
最近、『地球新世紀』を観たが、その中で『木を植えた人』という絵本が紹介されてあった。最近、日本でその絵本がブームになって、その朗読公演が日本で行われているそうだ。これはフランスの童話であり、この物語の主人公であるElzéard Bouffierがオリエントの仙人に非常に似ている気がした。
「この方こそ、まさに仙人(サンスクリット語でrishi、パーリ語でisi)であろう。」
と思わされた。なにせシッダールタは独りで樹下で瞑想して悟りを開いた。その木は菩提樹と呼ばれている。だから仏教と森林は相即不離、持ちつ持たれつの関係であろう。
仏教は一人で森林で修行するのを本当の楽しさとしている。『ダンマパダ』によると、
「人のいない林は楽しい。世人の楽しまないところにおいて、愛著なき人々は楽しむであろう。かれらは快楽を求めないからである。(99)」
とされる。またそれはシッダールタの弟子の詩からも読み取れる。
もし、前に、あるいはまた、後に、〔修行の妨げとなる〕他の者が見出されないなら、林のなかで独り住んでいる者にとって、〔そこは〕あまりに平穏なる〔場所〕と成る。さあ、〔わたしは〕独り、林へと行くのだ――覚者(ブッダ)によって褒め称えられた〔林〕へと――独り住む者にとって、自己を精励する比丘にとって、平穏なる〔場所〕へと。〔心の〕制止者(ヨーガの実践者)が喜びと為し〔心が〕喜ぶべき〔森〕へと、発情した象が慣れ親しむところの森へと、〔わたしは〕独り、義(道理)に自在なる者となり、すみやかに入るであろう。見事に花ひらいたシータ林(地名・寒林:死体置き場)にある、涼やかな山窟で、四肢に〔水を〕注いで〔身を清め〕、〔わたしは〕独りある者となり、経行[きんひん]するであろう。〔心が〕喜ぶべき、大いなる林のなかで、伴侶なき独一者となり、何時[いつ]、わたしは、為すべきことを為した煩悩なき者として、住むのだろう。このように、為すことを欲する、わたしの志は、栄えあれ。わたしだけが、〔その志を〕為し遂げるであろう。他者は、他者にとって、為す者にあらず(自己のみが、自己のことを為す)。この〔わたし〕は、甲冑を装着し、森へと入るであろう。煩悩の滅尽を得ることなく、その〔森〕から出ることはないであろう。芳しい香りの、涼やかな風が吹き渡るとき、〔わたしは〕山の頂きに坐し、無明を破るであろう。花に覆われた林の、涼やかな洞窟で、〔ここ〕ギリッバジャ(地名・王舎城の別名)で、まちがいなく、解脱の安楽を楽しむ者となり、喜び楽しむであろう。シッダールタの一番弟子であったシャーリプトラも、
ー『テーラガーター』十なるものの集まり 537−545
「修行者は世を厭うて、人のいない座所や樹下や墓地を愛し、山間の洞窟の中におり(スッタニパータ958)」
と言っている。しかしここにトイレの存在は認められない。身を不浄と見るにはトイレが格好の場所だと思うのだが、森の生態系では排出物さえも縁起というエコロジーの中の一つでしかなく、溶け合っているのだ。つまり都市の生活を厭い、森への信仰への回帰がここに認められるのである。しかし仏教では本来森の守護者であった神々がその性格を失っていることであり、ブッダの法を実践している修行者の方が森とうまくやっていけていると伝えているのが実に興味深い。それは仏教が都市宗教としてスタートしたことの裏返しであろう。自然回帰は都市の人間の思考体系だからである。
神は、
「森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、日に一食を取るだけであるが、その顔色はどうしてあのようにあ明朗なのであるか?(『神々との対話』20項)」
とシッダールタに尋ねている。つまり、森が修行者の生活の場であったことをこの言葉は暗示している。また神は、
「日も盛りの時、鳥どもが[枝に]とまっているときに、大きな森が鳴りひびく。それは、わたしには恐ろしく思われる。」
と言うが、シッダールタは、
「それは、わたしには楽しみと思われる。(24項)」
と言い返している。まるで神々が都市の便利な生活に慣れてしまった住民のようなことを言っているのだ。というかシッダールタの方が本来の自然の神に近いのだ。人間が都市文化を築いたとともに神々も都市化してしまったのであろう。
またシッダールタは森林保護も訴えているように思われる。『神々との対話』の第一編の五章七節に「植林する人(またはこどば)」があり、そこで神が、
「いかなる人の功徳が、昼夜につねに増大するのですか?いかなる人が、法に安住し、戒めを身に具えて、天におもむくのですか?」
と訊くと、
「園に植え、林に植え、橋を作り、井戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々、ーかれらの功徳は、昼夜に常に増大する。(74項)」
とシッダールタは答えた。つまり緑を増やす人が常に功徳を増大させるという。しかしシッダールタがこのようなことを言っていたのも実に興味深い。すでに2500年前のインドで森林伐採による環境破壊の問題があったということなのか。
とにかく仏教は植林を奨励している。木を植えた人はまさに昼夜に功徳を増大させる。樹木葬でもなんでもいい、とにかく木を植えよう。しかしそれは人のため、あるいは母なる地球のためであろうか。どうも、そうではないようだ。「情けは人のためにあらず」ということわざがある。それが仏教の環境保護の精神であろう。『神々との対話』で神は、
「子ほど可愛い者は存在しない。」
というが、シッダールタは、
「自己ほど可愛いものは存在しない。(24項)」
と言い返している。つまり、自己を依りどころとしているのだ。それが法なのであろう。『ダンマパダ』では、
「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。(129)」
「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。(130)」
とある。つまり自分にされては困ることを人にするなという黄金律だ。逆に言えば人にしてもらいたいことを人にしてあげるのだ。それこそイエスの『マタイによる福音書』の7章の12節である。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。したがって慈しみとは自己が最も可愛いからできるのである。つまり情けは人のためにではないのだ。「情けは人のためにある」と思うから、環境保護もろくにできないのではなかろうか。
アメリカの親は子供に「Be Yourself」と助言する。「自己になれ」という意味だ。また叱るときにも「Behave yourself」という。つまり「自己をふるまえ」というのだ。それは悪いことをする人間は自己になっていない、自己喪失しているという考え方である。一見、シッダールタの「自己ほど可愛いものは存在しない」という発言は自己中でエゴイズムに満ちた偏見と映るが、これはアメリカ人にとってはピンと来る発言なのである。個人主義の本当の意義が集約された言葉なのだから。個人主義とエゴイズムは違う、よって「自分さえ良ければ」という言葉は個人主義では成り立たないのである。なにせ自分さえ良いという考えは自分を愛していることでは決してないし、よってエゴイストは自分を愛していないのである。シッダールタも言っている、
だれでも身体によって、ことばによって、心によって悪行をなすならば、その人々にとっては、自己は愛しいものではない。それ故に、かれらにとって自己は愛しからざるものなのである。ところが、だれでも、身体によって善行をなし、[ことばによって善行をなし、心によって善行をなすならば、その人々にとっては、自己は愛しきものなのである。]それ故に、かれらにとっては自己は愛しいものなのである。
ー『神々との対話』164項
聡明でない愚人どもは、自分に対して仇敵に対するようにふるまう。かれらは悪い行いをして、苦い報いを受ける。もしも或る行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣き叫びながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。もしも或る行為をしたのちに、それを後悔しないで、嬉しく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善いのである。自分の益になるものであると知り得ることを、あらかじめなすべきである。「自分の益」になるもの、それはまさに「我が雪と思えば軽し笠のうえ」であろう。だから、アメリカの小学校で悪いことをした子は、
ー『神々との対話』134項
「おまえは自分を可愛いとは思っていない」
と、先生に叱られるのだ。
「もっと自分を愛してみろ!」
というふうに説教されてしまうのがオチである。そういう意味では仏教はよりアメリカ的であるということだ。
だから環境保護も自分のためにやればいいのだ。そうすれば個人主義のアメリカ人にはとくに理解されるだろう。アメリカ人は一度やりだしたことは最後まで成し遂げる粘り強さがある。なんでもハッキリさせなければ気が済まない中途半端が大嫌いな国民性だからだ。なにも、
「人類のため」
と大袈裟な大義名分を作らず、
「自己を愛するが故に」
とすればそれに越したことはないのだ。
きっとゴア氏はその個人主義的見解を暗黙の了解としてアメリカで『不都合な真実』公演を行っていたのであろう。日本で公演をしたときは、その哲学的見解をそのまま維持して日本人に説いたのかどうかという疑問が私を患う。というより、好奇心旺盛にさせるのだ。
しかし、ゴア氏の功徳はきっと昼夜に常に増大するであろう。
「彼は現代の仙人だ!」
と言ったら、美辞麗句になってしまうだろうけれども。都市文化にあってそのような人は実に新鮮だ。自然を愛するヒッピーも都市文化から出てきた。しかし現在では彼らは老いた麒麟となり、自然を愛するどころかSUVを乗り回して、自然を破壊するようになってしまった。もう一度、若いときのように自然回帰を思い出して欲しいものだ。かつて彼らがヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』を読んで感激し、森の中の修行者の生活に憧れていたように。
そんなヘルマン・ヘッセの小説でも取り上げられた仏教では自然の保護者は神ではなく、人間というのが突出した特徴なのである。人間は神の領域に生存していたが、都市化とともに人間は神の領域から姿を消した。しかし、気付いてみれば神々でさえ自然神としての性格を失ってしまった。人間も神も森の住民ではなくなってしまったのだ。だから人間たちは神を頼って自然を回復させようとしたが、当の神々が森を怖がるようになってしまったのだ。まるで南極のペンギンが上野動物園に連れてこられて、そこで長いこと暮らしているうちに日本ごときの生温い冬の気候に凍えてしまうようなものだ。また温暖化が進めば、南極の氷は完全に溶けてしまい、ペンギンの帰る場所は地上から消えてしまう。また、このままだと「北極の王者」とまで謳われたHitachiのCMでおなじみの『白くまくん』も北極圏の氷が溶けて死に絶えてしてしまう。それと同じで、森林伐採で神々は住処を追われのだろう。そして神々は動物園で暮らすようになって、自然を忘れてしまったのだ。もちろん人々は動物園にお参りして神々を賛美し続けたが、その神々はもはや本来の神の力を失ってしまった。動物園で育った野生動物を野生に返すと死んでしまうように。しかし、このままだと彼らの帰る森すらあと400年で絶滅するという。そうなれば神は二度と本来の神に戻れなくなってしまう。アリストテレスは、
「野生で暮らしていけるのは神と獣だけだ。」
と言ったが、今では神も獣も住むところを追われ、熊でさえ都市に出てきてゴミをあさっているあり様。かつてアイヌ民族に崇拝された熊、金太郎に武術を伝授した熊、その神の化身たる熊が今ではこのあり様である。そして神々は既に絶滅危惧種として認定済みである。そこで、そんな神々の危急存亡のとき、人間が自らブッダとなって、その自然神の性格を取り戻し、植林を促したのであろう。
つまり、元祖環境保護運動家とは、インドの仙人だったのだ。そういう意味ではゴアは現代の仙人だ。だが環境保護家というのは環境が破壊されるから出てくるのである。絶滅危惧種がいるから動物保護団体があるのだ。どの宗教も世が乱れる時、救世主が現れるという。世直しは世が乱れているから起こるのだ。つまり我々が彼らを賛美する状態は本当はあってはならないことなのだ。ゴアのような人が出てきてはいけないのだ。我々は神々も保護しなければいけない立場になってしまったのだから。太古から、神々は我々を保護してきたが、シッダールタの時代には冠履転倒となった。人間の上である存在が人間であるブッダに五体倒地するようになってしまっていたほど、神々は追い詰められていたのである。だから、神の媒体者であるシャーマンに、
「神々はなんて言ってるんですか?」
と訊くと、
「ビートルズの『Help!』を歌っています。」
と答えるだけであり、シャーマンの価値も地に落ちてしまった。神々がプライドを捨ててまでシッダールタに、
「たすけてくれ〜!」
とすがりつくようになってしまったのだ。梵天勧請はその最たるものであろう。つまり、シッダールタの時代でさえ既に環境破壊が進んでいたことが推測されるのである。
神々が我々にひれ伏す時代、それがまた到来してしまったことは、なんと悲惨なことであろうか!かつては神々が自然の番人であったというのに。しかし、今では神々でさえ森林を恐れるようになった。それも我々が彼らを自然から追いやったからだ。そして自然の番人は仙人ひとりで担当しなければならなくなった。そもそも、その責任は我々にある。だから我々がその代償を払うために環境保護に精を出すのも当然なのだ。よって多量のヒッピーを生産するのは義務というより、もはや神々と自然に対する賠償であった。ヒッピーが神の代わりを務めなければならなくなったのだから。つまり人間が森の保護者とならなければならくなったのだ。『木を植えた人』も木を植えた「神」ではない。「人」である。スサノオのように朝鮮半島から植林の技術を伝えた神はもはや消え失せた。今や、その役割を担うのは仙人という「人」なのだ。自然の神々を復活させるのは人なのである。アル・ゴアもその一人であろうと私は認識している。
参考文献:
中村元訳『ブッダのことば:スッタニパータ』岩波文庫、2006年
中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』岩波文庫、2006年
中村元訳『ブッダ 神々との対話 サンユッタ・ニカーヤI』岩波文庫、2005年



