ああ、彼女のキスがほしい。ベサメ・ムーチョ(ぼくにキスして)、それだけで、私は救われるんだ。でも、それすらも彼女は叶えてくれないであろう。今の彼女には、やさしさのかけらもない。どうしてあそこまで冷たくなったのか、まったくわからないのだ。私をモルモンに改宗する企みが失敗したからか。それとも、私が彼女を愛していることを知ってしまったからか。どちらにしろ、彼女がいつものように接してこなくなったのは痛恨の極みでしかない。冷たくなった。冷たくされるなんて、まさに心理的拷問である。どうして突然そこまで冷徹になってしまったのか。私にとっては、もはや日の当たらない極寒のシベリアで一人ひっそりと凍えているような、そう、ダンテの『神曲』の地獄界のサタンが経験しているような辛さである。
この世は地獄でしかない。それも全ては結婚がいけないんだ。別に夫に対してなにも恨みはない。昨日、彼に実際に会って話したが、とても謙虚な方で、いい人そうであったから。また人助けが好きな人のような感じだったので、意外と好印象だった。また、それが私に追い討ちをかけた。もし、少しでも悪い部分が見当たれば、その欠点を一気に拡大して、徹底的に敵として抵抗勢力にすることができたのだが、その根拠がまったく見当たらなかったのが、既に敗北を意味していた。しかし、彼がヤハウェーという集合的無意識の構成要因の一つであることも確かである。罪を憎んで人を憎まず。孔子もそう言っている。だから、彼の存在が悪いのではなく、キリスト教式結婚制度があるから、私の恋は報われないのだ。セクシュアリティーを排除してしまうというイエス・キリストがヤハウェーの承認を以て築いたシステムがすべての元凶だ。そして小さい頃からアメリカ人はそう洗脳されてきた。だから、たった一人のパートナーとしか恋してはいけないのだ。そう、インプット、インプラント、インプリントされてしまっているのである。そして彼女の結婚は州政府に承認されたものである。しかし、私はパンクだ。アナーキスト的だ。政府が奨励する悪徳な独占は排除するべきだ。だから、私は結婚に反抗する。そう、つまり、結婚に反抗することは、政府に、体制に反抗することになるのである。私は孤独な反抗者なのである、ジェームス・ディーンのように。
だが、誰一人として、私に結婚廃止案に賛成してくれなかった。みんな、目をぎょろりとさせ、
「貴様、正気か!」
と驚くだけで、議論にも付き合おうともしなかった。どれだけ、私が傷ついて死にそうになっているのかを、もはや瀕死の馬のような状態になっていることを、理解しなかったのである。しかし、私は結婚廃止こそが、人類を自由にすると信じている。それは私の持論ではなく、普遍的な真理だ!アメリカは自由の国だ。アメリカの兵士はブッシュも言っているように「自由の戦士」だ。自由のためならアメリカ人は命を捨てるではないか。だから、そんなアメリカ人なら、セクシュアリティーの自由のためなら命を賭けて結婚廃止運動に乗ってくれるのだろうと期待していた。ところが、彼らは私を、まるで狂人を見るような目で、追い払ったのである。信じられない。私こそが、もっとも正しいことを言っているのに。ここまで孤独な戦いを強いられるとは。やはり、革命的事業は一人ではなにもできないではないか。どうすればいいんだ。一人じゃ、負け犬の遠吠えで終わってしまうではないか。偉大な運動のためにどうして彼らはサポートしてくれないのであろう。
結婚は人を苦しめる。事実、50%以上の離婚率がそれを示しているではないか。結婚は失敗だ。結婚は機能しないのである。オンリー・ユー・フォアバーなど、機能しないのである。だから、ドメスチックパートナー制度ならば、国家に承認されようとも、セクシュアリティーの制約はない。浮気もなければ不倫もない。結婚がないのだから。このキリスト教式結婚を国家が管理してしまっているのが問題なのである。だから、不倫は政府に対する犯罪なのである。なんとかして結婚制度を破壊しなければ、私は死んでしまう。しかし、結婚制度廃止が実現するまでは、Yさんは年を取ってしまう。私の理想の彼女が老化によって朽ち果ててしまう。革命にはだいたい10年の年月を要する。しかし、そのころは彼女は50代だ。彼女は美は諸行無常、美貌が完全に朽ち果ててしまっている。遺伝子工学が未発達の今ではどうしょうもない。だから彼女の美が久遠実成になることはない。だから時間がない。その前に私は死んでしまうかもしれない。だから彼女のキスだけでいいのだ。それで、救われるのだ。しかし、もう彼女は私の「お姉さま」として振る舞わなくなってしまった。だから、それも無理であろう。
もし、キスが駄目ならば、彼女の髪の毛一本で私は大丈夫だ。そうすれば、私は救われる。なぜなら、クローン技術が合法化すれば、彼女の髪の毛から彼女を再生することができるからである。遺伝子はまったく同じだ。だから、Yさんなのである。Yさんを私の中で復活させることができるのだ。そうすれば、ストーカー犯罪はなくなる。なぜなら、ふられた女性の髪の毛からクローンを作って、そのクローンを愛すればいいからだ。Yさん、人間の髪は一日30本は落ちるようだから、たった髪の毛一本ぐらいで、ケチをつけることはないだろう。人権を侵害するわけでもないし、ふりたければふればいいのだ。そうだ、ふるときは髪の毛一本を与えればいいだけではないか。そう、「好きです」と告白されて、「ごめんなさい」と言わずに、ただ、一本だけ毛を抜いて、それで、すでに愛を拒絶したことになるのだから、それですべてが済むのである。なにも、ふられたからって自殺することはないのだ。そう、髪の毛一本が全てのフラレタリアートを救うのだ!さあ、美しい男女よ、ふるときは髪の毛一本を渡そう。
これで、私もYさんを失わずに済む。自殺なんかしなくて済む。彼女の遺伝子を私は保管することとなり、クローンが合法化されれば、私は再び幸せになれるのである。彼女は遺伝子が保管されている限り、永遠だ。キリスト教徒はイエスの肉と血を、つまりイエスのDNAを体内に取り込んで、自分の中でイエスを再生させた。また、イエスの復活も、きっとクローン技術であろう。シンボリズムではそう解釈できるのだ。だから彼女の遺髪で、私は彼女をクローン技術によって再生させ、永遠に彼女は私の「お姉さま」となるのである。それでこそ、彼女の肉体は久遠実成なのである。それには、クローン技術の合法化が必須条件である。そして、その日こそ、ストーカーが絶滅する歴史的な日となるであろう。クローンは永遠性を約束してくれる。クローン技術、万歳!
この世は地獄でしかない。それも全ては結婚がいけないんだ。別に夫に対してなにも恨みはない。昨日、彼に実際に会って話したが、とても謙虚な方で、いい人そうであったから。また人助けが好きな人のような感じだったので、意外と好印象だった。また、それが私に追い討ちをかけた。もし、少しでも悪い部分が見当たれば、その欠点を一気に拡大して、徹底的に敵として抵抗勢力にすることができたのだが、その根拠がまったく見当たらなかったのが、既に敗北を意味していた。しかし、彼がヤハウェーという集合的無意識の構成要因の一つであることも確かである。罪を憎んで人を憎まず。孔子もそう言っている。だから、彼の存在が悪いのではなく、キリスト教式結婚制度があるから、私の恋は報われないのだ。セクシュアリティーを排除してしまうというイエス・キリストがヤハウェーの承認を以て築いたシステムがすべての元凶だ。そして小さい頃からアメリカ人はそう洗脳されてきた。だから、たった一人のパートナーとしか恋してはいけないのだ。そう、インプット、インプラント、インプリントされてしまっているのである。そして彼女の結婚は州政府に承認されたものである。しかし、私はパンクだ。アナーキスト的だ。政府が奨励する悪徳な独占は排除するべきだ。だから、私は結婚に反抗する。そう、つまり、結婚に反抗することは、政府に、体制に反抗することになるのである。私は孤独な反抗者なのである、ジェームス・ディーンのように。
だが、誰一人として、私に結婚廃止案に賛成してくれなかった。みんな、目をぎょろりとさせ、
「貴様、正気か!」
と驚くだけで、議論にも付き合おうともしなかった。どれだけ、私が傷ついて死にそうになっているのかを、もはや瀕死の馬のような状態になっていることを、理解しなかったのである。しかし、私は結婚廃止こそが、人類を自由にすると信じている。それは私の持論ではなく、普遍的な真理だ!アメリカは自由の国だ。アメリカの兵士はブッシュも言っているように「自由の戦士」だ。自由のためならアメリカ人は命を捨てるではないか。だから、そんなアメリカ人なら、セクシュアリティーの自由のためなら命を賭けて結婚廃止運動に乗ってくれるのだろうと期待していた。ところが、彼らは私を、まるで狂人を見るような目で、追い払ったのである。信じられない。私こそが、もっとも正しいことを言っているのに。ここまで孤独な戦いを強いられるとは。やはり、革命的事業は一人ではなにもできないではないか。どうすればいいんだ。一人じゃ、負け犬の遠吠えで終わってしまうではないか。偉大な運動のためにどうして彼らはサポートしてくれないのであろう。
結婚は人を苦しめる。事実、50%以上の離婚率がそれを示しているではないか。結婚は失敗だ。結婚は機能しないのである。オンリー・ユー・フォアバーなど、機能しないのである。だから、ドメスチックパートナー制度ならば、国家に承認されようとも、セクシュアリティーの制約はない。浮気もなければ不倫もない。結婚がないのだから。このキリスト教式結婚を国家が管理してしまっているのが問題なのである。だから、不倫は政府に対する犯罪なのである。なんとかして結婚制度を破壊しなければ、私は死んでしまう。しかし、結婚制度廃止が実現するまでは、Yさんは年を取ってしまう。私の理想の彼女が老化によって朽ち果ててしまう。革命にはだいたい10年の年月を要する。しかし、そのころは彼女は50代だ。彼女は美は諸行無常、美貌が完全に朽ち果ててしまっている。遺伝子工学が未発達の今ではどうしょうもない。だから彼女の美が久遠実成になることはない。だから時間がない。その前に私は死んでしまうかもしれない。だから彼女のキスだけでいいのだ。それで、救われるのだ。しかし、もう彼女は私の「お姉さま」として振る舞わなくなってしまった。だから、それも無理であろう。
もし、キスが駄目ならば、彼女の髪の毛一本で私は大丈夫だ。そうすれば、私は救われる。なぜなら、クローン技術が合法化すれば、彼女の髪の毛から彼女を再生することができるからである。遺伝子はまったく同じだ。だから、Yさんなのである。Yさんを私の中で復活させることができるのだ。そうすれば、ストーカー犯罪はなくなる。なぜなら、ふられた女性の髪の毛からクローンを作って、そのクローンを愛すればいいからだ。Yさん、人間の髪は一日30本は落ちるようだから、たった髪の毛一本ぐらいで、ケチをつけることはないだろう。人権を侵害するわけでもないし、ふりたければふればいいのだ。そうだ、ふるときは髪の毛一本を与えればいいだけではないか。そう、「好きです」と告白されて、「ごめんなさい」と言わずに、ただ、一本だけ毛を抜いて、それで、すでに愛を拒絶したことになるのだから、それですべてが済むのである。なにも、ふられたからって自殺することはないのだ。そう、髪の毛一本が全てのフラレタリアートを救うのだ!さあ、美しい男女よ、ふるときは髪の毛一本を渡そう。
これで、私もYさんを失わずに済む。自殺なんかしなくて済む。彼女の遺伝子を私は保管することとなり、クローンが合法化されれば、私は再び幸せになれるのである。彼女は遺伝子が保管されている限り、永遠だ。キリスト教徒はイエスの肉と血を、つまりイエスのDNAを体内に取り込んで、自分の中でイエスを再生させた。また、イエスの復活も、きっとクローン技術であろう。シンボリズムではそう解釈できるのだ。だから彼女の遺髪で、私は彼女をクローン技術によって再生させ、永遠に彼女は私の「お姉さま」となるのである。それでこそ、彼女の肉体は久遠実成なのである。それには、クローン技術の合法化が必須条件である。そして、その日こそ、ストーカーが絶滅する歴史的な日となるであろう。クローンは永遠性を約束してくれる。クローン技術、万歳!
