NAFTAでのキモヲタのソナタ
アメリカでは皇室典範問題のニュースはちょっとしか出てこなかった。だから皇室典範の話題を扱っているTVタックルのビデオを見た。ロサンゼルスでは日本人の人口も多いのでイチローが出た古畑任三郎もアジアチャンネルで見ることが出来るのだ。

さっそくTVタックルをアメリカ人の友人と一緒に見た。アメリカ人には果たして皇族がどういう風に映るだろうか、知りたかったのだ。私は友人に番組の通訳をした。そのとき皇室の映像をアメリカで初めて見た。

友人はさっそく皇族を「ウィアード(奇妙だ)」と判断した。特に寛仁殿下の映像を見た時、「スターウォーズのキャラクターのようだ」と言ったのには驚愕した。私はしばらく唖然となっていたが、さすがに私も殿下の容姿には不気味さを覚えた。「これが、あの万世一系といわれる皇族の方か」と。

確かに一般の日本人とは体つきや顔が違う。まるで藤原家が支配していた時代の典型的な顔だ。明治聖帝の面影が見える。これは血統がいかに守られてきたかということをはっきりと示している。まるで隔離された共同体が交配を繰り返してきたような、そんなことを示唆するような風貌である。アメリカでもアーミッシュというキリスト教の一派の集団が完全に外界から隔離して生活している。その人たちの風貌は本当に歪んでいると言ったら失礼だが、普通のアメリカ人の容姿とはまるで違う。顔が妙に変形してしまっているのだ。

皇室一族が立って並んでいる映像も見たが、友人も指摘したように秋篠宮殿下以外の皇室の方々は背が低いし、いたって小柄である。皇后陛下も雅子殿下も夫より背が高い。純血を保つために血が濃くなってしまったが、やはりそれは生物学的にも健康に良くないし、古い世代の皇族が少し奇妙に見える。このままでは皇室もスペインのハープスブルグ家のように断絶してしまうのではないかと恐れてしまう。しかし民間出身の母から生まれた秋篠宮殿下は背も高くハンサムに育った。だから皇后陛下および雅子様、紀子様のような民間の方々が皇室に嫁がれたことは正解だったと思う。

だから愛子殿下が天皇になられたときに男系の皇族との結婚は避けられた方が良いと思う。血があまりにも濃くなるからだ。できれば親族ではなく健康な民間の方が良いと思われる。しかし両系にしなければ愛子殿下が男系天皇に即位されても愛子天皇の直系は男系の皇族との間に子供を作らない限り存続しない。しかしそれでは血が濃くなってしまう。だから愛子天皇の直系が続くよう女系も認めなければならない。つまり男系女系ではなくて天皇の第一子が男女問わず皇太子になられるべきである。そうすれば今上天皇が民間の方と結婚しても直系が続くように、愛子天皇の直系も続くのである。その方が皇族も遺伝的疾患になる危険性も回避できるし、健康で安泰に天皇制も維持される。なにしろ憲法は天皇は世襲制と定めているのだから。

男しか天皇になれない時代は終焉させないと行けない。女性でも天皇に即位できるよう、そして女性天皇の直系が民間人と結婚しても続くよう男女問わず第一子相続制度に皇室典範を改正するべきである。男系女系と言うコンセプト自体時代遅れだ。両系にすれば性別などどうでも良くなるはずだ。父方だけ辿って行かなければ天皇にありつけない、母方ではどうして駄目なのか理解できない。母方でも天皇にありつければ天皇の子孫ではないか。父母どちらとも天皇にたどり着ければいいではないか。

「天皇の権威」

勝谷氏が男系と言う「形」が天皇の権威を持たせていると言う。現皇室典範ではそうだし、過去の天皇もそうだった。だから皇室典範を改正すれば第一子相続という「形」が権威を持たせるのだ。つまり「形」をずらすのだ。そもそも天皇の根本の権威は憲法によって与えられている。憲法が天皇の地位を定めているのであり、憲法にある天皇の条文をすべて削除したら天皇制は日本から姿を消す。よって日本は君主国家ではなくなってしまう。つまり天皇の権威を与えているのは神ではなく国民なのだ。たとえ男系を廃止して性別を問わなくなっても天皇の権威は憲法が改正されない限り失うことはないのだ。それにもかかわらず、あたかも男系をやめたら天皇が権威を失ってしまうように改正反対論者は話しているが。

また勝谷氏は天皇の権威をローマ教皇のと比較した。ローマ教皇の権威は宗教的でありローマ皇帝から来ているのだ。シーザーも教皇の称号を持っていた。ローマの宗教の首長が「Pontifix Maximus(教皇)」であり、キリスト教がローマの国教となるまではローマ皇帝は教皇でもあった。そこからローマ皇帝と教皇職が分離したのである。ペテロが初代ローマ教皇というが、それは嘘だ。ペテロは初代ローマ主教であり、教皇ではなかった。教皇というのはローマの宗教の首長だったのだから。だがローマ教皇はローマ皇帝から分離され、ローマ主教と合体したのだ。だからカール大帝、オットー一世、ナポレオンもローマ帝国と教会の権威であるローマ教皇から戴冠されるのである。しかしナポレオンは自ら教皇の前で戴冠してみせたが。あれこそフランス革命がヨーロッパを世俗社会にした、つまり非ローマ化した新しい帝国を築いた瞬間だった。19世紀の間にナポレオンの戴冠式、そしてニーチェの神の死の宣言、完璧にローマ帝国の権威を引き継ぐローマ教会首長の権威が砕け散った世紀だった。

そしてローマ帝国の権威はどこから来ているかと言うと、それはギリシャのトロイである。トロイ王国のパリス王子の従兄弟のアエネイスである。アエネイスがローマの始祖神的存在だ。つまりトロイ戦争がきっかけでトロイ人がイタリアに亡命し、その子孫がローマを築いたのだ。

しかしそのような神話はだれも真に受け止めていないし、現にヨーロッパで帝国だった国はすべて共和制となっている。またローマ帝国の権威もローマ法王が引き継いだが今では単なる一宗教の首長にすぎない。ナポレオンによって国家権力を一君主に授ける権威は失われたのだ。天皇の権威も神格は否定されたので、神話による裏付けは国民を拘束しない。憲法が天皇の地位を定めているだけである。皇室典範も国会が定めており、天皇の権威は国民によって与えられている。だから男系を廃止したら権威が失われるというのは的を得ていないのである。

「中華思想」

日本の象徴たる皇室が小人であっては歪んだ中華思想の日本人観の範疇にはまってしまう。漢民族は東西南北の人々を野蛮人とし、東夷、西戎、南蛮、北狄と呼んだ。その思想から書かれたのが魏志倭人伝であり、魏書の東夷伝の中の倭人についてである。「倭」とは漢語で「ちび」という意味であり、指輪物語で言えばホビット族のようなものだ。陛下が江沢民と並んだ時の映像を見た時は江沢民がプレデターのような大男に見え、陛下をまるで「倭人」と罵っているように見下ろしていた。これでは中華思想の偏見に完全に当てはまってしまうではないか。まあそんな思想自体お粗末なものだ。現在の世界の中国はアメリカである。だからあの共産国と台湾を「中華」とか「中国」と呼ぶのには抵抗がある。国連で「チャイナ」と呼ばれているのが適当だと思う。とにかく日本人は断じて「倭」ではない。皇族も将来は民間人と結婚しだしたので身長も高くなるだろう。よって「倭」というステレオタイプを根絶することが出来るのだ。それこそ中華思想からの脱属領化だ。

「現代のトンカラリン」

日本の象徴たる皇族がフリークショーのように世界の見せ物になっては行けない。皇族と言うともっとなにか凄いステータスのある方々だというイメージがあった。しかし皇族がここまで奇妙に見えたとはショックだった。異星人と言っては言い過ぎだが、普通の人間ではないように見える。皇室だから国民は不思議には思わないのだろうが、普通の人があのような容姿であったなら遺伝子が劣勢な不健康な人と思われてしまうだろう。とくに女子高生には単に「キモイ」と片付けられてしまうかもしれない。

