NAFTAでのキモヲタのソナタ
この巨大なストレス、それはやはり三次元の女の子との皮膚感覚の欠落でしょう。経済的にいつ失業するかわからない、そしてそんな者には、デートする価値もない、とくにネオリベラル社会では、負け組は、セクシュアリティーの権利を剥奪されてしまうのがオチです。だってネオリベラル格差社会の恋愛は、はっきりいって援助交際ですから。そして、このヤハウェーの築いた一夫一妻制度、それを模擬した恋愛制度、セクシュアリティーの束縛と抑圧が私の精神を蝕んでいきます。どの女の子も、本気で恋人としかセックスしてはいけないと思い込んでいるのです。

ちくしょう、女の子はどうしてボーイフレンドがいるのでしょうか?まるで、声をかける度に、
ごめん、あたしボーイフレンドがいるから…
という答えが返ってくるのです。ひどく傷つきます。このネオリベラル社会は、どれだけ私を傷つければ気が済むのでしょうか?こんな答えはもう散々です。聞き飽きたどころではありません。それは、まるで
あたしのセクシュアリティーは独占されているから、あなたとはセックスできない
と言っているようなものです。それは、カトリックのシスターが
「私はイエス(ヤハウェー)の妻だから、つまり神様にセクシュアリティーが独占されているから、あなたとはセックスできない、だから貞操を守るのです」
と言っているようなものです。つまり、初夜権は、ボーイフレンド、夫、そして典型的な家父長であるヤハウェーが独占しているのです。そして初夜権は、オプション取引のように、男たち、ヤハウェーの間で売買されるのです。だから、恋愛と結婚は援助交際なのです。貧乏人には、とても手が届きません。ドル札には、「In God We Trust」と刻まれているのですから、ドル札が少ない奴は、それだけ神への信仰が足りない、よってドルは、贖罪符のようなものです。つまりクーポンを貯めれば、初夜権を購入できるのです。だから今では、教会に代わってコーポレート・オフィスが、礼拝堂となったのです。そして巨大ショッピングモールが、ネオリベラル資本主義型消費社会のエルサレムです。

そういえば、以前働いていたところでも、かわいい女子大生の白人の子が入ってきて、で、私は早速デートに誘おうとしたんですが、
「あたしボーイフレンドいるから」
と言われてしまいました。しかし、その子にはボーイフレンドがいなかったのです。なにせ、その一週間後、彼女は、私の同僚と付き合い始めたんですから。私の同僚は、嫌味たらしく、
「実はおまえが誘おうとしたあのとき、あの子にはボーイフレンドはいなかったんだよ」
と私に言ってきました。私は、
ふざけるな!
と怒り狂い、その同僚とまったく口をきかなくなってしまいました。絶交しました。なにしろ、彼は、私の気のあった子を独り占めにし、しかも、余計な情報まで私に提供したのですから。そして、毎日彼らを見る度に苦痛が走りました。とくに、仕事が終わった後に、彼らが仲良く手をつないで駐車場まで歩くその姿、いかにもラブラブで恋をエンジョイしているという雰囲気で、そのオーラに私はどうしょうもありません、とても耐えられませんでした。その光景を見る度に胸がひどく痛み、涙を必死にこらえていました。だから、私は帰りに、わざと時間をずらしてタイムカードを切っていたほどです。そして、私がその仕事を辞めるまで、彼らとは気まずい状態が続きました。それは、巨大なストレスとなり、睡眠不足となってしまい、やることすべてが無気力となり、仕事場を変えることでしか、自分をそのストレスから解放することができませんでした。
「ああ、彼女は、毎日、あのクソ野郎とやってるんだろうなぁ」
そう考えると、夜もろくに眠れませんでした。考えないようにすればするほど、それを考えてしまう。忘れようとすればするほど、忘れられないものです。だから、心機一転するためには、職場を変えるしかありませんでした。

しかし、現在の私のストレスは、やはり職を失ってしまうのではないかという不安。その不安に押しつぶされそうです。女性がデートで支払ってくれない限り、デートは無理です。失業者の男とだれがデートするでしょうか。とくに、この男性至上主義社会では。フェミニズムが勝利を収めない限り、そのような男にはまったくチャンスがないでしょう。そして自暴自棄になって非合法な娼婦に手を出すまで追い詰められます。

しかし、娼婦売買は、国連の女性差別撤廃条約の第6条に明白に、
締約国は、あらゆる形態の女子の売買及び女子の売春からの搾取を禁止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとる。
とありますので、国際的に撲滅しなければいけない人権蹂躙であります。日本は締結国ですから、もちろん売春、かつてはトルコ風呂、いまでいうソープランドなどは、犯罪であり、そのうえ、女性の人権侵害です。アメリカは、まだこの条約を批准していません。よって、ネバダの売春も、合法です。しかし、やはり国連の人権宣言は、厳守しなければならないでしょう。まあ、貧乏人にとっては、素人も玄人も、合法違法にかかわらず、経済力がないために、どちらにしろセクシュアリティーを謳歌できませんので、それ以前の問題ですが…。この社会は、勝ち組のために構築されているのですから。

そう、経済力の低下が、皮膚感覚の恋の可能性を消滅させてしまうのです。そしてそんな惨めな状態から救ってくれるのは何か?それは、イエス、ブッダ、ではなく、やはり女の子なのです。アニメは、永遠の女性像を体現してくれます。そして、私は一人で、
「ぐわあぁぁぁ、キター!」
と萌えます。とくに、『焼きたて!!ジャぱん』の月乃たんと、『ヒカルの碁』のあかりちゃんに。この『ヒカルの碁』のOPの39秒目での、あかりちゃんの見返り美人的な、肩を「てへっ」てすくめる、いかにもかわいらしい女の子、私の脳みそが電子レンジで焼かれたように、
きぎげげっげげげぇぇぇええ、ぐもー!!!!かわいいいいぃぃぃいいいいい!!!!!!
となってしまいました。とくに髪型がかわいいし、夏のファッションも実によく似合う。ああ、あんな子が日本にいたら、絶対に渡米することはなかったんです。ヒカルが実にうらやましい、あんな子に付きまとわれているなんて、天国じゃありませんか!!私も中学に戻りたい、なにがなんでも学園に復帰したい、失学園の雪辱を晴らしたい、そして前髪を金髪に染めて、碁でもやっていれば…。でも、そんな二次元では、やはり限界があります。皮膚感覚が伴わないですから。あかりちゃんのあのスベスベした肌に触れることが出来ませんから。あの子に触れられたら、どんなに恍惚だったことだろうか?もはや法悦に達していたかもしれません。肉体による皮膚感覚の恋…、やはりそれに勝るものはないでしょうね。だからこそ、私は『虹コン・マニフェスト』で描いたような革命を切望しているのです。よって、オバマ候補の叫ぶ「チェンジ(変革)」を望んでいるのです!

【2008/02/27 00:17】 | 恋愛
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あああ、何をやっているかわからない。無意味です。ナンセンスです。すべては虚しいです。ただ虚しい。ニヒルです。ニヒリスティックです。ニヒリズムです。ニヒリストです。

ほんと、毎日私は何をしているかわからない。毎朝のストレスのたまる交通渋滞、そして朝のつまらないニュースによるラジオは陰鬱なものばかり、サブプライムローンの破綻、それに伴う銀行の経営不信、そして消費者の自信低下、成長の停滞、株式の暴落、人員削減、そして失業、そんなニュースなど聞きたくない、そして私のところもレイオフの話が出ているし、クビになるのは時間の問題であるという、だから私は車の中でiPodでアニソンを聴いて、その不安から目をそらすだけなのです。近頃は車の中ではぜんぜんニュースを聞いてません。それだけで、不安が助長されますから。

久しぶりに実写映画を見ました。いやー、いつもはアニメだったもので。『Office Space』という映画で、邦題では、『リストラマン』といわれています。それは、まさに私の生活を反映しています。毎日つまらない仕事をして、賃金奴隷として扱き使われ、そんなんでモチベーションなんて、まったく持てませんね。ほんと、コーポレーションというところは、ネオリベラルの礼拝堂で、とても嫌な所です。そんなところにいたら、どんなに健康な人でも、精神を病んでしまい、最終的には体まで病気になって、ダウンしてしまいます。あんなところ、金さえあれば、絶対におさらばですし、女の子と皮膚感覚の伴う恋をしているか、もしくは、山奥の田舎に一人こもって、アニメを高画質のテレビ、それか映写機で見てますよ。まあ、でも、主人公の場合は、会社での立場が危ういのに、恋人を作ってましたし。昼食のレストランでウェイトレスと知り合って、その子も主人公と同じくカンフー映画オタクで、それで一気に意気投合した感じですね。だから、彼は三次元でがんばっていけたんですよ、結局。

