きょきょきょきょー、ああ、レズビアン、かーかーかかー、本当にありがとうございます、私の尊敬する人よ。ああ、久々に愉快な仲間たちとlittle get togetherをエンジョイすることができた。久々にとても面白かった。やはり尊敬する方の映画産業での活躍の話は、とても面白かった。我々のような、資本主義企業社会にどっぷり浸かってしまった凡人には、まったく経験できないことなのだから。そんな尊敬する方の「お勧め」というか、「亭主の好きな赤烏帽」といったら表現は適切ではないが、ロサンゼルスのどこかの北朝鮮語の文字で埋め尽くされた町に行って料理を食べたが、ソルサにはなるものの、おいしいことはおいしかった。久々に、
「こりゃ、うめー、キムジョンイル、マンセイ!」
と、沢山食べた。しかし、ショージュははじめは飲まなかった。私はYさんに酒を禁止されたので、まだそれに従っていたのである。だが、私はもうYさんを忘れたはずであるから、飲んでいいだろうと思って、解禁して飲んだ。ところが、いざ酒を口に含んでみると、あまりものアルコールの濃度にびっくりしてしまい、それから、飲めなくなってしまった。Yさんに禁止されてから、アルコールを一滴も飲まなかったので、舌がアルコールの舌ヅヅミを心地よいと思わなくなってしまったのだろう。
「ショージューってこんなにまずかったけー?」
と思った。やはり、恋の力というのは、味覚まで変えてしまうのである。それに、ソルサをこれ以上悪化させては困ると思って、それ以上飲まなかった。まあ、ラテン系のYさんが、サルサダンスを得意とするなら、私はソルサ・ダンスが得意なのだ。そしてソルサ・ダンサーは私だけではないといういうのが、とても心強いことなのだ。
「こりゃ、うめー、
と、沢山食べた。しかし、ショージュははじめは飲まなかった。私はYさんに酒を禁止されたので、まだそれに従っていたのである。だが、私はもうYさんを忘れたはずであるから、飲んでいいだろうと思って、解禁して飲んだ。ところが、いざ酒を口に含んでみると、あまりものアルコールの濃度にびっくりしてしまい、それから、飲めなくなってしまった。Yさんに禁止されてから、アルコールを一滴も飲まなかったので、舌がアルコールの舌ヅヅミを心地よいと思わなくなってしまったのだろう。
「ショージューってこんなにまずかったけー?」
と思った。やはり、恋の力というのは、味覚まで変えてしまうのである。それに、ソルサをこれ以上悪化させては困ると思って、それ以上飲まなかった。まあ、ラテン系のYさんが、サルサダンスを得意とするなら、私はソルサ・ダンスが得意なのだ。そしてソルサ・ダンサーは私だけではないといういうのが、とても心強いことなのだ。
それにしても、インターネット世代はやはり情報量がスゴい。私など小学校と中学のときはインターネットもなく、ただただオナニストになるしか選択権がなかった。それがもっとひどくなれば、キヨシ様のように夢精しかなかった。悪夢にうなされて起きたらパンツが濡れているのである。しかし、今ではインターネットでアニメや情報を簡単に集めることが出来るのだ。ああ、だから私はもっと遅く、最低90年代に生まれたかったのである。若ければ若いほど素晴らしいのだから。そうか、40歳まっしぐらか・・・、たしかジョン・レノンも40歳で死んだし、ショパンが39歳、ジョーゼフ・スミスが38歳、ゴッホが37歳で死んだのだから、40歳は人生の節目なのだろう。ああ、いやだ、40歳だけにはなりたくない。そんな日なんか来て欲しくない。たすけてー。早く遺伝子工学を発達させてくれー。そうすれば、永遠に若くて健康でいられるのに。16歳に戻りたい。ああ、16歳、スイート・シックスティーンに。とにかく、16歳に戻らせてくれー!
ああ、それにしても、思い出してしまった。美人の太ももが脳裏に焼き付いてしまったのもので・・・。まあ、その美人とは友坂 鈴夏なのだが・・・ってね。私はかつて、15歳か16歳のときにホイス・グレイシーに憧れて、小さな町の柔道場に八ヶ月間だけ通ったことがあった。そして、私はそこで、Sさんという、とてもかわいい女性に会った。髪の毛も地毛の栗色っぽい暖かい色で、しかも、見るからにプヨプヨしてそうな肌だったのだから。そして軽量級だったし、こじんまりしていて、とても可愛かった。
「へー、柔道やってる子でも、こんな可愛い子がいるんだ!」
と、あまりもの衝撃と感動のため、ホイス・グレイシーのことは、その瞬間に頭の中から消えてしまった。確か、Sさんは、私と同じ学年だったか、まあ、違う学校だったのだが、彼女は、市の中学女子柔道大会で優勝した実力の持ち主であった。それはともかく、可愛い子との寝技、どんなに夢見たことか。そんなのアニメでしか観たことがなかったので。そう、『ラムネ』の友坂 鈴夏のような。しかし、それを、ようやく現実の世界で実現するときがきたのだ。チャンス到来!私は、さっそく、犬のようにお尻をふって、Sさんに寝技の乱取りを申し入れた。
「寝技!」
「おいーす!」
と道場の先生の号令がかかった瞬間、私はすかさずSさんに、
「おねがいします!」
と五体倒地をした。そこの道場は亀の姿勢、いわゆる四つん這いの形になって、相手を攻めさせる体勢から寝技の乱取りを始めるのが通例であったので、私はそれに乗っ取って四つん這いになった。そしたら、Sさんは、私をその官能的な太ももで私の頭上を跨いできたのである。そして、私の頭と肩を挟んできたのだ。私は、
「きょーほほほっほー!太ももだー、ああ天国じゃー!」
とのぼせてしまった。そう恍惚状態に浸っているうちに、いきなり両足でぐるりっとひっくり返されて、しかもSさんの両脚が顔と胸と肩に挟まったまま、仰向けにさせられて、しかも、なんと呼吸が出来なかったのだ。私はびっくりしてしまい、