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木を植えた男
cake この作品は、随分昔にアニメーションで見た記憶があります。
筆数が少なく、ひょうひょうとした動きで、モノクロのイメージがあるのですが、定かではありません。先に絵本があったのねと思いましたが、どうやらアニメーションの方が古いようですね。
「木を植えた男」で検索を掛けましたら、実際に数十カ国を渡り歩いて、木を植えている方がいるんですね。驚きです。私も山に登ったら、どんぐりを拾ってこようと思います。秋まで待てない・・・な。
見ました!
ヘルメス さっそくインターネットで注文して、見ました!いやー、よかったです。結構日本のアニメに慣れていたので、こういうような線の柔らかいタッチのアニメもなかなか良いと思います。自然の大切さを教える物語としては最適ではないでしょうか。
これはちょうど20年前で87年にアカデミー賞の短編映画部門を受賞したようですし、「風に吹かれて」のような映画でした。アニメオタクも、このような作品に触れて欲しいですね。
cake この作品は、随分昔にアニメーションで見た記憶があります。
筆数が少なく、ひょうひょうとした動きで、モノクロのイメージがあるのですが、定かではありません。先に絵本があったのねと思いましたが、どうやらアニメーションの方が古いようですね。
「木を植えた男」で検索を掛けましたら、実際に数十カ国を渡り歩いて、木を植えている方がいるんですね。驚きです。私も山に登ったら、どんぐりを拾ってこようと思います。秋まで待てない・・・な。
見ました!
ヘルメス さっそくインターネットで注文して、見ました!いやー、よかったです。結構日本のアニメに慣れていたので、こういうような線の柔らかいタッチのアニメもなかなか良いと思います。自然の大切さを教える物語としては最適ではないでしょうか。
これはちょうど20年前で87年にアカデミー賞の短編映画部門を受賞したようですし、「風に吹かれて」のような映画でした。アニメオタクも、このような作品に触れて欲しいですね。
先日、地球新世紀の第一話を観たが、地球の森はあと400年で消滅してしまうという。イースター島のモアイが文明崩壊の決定打となったようである。モアイを彫心鏤骨するために山を削り取って森林伐採したのである。それはまるで小説の『蝿の王』のような世界である。深作監督の『バトル・ロワイヤル』にも共通した世界観だ。しかし、海外と貿易さえしていれば、こんなことにはならなかった。日本も自給率がやたらと低く、もし貿易国でなかったら、モアイのように内戦となってしまうであろう。アメリカの穀物への依存、とくに全ての日本食の味のもとである大豆は80%以上がアメリカ産だ。それはGMD(遺伝子組み換え)の穀物でもある。アメリカなしでは日本は食糧難になることは必至である。日本は歴史的に大飢饉に見舞われてきた。手塚治虫の『火の鳥〜鳳凰編』によれば、東大寺の毘盧遮那仏も大飢饉の真っただ中に作られた代物だそうだ、そう、モアイのように。また豊臣秀吉の大仏殿建設計画のために屋久島の森林は伐採された。そして貴重な屋久島の自然は16世紀に破壊された。それはイースター島の文明が滅びた時代と合致するのは奇遇の産物であろうか。月尾氏はモアイは現代の高層ビルに類似しているとコメントした。つまり記号性においての類似点を指摘したのだ。たしかにモアイは破壊された。それはまるでアフガニスタンのバーミャンの大仏を爆破したような残骸跡であった。それでなくとも、もともとこの大仏は顔が削られていたというのに。そしてマンハッタン島のグラウンド・ゼロもアメリカ文明の破壊を狙ったものなのであろう。広島の原爆ドームはまさに文明滅亡の危惧を呈している。世界はまさにイースター島化しようとしているのである。つまりモアイの約束した未来とは破滅だったのである。モアイの意味は「モ(未来)」であり、「アイ(生きる)」である。つまり、未来を生きようとすることが返って莫大な負債を抱え、文明は滅びてしまったのだ。
『ああ女神さまっ』はウルド(Urd)、ヴェルダンディー(Verdandi)、スカルド(Skuld)のノルン三姉妹である。運命の神であるという。彼女らは糸を紡ぐことによって未来を占う。シェークスピアの『マクベス』にもウルド姉妹なるWeird Sisters(ウィアード・シスターズ)が登場し、マクベスに予言するのである。Weirdは「奇妙な」という意味の単語であるが、その元の綴りはWyrdとなり、ゲルマン語のUrdが英語に変化したものだという。つまりウルドがそのまま英語ではstrangeやpeculiarと同じ意味を表す「奇妙」という単語に進化したのである。「合縁奇縁」という漢語があるが、それはまさしくノルン三姉妹、もしくはウィアード・シスターズを表しているのであろう。とくに「奇」という言葉はウィアード(ウルド)という意味に捉えていいであろう。ウィアード姉妹の一人は黒沢監督の『蜘蛛の巣城』で糸車をまわす山姥として登場している。ガンディーの独立のシンボルとしての糸車とは正反対の記号であるということは興味深い。ノルンの糸車とは、まさに輪廻世界への束縛を表している。つまり、負債によって子孫七代にわたってまでスカルドに束縛され続けるのだ。
ウルド(過去)は財産、ヴェルダンディー(現在)は資本、そしてスカルド(未来)は負債を司る。それが「已今当」の三世である。スカルドは未来、または負債を司るのである。またスカルドはワルキューレでもあり、女戦士、またはオーディンのための死刑執行人である。つまり殺人者である。したがってネオリベラリズムはゲルマン神話により近いのである。そう、マクベスのような企業戦士が殺し合いを促すのがウィアード・シスターズなのである。
「戦え、殺せ、引きずり下ろせ、成功のために」
まるでユーゴ内戦のセルビア軍のプロパガンダのラップビデオを観ているかのごとくである。だからアメリカ人はクレジット・カードによってスカルドに支配されてしまうのだ。負け組が負けを自覚できずに食い尽くされていくのである。つまりスカルドの呪縛にかかることにより、ゲルマンの運命の女神に手玉に取られてしまうのだ。そのノルン姉妹の手練手管にかかってしまうのだ。マクベスの未来はスカルドによって支配され、部下の謀反により滅びてしまった。つまり未来を予言されたことは負債を背負わされたということである。だから負債を抱えないためには予言や占いなどをしないことである。そして現代の占い師はクレジットスコアをはじき出すCPA(公認会計士)である。つまり会計士はスカルドのシャーマンなのだ。しかし、どの占い師も言うことは同じだ。
「私の未来はどうなっているんですか。」
と訊けば、
「死んでいますね。」
と答えるのだから。それに終末論を唱えないカルトは前代未聞だ。つまり不死になるためには占いなどにこだわらないことだ。
そう、スカルドはクレジットカードの女神である。私も残念ながら未来を彼女に支配されているのだ。しかもクレジットカードをキャンセルしたら、クレジットスコアが下がってしまい、将来ローンを組むときに却下されるという。だから借金をしてこそ、アメリカ人ははじめて信用されるというふざけた社会なのである。スカルドの承認なしには家もマンションも車も買えないのだ。だからスカルドは貨幣経済の発達した都市文化ならではの存在なのであろう。そして負債を抱えたまま死んだ者は自縛霊となって子孫七代までスカルドの餌食になってしまうのだ。
そんなスカルディックな社会でもラルフ・ネーダーのような人はクレジットカードの不条理さを指摘し、消費者運動を展開している。彼はかつてシートベルト運動を推進した張本人である。まさに消費者保護運動のヒーローだったのであるが、最近は何回か大統領選に立候補しており、「老いたる麒麟は」と言われるようになってしまった。また2000年選挙の遺恨で民主党員には彼を嫌っているものが多い。しかし、それでも彼が信念を貫いてきたことは確かであり、アメリカ社会を良くしてきたことは評価されるべきだ。
クレジットカードを使わずに生きていける社会にしなければならない。プラチナのクレジットカードをレストランで支払うところを披露すると、女の子はまさにウットリ状態だ。まったくふざけているとしか言いようがない。つまり金があっても消費せずに貯金していたら、ケチと判断されて女の子は遊んでくれない。ネオリベラル社会では消費する男こそ理想なのである。それはまるで女の子がスカルドの巫女として振る舞っているかのようだ。彼女らはまさにスカルディストだ。どれだけ女のために消費(浪費)してくれるかが、男のクレジットスコアを上げる決め手となるのだ。そう、クレジットというのはいわゆる「信用」だ。信用を上げるためには、借金してまでの消費がモノを言うのだ。その点数が上がれば、天佑神助だという。だがそれは天佑ではなく、修羅佑である。恋愛もビジネスでもこのクレジットスコアが全てを支配しているのだ。またクレジットスコアがマイナスでしかないHIPCはスカルドに完全に束縛されてしまっているのである。まるで死の王マーラの支配から逃れられないように。そう、スカルドはオーディンの娘であり、マーラまたはナムチの娘だ。シッダールタを誘惑した三姉妹とはノルン三姉妹だったのだ。なにしろ彼は一国のプリンス、ウィリアム王子のような存在だったのだから。
しかし、そんな恋愛の言説を潰してもらいたい。だから我々はスカルドに反旗を翻そうではないか!スカルドを除霊しなければ。スカルドの呪縛を女の子から解放しなければならない。もうすぐ桃の節句、いわゆる雛祭りだ。雛人形にスカルドを擦り付けて、川に流さないと。もし近くに川がなければ、水洗トイレで流すのもかまわない。トイレは日本語で川屋(厠)である。よってトイレは身を清めるのに最適な場所である。だからアメリカではトイレとシャワーは同じバスルームにセットとなっているのだ。とにかく、アメリカ人女性からスカルドを取り払い、禊祓いして破邪顕正するのである。
金は天下の回りもののはずである。お金はインカでは太陽の象徴であり、ペルーの通貨単位はスペイン語で「太陽」を意味するSolである。そしてイエスは「太陽が人を区別することなく平等に照らすように、人間は神の前で平等である」と言った。だから太陽は普く照らさないといけないのだ。ブルジョアだけが太陽を独占するなんて、全く道理を外れているのだ。それはブルジョアが自分勝手に高い建物を建てて、庶民の日照権を奪っているようなものだ。太陽の恵みを受けられない人間はクレジットカードに走り、スカルドの占い詐欺に引っかかり、破滅への道へと進んでしまうのである。クレジットカードの蔓延する娑婆世界、まさに無明の世界、光のない世界、光の神バルドルは復活せず、ノルン三姉妹はラグナロークを予言することになる。つまりクレジットカード文明はラグナロークへの序曲なのだ。
イランよりインドに偏った狂言綺語になってしまうが、ネオリベラル的な修羅界を司る毘盧遮那仏、またはヴァイローチャナ、阿修羅(アスラ)の王であり、奈良の大仏はそのシンボルだ。そしてモアイは大仏同様に巨大である。モアイとスカルド、共に未来を司る。イースター島民はモアイを崇拝して争いが起き、滅んだ。アメリカ人はスカルドの免罪符であるクレジットカードで瞬時の快感に興じている。そして、その当のスカルドはワルキューレという修羅の女であり、梶芽衣子の『修羅雪姫』を連想させられる。またスカルドの父であるオーディンの日は水曜日である。「Wednesday」とは英語で「オーディンの日」という意味であり、ドイツ語でも「Wochentag」と呼ばれていた。だからこの日に限ってデートに誘う確立が高くなるのだろう。クレジットカードの蟻地獄に追い込むために。
このままではアメリカはクレジットカードによってラグナロークを迎えてしまうであろう。マヤ文明の暦ではラグナロークは2012年だという。まさにアセンションのときだ。それまでに死の王から人々を解放しなければならない。スカルディズムをなんとか食い止めなければ。事態は緊急を有する。まさに危急存亡の秋である。




『ああ女神さまっ』はウルド(Urd)、ヴェルダンディー(Verdandi)、スカルド(Skuld)のノルン三姉妹である。運命の神であるという。彼女らは糸を紡ぐことによって未来を占う。シェークスピアの『マクベス』にもウルド姉妹なるWeird Sisters(ウィアード・シスターズ)が登場し、マクベスに予言するのである。Weirdは「奇妙な」という意味の単語であるが、その元の綴りはWyrdとなり、ゲルマン語のUrdが英語に変化したものだという。つまりウルドがそのまま英語ではstrangeやpeculiarと同じ意味を表す「奇妙」という単語に進化したのである。「合縁奇縁」という漢語があるが、それはまさしくノルン三姉妹、もしくはウィアード・シスターズを表しているのであろう。とくに「奇」という言葉はウィアード(ウルド)という意味に捉えていいであろう。ウィアード姉妹の一人は黒沢監督の『蜘蛛の巣城』で糸車をまわす山姥として登場している。ガンディーの独立のシンボルとしての糸車とは正反対の記号であるということは興味深い。ノルンの糸車とは、まさに輪廻世界への束縛を表している。つまり、負債によって子孫七代にわたってまでスカルドに束縛され続けるのだ。
ウルド(過去)は財産、ヴェルダンディー(現在)は資本、そしてスカルド(未来)は負債を司る。それが「已今当」の三世である。スカルドは未来、または負債を司るのである。またスカルドはワルキューレでもあり、女戦士、またはオーディンのための死刑執行人である。つまり殺人者である。したがってネオリベラリズムはゲルマン神話により近いのである。そう、マクベスのような企業戦士が殺し合いを促すのがウィアード・シスターズなのである。
「戦え、殺せ、引きずり下ろせ、成功のために」
まるでユーゴ内戦のセルビア軍のプロパガンダのラップビデオを観ているかのごとくである。だからアメリカ人はクレジット・カードによってスカルドに支配されてしまうのだ。負け組が負けを自覚できずに食い尽くされていくのである。つまりスカルドの呪縛にかかることにより、ゲルマンの運命の女神に手玉に取られてしまうのだ。そのノルン姉妹の手練手管にかかってしまうのだ。マクベスの未来はスカルドによって支配され、部下の謀反により滅びてしまった。つまり未来を予言されたことは負債を背負わされたということである。だから負債を抱えないためには予言や占いなどをしないことである。そして現代の占い師はクレジットスコアをはじき出すCPA(公認会計士)である。つまり会計士はスカルドのシャーマンなのだ。しかし、どの占い師も言うことは同じだ。
「私の未来はどうなっているんですか。」
と訊けば、
「死んでいますね。」
と答えるのだから。それに終末論を唱えないカルトは前代未聞だ。つまり不死になるためには占いなどにこだわらないことだ。
そう、スカルドはクレジットカードの女神である。私も残念ながら未来を彼女に支配されているのだ。しかもクレジットカードをキャンセルしたら、クレジットスコアが下がってしまい、将来ローンを組むときに却下されるという。だから借金をしてこそ、アメリカ人ははじめて信用されるというふざけた社会なのである。スカルドの承認なしには家もマンションも車も買えないのだ。だからスカルドは貨幣経済の発達した都市文化ならではの存在なのであろう。そして負債を抱えたまま死んだ者は自縛霊となって子孫七代までスカルドの餌食になってしまうのだ。
そんなスカルディックな社会でもラルフ・ネーダーのような人はクレジットカードの不条理さを指摘し、消費者運動を展開している。彼はかつてシートベルト運動を推進した張本人である。まさに消費者保護運動のヒーローだったのであるが、最近は何回か大統領選に立候補しており、「老いたる麒麟は」と言われるようになってしまった。また2000年選挙の遺恨で民主党員には彼を嫌っているものが多い。しかし、それでも彼が信念を貫いてきたことは確かであり、アメリカ社会を良くしてきたことは評価されるべきだ。
クレジットカードを使わずに生きていける社会にしなければならない。プラチナのクレジットカードをレストランで支払うところを披露すると、女の子はまさにウットリ状態だ。まったくふざけているとしか言いようがない。つまり金があっても消費せずに貯金していたら、ケチと判断されて女の子は遊んでくれない。ネオリベラル社会では消費する男こそ理想なのである。それはまるで女の子がスカルドの巫女として振る舞っているかのようだ。彼女らはまさにスカルディストだ。どれだけ女のために消費(浪費)してくれるかが、男のクレジットスコアを上げる決め手となるのだ。そう、クレジットというのはいわゆる「信用」だ。信用を上げるためには、借金してまでの消費がモノを言うのだ。その点数が上がれば、天佑神助だという。だがそれは天佑ではなく、修羅佑である。恋愛もビジネスでもこのクレジットスコアが全てを支配しているのだ。またクレジットスコアがマイナスでしかないHIPCはスカルドに完全に束縛されてしまっているのである。まるで死の王マーラの支配から逃れられないように。そう、スカルドはオーディンの娘であり、マーラまたはナムチの娘だ。シッダールタを誘惑した三姉妹とはノルン三姉妹だったのだ。なにしろ彼は一国のプリンス、ウィリアム王子のような存在だったのだから。
しかし、そんな恋愛の言説を潰してもらいたい。だから我々はスカルドに反旗を翻そうではないか!スカルドを除霊しなければ。スカルドの呪縛を女の子から解放しなければならない。もうすぐ桃の節句、いわゆる雛祭りだ。雛人形にスカルドを擦り付けて、川に流さないと。もし近くに川がなければ、水洗トイレで流すのもかまわない。トイレは日本語で川屋(厠)である。よってトイレは身を清めるのに最適な場所である。だからアメリカではトイレとシャワーは同じバスルームにセットとなっているのだ。とにかく、アメリカ人女性からスカルドを取り払い、禊祓いして破邪顕正するのである。
金は天下の回りもののはずである。お金はインカでは太陽の象徴であり、ペルーの通貨単位はスペイン語で「太陽」を意味するSolである。そしてイエスは「太陽が人を区別することなく平等に照らすように、人間は神の前で平等である」と言った。だから太陽は普く照らさないといけないのだ。ブルジョアだけが太陽を独占するなんて、全く道理を外れているのだ。それはブルジョアが自分勝手に高い建物を建てて、庶民の日照権を奪っているようなものだ。太陽の恵みを受けられない人間はクレジットカードに走り、スカルドの占い詐欺に引っかかり、破滅への道へと進んでしまうのである。クレジットカードの蔓延する娑婆世界、まさに無明の世界、光のない世界、光の神バルドルは復活せず、ノルン三姉妹はラグナロークを予言することになる。つまりクレジットカード文明はラグナロークへの序曲なのだ。
イランよりインドに偏った狂言綺語になってしまうが、ネオリベラル的な修羅界を司る毘盧遮那仏、またはヴァイローチャナ、阿修羅(アスラ)の王であり、奈良の大仏はそのシンボルだ。そしてモアイは大仏同様に巨大である。モアイとスカルド、共に未来を司る。イースター島民はモアイを崇拝して争いが起き、滅んだ。アメリカ人はスカルドの免罪符であるクレジットカードで瞬時の快感に興じている。そして、その当のスカルドはワルキューレという修羅の女であり、梶芽衣子の『修羅雪姫』を連想させられる。またスカルドの父であるオーディンの日は水曜日である。「Wednesday」とは英語で「オーディンの日」という意味であり、ドイツ語でも「Wochentag」と呼ばれていた。だからこの日に限ってデートに誘う確立が高くなるのだろう。クレジットカードの蟻地獄に追い込むために。
このままではアメリカはクレジットカードによってラグナロークを迎えてしまうであろう。マヤ文明の暦ではラグナロークは2012年だという。まさにアセンションのときだ。それまでに死の王から人々を解放しなければならない。スカルディズムをなんとか食い止めなければ。事態は緊急を有する。まさに危急存亡の秋である。