ああ、私もアニメオタクの女の子、まわりにいないかなぁ。とくに、このネオリベラル社会で、虹コンでキモオタである私は、まったく相手にされない。それに、女の子でボーイフレンドがいないと答えた子に会ったことが…。でも、たとえその子がアニメオタクであっても、ネオリベラルの言説に毒されているために、ボーイフレンドがいて…。それにしても、なんで女の子ってボーイフレンドがいるんでしょうかね?声をかけると、かならずいるって感じです。セクシュアリティーがクソバカヤロウに独占されてるなんて…。恋人って、そんなに簡単に作れるもんなんでしょうか?セックスする相手ってそんな簡単にあっさり確保できるんでしょうか?とても不思議です。

私なんか、思春期のときから女の子を追い求め、世界で最も好きな女の子のためだけに生きてきましたので、それで女の子と恋とセックスができないことが原因で、その苦しみに耐えられず、渡米までしたというのに。アメリカに来なければ人格が崩壊していたことでしょう。だから、私は、二次元しかないのです。女性のセクシュアリティーの解放がないかぎり、皮膚感覚が伴うエロティシズムを謳歌することができません。よって、遺伝子工学の発達がない限り、私は永遠に二次元の世界の女の子に萌えるしかなさそうですね。それがない限り、この計画は実現できませんから。

【2008/02/25 01:17】 | 映画
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自衛隊駐屯地で自害したゲイ小説家の三島由紀夫の構想に「肉体改造計画」というのがあります。そこで、私なりの肉体改造計画を記したいと思います。これが、一応の計画を図式にまとめた写真です。拡大したかったらクリックしてください。




でも、これから書くことは非常に書きづらいことです。なにしろ、私のもっともプライベートなことの一つですから。ああ、だから、本当は読まれたくないんですよ。まあ、だから「つづきを表示」の欄に書くんですけどね。



私の容姿は、キモメンです。そしてバレンタイン・デーにチョコをもらったことがないという正真正銘のキモオタ兼虹コンであります。だから、『虹コン・マニフェスト』を書いたぐらいです。で、私の容姿のキモさがどれだけキモイかというと、それはチョ・スンヒ江頭2:50をかけて割ったようなキモ度です。だから、インターネットでは絶対に自分の写真を載せないんですよ。だから出会い系サイトでも、私はまったく救われないんです。それはさておき、上の写真の二名の男性は、左がチョ・スンヒ、右が江頭2:50です。そして、真右の人は、冠茂です。では、冠茂について、耳不慣れな方のために、少し説明しますね。

焼きたて!! ジャぱん』に登場する冠茂というハーバード大学を16歳で卒業したという天才パン職人兼科学者、あれは、私をとても不快にさせました。冠茂は、はじめ女の子だと思ったんですよ。だって、風貌も睫毛が長くて女顔だし、ピンク色の長髪で、華奢で小柄だし、肌も色白だし、眼も大きいし、トムボーイ的なボーイッシュな子だと思ったんですよ。それに声優さんも、あの美人声優の井上麻里奈さんですし、それで、完全に女の子だと思ったんですよ。私は、ボーイッシュな子も好きですからね。とくに自分のことを「僕」って呼ぶボクッ子なんか。へへへ。それに、この映像での河内と手を取り合っているところも背景が水玉で溢れてますし、しかも冠のエプロンは、どうみてもスカートにしか見えないです。

ところが、彼は、男だったんです。私は、まんまと騙されたわけです。
うげー!!!そんなぁぁぁぁあああ
私が男に対して「この子かわいいなぁ」と思ってしまったこと、それで私は、
ぎゃああああ!!!
と大ショックを受けたわけです。そのショック、私がカーペットの上で、のたうち回るほどです。どんなに吐き気をもようしたことか。私は、ジェンダー同一性クライシスに陥っています。このままでは、心理的外傷のショックから立ち直ることが出来ないかもしれません。PTSDですよ。だって女の子として見ていた人間が実は男だったなんて…。しかも、そいつを「かわいい」と感じてしまったことの私のやるせなさ。

それ以来、彼が登場するときは、無意識のうちにモニターから眼をそらすようになっていました。恥という感情が私の心を覆い尽くしたのです。この羞恥心、とても耐えられません。窓から飛び降りたくなります。一時は切腹さえ考えました。こんなキャラクターは、『ふしぎ遊戯』の柳宿 (ぬりこ) 以来です。しかし、誤解がないようにあえて言いますが、私は決して同性愛者ではない、そんなことは断じてない!天にましますキヨシに誓ってもないことです。

でも、冠茂は、ミシェル・フーコーがもし生きていたなら、絶対に絶賛していたでしょうね。もしかしたら、冠茂を題材に『萌えの哲学』を書いていたかもしません。それを裏付けるように、こちらの『するがや時報』というブログには、こんなことが書いてあります(勝手に抜粋します)。
…冠きゅんが美しくてしょうがない!!
この子、本当にすごいよね

美人だし、まつげだし、髪の毛ピンクだし、外ハネだし、常に膝出しだし、ちっこいし、細いし、小悪魔だし、ハーバードだし、神童だし、ヤクザの跡取り候補だったし、微妙にマイナス志向だし、微妙に辛口だし、何気に東和馬ラブだし。

もう、全部、好きですv
冠茂まるごと一体、欲しいですv

…おっぱいないのが不思議なくらい美人。
仕草もなんか艶かしいし。
もう大絶賛ですね!フーコーも同感でしょう。そして、このかたは、冠のイラストまで描いています。英語のサイトでもこんなのが。そしてこんなのも見つけました。それにしても、冠萌え同盟だなんて(笑)。この人たち、絶対腐女子ですよ。冠に萌えて鼻血ドピューしているのが目に浮かびます。なにせ、男の子を性の対象としている。また、「はぁはぁ」と息づかいを荒くさせて、やおい的なシーンを妄想してるんじゃないですか?たとえば、ハーバードの先輩である黒柳の受けになったりとか、この映像の5分46秒目のように。それか、この15分36秒目の恋愛疑惑をマイスターに諭されたところとか。Youtubeでも、たびたびコメント欄に「Kanmuri is so cute!」と書いてあるのを見かけますんで、女性によっぽど人気があるんでしょうね。そう、女性の圧倒的人気が鍵なんです!!!

でも、これだけ絶賛の冠、彼は16歳、そう、今では男の子らしくないフェミニンで華奢な男の子がここまで騒がれる時代、私が16歳だった時は、男であることを強制矯正されたというのに。そう、『巨人の星』のようなスポ根アニメで育ったDQN的先公どもに
「男とは何たるものか」
という言説を竹刀でビシバシ洗脳されてたんですから。だれだって登校拒否になりますよ、あんな人権を無視した教育法だったら。ユニセフにこいつらを処罰してほしかったですね。そんな教育で、男になるのは、ごめんでした。

だから、私が、ほんとうに目指していた姿、それは、まさに冠のような姿だったのかもしれません。なぜなら、私は男であることを拒否したからです。また、中学からは、男は男として育てられる為、女の子から隔離され、女の子とのスキンシップを断絶されてしまったからです。「男と女は違うから交わってはいけない」という言説と抑圧。だから、女の子たちとリコネクトしたかった。つまり、男尊女卑思想の男性至上主義社会の日本の教育機関に反抗したのも、そのような腐った価値観を持った男として育ちたくなかったからなのです。しかし、冠は、そのような男性至上主義者ではなく、フェミニスト的な、そう性を超越したような、そう、
女の子の格好をしても、じぇんじぇん違和感がないのです!
それこそ、女装をするベルダージュの精神ではありませんか!もっとも重要なことなのです。私もベルダージュを目指す人として、それは、理想の姿に思えたのです。つまり、冠に、私の理想の姿を見たのです!