「ひえー!たすけてー!」
と思ったが、横隔膜があまりにも圧迫されていたために、叫び声も出せなかったのだ。私はどうしたらいいかわからず、とにかく、
「死にたくない!」
と思いながらも、目の前が暗闇に包まれてしまった。
「おい、ヘルメス!まいったしろ!」
と罵声が聞こえたので、私はタップしようと思ったが、Sさんは、私の両腕を封じてしまっていたので、タップができなかった。片方の手は道着を使って制され、もう片方の手は、Sさんが思い切り引っ張っていて、さらに両脚での絞めを効率的に強くさせようとしていたのである。とにかく、呼吸ができなかったという恐怖と、意識が遠のいていくという、最悪の状態であり、私は脚を使ってバタバタし、「まいった」の合図を出すしかなかった。とてもみっともない敗北であった。それが、最初の女性との寝技であり、いわゆる初体験であった。私は、絞め技は手だけでやるものだと思っていたので、まさか脚での絞め技があるとは思わなかった。それは、「三角絞め」という技であった。Sさんは、中村三兄弟の中村行成に憧れていたのであり、その人の得意技が三角絞めだというので、Sさんも、それを得意技にしたそうである。私は、それで、中村兄弟が嫌いになった。それにしても、女性に初めて本気で勝負して負けたので、それはそれは、男としてのプライドをズダズダに引き裂かれてしまった。今までの私は、男はもちろん嫌いだったが、それでも、女はか弱いので男が守っていかなければ行けない存在とかたく信じていた。だが、あの三角絞めで、その変な先入観は粉々に砕け散った。それからである、私がフェミニズムに傾倒するようになったのは。あれだけ強いんだったら、男の助けなしに、女性一人で生きていけるだろうと思った。しかも、Sさんはかわいかったし、それがまた、私を女性賛美者にさせたのだ。今まで、田村亮子などの女性柔道を観てきたが、
「女としてモテることをあきらめた鬼畜」
としか、私の目には映らなかったのだ。所詮、セーラームーンのように、かわいくて格闘技が強い女の子は、アニメの世界だけなんだとさえ思っていた。ところが、まあ、私は、女の子に圧倒的な実力差で負けたのがとてもショックで、数日間はだれとも口がきけなくなってしまったが、それでも、女性に対する見方が変わったのは確実である。それは、スウィート・シックスティーンならではの、卒業であったのだ。だから、結果的には、あの敗北はとても良かったのだ。そこが私のフェミニズムの原点の一つである。
でも、私がSさんに個人的に求めていたのは、押さえ込みであった。しかし、彼女は私に対してだけ、絞め技と関節技しかやらなかった。私が片羽絞めを嫌って横に逃げたら、腕を取られて十字固めをかけられてしまった。だから、彼女との寝技のあとは、やけに関節が痛んだのである。そして、シャワーを浴びるとき、首がとてもヒリヒリした。
「中村兄弟の影響の受け過ぎた。ふざけんじゃねぇ、中村ども!」
と本当に中村たちを恨んだ。だから、吉田秀彦が階級を上げて、中村長男を撃沈したときは、あれほどスカッとしたことはなかったね。あの時からだ、私が熱烈に吉田を支持するようになったのは。しかし、彼女はまた新しいバージョンの三角絞めを覚えたようで、私を亀の状態から、こんどはアクロバチック的に真後ろに私をひっくり返したのである。私は後頭部を畳みに打ち付けてしまった。周りが真っ暗になった。あれは、本当に不意をつかれた。また横に体重をかけて倒してくるだろうと思っていたのだが、真後ろに私の頭を両脚で挟んだまま飛んだので、本当、やられた瞬間はなにがなんだかわからなかった。新しく開発した技の実験台、モルモットにされていたのだろう。だから、今度は立ち技で勝負だと、双手刈り、いわゆるホイス・グレイシーの得意なタックルをやったら、見事に肩すかし気味の内股で、吹っ飛ばされた。そして、だれかが、冗談で、
「ストーカーを撃退したぞ」
と言ったのだ。そして、
「ナイス・タイミング」
と、笑いが起こった。あのくそバカ野郎、今でも覚えているぞ、私をコケにした奴を。私をストーカー呼ばわりした罪は、十字架上のイエスに唾棄するのと同じぐらい重いのだから。私のプライドを傷つけた奴は絶対に、死ぬまで、いや死んでも忘れることはない。まあ、私はいずれ死を克服するので、死ぬことはないが。恨みは骨髄まで徹するからね。もう十年以上も前のことだが、そいつの顔だけはしっかりと覚えている。名前は忘れてしまったが・・・、だからデス・ノートで彼を始末することはできない。まったく、私が名前の覚えが悪いのが幸いだったなぁ。じゃなったら、あいつは今頃、死神に命を奪われているところだ。感謝しろ!
もう一人、美しい方がいた。Fさんと言ったか、その子は一つ上だったのかなぁ。小学校のときは、全国大会に出場したと言っていたし。その子はすらりと手足が伸びて、リーチが長かったので、試合ではかなり有利だったのだろう。身長も173ぐらいで、高かったし、でも、中量級だったから、スタイルは、まあよかったのだろう。というか、あまりにもショートカットだから、魅力が普通のめかしている女の子に比べたら、なかったが、それでも、ちゃんと髪を伸ばして、めかしたら絶対に可愛さに秀でるはずであった。Fさんは原石だったのだが、そっちを磨くのではなくて、柔道の才能を磨く方に精力を傾けていた。それが、ちょっと惜しいな。どっちも努力してほしかった。だって、顔は整っていたのだから、あれでショートじゃなくて、伸ばしていて、ちゃんと、ちょっとでもファッションや化粧に気を配れば、間違いなく、校内のすべての男子生徒が彼女を見て、犬が熱くてベロを出すようにハアハアとなってしまっていたことであろう。残念だ。彼女にも、私は寝技を申し込んだ。こんどは亀の姿勢からではなく、彼女が仰向けになって、そう、ノゲイラが得意とするガード・ポジションからの乱取りであった。しかし、彼女のガードポジション、私の頭は、
