NAFTAでのキモヲタのソナタ
なぜだ。なぜみんな結婚しているのだろうか。信じられない。私よりも遥かに若い美女が結婚しているのだ。常軌を逸しているとしか思えない。発展途上国の人間の結婚はとにかく早い。そんなに急いでどうするのだろうか。スーパーモデルのような素晴らしい子が二十代前半で結婚してしまっているなんて、この世に神が存在するとはとても思えない。もし神がいるなら世界中の美女は私に恋をするはずだ。そう、マイケル・ジャクソンのように。この日ほど私が無神論に染まったことはない。
長い仕事から帰ってきて、私は「酒だ!酒!」と叫び散らしてビールを飲みまくり、マイケル・ジャクソンとダイアナ・ロスの映画「ザ・ウィッズ」を見ながら酔いつぶれてしまった。
「畜生!みんなオレを馬鹿にしやがってー。いつか見返してやる。」
そう心に誓った。女がいない時は酒と音楽が一番。そうしないととても持たないよ、人生というのは。
「人生は甘き。」
そうマダガスカルのメリナ族も豪語しているではないか。資本主義の奴隷となってもせめて可愛い子ちゃんだけは虐げられる者のはけ口としてプロレタリアートの苦痛を和らげるカタルシス剤となっても良いではないか。人生は男女がふざけ合ってこそ始めて楽しいものとなる。でなきゃ、何の意味があるのか。女性の存在理由が全く分からなくなってしまうではないか。創世記(2章18節)にも書いてあるではないか。
「女性は男がひとりぼっちだといけないから創られた」って。

天の摂理は永遠の美女を授けることで哀れな男を救済すると説いてきた。それはゲーテの文学でも自明の理だ。マイケル・ジャクソンのルーマニア・ツアーにおいても、ピンク色の女天使が天空からマイケルのもとに舞い降りてきて、彼を翼で覆い、救ったのである。私はすがる思いでそのシーンに見入って感動し、した。音楽と酒がなかったら私はどうなっていただろうか。想像がつかない。

ソクラテスは音楽を禁止しようとし、イランのシャーリア法には音楽を禁止する条項があるという。特に西洋のポップスが厳しい取締りの対象だという。またアメリカ南部のキリスト教原理主義者とフェミニストは酒を禁止しようとした。さらに結婚も一夫一妻制か一夫多妻制だけに限定した。一妻多夫制など彼らにとってはもってのほかだ。

我々は自由を取り戻すしかない。宗教など男の妄想が作り上げたものにすぎない。シッダールタ、イエス、モハメット、チャールズ=マンソン、麻原彰光。既存の結婚制度を全て破壊することが我々の目的であり、そしてそれは天から与えられた使命である。そうすれば人間は自由を回復することが出来るのだ。それこそがリンカーン以来の解放宣言と歴史は判断してくれるであろう。我々はその偉業を成し遂げる義務を負っているのである。なぜなら我々は時代を動かす選ばれた世代なのだから。


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【2006/05/27 12:57】 | 社会風刺
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久しぶりに数年前の日記を見返した。旧友のNが新しいガールフレンドを紹介した夜。その直後に書いた日記なので、新鮮さに溢れていると同時に、暴言も散りばめられている。これでは最悪な人間と思われてしまうが、どんなにいい人でも理性を失ったときは暴言を吐いてしまうものだ。もちろん恋愛の口論については一切触れていない。私の立場が悪くなるような忌まわしいものは封印しておきたかったからだ。ただユダヤキリストイスラムの神がどんなのもであるかを気づかせてくれたということについてだけは、この日記の価値があると思うし、自分で自分を評価したいと思う。よってここに記す。

以下日記からの抜粋:
「さらにオクラホマの元同僚の開いたパーティーでは二人のかわいい女の子に会えることができてとても良かった。一人はファッションデザイナーでとても芸術的な女の子だ。南部アクセントはきついが、それでも可愛い。彼女の抱擁は私を嬉しくさせた。

もう一人はある家具会社の経営者の娘で、スタイルが抜群に良かったが、残念なことに、私の旧友のNがすでに彼女のハートを射止めてしまっていた。この時点で奴は旧友ではなく、敵となった! 奴は白人なのに仏教徒と言うから驚く。またNは柔道や空手などの東洋武道の先生であり、奴の東洋的な部分が彼女にとってはセクシーだというのだ。畜生、これ程までに嫉妬したことは今までなかった。かつて私はNを尊敬していた。道教、儒教、神道などにも幅広い知識があり、東洋に対する理解があるアメリカ文化人だと思って心から敬っていたのに。しかし、それを政治利用するとは! 尊敬していたのに。。。ショックだ。彼に対する尊敬の念は粉々に砕け散った。

はっきり言って、アイツは東洋かぶれだ。よってイカサマだ。奴は日本に住んだことすら無いのだ。それでどうやって東洋の魂を理解していると言えようか。私こそが本当の東洋文化人だ! 白人が東洋的ならセクシー。では東洋人が東洋的なら、それこそセクシーの源、総本山ではないのか。東洋人そのものがセクシーということにならないのか! 私こそが真の東洋人であり、真の東洋文化を体現している現人神的存在だ。私こそがセクシーの大本、真如であるはずだ! しかし彼女が私に性的興味を示すことは無かった。なんと悲劇的な... アメリカの女は理解できない。よって真のセクシーとは何かを啓蒙する必要に迫られた。だから私は頑張って彼女に日本文化や合気道の哲学などを話した。Nより私の方が東洋文化において遥かに優れているということを誇示したかった。なにしろ私は東洋から来た東洋人なのだから。Nとは資質が違うのだから。しかし、彼女は「クール」と言うばかりで、私に対して性的なジェスチャーを示すことは全くなかった。それどころか、彼女は私の意図に反して、ず、ず...ずっとNの手をデリケートに握っていたのだ。さらに彼女は親指で奴の手の甲を絶え間なく、優しくさすっていたのだ! 最も目にしたくない光景...私のか弱いハートに激痛が走った。なんと残酷な! 私はただ耐えるしかなかった。

