NAFTAでのキモヲタのソナタ
ロッテについて話そう。というより、告白であるが。ロッテとは野球ではなくて、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』のヒロインである。ウェルテルが愛した人妻の名前なのである。実を言うと、私も人妻に恋をしたことがある。その子の実名を出せないが、まあ、ロッテということにしておこう。本当はCさんなのだが。まあ、ロッテでも通じるんだし、通称ロッテということで。

私はかつてオクラホマの映画館で働いていた時があった。若い可愛い女の子の客が来ては電話番号を聞き出そうと言い寄っていたが、全て撃沈に終わった。そんな中、新しいアルバイトの子が入ってきた。その子の名前はロッテといった。長いブルーネットの髪に美形の容姿、そう、ジュリア・ロバーツのようだと評価されていたくらい。身長は私より数センチ高かったし、アメリカ人女性にしてはかなり痩せていたと思うが、まあ魅力的であったことには変わりはなかった。だから私の男の同僚は全て一斉に彼女の美貌を称賛した。しかし、彼女の左手薬指には黄金の指輪が輝いていた。しかし、それが結婚指輪かどうかわからなかった。同僚の男子は、
「ああ、ゲームオーバーだ。ロッテはすでに取られてやがる、ちくしょう」
と皆がっかりした。しかし、私は信じられなかった、男たちが流言飛語を植えつけて情報かく乱をしようとする魂胆かと思ったからだ、彼女の口から直接聞かされるまでは。私もショックを受けてしばらく口がきけなかったが、なんとかして冷静さを保つことに専念した。そして色々と会話を進めてみた。すると、彼女が素晴らしい女性であるということに気付いた。

ロッテはスウェーデンで生まれたという。つまり移民なのである。小学二年で、父親の仕事の関係でアメリカに移ってきたという。そして市民権を得て、立派なアメリカ人となったのだ。しかし、彼女のアメリカ英語は完璧であり、また白人なので、完全にアメリカ社会に溶け込むことができたという。やはり、言語は小さいうちから学べばマスターする効率も高くなるということか。私も高校生のうちに渡米するべきだった。そうすれば、このような奇妙な日本語アクセントが英語に出なかったはずなのに。「木は若いうちに矯めよ」というし。日本人の女の子で高校からアメリカにいる子を知っているが、彼女のアメリカ英語は完璧そのもの、ここで生まれ育ったと思ってしまうくらい。「言葉は国の手形」というように、私の訛りが移民だということをアメリカ人に知られてしまうのが、最も悔しい。カリフォルニア州の知事はもちろん移民であるが、それでもやはり移民と地元アメリカ人は言葉のアクセントによって分断されるのであり、そんな中でロッテが完全にアメリカ社会に疑われることなく溶け込んでいるというのが、羨ましかった。しかし、彼女も移民なので大統領にはなれない。だからアメリカ人で移民かどうかを判断するもっとも手っ取り早い質問は、
「あなたが大統領になれますか?」
である。その差別が移民と地元人を分け隔てるのだ。だからシュワルツネッガー知事は、憲法改正を訴えているのである。そうすれば、移民であろうがアメリカに生まれようが、全てのアメリカ人は大統領になれる権利を有するし、また憲法修正第十四条に矛盾することはないと主張するのである。もし憲法改正が実現すれば、ロッテも大統領になれるのである。

そしてロッテは自然を尊重し、環境保護家であり、倹約家でもあり、アーティストでもあり、写真家でもあった。だから彼女の写真展にも行ったこともあった。モンタナ州の大自然をテーマにしたものであった。また、かつては緑の党支持者でもあり、2000年の大統領選にはラルフ・ネーダーに投票したという。また倹約家であると同時にヒッピーだったので、ファッションも70年代そのものであったし、当時はブリトニーファッションが流行っていたので、大学ではぐれもの扱いされていたという。オクラホマは田舎でありながら、劣等感がとても強いので、アバークロンビーなどの店で女の子は競って買い物をし、先端のファッションを着飾って、それに便乗しない女の子たちを見下していた兆候があった。当然、ロッテを含むアート学科の女の子たちは、いわゆるメインストリーム派から見下されていたが、自分で着るものを考えて、または作ったりしていたので、モールでただ想像力もなく雑誌で見たものを買い尽くす女の子たちよりは、消費社会に毒されていなかったことは確かであろう。しかし、彼女らがいくらロスやニューヨークで流行ってるファッションに身を包もうと、彼女らは「オクラホマ人」なのであり、ど田舎根性まるだしの娘なのである。だから私は、
「You can take a girl out of Oklahoma, but you can’t take Oklahoma out of the girl. (娘をオクラホマから取り出すことはできるが、オクラホマを娘から取り出すことはできない)」
と皮肉を言った。すると、
「なにー、第三世界から来たくせに生意気な!」
と反論された。まさか、日本が第三世界だったなんて、笑止千万。オクラホマ人の地理の弱さには驚かされてしまった。ロスやニューヨークで日本が第三世界と言ったら、恥をかくことは必至だが、彼ら、または彼女らにはそれがまったくわかっていないのである。彼らにとって非白人国家はすべて第三世界なのである。いくら最先端のブリトニーファッションをしようと、そのような意識では田舎丸出しとしかいいようがない。そう、彼女らはまさに表層的なのであったのだ。しかし、そんな田舎根性を批判していた私も、ロスに来てからは、ロスのネオリベラル消費社会を批判するようになった。だから、「住めば都」という言葉があるが、「住めば地獄」という言葉の方が正しいであろう。

普通の女の子、いわゆるファッションに身を纏う女の子は私を全く相手にしなかった。私はアメリカ人の中では背が低いし、キモメンだし、しかも移民の少ないオクラホマではアジア系は珍しく、しかもアクセントもきついという、モテない要素を集大成したような男であった。だから、ロッテも美しかったので、私を相手にしないのかと恐れた。ところが彼女は私を切実に受け止めてくれたのだ。数々の女の子に拒絶されてきたから、それは驚天動地だった。
「こんなオレにどうしてこんなにもフレンドリーに接してくれるんだろう」
って。同僚が言うには、彼女はだれに対してもフレンドリーであり、また既に結婚しているのでガードが下がっているから、あのような優しい態度になれるのだという。そう、私が先日のベビーシャワー会で感じ取った人妻の態度と同じなのだ。ようやくわかった、その言葉の意味が!ベビーシャワー会でも、ある人妻が「 変人」だと思うことなく、私とちゃんと会話してくれたので、驚いてしまった。しかも一点の曇りもない素直な笑顔で私の目を見ながらだ。信じられなかった。だから、危うく恋に落ちそうになってしまった、人妻だということを知っておきながら。だから私はその人を後で避けるようになった。友人が言うには、ロッテがもし独身だったなら、普通の女の子と同じく、私は完全無視されていたというのだ。それも一理あるような気がするが、私は彼女の性格がもともと温和だったということを信じたい。なんと仕事している最中はずっと会話が続いたのだから。これほど長く女性と会話が続いたことはかつてなかった。そして仕事が終わったあと、帰宅してシャワーを浴びて寝床に就くと、ロッテのことが頭から離れないことに気付いた。私は恋に落ちてしまっていたのである。

私は「ムキー!」となった。
「なぜだ、なぜだ、彼女には夫がいるではないか!」
と自分に自己暗示をかけるように言い聞かせた。どうしょうもなくなって、仕舞にはシャワーを浴びながら、般若心経を唱えてしまった。しかし
「ギャーテーギャーテーパラサムギャーテー、ロッテ、スヴァハー」
といつの間にか替え歌となってしまい、
「何やってんだオレ!」
と般若心経でさえ私の恋心は「恋即是空」であることを悟らせることはできなかった。「恋即是空、空即是恋」だろうか、それかアニメキャラになると「萌即是空、空即是萌」か。まあ、般若心経じゃなくて般若恋経か、それとも般若婬経か。

翌日、映画館に働きにいくとロッテがいた。私の血圧は一気に高まり、極度の緊張のあまり、指がブルブルと小刻みに震えた。あれは心臓にとても悪い。ほんとドッキンと来るもので、まるで「アンパンマン」のドキンちゃんの魔法にかかったかのようである。ペンを借りたことがあったが、ペンを返す時ですら、指が震えてペンを床に落としてしまった。ああ、ロッテ、なぜここまで私を苦しめるんだ。夜もろくに眠れず、枕を軸にして寝返りと打つことが長く続き、寝不足となってしまった。まさに輾転反側。そして食欲までもが減退してしまった。重症だった。だから、私は思い切って彼女の夫に会うことにした。そうすれば、あきらめがつくと思ったからだ。

さっそく私は夫の話題を振りかけた。すると、彼女の夫はミュージシャンであり、全米をツアーして売り込んでいるかたわら、ハリウッドのプロダクションアシスタントとしても仕事をしているというのである。だから、夫は家を空けることが多いのだという。ある日、彼女はやけに興奮していたので、何事かときいてみると、
「来週、夫が帰ってくるのよ」
とはしゃいでいた。私は内心、打ちのめされたが、それは私の望んだことでもあったから、覚悟はできていた。夫と会ってケジメをつけようと思っていたのだ。

久しぶりに帰ってきたロッテの夫は、近くのバーで弾き語りを行うという。だから、ロッテはぜひ私を夫に会わせたいということで、その小さなライブショーに招待してくれた。はたして夫がどんな人か、どきどきしたが、
「これがあたしの夫です」
と紹介されたときは、頸動脈がズキンとなった。なんと、夫は185ぐらいの長身で、元水兵という筋肉質で、しかもイケメンで、長髪で天然パーマがかかっており、
「うわっ、こいつにはかなわねぇ!」
と無条件降伏してしまった。ファッションはロッテと同じくヒッピー系で、メインストリームの男とは一線を画していたが、それでも、あれだったらどんな女の子にも声をかけられるであろう。イケメンはずるいと思った。イケメンは差別を全く経験しないからである。そして夫はステージに立つと、とんでもないギターをかき鳴らし、ハスキーヴォイスで観客を圧倒した。その音楽の多様さ、ブルース、ジャズ、ファンク、レゲー、フォーク、カントリー、ロック、なにもかもをも弾きこなす幅の広いレパートリーには驚かされた。
「うわ、プロだ」
と思った。素人音楽のパンクロックなんかやっていた私は逃げ出したくなった。会場の女の子の熱狂、私だってギターを弾いているときぐらいは、女の子の熱狂があってもいいのではないかと、かなり嫉妬してしまった。しかし、ロッテが彼を独占していたとは、あんなモテモテの男をよく手に入れたものである。ロッテも美人だし、やはり美人と美男子というカップルがお似合いという原理が働いてしまうのか。私の入る隙間は全くなかったということだ。しかし、これで良かったのだ。あんだけ桁違いの夫を見せつけられたら、たとえ去勢手術を受けなくとも、充分自分の立場を理解することができたのだから。だが、夫もとてもいい人で、ヒッピーなことだけはあり、私と色々と政治の話をしたり、ブッシュ体制を批判したり、社会問題などで共通の意識を持っていたので、感動した。とても純情な方だったので。また夫婦そろってラルフ・ネーターに投票したという。かれはやはりステージでも、そのようなことを主張し、観衆の熱狂を浴びていたし、まあ、ブーイングも混じっていたが、若者は彼の政治的発言に賛同していた。私もステージで政治的発言をしたことがあった、「京都議定書をサポートしよう」と。しかし、私の場合は笑われてしまった。キモメンが言えばすべてコメディーに聞こえ、イケメンが言えば女の子が熱狂する。
「あいつはモテないからひがんでるんだよ。だから政治的発言をするんだ」
と人々は私を笑った。私は正しいことを言っているのに。彼らは私を笑ったのだ。私を見せ物のように嘲笑したのである。私がどれほど真剣に環境保護を訴えていたのか、だれも理解できなかったのだ。私がキモメンなために。ロッテの夫は私と全く同じ考えなのに、彼が言えば説得力があり、私が言うとジョークに聞こえてしまうのはなぜだろうか。だが、そんな私をロッテは理解してくれたし、ロッテの夫も私を「同志」と呼んでくれて、手でがっちり握手して肩をぶつけてくれた。そして、彼はまたツアーに出掛けていった。