「これって、ベッドの上だったら、かなりやばくない?」
と一人で興奮してしまい、頭がクラッとなった。だって、女性が、股を開いて待っているんだよ。考えてみたら、とても怪しいことじゃん。それに、仰向けになっていると、道着の襟も緩むわけだから、下に着ているTシャッツがパラっと見えるんだよね。そうすると、ガードポジションで仰向けになっているわけだから、重力のせいで、スポーツ用ブラジャーの形がくっきりとTシャッツに浮かび上がってくるんだよね。ほんと気絶するかと思ったよ。
「おお、Fさん、胸でっかいーんだなぁ!」
と唾液分泌線がフル稼働したのを覚えている。
「やべー、このままじゃ、鼻血が!」
と思って、意識が鼻の穴に集中した。しかし、Fさんは真剣な顔をして、
「さあ、こい!」
と気合いを込めていた。だから、私は、
「おねがいしま〜す!」
と桜庭がガードをジャンプして飛び越えるのではなく、私はジャンプして直接Fさんに抱きつこうとして飛び乗ったのである。そしたら、見事に両脚で私の骨盤当たりが塞き止められ、私はそれ以上間合いをつめることが出来なかった。そして、ぼやぼやしている内に、いつのまにか両手で首を絞められていたのである。それは、双手絞めであった。まさか、真っ正面からの絞め技があったなんて、ぜんぜん知らなかった。ホイスのチョークスリーパーとか、かならず背後から絞めるのしか見たことがなかったので、これも本当に予想外であった。そして、口に酸っぱいのが溢れ出たため、
「これはやばい!死んじゃう!」
と恐ろしくなり、Fさんの太ももにタップした。そしたら、Fさんは解いてくれた。でも、よかった、首を絞められたおかげで、頸動脈から頭への血流量が減少したので、鼻血をFさんの道着に垂らさずに済んで本当に良かった。でも、絞めを解かれた直後、私はみっともなく、むせ込んでしまった。
「首の周りがガラあきだよ」
と指導されてしまった。だから、今度は、首を縮めて、脇を絞めて、ヌーというように、ソッと攻めた。その格好は、他人からは、
「なんか、性犯罪者のようだ」
とからかわれてたが、それから双手絞めの餌食になることはなくなった。まあ、他の技でFさんにとことんやられてしまったが・・・。
SさんとFさん、この二人のおかげで、私は毎週道場へ行くのが楽しくなった。道場に飾ってあった掛け軸それぞれに「香取大神宮」「鹿島大神宮」とあったが、私にとってはそれらは「F大神宮」「S大神宮」だった。そう、二人の女神に私は黙想していたのである。だが、私は怠けていたわけではない。一応、真面目に練習していたが、それでもいっこうに上達しなかった。やはり運動神経がなかったのだろう。いくら一生懸命稽古に励んでも、強くならなかった。私は夜の公園で一人で木に向かって打ち込みをしたこともあった。しかし、努力も虚しく、いつまでたっても、
「おい、ヒョロヒョロ、雑魚、もやし」
とからかわれる。
「その呼び方やめてくれないか!」
と本気で怒ったのだが、やはり実力差があっては、どうしょうもない。喧嘩しても勝てないし。先生も一緒に笑っているだけだし、たかが子どものいざこざに手を出すまでもないとでも思っていたのだろう。いわゆるいじめだ。また最も信頼していたFさんもSさんも、私をかばうことなく、また私とはあまり話してくれなかったし、仲良くするのは、黒帯で、しかも県大クラスの連中ばかり。そう、DQNばかりだ。野獣本能丸出しの男どもばかりなのだ。格闘技をやっている奴はそういうケダモノが多い。そして最もショックだったのは、女神と仰いでいたSさんとFさんがそんなDQNどもにくっついていたことであった。だから、私はアニメでも、そんな男たちが闘う作品は好まない。そこには、典型的なDQNに媚を売るVarsity Whoresが出てくるのだから。まあ、格闘アニメで、「アンパンマン」ぐらいだったら許せるが。それに、格闘技は女だけがやればいいではないか。男はもともと野獣なのだから、格闘技なんか必要ないであろう。格闘会は、本当、弱肉強食の世界、強いことが正義、弱いのは、ただ食われるのみ。それが、道場の世界だった。ここでも、ネオリベラリズムにすでに浸食されてしまっていたのである。とても嘉納治五郎の「精力善用」「自他共栄」という精神にはほど遠かった。それで、道場の崇高な精神に幻滅したと言ってもよかった。だから、私はたった八ヶ月間で道場を辞めてしまったのである。だから、私が精神世界を求めるのは、宗教性のある大本教を元にした合気道や、神道の精神を元にした柔道の道場ではなく、アニメであることを気付かされたのである。
そんなことを、夜中に人の家のトイレでソルサをしながら、考えていた。しかも、ソルサがやばいからという理由だけで泊めさせていただいた尊敬する方とマームには大変に迷惑をかけた。なにしろ、ソルサのためだけに泊まったのだから。しかも、その理由が通ってしまうというのも、また、彼らの寛大さの証拠でもあるのだが。「ソルサのときの神頼み」である。さあ、この場を借りて、丁重に感謝の意を表する。
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アル・ゴアが自家用ジェット機で世界中を飛び回って精力的に環境保護を訴える中、「私もなにか行動を起こさなきゃいけない」と奮い立ち、私は自家用自動車でロングビーチまで出向いて、雛祭りを自分なりに行うことにした。ここが、その噂のロングビーチ(正確にはシールビーチ)である。