私は確信した、これもCIAによる洗脳だと。MK-ULTRAは実は今でも続いているのである。でなければ、どうして東洋文化がセクシーと言い張る彼女が東洋人である私に対して性的関心を全く示さなかったのか、断じて説明がつかない。これは連邦政府の陰謀だ。あれほど美しいアーリア人の子が東洋はセクシーと言ったのは素晴らしいことなのに、肝心の真の東洋に気付かないなんて、洗脳されているとしか言いようがない。ネオコンとCIA、そして軍産複合体、これらがアメリカの女を洗脳し、真実を見極める洞察力を封印してしまったと言っても過言ではない。そうすれば、政府に疑問を投げかけることもなく、羊のように政府に従うロボットとなるからだ。

ケネディー暗殺前に生まれた世代の多くは洗脳されずに済んだ。だから学生運動も反戦運動もフリーラヴも盛んだった。しかし、ケネディー暗殺後、CIAは息を吹き返し、ケネディー暗殺後に生まれた若者を次々と洗脳して行った。だから、投票率は世代が下がるごとにやたらと低くなるのだ。だから本物よりも本物を真似るものを女は愛してしまうのだ。あたかも本物らしい偽りを。そう、プラトンの洞窟の男のように。裸体の女の影を見て男がオナニーしているのと同じだ。Nは私の影のようなもの、だから彼女のNとのセックスはオナニーにすぎない。「萌え」にも似たフェティシズムか偶像崇拝のようなものだ。そう、彼女は洞窟の中の偶像崇拝者なのだ。なぜヤハウェは偶像崇拝を禁止したか。ヤハウェの影である偶像を崇拝してもヤハウェは嫉妬するばかりだ。「崇拝」というより「愛」と言った方が分かりやすいだろう。ヤハウェの偶像を愛してヤハウェを愛さず。東洋人的であるNを愛して、真の東洋人である私を愛さず。

私は嫉妬深い人間だ。そしてヤハウェは嫉妬の神として有名だ。事実、出エジプト記20章5節、いわゆる『十戒』の偶像禁止条項には「なぜなら汝の神、主である我は、嫉妬の神だからである」とある。だから嫉妬深い人間でなければ、聖像禁止令の本当の意味は分からないだろう。真の目的はヤハウェが嫉妬しないため、そして手段として本当のヤハウェを見極める力を失わせないためであったのだから。よってアメリカの子の本質を感じ取る力を蘇らせなければならない。天の摂理は我々にその封印を解くよう説いてきた。今こそ、それを実現する時だ。それこそ、我々の天から授かった使命であり、真の革命である。全てのセクシーなアメリカン・ガールズよ、目覚めよ!」


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【2006/05/23 00:07】 | 恋愛
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こんばんは…。
pinoko
どもー。自分のブログにコメントありがとうございました。ってか、昨日、こちらにお邪魔していました…。コメントも残さず、すみませんでした。多分、マイコーのことをぐぐってたら、たどり着いたような気がします。
興味深い日記ですね。…と思ったら、ロス在住ですか!英語しゃべれるんですよね・・・(当たり前か)?中学生みたいな質問してすみません。英語にものすごくあこがれているので…。
こうやってブログを通じてアメリカにいる人と交流できるってスゴイことですね…。恐るべし、インターネットの世界(なんのこっちゃ)。また遊びに来させてください☆

コメントありがとうございます
ヘルメス
アメリカ英語は話せますが、イギリス英語は話せません。オーストラリアもだめですね。でもピノコさんがMJのファンなら、きっとアメリカ英語にあこがれているはずです。でも、もうMJはあの裁判のあとロスにはいないみたいで、バーレーンに住んでいるみたいです。ちょっと悲しいですね。

もちろんです。お邪魔させてもらいます。v-392

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仏教徒は苦手だ。この苦手意識は長く私を煩ってきた。仏教の輪廻転生による女は男よりも下という女性差別、また人生の無常観にも賛成しない。女も男もLGTBも両性具有者も皆同じ人間で平等あり、人間の命も今は無常だがいつかは遺伝子科学によって永遠にできると私は思っている。しかし彼らの宗教に賛成しないから苦手になったのではない。よって苦手になった本当の理由をここに告白することを決意した。