それからとういもの、ロッテと私はいつも行動を供にするようになった。仕事に行く時もカープールで一緒にドライブした。そうやって貧乏な我々は高騰するガソリンをセーブした。そして夜御飯とかも彼女の家でご馳走になったり、また私のアパートで夕食を支度して一緒に食べたり、一時の団欒を楽しんでいた。また私はなにかあると、小物を彼女にプレゼントするようになった。花の種だったり、お菓子だったり、マフラーだったり、本だったり、CDだったり、彼女の愛を獲得することはできないとわかっていながら・・・。挙げ句の果てにはスイス製の防寒コートまで、彼女の夫にプレゼントするという始末だった。私の恋敵である夫にたいして、どうしてそんなことをしたのか、今でも謎に包まれている。しかしそんな奇怪な行動をとる私を見ていた同僚の男たちは、
「おまえ、あいつに夫がいることぐらいわかっているだろ。もう、いい加減にしろよな」
と警告してきた。
「オレだって、わかってるさ、そんなことぐらいよ。親友として一緒に行動してるまでだ」
と反論した。しかし、彼らは疑いの目で、
「たしかにロッテはおまえを親友として見てるけど、おまえのほうは、そうは見えねえんだよなぁ」
と失礼極まりない発言をした。
「うるせー、だまってろ!ほっといてくれ!」
とますます同僚とは上手く行かなくなっていた。まあ、図星だったので逆切れしただけなのだが、人に指摘されるのは大嫌いだった。なにせ、これは自分の問題だし、自分のことは自分がよく分かっているし、個人主義者である私は自己責任で自分で自分のことを処理すると思っていたからだ。まあ、実はわかっていなかったんだけど、恋愛感情に惑わされて。そう、夫に会いはしたものの、この感情を消滅させることはできなかった。あれで、ブチッとケリがつくと思っていたのに。だからますます私の苦しみは増大した。

そんなある日、とてもショッキングなことが起きた。ロッテはモンタナ州に移住するということを打ち明けてきたのだ。なんでも夫がそこでツアーの拠点を構えたからだという。私は正直言ってロッテの目の前で泣きそうになってしまった。もう会えないんだと思って、今までの「幸せ」が終焉してしまうんだと思って。「この世の終わりだー!」と嘆き悲しんだ。まあ、いつかはそうなるだろうとはわかっていたのだが、ハルマゲドンの到来はあまりにも早すぎた。私だけオクラホマに取り残されるなんて、どうやって生きていけばいいんだ、というのは大袈裟だが、この衝撃の出来事が私のロスへの移住を促す一つの要因になったことは確かであろう。しかし、男が泣くことは恥だ。そういう社会的言説に私は縛られていた。だから、女の子に生まれてきたかったのだ。そうすれば思う存分泣くことができるのに。だから、私は泣かなかった。平気さを装って彼女に、
「おお、いいじゃん。彼もやっと拠点を作って本格的に活動するようだし、新たなスタートになるんじゃないかなぁ」
と言った。
「でも、ちょっぴり淋しくなるなぁ」
と言うと、
「そうね、あなたは掛け替えのない友だちだから」
とロッテは言った。
「ベストフレンドかぁ、ボーイフレンドじゃないんだもんなぁ」
と心の中で思った。だから私は彼女が引っ越しする前に、この想いを伝えようかどうかと迷った。もう二度と会えないかもしれないんだし。私は花を摘んで花びらをむしり取りながら、
「告白するべきか、しないべきか」
と永遠と戯言を言い続けた。シェークスピアではないが、
「To confess, or not to confess. That is the question.」
というように。私の犠牲となったお花さんたちには申し訳ないことをした。日本の本覚思想では「草木成仏」というのがあるので、それは殺生だった。そして、その殺生を重ねて、とうとう言わないでおこうということを決意した。そんなことをしたら、彼女の友情を損ねてしまうと恐れたからである。そして、とうとうその日がやってきてしまった。 息を呑んで彼女の家を尋ねると、彼女の部屋は空っぽとなり、いくつものスーツケースがガラージに置いてあった。
「ああ、本当に行ってしまうんだなぁ」
と悲愁が漂った。そして庭で彼女と固い抱擁を交わした。「グッドラック」と言って。それが最後の生身の彼女と交えた言葉となった。なんかその時間だけあっという間に過ぎてしまった。最後の別れにしてはあまりにも刹那であり、切なすぎた。私は自分の車に乗り、後ろを振り返ることなく、バックミラーで彼女の姿を確認しながら、泣いた。やっと泣くことができたのである。

それからというもの、私は脱出するようにロスにやって来たのだが、とてつもない貧困が私を待っていた。物価があまりにもオクラホマと違い過ぎたので、半端な給料では生きていけないのだ。新世界は私を変えてくれると思ったのだが・・・。そして、それから数年が経って、ロッテに久しぶりに電話をしたのだが、なんと彼女は離婚したという。6年間も続いた結婚生活に終止符を打ったのだ。なんという諸行無常な。「合わせものは離れもの」会者定離の世とはまさにこのことか。私に衝撃が走ったというか、嬉しかったというか、複雑な気持ちだった。
「それはそれは、気の毒に」
と慰めたのは良いが、なにか別の思惑が私の頭の中をよぎったのだ。それは、明らかに、「あの時、特別な感情を抱いていることを告白しておけば」というものであった。そう、後悔の念が再び私を苦しめることになった。もはや私には恋愛感情はなかった。まあ100%ないと言ったら、嘘つきになってしまうが、彼女の永遠の姿が私の脳内に刻み込まれているので、実体のないその幻に私はまだ思い続けているといったほうが正確だろうか。いや、好きだった人はすべて覚えている。もし、好きだった人が突然そのまんまの思い出の姿で現れるのであれば、間違いなくあの時の感情は復活して、恋をするであろう。ロッテも私の中では永遠となっていたのである。現実の彼女は 会えなくなったにもかかわらず。たぶん、あの最後の抱擁の時から現実のロッテと脳内のロッテが乖離し始めたのだと思う。いわゆる萌えのロッテが私の永遠の女性像になったのだろう。で、その子が現実に離婚したとなると、再び現実のロッテと萌えのロッテを融合しようという渇望が沸いてきたのだ。
「これならいけるんじゃないか」
と。もちろん、恋をしようなんては思っていなかったが、現実のロッテはまだ理想のロッテの姿を留めているかもしれないという期待感が私にとてつもない衝動をもたらしたのだ。だから、私はあの時、彼女には特別な感情を抱いていたということを、電話で伝えようと思うようになったのだである。

最近は私の周りの女性はいつの間にか人妻だらけとなってしまった。この過酷な現実は私をとことんまで崖っぷちに追い込ませる。だから私は結婚廃止論者となったのだが、その原点となったものは、ロッテのためであろう。あの時はキリスト教式結婚を承認していた。もちろん結婚制度には嘔吐させられるほどであったが、それでも結婚自体には反対ではなかった。しかし、私は人妻という存在に恋をしたおかげで、自殺寸前にまで追い込まれた。どうして自殺したいのか、恋が成就しない、負け戦だからである。だから自己を破滅に導くといういわゆる自爆テロのような心境になるのだ。よって、私は恋愛にも反対するようになった。ようするにセックスだけで、肉欲だけでよいというスタンスをとるようになったのもそれからである。恋愛は結婚と同じくセックスを独占するのだから、というより一対一の関係でしかないので、恋愛は準結婚であり、とても排他的である。いろんな人と同時に恋して、どうして反社会的になるのだろうか。それはイエス・キリストがそう教え込んだからである。だからロッテも彼女の元夫も、ヒッピーと自称しながら、キリスト教を信奉していたのである。本人たちは、
「キリスト教の言説は間違っている」
と言っていたのだが、そういいながらキリスト教の言説に従順していたのである。また人妻が一気に周りに増えたという事実も見逃すことはできない。このキリスト教の言説に若き反抗的な世代が順応していくという、私の世代への幻滅、それも私にとってはとてつもない苦悩の原因である。

だから、私は思い切った行動をとった。この感情、どうすることもできなかった。理性はまったく働かなかった。このままでは胸が押しつぶされて発狂してしまう。ニーチェやゴッホの二の舞は演じたくなかった。だからロッテに電話して、あの時の想いを伝えようと思ったのだ。ロッテが電話に出た。私はドキンとなったが、彼女は、まるで興味がないように話すのでショックだった。というか、彼女は仕事で疲れているといっていた。電話を切ろうかなぁと思ったら、彼女はモンタナの自然のことを話し出したので、それから話題がはずんだ。そうだ、彼女はフォトグラファーだったんだ。いわゆる写真家なので、モンタナの自然は写真撮影にはもってこいの場所だと熱烈に話していた。そして、私は本題に入った。あの時は心臓が爆発寸前だった。私の心臓の鼓動が鼓膜に響いていたくらいなのだから。
「実は、あなたにはずっといっていなかったことがあるんだけど。」
「えー、なになに。」
「ちょっとした秘密なんだけどね」
「じゃ、その秘密を教えて」
「うーむ、とても言いにくいことなんだけどさぁ」
「なんなの、その言いにくいことって?」
「いやー、ほら、あなたはボクのことを『かけがいのない親友』って言ってくれたじゃない?でも、ボクがあなたに抱いていた感情は、親友以上だったんだよ・・・」
私はとうとう、長年彼女に伝えられなかった感情を告白したのである。
「あああああ、とうとう言ってしまった、どうなるんだろう?」
とまったく予期せぬ事態となった。まるでブラックホールにすべてが吸い込まれてしまうように。彼女の声のテンションは一気に上がった。
「ええ!!!そうだったの?あなたが私に対してそんなふうに思っていたなんて、全然知らなかったー」
と言っていた。がっかりした。私は一瞬の沈黙を期待したのだが、そんなものはなく、彼女はあっさりと返事してしまったのだから。一瞬の沈黙は実はすべてを語っているのだが、それがないなんて・・・。そして、彼女は、まるで私の感情を玩ぶように、
「で、今でもその感情はあるの?」
と言ってきた。
「なんでそんな冷静でいられるんだろう・・・」
とショックのため頭が完全におかしくなってしまい、私は、
「いや、ない。ないのかぁ、わからない。ないんだろうね。たぶん。」
とはっきり答えられなかった。やはり全ては破壊されてしまった。彼女に抱き続けていた神聖なイメージが悉く崩れ去った。