彼は、華奢で、インテリで、言葉遣いも丁寧ですし、男の凶暴さというのは、まったく感じられませんから。そして、なんと言っても、線の細い繊細な容姿、すばらしいですね。逆に、私の顔は思春期の時から顎がゴツゴツしてしまって、キモメンとなってしまいましたが…。だれがどう見ても、男となってしまいました。修正不可能です。ああ、16歳に戻りたい。でも、冠のようにはなれないなぁ、まあ身長や華奢な面では、彼とあまり変わらないし、ヘアスタイルもある程度長くてピンクに染めればいいことだし。でも前髪の薄さが確実に江頭並みに近づいているので、もはや時間が限られているが。それに私は頭も顔も悪い。冠のように頭脳明晰の天才科学者で、株式の仕組みも市場動向も理解しているビジネス・センスの持ち主で、ありとあらゆる才能を持ったルネサンス的な想像力豊かなパン職人でもない。私もできれば美少年になりたかった…。

しかし現実の私は、彼のような独立したステータスのある職人ではなく、この合衆国でもっとも豊かな州のカリフォルニアで、食費を切り詰めてはじめてやっとなんとか暮らしていけるキモメン低賃金労働者。
だからこそ遺伝子工学の発達を望んでいるのです。遺伝子工学がすべてを解決してくれるのです。
ああ、若返りたい、そして遺伝子工学で自分のDNAを操作して、冠のような容姿と、そして頭脳を持ち合わせたい。そうすれば、私は、絶対に女の子にチヤホヤされていただろうし、そうなっていれば、渡米することは絶対になかったんです。そう、女の子の性の対象になれなかったことが、すべての苦しみの原因に直結するのです。そう、私の苦しみは、すべてセクシュアリティーに直結するのです。しかし、その苦しみからブッダやキリストは私を救うことはできない、不確かなものである宗教は私を救えない、唯一救ってくれる確かなものは科学、そう、遺伝子工学なのです。それによって、DNAを改築し、勉強もできず仕事もできないし何の取り柄もないバカでアホで間抜けでオタンコナスなキモメンから、16歳の頭脳明晰な美少年に変身することができるのです。そして、その肉体改造計画の見取り図がこれなんですよ。




国破れて山河あり、ではなく、国破れて、アメリカ美女あり、のはずだったんです。でも、今回の選挙も含めて
三次元破れて二次元あり
となってしまいました。現実破れてアニメあり。とほほ…。パンドラの箱に残った最後の希望が、遺伝子工学であらんことを。


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【2008/02/21 00:10】 | 虹コン
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フィデル・カストロ議長が、リーダー職を譲ることを宣言しました。反民主主義的なキューバにやっと民主化の兆しが見えてきそうです。なにしろ、一人のリーダーが独裁的に何十年も政権を担当している、それ自体、反民主主義です。また共産党の一党独裁も、反民主的です。それでは権力は腐敗しますし。それは、まるで君主制か専制です。さらにカトリック教徒の弾圧など、信教の自由さえ保証されておらず、やっと最近になって宗教の自由が保証されるようになりました。しかし、アメリカの経済制裁の目的が、カストロ政権の転覆ならば、それは効果がなかったというのも事実です。なにしろ、カストロと共産党はずっと権力の座にいたのですから。それに経済制裁によって犠牲になるのは、キューバ国民ですし、経済封鎖は、かつての日本のようになってしまいます。しかし、アメリカと経済関係が築けなければ、やっていきないという、アメリカは経済の面でも、世界の覇者なのです。でも、これを機に、キューバが議長の任期を制限し、他の政党を合法化し、より民主的になることを願います。いわば、キューバにとっては、民主化のチャンスなのです。

さて、アメリカでは、オバマがウィスコンシン州の予備選挙で勝利しました。完全に流れはオバマになってしまったのでしょうか?選挙がヒラリーとオバマの一騎打ちとは、まったく面白みに欠ける。そんな単純な国民性だとは思っていませんでしたが、「白か黒か」それだけの話ではありませんか?それでは、はじめっからゲームが仕組まれていた感じです。オバマには、若者の動員力がある、それは強みです。

【2008/02/20 23:08】 | 政治
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焼きたて!! ジャぱん』を見終わりました。2月5日のスーパーチュースデーが終わってから、やっとアニメに頭を切り替えることが出来ました。それまでは、選挙のことに集中し、アニメは見ていませんでした。三次元に没頭していたのです。しかし、結果的に私に投票した候補は、世間ではまったく知名度がありませんでしたし、代表団員の一つすら獲得できませんでした。それは、少し絶望に近かったです。オバマは確かに今よりは良くなる、希望がある候補であることは、確かですが、やはり本当に根本から良くするためには、クシニッチの政策が一番いいと思いました。しかし、彼は、スーパーチュースデー前に、選挙を辞退してしまったのです。だから、残された候補でもっともクシニッチに近いといえば、グラヴェルしかいませんでした。だから、はっきり言って、あの選挙で吹っ切れました。

よって、『焼きたて!! ジャぱん』を見たのです。これは、『ミスター味っ子』の流れを組むアニメで、料理アニメジャンルで、ハチャメチャなコメディーでとても面白かったです。キング牧師も登場しましたし、ブラッド・ピッド、そして小泉純一郎まで登場し、田中角栄までも登場しました。しかし主人公の東和馬は、どうして田中眞紀子のような日本語を話すのだろうと思っていましたが、東は新潟出身なので、だから田中角栄のような日本語をしゃべっていたんですね。というか、新潟弁ですけど。また、東と河内の新潟人と大阪人の田舎者コンビもおもしろかったです。二人とも方言で大ボケをかますところなど最高です!

しかし、梓川月乃は本当にかわいい。やさしいし、癒し系で、なんてたって髪の毛がいいね、栗色で、しかもエメラルドグリーンの眼で。各エピソードで見せるそのファッション、あああああああ、駄目だ、あんな子が本当にこの世に存在したら、私はもう昇天してしまうでしょうね。それに、泣く東を後ろからいたわるように抱きついた20話の4分目のシーン、私は、
こんな女の子が日本にいたなら、アメリカに渡ることはなかったんだー!
と叫んでしまいました。また、彼女の水着姿には、鼻血が炸裂してしまった。とくにこの65話の1分16秒のシーンに、飛び散った血がモニターを真っ赤に染めてしまったのです。しかも声優が美女の大塚ちひろですし、声も非常にかわいくて萌えちゃいました!!!しかも、月乃ちゃん、意外とムッツリだったりして???この15話の5分30秒の黒柳審査員のリアクションに、目を覆っていましたが指の隙間からちゃっかり覗いていたという!!はーはははぁはぁはぁあああああ!!!!



【2008/02/20 00:33】 | アニメ
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とうとうコソボ共和国がセルビアから独立することを、コソボ議会が全会一致で可決しました。これで、バルカン抗争に終止符が打たれたことになるのでしょうか。コソボはアルバニア系住民が90%を占め、そのほとんどがイスラム教徒です。しかし、やはり中東ではなく、ヨーロッパということなのか、コソボがテロリズムと結びついているような印象はまったくありません。それに、ビン・ラディンがいつもアメリカを非難するのは、パレスチナ問題ですし、ボスニア紛争やコソボ紛争などには、まったく触れていません。イスラム文化の国家であっても、コソボやボスニアのようにアメリカはイスラム教徒側に味方しているからです。つまり、これは、アメリカが戦争しているのは、イスラム文化ではなく、中東のテロリズムということが証明されました。

ロシアがコソボの独立に反対というのは、同じスラブ系文化だからでしょうか?セルビア人とロシア人は同じスラブ系なので、パン・スラブ主義の延長なのでしょう。でも、ロシアの言うことも間違ってはいません。もし、カリフォルニアでメキシコ系住民が50年後にマジョリティーとなり、ヒスパニック系に支配されたカリフォルニア議会が合衆国から離脱して独立することを可決したら、どうするのでしょう。アングロサクソン系文化としては、それは全力で阻止したいと思うはずです。カリフォルニアは、テキサスと同じぐらいアメリカのフロンティア拡大の歴史において重要な州、つまりアメリカのアイデンティティーを形成する州、それを失うわけにはいかないのです。カリフォルニアは、元メキシコでしたが、いまではアメリカ英語圏です。というか、アメリカ圏です。人種はさまざまでかまいませんが、やはりアメリカの文化と言語が中心でなければならないはず。それに、一つの文化の人口が一方的に増え過ぎているというのも問題ではないでしょうか。これでは、とてもメルティング・ポットとは言えません。まるで、ヒカルの囲碁、もしくはオセロです。白に染まるか黒に染まるか、アメリカンに染まるかヒスパニックに染まるか、どちらしかないのです。それに、合衆国は、メキシコやラテンアメリカではありません。北米なのです。しかし、どうしてメキシコがNAFTAという北米協定に入っているのかさえも私にとっては大きな疑問です。
「いつからメキシコが北米になったんだ!」
と言いたいです。