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ラグナローク
cake ヘルメスさん、こんにちは!
ラグナロークが、初耳の言葉だったので、検索を掛けてみましたが、ゲームばかりが、沢山釣れてきました。一箇所、北欧の神話でラグナロークが見つかりました。新約聖書のヨハネの黙示録に出てくる、ハルマゲドンのようなものですね。
世界の宗教には、同じような内容が含まれているのは、偶然なのでしょうか。地球に、いつまでも人間の蔓延る世界は続かない事を、示唆しているのかも知れませんね。私には、もう始まっているような気さえしています。
ヘルメスさんの、大きな仏像と一枚のクレジットカード、どちらも物であり、一種の象徴としての比較は、面白いと思いました。
どうもです
ヘルメス おはようございます、cakeさん、
>地球に、いつまでも人間の蔓延る世界は続かない事を、示唆しているのかも知れませんね。
そうですね。私もそのように思います。そんなことはあって欲しくないですが。でも、人間がいなければエコロジーは破壊されなかったわけですし。エゴセントリックをエコセントリックに換骨奪胎する必要があります。そういう意味では環境保護はまさに「情けは人のためにあらず」だと思います。
ラグナロークはよくアニメの題材になります。私も『ああ女神さまっ』を観て、北欧神話をかじるきっかけになりました。それからワグナーのオペラに入りました。私はゲーマーではないので、だいたいアニメから情報を得ることが多いです。
cake ヘルメスさん、こんにちは!
ラグナロークが、初耳の言葉だったので、検索を掛けてみましたが、ゲームばかりが、沢山釣れてきました。一箇所、北欧の神話でラグナロークが見つかりました。新約聖書のヨハネの黙示録に出てくる、ハルマゲドンのようなものですね。
世界の宗教には、同じような内容が含まれているのは、偶然なのでしょうか。地球に、いつまでも人間の蔓延る世界は続かない事を、示唆しているのかも知れませんね。私には、もう始まっているような気さえしています。
ヘルメスさんの、大きな仏像と一枚のクレジットカード、どちらも物であり、一種の象徴としての比較は、面白いと思いました。
どうもです
ヘルメス おはようございます、cakeさん、
>地球に、いつまでも人間の蔓延る世界は続かない事を、示唆しているのかも知れませんね。
そうですね。私もそのように思います。そんなことはあって欲しくないですが。でも、人間がいなければエコロジーは破壊されなかったわけですし。エゴセントリックをエコセントリックに換骨奪胎する必要があります。そういう意味では環境保護はまさに「情けは人のためにあらず」だと思います。
ラグナロークはよくアニメの題材になります。私も『ああ女神さまっ』を観て、北欧神話をかじるきっかけになりました。それからワグナーのオペラに入りました。私はゲーマーではないので、だいたいアニメから情報を得ることが多いです。

さっそく本題に入る。残念ながら、仕事だったためヒラリーのウェブチャットには参加できなかったが、ヒラリーの「Hillary on Heath Care」という題名がつけられたウェブビデオを観た。私はヒラリーのこの言葉に感化された。
「One of the goals that I will be presenting is health insurance for every child and universal health care for every American. That will be, you know, very major part of my campaign and I wanna hear people's ideas about how we can acheive that goal.私はこの言葉を聞いて感激した。欣喜雀躍となった。どれほどまでに待ちわびていたであろうか。夢にまで見た国民皆健康保険。
私がこれから提案する目標の一つは全ての子供に健康保険、そして全てのアメリカ人のための国民皆健康保険であります。それが、私のキャンペーンのとても主要な部分であり、そして私はその目標をどうやったら我々が達成できるかということについての人々のアイディアに耳を傾けたいのであります。」
私は保険がないために医者にも行けない。自動車保険、自動車税、自動車の修理、ガソリンの高騰、家賃の高さ、光熱費、携帯電話の料金、所得税、社会保障料、すべてが私の生活を圧迫し、クレジットカードで借金して辛うじて保っているという状態だ。これで病気になったら一巻の終わりだ。しかしクレジットカードをマックスアウトすれば、また新しいクレジットカードに加盟しなければならず、悪循環を引き起こす。全米での国民のクレジットカードで貯まった借金の総額は8千億ドルだと言われている。米国のGDPが約12兆ドルだから、GDPの約7%分がクレジットカードの借金なのである。つまりクレジットカードを市民から奪い取ったらアメリカの国益に関わる一大事なのである。消費社会経済は市民を消費漬けにさせることでしか生存できないのだ。
私も失業した時、失業保険に申請したが、アメリカではその手続きが3週間以上もかかり、小切手が来るまでは保たない。小切手は月給の40%分でしかなく、それではとても家賃は払い切れない。そこで、仕方なくクレジットカードで一時を凌いだが、今となってはその借金の付けが回ってきている。だが、最近は収入が安定してきているので、近いうちに借金をすべて返済できるめどは既についている。しかし、それでも保険はない。保険料は給料から引かれているが、一般の人が使えるのは老後だけである。なぜ政府の健康保険は年金と同じシステムなのか。今病気して使えなければ、なんのために払っているのだ。老後まで待てとうのは、とても不思議である。
私はクレジットカードを失業を凌ぐために使ったが、アメリカ人はもっと消費したいために使う。そしてクレジットカードがないとアメリカ消費経済は成り立たないのだろう。もし全ての米国人がクレジットカードを使うのをやめてしまったら、それこそ革命が起きるであろう。つまりクレジットカードは人々を現実問題からそらす消費社会の革命予防装置なのである。だから国民健康保険の重要性も見えてこないのだろう。消費者は目先の瞬時の快感に満足してしまうのだから。それがショッパホーリックなるものを作ってしまうのだ。それが、アメリカ消費社会のからくりである。
ところが、実際は米国の人口の四千万人以上が健康保険を持っていないといわれている。もしアメリカの憲法に日本国憲法の第25条があったならば、これは国家犯罪である。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」しかし、アメリカは国民皆保険は社会主義的として、退けてきた。そしてその代わりにクレジットカードを与えてきた。それが資本主義の万能薬のように。そう質屋で売られているミイラで作られた薬のようだ。そんなものはうさんくさいとだれでもわかるはずなのに。ミイラは復活しないし万能薬にもならない。ましてはクレジットカードでミイラ化した人間を見て、消費社会の言説は彼をより高く評価して、クレジット・スコアの点数がアップするのである。それはどれだけ消費者のミイラ化が進んだかというバロメーターに過ぎないというのに。江戸で処方された万能薬のせいでエジプトの貴重な財産は失われた。それと同じで市民の財産は失われ、ただ負債だけが残るのである。まるでヴェルサイユ体制の巨額の賠償金のように。アメリカだけである、そんなバカなことで消費者をたぶらかすことができるのは。
また資本主義の先進国で唯一国民皆保険がないのはアメリカだけである。つまり社会主義的という議論は言語道断なのである。軍隊は市民を外敵から守り、医者は市民を病気から守るのである。私はブラックジャックが嫌いだ。彼に治療してもらうと健康保険は効かないし、法外な請求書を突きつけるからだ。つまり四千万人のアメリカ市民はブラックジャックに苦しめられるのだ。それは軍隊が国民の自由を弾圧し、軍政を敷くようなものである。市民を守るはずのものが市民を拷問して苦しめているのだ。それはまったく道理を外れているのである。アメリカの財界は市民にクレジットカードでブラックジャックに医療費を払えとでも言っているかのようである。クレジットカードを使わせる奴と国民健康保険に反対する輩は同じという場合が多い。その言説を、ヒラリーは砕いてくれるだろうか。彼女はそう宣言したのだから、私は彼女の言葉にかけてみようと思う。
経済という単語は「経世済民」の省略である。「世をよく治め、民を救う」ことである。しかし、アメリカに蔓延っているネオリベラリズムは決して経済システムではない。なぜなら、その適者生存、弱肉強食、優勝劣敗のシステムでは民は苦しめられるので、それには「経済」という言葉は不適切だからである。ネオリベラリズムが民を救うなどもってのほかである。先憂後楽の精神で尽くしてくれる政治家はいないのか。本当の経済を実行してくれる政治家、それはヒラリーになるかもしれない。とくに彼女の国民皆健康保険の宣言からは、そのような姿勢が伺えるのである。