だからこそ神聖なんだという意見もあるだろう。皇族は神の子孫であられるのだから。古代九州のトンカラリンでも巫女の顔は歪んでいたと言うし。ペルーの神官も頭蓋骨が変形していたと言う。神に近い人間はそのような徴があったのだろう。だから普通の人間には見えないのだろう。しかしアメリカ人の友人にも皇族が異星人の家族ように映ったのはそうとうまずい。

皇族がそのように見えたのはとてもショックだった。これが万世一系の皇族かと思うと胸が詰まった。やはりあまりにも男系男子にこだわるのも良くない。「男」という同一性は国家元首には国際的にもう通用しないのだ。女系女性天皇も認めるべきである。それに天照大神は女性であったのだから女性から天皇の権威はスタートしていることになる。長子であれば日嗣になれるように改革してもらいたい。

長い間隔離されていると神聖なものでさえおぞましきものになってしまう。いや神聖なものとおぞましきものも表裏一体ではないかとさえ思えてくる。逆に神聖さが人を蝕んでしまう。これまでの皇族は自分を神聖とし臣民をおぞましきものとして交配するのを避けてきた。しかしその結果として神聖どころかアメリカ人だけではなく日本人の目からでさえ「おぞましい」と受け取られてしまっているではないか。血による同一性は人を滅ぼすのだ。だからあまりにも血にこだわる必要はないと思う。それより異質なものをどんどん取り入れて行った方が良いと思う。事実、民間の方々との結婚によって生まれてくる皇族はより健康的になると思う。天皇制の存続もより強化できる訳だ。血の同一性を脅かすと言われた民間人との結婚は奨励されるべきである。外部と結婚しなければ同一性を保つどころか皇室自体滅びてしまうのだから。


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【2006/02/26 06:22】 | 皇室
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peeping tom
今でもこんなものなのか日本は!!と絶望的になっていた矢先、ここのページを見させていただきました。
同じように考えておられる人がいてとてもうれしいです(ページがあるのも)。私も小泉さんなら皇室を変えられる!(もちろん彼の政策すべて肯定というわけではありません)と思ったのに…がっかりしました。
 
女性天皇賛成の書き込みを行っても消され、男系のみの意見しかなかったところを見た後だったので本当にうれしいです。こういう考えを持っている人がいるんだと知って、ほっとしました。
 残念ながらやはり日本はまだまだまだ文化的発展途上国だとひしひし感じます。女の人でも 跡継ぎに女性はなってはならない という人がいるからです。そのため女性自身の意識の改善も必要だと思います(結構、男尊女卑でもかまわない、差別だと気付いていない人いるんですよね…そしてその思想を後世に伝えている…)。文化的先進国になるためにも。
女性差別撤廃条約にも文化的な差別を(も)なくせ(日本も賛成した)と書いてあるのに…伝統だから何だ言うのは変だと思います(天皇は国民の象徴なのに,元は天照大神なのに)。日本も世界の半分の人口は女性だということに気付いて欲しいです。どうか女性も継げるようになりますように、男女平等になりますように。そうすればほんとうに女系だ男系だ言わなくなりますよね、きっと。
 ありがとうございました。←下手な文章でごめんなさい…
          P.S.私の青春は闘病で終わってしまった…


ヘルメス
コメントありがというございます。

そうですね。日本は女人禁制とか未だにありますからね。そんなところはどんどん女性が集団でデモ行進を起こして踏み潰して行けば良いと思います。女人禁制と呼ばれている場所をまず徹底的に女性が入って行って荒らすというやり方が一番効果があると思います。相撲の土俵もそうですね。女性観客が抗議で勝手に土壌に上がってブレークダンスでも踊るような、それぐらいのことをしなければ古い価値観を持っている人間の意識を変えることはできないでしょう。度胸を持って女人禁制の圧迫と偏狭に立ち向かうべきです。それこそ「圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」、という日本国憲法の精神です。

アメリカでもかつてはバスでさえ白人と黒人に別れていました。しかしある一人の黒人女性が強行手段に出て、白人専用の席に座って逮捕されました。それがきっかけで公民権運動が一気に広がりアメリカ人の意識を変えました。

女性の入れないところが神聖だなんて馬鹿げています。女性が入れないのは男子トイレくらいですから、相撲の土俵は男子トイレと同じくらい不潔だと気付けばいいだけです。そうなると今の天皇の制度も男子トイレと変わらないと分かりますね。天皇制でさえも女人禁制を皇室典範で定められているので、今のままでは天皇は神聖でもなんでもなく、不潔ということになってしまいます。それではとても日本の象徴としては不適格です。

とにかく女人禁制自体が不潔ということを分からせなければなりません。そのためにはやはり日本の長年の伝統の根幹である天皇の改革が必要だと強く信じてます。天皇が女性であればさずがの相撲協会もまさか天皇を土俵に上がらせないわけにはいかないでしょう。

女性の総理も早く出てきてほしいものです。大阪知事を断るほどの頑固一徹な相撲協会をたたき潰すにはそれが一番です。そして強行で土俵に上がってもらいたいですし、高野山や修験道の山々などにどうどうと入って行ってもらいたいですね。神聖な場所は逆に「おぞましきもの」であることを気付かせ、女性が入れないほど不潔極まりない場所を清掃するには女性が入って行くしかない。そうすることによって、不潔とされていた場所も清潔になって初めて神聖さに一歩近づくことができるのです。

通りすがりの方、コメントありがとうございます。気を落とさず、がんばってください。国民の80%は女性天皇に賛成なのですから。駄目なのは不潔さを保とうとする議員です。だから不潔なところに女性は入って行けないのです。しかし欧米、とくにドイツや北欧ではずいぶん清潔になりましたから、女性が活躍する場も増えてきました。スウェーデンでは内閣の半分が女性ですから。詳しくはこちらのブログを参照にしてください。

http://blog.goo.ne.jp/lordpeter/e/8e770c77ff4266c4d15382aea635a282

PS

そういえば女性差別撤廃条約はアメリカは批准していません。また男女均等条項も可決されず廃案になってしまいました。子供の権利条約もアメリカは批准していません。それでもアメリカの女性は日本に比べると強いですから。

日本は条約に署名して効力を持っているはずなのに、天皇制があれでは。いいところをついてます。これはつまり女人禁制の天皇制を国連に訴えることができるということですね。いいポイントだと思いました。

ところで、

青春が経験できないことは本当に残念です。でももっと医療技術が進歩して行けば今まで克服できなかった病気もいつか撲滅することができるように私は希望を持っています。

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ヒステリーとはあるどうしょうもない欲望が絶対達成されないと悟ったときに陥る症状である。人間の欲望というのは満たされないし、限りなく増大する。欲望にはサプリメント(付属物)がつきものだ。しかしそれはなくてはならないものではない。栄養剤もサプリメントと呼ばれる。しかし絶対必要なものではない。つまり欲望の対象である商品の基準は生産された機能だけではなく、何が魅力かも重要なのである。他の商品にはない魅力だ。必要はないが魅力的だから欲しいものである。それは自由市場において発生する。ソ連は生産社会だったので消費者には商品の選択がなかった。金があっても商品が手に入らないことすらあった。しかし、アメリカは消費者が商品を選択できる社会、つまりサプリメントを無限に作り出せる社会、人の心につねに空洞を開ける、巨大な穴が生まれる状況を作り出したのだ。それが資本主義社会、あるいは消費社会であり、なんでも商品化される社会なのだ。
その欲望のプロセスをデリダはインヴァジネーション(膣化)と呼んだ。穴がどんどん出現し、埋めても埋めても新たな穴が生まれてくるのだ。まるで月のクレーターだ。人間の欲望は月なのである。インヴァジネーションは「invagination」と書き、「vagina(膣)」が動詞化したデリダの造語である。

ヒステリーもギリシャ語の「ヒュステラ(子宮)」から来ている。そして動詞形の「ヒュステロー」は「欠けている、欲しい」という意味だ。つまり虚無である。何もない場所が穴なのであり、洞窟である。デモクリトスの「ケノン」である。そしてデリダは「子宮」の入り口である「膣」を欲望の徴だとした。