しかし、私のペルー人の同僚は、アメリカに対して怒っていました。彼女は言います。
我々はアメリカ大陸の住民なので、すべてアメリカ人だ。だが、不当にも、合衆国市民は『アメリカ人』という名前を独占し、自分たちだけがアメリカ人だと思い込んでいる。そして、アメリカ合衆国という、まるで自分の国だけがアメリカというような国名にしているのは不公平だ。『アメリカ』という名前を国名からドロップしてほしい
なるほど、私は自分自身をアメリカ人と信じて疑っていませんでしたが、確かに、他の「アメリカ人」と会話することで、眼が開きました。これからは、アメリカ市民と呼ばずに、連邦市民、もしくは合衆国市民とでも呼びますか。それもそれで面倒ですが、まあ、彼女の意見には一理あるので、そうするしかなさそうですね。

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【2008/02/19 00:38】 | 政治
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前文


バレンタイン・デーの屈辱。それは、私の心を粉々に打ち砕きました。そこで、私は、マニフェストを書くことを決意しました。どうしたら今の不幸から抜け出し、幸福になれるか、という基本問題を綴ることにしたのです。それが、私の人生の基本網領となるからです。そして、それが、私の幸福を手にする運動となるのです。アメリカ合衆国の独立宣言には、人には幸福を追求する権利があると記されているのですから。


虹コン・マニフェスト


私は、二次元しかありません。虹コンは、「二次元コンプレックス」の略です。私は二次元での恋愛感情を真如と受け止め、三次元、つまりこの浮き世、現実の世界では、恋愛感情を起こすことが出来ない、というか、起こす前に女性に相手にされていません。私が二次元、まあ、二次元と言っても、私の場合は、小説や実写映画や漫画やオペラやミュージカルではなく、アニメなのです。アニメの女性キャラに法悦を求めるんです。

思えば、私の苦しみは、思春期から始まりました。女性への性的興味が沸いてきた時に、女性が一気に遠い存在となってしまったのです。そして、マッチョ社会が横行する日本で、男たちによって、女たちから隔離され、私は男として矯正されましたが、私はそれに抵抗したため、イジメに遭い、学業に無関心となり、引きこもりとなりました。しかし、私が求めていたものは、競争社会での戦士としての男らしさではなく、私が求めていた唯一のもの、それは女性の優しさでした。そして高校では、女性との距離はさらに離れてしまいました。キルケゴールは
永遠に神に近づけない
として絶望し、サルトルは
永遠に他者に近づけない
とし、私は、
女の子に近づけないこと
で絶望しました。それは、ネオリベラル資本主義を動力として消費主義社会に動員されて、彼女らは、高校生でありながら、すでに資本主義女となってしまったからです。アムロが彼女らのモデルとなり、ポケベル、ミニスカ、ルーズソックスにブランドバッグ、そして援助交際、しかも金持ちとだけ、ルックスではジャニーズのような、そう、あの時はキムタクが最もハンサムと言われていたときでした。そして、そのような男を崇拝していた彼女らは、私たちを
「キモオタ、近寄るな、飯がまずくなる、チョベリバ」
と言って、迫害したのです。ジャニーズを頂点とする恋愛ナチズムの世界、そして恋愛ナチによる容赦ない迫害。なので、私は、青春を経験できませんでした。よって、この絶望の土地を去り、渡米を決意したのです。それが、私の失学園でした。学園生活は、アニメのように青春を謳歌して、人生でもっとも幸せで楽しいものであるはずです。しかし、私はそれを経験できなかった、謳歌できなかった後悔。だから、アメリカという「自由の国」で、失われた自由学園の生活を取り戻そうとしたのです。つまり、自分の青春をリセットできる唯一の希望がアメリカに渡ることだったのです!

しかし、アメリカはいわば人種社会、そして男尊女卑社会、まあ日本ほどではありませんが…、21世紀になって、やっとオバマとヒラリーが勝負できるような時代になったばっかりなのですから、アメリカは、日本を抜かせば、先進国の間では、かなり遅れているでしょうね。東洋人に対するステレオタイプが未だに横行し、とくに東洋人男性に対しては、セックスの対象になってしません。ハリウッド映画を観ても、東洋人は、医者か弁護士のような知的な役か、エグゾチックな犯罪集団のメンバーの役か、それぐらいしかありません。シリアスなロマンス映画の主人公には抜擢されないのです。それが、ハリウッドの人種主義なのです。つまり銀幕では、人種社会がまだ根強く残っているのです。ハリウッド映画関係者は、
「ハリウッドの俳優は国際的だ、いろいろな国の出身者の寄せ集めで多文化的だ」
と主張しますが、たとえそうであっても、人種はもっぱら白人ではありませんか?文化は違っても人種は白人です。ヨーロッパ系なのです。ヨーロッパ系の人がアメリカ人並みの英語力と演技力があれば、チャンスが回ってきます。しかし、アジア系だと、ステレオタイプに適している役しかなく、たとえアジア系アメリカ人であっても、わざと外国語訛りの英語を話すように監督の支持を受けるのです。そのハリウッド映画、いわゆるメジャーストゥーディオのイメージ作りによって、アジア系の男は、他の人種に比べて異人種間セックスから遠のいてしまうのです。そして、そのために苦しみ抜いたチョ・スンヒのヴァージニア工科大学乱射事件の悲劇は、その人種主義の最悪の結果でした。ヴェルテルよりも苦悩したと思いますよ。だから、私はハリウッドに、東洋人のセクシュアリティーにおける市民権を要求するのです。つまり、人種問題は、ハリウッドという二次元世界から解決しなければならないのです。アニメの二次元は理想ですが、ハリウッドの二次元は理想から程遠い、だから、ハリウッドの改革が必要なのです。二次元という意識と精神の世界である上層構造の改革が、現実という物質世界の下層構造の改革へと導くのです。

アメリカの女性も、フェミニスト的でありながら、彼女らは実際にフェミではなく、パリサイ派的なフェミなのです。女性は、経済力をつけておきながら、未だに若い男と付き合おうとしません。つまり、経済的に自立したにもかかわらず、経済力のない男とはセックスしないのです。なぜなら、年輩主義によって若者は金がなく年寄りが金を持っているからです。だから年齢が若い男とは付き合わない。つまり男の経済力がすべてを決定してしまうのです。それを、また女性は助長します。つまり、女性は社会進出しようがしまいが、セックスする男は変わらないのです。金持ちの男、そして年輩社会では、年がいっているほど金がある、だから女のデートする相手、もしくは結婚する相手は常に年上なのです。オヤジ、クソジジイなのです。男権至上主義で理想とされた男性が、未だにフェミ社会になっても理想なのです。それこそネオリベラル型消費社会の女というものです。今は、格差社会で、貧困に転落する男が増えています。そして、永遠の未成年者となってしまいます。つまり金がないと成人したとはみなされない。よって、女はショータコンでないかぎり、「子供とはセックスできない」として、経済力に乏しい男とはセックスしません。経済力のある男は、そうでない女とセックスするというのに。また経済的援助の可能性だってあるというのに。しかし、金持ちの女性が貧乏な若い男性に援助をしたなど聴いたことがない。『Sex & The City』のサマンサ・ジョーンズぐらいです。そして、女は、デートでは、かならず男が女に支払うものだと期待しているのです。割り勘ではないのです。これでは、経済力のない男は、リングにも上がれません。「眼中にない」と無視されて、冷や飯を食うだけです。

また、いまだに女性は、たとえバリバリのフェミであっても、デートに誘うのは、男性から、つまり、かならず男性がリードするべきだと考えています。日本書紀のイザナギ誘導型を未だに信じて疑わないのです。日本書紀が古代中国の男尊女卑思想によって書かれたのは明らかです。どうして、女性から誘ったら、奇形児が生まれてしまうのでしょう?まったく、理解できません。

それに、もし女性が男性に気があるのなら、好きだったら、気になったら、どうして自分からデートに誘わないのでしょうか?で、向こうが誘ってこなかったら、
あたしがこんだけサインを出してるのに、どうして誘ってこないのかしら。きっと意気地がないのね。男らしくないわね。なんて弱っちい。駄目ね、あんな男じゃ…
と勝手に可能性を切り捨ててしまうのです。
好きだったら、サインを出して待っているんじゃなくて、夕食でも映画でも誘えばいいじゃないか!
と憤りを感じます。その態度こそ、男性優越主義を蔓延させている原因ではありませんか!だから、女性はもっと積極的になるべきです。よほどのことではないかぎり、女性はストーカーにはならないのですから。私をデートに誘った女は、かつていただろうか!だから、積極的な本当のフェミニスト女性は、残念ながら、現段階では、アニメでしか見当たりません。彼女ら萌えキャラは、積極的に自分のお気に入りの男の子とスキンシップを試み、チャンスがあれば彼の唇を奪おうとします。
それこそ、私が望んでいるセクシュアリティーの解放だー!
と絶叫してしまいました。もはや男がリードすることが称賛されなくなった時代、逆に女性がどんどん積極的に攻めていくことが賛美される時代となったはずです。「女は度胸!」の時代になったのです。小泉も、小池百合子を刺客として東京に送り込んだ時に、
「小池さんは、度胸があります」
と絶賛していたではありませんか!