オクラホマに住んでいた頃、私のアメリカ人の友人に複数の仏教徒がいた。彼らはコンピュータ工学、量子物理学、幾何学、医療工学など理数系に強く、とても頭がよく、社会でも高収入を得ている人たちであった。彼らとはじめは交流を持っていた。中でも特に同僚であったNとは親友のように仲がよかった。彼は20代後半の白人青年で色々な日本の格闘技に精通していた。そして彼は東洋哲学にも深く傾倒しており、私は東洋文化に理解を示す彼を心から尊敬していた。しかしある日、女の子のことで口論となり、Nには言い込められてしまった苦い思い出がある。まさに屈辱であり、侮辱され恥をかかせられ、自尊心を大いに傷つけられた。彼の仏教をもとにした論議に打ち勝つことはできなかった。思い出すだけでも苦痛だが、書いたほうがセラピーになるということをよく聞くので、そうすることで仏教にたいする苦手意識を克服することができればとペンを取るに至った。
Nは仏教とヒンズー教に精通していた。彼自身は仏教に帰依している。柔術の先生でもあり、空手も教えているという。日本の文化がとても好きで、彼のガールフレンドも東洋文化が好きなようである。ある日、彼のガールフレンドのことで口論となったのを思い出す。いまでも昔のこととわかっていながら腹が立ってしまうのはまだ克服できていない証なのかもしれない。もしNにこのことを読まれたら絶対に「そんなことは僕は言っていない」と反論されるだろうが、人の記憶というのは曖昧なので、事実に反する部分も出てくるが、できるだけ忠実に書こうと勤める。それでは以下に記す。

如是我回想。私はこのように記憶している。

それはある年の秋、アメリカ中西部に帰り、元同僚の家の広い裏庭でのバーベキューパーティーに遊びに行った時であった。虫の鳴き声が活発になり月明かりが出だしたころ、Nも顔を見せて、彼と再会した。彼は相変わらずの金髪碧眼でフレンドリーだった。しかし変わったことは彼が新しいガールフレンドを連れてきたことだ。彼は彼女を私に紹介した。それにしても、あそこまでかわいいガールフレンドを獲得できるなんて、私は驚かされてしまった。彼に対して、「やるじゃん」という尊敬の念と、「なにくそー」という嫉妬の念が入り乱れていた。しかし結局は嫉妬心が私を覆い尽くしてしまい、普段は温和な私を好戦的にさせてしまった。ここから歯車が狂いだし、やがて彼に対してだけではなく、すべての仏教徒に対する苦手意識が植え付けられる結果となってしまった。私は彼に尋ねた。
「あそこまでのかわいい子をよくゲットできたね。いったいどうやって彼女を口説いたんだ。」
Nは、
「ただ無心になることだ。」
と言った。この言葉は私にとって予想外だったので私は沸騰寸前まで追い込まれた。
「え、まさか何もしないで彼女のほうからデートを申し込んできたとでも言うのか。」
「いや、自然の成り行きだよ。」
私はとうとう沸騰してしまった。
「自然の成り行きだー!?でもあんなかわいい子と自然の成り行きでうまくいけるなんて考えられねえよ。俺だって美女をゲットしようと死に物狂いでがんばったけど、まったくだめだったんだぜ。」
でもNは冷静だった。その冷静さが余計私を憤慨させた。しかしそんな私をよそに彼は続ける。
「はは、がんばって。でも言わせてもらうが、『美女』って思うから雑念が生じ、無惨にも何も得られないで終わってしまう。美しいもの、醜いものなんて、それらはみなただ人間が作り出した概念だからね。」
私は「何言ってるんだ、こいつ」と思いながら質問攻めをスタートさせた。
「はあ、どういうこと?お前はあの子がかわいいから付き合ってるんじゃねえのかよ。」
「いや、彼女とは化学反応が起きたからだ。それに外見はいつかは衰える。あらゆるものは無常なのだから。」
「いやー、そんなこと言ってもさあ、あの子は誰が見てもきれいだぜ。十人の野郎のうち十人全員がお前のガールフレンドをセクシーと賞賛すると思うよ。」
彼は微笑を浮かべた。
「ありがとう。でも彼女の美も一時的なものでいずれは衰えてしまうんだよ。」
「なあ、そんな悲しいこと言うなよ。『美というものは永遠だ』ってフランス人も言っているじゃねえか。」
「フレンチメンには悪いが、美は永遠ではない。それに美とは何か。人間の観念の中にしか存在しない幻だ。それに美に限らず永遠に見えてるものは永遠に見えているだけでこの世に永遠なものはない。すべてはかなく滅びていくのが世の常だ。」
「いや美は永遠だと思うよ。たとえ美は無常でも美は永遠だと信じたいもんだよ。じゃ、きこう。A(Nのガールフレンド)が明日突然老婆になったらどうするんだ。それでも付き合い続けるのか。」
「付き合うさ。愛してるんだから。」
私は驚愕した、というかショックだった。私の今までの価値観が完璧に否定されたのだから。
「えーマジかよー!?信じられねえ。まあ、こんなこときくのもなんだが、もしAが明日にでも死んだらどうすんだよ。」
彼はしばらく考えて言った。
「人の死というのはいつやってくるのかわからない。だからAが突然死んだとしてもそれを受け止めなければならない。そのようなことはあってほしくはないが、どうにもならないことだ。それに僕だっていつ死ぬのかもわからないし。でも、たとえ彼女が死んだとしても彼女への思いは変わらないと思うよ。」
まさかそんなことをNが言うとは思わなかった。ここで自分の意見に賛同してくれるのだろうと思っていた。
「むむむ、理解できない。俺だったら彼女が事故にあって顔がぐちゃぐちゃになっちゃたら、もう愛せねーなー。だって自分のイメージしていた美しい女の子が一瞬にして破壊されちまうわけだから。」
「この世で目に映るものはすべて一時的なもので永遠ではない。それに醜かろうが老化しようが、身体障害者になろうと心が醜い美しいを判断するだけで、そのもの自体は美しくも醜くもない。だから確かにぼくの心がただ彼女を美いと判断してしまうわけで、Aそれ自身はなんでもない。それが何かということもないし、ただそのままである。」
「本当にそんなこと思ってんの?ぜんぜん理解できねーよ。彼女の美が突然失われたら俺の知ってる彼女じゃなくなるんだから。やっぱりいつまでも変わらず同じってことがデートの前提じゃねーのかよ。」
「同じものはない。すべては無常だ。人間と物質は常に変化している。映画の一コマ一コマのように、一瞬は次に同じということはない。だから彼女は一瞬一瞬変化しているのであり、同じということはない。」
「オッケー、美が一定ではないのはよーくわかったよ。でもパーソナリティーは一定だろう。たとえ彼女の容貌が変わっても性格が同じならそれを基準にしてデートするんだろ?」
「いや、パーソナリティーというものはそのときそのときに変わるものだ。だから一定の自己というものは実はないんだ。それぞれの現象に人の心は反応しているだけで現象も認知しなければ心の作用もないわけだから。あらゆるものは無我なんだよ。」
「それじゃ何を基準にしてデートすんだよ。お前が言うように無常無我だったらデートするきっかけも生じないはずじゃねーか。」
「デートするきっかけは相手と化学反応が起きるかどうかだ。これはうまく説明できないがなにかクリックするものがあるはずだよ。」
「でもパーソナリティーなしに相手が好きになることなどありえんのかよ。もし本当に彼女に自我が無ければ予想することだって不可能じゃねーの。」
「あらゆるものは無常無我であるが、その人の方向性というのはあると思う。」
「方向性ねー。性格といってもいいと思うけど。で、その方向性はどこからやってくるんだよ。」
「さあ、人の経験かな。DNAも関係しているだろうし、いろいろあると思う。積み重ねられる種かな。」
「種だろうがなんだろうがそれが自己だろう。お前もくどいなー、少しぐらいは俺の言うことにも賛成してくれよな。」
「いや、君の言うことも分からないでもない。」
「まあいい、お前が外見よりもその方向性ってやつで付き合う相手を判断することはよーく分かったよ。とにかくお前に声をかけた女はみんな美女だったんだろう?そうに決まってる。俺はただお前が絶世の美女を手に入れておいて、なおかつ彼女の美がデートする判断基準にならなかったって言い張ることが気にくぁねえだけだ。」