それからというもの、彼女の声が「女」として振る舞うような、まるで男をからかうような声になったのだから、ショックだった。最初から彼女が結婚してなくて、独身でフリーで、そのように振る舞ってきたのなら、こっちも「おっしゃー!」とノリノリになったのだろうが、親友として付き合ってきて、しかも私のたった一言で、ロッテとの歴史がすべてが変わってしまい、それに、そんな一面の彼女を見たことがなかったので、まるで今まで数年間かかって積み上げてきた積み木を一瞬にしてガラガラと崩されるような。そう300年かかって建てたサグラダ・ファミリアが一瞬にして廃墟と化すような。それまでは、彼女は切実に私と接してくれたし、そういう彼女の性格に惚れていたのだが、「女」と化した彼女、あまりにもショックで死にたいと思った。やはり、友人の言うことは正しかったのか・・・、彼女は結婚していたからあそこまで私にフレンドリーになれたということが。ああ、やはり言わないほうが良かったのだ。理想は私の中だけに留めておくべきだった。やはり彼女が離婚したということが、私にこのような破滅的な行動を取らせたのだろう。しかも、彼女の最後の言葉は、「男って本当に単純でバカよね」だった。その言葉には完全にノックアウトだった。

ああ、どうしょう、死にたい。この虚無感、一体どうしたらいいのだ。自業自得と言ったらそれはその通りで、それまでなのだが、でも、女性はやはりマルティタスクで「男」と「友だち」に対して態度を使い分けることができるとうことをまざまざと見せつけられた。そんなことも知っておきながら、実際に目の当たりにすると困惑してしまうとは。私は女性にすべて平等に「やりたい」と思ってしまうので、使い分けることができないが。しかし、どうしてこんなことをしてしまったんだ。冷静に考えれば予想できた結果ではないか。どうして支離滅裂な行動を取ってしまったんだろう。まるで自殺に向かって自ら突き進んでいくような。端から見ればただの狂人ではないか。しかし、どうしても抑えられなかったんだ、この感情。失学園、青春を失い、同世代の女性が殆ど人妻となり母親となっていくこの現実から逃避したかった。できるなら高校生に戻りたい。私は自分が永遠に若いと思いたいのにもかかわらず世界は残酷にもどんどん老いてゆく。それに人妻はやけにおおらかで、私の全てを受け入れてくれるような。ビシバシ切り捨てる独身女性とは全く違うオーラがある。しかし、独身女性は恋愛しているとセックスは排他的になるし、人妻もセックス、また恋愛までもが独占されている。だから、私の恋を成就させることができない。そして、その苦しみの原点を辿るとロッテに突き当たったので、その苦しみから解脱しようと思って電話したのだ。その原因を滅すれば、苦しみも滅するとシッダールタも四聖諦を使って説いているではないか。しかし、結果は無惨なものとなってしまった。ロッテもヒッピーというフリーセックス文化をスタートさせた覚者だったのに、セックスは恋人だけという誤解を信じ切っていた。よって彼女はヒッピーではなかった。ただヒッピーに憧れているwannabeだったのである。現実のロッテを知ることで、萌えのロッテまでもが粉々に破壊されてしまった。オルフェウスが地獄にいる妻に会ったときの、イザナギが黄泉の国にいる最愛のイザナミに会ったときの衝撃のように。つまり、現実とは黄泉の国だったのである。そしてオルフェウスは男を失ったために殺され、イザナミはオイディプス王のように目をくり抜き、鼻を削ぎ落としてしまった。だから、解脱どころか、苦しみがピークとなり、その耐え難い苦しみは私の許容範囲を超えてしまった。麻薬のオーヴァードーズのように。まさに絶望だ。ああ、憧れ続けてきた永遠の女性が永遠ではなかったのだ。死にたい。もう耐えられない。もはや生きていられない。

これが最後の記事となるかもしれない。ああ、アニメの世界に旅立ちたい。もはや私を救ってくれるのは結衣ちゃんしかいない。そして、すべてを忘れ去りたい。そうするにはどうしたらいいのか。もはや答えは一つしかないであろう・・・。


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【2007/04/29 01:54】 | 恋愛
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金木犀
一青窈(ひととよう)さんの「ハナミズキ」という歌です。なんだか聞いていてもらい泣きしちゃいました。
http://www.youtube.com/watch?v=iohVckltLPE
そろそろハナミズキのきれいな季節ですよ。
別名、アメリカヤマボウシ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%82%AD

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助かりました!
ヘルメス
やはり、助けてくださったのはあなたでしたか。

青春の喪失と周りの女性が人妻となり母親となっていくという恐怖に苛まれ、きっと焦ったんだと思います。破滅しかないと知っておきながら・・・。でも、これが一瞬の気の迷いと後で笑えるようになればいいですね。報われない恋でしたから、はじめから失恋だったんです。それにしても「どうせオレは死ぬんだ」と思うと、人を傷つけるような言動を平気で発するようになるんですね。「失恋は青春そのもの」ですか?いいことを学びました。すばらしい諺です。メモっとこうっと。

YouTubeのハナミズキ、聴きましたよ。いいですね。私も恋敵であるはずの彼女の元夫にプレゼントしたことがあったので、あの時はなんで、あのような行動を取ったのか、本当理解できませんでしたが、この曲を聴いて、あれは私の善の部分だったんだと気付きました。

もしかしたら、あなたが女神かもしれません、ってなに言っているんだ、私は。でも、あなたが私のためにそこまで心配していたなんて、とても悪いことをしました、すいませんでした。でも、本当に助かりました、ありがとうございます。これで失恋から立ち直れそうです。

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さあ、グルメルポっていうわけでもないけど、あっしも虹色オリハルコンさんのブログで紹介されていた人妻の知恵である「炊飯器でゆで卵」をトライしてみた。ではその写真を早速グラスノスチする。

まずは卵をちゃんとすみずみまで清めて、そして炊飯器に入れる。
tamago1.jpg


米が炊けたと同時に、ゆで卵もできているはず・・・(汗)。
tamago.jpg


そして恐る恐る殻をむくと、ちゃんとゆであがっていたので、ビックリ!やったー!そしてカレーライスにのせて完成。

というわけで、大成功ー!そして、これがまたうまかった!いやー、ロサンゼルスで貧乏やってる私にはたまらない生活の智慧であることは間違いなし。これぞ、まさに一石二鳥!かっかかー!人妻の知恵がここまで役立つとは。だが、私は人妻ではない。しかし、これは人妻ではなくても、かなり役立つはずである。というか普遍的な智慧であろう、女性としての。だから、これを使って女の子を口説いてみようかなぁ。しかし、私の周りの女性はいつの間にか人妻だらけになってしまった・・・。なんて悲惨な人生なんだ。人妻なんかにこんなテクニックを教えても無駄だし。どうせ恋は成就しないんだから。やっぱ、唯一の救いはアニメの女の子なのかなぁ。この女性の智慧を教えることによって女の子に「ええ、意外!ヘルメスってすごいよねー!」と印象づけようと思ったのに。だが、断っておくが、私は女性の節約の智慧にはとても憧れている。なにしろ私は紛れもなくレズビアンなのだから。だれがなんと言おうとも、たとえ万人が否定しようとも、私の前世は絶対に女性なんだ!本当は現世でも女の子になるはずだったんだ。が、なにかの手違いで化け物に生まれてしまったんだ、残念なことに!

私の最も尊敬する瑞穂ちゃんだって、きっとこの女性としての生活の知恵をクラスメイトたちから学んだはずである。涼風ちゃんも、唯一の得意料理であるゆで卵をこういう方法で料理していれば、萌果ちゃんなんかに大和を奪われずに済んだものを・・・。そしたら、萌果ちゃんは、絶対に私とデートしてくれたはずなのに。だが、私の今の本命は結衣ちゃんかなぁ?うわー、でも結衣ちゃんも料理が苦手だったんだよね。じゃ、この「炊飯器ゆで卵」を教えれば、彼女が私に恋すること間違いなし!
ヘルメス君、すごい、あたし見直しちゃった
なんてねー。
きゃーかっかっかーあ!


【2007/04/27 11:52】 | 生活
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金木犀
さっそく見に来ました。
カレーに目玉焼き、おいしそう。
それに、おもしろ〜い!!大笑い。

炊飯器使ってるなんて知らなかったです。
ヘルメス君、見直しちゃった。
って、だいぶトウのたった人妻に言われてもうれしくないと思うけど(笑)




Lance
このアイディアイケてますね! タマゴはプロテイン摂取には良い食べ物ですからね。
「グルメルポ」と思いきや気がつくと”いつもの路線”に話しが・・・(笑)
オモしろかったですYO!

ありがとうございます!
ヘルメス
>ヘルメス君、見直しちゃった。
って、だいぶトウのたった人妻に言われてもうれしくないと思うけど(笑)

ははは、本当ですよね、って冗談ですよ。そんなわけないじゃないですかー。充分、嬉しいですよ。金木犀さんにそう言ってもらえるんでしたら!

どうも、毎度!
ヘルメス
尊師、

そうですよ、キヨシパワーには欠かせないタンパク質ですね!「いつもの路線」って、私にとっては自然なことなんですけど、ああ、結衣ちゃんのことで頭の中がいっぱい、彼女のことを思うと夜も眠れない、どうしょう・・・。このままじゃ、キヨシさまのように、キャー!