アニメの女性キャラは、性格、容姿、スタイル、超能力、すべてにおいて完璧です。そして声優の日本語は完璧で美しいです。よって、私の思春期、青春期における女子の理想の姿、こうあるべきであった姿が描かれているのです。あんな子たちが日本に実際に存在したならば、渡米することはなかったでしょう。超能力を持っていて、力強くて、たくましくて、度胸があって、積極的で、恋愛をリードして、セクシュアリティーも解放されているのですから。しかも、男を守ってくれる強い女性。

しかし、実際の日本社会は男社会です。女性は、フェミニン(弱い)であることを求められます。だから、積極的な女性はなかなか出て来れない。国会議員、CEOなど、社会でリーダーになっている女性は日本では少なすぎます。年功序列のオヤジ臭い男社会の抑圧のために、ロールモデルになる女性があまりにも少ないために、日本女性の大半は、アニメの女の子よりも劣ってしまうのです。アメリカでさえ、21世紀にやっとヒラリーが出てきたのですから。日本では、まだ女性の総理候補がいませんし、ましてや天皇が男性限定というのが、いかに日本社会が腐敗しているかということです。つまり、男社会が、キモオタを作り出してしまったのです。実際に先進国で、女性の解放が進んでいる国ほど、キモオタが少ないのですから。そこでは、「フェミニン」という言葉も脱構築されていますし。フランスやスウェーデン、ドイツ、女性が解放されている所はセクシュアリティーも解放されている、しかし先進国で唯一男尊女卑社会である日本では、20代男性の恋愛未経験者が20%もあるということではありませんか。セクシュアリティーが抑圧されているのです。だから、日本では、その負け組の男たちのために、萌えキャラが主流のアニメが、流行ってしまうのです。それこそ、宗教は阿片、アニメは阿片なのであり、その男尊女卑を打破しないかぎりアニメは自由選択によってホビーとして楽しむものではなく、ドラッグにすがるものとして消費されてしまうのです。萌えキャラとは、阿片ガールなのです。

しかし、そんな完璧な萌えキャラにも、欠点があります。それは、虹コンの恋愛は、皮膚感覚が伴わないということです。つまり、女性との皮膚感覚が欠如しているのです。そう、キスができない、抱擁ができない、ましてはセックスもできない。エロティシズムの根源である皮膚感覚に置ける恍惚を経験することが出来ないのです。肌と肌が触れ合わないのです。たしか、オーディンも自分の眼と引き換えに智慧を得たと言います。東北のイタコも、盲目がいますし、モンゴルのシャーマンも、体になんらかの障害を持っているといいます。その障害が、またシャーマンの証でもあるのです。オーディンのアイ・パッチがそうであるように。つまり何かを犠牲にしなければ行けないということです。だから、虹コンである私は、皮膚感覚を犠牲にして、アニメでの恋愛の悦びに浸るのです。それは心身ではなく、心だけです。まるで、明恵ですね。

私は醜男です。葦原醜男です。つまりキモメンです。そして虹コン、つまりキモオタなのです。二次元の世界と交信するシャーマンの証として、私はキモメンなのです。つまり皮膚感覚と引き換えに二次元の悦びに興じる証が、キモオタとしてのキモサなのです。ロバート・ジョンソンも、魂を悪魔に売って、ブルースギターの技術を手に入れました。私も、皮膚感覚を売って、アニメの萌えを手に入れたのです。だから、肉体的には、苦しいのです。障害なのです。スキンシップの欠落した世界、それこそ私の現実、そこから逃避するためには、さらにアニメに没頭しなければなりません。よって、私のすべての苦しみは、セクシュアリティーに直結するのです

しかし、これ以上の犠牲を出したくない、というか犠牲にして何かを手に入れなければ行けないというトレードオフの経済原理による恋は、キモオタでは、やっていけません。労働によって、つまり自由時間の犠牲を払って賃金を稼ぎ、毎日のパンを獲得する、そして余った賃金が多い者だけ、恋をする権利を買えるという。しかし、低所得者では、それすら叶いません。だからこそ、社会の改革が必要なのです。キモオタに残っているものといえば、皮膚感覚を犠牲にした恋、つまり付き合うけど、キスも抱擁もセックスも駄目という条件の恋、いわゆる萌えだけなのです。だが、萌えでは、エロティシズムは謳歌できません。そしてエロティシズムをもっとも謳歌できる時間、そう、余暇(非労働)という青春、余暇=スコレー=学園、そして恋こそが青春の最骨頂、しかしネオリベラル資本主義社会に出てしまった今、スコレーは「怠け」として糾弾されます。つまり、スコレーが犠牲となってしまっているのです。失学園の苦しみ、その苦を滅すること、アニメはスコレーの希望を提供してくれます。そして失われた学園生活、いわゆる青春を取り戻すことこそ、革命の原動力なのです。

「この現実を変えたい!」と願うこと、それは革命の意志と力です。アメリカのすべての元凶はネオリベラル資本主義による格差社会です。所得の格差があまりにも大きすぎるために、貧乏人はデートすらできません。ましてやセックスなど手が届きません。だから、アメリカでは、『The 40 Year Old Virgin』という映画がヒットしてしまうのです。また、『童貞・処女は負け組のものだ』というTシャツが売れてしまうのです。そして、そんな貧乏人につけ込んだサブプライム・ローンは格差の是正になるどころか、さらなる地獄を貧困層に押し付ける結果となりました。その格差を縮めるためにも、私は、その格差を是正する政治家に投票するのです。それが、私の目指す変革です。そしてハリウッドをもっと多人種にすることです。それか、ハリウッドをすべて日本のアニメ産業が乗っ取るかですね。それも、変革の一つです。つまりアメリカでもっとも影響のある二次元の世界を変革すれば、三次元も変わるのです。イデア界と政界を二極一対で変革していくのです。つまり、意識改革と政治改革です。また、オバマ候補も、「change!」を連呼しています。皮膚感覚の欠落した世界からエロティシズム溢れるセクシュアリティーの解放された世界への革命、社会変革、チェンジ、そのために私はグラスルーツの運動に加担し、選挙で投票するのです。しかし、それが叶わなければ、革命が成功しなければ、私は逃避するしかありません。モンタナかカナダのどこかで、ひっそりと小屋のなかで、アニメに浸るのです。

よって道は二つに一つなのです。現実を変えるか、現実から逃避するか。つまり二次元の世界を三次元で実現するか、三次元の世界を捨てて二次元に没頭するか。その二つしかないのです。革命か逃避か。

Revolution or runnaway?

そのどちらかなのです。それが虹コン・マニフェストです。

【2008/02/17 02:41】 | アニメ
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ヴァレンタインデーが開けて、ニュースといえば、とても陰鬱なもので、アメリカでは、消費者の消費力の自信が低下しているということです。それも、サブプライムローンの破綻、住宅ブームのバブルの崩壊、そして成長率の低下に失業の上昇です。そのおかげで、消費者の自信率は、16年ぶりの低さだとしています。つまり1992年、ビル・クリントンが大統領に当選した年です。そのときと同じぐらい消費者はかなり自信をなくしてしまっているのです。そう、私が生まれた年以来なのです。なにせ私は16歳。そして16年ぶりに民主党の候補が大統領になるのでしょうか?今の所では、ヒラリーよりも、オバマがその可能性が高いですね。しかし、一方で恋愛に対する信頼も著しく低下しています。失業者が増えれば、それだけ恋が出来ない人が増える。なにしろ、金がなくなるわけですから、消費主義と直結している恋愛は到底できなくなる。貧困者も増えるわけだし。しかし、虹コンにとっては、経済が良かろうが悪かろうが、自信喪失なままです。一番悲しい存在なのです。まさにサウダージな実存。そのキモオタの自信回復は、やはりネオリベラル資本主義的消費社会の言説の打破によるものでしょう。