欲望による社会がサイード・コトゥブには邪悪に見えたのだろう。ジャーヒリーヤに西洋社会は侵されたとしてテロリストになったと言う。きりがない欲望に打ち勝つのがジハードであるのに、西洋は逆に欲望をもっと助長しているので、西洋の中国であるアメリカはおぞましきもの以外のなにものでもなかったのだろう。完全に神の恩寵から離れた世界、だからアメリカはコトゥブのようなイスラム原理主義者にとってもっと忌み嫌われる社会だったのだ。アメリカのキリスト教原理主義者と発想は似通っている。

キリスト教社会であった西欧ではすでにニーチェが「神は死んだ」と宣言したのだ。だから西欧は脱キリスト教が進んだ。イスラム社会ではまだ「神は死んだ」と宣言する哲学者は出てきていないのだろう。だからテロの横行を許してしまうのだ。中東も脱イスラム化すればトルコのようにヨーロッパと対等に渡り合うことが出来るのに。

アラブ人の異母兄弟であるユダヤ人に原理主義者は少ない。なぜならユダヤ人はユダヤ教を引き継いでいるが脱ユダヤ教しているからだ。聖書のレビ記では生理中の女性は不浄なので触れては行けないとある。しかし私は数々のユダヤ人女性と握手してきたし、ほとんどのユダヤ人はそんなことを真に受け止めていない。彼女らの中には性的にワイルドな子すらいた。事実、イスラエルでの初体験の平均年齢は2004年度で17.1歳であり、結婚までの貞潔など過去の神話だ。だがサウジアラビアではどうか。女性はいまだにブルカを強制的にかぶらされている、昔のピューリタンじゃあるまいし。女性が運転免許を取得できないなんて、そんな国家と良くアメリカは同盟を結んでいるものだ。

原理主義を産み出す環境はモードからきている。現代人はテキストやエクリチュールが、つまり言葉が物事を作り出しているように言っているが、私は人の服装が人を宗教に束縛させていると思う。タリバンは服装によって人々を支配したし、ブータンのファシスト国王も同じ発想だ。男性はジーンズをはいているのに女性には伝統を課されているのはあまりにも不公平だ。だから女性もブルカを剥ぎ取って現代の女性のファッションをまとえば良いのだ。そうすれば脱宗教化への道は開けるだろう。

女性が抑圧されている国では消費社会は生まれないだろう。女性が欲望に目覚めてはじめてパサージュが築かれるのだ。フランスではすでにジョルジョ・サンドという男装をし、タバコを吸い、バイ・セクシャルな女性が十九世紀に活躍していたのだから。消費社会を築いた国が経済先進国であるし、宗教性も非常に薄い。多様性に対しても寛容だ。トゥルーズ・ロートゥレックのポスターのような女性が着飾って大都会をウインドーショッピングする姿。そのような時代が中東にも到来すれば、テロリズムも消え去ることであろう。


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【2006/02/26 05:55】 | 宗教
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こんにちは(^^)
マナ
こんにちは、http://jump.sagasu.in/goto/blog-ranking/でブログが紹介されていましたよ!また見に来てもいいですか?


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サウスダコタ州で議会が妊娠中絶を禁止する法案を可決してしまった。これは明らかに憲法違反である。ロー対ウェード判決で女性の中絶の権利は憲法によって保障されているはずだ。ただちにこの法案は無効となるように願いたい。キリスト教原理主義者がサウスダコタには多いのだろう。あそこは保守系だし、西海岸と東海岸を抜かしたらアメリカは非常に保守である。ブッシュは南部のテキサス出身だし、どうしてアメリカはヨーロッパに比べて保守なのだろう。かつてヨーロッパがアメリカを民主国家として危険視していた。当時のヨーロッパでは君主国が主流だったからだ。だが現在はヨーロッパがリベラルになりすぎているとアメリカの保守勢力は批判する。さらにアメリカを神の国にしようとする陰謀を抱いている。ハリウッド映画ではアメリカはセックス帝国のように映るが、実際田舎に行くと本当に保守だ。まるでピューリタンがいまだに生きているかのごとく。
50州のうち30州以上が保守系であり、それがアメリカを退化させる。ブッシュの政策は「退化の改新」である。その政策を熱狂的に支持しているのが南部の白人だ。南北戦争のとき南部を独立させておけば良かったのだ。そうすれば保守主義がここまでアメリカを退化させることはなかった。

ケネディー以来、北部からの大統領は出ていないのだから。クリントン、ブッシュ、カーター、ジョンソン、かつて反逆した州から大統領が出てきている。前民主党政権のクリントンはアーカンソー、ゴアはテネシー、大統領副大統領両者とも南部出身だ。奴隷制を強いていた州の政治家である。ケリーは北部だ、マサチューセッツだから。しかし南部の州を一つも取れなかった。だから負けたのだ。保守主義はいずれ崩壊するであろう。そうでなければ、アメリカは沈む。アメリカは前進して進化して行くからこそ、存続するのである。保守主義はそれを妨害することだけにヤッキになっている。このサウスダコタの騒動も保守主義がいかに時代遅れかということを露呈する結果となった。しかし私は連邦高裁を信じる。かならずやこの法案を無効にしてくれるだろう。


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【2006/02/26 04:51】 | 政治
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何たることか、安藤美姫たることミキティーが失敗してしまうなんて。あとの日本人二人は上位にくい込むことが出来た。日本人としてはそれは喜ばしいかもしれないが、私はミキティーを応援しているので、とてもがっかりした。彼女が手を付いてしまった瞬間、「あっ!」と思わず叫んでしまった。

しかし、あのコスチュームといい、ミキティーに衣装デザインで優るものはいなかった。可愛いし、若い力が魅力的だ。オリンピックは選手がヒーローになる場所だ。ミキティーは国民のヒーローではなく、アイドルであろう。フィギュアスケートの選手の中で私を釘付けにしたのはミキティーだけだ。「戦場のメリークリスマス」をテーマ曲に選ぶとは...あの選曲のセンスといい、感心させられる。フィギュアスケート界に彗星が現れたのだ。

ロシアのスラットスカヤとアメリカのコーエンは全くの非の打ち所がない。この二人はいたって完璧である。冷戦が終結してもロシアとアメリカの戦いは続いているのである。「またかよー」といった感じだ。ロシアとアメリカの戦いなどもう十分だ。ミキティーはジュニア世界選手権で優勝したし、これからの時代を切り開く人であろう。冷戦の余韻など大きな物語の後遺症をミキティーのようなアイドルが吹き飛ばしてくれることであろう。
ある情報によればミキティー神社というのがファンの間では創建するという話しが進んでいるそうだし、神道では生きている人も崇拝の対象となるのだ。まさにミキティーは現人神である。エヴァンゲリオンの綾波レイでさえある神社で祭られていると言われている。私はオタクとあまり交流がないので詳しいことは知らないが。私も、もしミキティー神社が建設されたなら、お参りに行くであろう。ミキティーははっきり言って神か妖精としか思えない。だから神社を創建するのも納得のいく話しである。


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【2006/02/24 01:10】 | スポーツ
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pirikara710
ミキティー、残念でしたね。
彼女は、今、過渡期のようです。
4年後には、きっと成長したミキティーが見られると思いますよ。
(*^。^*)

コメントありがとうございます
ヘルメス
ピリカラさん、ありがとうございます。

ミキティーは怪我をしていても五輪に出場したようですから。もちろん荒川選手が金を獲得したことはすばらしいです。日本初のフィギュアでの金ですから、すばらしい快挙です。彼女は伝説を築きました!またこの五輪でこれまで日本にメダルがなかった中ではじめてメダルをもたらしてくれたのですから。