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「アメリカンアイドル」でサンジャヤの姿が見えなかった、というより、彼は先週落選してしまった。だから、なんかアメリカンアイドルを見ていて、そこまで楽しいことはなかった。ブレイクがジョンレノンの「イマジン」を歌っていたが、あれは駄目だった。でも、曲が曲だからね。あまりにもメッセージが強すぎて。ジョンレノンでさえ、ジョンレノンという普段のワイルドな不良ロックンローラーとしての性格をあの曲では消していたのだから。それに、今日のテーマは「世界平和」というものだったので、アイドルさをアピールするにはちょっとという感じであった。私はモテる男に対して日頃からとてつもないルサンチマンを持っているので、彼が「贖罪の山羊」となって、つまりイエスのように十字架にかかって、私のルサンチマンを一気に爆発させていたのだが、彼がいなくなって、なにかふぬけになってしまった。怒りをぶつける相手がいなくなってしまったというのが適当であろう。「相手がいない喧嘩はできぬ」といったところか。しかも彼は17歳であり、しかもそんな高校生のときから、全米のティーネージャーの女の子が欲情するという、超羨ましいというか、ちくしょう、ふざけやがって、絶対に許せねえ、バカヤロー!私の青春はどれほど惨めだったことか。女にモテないために引き蘢ってアニメを見てなんとか命を凌いでいたというのに。私は断じて認めないぞ。認めたら負けだ。私のこれまでの苦悩はすべて無駄になってしまうからだ。

だから青春をやり直したい。私の青春を返せー!失学園の苦しみ、だから私は16歳に戻りたいのだ。そしてサンジャヤのようにモテまくりたい。そうであったなら、この人生を後悔することはなかったというのに。しかし残酷にも老化は迫ってくる。青春を楽しめずに時間だけが過ぎて行ったというとてつもない苦しみ。同年代の女性は人妻なんかになりやがって、しかも子どもなんかも作って、どうやって恋愛しろというんだ。浮気は反道徳と見られる社会では。だから浮気を解放しなければならない。浮気したら処罰される法律を全て廃止されることだ。またイスラム社会では浮気した女性は石打の刑だ。浮気を処罰するのは人権侵害であることを全世界の人間に啓蒙しなければならない。浮気を処罰することは人道に対する罪だ。結婚があるから浮気は罪となる。だったら結婚を廃止すればいい。あるいはキリスト教倫理観を捨てて、恋愛を自由化すればいい。「恋愛結婚」だから結婚外の恋愛は不倫となるのだ。明治以前の日本は結婚しようが、恋愛は自由だった。セックスも自由だった。だが、西洋化で、それは退廃してしまった。だからウェテルのような犠牲者が続出したのである。だから、西洋式結婚観を破壊することだ。結婚がセックスと恋愛を独占するという腐った思想が全ての元凶だ。だから、それを取り除くとこである。そうすれば、ウェテルのように自殺なんか考えることはなかっただろうに。だから、フェミニストの田島陽子は「恋愛しまくれ」という恋愛結婚を否定するような素晴らしい本を書いたが、私はさらに進歩的になって「ファックしまくれ」と叫ぶのである。だが、それにしてもサンジャヤのパフォーマンスは若い女性の心を捉えて離さないものがあったようである。

とうことでYouTubeでサンジャヤの映像を集めてみた。彼は私の好きな曲を次々と歌いこなしていったので、それも実に許せないことだ。嫉妬しまくりだ。では、キンクスの「You really got me」からだ。これで、サンジャヤは間違いなく女の子のハートをつかんだ。それから、アメリカの人間国宝であるトニー・ベネットの持ち歌であるジャズのスタンダードの「Heaven」といい、あの度胸、審査員のポーラとダンスするシーンは、全米の女の子を熱狂させてしまった。実に許しがたい行為である。そして、ビートルズもカヴァーした「Besame mucho」、このときのサンジャヤは椅子に座り、カメラ目線でロマンスを訴えていた。そして、このときばかりは、
「こいつ、歌えるじゃねえか!」
と思ってしまったほどである。インド系アメリカ人がここまでモテるなんて、かつてのアメリカ史で初めての快挙であろう。とうとう消費社会はインド系青年をも恋愛市場に取り込んだわけだ。しかし、どうして東洋系アメリカ人はモテないのか。同じアジアだというのに。恋愛での市民権を我らに!だから私は長髪にするんだ。サンジャヤは髪の毛で多くのポイントを稼いでいるという。だったら私も髪の毛を伸ばすんだ。そうすれば薄くなってきた頭を誤魔化せるし。若返ることは確実だ!

ヘイリーの「Ain't misbehavin」もかなり良かったが、やはりサンジャヤのと比べたらセクシーさが足りなかったと思う。もっと大胆にやるべきだった。サイモンのところに行って彼の胸を指でくすぐるような小悪魔的なパフォーマンスをやっても良かったのではないか。サンジャヤだって、ポーラとダンスして見せたんだから。やはり、それはアイドルとしての度胸というのが試されるのであり、やはりサンジャヤは度胸があるから、アイドルになる素質があると思う。いや、ない、断じてない、あんな奴なんかにあってたまるか。私の方がセクシーに決まっている。それは神さえも認める普遍的な真理だ!しかし、資本主義が彼女らを洗脳してしまっているため、盲目となってしまっているのだ。

私だって大学のとき、音楽のイベントがあるたびに必ずステージに立ってギターを弾いた。そして歌った。毎週日曜の夜は酒場でオープンマイクに参加して、弾き語りをしていた。しかし、女の子はだれも私とセックスしようと誘ってこなかった。どうしてだ。なぜだ。いつも女の子が誘うのはろくでもないDQNな男ばかり。彼らには色目を使って欲望をかき立てるのに、私には知らんぷり。そんな不条理な世の中があるだろうか。しかし、サンジャヤは野獣的ではなく、逆に私のように華奢で、私のような性質に近い。しかし、彼は金の匂いがする、私には貧乏な匂いがする。この違いだ!いや、それが全てだ。成功と名声と金である。いわゆる勝ち組である。だから私は恋愛至上主義のまかり通っているネオリベラリズムの資本主義社会を改革することを決意した。まずは消費と恋愛の解体、そして結婚の廃止、それらを達成しなければ、この洗脳プログラムを解除することはできないのだ。セックス、恋愛、結婚、これらは全て消費に結びついてしまっている。だからこそ、その根源であるキリストの築き上げた一夫一妻制度の結婚を廃止することが、恋愛とセックスを拝金主義から解放し、フリーセックスのユートピアを実現することができるのである。

【2007/04/25 13:48】 | 音楽
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これは告白文なので、ぜひ読まないでいただきたい。あまりのもプライベートなことなので。心理セラピーは私の給料ではまかなえないから、ブログを書くようなものだ。まあ、書くこともセラピーの一つの方法だというわけだし。昨夜起きた衝撃の事象を書き留めようと思う。いやー、しかし私の尊師がここまで影響力があるとは、改めて師匠のスゴさを痛感させられた。よかった、誇りを持てる方の弟子で。
私は「ベビーシャワー」という、出産間近の女性を祝う女性を中心としたパーティーに参加した。それにしても、こんな女性の保護者の集団と接するのははじめてだったので、正直言って困惑した。今まで、私はその女性が子持ちだと知ると、まったく興味が失せた。そして、自ら子持ち女性を避ける傾向があった。それに彼女たちは私と同じ年代か、私より若い人が多く、それで小学校の子どもの母親なのだから、私は、
「やめてくれー」
と叫ぶしかなかった。青春は永遠に続くものだという幻想を抱いていたから、かつて中学高校と性欲の対象になった彼女たちが、今では結婚して出産して子育てをしているという事実は、私をどん底に突き落とした。というか、その過酷な現実から逃れるためにわざわざ目をつむっていたと言った方が良いだろうか。だから若い子持ち女性は避けていたのである。だって彼女たちの青春は結婚したと同時に終わっているわけだから、その同年代、同世代の「青春を終わらせろ」というプレッシャーに押しつぶされそうになるから、私は彼女らを避けていたのである。私は永遠の16歳を目指しているのだから。

しかし今回は女性の出産を祝うということで、まさかそのめでたい行事を断るわけにもいかないので、渋々承諾して、ついでにギターを弾くことをある保護者と約束したのだから、行くハメになってしまった。私の同僚のほとんどが参加するというので、さすがにかつてパンクだった私もその圧力には反抗することができなかった。中学のときに私はベースギターを弾いていて、バンドでニルバーナの曲などをやっていたのだが、その時のエネルギーはこのときにはなかった。正直言って、あまり乗り気ではなかった。だって、私の中学のときの好きな人が、もう母親になっているんだと思うだけで、幻滅してしまうのが恐ろしいではないか。中学高校時代の好きだった女性たちは永遠であって欲しいと思うことこそが、私を老化から引き止めているような気がして・・・。

中学時代のKちゃん。彼女は私の永遠の女性のはずであった。彼女はとてもおとなしく、優しかったので、それに私は惹かれたのだ。とくにツインテールが私の好きなところだった。それにあの「おとなしさ」がドッキングすると、天国を感じずにはいられなかった。だから、高校卒業して渡米をする直前に彼女に会いたかったのだ。だから私は彼女のバイト先を念入りに調べ上げた。しかし、いざ会ってみると、まるで別人が私の前に立っていたのである。もし、彼女を知らなければ、私は、
「ああ、超セクシー、おっしゃれー、やりてぇ」
と彼女に欲情していたのだろうが、しかし永遠の女性であったKちゃんは粉々に打ち砕かれ、私は打ちのめされた。目の前にいた女性はセクシーさで男を悩殺しようとする美女だったからである。もはや可愛さの象徴(フェミニストから見ればブリッ子の象徴)であったツインテールではなく、髪は茶髪でパーマがかかっており、化粧も上手いことは上手いが濃厚で、くびれとお尻を強調するセクシーなファッションは、「おとなしさ」とはあまりにもかけ離れていたため、私はショックを受けた。私の思い続けていたKちゃんと現実の女子大生となったKちゃんのギャップがあまりにもスゴかったので、これで現実の女性は諸行無常ということに気がついた。だから好きだった人とは会わない方がいいのである。でなければ、理想が破壊されるからだ。それから私の萌えの原点はスタートしたのであろう。しかし、それで未練なく思い切って日本を捨てて渡米することができたという事実も否定できないのだが。

そして高校時代のNさん、背が高くて、スタイルが良くて、たしか177cmぐらいはあっただろうか、スポーツ万能で、顔はバタ臭くて、地毛の茶髪でしかも大人になると見られなくなるショートカット、貴重な青春期をまさに体現したような女性だった。私は帰宅部でNさんの所属する女性バスケ部の練習を見に行ったことがあったが、Nさんは気合いを入れて、大声で後輩たちを叱って指導していたので、私は、
「うわ、すげー、こわー、おっかねー」
と思った。私は中学時代、廊下で彼女が走ってくるのを知らなくて、ぶつかられて怪我を負ったことがあった。当然、私は顔を怪我して病院送りとなったが、ぶつかったほうの彼女は無傷でなんともなかったので、いかに彼女の身体能力が高かったか。彼女の保護者が私に謝罪の電話をかけてきたのは覚えている。謝ることはなかったのに。女の子に怪我をさせられたのは、私ぐらいだろうから、あの中学で。だから意外にも誇りに思っているんだよ。もちろん、国民健康保険もカバーしてくれたことだし、オッケー牧場だった。国民健康保険もないアメリカじゃなかったことが幸いだった。でも、そのおかげでイケメンに成長せずにキモメンになっちゃったんだけどね。冗談冗談。それにしても、彼女は、たぶん、男と喧嘩しても勝ってしまうような運動神経の良さであろう。事実、中学のとき、彼女に近づく男はいなかった、私も含めて。でも、私はその時から密かにNさんに憧れていたのかもしれない。そう、中学高校と彼女と同じ学校だったのだ。なのに、私は怖くてなかなか話せなかった。っていうか、彼女は女の子にモテるタイプ、そうそう、レズビアンにモテるタイプだったんじゃないかなぁー、くわー!!!最高!まさに萌えだ。ああ、女の子に生まれてりゃなぁ・・・。しかし、高校になって実際に話してみると、とても優しい子だったので、いや、その優しさは普通の女の子よりもはるかに優しかったので、驚愕し、そのギャップに私は惚れてしまい、気付いたときには既に遅し、恋に落ちてしまった。ほとんどの男は怖がって彼女に話しかけなかったが、やっぱりギターを弾くと女性と話すチャンスができるのは必然的なのか、それで彼女の意外な面、怖そうと思われていた性格とはあまりにも違ったというギャップが、私をきっと萌えさせたのだろう。渡米する直前に彼女にも会いたかった。しかし、Kちゃんの件もあったので、私はひるんでしまった。たしかディズニーランドかどっかのレジャーパークに就職したと聞いたが、私は調べなかった。理想が崩れてしまうんじゃないかと思って。だから、私は現実のNさんは知らないのだ。一方、Kちゃんの現実を知ってしまったが。