ジョーダンじゃねえ!Yさんのことを忘れるために、アメリカン・アイドルを見たが、その番組では、最先端のビートボックス・スタイルのブレイクを下し、わずか17歳のジョーダンが見事に優勝した。私はひそかにブレイクを応援していたが、さすがオリジナリティーでは歌唱力のジョーダンにはかなわなかったか。まあ、しかたのないことだ。
サンジャヤが、まさか、ケネディー、マーチン・ルーサー・キング牧師、マハトマ・ガンジーに匹敵するほどの偉大な指導者だったとは。まったく知らなかった。だって、サンジャヤが登場するときは、彼らの映像が流れて、「そして、現代のカリスマはサンジャヤ」として、ステージに登場したのである。サンジャヤが、このたった17歳の青年が、これからの人類の精神指導者であることは、あまりにも大袈裟だったが、というか爆笑してしまったが、もしかしたら、本当に精神指導者になるかもしれない。オルレアンの少女ジャンヌ・ダルクも14歳で、フランスの救世主となった。そう、21世紀の政治指導者はサンジャヤになるのである。しかも、サンジャヤのための特別コーナーまで設けてあったのである。驚いた。驚天動地だ。
それにしても、グリーンデーがジョンレノンの伝説の曲、『労働者階級の英雄』という曲を演奏したのには、驚いてしまった。グリーンデーといえば、アメリカを代表するパンクロックバンドである。『アメリカン・イディオット』というアルバムが世界を席巻したほどである。私の原点でもあるレノンの『労働者階級の英雄』という曲、プロレタリターとのヒーロー、それが私の原点だ。
また、ヘイリーのセクシーさには驚かされてしまった。ああ、なんてセクシーなんだ、これこそがアメリカ人女性のセクシーさを体現したシンボルである。彼女の長くて滑らかで、スッとした脚。ああ、ああああ!!!しかし、彼女は結婚している。ふざけんじゃねー。結婚は人をめちゃくちゃにする!それは、私自身が身をもって体験したことだ。結婚など、そんな腐ったふざけたシステム、ゲロとヘドロと馬糞以下のシステムを潰すしかない!ヤハウェーの築いたシステムを破壊せよ!
それにしても相変わらずサンジャヤの歌唱力はタレント性についていけてなかったが、女の子は熱狂していた。また、エレン・ショーにも出ていたし、そこでもタレント性を発揮し、『Besame Mucho』を披露した。私も、彼はこれを持ち歌にすればいいと思う。これは、女性のハートをぐっと来させるものであるからだ。私でさえ、サンジャヤの歌う『Besame Mucho』を聴いて、美しい女性との情景が頭に浮かび、ロマンチックな気分になってしまったのだから。彼は才能がある。
サンジャヤがマホトマ・ガンジーに匹敵するほどの偉大な人間だったとは、知らなかった。そうだ、同じインド系だし、それも要因の一つであろう。仏教の開祖ゴータマ・シッダールタもインド系であったのだし。まったく大袈裟な演出だった。アメリカ人らしいエンターテーメントだった。それにしても、どうしてサンジャヤがここまで人気が出たのだろうか。やはりヘアースタイルであろう。そして若さ、たった17歳という。そして、インド系、マイノリティーらしさというものが、逆に可愛いと言うか、アメリカナイズされた、マイノリティーの臭さがまったくない新アメリカ人に人々は熱狂したのだろう。そう、これこそがアメリカ人が求めているものなのだろう。白人、黒人、ヒスパニックではなく、こういう巨大な人種グループには属さない、しかもキュートな純粋無垢なところが、受けたのであろう。まるで、若き日のマイケル・ジャクソンの再来とでもいうべきか。彼は黒人だったが、黒人的ではない、アメリカ人のプロトタイプになったのであろう。それは、60年代から反人種主義が起こり、それを原点として築かれた、理想のアメリカ人の姿だったのである。それを体現したのが、サンジャヤだったわけだ。
サンジャヤが、まさか、ケネディー、マーチン・ルーサー・キング牧師、マハトマ・ガンジーに匹敵するほどの偉大な指導者だったとは。まったく知らなかった。だって、サンジャヤが登場するときは、彼らの映像が流れて、「そして、現代のカリスマはサンジャヤ」として、ステージに登場したのである。サンジャヤが、このたった17歳の青年が、これからの人類の精神指導者であることは、あまりにも大袈裟だったが、というか爆笑してしまったが、もしかしたら、本当に精神指導者になるかもしれない。オルレアンの少女ジャンヌ・ダルクも14歳で、フランスの救世主となった。そう、21世紀の政治指導者はサンジャヤになるのである。しかも、サンジャヤのための特別コーナーまで設けてあったのである。驚いた。驚天動地だ。
それにしても、グリーンデーがジョンレノンの伝説の曲、『労働者階級の英雄』という曲を演奏したのには、驚いてしまった。グリーンデーといえば、アメリカを代表するパンクロックバンドである。『アメリカン・イディオット』というアルバムが世界を席巻したほどである。私の原点でもあるレノンの『労働者階級の英雄』という曲、プロレタリターとのヒーロー、それが私の原点だ。
また、ヘイリーのセクシーさには驚かされてしまった。ああ、なんてセクシーなんだ、これこそがアメリカ人女性のセクシーさを体現したシンボルである。彼女の長くて滑らかで、スッとした脚。ああ、ああああ!!!しかし、彼女は結婚している。ふざけんじゃねー。結婚は人をめちゃくちゃにする!それは、私自身が身をもって体験したことだ。結婚など、そんな腐ったふざけたシステム、ゲロとヘドロと馬糞以下のシステムを潰すしかない!ヤハウェーの築いたシステムを破壊せよ!
それにしても相変わらずサンジャヤの歌唱力はタレント性についていけてなかったが、女の子は熱狂していた。また、エレン・ショーにも出ていたし、そこでもタレント性を発揮し、『Besame Mucho』を披露した。私も、彼はこれを持ち歌にすればいいと思う。これは、女性のハートをぐっと来させるものであるからだ。私でさえ、サンジャヤの歌う『Besame Mucho』を聴いて、美しい女性との情景が頭に浮かび、ロマンチックな気分になってしまったのだから。彼は才能がある。
サンジャヤがマホトマ・ガンジーに匹敵するほどの偉大な人間だったとは、知らなかった。そうだ、同じインド系だし、それも要因の一つであろう。仏教の開祖ゴータマ・シッダールタもインド系であったのだし。まったく大袈裟な演出だった。アメリカ人らしいエンターテーメントだった。それにしても、どうしてサンジャヤがここまで人気が出たのだろうか。やはりヘアースタイルであろう。そして若さ、たった17歳という。そして、インド系、マイノリティーらしさというものが、逆に可愛いと言うか、アメリカナイズされた、マイノリティーの臭さがまったくない新アメリカ人に人々は熱狂したのだろう。そう、これこそがアメリカ人が求めているものなのだろう。白人、黒人、ヒスパニックではなく、こういう巨大な人種グループには属さない、しかもキュートな純粋無垢なところが、受けたのであろう。まるで、若き日のマイケル・ジャクソンの再来とでもいうべきか。彼は黒人だったが、黒人的ではない、アメリカ人のプロトタイプになったのであろう。それは、60年代から反人種主義が起こり、それを原点として築かれた、理想のアメリカ人の姿だったのである。それを体現したのが、サンジャヤだったわけだ。
私もYさんに『ベサメ・ムーチョ』を歌いたい。そして、キスしてもらいたい。それだけでいいんだ。そうすれば、私は救われる。この世が地獄から天国へと変わるのだ。自殺しなくて済むのである。だから、私もサンジャヤのように髪を伸ばしているのだ。そして、ロマンチストとして、この歌をうたい、女性の熱狂を浴びるのである。そうすれば、だれかが、私とロマンチックな夜をベッドの上で過ごしたいと思うであろう。だが、そんなことはどうもいい。私はYさんの注意を惹き付けたいだけなのだ。キスしてもらいたい。キスしてほしい。じゃないと、死んでしまう。死にたくない。いつ告白しよう。それが問題だ。告白すればすべてが終わる。夫は今日も会社の昼食パーティーに来ていたし、しっかりとYさんの横にくっついていたので、私は彼女と一緒のテーブルで食事をすることもできなかった。そして、今日は、彼女は一緒に駐車場まで帰ってくれなかったのだ。他の女の子と一緒に帰ったのだ。いつもなら私を待っているのだが、そして私も彼女が来るのを待っているのだが、そんなことは初めてだ。信じられない。ショックだった。もう、私のことなどどうでもいいのだ。こんな悲惨なことはない。もう駄目だ、告白するしかない。そして砕け散るんだ。桜吹雪のように散ろうではないか。死ぬ前に、最後に口づけを、ベサメ・ムーチョ。
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デニス・クシニッチが、移民対策で0点という成績を残したということに、私は敬意を表する。その成績は、『The Federation for American Immigration Reform』、通称FAIRという非営利団体が下したものである。0点だ、そんな評価を受けた政治家がいるだろうか。アメリカの政界ののび太くんではないか。私でさえ、学業生活の中でもっとも低かった点数は高校の古典の期末テストでの「9点」であった。0点というのは、さすがに一度もなかった。アメリカには、政界ののび太君が必要なのである。のび太君、万歳!
衝撃の一夜から目を覚まし、二日酔いの中、このニュースは私を明るくさせたが、それは一瞬だけであり、やはり、憂鬱なままであった。
衝撃の一夜から目を覚まし、二日酔いの中、このニュースは私を明るくさせたが、それは一瞬だけであり、やはり、憂鬱なままであった。
メリンダが散る。

『アメリカン・アイドル』はとてもショッキングだった。それは青天の霹靂であった。準決勝でメリンダが家に帰ってしまうとは。開いた口が塞がらなかった。あの辛口のサイモンでさえショックを隠せなかった。会場は騒然とし、その結果に疑問を持った人が多いようであった。ジョーダン、ブレイク、メリンダの三人のコンテスタントの中で、もっともパフォーマンスが良かったのは、間違いなくメリンダのはずであった。少なくとも、ブレイクが家に帰るのだと思っていた。ブレイクは音楽的には最も最先端で、モダンだが、最初のスティングの曲の『ロクシー』を、あまりにも不安定な音調でしくじったので、ブレイクが落ちると思っていた。ジョーダンは17歳だけあって、エネルギーがもっともスゴかったが、もちろん歌唱力もとても良かったのだが、メリンダの経験と完成度に比べると、やはりメリンダがアメリカンアイドルの王者にふさわしいと思った。ジョーダンは若さに溢れ、審査員のサイモンに対しても反抗している。それは、とても好印象であるが、やはり、メリンダがすべてを超越している、いや、あれだったら、アメリカ有数の歌手としても認定されていいぐらいの歌唱力なのだから、もうすでにレコード契約などを済ませていいはずだ、とさえ思ってしまう。なにか、成功したプロがアメリカンアイドルに出場しているような、そう、ティーナ・ターナーがアメリカンアイドルに出場しているというような感じだった。だから、どちらにしても、来週コダックシアターで行われる決勝戦は、メリンダとジョーダンの戦いになるのだと思っていただけに、ショックであった。メリンダは29歳であり、アイドルとしては、ちょっと限界があるのかもしれない。サンジャヤやジョーダンの17歳という年が、一番アイドルにふさわしいのだろう。
六千万人の投票数がアメリカンアイドルに集まったのだが、それは、もはや小泉の郵政民営化の総選挙の国民の投票数を凌いでしまっているが、それでもメリンダが落とされてしまったのは、なにか嫌な予感がした。これが、もし大統領選挙だったらと。民主党選挙では、デニス・クシニッチが理念的にもっともまともなことを言っている。しかし、正論を言う人は、なぜか人気がない。しかも、デニスが大統領になれば、違法移民は全て無条件に市民権を得ることになりかねないと多数のアメリカ人が懸念しているのだ。しかし、デニスの話は道理に合っている。アメリカ自体が移民で成り立っているので、旧移民が新移民を排除するのは、逆に変であるのだが。だが、アメリカ国民は、人気のあるオバマとヒラリー、どちらかを選ぶであろう。それと同じで、ブレイクとジョーダンが最も人気があったのであり、メリンダは歌唱力が一番優れていたが、他の候補者と比べて、人気で負けたのである。やはり、アイドルというのは、大衆性の上に成り立っているので、全ては人気なのである。大衆性がなければ、アイドルは成り立たないのである。それは、特に芸能界では、そうであろう。タレントにしても、役者にしても、全ては大衆の人気である。