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私のオクラホマにいるナイジェリア人の友人から電話がかかってきた。彼は国連に就職することが出来たというのだ。こんなに嬉しいニュースはない。彼は国際関係を大学院で学んだ後、四年間も国連に願書を出し続け、ようやく採用されたのだ。国連の開発部門で働くと言う。そして世界中を仕事で廻ると言う。だから彼は今からニューヨークに移る準備に取りかかっていると言う。私のかつての同僚が、いつも夜は酒場に行って愚痴をこぼしていた仲間が、世界の大舞台に立とうとしているなんて、なんと素晴らしいことか! 私も意を決してロサンゼルスに移ったが、ここでは自分すら確立することが出来ず、逃走したいと思う毎日だ。だが、友人が成功への階段を駆け上って行く姿を見て、勇気が沸いてきた。友人からの朗報は私の励みになった。

【2006/02/23 01:25】 | 日記
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私は唖然となった。私がかつて働いていたオクラホマの職場の同僚が交通事故でなくなったとの情報を知らされた。とても信じられない思いである。あの人はとても健康であったし、若かったし、まったく死とは無縁のようだった。図書室では普通に会話していたし、ごく普通の人だった。彼女は私と同じ大学を卒業したし、学科も同じであった。とても綺麗な方で職場ではモテた。私がオクラホマからカリフォルニアに引っ越した後だが、最近は結婚もし出産もしたそうだ。人生の絶好調と言っても良い。だが突然そんなことが起きてしまうなんて。実感が全く沸いてこない。もう二度と会えないのだ。かつて当たり前のように会話していた人がこの世に存在しない、墓場に行ってもスーリアルとしか受け止められないだろう。

この世というものは不条理だ。突然人の生命が偶然に終焉するとしたら何のために生きているのだろう。まったく自分の人生をコントロールできないのだから。ショックというよりも、どうして、という心境である。そう考えると逆に死なずに生き続けることがまるで奇跡のようだ。だがそれも偶然にも生き延びたというだけなのか。

もしそれが本当なら、ご冥福を祈るしかない。魂は存在するか分からないが、それでも黙祷はこの場を借りて捧げたい。

【2006/02/21 00:44】 | 生活
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新約聖書の原文というのはヘブライ語ではなくギリシャ語で書かれている。ギリシャ語でもアレクサンダー大王が登場した後に普及したコイネー語というギリシャ語の一つである。そしてコイネー語は当時のオリエント世界の共通語でもあった。
だから「キリスト教の概念はギリシャ語による」と言っても差し支えないはずだ。

フロイトの研究した「ヒステリー」という単語はギリシャ語の「υστεραヒステラ(子宮)」から来ている。さらにその動詞は「υστερεωヒュステロー(欲する、遅れる、欠けている)」であり、また「υστερεμαヒュステレマ(貧乏、欠如、欲求)」の語源ともなっている。つまり欠けているからこそ欲しがるのだ。貧乏だから心が貧しいのだ。無いから必要になるのである。無から欲望は生じるのだ。子宮も無の空間だ。子供が宿ることで子宮は無から脱するが、いずれ胎児が成長してくると出産しなければならない。そしてまた子宮は無の状態にならなければ行けない。

子宮は虚無であり、ニヒリズムであり、Ex Nihiho(無から)人は生まれるのだ。デモクリトスの言葉を使うと「Εξ Κενουエックス・ケヌー」だろうか。 虚空蔵菩薩の「虚空蔵」、いわゆる梵語での「アカシャ・ガルバ」の「アカシャ」は「虚無」という意味であり、「ガルバ」は「子宮」という意味だ。よって空っぽな子宮、空っぽな器、empty cup、乾杯となるのだ。

欲望を満たすことは完全になるということだ。しかし欲望はとどまることを知らず巨大化する。無制限な欲望、そして地球上の限られた資源、その対立がこの世を支配している。巨大な無が地球を食い尽くしてしまうブラックホールなのだ。つまり器官なき体ということになるが、それはドクマティズムである。だが欲望は人間を成長させる。いい人になりたいというのも欲望である。だから社会は発展するのである。

無が人を苦しませる。この世で一番必要なものをどんなことをしても絶対に二度と手に入らないと分かった時の絶望が人を打ちのめすのだ。たとえば最愛の人を失った時に人は絶望し、それがヒステリーを引き起こすのだろう。つまり欲望=巨大な無がヒステリーの要因となるのだ。しかしその欲望が人間の本質だと仮定したら、その本質を産み出す子宮こそが欲望の根源となる。人なくして欲望なし、子宮なくして人は生まれず、よって子宮なくして欲望なし。

日本語では子宮は「子供の宮」であり、ギリシャで言う「何かが欠けた場所」ではない。つまり同じ器官を指す言葉であろうともコンセプトは違うのである。日本では無という概念はインドから伝わったものだろう。ギリシャ人と佛教が似たようなコンセプトを持っていたとはとても興味深い。そしてギリシャ語のよって作られたキリスト教も。

とにかく言葉というものは既にある概念を応用してまた新たな言葉を作り出すということだ。新語を作る時の概念の応用の仕方が文化によって異なる。それがギリシャ語と日本語の差異である。


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【2006/02/20 03:58】 | 哲学
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またもやヴァレンタイン・デーは私を憂鬱にさせた。酒を仰ぐことでしかこの苦痛を忘れられない。私は世界の中で叫ぶ、だれかー、私をいたわって!!!

私の存在自体がむき出しになり、サルトルの「嘔吐」の主人公の気持ちがようやくわかったような気がする。私は小さな物語のヒーローにすがるしかない。そうしなければ、とてもやっては行けない。ロサンゼルスはとくに過疎化が進んだ町だから...

マイケル・ジャクソン、彼は事実幼い頃の私のヒーローでありスーパーマン(超人)だった。今でもマイケルは私のヒーロだ。彼に群がる様々なかわい子ちゃんたち、私は息を飲んで見守っていた。これ程までに女の子たちにキャーキャー騒がれる人物はいないだろう。まるでエルビスの再来である。
孤独なヴァレンタイン・デー、私は小さな部屋の中ひとり、酒を飲みながらマイケル・ジャクソンのルーマニア・ツアーのDVDを見た。久しぶりにマイケルがどんな風に十年前コンサートをやっていたのかを拝見したかったのだ。だが、もう映画のイントロが始まった時点で私は完全に吹っ飛ばされてしまった。大衆が陶酔状態に陥り、次々と失神者が続出し、担架で運ばれて行くという映像、私はそのシーンに圧倒されてしまった。若い女の子たちがあそこまで強烈に猛り狂うとは、この世のものとは思えない。マイケルのたった一つの動作が大衆を熱狂させるのだ。一体全体、何が起きているのか理解できなかった。マイケルにはカリスマ性があるとしか思えない。妖精パワーと言うべきか、そう言う超常現象的な能力を持っているのだろう。

マイケル・ジャクソンがドイツに行った時の映像を見た時は驚愕した。ある可愛いブロンドのドイツ人の女の子がセキュリティーガードたちを押しのけてまで、片言の英語で
「Michael, I want to give you a hug!(マイケル、あなたを抱きしめたい!)」
と何回も叫んでいたのだ。彼女の目はまるでマイケルに抱いてもらわなければ死んでしまうような目であった。あんな可愛い女の子があんな目をしているのは生まれてはじめて見た。可愛い子というものは男どもにそのような眼差しで見られることは日常茶飯事だが。いや、しかしあそこまで可愛い子が... しかもマイケルのボディーガードを振り切ろうとする力は凄まじく、ボディーガード三人がかりでやっと彼女を押さえられるほどだ。マイケルはリムジンの後部座席からボディーガードたちに命令する、
「よし、彼女を通せ。」
すると彼女は一気にリムジンに飛び込んで来てマイケルの居座る後部座席にひとっ飛び。マイケルは両腕を広げて待っている。そこに彼女は飛び込んで、二人は固い抱擁をした。そのとき、彼女は体全体に雷が走ったかのように、「Oh, My God!!!!!!」
と、何回も絶叫したのだ。私は言葉を失った。こんなことが世の中にあったのか、私の想像を絶することをマイケル・ジャクソンは実現してしまうのだ。やはり彼は選ばれた真の天才だったということか。私はその場面をテープがすり切れるまで見た。