私は告白します。というか、ある人の話ですけど。彼は、当時、関東に住む高校二年生。彼はふだんから、キモオタとして、女性に避けられていましたし、友だちもいませんでした。しかし彼には、高校一年生のときから好きな人がいました。同じクラスですし、電車通勤でもほぼ同じコースです。しかし、彼は、
「告白しても、どうせ僕のようなキモオタじゃ駄目さ…」
とわかっていたので、違った方法でその子をゲットすることを考え抜きました。そこで、彼は本屋に立ち寄り、密教の呪文集を手にします。そして、彼はついにひらめきます。
「これだ!」
それは、弘法大師(空海)が中国から伝えた恋の呪文、いわゆる恋のおまじないで、それによってその子のハートを射止めようと思ったのです。そこで、一発逆転を狙って、恋のマントラ(真言)を唱えようと考えました。それは、なんでも、そのマントラを聞いたものは、たちまち恋に落ちてしまうとのことです。もしくは、呪文を唱えた相手は、とてつもなく欲情してしまうとのこと。そして科学的にも、その音は、脳に特殊な化学反応を起こさせると証明されているようです。そう、科学の太鼓判もあるのですから、それで彼は確信し、そのマントラを好きな子に対して使うことを決意しました。
「弘法大師様のお墨付きまであるんだ。失敗するわけがない!」
自信満々でした。だから、彼も好きな女の子に対して、マントラを唱え、自分に恋に落ちさせる計画を立てたのです。そしてとうとうそれを決行するときが来たのです。

冬の学園の教室、ストーブの前にその子は立っていて、手を温めていました。そこで、彼は後ろから静かに近づき、背中越しからマントラを唱えました。
マーハーラーガー・ヴァジュロシュニシャ・ヴァジュラサトゥヴァ・ジャクウン・バンコック
すると、女の子は驚愕し、恋に落ちるどころか、完全に拒否反応を起こしてしまいました。そして、彼は、自分の好きな人からも完全に避けられるようになってしまいました。宗教を過信し切っていた彼は馬鹿を見たのです。
「そんな馬鹿な…」
彼はしばらく放心状態でしたが、やがて正気を取り戻すと、彼は何かに取り憑かれたように叫びました。
空海は詐欺師だ!
そして、彼は狂信的な反仏教となりました。彼は、仏教に結びつくものすべてを憎むようになってしまいました。美術から文学から聖徳太子まで。そして廃仏毀釈をモットーとするようになったのです。仏教という東洋文化の根幹を嫌うようになり、そして自分の文化である東洋すべてを忌み嫌うようになりました。それで、彼はキリスト教の方向に道を進むことになりました。そして、キリスト教を通じて、西洋への憧れを強めていったのです。

その人は、とても辛かったことでしょう。宗教を使ってまで恋をしようとしたのは、よほど追い詰められていたのでしょう。宗教にすがるしかなかったのですから。しかし、宗教は、所詮、体制側によって作られたまやかし装置にしか過ぎないのです。それが、大衆をコントロールするのです。だから、彼がほかのまやかし装置であるキリスト教に移籍したのも、実に気の毒です。宗教にすがっても現実は何も変わらないのですから、そして権力者は、何も変わらないこと望んでいるのですから、宗教は好都合なわけです。キモオタに必要なのは、やはり革命でしょう。その革命の具体案、いわゆるマニフェストを、次の記事で書きたいと思います。

そんなわけで、それがバレンタインデーの次の日、2月15日、いわゆるシッダールタの入滅の日での今回の記事でした。

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【2008/02/16 11:44】 | 虹コン
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くそったれ、ふざけるのもいい加減にして欲しいです!いつまで経ってもバレンタインデーは屈辱です。それは、二年前の記事、また去年の記事にも書きました。

バレンタインデー、恋人同士が、プレゼントを買ってあげるいわゆる消費主義の最骨頂の日、私には、その言説の圧力に屈しなければならなかったなんて。みんな頭の中はバレンタインのことばっか、殉死者の聖バレンタインのことなどおかまいなしです。バレンタインデーは、バレンタインデーの存在を知った時から、私には忌々しい祝日となりました。私は、学園で、とくに女性をもっとも求めていた高校で一度もチョコをもらったことがありません。それは、私が、恋愛資本主義の敗者としか彼女らの眼には映らなかったからです。それも原因で、
すべての女は、家父長制資本主義的消費社会の言説に洗脳されている!
と叫んで、家に閉じこもり、酒を飲みまくりました。焼け酒です。焼ける、いわゆる「ジェラシー」のことです。焼ける神は、ヤハウェー、嫉妬の神なのです。日本は、アメリカと違って、コンビニでIDをチェックすることはありません、だから未成年でも酒は簡単に手に入ったのです。イエスの血はワインです。そう、酒なのです。だから、キリスト教の神は、酒の神様、そう焼け酒の神なのです。あのときこそ、私は、キリスト者となりました。そして、アメリカこそが、イエスの話す恩寵の世界に聴こえたのです。それは、私の直感でした。だから腐敗した男尊女卑社会の日本を捨て、渡米を決意したのです。

しかし、アメリカに来てどうだったか!蓋を開けていれば、アメリカこそネオリベラルの本拠地、総本山だったのです。絶望です。まるでパンドラの箱を開けたかのようです。そして、残った最後の希望として、さまざまな女の子をデートに誘いましたが、断られました。
「あたし、ボーイフレンドがいるから…」
ふざけるなー!一夫一妻制度など、時代遅れだ。そんな結婚制度に恋愛制度も真似しているなんて、それは、セックスはそのボーイフレンドによって独占されていると言うまったく最低な極悪非道なことなのだ。それは、
「ごめん、あなたとはセックスできない」
と言っているようなもんだ!ボーイフレンドはヤハウェーだ。ヤハウェーのように忌々しい存在なだけだ。奴らは女性の性を独占するけだものなのだ。ヤハウェーはニーチェが言うには死んだのではないか。21世紀にもなって、まだヤハウェーの亡霊が生きているなんて、どうやって除霊すればいいのか。この世はヤハウェーだらけだ。ボーイフレンドだらけだ。キリスト教の清教徒倫理観がセックスを恋愛に従属させているのである。それこそがキリスト教のからくりであり、それを見抜いた私は、キリスト教を捨て、無神論者となったのだ。そして、その欺瞞に満ちた倫理観、それは、異性、企業、国家、神への忠誠心であり、それを破るものは、世界から追放されるのである。それこそが、ロマン主義のルールってものだよ。ネクタイはまさしくその証であり、男はたった一人の女のため、国のために死ななければならず、女は指輪をはめることによって、たった一人の男に性的に従属する。そして夫が死ねば、未亡人として黒いスカーフを着るのだ。だからこそ、セクシュアリティーは解放されなければならない。その黒服、いわゆるビクトリア式の喪服が脱構築化したのが、ゴスロリなのである。それこそ21世紀のあるべきセクシュアリティーだ!いまだにセックスは恋愛内にとどめるという言説が働いているなんて、そんな社会、革命で転覆させればいいんだ!オバマよ、あなたがいま一番大統領に近いんだから、大統領になったら、ぜひ結婚制度を廃止してくれー!!!
その男性至上主義的恋愛を打破せよ!!!!!

ああ、生きている意味がないよ、皮膚感覚がないなんて。皮膚感覚がないのは苦しい、実に苦しい。苦しくて苦しくてしょうがない。そんな人生、無意味だ。これからなにをして生きようか。アニメを見て、萌えて、でも皮膚感覚がないのは、アニメの限界です。恋愛感情はあっても、皮膚感覚がなければ、キスもできないし、抱き合えないし、ましては、セックスができない。肌と肌との触れ合いがないなんて。ブラジルでは考えられないことだ。そんなんでは、生きている気がしない。一体なんのために産まれてきたのだろうか?生(性)の証が欲しい。そして、皮膚感覚による女性との結合こそが、最高の幸福であらんことを!

私はその皮膚感覚を伴う女性との戯れのために、日本を捨て、アメリカに渡ったのだ。しかし、それすら、特権として勝ち組にしか与えられていない快楽の社会では、どうすることもできない、ただ、低賃金労働者として、いわゆる賃金奴隷として、永遠の未成年者となって、孤独に野垂れ死にするだけの人生なんて…。このまま一生女の子とデートできずに野垂れ死にになったらどうしょう…、そんなことを考えていると、夜も眠れはしない。睡眠薬とプロザックに頼らざるを得ない。そうさ、格差社会がすべての元凶だ。格差がすべて悪い。労働者こそ評価される社会、株主や経営者ではなく、労働者がもっとも評価される社会、そうなれば、セクシュアリティーも勝ち組の独占は粉々に打破され、解放されるであろう。そうなれば、私は絶対に幸福になるのです!

