「東京ラブストーリー」はとても古い。だって、ソ連が崩壊する前ですよ!古過ぎる!あのテーマ曲も古い!やっぱり80年代、とくにバブル時代って、一番駄目ですね。
やっと先進国ではもっとも遅いアメリカのインターネットを使ってダウンロードして、「東京ラブストーリー」を見たら、驚愕しました。それにしても、この時代のファッションは、髄まで腐敗してます。ほんと発展途上国レベルで言葉を失ってしまいます。
「これが日本!?」
って信じられません。インドネシアかどっかかと思いましたよ。あの孔雀の鶏冠のような髪型はなんなんでしょうか?女がみんな新興宗教にハマってるような感じです。しかもサラリーマンは、どうしてみんな刑事コロンボのようなトレンチコート着てるんですかね。しかも女の人までトレンチコート着てるんですよ!画一化していて、怖いです。しかもみんなリーゼントというか、ポマードをつけたような髪型ですよ。まるで橋本龍太郎のような。あれで、よくモテましたよね。よく不倫なんかできますよね。あんなのによく女の人は一緒に寝ようと思いますよね。理解できません。やっぱ、金なのかなぁ?よくこんなファッションで世界のファッション五大聖地(ミラノ、パリ、ロンドン、ニューヨーク、東京)に数えられるまでになりましたね。さすがに町並みもビルが乱雑していて汚いですし、乱雑な電線が景色を汚くしています。不動産ブームで手当り次第に建設したんでしょうね。ほんと無法状態で無秩序でカオスです。でも、みんな勢いに乗ってたんですね。商品はどんどん売れる。バブルがはじける寸前ですから、会社もどんどん儲かってたしワープアのキモヲタなんて、いなかったんじゃないですか?バブル景気でみんないつかは成功できると思って、貧乏男でも結婚できたんじゃないですか?
いやー、それにしもファッションが…。鈴木保奈美でさえ、ドブスに見えてしまいます。せっかくの端麗な容姿が、髪型とファッションと、そして眉毛が太くて、なんか皇太子みたいな顔してましたからね。あれで、
「セックスしよう」
と言われたら、逃げ出すしかないですね。それでも、セックスを迫れたら、セクハラで訴えます。どんなに美しい人でも、あの髪型、化粧、ファッションじゃ、醜くなってしまいます。まるで馬糞を体中に塗り付けて男に迫ってるようなもんで、臭くて寄り付けないようなものです。近寄られたらゲボを吐いてしまいます。よく当時の人間はあれをかわいいと思っていた、その神経すら理解不可能です。あれでよく性欲が沸いたものです。私は、もちろんそんなバブルの腐った時代には生まれてないからわからないけど、いや、生まれてなくてほんと良かった。汚染されずに済んだんだから。
いやー、でも
「セックスしよう
」
という名台詞は当時大衝撃だったんです。あれで日本の女性のセクシュアリティーの解放になるはずだったんですね。赤名リカは帰国子女だし、アメリカ的に表情が豊かで感情を素直に出すし、気に入った人ならだれとでも寝るという、まさに素晴らしい女性だったんです。そう、エッチな娘だったんです。日本の明治時代に植えつけられた腐ったキリスト教貞操観念なんか取っ払ってますからね。まるで百人斬りをやってきた女のような。性格はすばらしいですよ。だって、下を向いて落ち込んでいると
「どーしたの?
」
顔を覗き込んでくるんですよ。キュンとしちゃいますよね〜。私がそんなこと言われたら、もう一発で惚れてしまいます(ファッションは別として)。性格だけだったら、100点満点、こんな性格の子は、日本にはいなかった!
でも、いくら性格が良くても、ファッションが…。やっぱり人は外見です。どんなにリカが性的にオープンな女であっても、あれでは性欲が起きない。近寄りたくもない。縮んでしまいます。あれのどこがセクシーなんでしょうか?あんなのに恋心が起きるということ自体まったく理解できない。下等生物に成り下がっているようなファッションですからね。そういえば、学園の同級生に千堂あきほが好きなヲタクがいましたが、いや〜、あの孔雀の鶏冠のような髪型と眉毛の太さと大正時代のモガのような化粧で、よく好きになったもんだと思いますよ。鈴木保奈美のことを好きなヲタクもいましたけど、私は三次元のアイドルやタレントや女優は好きにならなかったですからね。好きになったのは、学園の女の子だけでしたからね。
いや〜、でも赤名リカが、ダッフルコートを着てたことは驚きました。ダッフルコートは、私の好きな娘も着てたなぁ。彼女のは赤いダッフルだったんだけど。やばい、それで鈴木保奈美がかわいく見えたということではない。バブル時代のファッションは断じて腐っているものだ。ダッフルにかわいさを感じることはありえない。ダッフルを着ている女の子がかわいいだけであってダッフルがかわいいわけではない。ダッフルは馬糞同然なんだから。あぁぁ、やばっ!そういや、『true tears』の乃絵ちゃんも、ダッフルを着てたんだー!いや、ダッフルは、バブル年代のファッションではない、あれは時代を超越した、時空を超えたファッションなんです。そう、ユニバーサルな、普遍的なファッションなんです!だから、あれはバブルのファッションではないんです。そう、シェークスピアの作品は、エリザベス時代ではなくて、時代を超えたものなんです。ダッフルもそれと同じで時代を超越してるんですよ。例外なんです。
しかし、バブル時代のスーツもぜんぜん駄目ですよね。よくあんなファッションを当時のデザイナーは作ってたと思います。ほんと、あの頃のファッションデザイナーは、みんな素人だったんじゃないですか?いや、素人でも、あそこまでのひどい衣装ファッションをデザインしないか?人類が全叡智を絞り出してもこれ以上最悪なものは想像できないという次元なのです。それが80年代90年代の風習なんです。新興宗教の女の人たち、そう、今児童虐待で話題になってるテキサスのモルモン教一派の隔離されたコミュニティーの女の人たちのようです。綺麗な人がいないですからね。有森也実のファッションはほんとそうですよ。っていうか、あのコミュニティーの人たちは今風の格好をすれば、だれか綺麗なんだろうけど、まるで墓場からゾンビが出て来たような恐怖を与えるようなファッションですからね。ピューリタンじゃあるまいし。もしかしたら、あのファッションで日本は性的解放が遅れたのかもしれないですね。あれじゃ、風俗に走ってしまう、いやソープに行っても、風俗嬢もあんな髪型で化粧だったら、国外逃亡するかないですね。それか、二次元に行って萌えるしかない。しかし、当時の二次元もあんなファッションですから。『Yawara!』からもそれはわかります。二次元すら救いにならない。だから、あの時代は、アニヲタがいなかったんですよ。あのファッションじゃ萌えることはできませんからね。あれしか選択がなかった。あぁ、バブル時代に生きてなくて、本当良かった。やっぱり時代というのは、新しければ新しいほどいい、若ければ若いほど良いのです。時代は古ければ古くなるほど腐敗する。だから年を取ることは、悲劇でしかないんです。