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こんにちは
はにまる ヘルメスさん、こんにちは。アメリカには国民皆保険制度がないのですね。
ヒラリーさんが大統領になれば、いろいろ変わっていきそうです。
あかさたな 初めまして。ちょうど昨日、アメリカの健康保険制度の矛盾点を批判したジョンQという映画を見ました。日本は国民皆健康保険制度が導入されては居ますがいろいろな問題点が存在していますが、ヘルメスさんの書き込みを拝見するとやはりアメリカにはアメリカの根深い問題が存在するんですね。理想の国は存在しないようです。
どうもどうも
ヘルメス どうも、はにまるさん、
そうですね。本当に変わってくればいいですね。まあ、まずは民主党内の選挙で勝たなければなりませんが、やはりたとえ身内同士でも誹謗中傷がたえないような状況ですね。政治はやはり汚い世界ですね。
あかさたなさん、どうも、ようこそ。
ジョンQはまだ拝見していません。さっそくメモしておきます。日本では寿命がやたらと長いですし、老人はなかなか死なないし、それにベビーブーマーが今度は老人社会に参加して、さらに老人人口が膨張するので、大変ですね。アメリカにもやはり同じ問題がありますが、出生率は先進国ではとても高い2以上を保っています。少子化の問題はそれほどでもないので、その面では、まだましなほうですね。日本の健康保険問題にはあまり詳しくないので、どういうところが問題なのですか?
理想の国がないから、武陵桃源を約束する宗教なるものがあるのでしょうか。精神面での理想の国というところでしょうか。
はにまる ヘルメスさん、こんにちは。アメリカには国民皆保険制度がないのですね。
ヒラリーさんが大統領になれば、いろいろ変わっていきそうです。
あかさたな 初めまして。ちょうど昨日、アメリカの健康保険制度の矛盾点を批判したジョンQという映画を見ました。日本は国民皆健康保険制度が導入されては居ますがいろいろな問題点が存在していますが、ヘルメスさんの書き込みを拝見するとやはりアメリカにはアメリカの根深い問題が存在するんですね。理想の国は存在しないようです。
どうもどうも
ヘルメス どうも、はにまるさん、
そうですね。本当に変わってくればいいですね。まあ、まずは民主党内の選挙で勝たなければなりませんが、やはりたとえ身内同士でも誹謗中傷がたえないような状況ですね。政治はやはり汚い世界ですね。
あかさたなさん、どうも、ようこそ。
ジョンQはまだ拝見していません。さっそくメモしておきます。日本では寿命がやたらと長いですし、老人はなかなか死なないし、それにベビーブーマーが今度は老人社会に参加して、さらに老人人口が膨張するので、大変ですね。アメリカにもやはり同じ問題がありますが、出生率は先進国ではとても高い2以上を保っています。少子化の問題はそれほどでもないので、その面では、まだましなほうですね。日本の健康保険問題にはあまり詳しくないので、どういうところが問題なのですか?
理想の国がないから、武陵桃源を約束する宗教なるものがあるのでしょうか。精神面での理想の国というところでしょうか。
私は悪夢に魘された。ハッと布団から起きたら全身汗ビッショリかいていた。なんと『舞-HiME』の藤乃静留が夢に出てきたのだ。いや〜、本当に焦った。第22話で着ていた紫色の和服で、欲情する目で私に迫ってきたのだ。まさに危機一髪、さもなくば未曾有の大惨事になるところだった。やれやれ。だとすれば、第22話はあまりにも衝撃的だったらしく、玖我なつきだけでなく、私までもがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥ってしまったのだろう。恐るべき京都美人。京都と言えば、ゴア元副大統領が京都プロトコールを押し進めているあの京都だ。先日、『不都合な真実』のために来日し、京都プロトコールの精神である環境保護を日本人に訴えた。なにしろ京都は日本の旧首都であり、大和文化の中心であったのだから。そして、その京の町はまさに甘美である。藤乃静留はまさにそこの育ちであり、おしとやかな京都弁で落ち着いている。だが、実は大変な婬欲者だったのだ!その衝撃の映像をフランス語のサイトで見つけた。
第22話の7:07(分:秒)の子犬が静養中のなつきを舐めるシーンも、以降の静留の愛欲の爆発を示唆している。
「こら、どこを舐めてる?くすぐったいてば。」
となつきが子犬を抱いて見せている可愛さ、静留はその時そうとうな力で性欲を抑制していたのだろう。しかし、17:21から、なつきの様子を見にきた静留は、なつきが寝ているのを確認すると、とうとう我慢できなくなって猥褻な行為に走ったのである。また18:37には、なつきはPTSDになり、静留のキスの追体験に悩まされ、19:45には衝撃の事実を知り、ショックを受けてしまう。花鳥風月を体現したような女性である静留がレズビアンだとは・・・。しかも相手が寝ている隙に猥褻行為を仕出かすという。恐るべし、京都の眉目秀麗なレズビアン。「京都の着倒れ、大阪の食い倒れ」というが、静留のようなレズビアンがいるかぎり、京都は未来永劫滅びることはないであろう。2012年を生き残れるのは確実だ。それこそが京都プロトコールの精神だ!ああ、京都に行きたい。ロスではレズビアンの人口も結構高いが、そこまであからさまではないので、だれがレズかあまりわからない。やはり本当にレズ文化が栄えているのはサンフランシスコぐらいであろうか。しかし、京都は1200年の歴史、環境保護主義とレズビアニズムこそが京都プロトコールの根本原理だということを静留の破廉恥行為によって悟らされた。
第22話の7:07(分:秒)の子犬が静養中のなつきを舐めるシーンも、以降の静留の愛欲の爆発を示唆している。
「こら、どこを舐めてる?くすぐったいてば。」
となつきが子犬を抱いて見せている可愛さ、静留はその時そうとうな力で性欲を抑制していたのだろう。しかし、17:21から、なつきの様子を見にきた静留は、なつきが寝ているのを確認すると、とうとう我慢できなくなって猥褻な行為に走ったのである。また18:37には、なつきはPTSDになり、静留のキスの追体験に悩まされ、19:45には衝撃の事実を知り、ショックを受けてしまう。花鳥風月を体現したような女性である静留がレズビアンだとは・・・。しかも相手が寝ている隙に猥褻行為を仕出かすという。恐るべし、京都の眉目秀麗なレズビアン。「京都の着倒れ、大阪の食い倒れ」というが、静留のようなレズビアンがいるかぎり、京都は未来永劫滅びることはないであろう。2012年を生き残れるのは確実だ。それこそが京都プロトコールの精神だ!ああ、京都に行きたい。ロスではレズビアンの人口も結構高いが、そこまであからさまではないので、だれがレズかあまりわからない。やはり本当にレズ文化が栄えているのはサンフランシスコぐらいであろうか。しかし、京都は1200年の歴史、環境保護主義とレズビアニズムこそが京都プロトコールの根本原理だということを静留の破廉恥行為によって悟らされた。
それにしても京都美人、恐るべし。ショックだった、本当にショックだった〜。 しかし『舞HiME』の全体の感想としては、いやー、切なかった。だが感動した。ここまで深かったとは。というか、イエス・キリストの「芥子種」の寓話を思い起こさせた。ルカによる福音書13章の18〜19節には、
「神の国は何に似ているか。何に例えようか。それは、芥子種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る」
と書いてある。そう、舞HiMEの高校はカトリック系であり、そこの神父はたしか「芥子種」の説教をしていたはずである。
『舞HiME』は終末論的あり、蝕の時に世界が滅びるという。それを回避するために、とあるカトリック高校から特殊能力を持った女性が選ばれ、人類を救済するという物語である。その女性をHiMEと呼ぶ。彼女らは女子高生であり、しかも女性しかHiMEになる資格がない。人類と地球を救うためにHiMEに選ばれた精鋭たちはワルキュリーと呼ばれ、この世で最も大切な人の命を戦いにかけるというのである。そして、ワルキュリーのパートナー的存在の戦闘用ロボットはチャイルドと呼ばれる。このチャイルドが損傷して機能が停止したとき、ワルキュリーの最も大切な人は宇宙の藻屑と化して、消滅してしまうのである。つまり、恋人であれば、恋人は命を落とし、兄弟であれば、兄弟が命を落とす。つまり、愛によってHiMEとして戦闘する資格を得る一方、敵に敗れ去った時、愛をも失ってしまうのである。そう、チャイルドとは子であり、もっとも大切な執着であるのだ。愛のために人は戦うのであり、戦う資格を失えば、守るものさえ失ってしまうのである。また愛するものを殺されれば、愛は憎しみへと変わる。
また、救世主になれるHiMEはただ一人、よって12人のHiMEは戦いによって真のHiMEを選出しなければならない。そう、麻生外相も絶賛の『ローゼンメイデン』のアリスのようなものである。だから、他のHiMEのチャイルドを破壊するということは、その戦士のもっとも大切なものを奪うということでもあるのだ。だから、HiME同士は、勝っても負けても遺恨が残り、もう二度と友人として接することができない。骨肉相食む状態に陥ってしまうのである。それはまさに修羅界以外の何ものでもない。
つまり愛は人を戦わせ、憎しみを増大させるのである。それは、『スッタニパータ』でのシッダールタと悪魔パーピマンのやり取りを連想させられる。パーピマンは、
「子のある者は子について喜び(33)」
と言うが、シッダールタは、
「子のある者は子について憂い(34)」
と切り返すのである。そして、続けて
「執著するもとのもののない人は、憂うることがない」
と言うのである。さらに、シッダールタは、
「愛情にしたがってこの苦しみが起こる。愛情から禍の生ずることを観察して(36)」
「子や妻に対する愛著は、たしかに枝の広く茂った竹が互いに相絡むようなものである(38)」
「争闘と争論と悲しみと憂いと慳みと慢心と傲慢と悪口とは愛し好むものにもとづいて起こる(863)」
と言うのである。これらからすると、仏教とは、愛情を敵に回した宗教である。というか愛を消滅させようとしたのである。それは、発狂した母の寓話にも見られる。その母の名はキサー・ゴータミーである。
仏教にはキリスト教と同じく「芥子種」の寓話がある。『ダンマパダ』の114偈には、
不死の境地を見ないで百年生きるよりも、不死の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。とある。その偈はキサー・ゴータミーのものだという。そしてキサー・ゴータミーの説話、いわゆる芥子種の寓話はダンマパダの注釈書に出てくる。つまり114偈に対する注文にその説話が説明されているのだ。キサー・ゴータミという人物は自分の息子を失って、完全に理性が破壊されて取り乱していて発狂した。悲嘆に暮れる中、キサーはシッダールタに出会う。そしてシッダールタはキサーに、
「死人を一人も出していない家から芥子種を持ってきてくれたら、息子を蘇らせてあげよう」
というのである。キサーは戸から戸へと家々を廻って、死人が出ていないかを尋ねたが、結局、どの家も死人を出していたのである。だから、とうとうキサーは息子を蘇らせることのできる芥子種を手に入れることができなかったのだ。つまり、人はだれでも死んでしまうという事実を学び、気持ちが楽になったという。そして、彼女は出家するにいたった。つまり、キサーは芥子種を得られないことで、苦しみから逃れることができたのである。
しかし、イエスは神の国を芥子種に例えた。芥子種は永遠の命を天国で約束してくれる。また、イエスは悪霊に取り憑かれて死んだ子を蘇らせたりもした。だから、もしキサーがイエスに会っていれば、息子はイエスの手で蘇ったかもしれないのだ。それか、キサーは天国に召されて、息子に再会することもあったかもしれない。そう、キリスト教とは愛の永遠性を説く宗教であり、仏教は愛さえいつかは滅びるという諸行無常を説く宗教である。常住の愛と無常の愛、それがキリスト教と仏教の思想的決裂である。
つまりイエスは芥子種を永遠性のシンボルに使ったこと、またシッダールタも芥子種が死んだ息子との再会を実現させること、その点で両者共通しているのである。どちらにしろ、シッダールタもイエスも芥子種は永遠の命、または復活、蘇生を約束するものと見ていたことは興味深い。しかし、イエスは芥子種は入手可能としたが、シッダールタは芥子種は入手不可能とした。だから、それがキリスト教と仏教の根本的な相違になるのである。しかし、どちらも人を愛別離苦から解放しようとしたのは間違いない。
シェークスピアの『ハムレット』の有名な台詞は
「To be, or not to be: that is the question. 生きるべきか、否か、それが問題だ」
である。しかし、戦闘から脱落した元ワルキュリーは
「Mustard seed, or not: that is the question. 芥子種か、否か、それが問題だ」
となるのである。つまり、宗教指導者で言えば、
「Christ, or Buddha: that is the question. キリストか、ブッダか、それが問題だ」
となるのである。それが、『舞HiME』の最大の集点であろう。
とうわけで、長生きの秘訣はできるだけ芥子を多く食べることだ。そう、オデンには必ず芥子をつけて体を温めることである。それこそ、不老長寿への道であると、私は信じたい。『舞-HiME』の最終回は仏教的なものか、キリスト教的なものか、いやカトリック系といったほうがいいだろうか、それがこのアニメに最大の見所であろう。芥子種を得られるのか否か、それが問題である。
始めは『舞-HiME』は萌え系アニメと聞いていたので、まさかここまで掘り下げたアニメだとはとても予想していなかった。どうせ極端に乳を強調しただけの『Bleach』さながらの爆乳キャラが戦闘するというものだろうとタカをくくっていた。しかし、その期待を悉く裏切られたのだから、まさに『舞-HiME』は驚天動地である。しかもレズビアニズムも色濃く出ていたマスターピースだ。
アル・ゴアは京都の精神をマザーネイチャー(母性、または母なる自然)と表現していた。たしかに女性原理をついた鋭い洞察力であるが、まだまだ最先端の日本文化の奥底までは掘り下げていない。彼は京都の女性原理で一つ重要なことを忘れている。それはレズビアニズムである。母性は女性原理であることに間違いはない。しかし、既存の宗教観念では母性は男性原理を必要とする。なぜなら男性と合体しなければ母にはなれないと考えられているからだ。また父性も女性原理を必要とすると主張する。だからこそ、その既存価値を崩壊させる「新たな」女性原理とはレズビアニズムなのである。つまり京都にレズビアンネイチャーを発見することをゴアは怠ってしまったのだ。レズ性と母性は女性原理でいうと表裏一体、陰陽の関係でもあり、また不二の関係でもある。レズ性即母性、なにか真言宗の『理趣経』のような言い方であるが、それなのだ。
米国では様々なレズビアンのカップルがサンフランシスコで結婚した。緑の党の市長が同性愛カップルに結婚証明書を発行したのだ。しかしシュワルツネッガー知事は違憲として、それを取り消すよう命じた。つまり、父親なしでは家族としては成り立たない、レズビアンは家族を作れない、正当な母親になる資格がないのである。今のカリフォルニアではレズカップルは準母親にしかなれないのだ。まさにセカンド・クラス・シティズンのような不当な扱いだ。女性原理で唯一認められているのは母性であり、レズ性は不当な差別を受けてきたのである。だからゴアが京都の精神であるとする女性原理、それを母性だけでなくレズ性にも言及して「『レズなる自然』がもっとも説得力のある証言者なのです」としていればと、つくづく思ってしまうのだ。
キリスト教は母性を聖母カルトを通じて教化してきた。また仏教でも観音様が母性の役割を担い、慈悲は母性に譬えられてきた。だが、レズビアン文化はどうなのだろうか。日本には男性原理の若衆道が古来から存在した。仏教僧は稚児に夢中であった。女犯は駄目でも男犯は犯罪ではなかったのだ。しかし古代中世近世のレズビアン文学や詩などは日本では研究されていないのだろうか。日本史に於いて同性愛でいつも取り上げられるのはゲイの方で、レズは全く聞いたことがない。日本でも古代にレズボスのサッポーのような人物はいないのか。それに私が古典の授業で習ったのはゲイ文学だけだ。これはどう考えてもおかしい。やはりこれも歴史的に女性原理は母性だけに限られてきたという痛恨の事実なのだろうか。
それはさておき、ゴアには『舞-HiME』を観ることをお勧めする。今や現代思想はアニメによって追求されるからである。ニーチェはオペラや文学を観察して哲学を語った。ポスト・モダンの哲学者は消費社会の映画やテレビや雑誌である。しかし現在はアニメである。ゴアが京都の精神に母性しか言及しなかったのは彼がそれほどアニメには精通していないという証拠であろう。日本の最も世界に影響力のある総合芸術といえば、映画ではなく、アニメなのだから。だから、ゴアが日本に来ておいてアニメから得た情報を全く活用しなかったというのは、日本人がアメリカに来ておいてハリウッド映画を全く無視しているようなものである。彼は自分の映画の宣伝に来たのであるが、同じ映像芸術であるアニメにももう少し言及していれば、もっと日本のサブカルチャーも理解しているという印象を与え、インターネット世代のサブカルチャーのオタクの理解も得られたのかもしれない。そして京都の精神を「レズ性」と言っていれば、彼らの環境保護に対する情熱を促したかもしれない。麻生太郎はその部分が実にしたたかなのだから。このまま行くと安倍が倒れた次は彼が総理だ。
京都美人の静留のレズビアニズム、それこそがこのアニメでの新たな発見であった。また女性原理はなにも母性に限ったことだけではないことに再び気付かされた。京都は花鳥風月を保つ精神が特に優れている。西ドイツでは、町民の意識は高く、彼らの努力で中世の町がそのまま再現されているが、京都もそれに全く劣らず素晴らしい雅の文化を誇る。だからその京都の花鳥風月の精神ゆえに、世界の環境保護のリーダー都市として選ばれたのだろう。花鳥風月を保つこととはまさに環境保護の精神であり、それは母性であり、レズ性なのである。つまり花鳥風月とはレズ性そのものなのだ。京都プロトコールの精神、それは間違いなく女性原理であるが、付け加えておきたいことは、その精神はレズ性でもあるということ、いわゆるレズ・ネイチャーなのである。
だから、私もビートルズの「Mother Nature's Son」をもじって「Lesbian Nature's Son」の主人公になろうかな。それとも「Lesbian Nature's Man」の方がいいか。いや、私は単独者なので、どこにも従属しない、レズビアンにも従属しない。よって「Lesbian Man(レズビアン男)」と言った方がいいだろう。「Lesbian Bastard(レズビアン野郎)」でも「Lesbian Brat(レズビアン小僧)」でもいい。「Lesbian Boy」でもかまわない。「お女郎に小判、野郎にレズビアン」と言ったところか。宮小路瑞穂ちゃんみたいにレズビアンワールドに誘ってもらったら天国だというのに・・・。瑞穂ちゃんのようになりたい。そしてAice5の「Love Power」を謳歌したい。こんなに素晴らしい宗教音楽はシューベルトの「アヴェ・マリア」以来だ。私はカトリックでもないのに何回も「アーメン」と叫んでしまった。でもロスはそういう男は芸能界でしか受け入れられない。世間の生活でも大丈夫なのはサンフランシスコだけだろう。サンフランシスコに引っ越したいな。金さえあればすぐにでも移動しているのに。サンフランシスコはカトリック都市だし、「Love Power」を理解してくれること間違いなし。なにしろサンフランシスコはカトリックでレズなのだから。一番いいのは聖應女学園に入学できればいいのだが。でも、瑞穂ちゃんのようになるための最初のステップは、まずは口紅の塗り方を勉強しないとね。いや〜、女の子は毎朝出勤する前にこんなことしているのだから、大したものだ。本当に感服させられる。口紅はどの製品が一番いいのかな。これがお勧めというのがあったらぜひ教えていただきたい。初心者なので助言はどうかお手柔らかに。
結論を言えば、芥子種、レズビアンネイチャー、この二つが永遠性を約束するということだ。ピリっとしたレズなのだ。その象徴が静留である。母性の象徴がイシスや聖母マリアなら、レズ性の象徴が藤乃静留である。したがって京都プロトコールのマスコット、いやシンボルは静留にしようと提案するのである。よって京都の花鳥風月は永遠なのである。それが京都プロトコールのbona fide(誠意)な哲学である。
参考文献:
中村元訳『ブッダのことば:スッタニパータ』岩波文庫、2006年
中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』岩波文庫、2006年


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やっと忙しかった仕事も終わり、週末になって早朝インターネットでBBCのニュースを見たらヘッドラインでヒラリーが正式に大統領選に参戦することを宣言したとあった。私はギョッなり、
「とうとうこの時が来たか!」
と椅子から飛び上がってしまった。また彼女の個人サイトにも、大統領選への出馬を宣言したことが「I'm In」という題を称して書かれてあった。また1月22日から24日の三夜にわたってウェブキャストで国民と直接インターネットを通じて会話するという。しかし、ニューヨーク時間で7時だというから、ロスでは4時か、うーむ、その時間はまだ仕事中だから、残念だなあ。
どれだけヒラリーが参戦するのを待ったことか。JFKジュニアがニューヨークから連邦上院選に出馬する意志を表明していたから、ヒラリーかケネディーかどちらが連邦上院議員になるかといわれていた。しかしケネディーは飛行機事故で死んでしまったので、ヒラリーが確実にニューヨークの上院議員となったのだ。
写真はヒラリーが連邦議会でニューヨークの連邦上院議員としてクリントン大統領とゴア副大統領の前で宣誓する歴史的瞬間である。

まさに大統領夫人いわゆるファーストレディーが兼連邦上院議員という歴史的な大事件が起きたのである。そんなことを成し遂げたヒラリーに私は感化された、
「アメリカの歴史を変えたのだから、この人ならやってくれる」
と。ちなみに何故ヒラリーがゴア副大統領の前で宣誓したのかというと、連邦上院議長は副大統領が務めているからである。そう、副大統領のというのは副大統領兼連邦上院議長なのである。合衆国憲法の第一条の第三項にそう定められているのだ。
でも、ヒラリーとオバマでは、本当に選びづらい。ヒラリーなら女性初の大統領、しかも元大統領夫人にして上院議員、一方、オバマは黒人初の大統領、そして45歳という若さ。またケネディー以来のマイノリティーの大統領ともなる。私はどの政党にも属していないが、それでもカリフォルニアでは党内の大統領候補を決める予備選挙で投票できる。原則としては党の予備選挙の投票用紙はもらえないが、カリフォルニアではmodified closed primaryを採用していて、こちらが役所でリクセストすれば私もヒラリーかオバマを選ぶ選挙に投票できるのだ。政党に属することは私の質ではない。しかし、それでも大統領候補を決める政党の選挙には参加したい。日本国民だって自民党に登録してなくても総裁選に一票投じたいだろう。第一党の総裁が天皇から総理大臣に任命されるのだから。日本もmodified closedを採用したらどうかと思うが。今や無党派層の時代なのだから。それにシッダールタは「従属する者は、たじろく」、また「従属しない者は、たじろかない(168項)」と言っていたことだし。つまりインディペンデント・スピリットがアメリカ精神である。
だが、民主党に二人のスターが同時に出るなんて、全く運がいいのか悪いのか。優柔不断に陥ってしまう。ただBBCの記事にも書いてあるように、ヒラリーの最大の不利な点はイラク戦争をサポートし、イラクの米軍を増強することを強く主張した過去があるということだ。ここを対立候補は容赦なく突っ込んでくる。内政では断然有利といわれているが、本当の修羅場はこれまでの外交の姿勢であろう。しかし、内政でもヒラリー・へイターなるものが存在し、その数はアメリカ有権者の3分の1にも達するほどだという。ヒラリーに生理的嫌悪を感じる人が多く、主に保守系の南部などの田舎地方に多いという。「I'm In」の動画で彼女は「私は中産階級の出身で中部に育った」とやけに「中」を強調していたが、それでも田舎では彼女を嫌悪するものも少なくないというのが現状であろう。アメリカ大統領選は田舎を制する者が大統領選を制する。だからヒラリーの選挙は前途多難である。
一方、オバマは国政の経験不足が仇になるかもしれないといわれているが、W.ブッシュやクリントンだって国政に関わらずに突然外部者として大統領になった。クリントンも47歳で大統領に当選した。だれもが父ブッシュが勝つと思ったところを大逆転で破ったのだから。その夫人がヒラリーだ。しかし、オバマかヒラリー、どっちにするか本当に迷う。共和党では元ニューヨーク市長のジリアーニかマッケイン上院議員の一騎打ちになりそうである。この二人もアメリカ国民の人気が非常に高いので、お互いに敵に不足なしである。またゴア対ブッシュのように大統領選が最高裁までもつれこむような接戦になるかもしれない。しかし、ヒラリーが出馬を正式に表明したことを受け、私の拙心が歓喜していることは誠実に受け止めたい。ベートーベンの第九を聴きたい気分だ!
参考文献:
中村元訳『ブッダのことば:スッタニパータ』岩波文庫、2006年