そのとき、Aが葉巻をくわえてやってきた。彼女は、
「ねー、何話しているの。」
とNのそばに寄り添い、彼の太股の上に座ったのだ。私は激怒してしまった。あんなセクシーなアメリカ人の子があのお尻をNの太股の上に置くなんて、耐えられない光景だった。私だって、一度はその感触を味わいたい。しかし彼女は私が怒っていることも知らず、吸っている葉巻をオファーしてきた。
「どう、ヘルメスさんも吸いたい?」
私は、
「イエス、オフコース!サンキュー!」
と言って彼女の葉巻を吸った。これで美女との間接キスが達成された。ふやける表情をなんとかこらえるのに必死になった。しかし彼女のお尻がNの太股に密着している事実が容赦なく私の肺を逼迫した。だから葉巻コンタクトはまったく私の怒りをクールダウンすることができなかった。それどころかさらに私を逆上させた。彼女に葉巻を返した後、彼女はNに「吸う?」と差し出し、Nは私の唾液の付いた葉巻を胸いっぱいに吸った。「ざまーみろー、俺のウイルスで病気にかかって死ね」とバイキンマンのように思った。あの葉巻がキューバ製でないことを祈る。もしそうだったらカストロ政権に融資することになってしまい、アメリカで非国民のレッテルを張られてしまう。それはともかく、一息着いたところでまた私はNに質問し直した。