日本の政界も、小泉によってその傾向は強くなった。というか、小泉自身が芸能人かタレントのようであった。いわゆる彼は、党内基盤がなかったから、人気だけを頼りにした政治家であったし、よって大衆の好みというのに、他の政治家よりも極めて敏感であった。彼にはタレント性がとても強かったのだが、やはり賞味期限も短かった。たったの5年である。そして、小泉は人気アイドルから本業の国民の政治家になることはなかった。しかし、小泉の示したものは、政治家も人気によって、全てが決まるようになってきたということである。政治がワイドショー化し、いわゆる劇場型となったのである。小泉はこれまで日本の政治家がやらなかったことを、やったので、例えば、外遊の際には、必ず訪問国の民族衣装を着るというパフォーマンスをしたり、歌を唄って踊ってみせたり、とても斬新奇抜であった。斬新奇抜さが、タレント、またはアイドルの甲斐性である。それと同じで、ブレイクは色々な斬新奇抜なことをするので、アイドル性は、一番秀でているであろう。サンジャヤももちろん、アイドル性としてはずば抜けていたが、彼の欠点は歌がアイドル性に付いて来れなかったことである。歌唱力とアイドル性のバランスを取るべきだった。メリンダは、これが純粋に歌のコンテストであったなら、もちろんナンバーワンであるが、タレント性で、アメリカ人に選ばれなかったのだ。しかし、政治もどうやらそのようである。オバマとヒラリーという民主党のスーパースターを目の前にしたデニス、彼の身長は170cm、顔はヨーダのようで、とても地味である。それに、ヒラリーとオバマよりも年上であるし。デニスにスター性を感じる人は少ないであろう。メリンダは、まさしくデニスの置かれた状況に酷似していた。だから、アメリカンアイドルには失望したのだ。まあ、アメリカンシンガーではなくて、「アメリカンアイドル」なので、仕方ないことなのかもしれない。ヒラリーとオバマの戦いも、アイドル同士の戦いとして、全米の注目を集めることであろう。
それにしても、メリンダの退場はとてもショックだった。私はあまりものショックのため、午前三時まで、寝付くことができなかった。しかし、退場が決定としたとわかったメリンダは、涙一つも見せず、まさにプロの貫禄で、最後のステージで花束を手にして、ブルースソングの『I'm A Woman』を歌い上げて、我々を、
「メリンダ、彼女こそ、まさにアメリカンアイドルの女王だ!」
と感化させてくれた。他のコンテスタントは退場が決まると泣いてしまい、とても歌にならなかったが、メリンダは、退場の歌唱でも、ナンバーワンにふさわしいパフォーマンスを見せてくれた。彼女は、アメリカンアイドルのなかで、私の事実上のもっとも憧れた歌手であった。一番、カッコよかった。素晴らしかった、メリンダ。今まで、パワフルな歌を聴かせてくれて、ありがとう。

『アメリカン・アイドル』はとてもショッキングだった。それは青天の霹靂であった。準決勝でメリンダが家に帰ってしまうとは。開いた口が塞がらなかった。あの辛口のサイモンでさえショックを隠せなかった。会場は騒然とし、その結果に疑問を持った人が多いようであった。ジョーダン、ブレイク、メリンダの三人のコンテスタントの中で、もっともパフォーマンスが良かったのは、間違いなくメリンダのはずであった。少なくとも、ブレイクが家に帰るのだと思っていた。ブレイクは音楽的には最も最先端で、モダンだが、最初のスティングの曲の『ロクシー』を、あまりにも不安定な音調でしくじったので、ブレイクが落ちると思っていた。ジョーダンは17歳だけあって、エネルギーがもっともスゴかったが、もちろん歌唱力もとても良かったのだが、メリンダの経験と完成度に比べると、やはりメリンダがアメリカンアイドルの王者にふさわしいと思った。ジョーダンは若さに溢れ、審査員のサイモンに対しても反抗している。それは、とても好印象であるが、やはり、メリンダがすべてを超越している、いや、あれだったら、アメリカ有数の歌手としても認定されていいぐらいの歌唱力なのだから、もうすでにレコード契約などを済ませていいはずだ、とさえ思ってしまう。なにか、成功したプロがアメリカンアイドルに出場しているような、そう、ティーナ・ターナーがアメリカンアイドルに出場しているというような感じだった。だから、どちらにしても、来週コダックシアターで行われる決勝戦は、メリンダとジョーダンの戦いになるのだと思っていただけに、ショックであった。メリンダは29歳であり、アイドルとしては、ちょっと限界があるのかもしれない。サンジャヤやジョーダンの17歳という年が、一番アイドルにふさわしいのだろう。
六千万人の投票数がアメリカンアイドルに集まったのだが、それは、もはや小泉の郵政民営化の総選挙の国民の投票数を凌いでしまっているが、それでもメリンダが落とされてしまったのは、なにか嫌な予感がした。これが、もし大統領選挙だったらと。民主党選挙では、デニス・クシニッチが理念的にもっともまともなことを言っている。しかし、正論を言う人は、なぜか人気がない。しかも、デニスが大統領になれば、違法移民は全て無条件に市民権を得ることになりかねないと多数のアメリカ人が懸念しているのだ。しかし、デニスの話は道理に合っている。アメリカ自体が移民で成り立っているので、旧移民が新移民を排除するのは、逆に変であるのだが。だが、アメリカ国民は、人気のあるオバマとヒラリー、どちらかを選ぶであろう。それと同じで、ブレイクとジョーダンが最も人気があったのであり、メリンダは歌唱力が一番優れていたが、他の候補者と比べて、人気で負けたのである。やはり、アイドルというのは、大衆性の上に成り立っているので、全ては人気なのである。大衆性がなければ、アイドルは成り立たないのである。それは、特に芸能界では、そうであろう。タレントにしても、役者にしても、全ては大衆の人気である。
日本の政界も、小泉によってその傾向は強くなった。というか、小泉自身が芸能人かタレントのようであった。いわゆる彼は、党内基盤がなかったから、人気だけを頼りにした政治家であったし、よって大衆の好みというのに、他の政治家よりも極めて敏感であった。彼にはタレント性がとても強かったのだが、やはり賞味期限も短かった。たったの5年である。そして、小泉は人気アイドルから本業の国民の政治家になることはなかった。しかし、小泉の示したものは、政治家も人気によって、全てが決まるようになってきたということである。政治がワイドショー化し、いわゆる劇場型となったのである。小泉はこれまで日本の政治家がやらなかったことを、やったので、例えば、外遊の際には、必ず訪問国の民族衣装を着るというパフォーマンスをしたり、歌を唄って踊ってみせたり、とても斬新奇抜であった。斬新奇抜さが、タレント、またはアイドルの甲斐性である。それと同じで、ブレイクは色々な斬新奇抜なことをするので、アイドル性は、一番秀でているであろう。サンジャヤももちろん、アイドル性としてはずば抜けていたが、彼の欠点は歌がアイドル性に付いて来れなかったことである。歌唱力とアイドル性のバランスを取るべきだった。メリンダは、これが純粋に歌のコンテストであったなら、もちろんナンバーワンであるが、タレント性で、アメリカ人に選ばれなかったのだ。しかし、政治もどうやらそのようである。オバマとヒラリーという民主党のスーパースターを目の前にしたデニス、彼の身長は170cm、顔はヨーダのようで、とても地味である。それに、ヒラリーとオバマよりも年上であるし。デニスにスター性を感じる人は少ないであろう。メリンダは、まさしくデニスの置かれた状況に酷似していた。だから、アメリカンアイドルには失望したのだ。まあ、アメリカンシンガーではなくて、「アメリカンアイドル」なので、仕方ないことなのかもしれない。ヒラリーとオバマの戦いも、アイドル同士の戦いとして、全米の注目を集めることであろう。
それにしても、メリンダの退場はとてもショックだった。私はあまりものショックのため、午前三時まで、寝付くことができなかった。しかし、退場が決定としたとわかったメリンダは、涙一つも見せず、まさにプロの貫禄で、最後のステージで花束を手にして、ブルースソングの『I'm A Woman』を歌い上げて、我々を、
「メリンダ、彼女こそ、まさにアメリカンアイドルの女王だ!」
と感化させてくれた。他のコンテスタントは退場が決まると泣いてしまい、とても歌にならなかったが、メリンダは、退場の歌唱でも、ナンバーワンにふさわしいパフォーマンスを見せてくれた。彼女は、アメリカンアイドルのなかで、私の事実上のもっとも憧れた歌手であった。一番、カッコよかった。素晴らしかった、メリンダ。今まで、パワフルな歌を聴かせてくれて、ありがとう。
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Lance 全くもって同感ですね。 自分のママもそれはそれはショックでしたね。
自分もBrakeが帰るものだとてっきり思っていたのでMelindaが退場するときは自分の耳を疑いましたYO! そうですね〜、あのサイモンですらショックな顔してましたから。あれはあれで個人的にはオモシロかったんですがね。前日のperformanceでサイモンはMelindaがfinalに残ると自信を持って言ってましたから。もちろん自分もそう思ってました!
それにしても、おっしゃる通り歌唱力はズバ抜けて素晴らしかったのに”若さ”には勝てなかったんですかね〜・・・。 やはり”若さ”は我々にとって一生のThemeですね。
また、大統領ですが”デニス氏”が当選してくれる事を心から望んでいます!!!
自分も生涯アメリカに居たいですから!
ヘルメス 尊師、コメントありがとうございまーす!
ほんとですよ。ショックでしたよ。やはりママもショックだったんですね。すごくわかります。でも、サイモンのあのブリティッチュ英語での動揺ぶりは、たしかに滑稽でしたよね。
なんてったって、ほんと、「若さ」ですよね、まさしく我々の永遠のテーマです。ああ、年をとりたくない!たすけてー!できるなら、16歳のままでいたかった!そして、学園で青春をエンジョイしたかった、結衣ちゃんと!

デニス・クシニッチは移民対策記録で、民主党の中では最低と評価されていますから、移民の方々にとっては、心強いですね。
julia こんばんわ!ずうっとメリンダを応援していたのですごいショックでした。やはり眠れませんでした。若さでアイドルが決まるのなら、最初から若い人限定にすればいいと思うんですよ。29才でも子持ちでも歌唱力と何らかのパワーがあればスターになれる。日本と違うからアメリカのエンターティメントは
すごいんだと思っていたのに。
メリンダが落ちたんだから、パフォーマンス、失敗したのかなぁと思ったら逆だったんですね。実は三週間遅れのフォックスジャパンしか見られないので、HPで知ったのですが。こうなるとアメリカも若さだけで評価するのかと。また眠れない。
ヘルメス juliaさん、はじめまして、コメントありがとうございます。
そうなんですか?日本でも放映されているんですね。情報ありがというございます。
同感です。審査員も歌唱力で判断するべきと言ってますね。でも、投票するのはアメリカ国民ですし。私もいつもメリンダに投票していただけにショックでした。ほんと、眠れませんでした。でも、海の向こうの日本にも私と同じく眠れなかった人がいたなんて、心強いです。
ああ、こういうことがあるから、よけいに年を取りたくなくなりますよね。どうせなら、永遠に若いままでいたい!
セクシーさがないと売れない?
julia こんにちは!また来ました。
以下のサイトお読み下さい。
若さ+ルックス+セクシーさがないと
駄目のようですよ。
どうも、シーズン5まではまともだったようですね。(私は見てません)
何か納得できません。これでは、日本のジャリタレと同じじゃないですか?
http://news.livedoor.com/article/detail/3168676/
ヘルメス juliaさん、
記事、ありがとうございます。
まあ、アメリカンアイドルの年齢制限自体が16歳から28歳なので、若者だけが、アイドルになれます。「28以上は信用するな」という、団塊の世代であるヒッピーが築いた言説が適応されています。よって、アイドルに若いのは必須条件です。携帯で写真を撮りたくなるようなセクシーさとルックスに加えて、最も重要なのは、タレント性ですね。どれだけ、斬新奇抜なパフォーマンスができるか。サンジャヤは毎回、奇抜な髪型と衣装で、審査員のポーラとダンスしたり、会場で泣いている13歳の女の子をハッグしたりと、「サプライズ」を披露しました。まるで、小泉の「サプライズ」を彷彿されるような。ブレイクのボンジョビの曲をビートボックス風にアレンジしたパフォーマンスもサプライズでした。世阿弥も「芸能はサプライズが鍵だ」と言ってますし。メリンダは文句なしの完璧さでしたが、やはりサプライズの可能性では、ブレイクのほうに軍配が上がったのではないでしょうか。
「次は何を見せてくれるのだろうか」という期待感、いわゆる「次の手」というのを、ブレイクのほうに大衆が持ったのが一つの要因でしょう。
でも、歌唱力もやはり必要です。サンジャヤが最後まで進めなかったのは、それを証明しています。サンジャヤはアジア系で、インド系ではじめてアメリカ人の若い子にチヤホヤされる存在になったので、私としては、内心、嬉しかった部分もあるんですよ。でも、本命のメリンダが落ちて、がっかりです。歌では文句なしのナンバーワンでしたし、私の評価の基準は歌唱力だったので。でも、アメリカ国民の大多数はそうではなかったようです。
Mariko 私は2日前、ネットでメリンダが落ちたことを知り、物凄くショックで凄い脱力感に襲われました。準決勝の歌を聞いてなかったのでしくじったのかと思いきや、ネットで聞いたら、素晴らしかったではないか?大体ブレイクなんて個性以外ここまで残る理由は見出せない。実は私は音楽のプロである。聞く耳には自信がある。
この番組の主旨はやはり歌唱力でしょ?だからすべてを人気投票に頼るのはおかしい!例えば、審査員の得点を半分入れるとかしないと、今回のように明らかに間違えた結果になることになる。
私は何回もメリンダの歌を聴いて感動したよ!アメリカでも日本でもそういう人は大勢いると思う。彼女がCDデビューしたら、セールスは絶対期待できるはずである。絶対優秀なプロデューサーが見逃すはずがない!
彼女は確かにアイドルとしては若くないし、美人でもないが、非常にチャーミングな人で、すべてに好感が持てる。
もしかして、この陳腐な結果が逆に話題になり、優勝するより注目をあびるかも!