音楽もまったく駄目です。「あの日あの時あの場所で…」なんて、あの曲を私が知ってるなんて。あんな古くさい曲。なんであんな生気を吸い取られるような音楽が流行ってたんでしょうか?BGMなんか、もう駄目てすね。飲み屋でかかってたKANの「最後に愛は勝つ!」なんて、あんなのがよく大ヒットしたものです。今聴いたらほんと汚物に息が詰まるような音楽ですね。でも、あの時は、最先端だったんです。やはり「新しい」と思うと、なんでも良く聞こえてしまうんでしょうね。いやー、いくら新しいのがいいと言っても、バブル時代の音楽はほんと駄目ですよ。あれはアウトです。どうして生理的に受け付けないんでしょうか?古い音楽でも、ビートルズとかは大丈夫ですね。カーペンターズもはじめは駄目だったんですが、まぁ、70年代なので、なんとか好きになりました。60年代70年代、その一部だったら大丈夫です。90年代後半でも、まだ大丈夫か?もっとも駄目なのは、80年代、90年代前半と中盤、あれはアウト。そう、ブリトニー・スピアーズが出てくるまでは、まるで音楽はよくなかった。あぁ、でもブリトニーでさえ、『hit me baby one more time』が出てからもう10年経ってるんですね。彼女の音楽も、新しい世代には、古くさくて受け付けないんでしょうね。
「なんであんな腐った音楽を90年代後半の青春を送った連中が聴いていたのか、まったく理解できない」
と言われてしまうんでしょうね。いやだ、年を取るのは嫌じゃ!(『狼と香辛料』のホロの真似)でも、バブル期の音楽では、ほんと一握りですよ、辛うじて聴けるのは。しかし、あんな音楽を聴いて当時の青春を送った人々が恋愛していたとは、まったく想像を絶することですね。あんな曲を聴いただけでも、性欲が減退してしまいかねないですから、理解不能です。
携帯電話でコミュニケーションを取ってないというのも、ほんと不思議でした。携帯さえあれば、あんな物語の展開にはならないと思うと、もっと滑稽に思えて来ました。進化が遅れている人たちのような気がしてなりませんでした。メールもインターネットも携帯もない。それにコードレスが巨大で、鈴木保奈美の顔ぐらいの大きさがあるんですよ。電磁波の危険レベルも今の携帯よりずっと高いんじゃないですか?あれじゃ、電磁波に被爆して、脳の美的感覚が狂ってもおかしくないですね。それでみんなあんなファッションをしてたんですかね?あのコードレスの大きさには、びっくりして大笑いしてしまいました。あんなコードレスは、見たことがない。
「うわー、でっけー。重たそうだなぁ」
と度肝を抜かれました。ほんと、時代は古くなれば古くなるほど低俗になってしまいますね、人の生活も技術面でも。
しかしバブル時代の上司はエバってますよね、体育会系ですよね、部下は上司に頭を下げて敬語を使ってるという。傲慢な封建社会の大名みたいな。ああいう儒教的な風習はまさに年功序列という癌ですね。ほんと卑屈ですね。卑劣ですよ、先輩や上司に対してああいう態度でないと付き合ってもらえないなんて。コミュニティーに入れないなんて。アメリカ民主主義と平等主義が徹底しなかった証拠ですね。頭を下げるという風習をやってるのは朝鮮と日本ぐらいですからね。本家の支那と台湾ですら、それは廃絶されたんですよ。敗戦であの風習はなくなるべきでした。それに女性が会社のユニフォームを着てるというのが、まったく女性差別ですね。OLっていう人種がいたんですよ。まさにOLは男尊女卑社会の産物です。あんなのはアメリカでは考えられない。すぐに弁護士が来て、裁判となります。また、社内でタバコを吸っているというのが、まったく理解できない。副流煙がオフィスを覆い尽くします。また酒場でも、タバコを吸えることもおどろきました。アメリカだったら、外で吸うのに。これぞ日本が発展途上国であるという証拠です。日本は経済だけがでっかいのです。精神性では発展途上国と変わりません。そして、上司はみんな男。しかも偉そうにしているオヤジとクソジジイなのです。だから、年功序列社会は潰さなければならないのです。アメリカでは、年齢ではないにしても、もちろん序列はあります。しかし、それによって言語が変わったり、序列が上の相手に頭を下げるという人間としてもっとも辱めを受ける行為をしなければいけないということはないのです。まぁ、でも年功序列制度は、小泉のおかげで崩壊したようですから、儒教式敬礼など頭を下げるような卑劣な習慣も、その内消滅し、アメリカのような平等社会となるでしょう。そうなった時に、小泉は評価されるでしょうね。
でも、バブル時代の東京の首都圏はこんな風に話してたんですね。声優ばっかの日本語を聞いてるから、現実臭くて驚くばかりです。まぁ、それが90年代初頭の現実だったんですけどね。言語にも驚きました。
でも、東京ラブストーリーも20年ぐらい前。私が生まれる前ですからね。でも、私の学園時代の頃の女の子はかわいいファッションしてましたよ。まぁ、髪を染めることが一般的になってきてたからだし、セクシーな臍だしとかヒップスターとかも一般的になった頃でしたから、やはりブリトニー・スピアーズの世界的影響がトレンドを変えましたね。でも、もし今から20年たつと、今かわいいと思ってるファッションが、新しい世代には馬糞のように感じてしまうんでしょうね。
「よくあんなんで性欲が起きるよなぁ。恋が出来るようなぁ」
と批判されるんでしょうね。ああ、だから年を取りたくないんです。ファッションは新しくなってるのに、自分の体は古くなっていくというこの矛盾。自分の体も新しくできれば若さは永遠に保つことが出来るのに。新しい世代と一緒になって批判できないし、新しいファッションに身を包んでる女の子と遊ぶことはできなくなるんです。そんな悲しいことがありましょうか?年齢と老化は今の科学じゃ防ぎ用がないですから。だからこそ、私の夢は永遠の16歳なんです。
あっ、でも70年代のファッションは、私は大丈夫です。なんででしょう?80年代90年代、60年代から過去、そのファッションはNGです。NGだけど、その時代の映画を見るときは、大丈夫ですよ。時代背景にあってるとして、歴史を楽しむにも面白いですから。しかし、その中でも、80年代は特に駄目ですね。あれは、もうどうしょうもない。頽廃ファッションとでもいいましょうか?あの時代で、
「おまえファッションセンスがないなぁ」
とからかっていた人は、ほんと今になって馬鹿を見てるんじゃないでしょうか?自分の若い頃の写真を人様に見せることはできないでしょうね。もっとも頽廃していた時代に青春を送ってしまったという後悔。それはとても自慢できるもんではないですね。オバマも80年代に青春を送った人ですからね、若いときの写真は見せられないでしょうね。でも、私は70年代だけは特別に大丈夫。あっ、もしかして、今のファッションが70年代のリバイバルだからかもしれませんね。それで、あんま違和感がないんですね。だから、70年代の人が現在にタイムマシーンで来ても、充分オッケーということですね!でも、現在のファッションが廃れれば、70年代のファッションもNGになってしまうということですね。
それにしても今の日本の女の子はかわいいのかなぁ?米国にいるとまったくわからない。まぁ、芸能人はかわいいですけど、一般大衆の女の子はどうかということです。でも、この前、日本人のミュージシャンの集まりでの日本の子はみんなかわいかったですからね。驚きました。ファッションがすごく魅力的。化粧も上手い。体は、やっぱりアメリカ人から見るとガリ痩せですが、それでもファッションは素晴らしい。東京のファッションは、ミラノ、パリと並ぶだけはあります。でも、私は日本を捨てた。一生日本に行くことはないだろう、まぁアキバに行くかもしれないが、あそこもアニメの聖地としてはもう衰退期に入ってるというし、新しいアニメの聖地は、たぶんアメリカかヨーロッパになるんじゃないかなぁ?