「とうとうこの時が来たか!」
と椅子から飛び上がってしまった。また彼女の個人サイトにも、大統領選への出馬を宣言したことが「I'm In」という題を称して書かれてあった。また1月22日から24日の三夜にわたってウェブキャストで国民と直接インターネットを通じて会話するという。しかし、ニューヨーク時間で7時だというから、ロスでは4時か、うーむ、その時間はまだ仕事中だから、残念だなあ。
どれだけヒラリーが参戦するのを待ったことか。JFKジュニアがニューヨークから連邦上院選に出馬する意志を表明していたから、ヒラリーかケネディーかどちらが連邦上院議員になるかといわれていた。しかしケネディーは飛行機事故で死んでしまったので、ヒラリーが確実にニューヨークの上院議員となったのだ。
写真はヒラリーが連邦議会でニューヨークの連邦上院議員としてクリントン大統領とゴア副大統領の前で宣誓する歴史的瞬間である。

まさに大統領夫人いわゆるファーストレディーが兼連邦上院議員という歴史的な大事件が起きたのである。そんなことを成し遂げたヒラリーに私は感化された、
「アメリカの歴史を変えたのだから、この人ならやってくれる」
と。ちなみに何故ヒラリーがゴア副大統領の前で宣誓したのかというと、連邦上院議長は副大統領が務めているからである。そう、副大統領のというのは副大統領兼連邦上院議長なのである。合衆国憲法の第一条の第三項にそう定められているのだ。
でも、ヒラリーとオバマでは、本当に選びづらい。ヒラリーなら女性初の大統領、しかも元大統領夫人にして上院議員、一方、オバマは黒人初の大統領、そして45歳という若さ。またケネディー以来のマイノリティーの大統領ともなる。私はどの政党にも属していないが、それでもカリフォルニアでは党内の大統領候補を決める予備選挙で投票できる。原則としては党の予備選挙の投票用紙はもらえないが、カリフォルニアではmodified closed primaryを採用していて、こちらが役所でリクセストすれば私もヒラリーかオバマを選ぶ選挙に投票できるのだ。政党に属することは私の質ではない。しかし、それでも大統領候補を決める政党の選挙には参加したい。日本国民だって自民党に登録してなくても総裁選に一票投じたいだろう。第一党の総裁が天皇から総理大臣に任命されるのだから。日本もmodified closedを採用したらどうかと思うが。今や無党派層の時代なのだから。それにシッダールタは「従属する者は、たじろく」、また「従属しない者は、たじろかない(168項)」と言っていたことだし。つまりインディペンデント・スピリットがアメリカ精神である。
だが、民主党に二人のスターが同時に出るなんて、全く運がいいのか悪いのか。優柔不断に陥ってしまう。ただBBCの記事にも書いてあるように、ヒラリーの最大の不利な点はイラク戦争をサポートし、イラクの米軍を増強することを強く主張した過去があるということだ。ここを対立候補は容赦なく突っ込んでくる。内政では断然有利といわれているが、本当の修羅場はこれまでの外交の姿勢であろう。しかし、内政でもヒラリー・へイターなるものが存在し、その数はアメリカ有権者の3分の1にも達するほどだという。ヒラリーに生理的嫌悪を感じる人が多く、主に保守系の南部などの田舎地方に多いという。「I'm In」の動画で彼女は「私は中産階級の出身で中部に育った」とやけに「中」を強調していたが、それでも田舎では彼女を嫌悪するものも少なくないというのが現状であろう。アメリカ大統領選は田舎を制する者が大統領選を制する。だからヒラリーの選挙は前途多難である。
一方、オバマは国政の経験不足が仇になるかもしれないといわれているが、W.ブッシュやクリントンだって国政に関わらずに突然外部者として大統領になった。クリントンも47歳で大統領に当選した。だれもが父ブッシュが勝つと思ったところを大逆転で破ったのだから。その夫人がヒラリーだ。しかし、オバマかヒラリー、どっちにするか本当に迷う。共和党では元ニューヨーク市長のジリアーニかマッケイン上院議員の一騎打ちになりそうである。この二人もアメリカ国民の人気が非常に高いので、お互いに敵に不足なしである。またゴア対ブッシュのように大統領選が最高裁までもつれこむような接戦になるかもしれない。しかし、ヒラリーが出馬を正式に表明したことを受け、私の拙心が歓喜していることは誠実に受け止めたい。ベートーベンの第九を聴きたい気分だ!
参考文献:
中村元訳『ブッダのことば:スッタニパータ』岩波文庫、2006年



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楽しみです。
金木犀 ついに、この日が来ましたね!
歴史が変わるのか・・・次はきっと民主党政権になるんじゃないかと思いますが、めちゃくちゃになったイラクの後始末は、だれがやっても大変そうです。
日本にあまり無体な要求を言わなそうなのは、ヒラリーさんよりオバマさんのほうかなあ。ガラッと変えてくれそうだから。でも、わかりませんけど。
こっちもです
ヘルメス そうですね。本当、イラクの後始末が、大変な問題になります。
トンキー湾事件は捏造でしたし、911事件にサダムが関与していたというのも捏造でした。そのハチャメチャな論理で行われた戦争をヒラリーは連邦上院議員として支持したのですから、その責任を問われることになります。それを乗りこえられるかどうかですね。オバマだったら日米の地位協定も米独のようにもっと平等なものになるかもしれませんね。
一つの国を占領して民主化するというのは至難な業なのですね。日本は極めて特殊だと思います。
金木犀 >一つの国を占領して民主化するというのは至難な業なのですね
そうですね。中東が日本のようにゆかないことは、イラク開戦前から、中東の専門家は指摘していました。
敗戦時の日本の場合は、国民がすでに戦争に疲れきっていたことと、天皇を処罰しなかったことで、国民が自暴自棄にならなかったのではないかと思います。
イラクは、ばらばらのビー玉を、フセインという風呂敷が強引に包んでいた。その風呂敷の結び目をちょきんと切ってしまったから、ビー玉が飛び出してあちこち飛び散って収拾がつかなくなってしまったのだと、専門家の方もいっておりましたよ。
ブッシュの支持率が29%にさがったというニュースを見ました。当然でしょうね。
金木犀 ついに、この日が来ましたね!
歴史が変わるのか・・・次はきっと民主党政権になるんじゃないかと思いますが、めちゃくちゃになったイラクの後始末は、だれがやっても大変そうです。
日本にあまり無体な要求を言わなそうなのは、ヒラリーさんよりオバマさんのほうかなあ。ガラッと変えてくれそうだから。でも、わかりませんけど。
こっちもです
ヘルメス そうですね。本当、イラクの後始末が、大変な問題になります。
トンキー湾事件は捏造でしたし、911事件にサダムが関与していたというのも捏造でした。そのハチャメチャな論理で行われた戦争をヒラリーは連邦上院議員として支持したのですから、その責任を問われることになります。それを乗りこえられるかどうかですね。オバマだったら日米の地位協定も米独のようにもっと平等なものになるかもしれませんね。
一つの国を占領して民主化するというのは至難な業なのですね。日本は極めて特殊だと思います。
金木犀 >一つの国を占領して民主化するというのは至難な業なのですね
そうですね。中東が日本のようにゆかないことは、イラク開戦前から、中東の専門家は指摘していました。
敗戦時の日本の場合は、国民がすでに戦争に疲れきっていたことと、天皇を処罰しなかったことで、国民が自暴自棄にならなかったのではないかと思います。
イラクは、ばらばらのビー玉を、フセインという風呂敷が強引に包んでいた。その風呂敷の結び目をちょきんと切ってしまったから、ビー玉が飛び出してあちこち飛び散って収拾がつかなくなってしまったのだと、専門家の方もいっておりましたよ。
ブッシュの支持率が29%にさがったというニュースを見ました。当然でしょうね。
私が先日撮った写真だが、これが南ロスの青空を覆うスモッグの模様である。

まさに公害そのものだ。この写真から私がどれほどこのダイオキシン地獄から脱出したいかわかるであろう。では、さっそく本題に入る。
連邦議会がついに環境保護に向けて動き出したとニューヨークタイムズの記事にあった。民主党が連邦議会を制してから環境保護関連法案の成立に向けて動き出したのである。アル・ゴアの『不都合の真実』の構想が実現に向けて羽ばたきだしたのである。またオバマ議員、マッケイン議員、リーバーマン議員の三名がこの法案の立役者である。マッケイン議員はかつて共和党の大統領候補予選でブッシュと戦った人物である。つまり、オバマ議員は民主党の有力な大統領候補、マッケイン議員は共和党の有力な大統領候補と成りうるのである。というのは、今や環境保護を訴えなければいけなくなったということである。ブッシュは環境保護よりも経済を優先した。そしてそれでも許された。だが、状況は変わったのだ。今や共和党でも環境保護を訴えなければ選挙に勝てなくなったのである。それだけアメリカ人の意識が変わってきたということである。やはりイラク戦争の失敗でアメリカ人の目が覚めたのだろう。
共和党のシュワルツネッガーは党仲間のブッシュが京都議定書を否定する中、独自にカリフォルニア州で環境政策に打ち込んできた。しかもシュワルツネッガー知事は、これまで共和党では絶対にタブーとされた皆保険を州民全てに保証するという構想も立てているのである。それが先週発表され、共和党に大きな反響が起こった。なにしろ皆保険は社会主義的として共和党は絶対に反対であった。クリントン政権時、ヒラリー・クリントンが国民健康保険を設置しようと法案を連邦議会に提出したが、共和党の圧倒的な反対により、廃案となってしまった。しかしシュワルツネッガーは保守政党の共和党員でありながら、とても革新的なのである。共和党は基本的に人工中絶に反対の立場を取っているが、シュワルツネッガーはそれも認めているのだから。共和党はキリスト原理主義の宗教色もとても強いが、シュワルツネッガーには全く宗教色もない。やはりカリフォルニア州の知事だけはある。
だが、シュワルツネッガーはなんと違法移民に対しても健康保険を適応できるようにとしているのだ。私はそれにはちょっと納得がいかない。州民なら保証されて当然であるが、違法移民はどうであろうか。彼らは何もしなくても違法である。つまりアメリカに居ること自体が犯罪なのである。しかし我々の保険料と税金が不法滞在者の健康を保護するというのはどういうことだろうか。彼らは不法で働くので税金は払わない。なぜなら給料はキャッシュだからだ。それに彼らは法律で定められている最低賃金よりもかなり安く働かされる。スウェットショップの悪徳資本家は大喜びだ。しかし、保険の費用を消費税で徴収すれば問題はないだろう。違法移民だろうがだれでも税金を払うことになるのだから。しかし、それではスウェーデンのように25%の消費税か。だが、知事は税金を上げないとしている。では、やはり保険料から徴収するのだろうか。その負担は計り知れない。しかし彼の構想はできるだけ企業にも、また10人以上の従業員を抱える雇用主に対しても保険料を負担させるとしている。だから自営業者などは大反対だ。だがレストランやホテルなどでチップに頼らざるを得ない従業員には、それはとても助かると思う。よってもちろん私も当然負担することになるが、会社も払ってくれればなんとかやっていけるだろう。でももしそうなったら、我々は違法移民の保険まで負担しなければならなくなってしまう。そもそもなぜ我々州民が異国の犯罪者をまかわなければならないのだ。アメリカ国民全てに健康保険を保証するのであれば、問題はないのだが。
でも、カリフォルニアの政治家は違法移民を敵にまわせないのだろう。ひどいものだ。なにしろカリフォルニアの人口の実に25%が米国パスポートを持っていない外国人だという。それに二世の選挙人があまりにも多いので、違法移民を排撃するような政策は政権を吹っ飛ばすことにもなりかねない。シュワルツネッガーが違法移民に対して運転免許証を発行しないことを決定したとき、彼に対する批判は相当なものであった。まるで暴動寸前であった。このように移民が政治を左右する州はアメリカでも極めて特殊であろう。
私は個人的にはシュワルツネッガーを全く支持していなかった。彼が2年前に州民に提案した法案に私は州民投票で全てバツをマークした。金持ち優遇、そして労働組合に不利のような法案だったからだ。
「あのターミネーターのムキムキ野郎は所詮金持ちの味方かよ」
と同僚と話し合ったものだ。シュワルツネッガーは移民であり、移民の鏡でもあり、移民の苦境を理解していると思っていたが、貧困に苦しむ移民の望む政治とはあまりにもかけ離れていたため、州民の多数が彼の提案した法案を全て否決した。よって全て廃案となった。だから、去年の州知事選挙でシュワルツネッガーはだれもが負けると思った。しかし、彼は平身低頭の政策に大転換し、またブッシュのイラク戦争の失敗による共和党への米国国民の絶望も相まって、時代の空気を読んで生き残りをかけたのだろう。彼は見事に州知事に再選され、今度こそ州民の利益にかなった政治を行うと約束した。彼はハリウッド映画俳優として成功し、また政治家としても成功したということである。シュワルツネッガーを嫌う人は「タレント知事」と言って批判していたが、今度の選挙の勝利でシュワルツネッガーを批判する人も立派な政治家として彼を認めたのである。つまり自他ともに認める政治家となったのだ。
そして今年に入って彼は州民皆保険の構想を練っていることを明らかにしたのである。まさにサプライズ政策である。もう一度彼にカリフォルニアを託してみようかなという気持ちにさえなった。アメリカの保険は不便すぎて惨めである。日本とは違い、アメリカでは歯医者の保険も別個なのである。だから医療保険はすべて統一してほしい。一括にしてもらえばずいぶん便利になる。私も保険がない州民の一人である。だから歯が痛んでも歯医者に行けない。病院に診察にも行けない。それだけでもかるく200ドルは超えてしまう。保険があったらどんなに助かることだろうか。米国市民の実に4千万人以上が無保険であり、私もその一人だ。メディカルが優先されるのは扶養家族である。だから私のような単独者で、またフリーター、パートタイム、派遣社員、あるいは低賃金の正社員は優先されないし、また私立機関の保険に加盟する余裕もない。
また米国の保険未加盟者はなんとスペインの総人口よりも多い。日本に原爆を落としたトルーマンも国民健康保険を作ろうとしたが、社会主義だと批判されて挫折した。当時はソ連との冷戦がスタートしたばかりだったので、なんでも社会主義だと批判すれば、人道的な政策を追いやることができたのである。すべては資本主義の名の下に。しかし、シュワルツネッガーは連邦レベルでできないのなら州レベルで皆保険をやっていこうとし、他の州にも同じ政策をよるよう呼びかけている。他の州で州民の医療保険システムが進んでいるのはヴァーモントぐらいか。あの医者出身のハワード・ディーンが知事をしていた州である。彼はケリー候補よりも一時は大統領の席に近いといわれていた人物である。
シュワルツネッガーがより州民寄りに政治を行うようになったこと、また連邦議会が環境保護に動き出したこと、それまで停滞していた地球に優しいポリティックスが実現しょうとしているのである。連邦議会で初の女性下院議長も出てきたことだし。このまま良い方向に向かってほしいが、前途多難、好事魔多しというから、先は本当のところ言って不透明である。