彼女のデビューを心から祈ってます。
ヘルメス Marikoさん、コメントありがとうございます。
ほんとですね。メリンダが準決勝でずば抜けてスゴかったのに、アメリカ国民はジョーダンとブレイクを選びましたからね。ブレイクはボンジョヴィの曲では一番スゴいと思いましたが、準決勝では明らかに、彼の取り柄である個性も光っていませんでしたから。「これではブレイクは落ちたなぁ」と思った先がこの結果ですから、断腸の思いでした。
メリンダはとても謙虚ですし、威張り腐っているアメリカ人のなかでは、それが光って見えるんですよね。なんでも包み込んでくれるような、エネルギッシュなやさしさが伝わってきますよね。メリンダは、間違いなくデビューするでしょう。しかもダイアナ・ロスのお墨付きです。今までデビューしていなかったのが、おかしかったんですから。
でも、もっともタレント性があるのは、サンジャヤでしょうね。それに、アジア系アメリカン・コミュニティーにとっては、彼はヒーローですからね。これまで、白人、黒人、ラテンが占めているエンターテーメント業界でアジア系のサンジャヤがあそこまで注目を浴びているわけですから。これは、もしかしたら、革命につながるかもしれない、という期待感があります。
Mariko よく考えたら、アメリカではそんなレアな話題ではなかったですね。日本では放映が3週間遅いもんで。
ネット検索したらかなりこの結果は物議を呼んだらしいですね。投票した人が低年齢層だったという見方が多く、20歳以上だけに投票権があったらメリンダが優勝だっただろう、という記事も見ました。
まっ、いずれにしろとても支持されているようだから、早くデビューして欲しい。デビューしたら、是非教えてくださいませ!何せ日本ではアメアイはまだイマイチ知名度が低いもんで。
余談ですが、日本のFOXテレビのHPではメリンダはダントツの人気1位なんですよ!
サンジャヤはやはり歌一本ではきついですね。でもエンターテイメントがあるんで、やり方次第で人気者になれるでしょうね。
ヘルメス またまた、ありがとうございます!ですね、辛口の審査員のサイモンもCNNで、
「王冠はメリンダに行くべきだった」
と言っていましたから。私もメリンダのデビューを心から期待しています。
なるほど、日本の情報、ありがとうございます。日本ではアメリカの流行についていくのが、三週間遅いということですね。アメリカ国内だと、中西部の田舎では、ロスやニューヨークで公開される映画が一ヶ月遅いということがありますし、ファッションもそれぐらい遅れてますし、私も米国中西部に住んでいたとき、それを経験しました。政治にいたってはアメリカ自体が世界の流行に乗り遅れています。今回のG8サミットでの環境問題に対するアメリカ首脳の態度にはがっかりしました。
アメリカの政治では、18歳以上から投票できますが、アメリカン・アイドルは年齢制限なしです。そういう意味ではより民主的かもしれません。それに、なんと投票数は7千万という結果が出ていますから、それは「アメリカン・アイドル」にふさわしい結果だったんだろうと思います。
低年齢層は新しくて斬新なものが好きですからね。メリンダはいたって「古き良きアメリカ」の伝統的な歌手なので、ブレイクのような斬新奇抜なパフォーマーに投票したのでしょう。かつての日本の小泉人気も、あの人の伝統を無視した斬新さから来るものでしょうね。逆に、もし若者だけが前のアメリカ大統領選に投票していたら、ケリーが勝っていたという分析結果も出てますから、低年齢層には革命を期待しています。
日本では、やはりメリンダが一番人気があるんですね。でも、アメリカでは、CBSによれば、サンジャヤは、どの有名なタレントよりも人気があるそうですよ。なにしろ、サンジャヤは、ケネディー、キング牧師、ガンジーに継ぐ伝説とまで称賛されていますから!まあ、本気で音楽をやっている人たちにとっては、屈辱的でしょうけれども・・・。
ところで、Marikoさんは、プロの音楽家だそうですが、どんなジャンルを演奏されるんですか?
Mariko またまたコメントありがとうございます。
アメアイはケーブルテレビでの放映なので、視聴率という意味でまだ有名になり切れないのですよ。
しつこいようですが、アメアイの主張が、明確ではないと思いますね。審査員がいうところの歌唱力がメインなのか、アイドル性がメインなのか?やはり審査員もいるなら、コメントだけではなく、結果をある程度ボート出来る立場もなければ存在価値がないのでは、と思います。
大体日本のアイドルには歌唱力は全くないですからね。歌手というよりはタレントです。日本では今歌番組は少なく、歌手という存在価値は希薄になってます。本当に実力、音楽性のある人はテレビにはほとんど出ずコンサート活動がメインです。
確かに歌唱力が中途半端な人は、ルックスとか他のアイテムも結構必要とは思いますが、メリンダクラスだと、歌がすべてをカバーしてしまいますね。だって段々可愛く見えて来たもん!とにかく感動を与える歌手ですよ!
彼女のコンサートは彼女の人柄も相まって、とても満足した気分を与えてくれるでしょうね!
サンジャヤはそんなに人気あるんだ!
こっちでは情報がないからね〜。
私は個人的にはシリーズ2の準優勝者のクレイエイケンが好きです。彼のビデオクリップで『Without You』を聞いた時は衝撃でした。マライヤを超えてますよ!最近オーデション当時の歌も聞いて、当時からホント上手かったんだと知って、ますますファンになりました。でも、日本では全く無名ですね。彼のアメリカでの人気はどうなんですか?
最期に、私はずっとジャズをやっています。パートはピアノ。最近、若い時に歌っていたキネズカで弾き語りもしています。声はハスキーです。
ヘルメス Marikoさん、またまたありがとうございます。
なるほど、民放でやればいいんですけどね。アメリカはケーブルに加盟してないと、まったく流行に乗っている番組を観れません。大リーグとか、観れませんからね、金を払わないと。でも、AIは地上波だったので、本当に良かったです。
アイキンはもちろん成功してますし、人気があります。なにせAIで準優勝ですからね。それだけで知名度は高いですよ。
またAIはさまざまなタレントを発掘する場でもあります。助演女優アカデミー賞を受賞したジェニファー・ハドソンも、AI出身ですからね。サンジャヤが「ベサメ・ムーチョ」を歌った時は、とくに女の子は個人的にロマンチックに語りかけられていると思ったんじゃないですが。私でさえうっとりしてしまいましたよ、私はホモじゃないんですけど、でも、あの時は、なんていうんですか、どう表現したらいいんだろう、「一瞬夢を観させてもらった」って感じかなぁ・・。それもきっと彼のタレント性でしょうね。
トップ10までは審査員が決めてますが、あとは国民に丸投げですね。アメリカ国民のアイドルなので、それに異議は唱えません。でも、ブレイクの「次は何をやってくれるんだろう」というパフォーマンスに国民が期待したというのもわかります。彼のビートボックスを交えた歌は、メリンダにもジョーダンにもできません。ただ準決勝と決勝でのブレイクのパフォーマンスは、それほど光りませんでしたし、選曲がブレイクの良さをいかせなかったというのが残念です。私は、少なくとも、ジョーダンとメリンダの決勝になるか、それとも国民がもう一度ブレイクにチャンスをあげれば、まあ、いずれにせよ、メリンダが決勝に残ると思ったんですが、あれは、本当に予想外でしたよ。まあ、メリンダは「別格」ということで、退けられたのかもしれないですし。私はほとんどメリンダに投票していたんですが・・・。でも、その「裏切り」が、またAIを面白くします。
日本のアイドルですか?たしかに歌唱力はいまいちかも・・。私が渡米したときは、アムラーが流行っていた時期で、それ以来どうなったのかわかりませんが。でも、邦楽で好きなジャンルはアニソンなので、声優さんの歌唱力はすごいと思います。なにしろ、キャラクターに成り切って歌っているわけですから、まさに現代のオペラ歌手です。とくに人気声優の堀江由衣、通称「ほっちゃん」はスゴいですよ。日本のアニソンは世界レベルではないでしょうか。
おおお、ジャズピアノですか?すごーい!しかもハスキーヴォイスで弾き語り、かっこいいですね。ピアノを弾ける人には憧れます。女性をうっとりさせるにはもってこいのロマンチックな楽器ですね(男性である私もうっとりしてしまいます)。ギターではなかなかそうはいきませんから。音域が狭すぎます。そういえば、『エヴァンゲリオン』というアニメでボサノバ的な「Fly Me To The Moon」がありましたが、あれは本当にロマンチックで素敵だと思いました。私は基本的にパンク系のギターで、アニソンも弾きます。でも、Fly me to the moonはアニソンのなかでもかなり高度で、あのコードはちょっと複雑ですね。将来的にはもちろんマスターしたいと思ってます。もちろんMarikoさんは、Fly Me to The Moonを演奏するんですよね?
すいません、ジャズの事情はまったく知らなくて、「キネズカ」も初耳です。日本のどこかの有名なジャズクラブなんですか?
ヘルメス なぜだ、なぜコメントがこない。これほど、待っているのに。なにか悪いことでも言ってしまったのだろうか。どうしてだ。どうしてコメントがこなくなってしまったんだ。コメントをとても楽しみにしていたのに。やはりオタク的な人間とは話せないということか?
Mariko ごめんなさい!コメント中断しまして!
メリンダ事件以後もYOUCUBEを聞いて,ネットでメリンダ検索をして、ほぼ毎日のようにメリンダに接している私です。女の私がこれほどメリンダに惚れるなんて、変?私こそオタクかも。
いつデビューするの?
ツアーの後にレコデーィングの予定があるみたいな情報もあるが、おせーて?真相を!
