから、ヤハウェと人間が98%DNAが同じならば、それは「似てる」と言えるでしょう。
またボスチンプとしての伝統を守るヤハウェは、ヨセフの婚約者であったマリアに対して、チンパンジーならではのDroit De Seigneurを行使しました。そして、ナザレのイエスはひっそりと馬小屋で誕生します。だから、私はマリアが未婚状態で子供が出来たということで「Virgin Birth(未婚女性の出産)」を信じます。で、イエスは、ヤハウェを「神」ではなく「父」と呼びました。だから、イエスは、チンパンジーと人間の間の子、半人半猿の「チンパンマン」なのです。そう、犬夜叉みたいなものですね。安倍晴明も母親が雌ギツネといいますし、獣姦は神話のお決まりパターンのようであります。そう、チンパンジーと人類の間の子を造ることによって、人類をすべて猿の伝統に縛り付け、人類の進化を阻止しようとしたのです。イエス自身は、
「自分はチンパンジーと人類の架け橋だ」
と正義感に燃えていたようですが、ご存知の通り、それで、人類の大多数がキリスト教となってしまい、進化のプロセスがスローダウンしてしまいました。それでDroit De Seigneurが中世ヨーロッパに蔓延し、また18世紀のメキシコで『Pasión』の悲劇を生み出しました。で、イエスもチンパンジーと人類の間の子ですから、イエスの容姿は、チンパンジーに近かったはずです。

そして、これが人間とチンパンジーの進化の過程とアブラハムの神話の家系図です。そして、分化した二つの族を統合させようとしたのがイエスの存在でした。

話は変わりますが、イエスの神話からわかるように、未婚の女性とエッチすれば、ヤハウェと同じことをしてるので、つまり、神になれるのです。イエスの生物学的父親も、聖書にはまったく出てきませんし、その責任は追及されることなく野放し状態です。『ターミネーター』も、黙示録のようなもので、未来に起こるハルマゲドンですね。そして、ジョン・コナーというメシア(救世主)が人類を救う。しかし、その母である処女(未婚女性)サラ・コナーをターミネーターがタイムマシンで1984年に抹殺しにいくわけです。で、ジョン・コナーの率いる解放軍の一兵士のカイルも、タイムマシンでサラを救出すべく、1984年に行きます。そう、ジョージ・オーウェルの『1984』の小説の年です。しかし、カイルは、サラとファックしてしまいました。それで、ジョン・コナーの父親はカイルとなってしまったのです。そう、カイルは、Droit De Seigneurを行使することによって神になったのです。救世主の父、しかも父親の素性がわからない、なにせ未来から来たのだから。よって、私もタイムマシンで2008年前に中東に行って、結婚前のマリアとエッチすれば、神になれるのです。
「イエスの父親は私だ。だから、みんな、私を崇拝しろ!」
となるのです!まっ、でも、だれもイエスの肖像画をキモメンに描かないので、私が父親ということはないですけどね。なにせ、チンパンジーに先を越されてしまいましたからね。
まぁ、80年代の聖母マリアは、サラ・コナーだったわけですが、あともう一人いますね。それは、ビリー・ジーンです。彼女は、息子の父親はマイケル・ジャクソンだと主張しましたが、マイケルはそれを否定しました。
「but the kid is not my son」
って。父親の素性がわからなければ、その子は神の息子となり、その父親は神となるのですから。そう、だから、マイケル・ジャクソンも、ヤハウェなのです。『スリラー』のビデオで、彼も満月を見て、チンパンジーのような毛もじゃらな体に変身するので(実際は狼男だったんですが)、彼も元エホバの証人(ヤハウェの証人)だけありますね。つまり毛皮を着てるわけです。

そういえば、ヤハウェの証人が原作の『ドラゴンボール』の孫悟空も、満月を見ると巨大チンパンジーに変身しますね。まっ、キングコングのような、キングコングこそが、ヤハウェの姿にもっとも近いのでは、と思う次第であります。サイヤ人は、人間に比べると尻尾もあり、進化しきれてないので、野獣的で、人間よりは下等な存在ですが、よりヤハウェに近いというのは確かでしょう。凶暴で残忍ですからね。体育会系やDQNのように好戦的で残虐性に満ちていてますからね。サイヤ人は半人半猿ですから、彼らはイエスの子孫かもしれないですね。だから、サイヤ人は、より神に近い生物なんでしょうね。そうなると、サイヤ人も「チンパンマン」だったんですね。なのに人類は、そんな下等なサイヤ人のようになろうと猿の毛皮を着ようとするのです。

そういえば、W.ブッシュ大統領もチンパンジーそっくりですね。サイヤ人なのかなぁ。っていうかスーパーサイヤ人?あれこそ、神が自分に似せて造った最高の彫刻なのでは。チンパンマンなのかなぁ、イエスみたいに。だから、ブッシュもイエスのような奇跡の力を持っている?なにせ、ブッシュは神の声が聞こえるようで、私たちには、
「きききー」
という奇声にしか聞こえない鳴き声が、
「神は私にイラクを侵攻するように告示してくれた」
と聞こえたのですから。しかし、さすがに「きききー」では、リチャード・ドーキンズ博士も指摘してるように、侵攻の大義名分であるWMD(大量殺戮兵器)の有無はわからなかったようですね(Dawkins, p112)。しかしエデンの園があったチグリス・ユーフラテス川の流れるメソポタミアで戦争を起こすとは…。まさかチンパンジーの鳴き声までもが、グロッソラリアに数えられるとは…。多数のキリスト教原理主義の牧師も、ヤハウェがブッシュを大統領に選んだと発言してます。ああ、それはもうチンパンジー・ポリティックスですね。だからブッシュの政治の特色はチンペリアリズム(Chimperialism)と言われます。それは、チンパンジーと帝国主義をかけたものですね。