しかし、ボロクソにこのドラマを批判しながら、当の自分は恥ずかしながら、完全にハマってしまいました。鈴木保奈美の演技は、よかったんじゃないかと思います。まぁ、素人だからよくわかりませんけど、笑ってないときの表情とかは、上手かったんじゃないでしょうか?しかし、あそこまで日本人みたいな顔をしてる女の人もいないですね。まっ、日本人ですけどね。まっ、物語としては、アニメの親戚である漫画が原作とのことなので、面白かったのではないでしょうか?普通のドラマよりは、はるかに面白かったと思います。見てて、あきなかったですからね。そう、私がアニヲタだから、アニメに類似している物語だったので、ハマっただけのことであり、テレビドラマにハマったわけではないのです。
「これが日本!?」
って信じられません。インドネシアかどっかかと思いましたよ。あの孔雀の鶏冠のような髪型はなんなんでしょうか?女がみんな新興宗教にハマってるような感じです。しかもサラリーマンは、どうしてみんな刑事コロンボのようなトレンチコート着てるんですかね。しかも女の人までトレンチコート着てるんですよ!画一化していて、怖いです。しかもみんなリーゼントというか、ポマードをつけたような髪型ですよ。まるで橋本龍太郎のような。あれで、よくモテましたよね。よく不倫なんかできますよね。あんなのによく女の人は一緒に寝ようと思いますよね。理解できません。やっぱ、金なのかなぁ?よくこんなファッションで世界のファッション五大聖地(ミラノ、パリ、ロンドン、ニューヨーク、東京)に数えられるまでになりましたね。さすがに町並みもビルが乱雑していて汚いですし、乱雑な電線が景色を汚くしています。不動産ブームで手当り次第に建設したんでしょうね。ほんと無法状態で無秩序でカオスです。でも、みんな勢いに乗ってたんですね。商品はどんどん売れる。バブルがはじける寸前ですから、会社もどんどん儲かってたしワープアのキモヲタなんて、いなかったんじゃないですか?バブル景気でみんないつかは成功できると思って、貧乏男でも結婚できたんじゃないですか?
いやー、それにしもファッションが…。鈴木保奈美でさえ、ドブスに見えてしまいます。せっかくの端麗な容姿が、髪型とファッションと、そして眉毛が太くて、なんか皇太子みたいな顔してましたからね。あれで、
「セックスしよう」
と言われたら、逃げ出すしかないですね。それでも、セックスを迫れたら、セクハラで訴えます。どんなに美しい人でも、あの髪型、化粧、ファッションじゃ、醜くなってしまいます。まるで馬糞を体中に塗り付けて男に迫ってるようなもんで、臭くて寄り付けないようなものです。近寄られたらゲボを吐いてしまいます。よく当時の人間はあれをかわいいと思っていた、その神経すら理解不可能です。あれでよく性欲が沸いたものです。私は、もちろんそんなバブルの腐った時代には生まれてないからわからないけど、いや、生まれてなくてほんと良かった。汚染されずに済んだんだから。
いやー、でも
「セックスしよう
」という名台詞は当時大衝撃だったんです。あれで日本の女性のセクシュアリティーの解放になるはずだったんですね。赤名リカは帰国子女だし、アメリカ的に表情が豊かで感情を素直に出すし、気に入った人ならだれとでも寝るという、まさに素晴らしい女性だったんです。そう、エッチな娘だったんです。日本の明治時代に植えつけられた腐ったキリスト教貞操観念なんか取っ払ってますからね。まるで百人斬りをやってきた女のような。性格はすばらしいですよ。だって、下を向いて落ち込んでいると
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でも、いくら性格が良くても、ファッションが…。やっぱり人は外見です。どんなにリカが性的にオープンな女であっても、あれでは性欲が起きない。近寄りたくもない。縮んでしまいます。あれのどこがセクシーなんでしょうか?あんなのに恋心が起きるということ自体まったく理解できない。下等生物に成り下がっているようなファッションですからね。そういえば、学園の同級生に千堂あきほが好きなヲタクがいましたが、いや〜、あの孔雀の鶏冠のような髪型と眉毛の太さと大正時代のモガのような化粧で、よく好きになったもんだと思いますよ。鈴木保奈美のことを好きなヲタクもいましたけど、私は三次元のアイドルやタレントや女優は好きにならなかったですからね。好きになったのは、学園の女の子だけでしたからね。
いや〜、でも赤名リカが、ダッフルコートを着てたことは驚きました。ダッフルコートは、私の好きな娘も着てたなぁ。彼女のは赤いダッフルだったんだけど。やばい、それで鈴木保奈美がかわいく見えたということではない。バブル時代のファッションは断じて腐っているものだ。ダッフルにかわいさを感じることはありえない。ダッフルを着ている女の子がかわいいだけであってダッフルがかわいいわけではない。ダッフルは馬糞同然なんだから。あぁぁ、やばっ!そういや、『true tears』の乃絵ちゃんも、ダッフルを着てたんだー!いや、ダッフルは、バブル年代のファッションではない、あれは時代を超越した、時空を超えたファッションなんです。そう、ユニバーサルな、普遍的なファッションなんです!だから、あれはバブルのファッションではないんです。そう、シェークスピアの作品は、エリザベス時代ではなくて、時代を超えたものなんです。ダッフルもそれと同じで時代を超越してるんですよ。例外なんです。
しかし、バブル時代のスーツもぜんぜん駄目ですよね。よくあんなファッションを当時のデザイナーは作ってたと思います。ほんと、あの頃のファッションデザイナーは、みんな素人だったんじゃないですか?いや、素人でも、あそこまでのひどい衣装ファッションをデザインしないか?人類が全叡智を絞り出してもこれ以上最悪なものは想像できないという次元なのです。それが80年代90年代の風習なんです。新興宗教の女の人たち、そう、今児童虐待で話題になってるテキサスのモルモン教一派の隔離されたコミュニティーの女の人たちのようです。綺麗な人がいないですからね。有森也実のファッションはほんとそうですよ。っていうか、あのコミュニティーの人たちは今風の格好をすれば、だれか綺麗なんだろうけど、まるで墓場からゾンビが出て来たような恐怖を与えるようなファッションですからね。ピューリタンじゃあるまいし。もしかしたら、あのファッションで日本は性的解放が遅れたのかもしれないですね。あれじゃ、風俗に走ってしまう、いやソープに行っても、風俗嬢もあんな髪型で化粧だったら、国外逃亡するかないですね。それか、二次元に行って萌えるしかない。しかし、当時の二次元もあんなファッションですから。『Yawara!』からもそれはわかります。二次元すら救いにならない。だから、あの時代は、アニヲタがいなかったんですよ。あのファッションじゃ萌えることはできませんからね。あれしか選択がなかった。あぁ、バブル時代に生きてなくて、本当良かった。やっぱり時代というのは、新しければ新しいほどいい、若ければ若いほど良いのです。時代は古ければ古くなるほど腐敗する。だから年を取ることは、悲劇でしかないんです。