雛祭りの起源というのは雛人形を飾るのではなく、形代(かたしろ)という紙でかたどった人をつくり、それに穢れなどをなすり付けて、川や海に流し、禍を祓うというものであった(詳しくはこのサイト参照)。つまり形代とは、贖罪の山羊、または十字架上のイエスのような、そう、スケープゴート的な役割りを果たす呪術的なものであった。それが雛人形の原型である。
しかし、今の日本人は雛人形を天皇皇后両陛下として神棚に飾り、まさか皇国の君主たる天皇を川に捨てるわけにはいかないので、また来年の雛祭りまで大切にしまっておくのだという。それらの雛人形は「内裏雛」と呼ばれる。日本史において内裏雛を使わずに本物の天皇を海に捨てたのは、源氏ぐらいであろうか。だから壇ノ浦こそ、ある意味では、真の雛祭りであった。だが雛人形は禊祓いのためではなく、いつの間にか神聖不可侵の聖域として尊重されるようになった。しかし、それはとくに国学などの発展により、天皇主義が濃厚になってきてからであろう。つまり庶民のあいだでは禊祓い儀礼的な人形が、貴族文化の尊皇思想の浸透によって、神聖不可侵なものにすり替えられてしまったのである。だから、今では庶民は雛人形を川や海に流さなくなった。したがって、庶民の雛祭り本来の伝統を国学者たちは破壊してしまったのだ。
よって私こそがその失われた伝統を復活させようとする日本の真の保守である。なぜなら、私は貴族階級のように御真影のごとく雛人形を大切に飾り立てるのではなく、庶民のように形代で穢れを祓い、それを海に流し、古代式の雛祭りを行うからである。そういう面で、私は「保守」と呼ばれる日本人よりも保守的である。ジョン・レノン的に言えば、ブルジョアは雛人形を飾る、しかしプロレタリアートは雛人形を川に捨てるのである。要するに、雛人形を捨てずに来年まで保管するものは偽善ナショナリストなのだ。よって、このアメリカの地において、私ほど国粋主義的な日本人はいないであろう。私こそ真の右翼だ!それを私はロングビーチで証明した。その決定的証拠をアップロードする。
これが私の持っている形代の形に切り取った神尾観鈴ちゃん(左)と沢近愛理たん(右)である。