「で、お前は女を美と醜で判断しないというのか。」
Aは驚いた表情で私を見た。NはAに、
「こういう話をしてるんだ。」
と言った。AはNの手を握り我々の話に好奇心を示しているようだった。Nは続けた。
「まあ、その通りだ、ヘルメス。美と醜は人間の心によって生じたものでしかない。そのものは美も醜も清潔でも不潔でもない。」
「ほんとーかよー。そんなこと言ってもよー、いやー、でも俺はやっぱブスとは絶対デートできないな。俺はやっぱりかわいい子とデートしたいし、ブスとはデートしたくない。美女がいない世界なんて絶対に考えられねー。」
Aは「オーマイガッド」とつぶやき、「なんでこの人こんなこと言ってるの」という表情をして驚いた。Nは続けた。
「ははは、でも美と醜で相手を決めるのはよくないよ。それは差別というものだ。」
私は中傷された。よって私の声の波長は増大した。
「なんだって。俺を差別主義者呼ばわりする気か!俺ほど人権思想に傾倒している奴はいないんだぜ。俺は男として美女を求めるわけだし、第一、お前もこの子のような美女と付き合えているんだから人のことが言えるかよ。」
私はチラッとAを見たが彼女は視線をそらした。Nは言った。
「そんなことはない。彼女の外見ではない。化学反応があるかないか、花火が散るのか散らないのか、クリックがあるかないか、それがデートの材料だ。ね。」
NはAと目で確認しあった。彼らのイチャツキは度を超えていた。それは断じて許されるものではなかった。私は自暴自棄になった。
「花火がなんだ。そんなに外見が重要じゃないと主張するならばブスと付き合えばいいだろ!だいたい、お前はブスと付き合ったことがあるのか。もちろんないだろうなー。お前は女から見たらハンサムだし、女に不自由しなかったはずだし、だから自分に気がある女からかわいい子だけを選別したのに決まってる!」
「外見は問題ではない。僕が付き合ったのは気のあった人だけだ。」
「へっ!お前のように考えてくれる美女がいてくりゃーどんなに楽だろうか。でも女というのは金と外見で男を判断するから、そのルールに従ってゲームをしなければレッドカードで恋愛ゲームにも参加できない。だから俺が美女を追い求めるたんびに必ず避けられちまう。」
Aは、
「なんてセクシスト的な考え方なの。」
と不快感を表明した。私は焦った。
「い、いや、もちろんあなたは例外だと思うが、それはすばらしいことだし、あなたはすばらしい女性だと思うが、たいていの女はゲームをしいた。だから俺が追い求めても女は一向に相手にしてくれねんだよ。」
Nは、
「たいていの女の子は下心を見抜くと身を引いてしまうんだよ。」
と言い、Aも、
「そうそう」
と彼をフォローした。カップルで私に背くとは。Aはちょっと席をはずすと言ってNの頬にキスしてどこかに行ってしまった。Aがいては言論が統制されてしまうが、彼女がいなくなった今、これで言いたいことが率直に言えるようになった。
「なんで俺の言うことにいつも反対するんだよ。所詮男なんてみんな下品な心を持った生き物じゃねーか。女がそれに目をつぶろうとしたらあいつらは現実逃避しているに他ならない。俺だったらもし美女が、いや美女じゃなくてもよっぽどブスな女じゃなきゃ俺にセックスを求めれば大歓迎してんのに。そう、ウッドストックみたいによー、誰もが『自由』を謳歌してやりまくっていた70年代のヒッピーのように。女にもそれぐらい心の開かれた人はいないのかー。」
Nは指を振りながらこう言った。
「強く求めるものは手に入れることが難しいもの。もし簡単に手に入るのなら渇望も生まれないだろう。だから女の子を強く求めれば求めるほどそれだけ苦しみが増大するんだ。」
「そんなわけがない。俺の苦しみが増大するのは女に慈悲心がないからだ。そう、女が悪いんだ。ここまで俺を苦しめやがって。ビッチどもめ。あいつらに慈悲の心さえあれば、どんなに救われたことか。イエスも言っているじゃないか、求めるものには与えなさいって。本当にあいつらがキリスト教徒かって疑っちゃうよ。」
「女性は悪くはない。それに女の子をビッチと呼ぶのはよくないよ。」
「なんだと、きさまー、俺に指図するつもりか。誰の権限で。あいつらがビッチと言ったらビッチなんだよ。」
「ビッチなのは君の欲望だ。君の渇望が君を苦しめているだけだ。女を求めなければ苦しむこともないはずじゃないか。」
「いや違う。すべては女が悪いんだ。旧約聖書にも書いてあるじゃないか、女が禁断の実を男に食べさせたって。」
「いや、その女をそそのかしたのは蛇だし。それに禁断の実を食べるまでは人間には善悪の知恵がなかったわけだし。それが全ての人間の原罪になったと判断したのはパウロだし。なんとも言えないね。」
「なにー、ちっ。まあそんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、女を心の底から真心を込めて求めても、それにまったく報いてくれないから苦しくて苦しくてしょうがないんだ。女がただ「YES」とさえいってくれれば、俺を拒絶しなければ、地獄の苦しみが天国の快楽に変わるというのによー。」
「うん、恋が実れば苦が楽に変わるのは、そうだと思う。しかし恋が実らなくとも女の子に罪はない。君を拒絶してそれが犯罪だといわれたらこの世はどうなるのだろう。」
私は言い返す言葉を失ってしまったので、
「うるせえー。」
としか言えなかった。形勢は完全に彼のほうに傾いた。私はここで議論を止めて退くこともできた。しかし負け犬にはなりたくなかったし、私のプライドがそれを許さなかった。だが何を言ったらいいか分からず、躊躇していると、すかさずNは攻勢に出た。彼は冷静に、しかし厳しくこう言った。
「君が苦しむのは君の欲望のためだ。女の子が君を苦しめたのではなく君が自分で自分を苦しめたのだ。自業自得というものだ。」
私は侮辱された思いで一杯になった。よって捨てゼリフを吐くことしかできなかった。
「なんだよーN。お前は俺の味方だと思っていたのに。見損なったなー。」
「なぜだ。友人として事実を述べたまでじゃないか。」
「じゃーなに。欲望を消せとでもいうのか。だが生きてる限り欲望は消せないぜ。それが人間なんだからよ。」
「いや、苦しみの元が欲望だということを気づいたらいいだけだ。それを認識していかに制御していくかが僕たちに課された課題だと思う。」
「欲望は苦しみの原因とお前は言うが、それはうそに決まってる。言っておくが欲望は悪くない。欲望はすばらしいものだ。生命の根源だ。それこそが真実だ!たとえ万人が俺の思想に反対しようとも、歴史は最後に俺こそが正しかったと証明してくれるだろう。」
「どうだろうね。欲望にもよるけど。」
「断っておくが俺は美女を渇望する人間だ。それが俺の方向性でもあり、本質だ!その美女への渇望を消滅させちまったら俺じゃなくなっちまう。」
Nは顎に手を沿え、言った。
「君は本当にそういう風に自分のことを思っている自分が独立して存在していると思ってるの?」
「当たり前だ。馬鹿なこときくんじゃない!」
「じゃ君は親なしで自分で自然発生したとでも言うのか。」
私はしばらく考えた。その間にAが帰ってきた。彼女は、
「ねえ、まだ同じ話してるの?」
と言って、今度はNの太股には座らず彼の傍らに座った。私は考えを整理してからやっと言葉を発した。
「いや、親がいるから俺が生まれた。でも俺は俺だ。俺は親ではない。俺はお前でもない。だから俺は独立してるんだ。」
Nは手の平を返してこう言った。
「ヘルメス、すべてのものは独立して存在してないんだよ。それとは反対に関係性によってみな存在してるんだ。君も僕もあの人もみな共存しているし、君がいるから僕がいる、僕がいるからあの人がいる。あの人がいるから君がいるってね。カーノー=センセーも言っているじゃないか、ジーターキョーエーイ(自他共栄)って。」
「なに言ってやがんだ、変な発音で日本語の単語を言いやがって。」
Nは謙虚に一言、
「ごめん。」
と言った。Aは、
「カーノーて誰?」
ときくと、Nは、
「柔道を創始した偉大なマーシャルアーティストだよ。」
と答えた。私は続けた。
「お前がどう思うと俺の本質は独立しているんだ。率直に言おう、俺は美女が大好きだ。好きで好きでたまらない。誇大妄想に取り付かれているって言われたっていい。美女なしの世界なんて考えられない。美女への渇望が俺を生きさせるのだ。それが俺を俺たらしめている本質、それこそ俺だ!」
「それが本当の自分?本当に美女に対する渇望である君の本質は独立しているの?」
「何度言ったらわかるんだ。そうだよ。」
するとNは人差し指で天空を指し、こう言った。
「では尋ねるが、もし美女がこの世にいなかったとしたら君の本質はどうなってしまうのだろう。」
私は「ウッ!」となった。その瞬間私の周りにあるものすべてが砕け散った。まるでブラックホールが私の心臓を一瞬にして根こそぎ吸い取ってしまったような感覚だった。私は何も答えることができず、ただ黙り込んでしまった。Nは微笑を浮かべながらこう言った。
「どうしたんだ、黙り込んじゃって。」
敗北感が私を襲い、その場から一刻も早く逃げ出したいという衝動に駆り立てられた。Nはさらに追い討ちをかけるように言った。
「だから女をビッチと呼ぶのは控えないと。彼女たちが存在しなければ君を君自身にさせることもないのだから。」
私は反論する気力も失ってしまった。しかし何とか面子を保つため、断末魔の叫びの如く怒って見せた。もはや私には自己顕示欲しか残っていなかった。
「ふざけるな、馬鹿野郎!お前には俺のことがまったく分かっちゃいねーんだ!」
と罵倒しながら席を立ち、その場を去った。NとAはただ両手の平を上に向ける仕草をするだけであり、私を止めようとはしなかった。止めてほしかったのに。「待ってくれ、僕が悪かった」とでも言ってくれるのかと思ったが、その期待はことごとく打ち砕かれた。