まさに公害そのものだ。この写真から私がどれほどこのダイオキシン地獄から脱出したいかわかるであろう。では、さっそく本題に入る。
連邦議会がついに環境保護に向けて動き出したとニューヨークタイムズの記事にあった。民主党が連邦議会を制してから環境保護関連法案の成立に向けて動き出したのである。アル・ゴアの『不都合の真実』の構想が実現に向けて羽ばたきだしたのである。またオバマ議員、マッケイン議員、リーバーマン議員の三名がこの法案の立役者である。マッケイン議員はかつて共和党の大統領候補予選でブッシュと戦った人物である。つまり、オバマ議員は民主党の有力な大統領候補、マッケイン議員は共和党の有力な大統領候補と成りうるのである。というのは、今や環境保護を訴えなければいけなくなったということである。ブッシュは環境保護よりも経済を優先した。そしてそれでも許された。だが、状況は変わったのだ。今や共和党でも環境保護を訴えなければ選挙に勝てなくなったのである。それだけアメリカ人の意識が変わってきたということである。やはりイラク戦争の失敗でアメリカ人の目が覚めたのだろう。
共和党のシュワルツネッガーは党仲間のブッシュが京都議定書を否定する中、独自にカリフォルニア州で環境政策に打ち込んできた。しかもシュワルツネッガー知事は、これまで共和党では絶対にタブーとされた皆保険を州民全てに保証するという構想も立てているのである。それが先週発表され、共和党に大きな反響が起こった。なにしろ皆保険は社会主義的として共和党は絶対に反対であった。クリントン政権時、ヒラリー・クリントンが国民健康保険を設置しようと法案を連邦議会に提出したが、共和党の圧倒的な反対により、廃案となってしまった。しかしシュワルツネッガーは保守政党の共和党員でありながら、とても革新的なのである。共和党は基本的に人工中絶に反対の立場を取っているが、シュワルツネッガーはそれも認めているのだから。共和党はキリスト原理主義の宗教色もとても強いが、シュワルツネッガーには全く宗教色もない。やはりカリフォルニア州の知事だけはある。
だが、シュワルツネッガーはなんと違法移民に対しても健康保険を適応できるようにとしているのだ。私はそれにはちょっと納得がいかない。州民なら保証されて当然であるが、違法移民はどうであろうか。彼らは何もしなくても違法である。つまりアメリカに居ること自体が犯罪なのである。しかし我々の保険料と税金が不法滞在者の健康を保護するというのはどういうことだろうか。彼らは不法で働くので税金は払わない。なぜなら給料はキャッシュだからだ。それに彼らは法律で定められている最低賃金よりもかなり安く働かされる。スウェットショップの悪徳資本家は大喜びだ。しかし、保険の費用を消費税で徴収すれば問題はないだろう。違法移民だろうがだれでも税金を払うことになるのだから。しかし、それではスウェーデンのように25%の消費税か。だが、知事は税金を上げないとしている。では、やはり保険料から徴収するのだろうか。その負担は計り知れない。しかし彼の構想はできるだけ企業にも、また10人以上の従業員を抱える雇用主に対しても保険料を負担させるとしている。だから自営業者などは大反対だ。だがレストランやホテルなどでチップに頼らざるを得ない従業員には、それはとても助かると思う。よってもちろん私も当然負担することになるが、会社も払ってくれればなんとかやっていけるだろう。でももしそうなったら、我々は違法移民の保険まで負担しなければならなくなってしまう。そもそもなぜ我々州民が異国の犯罪者をまかわなければならないのだ。アメリカ国民全てに健康保険を保証するのであれば、問題はないのだが。
でも、カリフォルニアの政治家は違法移民を敵にまわせないのだろう。ひどいものだ。なにしろカリフォルニアの人口の実に25%が米国パスポートを持っていない外国人だという。それに二世の選挙人があまりにも多いので、違法移民を排撃するような政策は政権を吹っ飛ばすことにもなりかねない。シュワルツネッガーが違法移民に対して運転免許証を発行しないことを決定したとき、彼に対する批判は相当なものであった。まるで暴動寸前であった。このように移民が政治を左右する州はアメリカでも極めて特殊であろう。
私は個人的にはシュワルツネッガーを全く支持していなかった。彼が2年前に州民に提案した法案に私は州民投票で全てバツをマークした。金持ち優遇、そして労働組合に不利のような法案だったからだ。
「あのターミネーターのムキムキ野郎は所詮金持ちの味方かよ」
と同僚と話し合ったものだ。シュワルツネッガーは移民であり、移民の鏡でもあり、移民の苦境を理解していると思っていたが、貧困に苦しむ移民の望む政治とはあまりにもかけ離れていたため、州民の多数が彼の提案した法案を全て否決した。よって全て廃案となった。だから、去年の州知事選挙でシュワルツネッガーはだれもが負けると思った。しかし、彼は平身低頭の政策に大転換し、またブッシュのイラク戦争の失敗による共和党への米国国民の絶望も相まって、時代の空気を読んで生き残りをかけたのだろう。彼は見事に州知事に再選され、今度こそ州民の利益にかなった政治を行うと約束した。彼はハリウッド映画俳優として成功し、また政治家としても成功したということである。シュワルツネッガーを嫌う人は「タレント知事」と言って批判していたが、今度の選挙の勝利でシュワルツネッガーを批判する人も立派な政治家として彼を認めたのである。つまり自他ともに認める政治家となったのだ。
そして今年に入って彼は州民皆保険の構想を練っていることを明らかにしたのである。まさにサプライズ政策である。もう一度彼にカリフォルニアを託してみようかなという気持ちにさえなった。アメリカの保険は不便すぎて惨めである。日本とは違い、アメリカでは歯医者の保険も別個なのである。だから医療保険はすべて統一してほしい。一括にしてもらえばずいぶん便利になる。私も保険がない州民の一人である。だから歯が痛んでも歯医者に行けない。病院に診察にも行けない。それだけでもかるく200ドルは超えてしまう。保険があったらどんなに助かることだろうか。米国市民の実に4千万人以上が無保険であり、私もその一人だ。メディカルが優先されるのは扶養家族である。だから私のような単独者で、またフリーター、パートタイム、派遣社員、あるいは低賃金の正社員は優先されないし、また私立機関の保険に加盟する余裕もない。
また米国の保険未加盟者はなんとスペインの総人口よりも多い。日本に原爆を落としたトルーマンも国民健康保険を作ろうとしたが、社会主義だと批判されて挫折した。当時はソ連との冷戦がスタートしたばかりだったので、なんでも社会主義だと批判すれば、人道的な政策を追いやることができたのである。すべては資本主義の名の下に。しかし、シュワルツネッガーは連邦レベルでできないのなら州レベルで皆保険をやっていこうとし、他の州にも同じ政策をよるよう呼びかけている。他の州で州民の医療保険システムが進んでいるのはヴァーモントぐらいか。あの医者出身のハワード・ディーンが知事をしていた州である。彼はケリー候補よりも一時は大統領の席に近いといわれていた人物である。
シュワルツネッガーがより州民寄りに政治を行うようになったこと、また連邦議会が環境保護に動き出したこと、それまで停滞していた地球に優しいポリティックスが実現しょうとしているのである。連邦議会で初の女性下院議長も出てきたことだし。このまま良い方向に向かってほしいが、前途多難、好事魔多しというから、先は本当のところ言って不透明である。




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チェンジ!
金木犀 シュワちゃんが、共和党から出馬してブッシュと握手した時は、正義の味方も映画だけの話かと、がっかりしましたが・・・・悪役ターミネーターがT2では、人類の味方になったように、ガラッと変わりましたね。見直しました。シュワちゃん、偉い!
日本では、全員とはいいませんが、責任感も能力もないタレント議員が数あわせでいっぱいいます。国民も、どうせタレントだからって、ぜんぜん期待してないし。本人も受かってから、「政治はこれから勉強します」とか・・・馬鹿にしてますよね。
(でも、安倍さんみたいに先祖から、いろんなところにしがらみがあって、お互い利用しあって、どろどろ、がちがちの政治家よりは、ましかもしれませんけどね。)
T2。T3。
ヘルメス そうですね。去年の11月選挙の民主党のテレビコマーシャルで、
「こいつはブッシュと握手した男だ。」
とシュワちゃんを批判していましたね。そういえばT3が公開されたと同時にシュワちゃんは州知事に立候補しましたね。彼は、
「グレイ・デイヴィス知事をターミネート(処分)しよう!」
と演説していました。彼もキャッチフレーズの天才です。2003年の州知事選挙は郵政選挙みたいに「yesかnoか」で、知事に立候補したのはなんと100人以上にものぼりました。酒醸造者やAV女優など様々な人が立候補していました。あれほど大衆がエンターテーメント気分で選挙をサーカスのように楽しんだのも珍しいです。シュワちゃんは、
「グレイ・デイヴィスをトータル・リコール(完全に解任)しよう!」
と映画さながらの勧善懲悪の世界を演出して、一番目立って、見事に当選されました。今の政治はエンターテーメント性が追求されるのでしょう。だからエンターテーメントに強いシュワちゃんが勝ちました。レーガンも芸能出身ですね。また郵政選挙も芸能好きな小泉によってそれが証明されました。勧善懲悪で娯楽的部分が決め手というのは、アメリカ型といえるでしょう。タレント性は選挙にとても有効ですから、タレントは選挙に強いのでしょう。徒花に実はならぬことが圧倒的に多いようですが・・・。
しかしタレントの賞味期限はだいたい4年、長く保って5、6年ぐらいですから、小泉はそういう意味では「タレント総理」でしたね。靖国参拝も勉強不足でしましたから、生兵法は大怪我の元で中韓外交に失敗しましたね。しかし彼は他のタレント議員よりもひどくて、「これから勉強します」という意志もなく、ただ意地を張って最後には8月15日に参拝してしまいました。ほんと、匹夫の勇ですよ。
実は私はシュワちゃんも小泉と同じく賞味期限が切れて再選されないと思っていましたが、でも、今回の選挙ではシュワちゃんはちゃんと政治家として勝ちましたよ。タレントから換骨奪胎して州民としての政治家になったと思います。そこが小泉との違いですね。小泉は「大衆の総理」から「国民の総理」になれないことをわかっていたので、自ら身を引いたのでしょう。一方、シュワちゃんは大衆の知事のときは民主党などを「Girly Party(女々しい政党)」と挑発して、フェミニストを敵に回したりと、小泉のようにケンカ腰の政治でしたが、それから脱皮してより「和して同じず」になりました。かつてシュワちゃんをターミネーターとガヴァナー(知事)を掛け合わせて「ガーヴァネーター」と大衆は呼んでいましたが、もはやだれもそのようなあだ名で呼ばなくなったことは、シュワちゃんはbona fide(真実の)政治家になったということですね。一州民として彼の今後の行動を期待とともに見守っていきたいです。
そうですね。金木犀さんのご指摘通りです。安倍もブッシュも親の七光りで来ていますから。そういう貴族政治に対して大衆の不満があるからタレントが選挙で光るのでしょう。しかし、いざ政治の舞台に立って、光るほど鳴らぬでは困りますね。どうも今の政治は国民よりも大衆が優先されているようです。
環境行政と健康行政
pfaelzerwein 興味ある写真と記事拝見しました。
写真で思うのは化学プラントとして小振りなおそらくファインケミカルの工場が近郊にあるという驚きです。煙は水蒸気でしょうが煙突の低さとかが、まわりに放つ化学の刺激臭を想像させます。米国でも従業員の交通の便を考えると住居から工場までの距離も限度があるのだろうと改めて考えました。
欧州の天候異常で死者が出るようになると、ますます米国への風辺りは厳しくなるでしょう。今年の暖冬は予想されている温暖化の中での異常としか思えない。人権と環境はEUの対外基本政策ですからね。
健康保険は、各国とも厳しい財政状態にあると思います。ドイツでもこれはアクツュアルな政治課題です。基本的には民営化の方向にあり、公営は破綻もしくは医療低下に喘いでいます。私個人的には民営保険ですが、公営保険から民営に移行が推進されているのでこれらの民営保険もいづれ公営のように魅力がなくなってくるのではないかと危惧しています。
なるほど
ヘルメス pfaelzerweinさん、どうも、いつもEUの事情をお聞かせいただき、感謝しています。
そうです。ダイオキシンだらけで、このままだと寿命が縮まってしまいます。早くロスを脱出しなければ。
まさか今年のヨーロッパの冬が暖かいとは驚きです。地球温暖化が本当に進んでいるんですね。ロスに住んでますと、四季がなくて、もともと年中温暖ですから、温暖化の実感というのは無理があります。そういえば正月にポーランドに帰った知りあいが、
「今年のポーランドは暖かかったよ」
と言っているのを思い出しました。なるほど、それはいいことではなくて、異常事態だったのですね。ロスに慣れてしまったものですから、その主意が伝わってきませんでした。「ええ!やばいじゃん」と驚かず、「あっそうなんだ」と淡々とした反応しかしなかったことに深く反省します。
まさかドイツでも健康保険問題があるとは。ドイツでは全ての人が健康保険を保証されていますよね。ドイツの消費税の税率はアメリカに比べてかなり高いですし、ドイツの社会保障負担率はアメリカの倍以上あると聞いていますが、それでも厳しいとは驚きです。一体、なにが問題なのでしょうか。
アメリカの医療技術は世界一ですが、ただそれを享受できる人間があまりにも限られているということが、ここ米国では問題です。それを広げていこうというのが、ヒラリーの大統領になったら最大の政策の一つになると宣言しています。
金木犀 シュワちゃんが、共和党から出馬してブッシュと握手した時は、正義の味方も映画だけの話かと、がっかりしましたが・・・・悪役ターミネーターがT2では、人類の味方になったように、ガラッと変わりましたね。見直しました。シュワちゃん、偉い!
日本では、全員とはいいませんが、責任感も能力もないタレント議員が数あわせでいっぱいいます。国民も、どうせタレントだからって、ぜんぜん期待してないし。本人も受かってから、「政治はこれから勉強します」とか・・・馬鹿にしてますよね。
(でも、安倍さんみたいに先祖から、いろんなところにしがらみがあって、お互い利用しあって、どろどろ、がちがちの政治家よりは、ましかもしれませんけどね。)
T2。T3。
ヘルメス そうですね。去年の11月選挙の民主党のテレビコマーシャルで、
「こいつはブッシュと握手した男だ。」
とシュワちゃんを批判していましたね。そういえばT3が公開されたと同時にシュワちゃんは州知事に立候補しましたね。彼は、
「グレイ・デイヴィス知事をターミネート(処分)しよう!」
と演説していました。彼もキャッチフレーズの天才です。2003年の州知事選挙は郵政選挙みたいに「yesかnoか」で、知事に立候補したのはなんと100人以上にものぼりました。酒醸造者やAV女優など様々な人が立候補していました。あれほど大衆がエンターテーメント気分で選挙をサーカスのように楽しんだのも珍しいです。シュワちゃんは、
「グレイ・デイヴィスをトータル・リコール(完全に解任)しよう!」
と映画さながらの勧善懲悪の世界を演出して、一番目立って、見事に当選されました。今の政治はエンターテーメント性が追求されるのでしょう。だからエンターテーメントに強いシュワちゃんが勝ちました。レーガンも芸能出身ですね。また郵政選挙も芸能好きな小泉によってそれが証明されました。勧善懲悪で娯楽的部分が決め手というのは、アメリカ型といえるでしょう。タレント性は選挙にとても有効ですから、タレントは選挙に強いのでしょう。徒花に実はならぬことが圧倒的に多いようですが・・・。