だから好きだった人には会わないほうがいい。彼女らは私の中で永遠でなければならないのだから。しかし、ベビーシャワーはその子たちが現在どうなっているかを想像させてしまった。つまり、彼女らの永遠性を否定されるような気がしたのだ。だから、
「今頃はKちゃんやNさんも結婚して出産してママになってしまったんだろうな・・・」
と憂鬱にさせられるから、ベビーシャワーには参加したくなかった。正直言って逃げ出したかった。あまりにも辛かったので。私は永遠の16歳を求めているのだから。どうせなら、16歳に戻って、KちゃんやNさんとの恋を成就させたい。しかし不思議だ。告白して見事に振られた子のことは、覚えていることは覚えているが、彼女らも永遠なのだが、KちゃんやNさんほどではないのだ。片思いの人で告白しなかった人が、永遠に萌えの対象となっているのはなぜだろう。

だが、私はベビーシャワーから逃げ出すこともできず、ギターを弾くハメとなった。子持ちの女性たちなどに自分のいい所を見せたって無駄だと思っていた。しかし、いざ弾き出すと、驚くことに、彼女たちは自分の子どもを足下に抱えながら、私の音楽にノリノリに乗ってくれて、しかもリズムに合わせて手拍子までをも打ってくれた。
「なんだこのエネルギーは」
と感じてしまったほどだ。そして保護者たちの前ともわかっておきながら、私は調子に乗って、決めのポーズとして、コマネチと「バックから」を合わせた自分流の過激な仕草をしてしまった。
「ああ、しくじった。今のはやりすぎたかなぁ?」
と思ったら、彼女らは大爆笑してくれた。ここまでウケてくれるなんて、なんだか大感激してしまった。これも子持ちの女性ならではのおおらかさか。もし独身のピチピチした子だったら総スカンを食らったかも・・・。それからというもの、子どもを世話する女性の姿がとても素敵に感じるようになった。実に不思議だ。なにか波長が合ったかのような、そんな感覚だった。まるで共通感覚を体得したような。そして、それからというもの、そのような女性たちと会話を楽しんでる自分がいたのは誠に摩訶不思議としかいいようがなかった。

そんな会話のなかで「体操のお兄さん」のことが出てきたので、驚いてしまった。 なんてことだ。やはり日系コミュニティーというのは世界がとても狭い。それまでいかに尊師がテレビに出ようとも、その効果を実感することはなかった。もちろん保護者の熱烈な支持を受けていることは知っていたが、私の目の前の子持ちの女性がさりげなく、
「ああ、あのお兄さんをテレビで見ながら、一緒に子どもと踊ってるよ」
という一言が、とても衝撃的だった。だって、普通は相手をおだてようと思って、褒め言葉を乱立させるものだが、彼女らは尊師のことを個人的には知らないし、いわゆるテレビで見る人だけなのであり、 それで普通にそういうコメントをするというか、そのあまりにもの自然さに私は、
「これは本物だ」
と思ってしまった。なにげなーく有名人というのが、本当に強烈な事実だった。それも、私がこのベビーシャワーに来なければわからなかったことである。しかし新たな問題が発生した。私の自己顕示欲である。私は尊師の弟子であることを言いたくて言いたくてしょうがなくなった。子どもを世話している女性にまったく魅力を感じなかった私でも、今日でそれが転倒してしまい、それにその母親は素敵な女性に見えてしまったんで。まあ、子どもがいると知らなければ欲情しているからねぇ。だから、私はとうとう耐えきれなくなり、すかさず、
あの人はオレの師匠なんですよ!
と言ってしまった。
「ええ、そうなんだー。」
と彼女は目を丸くして驚いていた。くっかかー、これこそ人の褌で相撲を取る、爪の垢を煎じて飲むである。でも、こんなことしてるとわかったら、尊師に叱られるだろうな。まるで、エルビスがデビューしたときに、
「おい、あいつはオレの親戚なんだぜ」
と自慢し出す田舎根性の腐った下衆のやることだからね。私もその下衆に成り下がってしまったとは。まあ、いいや。私はオクラホマというど田舎から来たんだし、それに免じて許してくれるだろう。(尊師、すみません)

いやー、でも、人妻がここまで魅力があるとは、私の最も恐れていたことが起きてしまった。人妻に欲情してしまうことである。今までにはなかったことだ。というか子持ちの女性である、正確に言えば。子を持っていると思った瞬間に幻滅して避けたのに。今回ばかりは避けれなかった。逃げ出そうと何回も思った。だが、ギターを弾く約束をしてしまったのが仇となった。それにこれらの女性もパリアというのがまるでない。だって、アクシデントである女の人のお尻に触ってしまったのだが、「うわっ、やべっ」とピンタを警戒しながら謝ると、
「いや、別にいいよ」
と笑って許してくれたというか、全く気にしていなかったのだ。これが子持ちでない独身女性だったら、
「きゃ、変態!なによ、痴漢!」
と猪木並みのビンタを食らったことだろう。ちなみに謝っている時の私なんかブルース・リーのような構えになっていたからね。ピンタが飛んでくるんじゃないかと思って。それにしても、そこまでのおおらかさ。信じられない。そのおおらかさに、ATフィールドが完全に解除されているというか、ああ、まずいなぁ。これではゲーテの『若きウェテルの悩み』になってしまうかもしれない。ウェテルは人妻に恋をして自殺してしまうのだから。つまり、人妻に欲情したら死んでしまうのだ。死にたくない。永遠の命が欲しい私には、とくにこれは受け入れがたい。どうしよう。イエスも人妻と実際にエッチするのではなく、欲情しただけで、姦通罪を犯すこととなると言っているし。これはそうとうまずい。心理セラピーにでも行こうかなぁ。でも、一回のセッションだけで百ドル以上はするし。しかし、永遠に若いままで生き続けたい。そして16歳に戻りたいんだ。ああ、うぐぅ〜、何がなんだかわかんないよー、ねえ結衣ちゃん。


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【2007/04/23 00:32】 | 恋愛
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これが私です、ではなくて、自殺した犯人の肖像である。


ヴァージニア工科大学の乱射事件、これぞアメリカだと思った。大学や高校でのキャンパスがルサンチマンの標的になりやすいのは、どうしてだろうか。私が学生の頃、コロンバイン高校虐殺が起きたし、それは1999年だったし、それでほとんどの高校では金属探知器が導入されたのだが、それから8年経って、今度は大学で虐殺事件が起きてしまった。今までの犯人はミドルクラスの白人の高校生だったが、今度はミドルクラスの韓国人の学生だったのが今回の特徴というか、歴史的な転換だ。これで、アジア人の男性は危ないという間違ったメッセージがアメリカ全土に派生したら大変なことになる。今までは黒人が犯罪者と認識されてきて不当な差別を受けてきたが、今度はアジア人も犯罪者のプロファイリングに入るようになってしまったのだ。アジア系アメリカ人は今までは「マイノリティーモデル」として、米国でもてはやされてきたのだが、しかし、この韓国人青年のせいで、それが砕けようとしている。しかも、彼は大学では薄気味悪い存在で、人と関わらず、孤独で、無口で、女の子をストーキングしていたというし、またSS隊長のヒムラーのようなブサイクな眼鏡をかけていて、全く女の子にモテなかったという。しかも、ワシントンポスト紙の報告によると、彼は気に入っている女性が他の男とイチャついているのが許せなくて、最初に射殺した被害者はその女性と女性のボーイフレンドだったという。つまり、モテないことへのルサンチマンだったのだ。まあ、その根拠はまったくないし、ただの流言飛語かもしれないのだが。

思えば私も同じく彼のように全く女性に相手にされなかったが、さすがに女性を殺したいとは思わなかった。男が邪魔だと思っていたから、女性を射殺したのは、全く理解できない行動である。アメリカは男性至上主義社会なんだから、男がすべて行けないんだ。その男のせいで彼はモテなかったんだから。だったら男を排除するべきであって、女性に罪はないだろう。そして女性とのスキンシップの欠如がやはり最大の原因だと思われる。女は男とのスキンシップを取りたいのかどうか知らないが、まあ、私の聞いたところによると、彼女らもスキンシップを取りたいようであるが、また基本的には魅力的な男には触りたいと言っていたが、またある女性はエッチしたいとも言っていたが、私を標的にすることはめったになかった。だから、私はとても傷ついた。しかしそれが虐殺行動に結びつくだろうか。アメリカはネヴァダ州の一部を除いては風俗は全て違法だからね。ルサンチマンをカタルシスで発散させる場所は限られているし。とくにバージニアは南部で保守的だからもっとセックスに対して厳しいのだろう。しかし、ゴッホやニーチェも風俗に通っていたが、それでも彼らは発狂して、死んでしまった。やはり金で買うセックスではなくて、フリーセックスだ、人を癒すのは。だから私はセックス解放を説くのだ。このような悲劇が生まれないためにも。きっとだれもセックスしてくれなかったんだろう。しかしそんな絶望的な状況でも、アニメで萌えるのも一つのカタルシスだ。皮膚感覚はさすがにないが、それでも精神的には癒されるだろう。だから犯罪行為までにはいたらなかったはずだ。ただ、スキンシップがないということは、窓から飛び降りたい衝動を止めることにはならないということだが。しかし、彼の場合は、問題はそれほど単純ではない。なにしろ人種構成が複雑なアメリカ社会。そして、もっとも重要なことは彼がアジア系であったということだ。今まで従順と思われていたアジア系の男がそんな犯罪に手を染めたのはアメリカ史上初めてといっていいであろう。それは人種というややこしい問題を抱えている。

そういえば、キルドーザーという殺人ブルドーザーがコロラドの町を破壊したという事件もあったが、あれは逆にアメリカの一部では「アメリカンヒーロー」と称賛されているそうだ。なんと市役所を粉々に破壊したのだから。それは財産権の問題で、まあ、盗人にも三分の理というのがあるように、一概には言えない問題であった。私も日頃から役所には腹を立てているからね。あと郵便局、あそこのサービスは最悪だ。郵政民営化はアメリカでやりたいぐらい。そして自動車免許所、あれはもうゲロ以下だ。アメリカの役所のサービスの質というのは先進国のなかで最低であろう。だから、このようなキルドーザーが役人を思い知らせてやったというのは、実にすかっとするのだ。だって何回言ったて彼らは全く脳みそがゲロでできているのかとしか思えないほど、わからないのだから、そうなったらキルドーザーもやむを得なかっただろう。役所の住民いじめには、革命を持って対処するしかなかったのだ。なにしろ我々には革命権があるのだから。