彼女らはプリンターでプリントアウトした。どうして彼女らが雛人形なのかというと、彼女らは私にとって最も神聖不可侵だからである。しかし、私は女神エロスと妖精キンナリーを賛美するものとして、エロロジストでもあり、エロティシズムの真髄はPotlatch(蕩尽)であるので、だからこそ彼女らこそこの大役にふさわしいと判断し、彼女らを選んだのだ。まあ、私の最愛の「うぐぅ〜」のアユアユはまだまだ子どもなので(詳細はこの記事)、子どもに形代というのはあまりにも負担が大きすぎるので、アユアユは選ばなかった。あっ、そういえば、安徳天皇は8歳だったんだっけ。だったら、子どもでもいいのか?でも、アユアユは子どもに見えても、実際は16歳か。しまった。失敗した。アユアユもプリントアウトしていれば、ブリジッド三姉妹のように、三月三日、三美女、女三人よれば姦しい、文殊の知恵(空海によれば文殊菩薩は同性愛を司る)、いわゆる「かしまし〜ガール・ミーツ・ガール」のようにすべて三ぞろいとなっていたのに・・・。そうすればパーフェクトだったのになぁ。ええい、なるようになれ。Que sera sera, Let it be.
それから形代の後ろに願い事を書いた。大義名分はアル・ゴアの『不都合な真実』、そしてメリッサ・エスリッジの「I Need To Wake Up」との共通の意志でもある「世界平和」「美しい地球」「環境汚染改善」。環境汚染の穢れを祓うということで。しかし個人的な願い事は(アメリカでは[個人的なことは政治的]というのだが)、秘密にしておくべきだと思ったので(まあ、私のブログの随所にすでに公表されているが)。