ヘルメス Marikoさん、
あなたは、メリンダ萌えですね。これで、萌え族に認定です。
どうなんでしょう。メリンダは、絶対に出てくるはずですよ。今では、パリス・ヒルトンが出獄したことで、アメリカは賑わっています。それが冷めてからでしょうね。
アメリカの結婚の歴史はモルモン教なしでは語れない。私は、かつてのモルモン教徒は、アメリカン・ヒーローだと思っている。今のモルモン教徒は詐欺師が多いのだが、昔は、開拓時代はモルモン教徒は、迫害から逃れてユタ州を建設したのである。それはまるでクウェーカー教のようである。クエーカー教徒のウィリアム・ペンが英国での宗教迫害を逃れてアメリカ大陸に渡り、そこに植民地を築き、それが、後のペンシルヴァニア州となったのだ。モルモンも同じく、ジョーゼフ・スミスが多重婚を採用していたために、迫害を受けた。多重婚はイエス・キリストが廃止したので、多重婚を再び採用することは、ほとんどのキリスト教徒にとっては背信行為に受け取られたのである。そして、スミスが大統領候補となったとき、彼は群衆に襲われて死んだ。そう、結婚制度でジョーゼフ・スミスは暗殺されたのである。だから、結婚は政治問題なのである。そして、あまりのも迫害に教祖を失ったモルモン教徒はアメリカ各地に散らばった。そして、もっとも多くのモルモンはブリガム・ヤングに従い、アメリカ西部、いまのユタ州あたりに移動した。そして、そこでユタ領を築き,ユタ領最初の知事がブリガム・ヤングであった。しかし、連邦政府は、
「アメリカに蔓延る二大悪は、奴隷制度と多重婚」
とし、もちろん多重婚はモルモン教徒を指したので、政府はユタ領に対して軍隊を派遣し,そこでユタ戦争が起きた。そして、ユタ軍は敗北し、ブリガム・ヤングは知事の座を奪われ、連邦政府が用意した政治家が知事となった。まあ、本当の戦争の理由はユタ領に金銀の鉱脈があったということなのだが、いわゆる口実を使って、ユタを支配化に置いたのである。まるで、現在でも、石油のためにイラクに侵攻したように。口実はなんでもよかったのだ。そしてユタは分断され,ネヴァダとコロラドが、ユタ領から分離された。そして、モルモン教徒はかたくなにも多重婚を捨てなかったので、州に昇格することはなかった。州に昇格する条件として、モルモンのアイデンティティーでもあった多重婚を廃止しなければならなかったのだ。
モルモン教徒はアイデンティティークライシスに陥った。そして、新たに出てきたのが,知恵の言葉というものであった。これは、スミスが噛みタバコを床に吐き捨てたのを、彼の妻が気持ち悪がったのが発端となり、神が「知恵の言葉」をスミスに与えたというものである。それは、あくまでも、推薦であり、強制ではなかった。なぜなら、スミスが「知恵の言葉」を授かった時は、多重婚がモルモン教徒のアイデンティティーだったからである。それにスミス自身,ニコチン中毒であったため、噛みタバコをやめることはできなかったし、ブリガム・ヤングも結局はやめることができなかった。「多重婚と言えば、モルモン教」だったのだ。しかし、彼らはアイデンティティーを失ったため、つまり他の新興宗教との差別化が否定されたので、また新たな差別化が求められたのである。彼らをモルモンたらしめるもの、それが「知恵の言葉」となったのである。
「知恵の言葉」は、タバコ、酒、カフェイン飲料、マリファナ、また肉食を食べないように促している。だから、この戒律がモルモンのアイデンティティーとなったのである。また、当時の禁酒運動と重なったため、この「知恵の言葉」がモルモンを再びアメリカ社会に溶け込むための起爆剤となったのも確かである。かつての南北戦争前の連邦政府のモットーは「二大悪は奴隷制度と多重婚」であったが、第一次大戦のときのフェミニストのモットーは「二大悪は酒と売春」となり、モルモンもその運動に加担し、社会から少年された。厳しい戒律と社会の承認、それらがマッチして、聖餐式でも、アルコールを使わなくなった。それらは、モルモンを体制側にしてしまったのである。今までは、多重婚で連邦政府に反抗し、反抗者として歴史に登場したが、とうとうモルモンも連邦政府と清教徒倫理の圧力に屈してしまったのである。それが、この「知恵の言葉」であったのだ。私は色々なモルモンの宣教師と話してきたが、彼らはみな肉を食べていた。「知恵の言葉」を守ることがモルモンとしてのつとめとされているのだが、本当に「知恵の言葉」を厳守しているのであれば、モルモンは皆ヴェジタリアンなはずである。やはり、牛肉を食べないというのは、牛肉文化のアメリカそのものを否定することになるので、モルモンもそういう面ではリアリストというわけであったのだ。しかし、彼らが連邦政府と当時のクリスチャンフェミニストに順応してしまったのは、とても残念である。
もし、ジョーゼフ・スミスが殺されずに生きていたならば、男性だけが妻を何人もめとることができるのは不公平として、今度は女性にも多数の夫を持てることに教義を改革していたことであろう。つまり男女平等に不特定多数の配偶者を設けることができるように改革していたであろう。彼は天才だった。小学3年の教育しか受けていないが、間違いなく言語の天才であった。そう、今で言えば、ノーム・チョムスキーのような天才か。アラブ語やヘブライ語などには精通しており、短い期間で多数の言語をマスターしてしまったのだろう。聖徳太子も空海も、言語の能力にはずば抜けていたというし,間違いなくスミスもそのようなルネサンス的な天才だったのだろう。だが、モルモン教徒は、スミスは勉強せずに突然言語を理解するようになったと言っているが、それは誇張か神話である。なにも学ばずして、知覚できるわけがない。脳科学の常識からいって、そんなのはデタラメである。彼は、実際は言語の天才だったのだ。そして、短期間のうちに多数の言語を修得した天才だったのである。きっと、彼はエジソンのような天才であり、学校が彼になじまなかっただけのことである。
しかし、連邦政府は結婚まで統制しようとするのである。現在も州の同性愛結婚の禁止を奨励するような法案を議会は通すし、ブッシュは結婚条項を憲法に組み込もうとしているのだ。かつて連邦政府は、モルモン教徒が自分たちの結婚のシステムを自由に採用できる土地を目指してユタを開拓したのにも関わらず、連邦政府は軍隊を持って、そのライフスタイルを弾圧した。そして現在も同性愛結婚を弾圧しようとしているのだ。
しかし、私は結婚自体を廃止するべきだと思う。ドメスチック・パートナー制度への完全移行であり、そうすれば、セクシュアリティーの独占を阻止することができるのだ。結婚によるセクシュアリティーの独占、それを排除することが、私の悲願である。だからこそ、結婚を廃止し、結婚の財産の権利はドメスチックパートナー制度に受け継がれればいいのである。もはや、結婚というものは、過去の神話となっているであろう。ジョーゼフ・スミスはイエスが定めた一夫一妻制の原則を打破した。そういう意味では、彼はキリスト教における改革者であった。そして男に不特定多数の妻を認めた。しかし、妻は多数の男を夫にできなかった。それが不公平であった。だが、もし彼が生きていたならば、妻にも多数の男性を夫にできる権利を与えていたであろう。そうすれば、結婚自体が破壊され,結婚は無意味なものとなり,モルモン教がはじめて人々を結婚という束縛から解放した宗教となっていたことだろうに。スミスの死はあまりにも早すぎた。妻の苦情にも耳を傾け、教義を変更するような男だったのだから、これが正しいと思ったらすぐに行動に移す行動派であったのだから、つねに改革の精神を持っていた。だが、モルモンは体制側となってしまい、あのときの反抗者としての、アメリカ人としての独立精神を忘れてしまった。「知恵の言葉」を教義の中心に添えたのは持ちがいであった。それを厳守しなければ、高級幹部に昇格できないというのは、あまりにも強権的である。
「アメリカに蔓延る二大悪は、奴隷制度と多重婚」
とし、もちろん多重婚はモルモン教徒を指したので、政府はユタ領に対して軍隊を派遣し,そこでユタ戦争が起きた。そして、ユタ軍は敗北し、ブリガム・ヤングは知事の座を奪われ、連邦政府が用意した政治家が知事となった。まあ、本当の戦争の理由はユタ領に金銀の鉱脈があったということなのだが、いわゆる口実を使って、ユタを支配化に置いたのである。まるで、現在でも、石油のためにイラクに侵攻したように。口実はなんでもよかったのだ。そしてユタは分断され,ネヴァダとコロラドが、ユタ領から分離された。そして、モルモン教徒はかたくなにも多重婚を捨てなかったので、州に昇格することはなかった。州に昇格する条件として、モルモンのアイデンティティーでもあった多重婚を廃止しなければならなかったのだ。
モルモン教徒はアイデンティティークライシスに陥った。そして、新たに出てきたのが,知恵の言葉というものであった。これは、スミスが噛みタバコを床に吐き捨てたのを、彼の妻が気持ち悪がったのが発端となり、神が「知恵の言葉」をスミスに与えたというものである。それは、あくまでも、推薦であり、強制ではなかった。なぜなら、スミスが「知恵の言葉」を授かった時は、多重婚がモルモン教徒のアイデンティティーだったからである。それにスミス自身,ニコチン中毒であったため、噛みタバコをやめることはできなかったし、ブリガム・ヤングも結局はやめることができなかった。「多重婚と言えば、モルモン教」だったのだ。しかし、彼らはアイデンティティーを失ったため、つまり他の新興宗教との差別化が否定されたので、また新たな差別化が求められたのである。彼らをモルモンたらしめるもの、それが「知恵の言葉」となったのである。
「知恵の言葉」は、タバコ、酒、カフェイン飲料、マリファナ、また肉食を食べないように促している。だから、この戒律がモルモンのアイデンティティーとなったのである。また、当時の禁酒運動と重なったため、この「知恵の言葉」がモルモンを再びアメリカ社会に溶け込むための起爆剤となったのも確かである。かつての南北戦争前の連邦政府のモットーは「二大悪は奴隷制度と多重婚」であったが、第一次大戦のときのフェミニストのモットーは「二大悪は酒と売春」となり、モルモンもその運動に加担し、社会から少年された。厳しい戒律と社会の承認、それらがマッチして、聖餐式でも、アルコールを使わなくなった。それらは、モルモンを体制側にしてしまったのである。今までは、多重婚で連邦政府に反抗し、反抗者として歴史に登場したが、とうとうモルモンも連邦政府と清教徒倫理の圧力に屈してしまったのである。それが、この「知恵の言葉」であったのだ。私は色々なモルモンの宣教師と話してきたが、彼らはみな肉を食べていた。「知恵の言葉」を守ることがモルモンとしてのつとめとされているのだが、本当に「知恵の言葉」を厳守しているのであれば、モルモンは皆ヴェジタリアンなはずである。やはり、牛肉を食べないというのは、牛肉文化のアメリカそのものを否定することになるので、モルモンもそういう面ではリアリストというわけであったのだ。しかし、彼らが連邦政府と当時のクリスチャンフェミニストに順応してしまったのは、とても残念である。
もし、ジョーゼフ・スミスが殺されずに生きていたならば、男性だけが妻を何人もめとることができるのは不公平として、今度は女性にも多数の夫を持てることに教義を改革していたことであろう。つまり男女平等に不特定多数の配偶者を設けることができるように改革していたであろう。彼は天才だった。小学3年の教育しか受けていないが、間違いなく言語の天才であった。そう、今で言えば、ノーム・チョムスキーのような天才か。アラブ語やヘブライ語などには精通しており、短い期間で多数の言語をマスターしてしまったのだろう。聖徳太子も空海も、言語の能力にはずば抜けていたというし,間違いなくスミスもそのようなルネサンス的な天才だったのだろう。だが、モルモン教徒は、スミスは勉強せずに突然言語を理解するようになったと言っているが、それは誇張か神話である。なにも学ばずして、知覚できるわけがない。脳科学の常識からいって、そんなのはデタラメである。彼は、実際は言語の天才だったのだ。そして、短期間のうちに多数の言語を修得した天才だったのである。きっと、彼はエジソンのような天才であり、学校が彼になじまなかっただけのことである。
しかし、連邦政府は結婚まで統制しようとするのである。現在も州の同性愛結婚の禁止を奨励するような法案を議会は通すし、ブッシュは結婚条項を憲法に組み込もうとしているのだ。かつて連邦政府は、モルモン教徒が自分たちの結婚のシステムを自由に採用できる土地を目指してユタを開拓したのにも関わらず、連邦政府は軍隊を持って、そのライフスタイルを弾圧した。そして現在も同性愛結婚を弾圧しようとしているのだ。
しかし、私は結婚自体を廃止するべきだと思う。ドメスチック・パートナー制度への完全移行であり、そうすれば、セクシュアリティーの独占を阻止することができるのだ。結婚によるセクシュアリティーの独占、それを排除することが、私の悲願である。だからこそ、結婚を廃止し、結婚の財産の権利はドメスチックパートナー制度に受け継がれればいいのである。もはや、結婚というものは、過去の神話となっているであろう。ジョーゼフ・スミスはイエスが定めた一夫一妻制の原則を打破した。そういう意味では、彼はキリスト教における改革者であった。そして男に不特定多数の妻を認めた。しかし、妻は多数の男を夫にできなかった。それが不公平であった。だが、もし彼が生きていたならば、妻にも多数の男性を夫にできる権利を与えていたであろう。そうすれば、結婚自体が破壊され,結婚は無意味なものとなり,モルモン教がはじめて人々を結婚という束縛から解放した宗教となっていたことだろうに。スミスの死はあまりにも早すぎた。妻の苦情にも耳を傾け、教義を変更するような男だったのだから、これが正しいと思ったらすぐに行動に移す行動派であったのだから、つねに改革の精神を持っていた。だが、モルモンは体制側となってしまい、あのときの反抗者としての、アメリカ人としての独立精神を忘れてしまった。「知恵の言葉」を教義の中心に添えたのは持ちがいであった。それを厳守しなければ、高級幹部に昇格できないというのは、あまりにも強権的である。