音楽もまったく駄目です。「あの日あの時あの場所で…」なんて、あの曲を私が知ってるなんて。あんな古くさい曲。なんであんな生気を吸い取られるような音楽が流行ってたんでしょうか?BGMなんか、もう駄目てすね。飲み屋でかかってたKANの「最後に愛は勝つ!」なんて、あんなのがよく大ヒットしたものです。今聴いたらほんと汚物に息が詰まるような音楽ですね。でも、あの時は、最先端だったんです。やはり「新しい」と思うと、なんでも良く聞こえてしまうんでしょうね。いやー、いくら新しいのがいいと言っても、バブル時代の音楽はほんと駄目ですよ。あれはアウトです。どうして生理的に受け付けないんでしょうか?古い音楽でも、ビートルズとかは大丈夫ですね。カーペンターズもはじめは駄目だったんですが、まぁ、70年代なので、なんとか好きになりました。60年代70年代、その一部だったら大丈夫です。90年代後半でも、まだ大丈夫か?もっとも駄目なのは、80年代、90年代前半と中盤、あれはアウト。そう、ブリトニー・スピアーズが出てくるまでは、まるで音楽はよくなかった。あぁ、でもブリトニーでさえ、『hit me baby one more time』が出てからもう10年経ってるんですね。彼女の音楽も、新しい世代には、古くさくて受け付けないんでしょうね。
「なんであんな腐った音楽を90年代後半の青春を送った連中が聴いていたのか、まったく理解できない」
と言われてしまうんでしょうね。いやだ、年を取るのは嫌じゃ!(『狼と香辛料』のホロの真似)でも、バブル期の音楽では、ほんと一握りですよ、辛うじて聴けるのは。しかし、あんな音楽を聴いて当時の青春を送った人々が恋愛していたとは、まったく想像を絶することですね。あんな曲を聴いただけでも、性欲が減退してしまいかねないですから、理解不能です。
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「うわー、でっけー。重たそうだなぁ」
と度肝を抜かれました。ほんと、時代は古くなれば古くなるほど低俗になってしまいますね、人の生活も技術面でも。
しかしバブル時代の上司はエバってますよね、体育会系ですよね、部下は上司に頭を下げて敬語を使ってるという。傲慢な封建社会の大名みたいな。ああいう儒教的な風習はまさに年功序列という癌ですね。ほんと卑屈ですね。卑劣ですよ、先輩や上司に対してああいう態度でないと付き合ってもらえないなんて。コミュニティーに入れないなんて。アメリカ民主主義と平等主義が徹底しなかった証拠ですね。頭を下げるという風習をやってるのは朝鮮と日本ぐらいですからね。本家の支那と台湾ですら、それは廃絶されたんですよ。敗戦であの風習はなくなるべきでした。それに女性が会社のユニフォームを着てるというのが、まったく女性差別ですね。OLっていう人種がいたんですよ。まさにOLは男尊女卑社会の産物です。あんなのはアメリカでは考えられない。すぐに弁護士が来て、裁判となります。また、社内でタバコを吸っているというのが、まったく理解できない。副流煙がオフィスを覆い尽くします。また酒場でも、タバコを吸えることもおどろきました。アメリカだったら、外で吸うのに。これぞ日本が発展途上国であるという証拠です。日本は経済だけがでっかいのです。精神性では発展途上国と変わりません。そして、上司はみんな男。しかも偉そうにしているオヤジとクソジジイなのです。だから、年功序列社会は潰さなければならないのです。アメリカでは、年齢ではないにしても、もちろん序列はあります。しかし、それによって言語が変わったり、序列が上の相手に頭を下げるという人間としてもっとも辱めを受ける行為をしなければいけないということはないのです。まぁ、でも年功序列制度は、小泉のおかげで崩壊したようですから、儒教式敬礼など頭を下げるような卑劣な習慣も、その内消滅し、アメリカのような平等社会となるでしょう。そうなった時に、小泉は評価されるでしょうね。
でも、バブル時代の東京の首都圏はこんな風に話してたんですね。声優ばっかの日本語を聞いてるから、現実臭くて驚くばかりです。まぁ、それが90年代初頭の現実だったんですけどね。言語にも驚きました。
でも、東京ラブストーリーも20年ぐらい前。私が生まれる前ですからね。でも、私の学園時代の頃の女の子はかわいいファッションしてましたよ。まぁ、髪を染めることが一般的になってきてたからだし、セクシーな臍だしとかヒップスターとかも一般的になった頃でしたから、やはりブリトニー・スピアーズの世界的影響がトレンドを変えましたね。でも、もし今から20年たつと、今かわいいと思ってるファッションが、新しい世代には馬糞のように感じてしまうんでしょうね。
「よくあんなんで性欲が起きるよなぁ。恋が出来るようなぁ」
と批判されるんでしょうね。ああ、だから年を取りたくないんです。ファッションは新しくなってるのに、自分の体は古くなっていくというこの矛盾。自分の体も新しくできれば若さは永遠に保つことが出来るのに。新しい世代と一緒になって批判できないし、新しいファッションに身を包んでる女の子と遊ぶことはできなくなるんです。そんな悲しいことがありましょうか?年齢と老化は今の科学じゃ防ぎ用がないですから。だからこそ、私の夢は永遠の16歳なんです。
あっ、でも70年代のファッションは、私は大丈夫です。なんででしょう?80年代90年代、60年代から過去、そのファッションはNGです。NGだけど、その時代の映画を見るときは、大丈夫ですよ。時代背景にあってるとして、歴史を楽しむにも面白いですから。しかし、その中でも、80年代は特に駄目ですね。あれは、もうどうしょうもない。頽廃ファッションとでもいいましょうか?あの時代で、
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とからかっていた人は、ほんと今になって馬鹿を見てるんじゃないでしょうか?自分の若い頃の写真を人様に見せることはできないでしょうね。もっとも頽廃していた時代に青春を送ってしまったという後悔。それはとても自慢できるもんではないですね。オバマも80年代に青春を送った人ですからね、若いときの写真は見せられないでしょうね。でも、私は70年代だけは特別に大丈夫。あっ、もしかして、今のファッションが70年代のリバイバルだからかもしれませんね。それで、あんま違和感がないんですね。だから、70年代の人が現在にタイムマシーンで来ても、充分オッケーということですね!でも、現在のファッションが廃れれば、70年代のファッションもNGになってしまうということですね。
それにしても今の日本の女の子はかわいいのかなぁ?米国にいるとまったくわからない。まぁ、芸能人はかわいいですけど、一般大衆の女の子はどうかということです。でも、この前、日本人のミュージシャンの集まりでの日本の子はみんなかわいかったですからね。驚きました。ファッションがすごく魅力的。化粧も上手い。体は、やっぱりアメリカ人から見るとガリ痩せですが、それでもファッションは素晴らしい。東京のファッションは、ミラノ、パリと並ぶだけはあります。でも、私は日本を捨てた。一生日本に行くことはないだろう、まぁアキバに行くかもしれないが、あそこもアニメの聖地としてはもう衰退期に入ってるというし、新しいアニメの聖地は、たぶんアメリカかヨーロッパになるんじゃないかなぁ?