たぶん私がその場を去った後そこにいたすべての人々をはじめ、木々草花、小鳥、犬、リス、カブトムシ、カタツムリ、コオロギ、アリ、ミミズのような小動物まで生きとし生けるものすべてが月光のもと月光の如く恍惚と歓喜に包まれたのかもしれない。Nがこの記事を書くとしたらそう結ぶだろう。


だから仏教徒とは口論することは極力避けたい。恥辱の記憶が呼び覚まされるからだ。この記憶はペイン=イン=ジ=アス以外何ものでもない。仏教徒と聞くと足の裏に汗をかいてしまう。やはり体は正直と言うことか。この出来事がきっかけで仏教徒が苦手になってしまった。よってなんとか仏教徒をヒールにするために試行錯誤を重ね、こういう図式を作り上げた。仏教徒=論理的=インテリゲンツィア(知識階級)=成功=金持ち=エリート。頭が悪い仏教徒に会ったことがない、私の話した仏教徒は皆知的で論理的、リチャード=ギアやブラピやオーランド=ブルームなどの成功者、スチーヴン=ジョブ、ビル=フォード社長などのエリート。そして私はプロレタリアート的思想を取り入れて「宗教は阿片」という反感と結びつけて「仏教徒は労働者階級の敵」という歪んだ世界観を築き上げた。さらにシダールタがアーリア系シャカ族出身だったので仏教はアーリア人の宗教という思いが生じた。それに古代仏教徒は自らをアーリア=プッガーラ(アーリア人)と称し、非仏教徒をアナーリア(非アーリア人)と呼んでいた。事実オクラホマで知っているアメリカ人仏教徒は皆アーリア人だった。そんな妄想に取り付かれていたというのも恥ずかしい話だが、それは一時的に私の苦痛を和らげてくれた。その場凌ぎとでも言うべきか。笑いたければ笑うがいい。だがこれを書くことを決断し、実行できたことは大いなる進展だと思う。そしてこれを克服することが私の最大の課題である。