BBCのウェブサイトに行くと、イタリアでは50万人から150万人以上もの規模のシビル・ユニオンに対する抗議集会が行われたと記事があった。シビル・ユニオン(Civil Union)とは、同棲カップルに結婚カップルと同じ法的権利を与えようというものである。そして、シビル・ユニオンはホモセクリュサルの同棲カップルにも適応されるというもので、カトリック総本山であるバチカンを始め、多くのイタリア人が不快感をあらわした。私は、浮気民族で知られるイタリア人のことだから、イタリア人の気質はリベラルであり、とくに性に関してはとてもおおらかだと思っていたから、このニュースはある意味でとてもショックであった。ここまで多くのイタリア人が同性愛カップルの権利獲得に反対だったとは、あきれてしまった。小泉の親友であったベルルスコー二という右翼政治家が首相をやめてから、ロマノ・プロディが首相になり、やっとゲイとレズビアンの権利に焦点が当てられた政策が実現されると思いきや、ローマ教会が猛抗議し、イタリア人は未だに精神を教皇に支配されているという現実を目の当たりにし、驚天動地である。まあ、イタリアの首都にローマ教会の総本山があるのだから、無理もないか。
イタリアの右翼もマフィアが多く、日本の多くの右翼団体が暴力団というのと同じで、そういう人権を無視した犯罪集団が精神的な首長の教皇や天皇に対して異常なまでの妄信的な忠誠心を持っているのは、実に皮肉である。彼らは自分の犯罪者としての存在が、教皇や天皇に最も反逆していることに気付いていないのだ。もし、本当に精神的首長に忠誠を誓ってりるのであれば、皆自殺しているであろう。それこそ、彼らの忠誠心が偽りのない正真正銘のものである、ということだ。人を殺さず自分を殺し、殉死に徹する。自分が犯罪者であることを自覚し、犯罪は天皇に対する大逆であり、陛下の御心に背いた大罪なので、彼らの自殺を奨励する。彼らが御前で、「暴力団をやってます」と言えるだろうか。御前に出たら、彼らは絶対に自分の存在価値を失うはずである。だったら、カトリック教徒、もしくは皇民の治安と平和のために自害するしか道はないであろう。そうすれば、絶対にイタリアや日本の治安は良くなる。治安を犯すものが、教皇や天皇に対する反逆であることがわかっていないのだ。しかし、そのようなふざけた犯罪組織の言説が未だにイタリアを蔓延っているとは、ロマノ・プロディにぜひ犯罪組織の撲滅を期待したい。
そもそも、だいたいムッソリーニが教皇に国家を持たせたのが、大間違いだったのだ。これでは、イスラムのテロ国家に、
「ヨーロッパにはバチカンという宗教国家があるのに、ヨーロッパ社会がイスラム国家に世俗化を迫るとは、どういうことだ」
と矛盾点を指摘されてしまい、イスラム文化国の民主化政策は正当化できない。だから、ムッソリーニは宗教票に鈍感となり、ローマ教会そのものの影響力を潰すべきであった。マフィアを国外追放したのは評価できるが(そのために、アメリカがマフィアの巣窟になってしまったのもあるが)、教会の支持を得ようとしたところは誤算であった。それは、ムッソリーニの最も大きな功罪の一つであろう。しかし、このドイツの教皇はとても喧嘩好きのように見える。ここまで政治に口出しをする教皇だったとは、まるでイランのアーヤットーラのようである。ムッソリーニはバチカンを作るべきではなかった。ニーチェは神は死んだと言っていたが、結婚制度を見る限り、というか結婚制度で神が死んだかどうかを判断するのだから、神は死んでいないのである。たとえ死んだとしても、自縛霊として、人々のセクシュアリティーを呪縛しているのである。その自縛霊を操っているのが、「ポンティフェクス・マクシムス」というローマ皇帝の称号と権威を持った教皇なのである。だから、英語で教皇のことを「ポンティフ(Pontiff)」と呼ぶのである。だから、ムッソリーニも「ローマ帝国の栄光の回復」を掲げていたから、教皇の地位をローマ帝国の権威として保証したのであろう。馬鹿なことをしたものである。それによって、どれだけゲイとレズビアンの権利が踏みにじられていることであろうか。




イタリアの右翼もマフィアが多く、日本の多くの右翼団体が暴力団というのと同じで、そういう人権を無視した犯罪集団が精神的な首長の教皇や天皇に対して異常なまでの妄信的な忠誠心を持っているのは、実に皮肉である。彼らは自分の犯罪者としての存在が、教皇や天皇に最も反逆していることに気付いていないのだ。もし、本当に精神的首長に忠誠を誓ってりるのであれば、皆自殺しているであろう。それこそ、彼らの忠誠心が偽りのない正真正銘のものである、ということだ。人を殺さず自分を殺し、殉死に徹する。自分が犯罪者であることを自覚し、犯罪は天皇に対する大逆であり、陛下の御心に背いた大罪なので、彼らの自殺を奨励する。彼らが御前で、「暴力団をやってます」と言えるだろうか。御前に出たら、彼らは絶対に自分の存在価値を失うはずである。だったら、カトリック教徒、もしくは皇民の治安と平和のために自害するしか道はないであろう。そうすれば、絶対にイタリアや日本の治安は良くなる。治安を犯すものが、教皇や天皇に対する反逆であることがわかっていないのだ。しかし、そのようなふざけた犯罪組織の言説が未だにイタリアを蔓延っているとは、ロマノ・プロディにぜひ犯罪組織の撲滅を期待したい。
そもそも、だいたいムッソリーニが教皇に国家を持たせたのが、大間違いだったのだ。これでは、イスラムのテロ国家に、
「ヨーロッパにはバチカンという宗教国家があるのに、ヨーロッパ社会がイスラム国家に世俗化を迫るとは、どういうことだ」
と矛盾点を指摘されてしまい、イスラム文化国の民主化政策は正当化できない。だから、ムッソリーニは宗教票に鈍感となり、ローマ教会そのものの影響力を潰すべきであった。マフィアを国外追放したのは評価できるが(そのために、アメリカがマフィアの巣窟になってしまったのもあるが)、教会の支持を得ようとしたところは誤算であった。それは、ムッソリーニの最も大きな功罪の一つであろう。しかし、このドイツの教皇はとても喧嘩好きのように見える。ここまで政治に口出しをする教皇だったとは、まるでイランのアーヤットーラのようである。ムッソリーニはバチカンを作るべきではなかった。ニーチェは神は死んだと言っていたが、結婚制度を見る限り、というか結婚制度で神が死んだかどうかを判断するのだから、神は死んでいないのである。たとえ死んだとしても、自縛霊として、人々のセクシュアリティーを呪縛しているのである。その自縛霊を操っているのが、「ポンティフェクス・マクシムス」というローマ皇帝の称号と権威を持った教皇なのである。だから、英語で教皇のことを「ポンティフ(Pontiff)」と呼ぶのである。だから、ムッソリーニも「ローマ帝国の栄光の回復」を掲げていたから、教皇の地位をローマ帝国の権威として保証したのであろう。馬鹿なことをしたものである。それによって、どれだけゲイとレズビアンの権利が踏みにじられていることであろうか。



「雄犬も歩けば棒に当たる」ということわざはよく耳にするが、「雌犬も歩けば棒に刺さる」という言葉は聞かないのはなぜだろうか。男はいつも女性を追っかけては、ボーイフレンドや夫の棒に当たってしまう。そう、夫のピーナスが彼女を独占しているのだ。いつも私の前に立ちはばかるピーナス。これは許しがたいことだ。それは、男だけが歩く社会であり、女は歩くことができない社会だからである。そう、清朝中国では纏足という女性の足の成長を強制的に止めて、歩けないようにさせていた風習さえあったのである。だれが最も結婚に適した女性であるかは、纏足によって決まったのである。そう、家の外に逃げることのできない女性。つまり歩けない、自立できない女性である。セクシュアリティーは夫に独占されていたのである。それで女の価値が決まったのだ。そう、結婚とは纏足制度なのである。しかも、当の夫は側室や妾や愛人など、夫のセクシュアリティーの自由はあったのにもかかわらずだ。
しかし、そのようなシステムでは,女性とエクササイズするために歩こうとも、男は棒に当たってしまうのである。一夫一妻制でも、そうだ。そして、女性は歩くことはないので、棒に刺さることはないのだ。だから、女性も歩き出さなければならない。結婚の言説を捨てて、歩き出さなければならないのだ。結婚、もしくは準結婚の恋愛がなければセックスしてはいけないという道徳心、それは長らく宗教が植えつけた洗脳の結果である。とくに、イエス、マホメッドの言説が世界の女性のセクシュアリティを縛ってしまった。イランのイスラム社会で浮気をすれば、石打の刑で殺される。アメリカでは石打とまではいかないが、そのようなふざけた言説をベースにそのような法と道徳を自由の国アメリカの民までもが、厳守しているとは、不条理だ。アメリカはいかに自由であるかということを、セクシュアリティーの謳歌によって、不自由な社会の後進国から差別化しなければならない。結婚というものは男が作ったのだ。ヤハウェーという男が作ったのである。それが世界の結婚の主流である。しかし、同性愛結婚はヤハウェーの結婚ではない。だから、清教徒社会であるアメリカの議会は、同性愛結婚を弾圧しようとするのである。
デニス・クシニッチの演説を大学のホールに見に行ったときは、それこそ私は熱狂した。彼が独身だったということもあり、同じ独身として、セクシュアリティーを謳歌できる自由な身分として、彼を心から応援していた。また、彼は同性愛結婚に賛成であった。しかし、彼はあろうことに『指輪物語』のエルフのような美しいイギリス人女性を独占してしまったのだ。スピリチュアリティーに秀でたクシニッチが結婚してしまうとは。スピリチュアルは人をセクシュアル、またはエロチックにするというが、私もとてもエロチックなので、スピリチュアルなのである。しかし、ヨーロッパはスピリチュアリティーをキリスト教に改宗してから失ってしまった。「快楽は敵」という言説がまかり通り、セックスは弾圧されたのである。よって多くの古代ヨーロッパ文化は19世紀後半になるまで、復活しなかったのである。
ジョーゼフ・スミスは清教徒の言説の中で、多重婚を認めた大胆な預言者であった。しかし、そのために彼は、イエスの敷いた一夫一妻制に洗脳された怒り狂った群衆に殺されてしまったのだ。しかし、スミスの多重婚は不平等であり、男だけが多数の妻を娶るというものであった。だが、彼が生きていれば、女性も多数の夫を得ることができるようになっていたであろう。それこそ男女平等である。そうなれば、私はモルモンとなっていたであろうに。そうすれば、エリザベスもデニスだけでなく私を夫にしてくれる可能性もあったはずである。私も彼女と同じくらいスピリチュアルなのだから。そう、デニスと私を彼女は共有するというすばらしい制度になっていたのである。そうなれば、男女、だれがだれの配偶者かわからなくなり、結婚制度自体がメルトダウンするのである。連邦最高裁判所が2003年にローレンス対テキサス州で、全の州のホモセクシュアル・セックスを合法化する判決を下したのだが、スカリア判事は、それに異議を唱えた。彼の反対の理由は,
「このままだと同性愛結婚も認められ、多重婚まで認められてしまい、結婚そのものまでもが崩壊してしまう。だから、どこでそれを止めればいいのだ」
というものであったという。そう、だから私は同性愛結婚に大賛成なのだ。そうすれば、これまでキリスト教が定めてきた結婚という定義を根底から覆すことになるし、最終的には結婚制度自体が意味をなさないものになり、結婚は崩壊するのである。それこそ、キリスト教の神を除霊することになるのである。結婚メルトダウンへの最初のステップが同性愛結婚の合法化である。そして人々は政府と宗教によるセクシュアリティーの弾圧から解放され、自由を勝ち取ることができるのだ。そう、自由の女神が我々を導くのである。そしてスミスがスゴい所は、19世紀に、すでに結婚制度を破壊するようなことをやり始めた先駆者であったことである。いつの日かアメリカの結婚廃止が実現した日には、スミスはマリッジ・アボリショニズム・パイオニアとして、人々の記憶に刻み込まれるであろう。だから、私はスミスをアメリカン・ヒーローの一人として尊敬しているのだ。
ゲーテの若きウェルテルは結婚の言説によって自殺してしまった。そう、人妻に恋をしてしまい、しかし彼女は結婚に縛り付けられていたので、ウェルテルは死に追い込まれのである。結婚は幸せというのは、幻想だ。結婚は死なのである。青春の死である。結婚は死をもたらすのだ。スピリチュアル・デスが結婚なのである。私も人妻に恋をして死にそうになった。友人すら私を助けることはできなかった。その苦悩は極限までに達し、死のうと思った。だが、私に再び生きることを勇気づけたのも人妻であった。また、私がいいなと思う女性も人妻である。また彼女の一つのバナナが私を救ってくれた。まあ、その話は後でで詳しく述べるとして。というか、私の周りはいつの間にか人妻だらけとなった。そんななかで、どうやって恋をすればいいのだろうか。死にたくない。私を死から守る方法は,結婚制度の崩壊しかないのである。永遠に若く生きたい私に、結婚は脅威なのである。ニーチェもワグナーの妻コジーマに恋をしていた。私もロッテというミュージシャンの妻に恋をしてしまった。そして、私は発狂どころか、自殺しそうになった。すべては結婚が悪い。このような邪悪なシステムを作ったのはイエスだ。とくに一夫一妻制という独占的で排他的な関係を作ってしまったのが、彼の最も重い罪である。そのために、どんだけの青年の命が奪われたことか。キリスト教で異端邪説とされたグノーシス主義は、この世を作った神はデミウルゴスといい、邪神だという。ならば、この世のマトリックスである結婚が邪悪なのは当然理解できるのだ。そう、邪悪としか思えない制度に他ならないのである。こうなれば道はただ一つ、結婚廃止である。小泉は郵政改革が全てを改革すると信じていた。私は、結婚廃止こそが、セクシュアリティーを解放し、人々がよりスピリチュアルになり、この物質主義消費社会から民衆を解放すると信じている。だから結婚を破壊することによって、女性は再び自分の足で歩くことができるのだ。
女性の一歩は見た目は小さなステップだが、人類にとっては偉大なるステップになるのである。それこそ女性解放というものである。
真のウーマン・リブだ!