しかしタレントの賞味期限はだいたい4年、長く保って5、6年ぐらいですから、小泉はそういう意味では「タレント総理」でしたね。靖国参拝も勉強不足でしましたから、生兵法は大怪我の元で中韓外交に失敗しましたね。しかし彼は他のタレント議員よりもひどくて、「これから勉強します」という意志もなく、ただ意地を張って最後には8月15日に参拝してしまいました。ほんと、匹夫の勇ですよ。
実は私はシュワちゃんも小泉と同じく賞味期限が切れて再選されないと思っていましたが、でも、今回の選挙ではシュワちゃんはちゃんと政治家として勝ちましたよ。タレントから換骨奪胎して州民としての政治家になったと思います。そこが小泉との違いですね。小泉は「大衆の総理」から「国民の総理」になれないことをわかっていたので、自ら身を引いたのでしょう。一方、シュワちゃんは大衆の知事のときは民主党などを「Girly Party(女々しい政党)」と挑発して、フェミニストを敵に回したりと、小泉のようにケンカ腰の政治でしたが、それから脱皮してより「和して同じず」になりました。かつてシュワちゃんをターミネーターとガヴァナー(知事)を掛け合わせて「ガーヴァネーター」と大衆は呼んでいましたが、もはやだれもそのようなあだ名で呼ばなくなったことは、シュワちゃんはbona fide(真実の)政治家になったということですね。一州民として彼の今後の行動を期待とともに見守っていきたいです。
そうですね。金木犀さんのご指摘通りです。安倍もブッシュも親の七光りで来ていますから。そういう貴族政治に対して大衆の不満があるからタレントが選挙で光るのでしょう。しかし、いざ政治の舞台に立って、光るほど鳴らぬでは困りますね。どうも今の政治は国民よりも大衆が優先されているようです。
環境行政と健康行政
pfaelzerwein 興味ある写真と記事拝見しました。
写真で思うのは化学プラントとして小振りなおそらくファインケミカルの工場が近郊にあるという驚きです。煙は水蒸気でしょうが煙突の低さとかが、まわりに放つ化学の刺激臭を想像させます。米国でも従業員の交通の便を考えると住居から工場までの距離も限度があるのだろうと改めて考えました。
欧州の天候異常で死者が出るようになると、ますます米国への風辺りは厳しくなるでしょう。今年の暖冬は予想されている温暖化の中での異常としか思えない。人権と環境はEUの対外基本政策ですからね。
健康保険は、各国とも厳しい財政状態にあると思います。ドイツでもこれはアクツュアルな政治課題です。基本的には民営化の方向にあり、公営は破綻もしくは医療低下に喘いでいます。私個人的には民営保険ですが、公営保険から民営に移行が推進されているのでこれらの民営保険もいづれ公営のように魅力がなくなってくるのではないかと危惧しています。
なるほど
ヘルメス pfaelzerweinさん、どうも、いつもEUの事情をお聞かせいただき、感謝しています。
そうです。ダイオキシンだらけで、このままだと寿命が縮まってしまいます。早くロスを脱出しなければ。
まさか今年のヨーロッパの冬が暖かいとは驚きです。地球温暖化が本当に進んでいるんですね。ロスに住んでますと、四季がなくて、もともと年中温暖ですから、温暖化の実感というのは無理があります。そういえば正月にポーランドに帰った知りあいが、
「今年のポーランドは暖かかったよ」
と言っているのを思い出しました。なるほど、それはいいことではなくて、異常事態だったのですね。ロスに慣れてしまったものですから、その主意が伝わってきませんでした。「ええ!やばいじゃん」と驚かず、「あっそうなんだ」と淡々とした反応しかしなかったことに深く反省します。
まさかドイツでも健康保険問題があるとは。ドイツでは全ての人が健康保険を保証されていますよね。ドイツの消費税の税率はアメリカに比べてかなり高いですし、ドイツの社会保障負担率はアメリカの倍以上あると聞いていますが、それでも厳しいとは驚きです。一体、なにが問題なのでしょうか。
アメリカの医療技術は世界一ですが、ただそれを享受できる人間があまりにも限られているということが、ここ米国では問題です。それを広げていこうというのが、ヒラリーの大統領になったら最大の政策の一つになると宣言しています。
南ロサンゼルスの海岸沿いにある会社に行く車の途中のラジオで、イリノイ州からの連邦上院議員のバラック・オバマが来年の大統領選に出馬することを決定した模様だとのことである。まだ手続き段階に入っていないとのことであるが、すでに決意を固めたということである。もし彼が当選するとなるとアメリカ史上初の黒人の大統領になる。だが、バラック議員は実際のところはケニア人の父と白人系アメリカ人の母から生まれたハーフといった方が正しい。だから正確に言えば混血である。しかし、アメリカに純粋な黒人がいるとはあまり言えないのも確かである。なぜなら20%の黒人は白人の血を引いており、60%の黒人は先住民の血を引いているからである。かつて私は米国中西部のオクラホマ州に住んでいたことがあったが、タルサ市の黒人系と話すと、彼らの先祖はインディアンであると誇らしげに語っていた。南北戦争時にオクラホマ(当時はインディアン・テリトリー)に逃げ込んだ南部の黒人と地元のインディアンが混血したようである。それでオクラホマの黒人系はインディアンを先祖に持つものが多いのである。
またトーマス・ジェファーソン大統領の子孫で黒人系がいるとも言われている。1940年代にディクシークラッツ(Dixiecrats)党を建てて人種隔離政策を掲げて大統領選に出馬したストラム・ソーモンドにも黒人系の私生児の娘がいた。「ディクシー」とは俗にいう南部アメリカ、いわゆるアメリカ連合国(CSA)のことである。「クラッツ」とはデモクラッツ(民主党)の「クラッツ」であり、「クラシー(支配)」の形容詞である。アメリカ合衆国(USA)が南北戦争で戦っていた相手国がCSAである。俗にいうヤンキー(北部)とディクシー(南部)の戦争である。だからテキサス出身のカントリーグループのディクシーチックスも「南部のお女郎たち」という意味である。しかし彼女らはブッシュと同じテキサス出身でありながら、ブッシュを嫌っていることでも有名だ。そのために彼女らの音楽は一時放送禁止となった。時代は明らかに変わったのだ。話を戻すと、戦後のディクシーたちのヒーローであったソーモンドは黒人の女と通じて、子供を設けたのである。しかし彼が生存中はその秘密は明らかにされなかった。ソーモンドは連邦上院議員で最も長く生きた記録を持っている。彼はなんと100歳まで上院議員だったのである。そんな反人道的な政治家をサウスキャロライナの州民は選出し続けていたなんて、いかにサウスキャロライナ人の野蛮なことか。そんな人種差別主義者の彼でも娘を密かに援助していたという。だからソーモンド議員が娘の在籍していた黒人系の大学を訪れたときは世間が大騒ぎとなった。
だがバラック・オバマの家系はもっと凄い。なんとオバマの母方の先祖をたどると、あのアメリカ連合国の大統領であったジェファーソン・デイヴィスに突き当たるのだ。つまりオバマの先祖は奴隷制を固持するために合衆国から脱退し、新しい国家を築いてリンカーンに反旗を翻した輩のリーダーである。しかしその子孫が黒人の男性と結婚したというのは、時代が変わったといえよう。母系だと、オバマは純血ディクシーとなるのである。安倍晋三の母系の先祖である岸信介の比ではない。
オバマは1960年代生まれである。つまりキング牧師の公民権運動が盛り上がりを見せている真っただ中である。だから黒人と白人の結婚という異人種間の結婚も行われるようになったのだ。当時、異人種間結婚はタブーとされていた。そして南部では依然として異人種間結婚は犯罪であった。だから1967年ラヴィング対ヴァイジニア州の判決になるまでは、アメリカの地方では異人種間結婚は犯罪として扱われていたのである。それがつい40年前だというのが、なんとも恐ろしい。それに先んじてオバマの両親はタブーに反抗して異人種間結婚を断行したのである。そういう勇気ある両親だったのだ。しかも母親の祖先があの黒人奴隷制度の国家の大統領のジェファーソン・デイヴィスという、なんとも皮肉な歴史のいたずらとしかいいようがないのだ。
私はジェファーソン・デイヴィスの自伝を読んだことがあったが、彼はとても聡明で、しかも男前で、南部の州には脱退する権利があったとしている。19世紀の政治家の米国英語はいたって丁寧であり、とても遜っている。今のハリウッドで使われる品のないアメリカ英語を毎日聞いている生活からは想像もできないほど当時の政治家の米国英語は丁寧だったのだ。しかし、それと同時に奴隷制が敷かれていたというのも皮肉である。私はデイヴィスは悪党というイメージを持っていたので、もっと悪どい顔をしているのかと思ったが、意外と男前だったので驚いた。リンカーンのようなマーファン病の面よりは、はるかに見かけが良い。デイヴィスが主張したように確かに州に脱退する権利はあったことは認めよう。いやこれは爆弾発言だ。そんなことを言ったら、連邦から危険思想として狙われるかもしれない。だが、最高裁判所が違憲の決定を下したのは南北戦争の後である(当時の連邦最高裁は紛れもなくリンカーン派の判事で独占されていたが)。だからそれまでは確かに脱退の権利を各州は有していたのである。だから南部が脱退したのは別に違憲ではなかったし、連邦の政治に不満だったのがから、脱退しても結構だったのだ。事実、マサチューセッツ州はマディソン大統領の米英戦争時に軍隊を派遣することを拒否し、脱退さえ断行する寸前であった。また関税問題でサウス・キャロライナ州は脱退するあと一歩手前というところまで行った。だから連邦は常に脱退の危機に瀕していたのである。アメリカは南北戦争まではとても不安定な国家だったのだ。だが南部の脱退の理由が奴隷制の固持にあったので、それは間違いである。確かに脱退自体に憲法的拘束力はなかったが、その理由が世界から見ても支持を得ることは無理であった。黒人の人権の侵害を保つための脱退そして戦争、それではだれも味方してくれないであろう。
また南北戦争ほどアメリカの人口が戦死したことはなかった。当時の人口比であれば、第二次世界大戦よりも多くの犠牲者を出したのである。アメリカにとっては最悪の戦争(内戦)であったのだ。南部は国家だったのか、それとも台湾みたいに未回復の土地だったのか、多くの歴史家は後者の意見を持っているが(まあ歴史は勝者によって書かれるということを理解していれば自然なことだが)、私は前者だったと思う。また当時のローマ法王が南部を承認していたというのはとても重要である。当時国連がなかったのだから、それでもヨーロッパの王権を授与してきた教皇がアメリカ連合国を承認していたということは驚愕に値することである。つまり、南部はれっきとした国家だったのである。それはジェファーソン・デイヴィスの外交上の成果であったと思われる(当時の教皇の世間に対する疎さも一躍買っている)。そして、その大統領の子孫がオバマなのである。つまりオバマはディクシー中のディクシーであり、ディクシーチックスも彼に敬意を表するのである。また南部の人々もオバマに対して、
「オレたちの先祖はデイヴィス大統領のもとで連邦政府に対して戦った。そしてその子孫が連邦の大統領に出馬したんだ」
と高揚するかもしれない。つまり、バリバリの南部の血、いや南部の貴族中の貴族の血を引いているのが、このオバマ候補なのである。しかも母系によってというのが、キーポイントである。そして、その人が大統領に出馬しているのである。つまり日本で言えば、A級戦犯の子孫である、安倍晋三のように。オバマはいわゆる合衆国におけるA級戦犯の子孫と行っても良い。だが安倍とオバマの違いは、安倍はA級戦犯である先祖に強いこだわりを見せ、大津聖人には全く『美しい国へ』にも触れていないことである。しかし、オバマは自分の先祖に関しては全くこだわりを見せない。福沢諭吉が米国に来て最も驚いたことはジョージ・ワシントンの子孫の行方にアメリカ人は全く関心を寄せていないことであった。だから安倍にとってはブッシュの方が一緒にビジネスのしがいがあると思うであろう。ブッシュ家はプランタジネット王朝の末裔であることに大変こだわっているが、オバマにはそういうものは全くない。たとえ、彼が一国の大統領の末裔であってもである。だから彼はリベラルでモダンな都市型の政治家である。政治家の家系などにこだわるのは南部の人民ぐらいか。歴史的に南部はいたって貴族社会的な部分もあったからであろう。やはり一筋縄では行かないアメリカというのは特別な国であることを実感した。
私自身はヒラリーが大統領になってオバマが副大統領というのが一番いいと思うのだが、皆さんはどう思われるだろうか。