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【2008/02/15 12:53】 | 恋愛
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さあ、カリフォルニアでは、日本語のバロット(投票用紙)をもらえます。さすがはアメリカ一移民の数を誇る州です。これが私のもらったバロットです。ちなみに、私は無党派なので、民主党かアメリカ独立党の大統領候補の予備選のバロットしか選択できませんでした。カリフォルニアでは、無党派の選択はそうなっています。アメリカ独立党は、もともとは、アラバマ州知事だったジョージ・ウォーレスの流れを組む右翼政党なので、もちろん、私は、民主党のを選択しました。

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そしてページをめくると、民主党の候補名が記入されてあります。しかし、辞退した候補の名前は削除されていなかったので、選挙管理人にきいてみると、残っているのはオバマとヒラリーだけだと言っていました。マイク・グラヴェルが残っているということを知らなかったのです。
「だれ、それ?選挙は、オバマとヒラリーの一騎打ちじゃないか。」
と言っていました。やはり、マスメディアに登場することができなかったグラヴェルの認知度は、かなり低いものでした。それは、テレビ中心のメディアがいまだに政治的影響力を持っているということなのです。しかし、政策上、グラベル候補の内容に、もっとも共感したので、彼に清き一票を投じました。シングルペイヤーによる国民健康保険、直接民主主義、とくに連邦市民投票の実地、同性愛カップルの連邦レベルでの合法化、イラクからの撤退、それに私は大いに賛成でした。しかし、彼の名前が、マスメディアに登場することは、ほとんどありませんでした。

一方、オバマは快進撃で、東海岸、ポトマック川に面する州、ヴァージニア、マリーランド、そして首都のワシントンDC、そこですべて勝利しました。これで、オバマは、22州を獲得しました。ヒラリーの12州をはるかに上回ります。倍近くの州がオバマをサポートしているのです。しかし、代表団の数は、やく半々です。それは、ヒラリーがカリフォルニアとニューヨークという、アメリカで最も人口が多い二つの州で勝利を収めたからです。と同時に、それらの州は、経済規模ももっともデカイですし、それだけ女性の社会進出が進んでいるということです。そして、ヒラリーは、やはりヒスパニックが密集している州では、強いということです。

しかし、やはりヒラリーが、若者の世代、新しい世代の支持を集めることに失敗したということが、ネックでしょう。クリントン夫妻は団塊の世代、もっともオバマに投票している年齢層の親の世代なのですから、『アメリカン・ビューティー』を代表するような、その世代が思春期、学園期、青春期のときに、オバマのようなジェネレーションX世代が、新しいアメリカ文化を担っていたのですから。どんな運動も、すべては若者の力です。とくにオバマが出てきたことで、若者の投票率がぐんと伸びています。若者が最も「チェンジ(革新)」を求めているのですから。ヒラリーは、どうしても旧体制と映ってしまうのでしょうね。やはり、若い力を青二才としてバカにしたり、またそれを怠ってしまったら、改革は進まないということでしょうね。ヒラリーは、若者力を動員できなかった、それが最大のミスだったと思います。

しかし、マスメディアが、まったくヒラリーやオバマ以外の候補を、人畜無害というか、蚊帳の外においてしまっているのは、まだまだ反民主主義的としか、言いようがないですね。




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【2008/02/14 00:27】 | 政治
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ソーニャと主人公

さて、活字アレルギーである私は、読書はヘドが出るほど嫌いで、漫画もコミックもまったく読みません。漫画は私にとっては忌まわしき読書に入るのです。だから、私は、アニメだけなのです。それが、私をアニオタにします。

しかし、日本の漫画が英語ではどう表現されているのだろうか、と興味を持っています。たとえば、オノマトペ(擬音語)の「ドキドキ、わーわー、ぶくぶく」などの表現です。英語だと、ドキドキが「Thump Thump」、わーわーが「chant chant」、そしてぶくぶくが「sputter sputter」となるのです。だから、私はメイド萌え系漫画の「恋愛出世絵巻 えん×むす」を読むことにしました。

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そこで、私は、主人公に自分を重ね合わせてしまいました。彼は、過酷なイジメにあっています。そして、私も中学に上がりたての頃、いじめられました。そして、彼は、身体的に貧弱で背も低く、勉強もスポーツも出来ない、まるで私の中学時代そのものでした。そして、そんな彼に、突然、ロシアのメイドであるソフィア・ミハイロヴナ・モストバーヤことソーニャが現れます。漫画本の表紙にもロシア語で
ズドゥラヴストゥヴーイティエ(ごきげんよう)
と書かれてあります。まるで、ドストイェフスキーの『罪と罰』のソーフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ ですね。しかし、ソーニャは、主人公が大企業の経営者の後継者資格を有する一人と認められたので、主人公に付き従っているだけのことです。それこそ、ネオリベラル社会の資本家(後継者候補)が、出稼ぎ移民の女性をメイドとして酷使するという、まさに近代の時代遅れのフェチを復活させているのです。それは、ロシア女性を蔑視するものであり、東欧女性が人身売買されている西欧での娼婦と同じであり、またサウジアラビアに出稼ぎに来たインドネシア人のメイドと同類扱いです。それは、『風と共に去りぬ』時代の南部の黒人女性のステータスの回帰でもあり、とても忌まわしいものなのです。そこで黒人女性はメイド服を着て、プランテーションのオーナー、いわゆるマスター(御主人様)の屋敷で扱き使われるのです。メイド服は、家父長制資本家による女性の隷属化の象徴なのです。

しかし、私がもっとも衝撃を受けたのは、こんな主人公の少年でさえ、すでにネオリベラル資本主義に洗脳されてしまっていることです。彼が、一億円を手に入れたら、という想像をここで見ることが出来ます。

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夜の都会を夜景にした美女とのデート、そして高級車に高級スーツ、まさにネオリベラルの勝者野郎が謳歌している贅沢なのです。高級車に絶世の美女、美女は高級娼婦なのです。つまり、女性は金で男を選ぶのです。そして男は金で女性を釣るのです。金がなければ、リングにすら立たせてもらえないのです。そう、恋愛、結婚は、基本的には、援助交際なのです。しかも、合法的な。私は、その事実をもっとフェミニストに追求してもらいたいと思います。

私は、このコマを見て、とても絶望してしまいました。どうして思い浮かべることは慈善事業ではないのでしょうか?ネオリベラリストであるブッシュは、こういう裕福層のために減税し、そして借金をしてまでイラクに戦争に行き、チェイニーとラムズフェルドとの繋がりがある軍産複合体が大儲けし、その利益は、我々の乏しい給料から奪われてしまう税金であるということを。まさに血税。だからこそ、私はオバマの言葉に共感します。彼は、ブッシュの金持ちの減税を撤廃して、その金で、国民健康保険を作ろうと言ったのです。健康は基本的人権であることを、アメリカ人は意識しなければなりません。

そう、すべては貧困がいけないのです。貧困はどうしておこるか?すべては、大企業やネオリベラル信者は、個人の責任とします。あるいは、教育の責任、移民の教養のなさです。しかし、低賃金こそが、すべての原因なのです。低賃金では保険に加入できない、子供の教育費を払えない、家賃を払って食いつなぐ、さらに食費までをも切り詰めなければやっていけないような賃金しか払わないのは、犯罪なのです。そう、生活していけるだけの給料を払わない、それがすべての原因です。教育のせいではなくて、教育を受けされることも出来ないような給料が、そして職業教育を受ける時間もない超過労働時間が、諸悪の根源なのです。

どうしてサブプライムローンの破綻が起きたか、それは低賃金労働者がたくさんサブプライムローンを使ったからです。借金返済が出来ないもの、利子を払えないものに、金を貸したからなのです。しかし、問題は、金融界のせいもありますが、その責任の大半は低賃金を払っている雇用主にあるのです。すべての人間がプライムローンを組めるだけの賃金を払っていれば、こんな不況は起こらなかったはずです。たった2%の人口が50%のアメリカの富を独占している、それがすべての原因なのです。

雇用主は、資本家は金をもらいすぎなのです。マルクスによれば、賃金分よりも働いた労働が、企業の利益になるとのことです。だとしたら、莫大な利益を上げている企業の労働者は、それだけ余分な労働をしてるということです。つまり、払われてない部分の労働が企業の利益となる。労働者がただ働きをすればするほど、企業の利益も大きくなるのです。だから、90年代は、クリントン・ゴアの黄金期というときでも、大量な人件費削減、いわゆ労働時間の超過と人員削減が行われていたのです。それが、ダウ株価を1万台まで突破させたのです。クリントン・ゴアの新民主党派が、ネオリベラル寄りだと言われる所以です。彼らは、NAFTAやWTOを作って、さらにそれを加速させた。デニス・クシニッチは、クリントン政策のそこを批判します。だから利益は、株主の配当金ではなく、労働者の給料に還元されなければならにのです。