しかし、ボロクソにこのドラマを批判しながら、当の自分は恥ずかしながら、完全にハマってしまいました。鈴木保奈美の演技は、よかったんじゃないかと思います。まぁ、素人だからよくわかりませんけど、笑ってないときの表情とかは、上手かったんじゃないでしょうか?しかし、あそこまで日本人みたいな顔をしてる女の人もいないですね。まっ、日本人ですけどね。まっ、物語としては、アニメの親戚である漫画が原作とのことなので、面白かったのではないでしょうか?普通のドラマよりは、はるかに面白かったと思います。見てて、あきなかったですからね。そう、私がアニヲタだから、アニメに類似している物語だったので、ハマっただけのことであり、テレビドラマにハマったわけではないのです。
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やべえ、あんな低俗なドラマにハマってしまった自分がまったく情けない。ああ、尊師のブログで『東京ラブストーリー』のリンクがあったので、それを見ようと思ってダウンロードしてますが、とっても遅い。いつまでたってもダウンロードされない。まったく、なんて遅いんでしょうか?それで、世界のインターネットのスピードを調べたんですが、なんと超ショッキングな結果がでてきました。
アメリカのワシントンポスト紙によるとインターネットのスピードは日本の30分の1だったのです。あまりにもあきれてしまって、言葉すら出てきません。

こちらが、ブロードバンドの普及している国です。そして、やはり韓国では最多の5人に1人がブルードバンドを持ってます。

しかし、もっとも恥ずかしいのは、アメリカの高速インターネット会社が、あまりにも詐欺を働いていることです。日本では、100mbpsで月だいたい37ドルから39ドルです。しかし、ワシントンDCでは、ヴォライゾン社の光ファイバーで5mbpsが40ドル。ヴォライゾン社のDSLが3mbpsで30ドル、そして、コムキャスト社のケーブルで8mbpsが53ドル、そしてコックス社で5mbpsで42ドル。10分の1のスピードで、同じ値段をかけている、そう、日本より10倍以上ぼっているのです。本来なら日本の10分の1の値段、そう、4ドルでなければいけないのです。こんな馬鹿げたことがあっていいのだろうか!ふざけるな!革命だ!私の怒りは頂点まで達し、さっそくFCC(連邦通信委員会)にメールで苦情を書きました。
アメリカってスピードの国ですよ。ビジネスでは常にスピードを求めて、無駄な時間を一切切り捨ててくようなゆとりのない効率最優先の合理化社会じゃないですか?それが、どうしてインターネットでは、遅くなってるのでしょうか?しかも先進国ではもっとも遅い。理解できない。スピードがすべてと言ってるのに、このあり様はなんでしょうか?これがネオリベラル経済の失敗の部分ですね。会社は生活水準向上という国益のためにビジネスをやってるのではなく、ただ消費者を騙して、詐欺によってボロ儲けしてるんです。そうやっているうちに、日本より30倍も遅れてしまったのです。レーガンの通信部門の規制緩和の真意がまったく逆方向に行ってしまったのです。それは、すべての市民に対する侮辱だ!
アメリカ市民として、アメリカがいつも世界でナンバーワンであってほしい。それは情報革命の分野でも同じです。せっかくのアル・ゴア法案でアメリカはインターネット革命が起こったのに、それは台無しです。大きく遅れを取っていることには、まったく理解できません。インターネットはアメリカが始めたのに、日本がリードしているんです。アメリカが常に世界のリーダーでないといけないのに!どうして日本なんでしょう。アメリカではITバブルが終わり、不動産バブルも終わってしまった。だから、優秀な人たちが流出しちゃってるのかなぁ…。携帯電話にしろ、アメリカなんて、ほんと発展途上国もんですからね、日本のと比べもんにならないほど粗末なものです。これが世界帝国の産業と呼べるでしょうか!?技術面でこんなに抜かされてたら、いつかは世界帝国は崩壊してしまうのでは?!そんな不安がよぎるのは、私の頭だけでなく、すべてのアメリカ市民の頭ぜんぶでしょう。アメリカが誇らしげに世界をリードしてるのは、軍事技術ですからね。インターネットももともと軍需技術だったんですけど、民間に行ったとたんに、日本に抜かされるなんて。アメリカは光りファーバーでさえ速度が5mbpsだとは、一体どういうことなんだ!!!ほんとにやるせない。屈辱だ!
アメリカのワシントンポスト紙によるとインターネットのスピードは日本の30分の1だったのです。あまりにもあきれてしまって、言葉すら出てきません。

こちらが、ブロードバンドの普及している国です。そして、やはり韓国では最多の5人に1人がブルードバンドを持ってます。

しかし、もっとも恥ずかしいのは、アメリカの高速インターネット会社が、あまりにも詐欺を働いていることです。日本では、100mbpsで月だいたい37ドルから39ドルです。しかし、ワシントンDCでは、ヴォライゾン社の光ファイバーで5mbpsが40ドル。ヴォライゾン社のDSLが3mbpsで30ドル、そして、コムキャスト社のケーブルで8mbpsが53ドル、そしてコックス社で5mbpsで42ドル。10分の1のスピードで、同じ値段をかけている、そう、日本より10倍以上ぼっているのです。本来なら日本の10分の1の値段、そう、4ドルでなければいけないのです。こんな馬鹿げたことがあっていいのだろうか!ふざけるな!革命だ!私の怒りは頂点まで達し、さっそくFCC(連邦通信委員会)にメールで苦情を書きました。
アメリカってスピードの国ですよ。ビジネスでは常にスピードを求めて、無駄な時間を一切切り捨ててくようなゆとりのない効率最優先の合理化社会じゃないですか?それが、どうしてインターネットでは、遅くなってるのでしょうか?しかも先進国ではもっとも遅い。理解できない。スピードがすべてと言ってるのに、このあり様はなんでしょうか?これがネオリベラル経済の失敗の部分ですね。会社は生活水準向上という国益のためにビジネスをやってるのではなく、ただ消費者を騙して、詐欺によってボロ儲けしてるんです。そうやっているうちに、日本より30倍も遅れてしまったのです。レーガンの通信部門の規制緩和の真意がまったく逆方向に行ってしまったのです。それは、すべての市民に対する侮辱だ!
アメリカ市民として、アメリカがいつも世界でナンバーワンであってほしい。それは情報革命の分野でも同じです。せっかくのアル・ゴア法案でアメリカはインターネット革命が起こったのに、それは台無しです。大きく遅れを取っていることには、まったく理解できません。インターネットはアメリカが始めたのに、日本がリードしているんです。アメリカが常に世界のリーダーでないといけないのに!どうして日本なんでしょう。アメリカではITバブルが終わり、不動産バブルも終わってしまった。だから、優秀な人たちが流出しちゃってるのかなぁ…。携帯電話にしろ、アメリカなんて、ほんと発展途上国もんですからね、日本のと比べもんにならないほど粗末なものです。これが世界帝国の産業と呼べるでしょうか!?技術面でこんなに抜かされてたら、いつかは世界帝国は崩壊してしまうのでは?!そんな不安がよぎるのは、私の頭だけでなく、すべてのアメリカ市民の頭ぜんぶでしょう。アメリカが誇らしげに世界をリードしてるのは、軍事技術ですからね。インターネットももともと軍需技術だったんですけど、民間に行ったとたんに、日本に抜かされるなんて。アメリカは光りファーバーでさえ速度が5mbpsだとは、一体どういうことなんだ!!!ほんとにやるせない。屈辱だ!