さらに、マイケルがドイツの夜の町を歩いている時、同じく素晴らしくセクシーなドイツ人の女性らが「I love Michael」と書いてあるプラカードを掲げてマイケルに抱きつきたいと懇願していたのだ。懇願だ! かつて私に懇願してきた女性はいただろうか。私にはこのセクシーなブロンドガールは今まで数々の男を拒絶してきたなと一目で分かった。そこまでの魅力的な容姿である。彼女は背も高く、脚も長く、黄金に輝くブロンドで、瞳は青空の如く澄んでいて、まさしく理想のアーリア人女性である。男なら誰もが夢見る女性がマイケルに対してだけは死に物狂いで懇願しているのだ。まるで現実ではない夢の世界を見ているようだった。マイケルはボディーガードを下がらせ、彼女に抱擁させた。あんな美しい女の人が、「オーマイゴッド!」と連発し、あたかも全身が炎で包まれたかのようにエクスタシーに圧倒されるとは、とても信じられない光景だった。抱擁から解かれた後の彼女は涙を浮かべ、まさに放心状態。ふらふらと自分がもう誰かさえも把握できない状態。自分を完全に喪失してしまったのである。しかし、それにマイケルが追い討ちをかけるように彼女の頭を両手でつかみ、彼女の頬にチュッとキスをしたのだ。すると、彼女は他の可愛い仲間とともに崩れ落ちてしまい、尻餅をついて皆で手を取り合って泣き出してしまったのだ。ああ、共倒れみたいな、ぬぬぬ、絶句!


私は今までこんなことに遭遇したこともないし、経験したこともない。実際にこの目で見たことすらないのだ。しかしこのような現象は確実に存在する。だから私も偉大になりたい。偉大さへの渇望が私を生きさせる。女性の熱狂を生み出すパワーが欲しい。イエスもいつも熱狂に包まれていたと言う。彼の行くところは全て群衆ができたそうだ。ある女性は熱狂の中でイエスに触っただけで病が治ってしまったと言う。マイケルも投げキスをするだけで女の子が失神してしまう。彼女らに触れずしてオルガズムに到達させてしまう力をマイケルは持っているのだ。私もそのような力が欲しい。その超能力を天から授けてもらいたい。

カリスマとはギリシャ語の「χαρισμα(賜物)」という意味だ。私もその天からの賜物、才能、そしてカリスマが欲しい。そして偉大になりたい。こんな惨めな誰にも相手にされない、それか忌み嫌われて避けられているゴキブリのような生活なんて、もうごめんだ。社会の底辺でもがき苦しみ続けて最後には孤独に死んでしまうという悲惨な一生なんて考えられない。それはあまりにも惨過ぎる。この極めて残酷なアメリカ資本主義社会では、光が全く見えてこなかった。光がかすかにでも見えてくれさえすれば、それに向かって一直線に走って行けるのだが。この先、一生暗闇の中で野たれ死になるんだと失望し、何もかもをあきらめかけていた。そんな中、このDVDを見た。どんなに救われたことだろうか。ピンク色の女天使が天空からマイケルのもとに舞い降りてきて、彼を翼で覆い、彼を救ったのである。そう、まるでイエスがキリスト教徒の代わりに十字架にかかったように、マイケルは私の代わりとなって天使の恵みを天から賜ったのだ。私はすがる思いでそのシーンに見入り、感動し、涙した。非現実的なファンタジックな世界を目の当たりにして、それまでの懐疑心と悲観主義は嘘のように消えてしまった。マイケル・ジャクソンのルーマニア・ツアーは私に希望を与えてくれた。アメリカの過酷な資本主義社会のなかでまた生きて行こうという希望を持てた。マイケルのようなスーパーパワーを獲得することが天の摂理であると私は確信した。

それこそが私のマニフェスト・デステニーだ!


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【2006/02/19 09:50】 | 恋愛
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小泉首相はレーム・ダックだと思った。もはや古賀誠でさえ小泉を堂々と批判しているし、皇室典範改正でも味方だと思われていたものでさえ小泉に反対するのであるから、小泉の独裁政権は事実上消滅した。皇室典範改正案の国会提出の断念はそれを象徴する事件だった。だれも言うことをきかない、宙に浮いた存在となってしまった。大物新人でさえ首相の威厳を感じなくなってしまったのだから。自民党もまた旧体制、派閥による支配に戻ってしまうのだろうか。ドン小泉は一年も続かなかった。9月に辞めてしまう人の力は無力化したのである。

麻生外相が大胆な発言をするのも自己アピールであろう。アメリカのメジャーな新聞に取り上げられたことは彼の国際社会での知名度もアップさせる訳だ。谷垣も消費税問題で大胆な発言をしているし、それはすでにポスト小泉の権力闘争が加熱していることを示す。首相に唯一忠実なのは安倍官房長官であり、それも自分こそが小泉の後継者であることのアピールであろう。なにしろ安倍官房長官が圧倒的に国民の支持を得ているのだから。福田は家康のように時を待っているという感じだ。

アメリカの社説は小泉を高く評価している。これ程までにアメリカに好かれた日本の首相もいないだろう。ブッシュ大統領のCIAからのインテリジェンス・ブリーフィングに唯一同席できたのは、ブレアと小泉だけなのだから。いかに大統領の信頼が厚かったかが伺える。なにしろ小泉はエルヴィスの歌をCNNで歌ってみせるぐらいだから。アメリカの男性誌「エスクワイヤー」でもファッショナブルな男性として取り上げられるのだから。

安倍になろうと彼は保守で右翼であるし、自民党の旧体制を潰すことは出来ないような気がする。自民党は小泉だったから勝てたが安倍では小泉にように伝統を悪いものだったら破壊するという気がしない。彼はいたって普通だからだ。だから国民の政治離れも起きてしまいそうだ。そう、「悪い奴ほどよく眠る」のように。小泉のような人間が政界から消えることは日本がまた逆戻りしてしまうような気がする。かつてのテディー・ローズベルトが後悔したように。

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【2006/02/16 01:07】 | 政治
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americanidiot

グリーンデーの「アメリカン・イディオット」がグラミー賞を受賞した。これはブッシュ政権に対する批判、そしてテレビによる現代のメディアによるプロパガンダも題材にされているし、郊外に住むジーザスと言う若者の話しでもある。「コロンバインのためのボーリング」といういマイケル・ムーアの映画があったが、その高校生の心理と通じるものがある。いわゆるポストモダン的な匂いが漂う。パンクロックという運動もポストモダンにとても影響を受けている。これも大衆社会の、とくに郊外に住むミドルクラスのアメリカ人の高校生のやるせなさと不安が彼を何かに駆り立てて行く小さな物語なのだ。

アメリカでは典型的な子供をこれらに分けることが出来る。貧乏で家畜を育て畑仕事をする農家の子供、エリートの子供、労働者階級の子供、ゲットーで暮らす貧困層の子供、そして郊外に暮らす一般庶民の子供、つまり「ごく普通」のアメリカの家庭の子供。テレビ、インターネット、プレステ、携帯、i-ポッドに取り囲まれて育った我々若者世代、これらは「ごく普通」というエンクロージャーを生み出し、我々を呪縛してきた。「ごく普通」であるがゆえに苦悩する我々のアーキタイプ、青年ジーザス。「アメリカン・ビューティー」という映画にも共通するテーマである。この「ごく普通」から解き放たれることこそが我々のあこがれとなるのである。
アメリカの高校は残念ながら経験することは出来なかったが、アメリカの友人から間接的にどういうものであったかは知っている。アメリカの高校は日本に比べるととても自由だ。たとえオクラホマのような牧畜が盛んな保守的な田舎でも高校は至って自由だ。労働者階級とゲットーの子供の奴隷根性、ハードシップから来る強靭な精神は郊外の子供のあこがれである。しかしニーチェはその奴隷根性を非難していたが。

日本でもサラリーマンの子供がほとんどである。高校を卒業して何が待っているか、高等教育を受けて、就職して、サラリーマンになって、年金をもらって死ぬだけの平凡な人生だ。だからニートが多いのだろう。この中流意識とごく普通さが交差している不条理である。