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【2006/05/17 07:08】 | 恋愛
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pirikara710
・・・私は、Nさんのような立派な仏教徒では、ありませんし、むしろ無宗教ですが、でも仏教は、殺生を禁じてるところが、大好きです。
ヘルメスさんに足の裏まで汗をかかせる苦い思い出?恋愛と仏教に、こんな接点があろうとは・・・
(*^m^*) ムフッv-237


ヘルメス
ピリカラさん、コメントありがとうございます!v-436

不殺生は素晴らしいと思います。私も無宗教ですが、仏教は難解ですね。キリスト教みたいに神を扱っていませんし、神を仏教ではどのように定義しているのでしょうか。釈迦は弟子に神について訊かれても沈黙していたようですし。でも釈迦もイエスもデイヴィッド・ホーキンズ博士によれば精神レベルが1000みたいなので、どっちでもかまいませんが。

カッカしている時の自分の言動がピエロのようだったと思うと赤面してしまいます。でもディベートに負けた悔しさと恥ずかしさは忘れられません。思い出すたびに布団の中に隠れてしまいます。

よく考えてみるとNとの思い出の98%は素晴らしいもので、残りの2%がNの印象を歪めていたことに長く気付きませんでした。

嫉妬心さえなければ、袂を分かつこともなく、彼の意見を素直に「おもしろい」と聞き入れることが出来たのに。反省、反省。v-388

アメリカでここまで仏教徒が多いとは予想外でした。仏教は東洋の宗教と思っていたので。またNが仏教の教義を用いて恋愛を語るのも予想外でしたが。v-405

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アメリカという土地は狂人を受け入れ、また生み出す。それが合衆国の土地柄である。これから紹介する三人は特に変人としか言いようがない。
「断末魔の大富豪」



ジェルマイヤ・ハワード・マーシャルは米国の石油産業の大富豪でブッシュ一族とも通じており、プレーボーイのモデルのアンナ・ニコール・スミスと結婚し、話題を呼んだ。その時の年齢差は63年であり、だれもがアンナは金目当てに結婚したと思った。事実、J・マーシャルはアンナとの結婚後14ヶ月で死亡した。相続問題で第9巡回控訴裁判所の判決によりアンナは相続権を喪失したが、これが連邦最高裁判所に取り上げられ、今年の5月に第9巡回控訴裁判所の判決を無効とする判決を下し、アンナには相続権があるとした。まあ、正式に結婚していたのだから、相続権はあると思うが。それが今月のアメリカでもっとも話題になった。

「キルドーザー」

マーヴィン・ヒーマイヤーという溶接工は自分の財産と町の美しい自然を守るため市役所を自分のガラージで改造した鉄鋼装甲のブルドーザーで破壊した。そしてブルドーザーの中で自殺を遂げた。それは通称「キルドーザー」と呼ばれている。アメリカというのは自分の財産をいじられないために独立したようなものだ。だから財産権は基本的人権と同等の価値があり、そのためにヒーマイヤーは戦った。多くのアメリカ人は彼に称賛の声を送った。特にモンスター・ガラージ・フリーク(自宅のガラージで車やバイクを改造するいわゆる改造マニア)の間では伝説となっている。彼らは通常白人の大男で大きな髭を蓄えている。ヒーマイヤー自身も190cm以上の巨漢で髭をはやしていた。そして彼は現代アメリカ人が忘れかけていた精神を甦らせたヒーローとまで言われている。奇跡体験アンビリーバボーで取り上げられたキルドーザーは機関銃が装備されていたが、あれは事実に反しており、そんな装備はされていなかった。死傷者は一人も出さず、役所を破壊したのだから。役所というものはどこの国でも下衆以下としかいいようがない。あんなことをされても当然なことを役所はどうせやってきたのだろう。政府嫌いのアメリカ人にとってはなおさらだ。

「男子生徒を犯した女教師」

マリー・ラトゥルノーは90年代に初等学校の教師であり、自分の生徒とセックスしてしまった。そして彼女は7年間も服役していた。若き日のマーロン・ブランドの映画「A Streetcar Named Desire」では、女教師はそういうことしても大目に見られていた。50年前はそうだったのだ。しかし現在、法は女性に対しても不寛容になった。マリーのニュースが全国規模になったのはマリーの家柄のせいであった。そうでなければきっと刑はもっと軽くなっていたはずだ。マリーの父はジョン・シュミッツという1972年のアメリカ独立党の大統領候補でありニクソンと戦ったし、連邦議員でもあり、第二次世界大戦の英雄でもあり、政治家として成功した著名な人物であった。またマリーの兄たちはブッシュ政権の重要なポストに就いている。だからこの事件はアメリカを揺るがす大スキャンダルとなった。

マリー自身は去年刑期を終え出所して、なんと自分の犯した被害者と結婚した。被害者は成人になってもマリーのことを愛し続け、結婚したのである。マリーは美人教師だったので思春期がスタートする中学生の男子にとっては憧れの的だったと容易に想像できる。いや、そうに決まってる。思えば私が中学の頃、美人な先生がいて男子生徒みんなで「XX先生とやりてー」とよだれを垂らしていたものだ。テニス部の顧問をやっていたので男子生徒は放課後テニスコートに殺到した。だからこの被害者はそのような男子中学生の叶わぬ夢を達成したのだ。マリーはレイピストと言うより女神ではないか!くそー、私もアメリカの中学に行っていれば。。。それに女が男をレイプするなんて前代未聞だ。なんでこれがレイプになるのだろう。まったく理解できない。美人な女にベッドに誘われてやってしまって、「オレはあの女にレイプされた」と訴えても誰が信じるだろうか。警察がいざ逮捕するとなってレイピストが美人だと分かった瞬間、「誤報」と判断して帰ってしまうだろう。