『フエゴ・エン・ラ・サングレ』というメキシコのテレノベラを見ています。OPもいかにもメキシコって感じの主題歌ですね。やっぱりメキシコ人がメキシコ伝統衣装を着るとカッコいいですね!いや、面白い。ハリスコ州の大牧場を経営している大地主の三人娘、つまりエリソンド三姉妹と、そして、下町のパン屋兼大工家業のレイェス三兄弟の物語です。で、主人公が、長女のソフィア・エリソンドです。その苦悩の物語なのです。まっ、私のスペイン語のレベルでは、あまりはっきりしないところもありますけど、これが物語の簡略図です。もしかしたら、間違ってるかもしれませんけど…。

エリソンド家は、ソフィアの父ベルナルド・エリソンドが当主でした。しかし、彼はファミリー・ビジネスを顧みず、自由奔放に恋をしてました。実質的には、地元の有力者、政治家、教会指導者との社交儀礼などのパーティーは、妻のガブリエラが担当していたのです。本来ならガブリエラが当主なのですが、スペイン文化圏では、女性は家督を継げず、当主になれないし、男が政務を担当することになってるので、そこでベルナルドに婿入り結婚させて、彼が当主になります。ガブリエラには男の兄弟がいなかったためです。今の皇室典範の問題そのものです。しかし、女系も認められてない天皇家は、男子が生まれないとそのまま滅んでしまいます。エリソンド家では、女系は認められてるので、存続できてるのです。そしてガブリエラは、厳格な躾を三人の娘に施しました。娘たちはデートするときでさえ、母親の許可が必要だったのです。それは、
「悪い虫がつかないように」
との理由でした。私のようなワープアのキモヲタでは、絶対に悪い虫として、ゴキブリとして踏みつぶされてしまいますね。
しかも、そのもっとも厳格な「良妻賢母」の教育を受けたのは長女のソフィアです。その他の二人の妹は、そこまでではない。ヒメナはいたってセクシーな格好をしても怒られませんし、サリタは、恋愛小説ばっか読んでるメガネッ子です。しかし、ソフィアは、昔のピューリタン女のようなコンサバな格好で、しかも職業が、教会の児童教室でキリスト教を町の子供たちに教えてる先生です。だから、今時には珍しい処女だったのでしょう。そして彼女は、母ガブリエラの意向によって、好きでもない男と結婚させられました。それは、家督の跡継ぎとして夫を迎えるためです。しかし夫のフェルナンドは、乱暴の男で、ヤクザ形式のビジネスマンであり、町のクラブを経営しています。しかし、ガブリエラは、一緒に仕事ができる良きビジネスパートナーとしてフェルナンドを高く買い、娘に結婚させたのです。メキシコの財界というのは、ヤクザが蔓延っており、それは、やはり発展途上国のビジネス形態で、インドネシアやロシアのそれと変わりません。だから、メキシコでビジネスをすると、どこかしらヤクザとのコネが出来てしまうのです。まるで、一昔前のケネディー家のようです。ケネディーと親しかったシナトラも、ヤクザとのコネで成功した人です。そして、フェルナンドが、ソフィアと結婚することによって、ベルナルドの正統後継者となります。これもまた、ベルナルドとガブリエラの間に男が生まれず、三姉妹しかできなかったために、フェルナンドを婿入り結婚させざるを得なかったのです。もし男尊女卑システムでなければ、主人公のソフィアが当主となってたはずでした。男尊女卑システムで男子に恵まれない、それがエリソンド家の不幸です。つまりエリソンド家は男が生まれないために、外部の婿が当主になるというシステムなのです。だから女系になってるのです。
当主のベルナルドは、下町の18ぐらいの女の子と恋に落ちます。その子がリビア・レイェス、下町の小さな自営業のパン屋を営むレイェス三兄弟の妹です。そう、レイェス四兄弟の末っ子なのです。レイェス兄弟は、早くから両親を亡くし、長男のフアンが弟と妹を支えて来たのです。だから、ある意味フアンが親代わりみたいなものです。まさに大黒柱にして努力の人です。しかし、三人の兄は、妹がベルナルドという老人と恋に落ちたことに衝撃を受けます。とくに、フアンが取り乱してしまいました。でも、三兄弟は苦悩した結果、最終的に妹に心を開きます。
「妹よ、おまえももう恋をする年頃になったんだなぁ。雷に怯えて泣いてたおまえにいつも子守唄を聴かせてたのを覚えてるか?あんなにちっちゃかったおまえが、もう大人になっちゃったんだな」
「うん、覚えてるよ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんたちは、ただおまえに幸せになってほしいだけなんだ」
それで最終的に三兄弟は妹の恋を認める方向に傾きます。両親を早くから亡くして苦労して来た三兄弟にとって支えは、やはり妹だったのです。
そして、ベルナルドは邸宅に帰宅する最中に、義理の息子のフェルナンドと口論になったときにもみ合いとなり、落馬して死んでしまいます。しかし、その事実は伏せて、車にひかれて死んだことにしました。それで、フェルナンドがエリソンド家の当主となります。しかし、今のドラマの段階では、まだ未亡人となったガブリエラがピンチヒッターとして暫定当主となっていますが、いずれフェルナンドに家督権を譲ることでしょう。
そしてエリソンド邸宅でのベルナルドの葬式に、リビアが泣き崩れて乱入してきます。喪主のガブリエラは、リビアに、
「どこの馬の骨だ!」
と追い出そうとします。しかし、リビアは、
「あたしはベルナルドの子を宿してるの!」
と訴えると、葬式会場全体に衝撃が走りました。エリソンド三姉妹も驚愕します。なにせリビアはベルナルドの子供である三姉妹よりも年下、なのに、彼女は父ベルナルドの子を妊娠してる、自分より年下の女性の子供が自分の腹違いの弟か妹を生むということになってしまう。しかし、
「デタラメを言うな!出て行け!」
と、彼女は精神異常者として、葬式から追い出されます。そして、フェルナンドは、
「もし、彼女の言ったことが本当なら、彼女の私生児にも財産権が発生するかもしれないから、始末してしまおう」
と考え、密かに彼女を殺害してしまいました。そして、警察に水死体として発見され、レイェス三兄弟に、その知らせが届きました。彼らは唯一の妹を失ってしまったのです。それで、彼らは悲嘆に暮れ、ベルナルドに復讐することを誓います。しかし、ベルナルドが死んだことを知り、今度はベルナルドの家族全員に復讐しようと妹の墓の前で誓います。そう、レイェス家のエリソンド家に対する復讐です。それで、大工として、エリソンド家の屋敷の増築計画に参加し、潜伏します。それで、機会をうかがって復讐するというものです。しかし、いざエリソンド家の大邸宅に乗り込むと、そこの三姉妹は、絶世の美女たちだったのです。それから、彼らの復讐計画が狂い始めました。
それこそが、このノベラの醍醐味なのです。でも、私が三姉妹で一番好きなのは、メガネっ子のサリタかなぁ?なにしろあだ名が「monjita(子尼ちゃん)」ですからね〜。まるでメガネっ子が現実の世界に現れたような。これも萌え?いや、でも現実の人間には「萌え」とはならないか?二次元キャラだけですからね、とくにアニメの。
いや〜、でもパン屋さん、カッコいいですね。子供の頃、アンパンマンでパン屋に憧れたこともあったけど、最近では、『焼きたて!!ジャぱん』でも憧れたけど、このテレノベラでも、憧れますね。大工さんは、ちょっと私には向いてないなぁ、私は痩せ型だし、ナザレのイエスも大工さんだったから、そうとう体はガッチリしてたんでしょうけど…。パン屋さんか。パン屋になろうかなぁ?