しかし今回の大学乱射事件は非人道的行為であり、人道に対する罪である。まったく正当化できる余地がない。しかし、私がもっとも懸念することは、この虐殺でアジア系の男に対するステレオタイプと偏見が助長されてしまうことであろう。マイノリティーは数が少ないので、偏見が持たれやすいのが禍だ。黒人も『国家の誕生』では白人女性をレイプする犯罪者だったが、『アラバマ物語』では、白人女が黒人紳士をやってしまおうとするものであり、それは当時としてはかなり衝撃的だったが、現在では『コーラテラル』ではトムクルーズが黒人女を襲う犯罪者だ。だから時代は完全に進み、黒人は恋愛面でも市民権を得たのである。そう、ハリウッド映画を見れば、アメリカの恋愛市場はどうなっているか、だいたい見当がつくのである。

しかし、白人のアジア系の女性に対する美的感覚は我々のと明らかにずれている。それは白人と黒人が恋愛至上主義社会のマスターでアジア人はナチス社会でのユダヤ人のようなものである。ルーシー・ルーは白人男性にとってはセクシーだが、アジア系の男から見たらただのドブスだ。サンドラ・オーなどもっとひどい。柴田理恵並みだ。しかし東洋系のドブスな女性が白人には綺麗と思われるのだ。田島陽子だって、ヨーロッパでは勝ち組の貴族の男たちと恋愛していたぐらいなのだから。しかしアジア系男性はどこにいっても、コミカルにしか見えず、アジア系の女以外の人種の女性には、そう見えてしまうのだ。アジア系男性は、
従順で消極的、背が低い、小さいつり目、三白眼、無表情、眼鏡、出っ歯、小さいペニス、ガリ勉、コミカル、天然、ヌンチャクができる器用さ、東洋の奇妙さ、ルックス最悪、セックスするには値しない
というステレオタイプがある。だから私はアメリカ人のなかでは背が低いし、脚も短いし、女性には、
「ほんとうアジア系代表って感じだね」
と批評されたし、それに超セクシーなアメリカ人女性は私の目の前で、
「アジアの男ってペニスが小さいんだよね」
と私の友だちに言っていた。彼は親友だったが、いまニューヨークでIT関係の仕事で活躍しているが、彼がオクラホマで当時付き合っていたガールフレンドに私を紹介されたとき、そういうコメントをしたのだ。私は苦笑いを浮かべたが、心の中では燎源の火であった。というか、あまりにもショックで、茫然自失となった。しかし、そんな中でも、私に欲情したアメリカ人女性もいたことにはいた。なかにはユダヤ人女性もいたが、それは私がセクシーだったからではなく、私はいつも滅茶苦茶なことを言うので、コミカルの度が行き過ぎていたためであったからだ。しかもその子たちも、普通の精神の持ち主ではなかったし。まあ、資本主義に洗脳されてダイヤモンドを期待している女性よりかは遥かにましだが。だから韓国人学生もそのステレオタイプのせいで、女性からまともに相手にされずに苦しんでいたのだろう。というか女性だけでなく、社会全体がそうだったのだろう。そしてルサンチマンが爆発してしまったのだ。

もちろんアジア系男性でもイケメンはいる。しかし、そのような俳優たちが主役に抜擢されたことがあるだろうか。役が回ってきたとしてもアジアのアクセントで演じなければ行けないという屈辱、アメリカ人なのに。アメリカで生まれ育って英語も完璧なのに。つまり東洋系アメリカ人が映画に使われる時は、映画にエギゾチックな要素を加える、そう七味唐辛子のような役割しか与えられていないのである。それが私の俳優仲間の友だちの証言だ。それでアメリカの凡人は、
「ほら、アメリカは異人種国家なんだよ」
と自負するのである。それが、一体なにを示しているかをまったく気付かずに。だからそれが恋愛にも影響を与えてしまっているのだ。恋愛での人種差別が起きてしまっているのである。だから東洋人にとって最後の市民権はハリウッドと恋愛なのである。一方、同じアジアの民であるインド系のサンジャヤは自他が認めるアメリカン・アイドルだというのに。東洋系だけか、不当な差別を受けているのは。だって東洋系アメリカ人はアメリカに生まれているのにも関わらず、非東洋系アメリカ人には、
「おまえ、どこで生まれたんだ?」
と失礼な質問をされるのだから。完全に東洋系は同化していないと思われているではないか!我々に最も必要なのは、東洋系アメリカ人のアメリカン・アイドルだ!

私はデタラメを言っていると思うのか。私の言うことがそんなに信じられないのなら、ハリウッド映画を見よ。アジア系男性と白人女性のセックスシーンはあるだろうか。それが答えだ!

しかし、今回の事件でアジア系の男性が「従順」という要素はなくなったであろう。そしてセクシャル・プレデターとしての要素がでてきた。七味唐辛子のビンがキャップごと取れてしまい、メルティングポットのうどんにドサッと注いでしまったかのようだ。黒人もそういう経路を辿って、やっと恋愛市場で市民権を獲得したのだから。そういう意味では、恋愛市民権の一歩手前まできたということか。でも、東洋系の数はとても限られているので、ヒスパニックや黒人のように訴える力があるかどうか。それがまた問題である。



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【2007/04/19 11:06】 | 人種・民族問題
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移民は辛いですよ
台湾非国民
私は昔からアメリカが大嫌いでした。今回のバージニア州の工科大学で起きた銃の乱射事件についてはとても残念だと思います。うちの家族のほとんどが韓国人に対する印象は昔から良くありませんでした。しかし、私は今回の事件の犯人のチョ・スンヒ君には少し同情する部分があります。勿論彼がやったことはとても残忍でむごいし、許せない行為だと思います。しかし、彼が昔いじめに遭ったという情報がその後ニュースで流されて、私はこの部分に対して少し同情するように感じました。勿論、今回彼の手によって命を奪われた人達は彼が過去に遭ったいじめとは全く関係はありません。しかし、彼は前から精神的に病んでいたので、もしその時誰かが彼に救いの手を差し伸べてあげたら、今回のような事件は避けられたのかもしれません。彼自身も精神的疾患に悩まされていた時すぐに誰かに助けを求めて、治療を受ければ良かったと思います。台湾系、華僑、韓国系などの人達がアメリカで生活し白人の社会溶け込むことは決して容易ではありません。みんなもし自分の国でいい生活ができるのなら、誰も移民なんかなりたくありません。私も台湾が大嫌いなので、ヨーロッパに行って勉強したいのですが、今でも親に反対されています。なのでチョ君には少し同情して、共感できる部分があります。英語に訛りがあってクラスで笑い者にされ、親友ができない辛さは私には想像できるような気がします。v-239

コメント、ありがとうございます。
ヘルメス
なるほど、面白い視点、ありがとうございます。日本の学校のいじめとは違い、アメリカの場合は民族問題がからんできますから、とても複雑になりますよね。移民は、大変な想いするというのは、おっしゃる通りです。とくに東洋系はなじめていませんし、というかなじませてくれません。ハリウッド映画を見れば、一目瞭然ですね。その最も悪い結果が今回の事件につながってしまったんだと思います。移民でもとくに東洋系の男性は大変な想いをします。やはりアメリカ人女性にモテないということが、最大の辱めでしょう。少しでもモテていれば、彼はあそこまで、ストーカーとか、最後には虐殺者までにはいたっていないと思います。私も、モテない気持ちはすごくわかります。モテるために渡米したのに、まったくモテないという現実、アジア系の男性が一般的にモテないという事実は、やはりアメリカに住まなければ、身をもって体験しなければ、わからないことでした。だから私はアニメで「萌え」に走りましたが、彼は銃撃に走って破滅してしまいました。そう、なんだかんだ言って、女性の承認ですね、男を救ってくれるのは。彼には、それがまったくなかったんだと思います。とても気の毒です。だから、この社会を変えていかなければなりません。

台湾非国民さんは、欧州に留学したいそうですが、ヨーロッパでは、東洋系に対する偏見はどうなのでしょうか。

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涼風 12 (12) 涼風 12 (12)
瀬尾 公治 (2006/07/14)
講談社
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ああ、『涼風』、アニメでハッピーエンドだったが、それからどうなるのかとても気になって仕方なかったのだが、我が尊師は寛大にも撮影などでの大変過密なスケジュールにもかかわらず、私のわがままのために時間を合間縫ってくださり、ご慈悲で続編をコミックで読ませていただいだ。ありがとう、尊師!しかし、読み出すと、一気に世界にハマってしまい、くわー、あの新キャラが、ぐは!だって、メイド服だよ!きえ〜!!!!!結衣ちゃん。なんとメイド喫茶のマスターの娘!英語でメイドとは元々「未婚者・独身者」を意味するので、メイドこそがもっとも称賛に値されるべき存在なのだ。イギリスの大文豪チョーサーもイエスを「メイド」と呼んでいた。そう、メイドは救世主なのだ。だから、結衣ちゃんは私にとって紛れもない救世主だ!メイド喫茶万歳!ああ、ロスにメイド喫茶できないかなぁ。クリスチャンが日曜にメイドの祝福を得るために教会に行くんだから、私も日曜はメイド喫茶に行ってメイドちゃんに祝福されたい、メイドの女王である結衣ちゃんに。ああ、メイドちゃんである結衣ちゃん、しかも日本人の女の子でここまでスキンシップを積極的に取ってくるなんて、私は
ぎえええー!!ありえねぇ!
となってしまった。あまりにも萌えてしまったため、私は、
「でんでんむしむしかたつむりー」
と訳の分からない意味不明な歌を口ずさんでしまった。しかも尊敬して止まないヤマシタ・キヨシさま、いやゆるヤマキヨ様のように天然ということもあるが(だから天然は素晴らしい)、明るくて超元気で、遊び好きで、イチャイチャするのが好きで遊戯的で、体をくっつけてきて、これはラテンの女性さながらの、後ろから抱きついてきたりとか、ああ、うはうは、たまらない。実際に私がこんなことされたら、睾丸が両方とも破裂して、即死だろうなぁ。「ひでぶ!」ってなっちゃうよ。でも主人公の大和は、アニメではパッとしない男だったのに、漫画ではやけにイケメンだから、ちょっと腹が立ってしまった。カフェのバイトでスーツを着ていた時は、別人だと思ってしまった。しかもバイトの同僚がメイド服だからね。ぎぎぎぎーとなってしまうよ。アニメではぼさぼさ頭だったのに、漫画ではジェルをつけたように整っていたし、しかも登場人物にキモメンが出てこない、いわゆる負け組が出てこない世界。アニメでは大和は負け組っぽかったのに。うーむ。やっぱそういう面ではアニメの方がよかったかなぁ。