またトーマス・ジェファーソン大統領の子孫で黒人系がいるとも言われている。1940年代にディクシークラッツ(Dixiecrats)党を建てて人種隔離政策を掲げて大統領選に出馬したストラム・ソーモンドにも黒人系の私生児の娘がいた。「ディクシー」とは俗にいう南部アメリカ、いわゆるアメリカ連合国(CSA)のことである。「クラッツ」とはデモクラッツ(民主党)の「クラッツ」であり、「クラシー(支配)」の形容詞である。アメリカ合衆国(USA)が南北戦争で戦っていた相手国がCSAである。俗にいうヤンキー(北部)とディクシー(南部)の戦争である。だからテキサス出身のカントリーグループのディクシーチックスも「南部のお女郎たち」という意味である。しかし彼女らはブッシュと同じテキサス出身でありながら、ブッシュを嫌っていることでも有名だ。そのために彼女らの音楽は一時放送禁止となった。時代は明らかに変わったのだ。話を戻すと、戦後のディクシーたちのヒーローであったソーモンドは黒人の女と通じて、子供を設けたのである。しかし彼が生存中はその秘密は明らかにされなかった。ソーモンドは連邦上院議員で最も長く生きた記録を持っている。彼はなんと100歳まで上院議員だったのである。そんな反人道的な政治家をサウスキャロライナの州民は選出し続けていたなんて、いかにサウスキャロライナ人の野蛮なことか。そんな人種差別主義者の彼でも娘を密かに援助していたという。だからソーモンド議員が娘の在籍していた黒人系の大学を訪れたときは世間が大騒ぎとなった。
だがバラック・オバマの家系はもっと凄い。なんとオバマの母方の先祖をたどると、あのアメリカ連合国の大統領であったジェファーソン・デイヴィスに突き当たるのだ。つまりオバマの先祖は奴隷制を固持するために合衆国から脱退し、新しい国家を築いてリンカーンに反旗を翻した輩のリーダーである。しかしその子孫が黒人の男性と結婚したというのは、時代が変わったといえよう。母系だと、オバマは純血ディクシーとなるのである。安倍晋三の母系の先祖である岸信介の比ではない。
オバマは1960年代生まれである。つまりキング牧師の公民権運動が盛り上がりを見せている真っただ中である。だから黒人と白人の結婚という異人種間の結婚も行われるようになったのだ。当時、異人種間結婚はタブーとされていた。そして南部では依然として異人種間結婚は犯罪であった。だから1967年ラヴィング対ヴァイジニア州の判決になるまでは、アメリカの地方では異人種間結婚は犯罪として扱われていたのである。それがつい40年前だというのが、なんとも恐ろしい。それに先んじてオバマの両親はタブーに反抗して異人種間結婚を断行したのである。そういう勇気ある両親だったのだ。しかも母親の祖先があの黒人奴隷制度の国家の大統領のジェファーソン・デイヴィスという、なんとも皮肉な歴史のいたずらとしかいいようがないのだ。
私はジェファーソン・デイヴィスの自伝を読んだことがあったが、彼はとても聡明で、しかも男前で、南部の州には脱退する権利があったとしている。19世紀の政治家の米国英語はいたって丁寧であり、とても遜っている。今のハリウッドで使われる品のないアメリカ英語を毎日聞いている生活からは想像もできないほど当時の政治家の米国英語は丁寧だったのだ。しかし、それと同時に奴隷制が敷かれていたというのも皮肉である。私はデイヴィスは悪党というイメージを持っていたので、もっと悪どい顔をしているのかと思ったが、意外と男前だったので驚いた。リンカーンのようなマーファン病の面よりは、はるかに見かけが良い。デイヴィスが主張したように確かに州に脱退する権利はあったことは認めよう。いやこれは爆弾発言だ。そんなことを言ったら、連邦から危険思想として狙われるかもしれない。だが、最高裁判所が違憲の決定を下したのは南北戦争の後である(当時の連邦最高裁は紛れもなくリンカーン派の判事で独占されていたが)。だからそれまでは確かに脱退の権利を各州は有していたのである。だから南部が脱退したのは別に違憲ではなかったし、連邦の政治に不満だったのがから、脱退しても結構だったのだ。事実、マサチューセッツ州はマディソン大統領の米英戦争時に軍隊を派遣することを拒否し、脱退さえ断行する寸前であった。また関税問題でサウス・キャロライナ州は脱退するあと一歩手前というところまで行った。だから連邦は常に脱退の危機に瀕していたのである。アメリカは南北戦争まではとても不安定な国家だったのだ。だが南部の脱退の理由が奴隷制の固持にあったので、それは間違いである。確かに脱退自体に憲法的拘束力はなかったが、その理由が世界から見ても支持を得ることは無理であった。黒人の人権の侵害を保つための脱退そして戦争、それではだれも味方してくれないであろう。
また南北戦争ほどアメリカの人口が戦死したことはなかった。当時の人口比であれば、第二次世界大戦よりも多くの犠牲者を出したのである。アメリカにとっては最悪の戦争(内戦)であったのだ。南部は国家だったのか、それとも台湾みたいに未回復の土地だったのか、多くの歴史家は後者の意見を持っているが(まあ歴史は勝者によって書かれるということを理解していれば自然なことだが)、私は前者だったと思う。また当時のローマ法王が南部を承認していたというのはとても重要である。当時国連がなかったのだから、それでもヨーロッパの王権を授与してきた教皇がアメリカ連合国を承認していたということは驚愕に値することである。つまり、南部はれっきとした国家だったのである。それはジェファーソン・デイヴィスの外交上の成果であったと思われる(当時の教皇の世間に対する疎さも一躍買っている)。そして、その大統領の子孫がオバマなのである。つまりオバマはディクシー中のディクシーであり、ディクシーチックスも彼に敬意を表するのである。また南部の人々もオバマに対して、
「オレたちの先祖はデイヴィス大統領のもとで連邦政府に対して戦った。そしてその子孫が連邦の大統領に出馬したんだ」
と高揚するかもしれない。つまり、バリバリの南部の血、いや南部の貴族中の貴族の血を引いているのが、このオバマ候補なのである。しかも母系によってというのが、キーポイントである。そして、その人が大統領に出馬しているのである。つまり日本で言えば、A級戦犯の子孫である、安倍晋三のように。オバマはいわゆる合衆国におけるA級戦犯の子孫と行っても良い。だが安倍とオバマの違いは、安倍はA級戦犯である先祖に強いこだわりを見せ、大津聖人には全く『美しい国へ』にも触れていないことである。しかし、オバマは自分の先祖に関しては全くこだわりを見せない。福沢諭吉が米国に来て最も驚いたことはジョージ・ワシントンの子孫の行方にアメリカ人は全く関心を寄せていないことであった。だから安倍にとってはブッシュの方が一緒にビジネスのしがいがあると思うであろう。ブッシュ家はプランタジネット王朝の末裔であることに大変こだわっているが、オバマにはそういうものは全くない。たとえ、彼が一国の大統領の末裔であってもである。だから彼はリベラルでモダンな都市型の政治家である。政治家の家系などにこだわるのは南部の人民ぐらいか。歴史的に南部はいたって貴族社会的な部分もあったからであろう。やはり一筋縄では行かないアメリカというのは特別な国であることを実感した。
私自身はヒラリーが大統領になってオバマが副大統領というのが一番いいと思うのだが、皆さんはどう思われるだろうか。


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オバマ議員
金木犀 オバマさんは、以前ヘルメスさんに教えていただいて以来、チェックしてます。
笑顔がさわやかで、演説がうまいとか・・・でも、南部貴族の血を引いていて、白人とのハーフの方だったとは・・・びっくりしました。普通なら、共和党に入りそうですが、黒人の血が入ってるから、民主党なのかな。
でも、どろどろの共和党に比べたら、清涼剤のような人ですよね。
ヒラリー大統領に、オバマ副大統領ですか。
もう前が見えないアメリカですから、それくらい斬新なことでもない限り突破口は開けないかも・・・
オバマ候補、ガンバ!
ヘルメス どうも金木犀さん、いつもフィードバックありがとうございます。
南部は伝統的に民主党ですね。ジェファーソン・デイヴィスも民主党でした。なにしろ民主党初の大統領のアンドリュウ・ジャクソンも南部出身でしたから。しかし、南部はここ四十年で連邦選挙では、共和党支持ですが、州レベルでは民主党支持ですね。以前住んでいたオクラホマもそのパターンでした。またレーガン大統領を支持した南部の民主党は「保守的民主党」と呼ばれていました。レーガン自体が始めは民主党でしたが、共和党に鞍替えしましたから。南北戦争も簡単に言ってしまえば、共和党対民主党の戦いです。レオナルド・デカプリオ主演の『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、マンハッタンでの共和党対民主党の代理戦争ですね。皮肉なことに民主党のケネディーが進めた公民権法も実は民主党から最も多くの反対者を出しました。その民主党員がみずから離党して共和党に移りました。そして、その時に共和党と民主党には思想が決定的に逆の立場になったといっていいでしょう。黒人系の共和党離れが起きたのもその時です。なにか郵政民営化の自民党に似ているような・・・。
だからケネディー以来民主党で政権を取っているのは南部出身ですね。クリントンはアーカンソー、アル・ゴアはテネシー、カーターはジョージア、皆南部出身です。
しかし、オバマ候補は安倍晋三みたいに自分の家系にこだわったりしませんから、まあそれがアメリカンスタイルですが、だから清涼剤になることは間違いありません。デイヴィスの子孫だろうが、ほとんどの彼の支持者はそんなことはどうでもいいと思っていると思います。なんとか連邦レベルでアメリカを立て直したいですね。
よって、オバマ候補には頑張ってもらいたいです。民主党の若手の希望の星と言われている彼ですから。連邦議会で民主党が制しましたから、後は大統領だけです。来年が楽しみです。
そうだったんですか
金木犀 民主がもともと南部保守だったとは・・・!
勉強不足でした。
そういわれれば、ゴアの父親も農場を持っていましたっけ。
オバマ氏の人気はどんどん高くなってるようですね。
民衆の支持は、エネルギーですよね。
こんにちは
cake 初めまして!
金木犀さんのブログにお邪魔しているcakeです。
どうぞよろしくお願いします。
オバマ議員の演説は、素晴らしいそうですね。
大統領候補として、2月になったら発表するとか、日本の新聞にも出ていたようです。
民主党が勝てば、米国で初めての女性大統領か、初めての黒人(ハーフですけど)大統領が誕生する事になりますね。
他国の選挙とはいえ、直接日本の政治に大きく関わってきますので、楽しみにしています。
おっと、その前に日本でも参議院選挙があるじゃないですか。(^^)
ようこそ!
ヘルメス どうもどうも、いらっしゃいませ!cakeさん。よろしくおねがいします。
そうですね。オバマ候補は全ての発音をしっかりさせて話しますから、まるで声優の発音の良さですね。アル・ゴアもちょっとテネシーなまりがありますが、それでもゆっくりと丁寧に一つ一つ教科書のような発音をして、まるで大学の講義を聴いているようです。すばらしいコミュニケーターだと思います。いやー、キンモクセイさんが実物のアル・ゴアを聞けたなんて、羨ましいと言うか、嫉妬しちゃいま〜す。(笑)
ブッシュは完全にテキサスなまりで、田舎根性丸出しで、それが田舎や南部の都市に対する劣等感と共鳴して、受けたのでしょう。ブッシュは母国語の英語さえうまく使いこなせていないようなふしが・・・(笑)。クリントンもアーカンソーなまりが激しかったですが、あの人はインテリというイメージを持っていましたから。
そうですね。参院選ですね。造反組はやけに意気込んでいるようで。
先日cakeさんの情報は参考になりました。ぜひとも、cakeさんのブログをリンクに追加させてください。
ありがとうございます。
cake ヘルメスさん、ありがとうございます。
私のブログなど、ポリシーもない雑多な内容で、世の中の隙間から、目に付いた物を拾ってくるやり方で書いています。また、私の独断と偏見に満ち溢れておりますので、お腹立ちになることもございましょう。
それでも宜しければ、ぜひリンクさせて頂きたいと思います。
よろしくお願い致します。
演説と言えば、キング牧師の最後の演説を、心打たれながら映像で見た覚えがあります。ところが、年月が過ぎてアーカイブで見てみますと、非常にノンビリしてて、現在だったら過去と同じ感動を覚えただろうかと、考えてしまいました。
言葉と言うのも、案外生き物なのかも知れません。
オバマ候補の演説を聴いてみたいものですね。
演説
ヘルメス 最後の演説というのは暗殺される前夜でしょうか?彼は確か泣きながら「私は約束の地を見たのだから」という言葉を記憶しています。マルコムXの演説も凄いと思います。彼の演説を良く真似たものです。しかしガンジーの演説は居眠りしそうになります。
そうですね。言葉はその時代の言説を表していますから、もはや長々として表現は現代には合いませんね。新しい酒は新しい革袋に盛れといいますし。なにしろ今やメールや携帯でコミュニケーションをとる時代ですから。ワンフレーズがより生きてきます。
小泉は大衆煽動型の演説が上手いと聞きます。彼はキャッチフレーズの天才ですね。また参院選にかける亀井の演説もすごい意気込みが感じられますね。「われらは、参院選に間違いなく王手をかけます!」と、彼の独自のジェスチャーも迫力がありました。
では、こちらこそよろ
金木犀 オバマさんは、以前ヘルメスさんに教えていただいて以来、チェックしてます。
笑顔がさわやかで、演説がうまいとか・・・でも、南部貴族の血を引いていて、白人とのハーフの方だったとは・・・びっくりしました。普通なら、共和党に入りそうですが、黒人の血が入ってるから、民主党なのかな。
でも、どろどろの共和党に比べたら、清涼剤のような人ですよね。
ヒラリー大統領に、オバマ副大統領ですか。
もう前が見えないアメリカですから、それくらい斬新なことでもない限り突破口は開けないかも・・・
オバマ候補、ガンバ!
ヘルメス どうも金木犀さん、いつもフィードバックありがとうございます。
南部は伝統的に民主党ですね。ジェファーソン・デイヴィスも民主党でした。なにしろ民主党初の大統領のアンドリュウ・ジャクソンも南部出身でしたから。しかし、南部はここ四十年で連邦選挙では、共和党支持ですが、州レベルでは民主党支持ですね。以前住んでいたオクラホマもそのパターンでした。またレーガン大統領を支持した南部の民主党は「保守的民主党」と呼ばれていました。レーガン自体が始めは民主党でしたが、共和党に鞍替えしましたから。南北戦争も簡単に言ってしまえば、共和党対民主党の戦いです。レオナルド・デカプリオ主演の『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、マンハッタンでの共和党対民主党の代理戦争ですね。皮肉なことに民主党のケネディーが進めた公民権法も実は民主党から最も多くの反対者を出しました。その民主党員がみずから離党して共和党に移りました。そして、その時に共和党と民主党には思想が決定的に逆の立場になったといっていいでしょう。黒人系の共和党離れが起きたのもその時です。なにか郵政民営化の自民党に似ているような・・・。
だからケネディー以来民主党で政権を取っているのは南部出身ですね。クリントンはアーカンソー、アル・ゴアはテネシー、カーターはジョージア、皆南部出身です。
しかし、オバマ候補は安倍晋三みたいに自分の家系にこだわったりしませんから、まあそれがアメリカンスタイルですが、だから清涼剤になることは間違いありません。デイヴィスの子孫だろうが、ほとんどの彼の支持者はそんなことはどうでもいいと思っていると思います。なんとか連邦レベルでアメリカを立て直したいですね。
よって、オバマ候補には頑張ってもらいたいです。民主党の若手の希望の星と言われている彼ですから。連邦議会で民主党が制しましたから、後は大統領だけです。来年が楽しみです。
そうだったんですか
金木犀 民主がもともと南部保守だったとは・・・!
勉強不足でした。
そういわれれば、ゴアの父親も農場を持っていましたっけ。
オバマ氏の人気はどんどん高くなってるようですね。
民衆の支持は、エネルギーですよね。
こんにちは
cake 初めまして!
金木犀さんのブログにお邪魔しているcakeです。
どうぞよろしくお願いします。
オバマ議員の演説は、素晴らしいそうですね。
大統領候補として、2月になったら発表するとか、日本の新聞にも出ていたようです。
民主党が勝てば、米国で初めての女性大統領か、初めての黒人(ハーフですけど)大統領が誕生する事になりますね。
他国の選挙とはいえ、直接日本の政治に大きく関わってきますので、楽しみにしています。
おっと、その前に日本でも参議院選挙があるじゃないですか。(^^)
ようこそ!
ヘルメス どうもどうも、いらっしゃいませ!cakeさん。よろしくおねがいします。
そうですね。オバマ候補は全ての発音をしっかりさせて話しますから、まるで声優の発音の良さですね。アル・ゴアもちょっとテネシーなまりがありますが、それでもゆっくりと丁寧に一つ一つ教科書のような発音をして、まるで大学の講義を聴いているようです。すばらしいコミュニケーターだと思います。いやー、キンモクセイさんが実物のアル・ゴアを聞けたなんて、羨ましいと言うか、嫉妬しちゃいま〜す。(笑)
ブッシュは完全にテキサスなまりで、田舎根性丸出しで、それが田舎や南部の都市に対する劣等感と共鳴して、受けたのでしょう。ブッシュは母国語の英語さえうまく使いこなせていないようなふしが・・・(笑)。クリントンもアーカンソーなまりが激しかったですが、あの人はインテリというイメージを持っていましたから。
そうですね。参院選ですね。造反組はやけに意気込んでいるようで。
先日cakeさんの情報は参考になりました。ぜひとも、cakeさんのブログをリンクに追加させてください。
ありがとうございます。
cake ヘルメスさん、ありがとうございます。
私のブログなど、ポリシーもない雑多な内容で、世の中の隙間から、目に付いた物を拾ってくるやり方で書いています。また、私の独断と偏見に満ち溢れておりますので、お腹立ちになることもございましょう。
それでも宜しければ、ぜひリンクさせて頂きたいと思います。
よろしくお願い致します。
演説と言えば、キング牧師の最後の演説を、心打たれながら映像で見た覚えがあります。ところが、年月が過ぎてアーカイブで見てみますと、非常にノンビリしてて、現在だったら過去と同じ感動を覚えただろうかと、考えてしまいました。
言葉と言うのも、案外生き物なのかも知れません。
オバマ候補の演説を聴いてみたいものですね。
演説
ヘルメス 最後の演説というのは暗殺される前夜でしょうか?彼は確か泣きながら「私は約束の地を見たのだから」という言葉を記憶しています。マルコムXの演説も凄いと思います。彼の演説を良く真似たものです。しかしガンジーの演説は居眠りしそうになります。
そうですね。言葉はその時代の言説を表していますから、もはや長々として表現は現代には合いませんね。新しい酒は新しい革袋に盛れといいますし。なにしろ今やメールや携帯でコミュニケーションをとる時代ですから。ワンフレーズがより生きてきます。
小泉は大衆煽動型の演説が上手いと聞きます。彼はキャッチフレーズの天才ですね。また参院選にかける亀井の演説もすごい意気込みが感じられますね。「われらは、参院選に間違いなく王手をかけます!」と、彼の独自のジェスチャーも迫力がありました。
では、こちらこそよろ