そして、最終的に意を決し、深い息を吐いて、形代を海に流した。そして「三月三日」ということもあり、「三」に縁がある三拍手をして、地球の環境改善と世界平和を祈願した。これが、二つの人形が太平の海に流れ行く写真である。またこの日は満月でもあり、きっと月の力もあって悲願は達成されるであろう。

そして、夕焼けに向かって形代が流れてくれればいいと思って、この写真を撮った。なにしろロングビーチの太陽は西に沈んで、数時間後には「日の出る国」を普く照らすのだから。

ちなみに『Air』の主題歌の「鳥の詩」を連想させるカモメがいたので、それも写真に収めた。海といえばカモメだからである。『Air』はまさに青い海、青い大空、入道雲、そう、まるで北野ブルーのような。まさに鳥の飛ぶ境地は、解脱の境地、翼人の境地なのだから(詳細はこちらの記事)。だから、観鈴ちゃんの解脱を祝って、シャッターを押したのである。

またまたカモメさんたち。

そして夕日の海。

そこにはトレジャー・ハンターの姿も・・・。

こんなところで黄金が出土するのだろうか?それともテロリストが埋めた地雷撤去作業か。
最後に私はこの橋を通って帰宅した。

よって、無事に雛祭りを終えることができた。
環境保護と世界平和が成就されますように。アーメン。





雛祭りの起源というのは雛人形を飾るのではなく、形代(かたしろ)という紙でかたどった人をつくり、それに穢れなどをなすり付けて、川や海に流し、禍を祓うというものであった(詳しくはこのサイト参照)。つまり形代とは、贖罪の山羊、または十字架上のイエスのような、そう、スケープゴート的な役割りを果たす呪術的なものであった。それが雛人形の原型である。
しかし、今の日本人は雛人形を天皇皇后両陛下として神棚に飾り、まさか皇国の君主たる天皇を川に捨てるわけにはいかないので、また来年の雛祭りまで大切にしまっておくのだという。それらの雛人形は「内裏雛」と呼ばれる。日本史において内裏雛を使わずに本物の天皇を海に捨てたのは、源氏ぐらいであろうか。だから壇ノ浦こそ、ある意味では、真の雛祭りであった。だが雛人形は禊祓いのためではなく、いつの間にか神聖不可侵の聖域として尊重されるようになった。しかし、それはとくに国学などの発展により、天皇主義が濃厚になってきてからであろう。つまり庶民のあいだでは禊祓い儀礼的な人形が、貴族文化の尊皇思想の浸透によって、神聖不可侵なものにすり替えられてしまったのである。だから、今では庶民は雛人形を川や海に流さなくなった。したがって、庶民の雛祭り本来の伝統を国学者たちは破壊してしまったのだ。
よって私こそがその失われた伝統を復活させようとする日本の真の保守である。なぜなら、私は貴族階級のように御真影のごとく雛人形を大切に飾り立てるのではなく、庶民のように形代で穢れを祓い、それを海に流し、古代式の雛祭りを行うからである。そういう面で、私は「保守」と呼ばれる日本人よりも保守的である。ジョン・レノン的に言えば、ブルジョアは雛人形を飾る、しかしプロレタリアートは雛人形を川に捨てるのである。要するに、雛人形を捨てずに来年まで保管するものは偽善ナショナリストなのだ。よって、このアメリカの地において、私ほど国粋主義的な日本人はいないであろう。私こそ真の右翼だ!それを私はロングビーチで証明した。その決定的証拠をアップロードする。
これが私の持っている形代の形に切り取った神尾観鈴ちゃん(左)と沢近愛理たん(右)である。