結衣ちゃん、大和に恋心をいだいてしまったなんて、しかも大和に彼女がいるとわかっておきながら、いつの間にか!くっそー、広島野郎!あいつの放射能に次々と私の気に入っている女の子が!原爆じゃなくて水爆を落としていれば、ああ、でもそうしたら日本人自体が全滅しているか。私も生まれてこないわけだし。ナチスのユダヤ人虐殺よりもひどくなるなぁ。ていうかヒットラーは悪なのに原爆を落としたトルーマンが悪でないのは、どう考えてもおかしいのだが。歴史はやはり勝者のために作られているのだ。

だが結衣ちゃん、たまらず大和の高校に出向いて大和の部活帰りに「一緒に帰ろう」と誘ったのだが、大和は、据え膳食わぬは男の恥を正当化するように、
「あ、ごめん、オレ、今日、彼女を迎えにいきゃいけないんだ」
とさりげなく断ったのだが、それが結衣ちゃんに恋愛していることを気付かせたとは・・・。しかもそのコマのシーン、結衣ちゃん、一瞬ショックを受けて放心状態になり、そして、
なにやってるんだろう、あたし・・・
とつぶやくのだー!!!私は、全身の血が一気に頭に登り、
「ぎゃー!」
と叫びそうになったのだが、ひとんちだったので、必死に高ぶる感情を抑えこんだ。まあ、感情はさすがに抑えられなかったが、声だけはなんとかして出さないことに成功した。恋をしている子がここまで可愛いなんて!可愛い過ぎるぜ、結衣ちゃん。萌えまくりだったね。くっそー、大和のヤロー、彼女ができてから、やけにモテモテじゃねえか。ふざけんじゃねえ、バカヤロー!

ああ、それにしても萌果ちゃんはどうしたんだろうな。お巫女さんで癒し系で、しかもセクシーな萌果ちゃん。私の小さい頃のお姉さまたちに投影しちゃったんだから、萌果ちゃんには。スキンシップをとりたい。このシーンは衝撃的だったんだから。キスされたい。抱きついて。っていうか抱きつきたい。いたわってくだちゃい。じゃないと、死んじゃうー。女性とのスキンシップがないために現在本当に死にそうなんだ。苦しくて苦しくてたまらない。このまんまじゃ、窓から飛び降りかねない。夢にまで出てきてしまったんだから、萌果ちゃん。なぜか東京じゃなくてテキサスだったんだけどね、夢に出てきた場所が。サンアントニオかどっかで待ち合わせして、そこまでドライブしにいくところで夢が終わっちまった。私は、
「ちくしょう、なんで早起きしなきゃいけねんだ!」
と怒り狂った。仕事さえなければ、ずっと寝ていられたのに。そして萌果ちゃんと会えたのに。ぶちこわしだ。コミックではとうぶん出てきそうにないし、どうしてるんだろうな、萌果ちゃん。あああ、I trully miss Honoka!

高校生に戻りたい。そして青春を謳歌したい。それが私の唯一の望みだ。残酷にも時間は過ぎてしまった。同僚とのラップでも、今日のテーマは「時間」で、私は青春を過ぎてしまった苦しみを詩に書いた。アメリカの学園は危険だ、コロンバイン高校や今日ではヴァージニアのどこかの大学で銃の乱射事件が起こり、沢山の学生が死んだという。やはり青春を謳歌できていないのかもしれない。だからルサンチマンが溜まっているのだろう。私も青春を謳歌できなかった。だから戻りたい。戻って人生をやり直したい。そして萌果ちゃんと恋をしたい。ゴア革命での恋愛、携帯とインターネット、これらで恋をしたい。私の高校なんかポケベルがでてきて、高校の公衆電話が撤去になったんだから。つまり公衆電話はもう時代遅れとなったのだ。そしたら卒業して渡米したとたんに、こんどは携帯が出てきたわけだし、ポケベルを禁止しようとして公衆電話を撤去した高校もまったく無意味な行動だったのだ。ああ、なんと発展途上の段階だったのか。そんなことでマジになっていたなんて。ばからしい。野蛮だ。だから、今高校に戻りたい。そして青春を謳歌したい。涼風のキャラたちのように。ああああ、回春、16歳に戻りたい!そしてメイド喫茶に行って、結衣ちゃんとイチャイチャしたい。この失学園の苦しみを取り除いてくれー。だれか、若返りの技術を開発してくれー!21世紀だろ?もう出てきても当然だろ!いつまで待たせる気だ!このままじゃ寿命で死んでしまうではないか!それだけは避けたいというのによ!
青春を回復したい!

【2007/04/17 22:20】 | アニメ
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Lance
お疲れ様でした。 今回の記事も力作で教祖の萌える思いと熱い思いが伝わって来ました!  それにしてもメチャメチャしっかり書いているので純粋に関心してしまいました。 だって、わざわざU TUBEで調べてすぐにサイトに飛べるようになってるんですからね。  人のことは全く持って言えないないですが、勉強や仕事もこんなに頑張っていたら勝ち組の人生になっていたかもですね(笑)  ま、自分は勉強や仕事よりもアニメに一生懸命だったので今が今ですね(笑)
 
 あ、それからこの間はせっかく来て頂いたのに大したお構いと不覚にも寝てしまって本当にスミマセンでした・・・。  寝不足だったもので。 家に居ると環境が環境ですから安心してしまうんでしょうね。
 来週の金曜から約1ヶ月の休みに入るので来週以降また是非会いましょうネ!!
 では長くなりましたがまた次回!


ヘルメス
いやー、あれは天国かと思いましたよ。涼風、うわー、ひえ〜。メイド喫茶、できないかぁ〜?メイドたんに抱きつきターイ!

でも、まあ、成績が悪かったというだけで、勉学に励んでいかなった、また医療保険にも入れないような乏しい給料をもらっているのは、仕事をさぼっているからではありません。しかし『鋼の錬金術師』でもあったように、この世は結果主義ですから。あとkiss ass techniqueですか?有名になれば、逆にkiss assされる側になりますからね。私はkiss assにはうんざりです。

私の才能はなんなのか、というのを模索している所です。しかし、私は日の当たらない凡人ではなく、実は天才だったということをいつの日か証明して、いままで私をゴミ同然のように扱ってきた現実の女の子たちを見返してやりたいですね。学園で大和のような羨ましい体験さえできれば、日本を捨ててまで渡米することもありませんでしたから。萌果ちゃんさえいれば・・・。大和が実に羨ましい、それに、あんだけ確かな短距離の才能があるんですから。

尊師は俳優ですから、アニメは尊師にとっては貴重な勉強ですね。私の萌果ちゃんへの執着から、疲労困憊しているにもかかわらず、お邪魔させていただいたので、あれはさすがにまずかったと反省しています。私の俳優の友人も私にコンタクトをとらなかったのではなく、とれなかったということがようやくわかりました。マジな人は、ある意味で精神的に出家しているといってもいいような気がします。まだまだ私はそこを理解できなかったために未熟でした。

では、尊師、ありがとうございました。またお会いできるのであれば、是非とも!

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BBCによれば、ヒラリーが最も選挙資金を調達しているという。そのグラフがこちら。


どうみてもヒラリーが圧倒的だ。いかに金集めに秀でている人間が世界を動かすかということか。そういえば、ブッシュもケリーに資金集めでもう勝っていたというし。とくにチェイニーがファンドレイザーとしては天才的と言われているが、まあハリバートンのCEOをやっていたぐらいだから、その実力は確かだろうが、集金のプロが政治家になるのはどうかなぁと疑問に思うのだ。だったら金で権力の座を買っているようで、なにか昔の金権政治がそのまま行われているように気がして、庶民である私には「ちょっとなぁ」と思ってしまうのだ。

ヒラリーひとりだけ、三千万ドル以上を調達し、圧倒的に優位に立っているのだ。オバマも二千万ドル以上とヒラリーの後にしっかりとくっついているし、ゴアの2000年度の大統領選挙資金が八百万ドルだったと考えれば、それはもう桁違いだ。集金家としてのヒラリーとオバマはずば抜けているし、アメリカの歴史の中で、これほどまでに選挙資金を調達した政治家はいないであろう。

でも金のあるところって、なんかドロドロしてるイメージがあるから、しっくりこない。小泉はその点、清貧で新鮮だったけれども、真紀子という金持ちが小泉を総裁選に担ぎ出したんだし、真紀子がいなければ、小泉は総理になれなかっただろう。まあ、清貧だからいいというわけでもないからね。ナチスだって第一党になるまでは、赤字と借金だらけで、党は破綻寸前だったらしいし。党首のヒットラーは、
「ドイツ産業界はドイツ民族復興のために何をしてくれたか。何もしてくれなかった。ゼロだ!」
と嘆いていたぐらいなのだから。まあ、失業した貧乏人が支持する貧乏な党だったのだが、それが政権を取るとあれだ。しかし、「痛みを伴う改革」は、清貧である人間でなければ、支持されなかっただろうし、それで貧乏人の奴隷根性は骨抜きにされて、結局は金持ち優遇となってしまったのだ。それが一時的ならまだしも、固定化が我々の生活を蝕んでしまうのだから、たまったものではない。あらたなカースト制度の出現だ。所詮、金持ちが貧乏人を説得するため、小泉のような指導者を利用したみたいなものだし、そう、ドイツの金持ちが貧乏人を共産主義に染まらないようにするために、ヒットラーを利用したのと同じように。こういう「清貧」のイメージの強い指導者も、個人が清貧だけであって、やはり金の呪縛にハマってしまっていたのだ。どうせなら、やはり清貧で、ちゃんとビンボー人を助けるような政策をやってくれるのがいちばんいい、イエスのように。シッダールタでは、王室出身だし、
「教祖として食生活も寝る所も他の修行者とくらべると優遇されているではないか」
と『神々との対話』の中で神々もシッダールタを批判していたぐらいだし。だったらイエスのほうがいいなぁ。イエスは我々の中から出てきたんだし、だから我々の苦しみを理解しているし、貧乏人を救ってくれる政策を優先的にやってくれるだろう。すべては貧乏がいけないのだから。

しかし、金がすべて、金がなければ何もできない、デートもできない、エッチもできない、しかも金が一番多い候補者に票が行く、こんなんでは、ブルジョア政治そのままだ。資本主義政治、政治家は庶民の代表ではないのか。民主党は貧乏人が支持する金持ちの党か。しかし、ヒラリー人気も金でわかるというのか。だれが一番人気があるかは金を見ればわかるということなのか。人気あるところに金ありか、それとも金あるところに人気ありなのか。アメリカは本当、金がないと何もできないからね。そういう社会だということが、この大統領選挙資金の報告でまざまざと見せつけられた。なんだかがっかりさせられた。幻滅だ。