だが日本に小泉というそれまでにない型破りな新しい指導者が出現した。自分で人生の選択が出来る、全ての人間に成功するチャンス、特別な人間になれるチャンスをもたらす競争社会を目指すのが小泉政策である。ただその行き過ぎはネオキャピタリズムになりかねないが。小泉を批判する人間も多いが、彼の形にとらわれない手法と性格は我々若い世代の多くに希望を与えてくれたに違いない。

だからこそ脱ごく普通さを実行するために私は渡米した。
そうすることでこの平凡なぼんやりとした不安を打破することが出来たのだ。わたしが渡米したのは小泉が登場する前であったが、それでも私の判断は正しいと確信している。私のような方法で平凡さから解き放とうとした人間は沢山いるのだから。事実アメリカはそのような人々が世界中から集まっているのだ。

グリーンデイの歌っていることは手に取るように分かる。ただあまりにもメインストリーム化し過ぎてしまったという忠実なファンの批判もあるが、それでもその若い溌剌なエネルギーといい、とても心を打つものである。


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【2006/02/14 14:31】 | 音楽
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毎日新聞によると今国会改正は「賛成」39%、「反対」55%ということであり、民意によって今国会での法案提出は断念したようだ。小泉首相の唯一のバックボーンである国民の支持がなかっただけに、仕方なかったのだろう。ただし今国会の提出に反対であるが女系女性天皇については賛成者が多数派を占めている。さらに女性天皇については80%近くが容認しており、女系については60%以上が容認している。つまり男系男性天皇制を維持しようという勢力は今回は停戦になっただけで勝ったと勘違いをしているが、ひとたび戦いが始まれば敗北が待っているだけなのである。

小泉の論点であった現法律では天皇制の維持が難しいというのは慶事で骨抜きにされた。しかし世論の半数以上はたとえ紀子さまの子供が男子であっても改正すべしとしている。つまり世論は天皇制の維持よりも女性にも天皇になる権利を与えたいのである。そう、女性が天皇になれないのが問題なのだ。私もその考えであり男女平等の精神を天皇制にも反映させて世界に示すのである。天皇は日本国憲法では日本の象徴なのだから。

天皇は未だに聖域と考えている人もおり、皇室典範改正は不敬罪に当たるとするが、戦後から天皇は聖域ではない。不敬罪も廃止されたし、神格は否定された。確かに大日本帝国憲法では神聖不可侵であったが、そのため皇室典範は憲法よりも上とされたが、現憲法下では皇室典範は国会が決めるのである。さらに世論が女性天皇を支持しているので小泉政権の後継者も改正案を国会に提出しなければならない。

男系を固持し、なお女性は天皇になるべからず、傍系や側室などの復活を主張する差別主義者の考えには国民のほとんどが反対していることに安心した。それは何よりも嬉しい朗報だ。日本人も世界に誇れる国民となったのだ。あとは皇室の改革である、それによって国際社会で名誉ある地位を占めることが出来るのだ。

【2006/02/13 06:30】 | 皇室
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昨日は眠れなかった。あまりにも衝撃的だったため、腹の中がごった返していたのだ。胸が張り裂けそうなほど私は苦悩している。どうすることも出来ないのかという無力感さえ感じるほどだ。

紀子さまの妊娠が皇室改革に歯止めをかけてしまったとは、開いた口が塞がらない。小泉首相は「男女平等のためにも皇室を改革するべきだ」と改正理由を明言すればいいと思ったが。ヨーロッパの王室はその理由で改革したのだから。リンカーンでさえ最初は連邦を維持するために南部と戦争をしていた。しかし西欧は好印象を持っておらず、もう少しでリンカーンとイギリスは開戦する危機に直面したのだ。さらに西欧では南部の連合国を承認する動きまであったほどだ。だが南部との戦争は奴隷を解放するためのものと明言したために西欧もリンカーン側に付いたのだ。奴隷解放宣言が大きくリンカーンの取り巻く状況を変えたのである。

小泉首相も皇室を維持するためとの理由よりも男女平等からの精神で皇室の女性にも継承権を認めると明言すれば一気に小泉首相に有利になるし、人権意識が進んでいる西欧諸国からも支持を得ることが出来るし、国際基準を味方にすることが出来るのだ。そうすれば小泉が首にした平沼赳夫の旧勢力を弱体化させることも出来る。日本は国連の女性差別撤廃条約を批准しているのだから皇室典範はそれに反するのだから国連総会で発議することも出来る。皇室典範は日本国憲法だけでなく国連の条約にも違反しているのだ。

平沼も道理で首にされた訳だ。どうして自民党から排除されたのに国会議員としてまた選ばれたのだろうか。「青い目の人間と結婚するかもしれないから、女系は反対。」日本人は黄色人種でないと行けないのか、とくに皇室は。日本国籍を有するものが日本人だ。それに男子だろうと日本人以外の女性と結婚したいと願うだろうし、平沼氏の議論は全く根拠がない戯言だ。女性に対する偏見が彼ににじみ出ている。そんな人間に多くの議員が付いてくるとは日本の政治も未来がない。衆議院を解散して差別主義者をすべて落選させるべきだ。皇室だって日本書紀の研究者によれば朝鮮の血が混ざっているのだし、天皇家が一度も2666年間途絶えてこなかったことすら疑わしい。他の人種と混ざっては行けないという民族主義はヒットラーの掲げた思想だ。アメリカでもラヴィング対ヴァージニア判決までは異人種間の結婚は許されない州もあった。そんな邪悪な思想を持っている人間が議員に選ばれるなんて、正気の沙汰ではない。平沼の発言が世界のニュースに取り上げられ糾弾されるべきだ。

私も同僚と話したが彼らは「日本はそう言う国だから」とまるで人ごとのように鼻で笑われてしまった。これがアメリカや西洋であったら間違いなく糾弾しているのに日本は東洋で異文化圏だから関わっても仕方ないというのか。「男性が支配するのが当然な社会なんだろう、日本は?」そんなことまで言われてしまった。なんという屈辱! 日本は世界に誇れる男女平等な社会としてつねに努力して改善しているというのに、そんな間違った認識が植え付けられているなんて。男性社会など過去の話しだ。今では女性が不動産業をやっている時代なのに。二十年前のジャパンバッシングの時代とは違うのだ。日本国憲法の全文にも書いてあるではないか、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」って。

名誉ある地位は、まだこんな日本に対する偏見が蔓延っているということは、確立されていないということだ。平沼などの保守勢力が日本への偏見を助長しているのだ。女性と人種に対する「偏狭」があることは日本国憲法の精神に反する。女性は天皇になれない、皇室の異人種間の結婚を認められないとは、国際社会で名誉ある地位は占められない。

奴隷制を擁護して戦った南部の大統領ジェファーソン・デイヴィスの子孫にイリノイ州を代表する黒人と白人のハーフのバラック・オバマ連邦上院議員がいる。アメリカはそう言う時代となったのだ。日本にもそう言う時代が早く到来して欲しい。兆しは見えているので希望はある。

日本は福沢諭吉が脱亜論を説いて非アジア化した。私の認識では日本はG8の一つ、欧米の一員だと感じている。いや欧米というより先進国の一員だ、だからロシアをG7に加えることを快く思っていなかった。先進国としてそして国際社会に名誉ある地位を占めるためにも皇室典範を女系女性天皇を認めるよう改正すべきと請願する。


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【2006/02/12 01:33】 | 政治
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日本国籍も基本的人権もありません
釣りキチおやじ(改称しました)
皇族は、日本人ではあるのですが日本国籍を有しません。したがって、男女平等どころか、基本的人権も保障されません。
当然、選挙権、被選挙権もありません。
そうでなければ、寛仁殿下の談話についての羽毛田長官の発言は、言論弾圧、表現の自由の侵害となります。


ヘルメス
釣りキチおやじさん、

ご指摘ありがとうございます。

私の見解では皇族は日本国籍を有しています。国に属さない無国籍者が日本の象徴になることはできません。しかし戸籍がありませんからもちろん参政権もないでしょう。

天皇の以外の皇族の発言については憲法は沈黙しています。ただ政治の中立性の原則から適当ではないと思われますが、寛仁殿下の談話は憲法上問題ないでしょう。殿下のご意見には反対ですが。