まあ、これらがアメリカで最近話題になったことだ。マイケル・ジャクソンはあまりにも有名なので、ここには記載しなかった。だが彼も変人であることは言うまでもない。


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【2006/05/14 00:13】 | 社会風刺
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ニューヨークから来た女優である友人と久しぶりに夕食に出かけた。ハリウッドに撮影のため滞在しているという。あの「SEX AND THE CITY」で有名なサラ=ジェシカ=パーカー主演の映画に出演するためだそうだ。彼女は撮影のためにダイエットしたようで、見違えるほどかわいくなっていた。久々に見た彼女にはただ、「カワイイ!」と言葉を失ってしまった。ブロンドの美しさも一段と!私の心臓はバクバクしてしまい、緊張のあまり舌が回らなくて笑われてしまった。三年前はそれほどでもなかったのに。やっぱ女優だもんなー。

すべての撮影が終わったのであとの二ヶ月はロスでぶらぶらしてからニューヨークに帰るという。私は尋ねた。
「二ヶ月間も働くなくても平気なの?」
彼女は、
「まあ、何とか大丈夫だよ。コマーシャルのレシジュアルがあるから。」
と言った。レーガン大統領がかつて会長を勤めていた映画俳優組合(SAG)に加盟していれば普通のサラリーマンの一か月分の給料を一週間の撮影で稼ぎ出せるそうだ。彼女もその会員なので優遇されている。しかし彼女いわく、
「いくら高い報酬を稼ぎ出しても仕事が来なかったら終わりだよ。だから常にオーディションを受けなきゃならないんだ。女優も大変なんだぜ。」
しかし六ヶ月は仕事がなくても大丈夫だという。うらやましい。私なんか一週間でも仕事を休んだら家賃が払えない。生きてはいけない。俳優になろうかなー。そうすればこんな貧困のカルマから解脱することができるだろうに。

それに彼女はロスのダウンタウンで私の目の前でホームレスに施した。そこまで余裕があるのかー!イエスは貧乏人に寄付しろといったし、イスラムの根本である五行のひとつはザカート(喜捨)であるし、菩薩乗の布施波羅蜜、慈悲喜捨も仏教の根本のひとつであるし、この子はまさにそれを実行しているのだ。私もそこまでお金があれば慈悲深くなれただろうに。今は自分のことで精一杯だ。老子も金があるほど人の心も寛大になるといった。その通りだろう。だから成功しなければ。

彼女は三年前はまだ下積みの時代だったのに、今では小さいながらもちゃんとメジャーの映画のキャストの中に入っているのだから、着実に成功に向かって進んでいるのだ。私の周りの友人はどんどん夢を実現してゆく。そして彼女との久しぶりの対面は、「この子まで!」と私の焦りにさらに拍車をかけた。このままではまずい。非常にまずい。取り残されてしまう。私だけ自己を実現できずに永遠に輪廻の中に彷徨い続けることとなったらどうしよう。。。何をすればいいのか、私の情熱はなんだろうか。問いて問いて問い続ける。毎日が苦悩だ。同じことの繰り返し。
そんなのはもうごめんだー!

【2006/05/05 04:09】 | 映画
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日本ではゴールデン・ウィークのようだか、ここアメリカでは全国を通じてメーデー集会が行われた。初の全国規模のメーデーである。アメリカはかつて共産主義を敵視し、共産主義者を弾圧してきたので、もちろんメーデーも設けることもなく、レイバー・デー(労働の日)というのを九月に代わりに作った。労働者を共産主義の魔の手から引き離す目的であった。しかし時代は変わったのだ。

アメリカでメーデーが行われた背景には違法移民への厳しい措置を定める法案に反対するためである。そしてメーデーの行進者はほとんどがヒスパニック系である。だからメーデーはメキシコの社会主義者が持ち込んだとも言われる。なにしろメーデーではメキシコの国旗を掲げている人間もいるぐらいだから。

私は不法移民ではないので参加するつもりもない。ただ冷蔵庫が空になったので買い物に出かけた時、ブロケードが作られていたので、遠回りしなければならなかった。交通の便が非常に悪くなったので私にとっては損だ。行進している彼らの多くは不法移民なのだから警察もデモ行進を見守るだけじゃなくて現行犯逮捕できないのだろうか。それとも逮捕する人数が多過ぎて何も出来ないのか。

だだロサンジェルスのダウンタウンは人で埋め尽くされていた。何万人もの人々、あそこまで大きな集団を見たことはメキシコシティーの反戦デモ以来だ。これはブッシュも無視できないだろう。なにしろ黒人よりもヒスパニックの方が人口が多いのだから、選挙も左右する。移民制限を強く主張してきた共和党も軟化せざるを得ないのだろうか。不法移民が堂々と不法移民の権利を主張できる土地、それは世界の中でもアメリカだけであろう。


【2006/05/02 23:50】 | 政治
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ましま
きじめまして。
TBありがとうございます。
アメリカ。この不思議な存在にいつも迷っています。身近な情報、これからも見させてください。

コメントありがとうございます
ヘルメス
ましまさん、

そうですね。世界はアメリカが咳すれば風邪をひくみたいですし。でもこの土地、とても好きです。連邦政府は嫌いですが...

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