やっぱヒラリーやオバマじゃなくて、デニス・クシニッチに投票しようかなぁ。彼はヨーダのような風貌でキモメンの星だし、実はいうとあの人の政策に一番共鳴するんだけど、でも、リベラルすぎては政権は取れないだろうし。カナダじゃあるまいし、アメリカ全土がサンフランシスコっていうことはないし、なにしろアメリカでは保守派が一番多いのだから。しかもよりによって60年代に社会革命を起こした団塊の世代にかぎって。先進国なのに宗教がシリアスに受け止められてるんだもん、いやになっちゃうよ。原理主義者ばっかで。しかも原理主義者にかぎって国粋主義者、右翼が多いし。ヒラリーも右翼票を意識してイラク戦争を支持したらしいし。まったく、アメリカはとくに宗教にうるさいし、星条旗がどうのこうのとやかましい。私は右翼と討議したことがあったが、
「星条旗を汚す行為だけは許せねえ」
とか言っていたなぁ、だから彼に言ってやったよ、
「修正第一条(言論の自由条項)を汚す行為だけは許せねえ」
って。それに原理主義的なアメリカでは、ジョン・レノンが「キリストより有名になった」と言っただけで、あれだけのバカ騒ぎになったんだから。

原理主義、拝金主義、国粋主義、やっぱりアメリカはこういう世界なんだなぁ。哲学者は、神が死んで、国家主義的ロマンティシズムが死んで、恋愛至上主義が取って代わったというけれど、私はそれを疑問に思う。恋愛至上主義というより、拝金主義、ブルジョアジズム至上主義が横行していると言った方が的を得ているだろう。なにせ恋愛は拝金主義に従属しているのだから。デートも結婚もセックスもすべて金に隷属しているのだ。婚約指輪、結婚指輪、ダイヤモンド、デビアス社の陰謀だとわからないのか!結婚は幸いにもヨーロッパでは廃止に向かうであろう。なぜならフランスでは新生児で婚外子が三割以上を占めるのだから、子育てに結婚は必要ないという真理に気付いてきたのだ。そう、神がつくった制度などいらないのだ。神はとっくに死んだのだから。結婚は今まで神が管理してきた。しかし、近代から、もちろん挙式は教会で行うのだが、実際に結婚する場所は裁判所だ。神の作った制度を政府が管理するようになったのだ。アメリカもフランスもそうだ。そしてアメリカでは州の裁判所だ。だから結婚制度を見れば、その国の国家観がわかるのだ。ようするに本当の神の死亡は結婚の廃止によって実現するのである。その兆候がフランスではもう見え始めてきている。いずれだれも結婚しなくなり、結婚制度自体が廃止となるだろう。そしてフランス人は神から自由となり、本当の個人主義を謳歌できるのだ。素晴らしいことだ。

しかし、アメリカはこういう西欧のトレンドには合致しない。なぜなら、アメリカも拝金主義は拝金主義なのだが、アメリカでは、神は死んでいないからである。だから結婚をキリスト教的なものだけにとどめようとしているのだ。よって同性愛結婚を禁止する憲法に次々とアメリカの各州は改正している。まさに憲法改悪だ。すべては神が死んでいないからだ。しかも一ドル札にまで、「In God we trust」というフレーズがどうどうと書いてあるからねぇ。神と金が合体してるんだよ、アメリカって。で、そのフレーズを紙幣から取り除こうと主張すると、また国粋主義者に迫害されるんだよ。イエスは金は皇帝のものといって、政教分離したのに、アメリカは金まで神のものになっちゃったから、政教一致になってしまっているではないか。というか、政金一致だ。だから金を一番多く集めた候補が大統領に当選して、就任式で聖書に手を置いて宣誓するんだもん。これじゃ、ローマの免罪符となんら変わらないじゃん。ああ、デニスよ、たのむからこれらの言説を破壊してくれー。



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【2007/04/17 00:08】 | 政治
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だれか、この男を止めてくれ!

American Idol』を見たが、ヘイリーが落ちてしまったのが、とても残念であった。どうしてだ。今回はあの『Shall We Dance?』の女優のジェニファー・ロペスがメンターで、ラテン音楽がテーマであったが、それで一番セクシーさと官能さの味を出していたのはヘイリーだったではないか。ラテンのダンスはエロチシズムそのもので、女性が踊ればそれこそ、ユートピアを体現したようなものである。カーニヴァルでも想像すれば、わかるだろう。あの子の脚はとてもセクシーで、ラテンの曲を歌い上げた時は、
「うぎゃー、女神さまー!」
と叫んで、全身が痺れてしまった。しかし、審査員はだれも彼女のパフォーマンスを好まなかったし、また三千万人のアメリカ人が投票したのだが、彼女がもっとも有効投票数が少なかったとは、これでアメリカ人は愚民の塊であることがはっきりした。いや〜、私もヘイリーに投票しなかったからね。ドゥーリトルに投票しているからね、いつも。だって彼女が一番うまいじゃん、ずば抜けて。でも、フィルが落ちるかと思ったいたから意外、彼はとくに今回は声がひっくり返ったり、最悪なパフォーマンスだったからね。ミリタリーバカのスキンヘッド野郎め。でもヘイリーが落ちたとは、これでこのショーは詐欺だと思ったよ。しかし三千万の投票数とは、都知事選よりも投票率が高い。というか、これは一国の大統領選挙規模の投票率だ。すごいなぁ、『アメリカン・アイドル』。さすがは世界帝国アメリカの番組だけはある。

もっともひどいのはサンジャヤ。彼はかならずボトム3に入るかと思ったが、逆にラテンの味を出していたクリスが入っていたなんて、観客からもブーイングの嵐が起こった。サンジャヤはインド系アメリカ人で、なんと17歳であり、しかもそれでヒゲを伸ばして、そして女の子の絶大な人気を誇る。女の子たちは彼に「キュート!」と欲情するのだ。ぬぬぬー!ムカつくー!私はとうとう耐えられなくなり、テレビの画面に向かって、
オレだって17歳になりてえ!
と叫んでしまった。平成生まれだぜぇ。そんな羨ましいこと、あんのかよ〜。ちくしょう。私だって平成に生まれたかったんだ、バカヤロー。昭和という腐った時代に生まれてしまったなんて、一生の不覚だ!そして失学園、青春の喪失・・・。できれば再び17歳になって青春をやり直したい!それに、彼は椅子に座って、カメラ目線で『Besame mucho』を歌い、テレビの向こうの女の子たちを意識したものであった。ビートルズも『Let It Be』の映画で、『Besame mucho(めーいっぱいキスして)』を歌っていたこの曲でだ。まあ、言い換えれば『Chupame mucho(めーいっぱいしゃぶって)』だからなぁ、そのように女の子には聞こえたのだろう。そう、クリントンのように。グルーピーどもめ。くー、くやしい!たしかにアイドルとしては認める。審査員のランディーもサンジャヤはスマートなパフォーマーだと言っていた。そう、政治でもそうだ、いい政治家ではなく、小泉のようなアイドルのようなパフォーマーだ、大衆が熱狂するのは。私の尊師である俳優のランスさんもサンジャヤのパフォーマンスは「よく考慮されたもの」と評価していた。シャーリプッタとモッガーラの師匠であるサンジャヤ。私も長髪にしよっと、サンジャヤのように、そうすれば女の子の称賛を浴びれるだろうからさ。けっ!

【2007/04/15 12:01】 | 音楽
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Lance
自分のブログをいつも紹介してもらって、どうもです!  いや〜、ヘイリーは女性陣の中で唯一”アイドル”っぽかったのに残念ですね・・・。  これでサンジャヤか残りの女性陣の対決になりそうな気がします・・・。 これからも目が離せないですねっ!!!

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たしか映画化もされたと思うが、例のアンディー・ウォーホールの殺害未遂事件で逮捕されたヴァレリー・ソラナスの『SCUM Manifesto』というものがあるが、それはあまりにも強烈で、自分のペニスがなくなってしまったのではないかというほど、股間を確かめなければならなかったほどである。というか、自分の股間のでこぼこが原罪のように感じてしまった。シャワーを浴びるために裸になるが、鏡を見ることさえ、気がめいってしまう。SCUMとはSociety for Cutting Up Menの略で、「野郎どもを八つ裂きにする会」と訳したらよいだろうか。その文章を抜粋しよう。
The male is a biological accident: the Y (male) gene is an incomplete X (female) gene, that is, it has an incomplete set of chromosomes. In other words, the male is an incomplete female, a walking abortion, aborted at the gene stage. To be male is to be deficient, emotionally limited; maleness is a deficiency disease and males are emotional cripples.
男は生物学的なアクシデントだ:Y(男)遺伝子は不完全なX(女)遺伝子、つまりそれは、不完全な染色体のセットを持っているのである。言い換えれば、男は不完全な女であり、歩く人工中絶であり、遺伝子段階で中絶されたのである。男になることは欠陥することであり、情緒的に欠落しており、男の性質は欠陥病であり、男たちは情緒障害者なのである。

Every male's deep-seated, secret, most hideous fear is of being discovered to be not a female, but a male, a subhuman animal.
すべての男の根深い、秘密の、最も醜悪な恐怖は、彼が女ではなく、男、人間以下の動物ということが見つかってしまうのではないかということである。

Unable to empathize or feel affection or loyalty, being exclusively out for himself, the male has no sense of fair play; cowardly, needing constantly to pander to the female to win her approval, that he is helpless without, always on the edge lest his animalism, his maleness be discovered, always needing to cover up, he must lie constantly; being empty he has not honor or integrity -- he doesn't know what those words mean.
同情することも、愛情を注ぐことも、忠義を尽くすこともできないことにより、もっぱら彼は外に放り出されているため、男はフェア・プレイの感覚を持っておらず、臆病にも、絶え間なく女の承認を勝ち取るために女に取り入る必要があり、それらなしでは男は無力で、いつも崖っぷちに立たされ、彼の動物性、いわゆる男の性質が見つからないためにも、いつも彼は隠蔽し、絶え間なく嘘をつかなければならない;彼は空っぽなため、名誉も誠実性もないーー彼はこれらの言葉の意味を知らない。
<訳は私>
そして、彼女は男絶滅計画を練り出してくる。それでアンディーをピストルで襲撃したのである。つまり、60年代にもっともアメリカのサブカルチャーに文化的影響を与えたアメリカ人の男であるアンディーを殺して、象徴的に男抹殺計画を実行に移したのである。アンディーは別に女性の敵というようなことはなかったのに、ヴァレリーにとっては、すべての男は抹殺の対象だったのだろう。まあ、それは狂気であり、彼女の行動は社会から制裁されなければならないが、彼女の主張たるものは、とても力強い。ここまで言われてしまったらもうお手上げだ。否定するつもりはない。

男は人間以下の動物か。だから彼女は我々の人権を完全に無視したのだろう。だからアンディーを男代表として狙撃したのだろう。しかし、我々だって人間の女から生まれてきたんだから・・・、一応は人間だ。基本的人権はあるはずだ。女だって男の精子がなければ生まれてこなかったんだし。まあ、それも彼女に言わせれば、精子は必要悪なんだろうけ