エリソンド家は、ソフィアの父ベルナルド・エリソンドが当主でした。しかし、彼はファミリー・ビジネスを顧みず、自由奔放に恋をしてました。実質的には、地元の有力者、政治家、教会指導者との社交儀礼などのパーティーは、妻のガブリエラが担当していたのです。本来ならガブリエラが当主なのですが、スペイン文化圏では、女性は家督を継げず、当主になれないし、男が政務を担当することになってるので、そこでベルナルドに婿入り結婚させて、彼が当主になります。ガブリエラには男の兄弟がいなかったためです。今の皇室典範の問題そのものです。しかし、女系も認められてない天皇家は、男子が生まれないとそのまま滅んでしまいます。エリソンド家では、女系は認められてるので、存続できてるのです。そしてガブリエラは、厳格な躾を三人の娘に施しました。娘たちはデートするときでさえ、母親の許可が必要だったのです。それは、
「悪い虫がつかないように」
との理由でした。私のようなワープアのキモヲタでは、絶対に悪い虫として、ゴキブリとして踏みつぶされてしまいますね。
しかも、そのもっとも厳格な「良妻賢母」の教育を受けたのは長女のソフィアです。その他の二人の妹は、そこまでではない。ヒメナはいたってセクシーな格好をしても怒られませんし、サリタは、恋愛小説ばっか読んでるメガネッ子です。しかし、ソフィアは、昔のピューリタン女のようなコンサバな格好で、しかも職業が、教会の児童教室でキリスト教を町の子供たちに教えてる先生です。だから、今時には珍しい処女だったのでしょう。そして彼女は、母ガブリエラの意向によって、好きでもない男と結婚させられました。それは、家督の跡継ぎとして夫を迎えるためです。しかし夫のフェルナンドは、乱暴の男で、ヤクザ形式のビジネスマンであり、町のクラブを経営しています。しかし、ガブリエラは、一緒に仕事ができる良きビジネスパートナーとしてフェルナンドを高く買い、娘に結婚させたのです。メキシコの財界というのは、ヤクザが蔓延っており、それは、やはり発展途上国のビジネス形態で、インドネシアやロシアのそれと変わりません。だから、メキシコでビジネスをすると、どこかしらヤクザとのコネが出来てしまうのです。まるで、一昔前のケネディー家のようです。ケネディーと親しかったシナトラも、ヤクザとのコネで成功した人です。そして、フェルナンドが、ソフィアと結婚することによって、ベルナルドの正統後継者となります。これもまた、ベルナルドとガブリエラの間に男が生まれず、三姉妹しかできなかったために、フェルナンドを婿入り結婚させざるを得なかったのです。もし男尊女卑システムでなければ、主人公のソフィアが当主となってたはずでした。男尊女卑システムで男子に恵まれない、それがエリソンド家の不幸です。つまりエリソンド家は男が生まれないために、外部の婿が当主になるというシステムなのです。だから女系になってるのです。
当主のベルナルドは、下町の18ぐらいの女の子と恋に落ちます。その子がリビア・レイェス、下町の小さな自営業のパン屋を営むレイェス三兄弟の妹です。そう、レイェス四兄弟の末っ子なのです。レイェス兄弟は、早くから両親を亡くし、長男のフアンが弟と妹を支えて来たのです。だから、ある意味フアンが親代わりみたいなものです。まさに大黒柱にして努力の人です。しかし、三人の兄は、妹がベルナルドという老人と恋に落ちたことに衝撃を受けます。とくに、フアンが取り乱してしまいました。でも、三兄弟は苦悩した結果、最終的に妹に心を開きます。
「妹よ、おまえももう恋をする年頃になったんだなぁ。雷に怯えて泣いてたおまえにいつも子守唄を聴かせてたのを覚えてるか?あんなにちっちゃかったおまえが、もう大人になっちゃったんだな」
「うん、覚えてるよ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんたちは、ただおまえに幸せになってほしいだけなんだ」
それで最終的に三兄弟は妹の恋を認める方向に傾きます。両親を早くから亡くして苦労して来た三兄弟にとって支えは、やはり妹だったのです。
そして、ベルナルドは邸宅に帰宅する最中に、義理の息子のフェルナンドと口論になったときにもみ合いとなり、落馬して死んでしまいます。しかし、その事実は伏せて、車にひかれて死んだことにしました。それで、フェルナンドがエリソンド家の当主となります。しかし、今のドラマの段階では、まだ未亡人となったガブリエラがピンチヒッターとして暫定当主となっていますが、いずれフェルナンドに家督権を譲ることでしょう。
そしてエリソンド邸宅でのベルナルドの葬式に、リビアが泣き崩れて乱入してきます。喪主のガブリエラは、リビアに、
「どこの馬の骨だ!」
と追い出そうとします。しかし、リビアは、
「あたしはベルナルドの子を宿してるの!」
と訴えると、葬式会場全体に衝撃が走りました。エリソンド三姉妹も驚愕します。なにせリビアはベルナルドの子供である三姉妹よりも年下、なのに、彼女は父ベルナルドの子を妊娠してる、自分より年下の女性の子供が自分の腹違いの弟か妹を生むということになってしまう。しかし、
「デタラメを言うな!出て行け!」
と、彼女は精神異常者として、葬式から追い出されます。そして、フェルナンドは、
「もし、彼女の言ったことが本当なら、彼女の私生児にも財産権が発生するかもしれないから、始末してしまおう」
と考え、密かに彼女を殺害してしまいました。そして、警察に水死体として発見され、レイェス三兄弟に、その知らせが届きました。彼らは唯一の妹を失ってしまったのです。それで、彼らは悲嘆に暮れ、ベルナルドに復讐することを誓います。しかし、ベルナルドが死んだことを知り、今度はベルナルドの家族全員に復讐しようと妹の墓の前で誓います。そう、レイェス家のエリソンド家に対する復讐です。それで、大工として、エリソンド家の屋敷の増築計画に参加し、潜伏します。それで、機会をうかがって復讐するというものです。しかし、いざエリソンド家の大邸宅に乗り込むと、そこの三姉妹は、絶世の美女たちだったのです。それから、彼らの復讐計画が狂い始めました。
それこそが、このノベラの醍醐味なのです。でも、私が三姉妹で一番好きなのは、メガネっ子のサリタかなぁ?なにしろあだ名が「monjita(子尼ちゃん)」ですからね〜。まるでメガネっ子が現実の世界に現れたような。これも萌え?いや、でも現実の人間には「萌え」とはならないか?二次元キャラだけですからね、とくにアニメの。
いや〜、でもパン屋さん、カッコいいですね。子供の頃、アンパンマンでパン屋に憧れたこともあったけど、最近では、『焼きたて!!ジャぱん』でも憧れたけど、このテレノベラでも、憧れますね。大工さんは、ちょっと私には向いてないなぁ、私は痩せ型だし、ナザレのイエスも大工さんだったから、そうとう体はガッチリしてたんでしょうけど…。パン屋さんか。パン屋になろうかなぁ?
ああ、メキシコのテレノベラの『Fuego En La Sangre(フエゴ・エン・ラ・サングレ)』を見て、傷つきました。パン屋さんの三兄弟の一人が、クラブの人気歌手(ニネル・コンデ)のいる楽屋に会いにいきますが、
「por favor, muchachito. mírate, mírate y mírame. Soy mucha mujer para ti. A ver¿qué me puedes ofrecer? ¡Eh¡ A mi me gustan los lujos, la buena vida. Jamás podrías dármelas trabajando de albañil y de panadero. El día que tengas mucho dinero, búscame, y a lo mejor, y te hago caso. ¡Ahora lárgate y déjame en paz!