しかし、そのようなシステムでは,女性とエクササイズするために歩こうとも、男は棒に当たってしまうのである。一夫一妻制でも、そうだ。そして、女性は歩くことはないので、棒に刺さることはないのだ。だから、女性も歩き出さなければならない。結婚の言説を捨てて、歩き出さなければならないのだ。結婚、もしくは準結婚の恋愛がなければセックスしてはいけないという道徳心、それは長らく宗教が植えつけた洗脳の結果である。とくに、イエス、マホメッドの言説が世界の女性のセクシュアリティを縛ってしまった。イランのイスラム社会で浮気をすれば、石打の刑で殺される。アメリカでは石打とまではいかないが、そのようなふざけた言説をベースにそのような法と道徳を自由の国アメリカの民までもが、厳守しているとは、不条理だ。アメリカはいかに自由であるかということを、セクシュアリティーの謳歌によって、不自由な社会の後進国から差別化しなければならない。結婚というものは男が作ったのだ。ヤハウェーという男が作ったのである。それが世界の結婚の主流である。しかし、同性愛結婚はヤハウェーの結婚ではない。だから、清教徒社会であるアメリカの議会は、同性愛結婚を弾圧しようとするのである。
デニス・クシニッチの演説を大学のホールに見に行ったときは、それこそ私は熱狂した。彼が独身だったということもあり、同じ独身として、セクシュアリティーを謳歌できる自由な身分として、彼を心から応援していた。また、彼は同性愛結婚に賛成であった。しかし、彼はあろうことに『指輪物語』のエルフのような美しいイギリス人女性を独占してしまったのだ。スピリチュアリティーに秀でたクシニッチが結婚してしまうとは。スピリチュアルは人をセクシュアル、またはエロチックにするというが、私もとてもエロチックなので、スピリチュアルなのである。しかし、ヨーロッパはスピリチュアリティーをキリスト教に改宗してから失ってしまった。「快楽は敵」という言説がまかり通り、セックスは弾圧されたのである。よって多くの古代ヨーロッパ文化は19世紀後半になるまで、復活しなかったのである。
ジョーゼフ・スミスは清教徒の言説の中で、多重婚を認めた大胆な預言者であった。しかし、そのために彼は、イエスの敷いた一夫一妻制に洗脳された怒り狂った群衆に殺されてしまったのだ。しかし、スミスの多重婚は不平等であり、男だけが多数の妻を娶るというものであった。だが、彼が生きていれば、女性も多数の夫を得ることができるようになっていたであろう。それこそ男女平等である。そうなれば、私はモルモンとなっていたであろうに。そうすれば、エリザベスもデニスだけでなく私を夫にしてくれる可能性もあったはずである。私も彼女と同じくらいスピリチュアルなのだから。そう、デニスと私を彼女は共有するというすばらしい制度になっていたのである。そうなれば、男女、だれがだれの配偶者かわからなくなり、結婚制度自体がメルトダウンするのである。連邦最高裁判所が2003年にローレンス対テキサス州で、全の州のホモセクシュアル・セックスを合法化する判決を下したのだが、スカリア判事は、それに異議を唱えた。彼の反対の理由は,
「このままだと同性愛結婚も認められ、多重婚まで認められてしまい、結婚そのものまでもが崩壊してしまう。だから、どこでそれを止めればいいのだ」
というものであったという。そう、だから私は同性愛結婚に大賛成なのだ。そうすれば、これまでキリスト教が定めてきた結婚という定義を根底から覆すことになるし、最終的には結婚制度自体が意味をなさないものになり、結婚は崩壊するのである。それこそ、キリスト教の神を除霊することになるのである。結婚メルトダウンへの最初のステップが同性愛結婚の合法化である。そして人々は政府と宗教によるセクシュアリティーの弾圧から解放され、自由を勝ち取ることができるのだ。そう、自由の女神が我々を導くのである。そしてスミスがスゴい所は、19世紀に、すでに結婚制度を破壊するようなことをやり始めた先駆者であったことである。いつの日かアメリカの結婚廃止が実現した日には、スミスはマリッジ・アボリショニズム・パイオニアとして、人々の記憶に刻み込まれるであろう。だから、私はスミスをアメリカン・ヒーローの一人として尊敬しているのだ。
ゲーテの若きウェルテルは結婚の言説によって自殺してしまった。そう、人妻に恋をしてしまい、しかし彼女は結婚に縛り付けられていたので、ウェルテルは死に追い込まれのである。結婚は幸せというのは、幻想だ。結婚は死なのである。青春の死である。結婚は死をもたらすのだ。スピリチュアル・デスが結婚なのである。私も人妻に恋をして死にそうになった。友人すら私を助けることはできなかった。その苦悩は極限までに達し、死のうと思った。だが、私に再び生きることを勇気づけたのも人妻であった。また、私がいいなと思う女性も人妻である。また彼女の一つのバナナが私を救ってくれた。まあ、その話は後でで詳しく述べるとして。というか、私の周りはいつの間にか人妻だらけとなった。そんななかで、どうやって恋をすればいいのだろうか。死にたくない。私を死から守る方法は,結婚制度の崩壊しかないのである。永遠に若く生きたい私に、結婚は脅威なのである。ニーチェもワグナーの妻コジーマに恋をしていた。私もロッテというミュージシャンの妻に恋をしてしまった。そして、私は発狂どころか、自殺しそうになった。すべては結婚が悪い。このような邪悪なシステムを作ったのはイエスだ。とくに一夫一妻制という独占的で排他的な関係を作ってしまったのが、彼の最も重い罪である。そのために、どんだけの青年の命が奪われたことか。キリスト教で異端邪説とされたグノーシス主義は、この世を作った神はデミウルゴスといい、邪神だという。ならば、この世のマトリックスである結婚が邪悪なのは当然理解できるのだ。そう、邪悪としか思えない制度に他ならないのである。こうなれば道はただ一つ、結婚廃止である。小泉は郵政改革が全てを改革すると信じていた。私は、結婚廃止こそが、セクシュアリティーを解放し、人々がよりスピリチュアルになり、この物質主義消費社会から民衆を解放すると信じている。だから結婚を破壊することによって、女性は再び自分の足で歩くことができるのだ。
女性の一歩は見た目は小さなステップだが、人類にとっては偉大なるステップになるのである。それこそ女性解放というものである。
真のウーマン・リブだ!
この選挙でいかにフランス人が愚民であるかがわかった。ロワイヤル候補を大統領に選出しなかったフランス人は、まさしく愚か者である。私が女性大統領の誕生をどれほど願ったことか。それに、フランスもヨーロッパの中ではかなり保守的な国であることも確かだ。だったら、若いカップルの三分の一が結婚しないのはわかる。また、新生児の30%以上が婚外児なのだから。ロワイヤルはPACSの推進者であったし、女性権利とホモセクシャルの権利拡張に貢献してきた。だから、彼女が大統領になれば、フランスは男性至上主義から完全に抜け出せると思っていたのだ。しかし、フランスは愚民だらけだったわけだ。私はフランスに憧れ、というかフランス女性に憧れて、フランスに移住したかったのだが、「女はすぐに理性を失う」という保守系のプロパガンダによって、女性は大統領に不向きという宣伝が浸透し、ロワイヤルは敗北してしまった。しかし、投票率が85%で、40%以上の投票数を得たとは、これは将来望みのあることである。フランスは生まれ変われなかったが、次の大統領選では、女性になることであろう。メルケルがドイツの宰相になったのだし、イギリスではサッチャーが首相になったのだし、今度はフランスが女性大統領を輩出するかと思っていた。ウクライナでさえ、女性首相が選出されたのだから。そうだ、ロワイヤルは大統領選に敗北したのだから、今度は首相になればいいのだ。しかし、フランスは南に行くと、かなり保守になり、その勢力がロワイヤルに不利の状況を作ったのだろう。南フランスはムスリム移民が多いし、それで南部に行けば行くほど、保守的となり、排他的となるのだ。まるで、アメリカだ。アメリカの南部も、保守系の温床であり、キリスト教原理主義者の温床である。そう、キリスト式テロリズムといってもよかっただろうか。とくにKKKなど、そうである。
しかし、ロワイヤルはサブカルチャー層の支持を得られなかったのが、最大の欠点であった。彼女は容赦なく、日本アニメや漫画の性描写を攻撃した。それは、かつてゴアが音楽アーティストをすべて敵にまわしたようなものであり、そのようなサブカルチャー票が、ラルフ・ネーダーに流れてしまったのが、ゴアの仇となった。だから、ロワイヤルは急増するアニメオタクの心をとらえるどころか、離散させてしまったのである。そう、選挙というものは1%以下の投票率が左右するのだ。やはり厳しいというイメージは仇となる。ヒラリーにもそんなところがあるので、とても懸念している。1984の宣伝でヒラリーが独裁者と風刺されていたが、それがなにか合ってしまうのである。しかし、オバマは積極的にマイノリティーの多い地域に乗り込んでいき、
「私も大麻をやってましたし、色々なドラッグを試しました」
と公言するので、それはサブカルチャーの支持を大いに得ることであろう。デニス・クシニッチはサブカルチャーの票を間違いなく集めるが、しかし、民主党選挙ではオバマかヒラリーかのどちらかになり、それらにサブカルチャーの票が行くことであろう。今回はラルフ・ネーダーのようなリベラルが民主党の外ではなく、民主党内のクシニッチから出たので、民主党も安心なわけである。大統領選挙当日は、サブカルチャーの票を失うことがないからである。オバマの「ドラッグ時代」も、よく演出されたもだと思う。ゴアが大統領候補だったときには、もうゴアが民主党の候補と事実上選出されていたので、国民には民主党の候補を選ぶ選択権がなかった。だから、ネーダーに票が流れてしまったのだ。それにゴアの副大統領候補だったリバーマンはマリリン・マンソンをはじめ、徹底的にアーティストたちを糾弾した。そのゴアのパートナー選びは、まさに失敗であった。表現の自由を弾圧する人間で周りを固めてしまったのがゴアの仇となったのだ。だから、サブカルチャー票を失い、ゴアは敗北した。まあ、投票率ではブッシュに勝ったのだが、サブカルチャー票があれば、ネーダーにスポイルされることはなかったのである。ロワイヤルも、芸術を愛するフランス人の気質からして、強権的な発言を繰り返したことが、今回の敗北の原因の一つと思われるのだ。もっと麻生太郎のようなしたたかさを彼女に持って欲しいものである。こうなったらもはやヒラリーに望みを託すしかない。フランスでは女性大統領の誕生が実現しなかったのなら、今度はアメリカだ。やはりアメリカが変われば世界は変わるであろう。超大国の大統領が女だから神聖な場所に入れさせないという外交待遇をブッ潰すことができるからだ。そうすることで、世界に温床する女性差別をヒラリーが超大国の力でねじ伏せて、ブッ潰してくれればいいとおもう。日本の相撲協会の女性を土俵にあがらせないという腐った伝統、もしアメリカ大統領が土俵に上がれないとなると、それはアメリカに対する侮辱である。そうなれば、もはやそんな伝統を捨てざるを得ないだろう。ヒラリーならやってくれそうである。あの人は強い女性であるのだから。いくらイスラム社会でも、アメリカ大統領に強制的にベールをかぶせるわけにはいかないだろう。相手はアメリカ大統領だ、そんなことをしたら、どうなることか。アメリカの敵となることはどうしても避けたいはずであり、グローバルスタンダードに順応することであろう。間違っているものは叩き潰さなければならない。とくに男性至上主義という邪悪は。今回のフランス選挙でそれが実現しそうにないということを知り、非常に絶望的だ。フランスには絶望した。アメリカでも女性大統領が実現しなければ、この国を去るかもしれない。
しかし、ロワイヤルはサブカルチャー層の支持を得られなかったのが、最大の欠点であった。彼女は容赦なく、日本アニメや漫画の性描写を攻撃した。それは、かつてゴアが音楽アーティストをすべて敵にまわしたようなものであり、そのようなサブカルチャー票が、ラルフ・ネーダーに流れてしまったのが、ゴアの仇となった。だから、ロワイヤルは急増するアニメオタクの心をとらえるどころか、離散させてしまったのである。そう、選挙というものは1%以下の投票率が左右するのだ。やはり厳しいというイメージは仇となる。ヒラリーにもそんなところがあるので、とても懸念している。1984の宣伝でヒラリーが独裁者と風刺されていたが、それがなにか合ってしまうのである。しかし、オバマは積極的にマイノリティーの多い地域に乗り込んでいき、
「私も大麻をやってましたし、色々なドラッグを試しました」