小泉は皇族に基本的人権をもっと認めてもいい方針でそして両系長子を強く訴えています。それに男女平等が日本の象徴として皇室典範に反映されなければならないと私は思っています。国民の大多数は女性を容認してよいとのことですからいずれ国民の意思を反映した皇室が実現されるでしょう。

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なんてことだ。小泉首相があきらめてしまうなんて? 郵政民営化法案で見せたあの改革者としての執念はどこへ行ってしまったのか。麻生や谷垣が言い出したからといって皇室典範改正案の提出を断念するとは。紀子殿下がご懐妊なされたからと言って女性差別の根源を絶つ努力を怠るというのはどうかと思うのだが。男性至上主義者の勝利に終わってしまうのか。そういう害悪を叩き潰すことを小泉首相に期待していたのに。小泉首相が元抵抗勢力の輩どもに屈してしまうとは。しかも抵抗勢力だけでなく、彼の味方からも反対意見が出たのが辛かった。一匹狼となってしまって孤立したようだ。しかし小泉はもとから孤狼の男だ。あの人は首相というより大統領的な政治家だ。アメリカ型指導者と言って良い。安倍官房長官が首相になったとしても皇室典範改正に踏み切るかどうかが分からない。あの人は女性蔑視的だから駄目だろう。小泉以外は男性支配の価値観から抜け出せない親父どもが蔓延っているのである。これでは日本は救われない。先進国の恥だ。私はとても日本に失望した。日本は男女平等精神に改まってきたと思っていたのにこんな所でボロが出ることになるとは。まだまだ男性至上主義が根強く社会に残っている事を露呈する結果となった。私の予想ではこれに反対するものは一握りだと思っていたが、ここまで人数が多かったとは。山拓や加藤紘一まで賛成したというのに、保守派の圧力に押しつぶされたのだ。男女平等の精神からだれもこの法案に賛成しないとは、まったく無意味だ。だから反対が多いのだろう。女性が天皇になれない、そんなことがおかしいとは思えないのだろう。

これをきっかけに日本が心から嫌いになった。小泉改革の一環として実現して欲しかった。ここで転んだら一気に抵抗勢力が吹き返してくるではないか。ここで小泉が負けたら日本は改革されないだろう。小泉は意地でもこの法案を通すんだという意気込みを見せてくれれば進展すると思うのだが。

私は日本に二度と戻らないであろう、少なくとも皇室典範が改正されるのはもとより、男女平等社会が達成されなければ、足を踏み入れることはない。また人権でも問題がある。日本の警察権が強すぎるために人権が踏みにじられているのだ。23日間も警察に監禁されて過酷な取り調べを受けるなんて、その間に弁護士もつけてもらえないなんて、しかも供述しなければホリエモンや鈴木宗男のように人権を踏みにじられるのだから。そんな国にはとうてい住むことは出来ない。日本の警察は容赦なく人権を踏みにじるし先進国では最悪である。警察権濫用が許容されている警察国家だ。小泉には失望させられたし、その他の政治家にも古びた腐りきった価値観をいまだに持っているので、そんな人間に政治を任せているなんて、そんな国には絶対に旅行することもないだろう。出来ることなら小泉が再びあの改革者としてのカリスマ性と闘魂を取り戻して欲しいものである。

【2006/02/11 14:50】 | 政治
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こんにちは〜
MISA
http://jump.sagasu.in/goto/bloog-ranking/で紹介されていたので、見に来ちゃいました。YAHOOでBLOOG-RANKINGで検索すれば、出てくると思います(^^)


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現代ヨーロッパの君主国は男女平等の観点から男性でも女性でも君主になれる制度をとっている。そして女系も認められている。しかし日本ではあまりにも男系にこだわっておりしかも男子しか君主になれないような改正をしようとしている。現代社会においてそれは場違いである。皇室は特別だからという議論は通じないのだ。それは戦前の話しだ。女性差別が皇室にあってそれが日本の象徴というのは常識からして考えられない。日本の社会は男女平等、皇室もそれを反映すべし、日本の象徴であるのだから。女性差別、男性優越主義が象徴だったらたまったものではない。

大阪知事が表彰するのに土俵に上がれなかったという。そんな伝統はぶっ潰すしかない。なにしろ日本では知事レベル総理大臣レベルで一度も女子がいなかった。太田知事が全国で始めての女性知事だろう。だから時代も変わってきたのだ。相撲界も変わらなければならない。そんな習慣を「伝統」だからといって排除しなかったら世界の恥だ。「伝統」であればまるでなんでも守らなければ行かない、つまり錦の御旗化してしまっている。悪習をぶっ潰すのが改革者のつとめである。外国人が横綱になれなかったが曙がそれを変えた。太田知事も相撲の女人禁を打破することを望む。

慎重論が出ているがもし慎重論を採用するとしたら、いつになったら改正するのか。議論だけして結局は何もしなかったということになりかねない。とにかく前に進んでくれ、という気持ちでいっぱいだ。私はこの女系女性天皇の改正案に賛成だ。男系で傍系を拡大するというそんな戯言が通じるとは信じられない。麻生や谷垣は日本総理の後継者にはなってほしくない。この小泉首相の改正案はそれこそ男女平等の精神に乗っ取っているではないか。日本国憲法が公布されて以来一度も問題にならなかった方がおかしいのだ。どこに延期する必要があるのか。今国会での成立を強く望む。

どうして男性優越主義女性差別主義に対して慎重になる必要があるのか。こんな邪悪な差別主義は根絶しなければならないのに。皇室をその呪縛から解き放つことこそ小泉首相の織田信長のような改革者としての使命である。アメリカは社会に潜んでいた悪に打ち勝ってきた。奴隷制度、黒人差別、女性差別、ホモセクシャル差別、これらの邪悪なイデオロギーに基づく法律を廃止してきたのだ。女性差別は決して寛容されてはならないし、妥協することが出来ない悪である。私が支持する訳は女子しか誕生していないという理由での改正ではなくてヨーロッパのように男女平等の精神からの改正に賛成するのである。どちらにしろ小泉首相の改正案は女性差別を皇室から排除するものなので私はこの案に賛成である。一刻も早く改正案を国会に提出して通過して欲しい。

それにしても男女平等の精神に乗っ取って皇室典範改正案に賛成する議員を耳にしないとはまったく日本の政治家の良識のなさには驚愕させられる。ということは皇位継承が問題にならなければだれも議論しなかったということだ。精神が遅れた社会、それが小泉首相によって精神性で日本は先進国となるのである。

【2006/02/07 14:24】 | 文化
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いいぞー!
公務員D
胸がすっとしたぞー。全面的に賛成します。
私は長いこと日本に住んでいるせいか、男社会の中で生きているせいか、最近は、あなたほど徹底した批判・主張を周囲にできてない。
それだけ、男女平等を主張すればするほど、この国では孤立無援になる、ということ。
あなたが女性か男性かわかりませんが、元気が出ました。ありがとう。


ヘルメス
公務員Dさん、コメントありがとうこざいます。

私の性別は男性です。でもロスに住んでると男性でもホモセクシャルやバイセクシャル、性転換した方や、両性の方も多くいらっしゃるので、一概には言えません。とにかく多様でいろいろな権利主張が聞こえてきます。私は未熟にもまだ自分が何者かさえも分かっていませんが、言論の自由はありますので勝手に主張させていただきました。

励みになって良かったです。意見が一致してうれしいかぎりです。日本社会でも一刻もはやく男女でなくて人間として評価される時が来ることを願っています。お訪ねしたいのですが、海外にお住まいになられたことはありますか?