そう、ブッシュも神の世界を実現したいとのことです。しかし、神の世界、恩寵の世界とは、まさにチンパンジーの世界なのです。だから、天国、ヤワウェ的桃源郷は、『猿の惑星』のような景色が広がっているのです。チャールトン・ヘストンが困惑するわけです。『猿の惑星』の役者は、猿の毛皮を着てますからね。みんなヤコブを模範にしてるんです。あれが、ヤハウェの約束した未来なのです。みんなチンパンジーの姿に戻って、メスは、ボスチンプの都合のいいときにエッチさせられる、つまりチンパンジーのハーレムが天国なのです。それこそ先祖帰りもいいところです。かつての野蛮な猿としてのDNAの記憶がキリスト教、ユダヤ教、イスラム教として受け継がれたのでしょう。だから、あれだけあれらの宗教が広がったのです。なにせ、DNAに埋め込まれている記憶が刺激されるのですから。まさにチンパンジー回帰です。 で、それらの宗教にどっぷり浸かると、テロリストとして覚醒し悟空のように巨大チンパンジーの姿になって、十字軍やアルカイーダなどの聖戦やジハードで暴れ回るのです。まるで、サムソンがある時覚醒し、怪物になったように。しかし、それは人間に進化する前の状態に戻ることですから、それは「進化」ではなく「退化」です。つまり、ダーウィンの進化論に対して、私は「退化論」を唱えるわけです。だから、それは、「進化論対創造論(evolution vs creationsim)」ではなくて、「進化論対退化論(evolution vs devolution)」にすり替えればいいだけのことです。創造論者が退化論者となればいいのです。なぜならヤコブとエサウの話がすでに進化論の上に成り立っているんですから、聖書は進化論で、その中の議論としての退化論だったんです。聖書自体が進化論に基づく本だったんですよ。そうすれば、問題の本質はもっと明確になるはずです。
しかし、私たちは、進化し、チンパンジーではなくなったのですから、それを切り捨てることこそ、本当に進化したということになるのではないでしょうか?ヤコブが着ていた毛皮を脱ぎ捨てなければならないのです。ヤハウェのご機嫌を取るために、毛皮を纏うことでチンパンジーであるということを偽る必要はないのですから。ヨーロッパの先進国はそれが出来てます。ドイツは85%が無神論、フランスが65%、イギリスは44%が無神論、で、驚くことに精神性が低いはずの日本が意外にも65%。先進国(日本も含めて?)は、やはり精神的に進化してます。しかし、アメリカでは、無神論はわずか12%です。なんと悲しいことでしょう。冷戦時代の反共とキリスト教が結びついたプロパガンダの結果ですね。「無神論=赤」というデマです、それを盲目的に今でも信じてしまってるのです。それにしても、ボスチンプが、人間社会の目に見えないボスであるというのも、おかしな話ですからね。だから、悪魔が山羊の姿をしているなら、ヤハウェはチンパンジーなんですよ。そして、その介在者がブッシュなわけです。

オバマも、やっとジェレマイア・ライト牧師との関係を絶ちました。あれはちょっとネガティブでしたからね。あれで、宗教もカットオフすれば、いいんですけどね。オバマはもともと無神論だったのに、無理矢理キリスト教に改宗したようですからね、で、ああいうことになっちゃう。政治家は、無神論から退化論に、政治家は人民の代表ですから、人民の風俗を反映してるのが政治家ですから、それがアメリカの実像なんでしょうけれども、ぜひオバマにそれを「チェンジ!」してもらいたいものです。
ということで、Droit De Seigneurというのは、毛もじゃらの猿ボスであるヤハウェの性風習だったのです。それが、『Pasión』の主人公の女性を苦しめ、彼女は追い詰められ、とうとう村から脱出して波瀾万丈の人生を送るという物語の中核です。それが、スペイン領メキシコのキリスト教の社会だったのです。その中で、彼女は自らをヤハウェの横暴から解放し、自由を獲得したのです。それこそ、Emancipation Proclamation(解放宣言)です。彼女は、チンパンジーの毛皮を脱ぎ捨てたのです。それは、人類が突然変異によって猿の特性をなくし、進化したことの証でもあります。なにしろ、私たちはヤハウェよりも遥かに進化しているのですから。それを逆戻りさせようとしても、もはやそうは行きません。すでにニーチェがヨーロッパで「神は死んだ」と宣言したのです。18世紀、19世紀にやっと人類は、人類としての進化ができるようになったのです(インドでは2500年前にすでにそうでしたが)。まぁ、メキシコの大河ドラマを見て、そういう結論に至ったわけです。
参考文献:
Dawkins, Richard. (2008). The God Delusion. New York: Mariner Books.
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