と公言するので、それはサブカルチャーの支持を大いに得ることであろう。デニス・クシニッチはサブカルチャーの票を間違いなく集めるが、しかし、民主党選挙ではオバマかヒラリーかのどちらかになり、それらにサブカルチャーの票が行くことであろう。今回はラルフ・ネーダーのようなリベラルが民主党の外ではなく、民主党内のクシニッチから出たので、民主党も安心なわけである。大統領選挙当日は、サブカルチャーの票を失うことがないからである。オバマの「ドラッグ時代」も、よく演出されたもだと思う。ゴアが大統領候補だったときには、もうゴアが民主党の候補と事実上選出されていたので、国民には民主党の候補を選ぶ選択権がなかった。だから、ネーダーに票が流れてしまったのだ。それにゴアの副大統領候補だったリバーマンはマリリン・マンソンをはじめ、徹底的にアーティストたちを糾弾した。そのゴアのパートナー選びは、まさに失敗であった。表現の自由を弾圧する人間で周りを固めてしまったのがゴアの仇となったのだ。だから、サブカルチャー票を失い、ゴアは敗北した。まあ、投票率ではブッシュに勝ったのだが、サブカルチャー票があれば、ネーダーにスポイルされることはなかったのである。ロワイヤルも、芸術を愛するフランス人の気質からして、強権的な発言を繰り返したことが、今回の敗北の原因の一つと思われるのだ。もっと麻生太郎のようなしたたかさを彼女に持って欲しいものである。こうなったらもはやヒラリーに望みを託すしかない。フランスでは女性大統領の誕生が実現しなかったのなら、今度はアメリカだ。やはりアメリカが変われば世界は変わるであろう。超大国の大統領が女だから神聖な場所に入れさせないという外交待遇をブッ潰すことができるからだ。そうすることで、世界に温床する女性差別をヒラリーが超大国の力でねじ伏せて、ブッ潰してくれればいいとおもう。日本の相撲協会の女性を土俵にあがらせないという腐った伝統、もしアメリカ大統領が土俵に上がれないとなると、それはアメリカに対する侮辱である。そうなれば、もはやそんな伝統を捨てざるを得ないだろう。ヒラリーならやってくれそうである。あの人は強い女性であるのだから。いくらイスラム社会でも、アメリカ大統領に強制的にベールをかぶせるわけにはいかないだろう。相手はアメリカ大統領だ、そんなことをしたら、どうなることか。アメリカの敵となることはどうしても避けたいはずであり、グローバルスタンダードに順応することであろう。間違っているものは叩き潰さなければならない。とくに男性至上主義という邪悪は。今回のフランス選挙でそれが実現しそうにないということを知り、非常に絶望的だ。フランスには絶望した。アメリカでも女性大統領が実現しなければ、この国を去るかもしれない。
ノルウェーの皇太子はシングルマザーと結婚したという。つまりマザーたる子持ち女性との交際だし、ついに結婚したのである。しかし、それは、とても新鮮なものであった。
たしか世界まる見えでも紹介されていたと思うが、メッテ=マリット皇太子妃は、青春時代、麻薬常習犯とセックスして、妊娠してしまい、人工中絶もせず、私生児を生んでしまったという(まあ先進国を見回しても、とくにフランスでは実に三人に一人の新生児が私生児なので、「私生児」という表現は死につつあるが・・また世界でもっとも有名な私生児はイエスである。)。そんな過去を持つ彼女に対して、国民は歓迎せず、皇太子が婚約を発表した時は、王室の支持率が90%から60%までに低下したそうだ。もっともリベラルな国の一つだと思っていたのだが。しかし、メッテ=マリットが記者会見で過去のことを謝罪すると、国民の王室の支持率は80%までに回復したという。オバマは大麻やドラッグを試したことを公言したが、その事実を正々堂々と認めるという態度が多くの若者の共感を呼んだのである。過去にドラッグをやっていたということで大統領になる資格がなくなるということはなくなったのだ。ノルウェーでもドラッグをやっていたことのある人物が王室に嫁ぐということもできるようになったということだ。そしてもちろん、もっとも大きなことは、シングルマザーという女性であったということだ。
で、彼女と皇太子の間に新しい子どもが二人生まれ、イングリッド王女とスヴェール王子であり、このまま現皇太子が国王に戴冠すれば、イングリッド王女が皇太子となるのは確実である。そしてイングリッド王女が将来的に国王となり、女性君主がノルウェーに誕生することとなるのだ。
だからシングルマザーと結婚した皇太子は、かなり進んでいる。そして国民もそれを受け入れた。さすがは世界一リベラルな国の一つとされるノルウェーだけはある。だが、これで子持ちの女性とセックスするのに抵抗を感じていた私も、ようやく胸を撫で下ろし、マザーファッカーになろうとも、後ろめたい気分にならずに済むのである。長年あったマザーにたいする苦手意識を克服することができるのだ。苦手意識というか罪の意識というか、タブーを犯しているような道徳心が、私を苦しめていたのだ。しかし、私がマザーファッカーになろうと、これからは社会に対して堂々とできるのである。なにせノルウェーの皇太子がマザーファッカーなのだから。実に私にとっては力強いエヴァンゲリオン(福音)であった。
だがイングリッド王女はイギリス王の継承権も持っている。なぜなら、イギリス王室とノルウェー王室は親戚だからである。単純に言えば、イギリス王室の人間がすべて死ねば、ノルウェーの王がイギリス王になる可能性もあるということだ。つまり同君連合になりうるのだ。そして世界 16カ国の君主に同時に君臨することにもなるのだ。しかし、イギリス王室では男子が優先されるので、イングリッド王女は弟よりも継承権が後ということになるのだ。エリザベス女王には男の兄弟がいなかったので、国王になれたが、もし一人でも男が生まれていれば、その男が皇太子になっており、エリザベスは姉であっても国王になっていなかったのだ。だから、イギリス王室というのは男性至上主義的なのである。よって、イギリス王室もトニー・ブレアは改革しなければ行けない。そんなセクシストな王室など、21世紀、しかも先進国であるイギリスにあっていいものなのか。日本の皇室ももちろん性別に関係なく第一子を最優先させるべきなのだが、イギリスも男性優位の順位というふざけた伝統をブッ潰さなければならないのだ。人間平等という観点から、そのような王室は、存在しては行けないのだ。まあ、王室や皇室自体、基本的人権に反しているという観点から、廃止したらいいという主張が、君主を追い出して独立したアメリカには多いと思うが。
しかし、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』のように、ウェッテルは人妻と恋してしまい、それが破局したら自殺してしまった。だから、私はウェルテル病に冒され、「人妻、マザーファッカーになったら死ぬ運命」として悩み苦しんでいた。いつの間にか、私の周りの同年代の女性たちは妻となり母親となってしまったのだから、恋の対象がそういう女性になってしまったということだ。しかし、社会的道徳では、そういう女性たちに恋をしては行けないというのが言説である。とくに清教徒倫理の蔓延っているアメリカでは。それに女性が母親だと知ると、あの奇形な体になった妊婦になったわけであるから、想像するだけで、寒気がする。ブリトニーの妊娠時のヌード写真の女性雑誌の表紙になったときは度肝を抜かれた。あれは、本当に醜いものだった。まさか、あそこまで醜くなるとは、予想外だった。私の憧れの人が、一瞬にして瓦礫の山となってしまった。だから、妊婦の集まりなどを見ると、死屍累々といってもいいだろうか。私が青春時代に憧れていたヒーローが、あんな変形した体になってしまうなんて、とてもショックだった。それにスピルバーグ監督の『ミュンヘン』で妊婦とセックスするシーンがあったが、よくセックスできたものだと、とても不思議であった。なぜなら、妊婦はまるでカフカの『変身』のようなものだからである。それか、80年代のハリウッド映画の『ザ・フライ』であろうか。まあ、80年代の歌手の森高千里はそんな苦悩するハエ男をウザイとしか見ていなかったようだが。しかし、女性は出産すれば、またもとの姿に戻るので、『変身』の虫のように、あのままで死んでしまうことはないのだが。でも、やはり女性は子どもを作るときには変身するので、それに対する恐怖というものはある。いや、「畏れ」といったほうが適当であろうか。だから、私は生理的にも道徳的にも欲情できなかった。しかし、このノルウェー皇太子のマザーとの交際によって、私は光を見た。つまり子持ちの母親たる女性と交際していいのである。私の子持ち女性に対しての生理的嫌悪と道徳的罪悪感はこれで取り除かれることであろう。私はとうとう解放されたのだ。皇太子のシングルマザーとの交際は、どんなに私に希望の光を与えてくれたことか。そして彼が国王に即位すれば、マザーファッカー王となることは間違いなし。King of Mother-fucker. マザーファッカー万歳!
たしか世界まる見えでも紹介されていたと思うが、メッテ=マリット皇太子妃は、青春時代、麻薬常習犯とセックスして、妊娠してしまい、人工中絶もせず、私生児を生んでしまったという(まあ先進国を見回しても、とくにフランスでは実に三人に一人の新生児が私生児なので、「私生児」という表現は死につつあるが・・また世界でもっとも有名な私生児はイエスである。)。そんな過去を持つ彼女に対して、国民は歓迎せず、皇太子が婚約を発表した時は、王室の支持率が90%から60%までに低下したそうだ。もっともリベラルな国の一つだと思っていたのだが。しかし、メッテ=マリットが記者会見で過去のことを謝罪すると、国民の王室の支持率は80%までに回復したという。オバマは大麻やドラッグを試したことを公言したが、その事実を正々堂々と認めるという態度が多くの若者の共感を呼んだのである。過去にドラッグをやっていたということで大統領になる資格がなくなるということはなくなったのだ。ノルウェーでもドラッグをやっていたことのある人物が王室に嫁ぐということもできるようになったということだ。そしてもちろん、もっとも大きなことは、シングルマザーという女性であったということだ。
で、彼女と皇太子の間に新しい子どもが二人生まれ、イングリッド王女とスヴェール王子であり、このまま現皇太子が国王に戴冠すれば、イングリッド王女が皇太子となるのは確実である。そしてイングリッド王女が将来的に国王となり、女性君主がノルウェーに誕生することとなるのだ。
だからシングルマザーと結婚した皇太子は、かなり進んでいる。そして国民もそれを受け入れた。さすがは世界一リベラルな国の一つとされるノルウェーだけはある。だが、これで子持ちの女性とセックスするのに抵抗を感じていた私も、ようやく胸を撫で下ろし、マザーファッカーになろうとも、後ろめたい気分にならずに済むのである。長年あったマザーにたいする苦手意識を克服することができるのだ。苦手意識というか罪の意識というか、タブーを犯しているような道徳心が、私を苦しめていたのだ。しかし、私がマザーファッカーになろうと、これからは社会に対して堂々とできるのである。なにせノルウェーの皇太子がマザーファッカーなのだから。実に私にとっては力強いエヴァンゲリオン(福音)であった。
だがイングリッド王女はイギリス王の継承権も持っている。なぜなら、イギリス王室とノルウェー王室は親戚だからである。単純に言えば、イギリス王室の人間がすべて死ねば、ノルウェーの王がイギリス王になる可能性もあるということだ。つまり同君連合になりうるのだ。そして世界 16カ国の君主に同時に君臨することにもなるのだ。しかし、イギリス王室では男子が優先されるので、イングリッド王女は弟よりも継承権が後ということになるのだ。エリザベス女王には男の兄弟がいなかったので、国王になれたが、もし一人でも男が生まれていれば、その男が皇太子になっており、エリザベスは姉であっても国王になっていなかったのだ。だから、イギリス王室というのは男性至上主義的なのである。よって、イギリス王室もトニー・ブレアは改革しなければ行けない。そんなセクシストな王室など、21世紀、しかも先進国であるイギリスにあっていいものなのか。日本の皇室ももちろん性別に関係なく第一子を最優先させるべきなのだが、イギリスも男性優位の順位というふざけた伝統をブッ潰さなければならないのだ。人間平等という観点から、そのような王室は、存在しては行けないのだ。まあ、王室や皇室自体、基本的人権に反しているという観点から、廃止したらいいという主張が、君主を追い出して独立したアメリカには多いと思うが。
しかし、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』のように、ウェッテルは人妻と恋してしまい、それが破局したら自殺してしまった。だから、私はウェルテル病に冒され、「人妻、マザーファッカーになったら死ぬ運命」として悩み苦しんでいた。いつの間にか、私の周りの同年代の女性たちは妻となり母親となってしまったのだから、恋の対象がそういう女性になってしまったということだ。しかし、社会的道徳では、そういう女性たちに恋をしては行けないというのが言説である。とくに清教徒倫理の蔓延っているアメリカでは。それに女性が母親だと知ると、あの奇形な体になった妊婦になったわけであるから、想像するだけで、寒気がする。ブリトニーの妊娠時のヌード写真の女性雑誌の表紙になったときは度肝を抜かれた。あれは、本当に醜いものだった。まさか、あそこまで醜くなるとは、予想外だった。私の憧れの人が、一瞬にして瓦礫の山となってしまった。だから、妊婦の集まりなどを見ると、死屍累々といってもいいだろうか。私が青春時代に憧れていたヒーローが、あんな変形した体になってしまうなんて、とてもショックだった。それにスピルバーグ監督の『ミュンヘン』で妊婦とセックスするシーンがあったが、よくセックスできたものだと、とても不思議であった。なぜなら、妊婦はまるでカフカの『変身』のようなものだからである。それか、80年代のハリウッド映画の『ザ・フライ』であろうか。まあ、80年代の歌手の森高千里はそんな苦悩するハエ男をウザイとしか見ていなかったようだが。しかし、女性は出産すれば、またもとの姿に戻るので、『変身』の虫のように、あのままで死んでしまうことはないのだが。でも、やはり女性は子どもを作るときには変身するので、それに対する恐怖というものはある。いや、「畏れ」といったほうが適当であろうか。だから、私は生理的にも道徳的にも欲情できなかった。しかし、このノルウェー皇太子のマザーとの交際によって、私は光を見た。つまり子持ちの母親たる女性と交際していいのである。私の子持ち女性に対しての生理的嫌悪と道徳的罪悪感はこれで取り除かれることであろう。私はとうとう解放されたのだ。皇太子のシングルマザーとの交際は、どんなに私に希望の光を与えてくれたことか。そして彼が国王に即位すれば、マザーファッカー王となることは間違いなし。King of Mother-fucker. マザーファッカー万歳!
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