彼女らはプリンターでプリントアウトした。どうして彼女らが雛人形なのかというと、彼女らは私にとって最も神聖不可侵だからである。しかし、私は女神エロスと妖精キンナリーを賛美するものとして、エロロジストでもあり、エロティシズムの真髄はPotlatch(蕩尽)であるので、だからこそ彼女らこそこの大役にふさわしいと判断し、彼女らを選んだのだ。まあ、私の最愛の「うぐぅ〜」のアユアユはまだまだ子どもなので(詳細はこの記事)、子どもに形代というのはあまりにも負担が大きすぎるので、アユアユは選ばなかった。あっ、そういえば、安徳天皇は8歳だったんだっけ。だったら、子どもでもいいのか?でも、アユアユは子どもに見えても、実際は16歳か。しまった。失敗した。アユアユもプリントアウトしていれば、ブリジッド三姉妹のように、三月三日、三美女、女三人よれば姦しい、文殊の知恵(空海によれば文殊菩薩は同性愛を司る)、いわゆる「かしまし〜ガール・ミーツ・ガール」のようにすべて三ぞろいとなっていたのに・・・。そうすればパーフェクトだったのになぁ。ええい、なるようになれ。Que sera sera, Let it be.
それから形代の後ろに願い事を書いた。大義名分はアル・ゴアの『不都合な真実』、そしてメリッサ・エスリッジの「I Need To Wake Up」との共通の意志でもある「世界平和」「美しい地球」「環境汚染改善」。環境汚染の穢れを祓うということで。しかし個人的な願い事は(アメリカでは[個人的なことは政治的]というのだが)、秘密にしておくべきだと思ったので(まあ、私のブログの随所にすでに公表されているが)。

そして、最終的に意を決し、深い息を吐いて、形代を海に流した。そして「三月三日」ということもあり、「三」に縁がある三拍手をして、地球の環境改善と世界平和を祈願した。これが、二つの人形が太平の海に流れ行く写真である。またこの日は満月でもあり、きっと月の力もあって悲願は達成されるであろう。

そして、夕焼けに向かって形代が流れてくれればいいと思って、この写真を撮った。なにしろロングビーチの太陽は西に沈んで、数時間後には「日の出る国」を普く照らすのだから。

ちなみに『Air』の主題歌の「鳥の詩」を連想させるカモメがいたので、それも写真に収めた。海といえばカモメだからである。『Air』はまさに青い海、青い大空、入道雲、そう、まるで北野ブルーのような。まさに鳥の飛ぶ境地は、解脱の境地、翼人の境地なのだから(詳細はこちらの記事)。だから、観鈴ちゃんの解脱を祝って、シャッターを押したのである。

またまたカモメさんたち。

そして夕日の海。

そこにはトレジャー・ハンターの姿も・・・。

こんなところで黄金が出土するのだろうか?それともテロリストが埋めた地雷撤去作業か。
最後に私はこの橋を通って帰宅した。

よって、無事に雛祭りを終えることができた。
環境保護と世界平和が成就されますように。アーメン。



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