公務員D
ヘルメスさん、こんにちは。
私も海の向こうの賛同者、嬉しいです。

2年間近く、オハイオに住んでいたことがあります。
といっても、学生の立場だったせいか、女性の権利について、アメリカと日本との違いを特段認識していたわけではありません。
日本でも、学生時代は勉強できるできない、議論の強い弱いは性別と関係ないですから。
まぁ、こんなスタンスじゃモテませんが。
むしろ、アメリカでは一般的に性別よりも人種の問題のほうが大きいと感じました。
近いうちに、職場を辞めて海外(行先未定)に行く予定なので、また異文化を体験するのを楽しみにしています。

いいですね。
ヘルメス
すばらしい。アメリカ北部ですか。さすがですね。やはり異文化に触れるというのは大事だと思います。日本ではちょっと限界がありますから。言わせていただきますが、日本は息苦しいです。

ご存知でしょうがここアメリカでは自分のスタンスをきちんと持っている人がもてます。あるニュースによると選挙に登録している人の方が魅力的に感じるいう結果が出ていました。まあ、これは社会人の間だけであり、学生には適応しないと思います、私の経験だと...

おっしゃる通りです。人種問題です。貧困層に限って文化間の抗争が激しいです。ギャングも文化単位で結成されてますし。ミドルクラスではよりメルティングポット的だと思いますが。

いいですね。いいリフレッシュになると思いますよ。私もロスに嫌気がさしてきたので近い内に他の都市に移動しようと思っています。

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ついにYKKすべてが皇室典範改正に賛成した。現代は男女平等の時代、しかし皇室では男しか君主になれない、ましては女系は認められないというのは時代遅れである。伝統伝統とセクシストは大騒ぎしているようだが、悪い伝統は排除するべきである。アメリカでは伝統という言葉は忌み嫌われる。常に新しいものが凌駕する社会だ。黒人差別、奴隷制、女性差別、同性愛差別、これらは伝統であったが、すべて一掃された。日本の象徴たる皇室が女性差別主義を保っているのはまぎれもなく異常である。日本の象徴は男女平等であり、日本国憲法にもその理念が明白にうたわれている。皇室典範は違憲であり改正されて当然である。いままで最高裁が皇室典範を審査してこなかった自体異常である。つまり日本国憲法が公布されてから一度も皇室典範が問題にならなかったこと、そのような異常事態が続いてきたのである。それがようやく小泉首相のような型破りな伝統を潰す指導者が出現して、皇室改正案が国会に提出されることとなったのだ。ましてや民主党の若い前原代表も改革競争を掲げて女系女性君主の出現を支持しているのだから。

自民党や民主党の国会議員の中にセクシストがいるとは驚愕させられた。差別主義者は次の選挙ですべて落選させるべきだ。郵政民営化法案では反対派が追放される結果となったが、それは問題がある。しかし差別主義の根本を根絶することにはだれも異を唱えるものはいないだろう。今国会で皇室典範改正案が通過することを心から願う。皇室典範はかつて憲法と同等の基本法と見なされ天皇自らが制定したが、日本国憲法では日本国民が間接的に皇室典範を制定するのである。世界に誇れる君主国として日本はこの法律の改正により生まれ変わるのである。

【2006/02/06 03:45】 | 政治
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イスラムの文化圏ではデンマークのある新聞社がマホメットの顔を描いた漫画を掲載したのでデンマーク大使館に放火した。デンマーク政府が責任を負うことはない、これは一企業の出版社が決定したことなのだから。なぜ政府に責任があるのだろう。出版社が責任を負うべきで、実際そうしているではないか。表現の自由は政府は干渉しては行けないという概念がないのであろう。民主主義さえろくには発達していないのだから。イスラム文化圏であるトルコではそんなに大騒ぎになっていない。なにしろビルに放火するような犯罪行為は行われていないのだから。大騒ぎしているのはテロリストの支持基盤である過激派あるいは原理主義者である。一宗教を中傷しただけで命を狙うとは、そんな集団はあってはならない。基本的人権という概念がないのだろう。日本でも極右団体は天皇を中傷するだけで命を狙うがそんな集団は民主主義社会の敵である。極右団体はテロリストだ、日本赤軍と全く変わらない。テロリズムによって政治目的を達成しようというのだから。

アメリカでもキリスト教原理主義者が人工中絶クリニックを爆破し、医師を殺した。テロリズムによって人工中絶の権利を剥奪しようというのである。こんなテロリズムは絶対に許されてはならない。ブッシュは年頭教書演説でテロリズムとは妥協は絶対せずこの世から根絶すると宣言した。私もその言葉に賛辞を贈った。基本的人権、宗教の自由、表現の自由、民主主義は圧政の続く国々に普及して行くことを願う。ビルマの政治システムも変わるべきだ。スーキー氏が軟禁されているのにもかかわらずアメリカは何もしようとしない。東欧革命のように民衆が蜂起すれば政権は変わる。

ブッシュはイランの人民に直接語りかけていた。そのメッセージは的を得ていたと思う。ただブッシュも我々の憲法で保証されているプライバシーの権利を踏みにじったのだから、弾劾されるべきであるが。ブッシュを中傷しようともアメリカは表現の自由があるので何の問題もない。ただイランでアーヤトーラの悪口を言ったらどうなるだろう。まず生きてはいられない。まるでかつての大日本帝国での特高警察が言論統制を行っていた警察国家のように。ジョージ・オーウェルの「1984」はまさしく「甲子革命」の年である。恐怖政治の頂点を示すバズワードである。

そんな恐怖政治は地上から永遠に排除されなければならない。そう言う環境にある人々がはけ口としてデンマークに抗議しているのだろう、反キリスト反西洋感情をむき出しにして、本当の怒りは自国の政府にむいているのに。これは中国人民が自国の共産党政権に対して批判できないために反日感情がカタルシスとなっているのと同じだ。表現の自由を認めていない国の政府がデンマークの大使らを呼び出したというのだから。政教分離がまともに出来ていない政権ははたして国連に加盟する資格があるのかどうか、疑わしい限りである。

共産党政府は信教の自由、報道の自由、表現の自由、人権など全て面に於いて踏みにじっているので、そんな一党独裁政府が小泉首相の靖国参拝に対して抗議する資格はない。また中国人民は日本大使館を破壊したがそれはれっきとした犯罪である。オリンピック開催の資格もないし、国連の安全保障理事会の常任理事国になっていること自体常軌を逸している。共産党中国とロシアを常任理事国から除名してかわりに日本とドイツを入れた方が世界平和に有益であると思うのだが。

聖像禁止令は表現の自由と相反する。キリスト教徒とイスラム教徒は古代ギリシャの素晴らしい芸術作品を次々と破壊して行った。現代ではタリバンによるバーミャンの大仏の爆破が記憶に新しい。

マホメットの肖像は描かれては行けないという。偶像崇拝を生むからだろうか。マホメットに対する個人崇拝を助長するからか。しかしマホメットは「顔なし」だ。マホメット一人だけ顔がないのだから、顔なしはマホメットのアイデンティティーとなっているのだ。かつて天皇は幕の後ろに居座り家臣に姿を見せなかった。つまり神聖なものは姿を人々から伏せていたのだ。だからマホメットも神聖不可侵ということだ。神聖でなければ顔を描こうが大騒ぎすることはないだろうに。アメリカではブッシュの風刺画を描いても大騒ぎすることはない。それにイスラム教では偶像崇拝は禁止されているのに、イランではホメイニの御真影が至る所で飾られている。これはイスラム指導者が個人崇拝され、ホメイニを風刺したらファトワが発令されてしまうという恐怖政治である。まさに悪の枢軸国である。かつてのドイツでヒットラーの写真に小便をかけたらダッハウが待っていたように。

表現の自由は弾圧されては行けない。アメリカでは憲法修正第一条に表現、信教、出版の自由が謳われている。政府が我々を縛るのではなく、我々が憲法を用いて政府を縛るのだ。そんな観念が悪の枢軸国には存在しない。それこそが我々の基本的理念である。だから政府は表現には干渉しない。出版社自身が責任を持って謝罪するべきである。イスラム文化圏の人民がデンマークの国旗を燃やしていたのはちょっと理解できない。国旗を燃やす権利はあるがその行動はこの件では的を得ていない。デンマーク政府には全く責任はないのだから、デンマーク大使館を攻撃したのは犯罪以外の何ものでも無い。

【2006/02/05 13:07】 | 文化
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