もっと、金の集中を分散すれば、アメリカは豊かになるはずです。サブプライムによる不況など起きなかったでしょう。つまり、最低賃金の上昇こそ、経済を良くすることが出来るのです。貧困を撲滅するには、賃金を高く払う、それによって解決されます。GDPばかりを優先して、労働者の生活改善はそっちのけ、負け組の放ったらかし(レッセフェール)が、その市場原理主義態度が、キリスト教の神に対する絶対的信頼が、「神の見えざる手」の狂信者が、アメリカを恐慌にと追いやってしまったのです。つまり、ネオリベラルの失敗が、今回の不況を招いたのです。

絶望的な経済格差の拡大が男たちをどん底に転落させ、キモオタをさらに生み出します。それが小泉改革の闇です。つまり、キモオタの増加は、労働力予備軍、失業者、ニートの増加によるものなのです。金がなければ女性とデートできない、経済力のない男とは、女性は付き合おうとしません。なぜなら、デートのときは、いつも男性が支払うからです。だから、女性はデートでは、経済力は問題にならない。それは男女平等の世の中では、どうあっても不公平です。女性も支払う、それこそがこれからのフェミニストの運動となるでしょう。フェミニストは労働市場で平等を訴えてきました。しかし、これからは、恋愛でしょう。恋愛での男女平等を実現する時なのです。

私は社会主義の誘惑に負けてしまいそうです。だって、収入が皆同じなら、女性は、経済力を、男を選ぶ基準にしなくなるからです。経済力は老若男女皆同じ、そうすれば、男の財布など問題ではなくなるからです。また、男の年齢なども問題なくなります。年齢が高くなるに応じて給料も上がるということもないからです。結婚率と恋愛率は、収入と比例するのですから。しかし、収入が同じであれば、収入が恋愛の決定要因ではなくなるのです。しかし、それは女性は一方的に男に奢ってもらうことを辞め、平等に割り勘にするか、それか女性自ら奢る気合いがあれば、解消される問題です、社会主義を求める必要はありません。あとは、女性と男性の給料の格差の解消です。それがもっとも大事です。そうすれば、男性に一方的に奢ってもらうことは、不公平となるはずです。いつまでも恋愛は男がリードするという言説は、男性至上主義時代のものです。それは、はっきり言って、時代遅れです。今は、もう、女性が恋愛はリードするべきなのです。社会的に会社のリーダーや政治のリーダーになっている人が増えているのですから。そうなれば、デートの形態も必然的に変えなければならないでしょう。

私は虹コン、つまり二次元コンプレックスなのです。それを略して「虹コン」としています。そして、私はキモオタ、キモイオタク、略して「キモオタ」なのです。つまり、オタクのなかでも、最下層に位置する、インドのカースト制度で言えば、ハリジャンなのです。Gacktがアニオタ界のバラモン階級なら、私はアンタッチャブルなのです。Untouchableは、皮膚感覚を英語で言うところのtouchにable(可能)をつけてtouchableとなり、それに否定のunを付け加えてuntouchableとなったものです。つまり「皮膚感覚の不可能な」という意味になます。それは、どんなにあがいても、萌えには、皮膚感覚が伴わないということです。それが、萌えの唯一の欠点であり、また最大の苦しみとなりえます。キモオタには、まったく出会いがありませんから。いわゆる皮膚感覚が欠落した存在なのです。キモオタには、二次元しかないのですから。だから、アンタッチャブルとは、まさにキモオタ、また虹コンのことなのです。

そうなってしまうのも、すべてはこの格差社会のせいです。格差社会こそがすべての元凶なのです。そして女性のリーダーがあまりにも少ない社会。つまり男支配のネオリベラリズムによる格差社会、それがずばり三次元なのです。浮き世なのです。
だからこそ、私は選挙で、男女格差と経済格差を是正する候補に投票するのです!
そうすれば、私の恋愛感情に皮膚感覚が伴い、至高の幸福を得ることが出来るでしょう。

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【2008/02/11 11:30】 | 漫画
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連邦市民の連邦議会の支持率が20%と、ブッシュ大統領の30%よりも低いという情けない議会ですが、連邦上院議会は、経済刺激プラン案を異例のスピードで可決しました。民主党案は、もちろん、失業保険への資金の拡大でしたが、それは、共和党によって阻止されてしまいした。あと、フードスタンプという食料の配給券の公的資金の投入プランもチャラとなってしまいました。私は、失業保険とフードスタンプも経済刺激プランに入れるよう、カリフォルニアからの連邦上院議員であるファインスタインボクサーに手紙を書きましたが、もちろん、彼女らは二人とも女性で民主党ですが(連邦上院議員は州から二人選出されるからその両方が女性というのはカリフォルニアのみ)、やはり共和党上院議員の抵抗の前に駄目でした。ペローシ下院議長も、サンフランシスコ区からの女性議員で、カリフォルニアでは、女性の進出がもっとも進んでいる所でもあるのです。ニューヨークの連邦上院議員もヒラリーですから、進んでますね。ミシガン州の州知事グランホルムも、カナダ出身の民主党員です。もし、憲法が改正されたら、グランホルムが、次の民主党の大統領候補とさえ言われています。そうなれば、シュワルツネッガーも、共和党の大統領候補確定ですね。しかし、それには、憲法改正が必要です。

まあ、ともかく、経済プランは不十分に終わりました。しかし、少なくとも、300ドルが年寄りと退役軍人の身体障害者、また最低所得者にリベートされることです。また、ほどんどの市民には、所得税額に応じて、600ドルから1200ドルまでのリベートを受け取ることが出来るそうです。リベートは、税申請締め切りの4月15日後、5月から開始されます。それが、民主党と共和党の妥協案です。そして、そのプランは、二年間で、1千6百8十億ドルの財政赤字を加えると言います。

しかし、不動産(住宅ブーム)のバブルがはじけ、それによって経済が不景気に突入するということです。最近は解雇、失業、人員削減、雇用創出の減退など、暗いニュースばかりです。そして、サブプライムローンによってクレジットクランチが起き、金融市場が駄目になり、経済全体が不景気になるそうです。サブプライムローンでは、本来は収入も低く、購買力もなく、プライムローンを組むほどの信用がないので、サブプライムになるわけですが、それはクレジットカードと同じで、まさに実体の伴わない偽りの消費力によって消費者をさらに消費に駆り立てようとした資本家のつけが回ってきたのです。つまり、実体経済ではなくて、マニーゲームの経済がいかに脆いかということです。そこで、連邦議会はあわててこの経済刺激プランを可決したのです。

しかし、失業保険の資金投入がなされないとは、まったく理解できません。これから失業者が増えていくのですから、失業保険を拡大しなければ、どうすればいいのでしょうか?負け組に転落しても、助けられないとうことでしょうか?リベートをもらっても、一ヶ月の家賃を払ったらお仕舞です。とても消費力の強化につながるとは思えません。景気が悪くなった時に財政が赤字となり、景気が良くなれば財政が黒字となる、しかし景気が悪い時に、できるだけ失業者の生活を犠牲にしてまで財政の赤字を減らそうとするのは、まったくの論外です。その共和党の政策に、まったく理解することが出来ません。

またフードスタンプの資金投入も必要です。失業したために、飢えてしまうというのは、どんなに恐ろしいことか。まさに「ボスに仕えるか餓死するか」のネオリベラルの世の中であってはいけません。人間の根源である食べ物がなくなってしまったら、生存権を否定されるのと同じです。失業によってそうなってしまった失業者や、その家族は、やはり政府が保護するべきでしょう。衣食の確保は、人間の生活の根源です。

あとは、国民健康保険でしょう。失業すれば、会社の保険もなくなってしまいます。よって、失業しても医療保険の確保、それだからこそ、やはり国民健康保険が必要なのです。

しかし不景気になると、移民の制限も行われてしまうでしょうね。それだけ労働力を必要としなくなります。ただでさえ自国の失業者で溢れるのですから、そんなときにまさか外国から労働力を入れようとは思わないでしょう。失業が蔓延すると、失業者が、海外からの競争を危険視して、移民排撃を訴えるような世論を形成するかもしれません。そうなれば、政治は排他的になり、ポピュリズムが横行してしまうかもしれません。どんなにいい人でも、飢えてしまったら節操を失ってしまいます。「衣食足りて礼節を知る」というではありませんか。それは、マズローの法則にも当てはまります。だからこそ、ポピュリズムが横行しやすくなるのです。そうならないように、やはり景気の回復を願います。


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【2008/02/10 13:14】 | 政治
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