(ちょっとー、坊や、あたしを見なよ、で、自分をよく見てみなよ。あたしはあなたにとっては手の届かない女性なのよ。じゃ、なにをオファーしてくれるっていうの?え!あたしは贅沢、いい暮らしが好き。あなたのような大工でパン職人じゃそんなのは絶対に無理ね。ある日、お金持ちになったら、会いにくればいいじゃない、そうすればたぶん考えるわ。さあ、さっさと出ておゆき!)」
と撥ね除けられしまいました。つまり、
「成功するまで(勝ち組になるまで)、あたしを欲しては駄目よ」
と言ってるのです。ああ、メキシコでも、こんな言説がまかり通ってしまったとは…。やはりNAFTAへの加盟は、メキシコ女性を冷酷にしてしまったんです。ああ、こんなことを自分が言われたら、まるでピニャータになって袋叩きに遭うような心境ですね。自尊心が木っ端微塵に破壊され、窓から飛び降りてしまうでしょう。第三者として番組を見ていた私でさえ、グサッと心臓に刺さりましたから。
「欲しがりません、勝つまでは!」
という大東亜戦争のスローガンがありましたが、それこそメキシコの言説なのです。それはネオリベラル社会の言説そのままなんです。ネオリベラル式にそれを解釈すると、
「女性との皮膚感覚を欲しがりません、ネオリベラル競争社会で勝つまでは!」
となります。ああ、素晴らしきラテン文化のメキシコ、しかし、アメリカとカナダのアングロサクソン型資本主義、そしてネオリベラルシステムのNAFTAになってしまったことで、こんなことになってしまったんでしょうね。
そう、負け組にとって贅沢は敵、というか金がないから贅沢はできないのです。だから、
「欲しがっても手に入りません、勝つまでは!」
がもっと正確な表現なのです。でも、為政者はそうやって財政赤字を解消しようとします。アメリカでも、貧困ラインなのに社会福祉を拒絶する人がいるくらいですからね。福祉を受けることは、恥だと思ってるのです。
「欲しがりません、勝つまでは!」
の大和魂を持っているんでしょう。まっ、ネオリベラル・スピリットでしょうけどね、でも、それは、本当は、
「生活していけません、勝つまでは!」
ですから、福祉は当然の権利なはずです。福祉は、どう考えても贅沢のうちには入らないでしょう。しかし、戦国時代の下克上のような競争原理のネオリベラル社会では、そうなってしまうのです。贅沢とまではいかなくとも、福祉は怠けとなってしまうのです。
「怠けません、勝つまでは!」
なのです。とくに女との恋愛、スキンシップの謳歌、エッチは贅沢なのです。というか、貨幣経済になってから、そうなってしまったのです。つまり勝者、勝ち組の特権なのです。勝ち組が愛の快楽を独占しているのです。勝ち組が贅沢をしても、だれも「怠けてる」とは言いませんからね。「怠けてる」と批判されるのは、いつも負け組なのです。それが、ネオリベラル消費社会なのです。だから負け組、とくにキモヲタは恋愛することを許されないのです。それで、皮膚感覚が欠如してしまい、萌え系アニメに亡命してしまうんです。で、最終的には、本当に海外に亡命してしまうんです、実際に私がそうであったように。
しかし、その言説を否定するのがキモヲタなのです。つまり、ネオリベラル言説の否定なのです。だって、その根本が間違っている。昔の日本の農村では、だれも贅沢できませんでしたから、異性とのスキンシップは贅沢なわけがありませんでした。スキンシップに媒体は必要なかったんです。だから、村社会はいたって共産的なフリーセックスで、夜這いも盛んに行われていたのです。そう、ポットラッチ(蕩尽)によるエロティシズムだったんです。

セックスが経済力によって左右されるというのは、おかしいですよ。セックス自体がコミュニケーションだったのに、その間に財力という媒体が入ってしまってるんですから。それだと、セックスをお金で交換するので、援助交際、売買春と基本的に変わらないのです。直接的なスキンシップを取れなくなったんです。お金によって、男女は遮断されたんです。それこそ異性からの疎外なのです。で、財力が少ないものは、そのメディア(媒体)も小さいわけですから、財力のサイズはあそこのサイズと絡んで、ペニス神話さえ強化してしまいます。で、男が女を買う側ですから、男のサイズがものをいうんです。それも男尊女卑構造を強化しているのです。だから、拝金主義となり、つまりお金のフェティッシュとペニスのフェチが結びついて、物質的フェティシズムが横行してしまったんです。

で、最近は、女性も社会進出してますから、女の方も買ってもらおうと思って、自分に投資して、ブーブ・ジョブ(豊胸手術)するのです。石のように固い胸は、外見上は良いですが、柔らかくないし、セックスのときは形が崩れないので、気持ち悪いです。私が話した男は、すべて豊胸手術は必要ないとしてました。しかし、女の子は、経済力がつくとやるみたいですね。ブーブ神話なのです。キャリアウーマンが増えて、ペニス神話と同じく、ブーブ神話が出て来たのです。そう、女も経済力となったんです。つまり、女の経済力のサイズはブーブのサイズとなるのです。それは、もうセックスではなくて、ペニスをブーブで挟むホットドック・サンドウィッチですよ。それこそが、勝ち組の男女の至高の合体形態なんです。チンコの受け皿がマンコでもオーラルでもなく、ブーブズになってしまったんです。Mammal Sexママル・セックスとでもいいましょうか?男女ともフェチになってしまったんです。だから、アメリカのポルノは、勝ち組の男女のセックスを描写してるんです。ブルボン朝のフランスの貴族は男女とも髪の毛を暴発させたような巨大なサイズのカツラをかぶってましたが、今では、それはペニスとブーブズに移行したのでしょうね。

そして、その疎外化のもっとも悲惨な犠牲者は、キモヲタなのです。虹コンなのです。それは、20代男性の4分の1が恋愛経験無しという過酷な事実によっても明らかなのです。女性は経済力はなくても、恋愛ができなくなるということはないようです。それは、アメリカでも変わりません。清教徒倫理とネオリベラル資本主義が結びつき、皮膚感覚が欠落しているのです。なにせ、フリーハッグをやっても、警官に逮捕されてしまうのですから、フリーセックスはなおさらでしょう。
財力が関係なく、異性とのスキンシップが謳歌されているのはどこか?それは、まさに南米なのです。ラテン文化です。メキシコがグローバリゼーションとネオリベラリゼーションによって失ってしまったもの。それは、南米にあるんです。あそこは、本当にフリーハッグの世界です。だから、アメリカ人があそこでフリーハッグ運動を起こすことはありません。もうすでにそういう風習なんですから。そう、お金というものをスキンシップから取り払わなければならないのです。そうすることにより、スキンシップが回復し、キモヲタは救済されるのです。それこそ、キモヲタのサルベーションなのです。で、格言はこういうふうになります。
「欲しがります、いつまでも!」
「por favor, muchachito. mírate, mírate y mírame. Soy mucha mujer para ti. A ver¿qué me puedes ofrecer? ¡Eh¡ A mi me gustan los lujos, la buena vida. Jamás podrías dármelas trabajando de albañil y de panadero. El día que tengas mucho dinero, búscame, y a lo mejor, y te hago caso. ¡Ahora lárgate y déjame en paz!
(ちょっとー、坊や、あたしを見なよ、で、自分をよく見てみなよ。あたしはあなたにとっては手の届かない女性なのよ。じゃ、なにをオファーしてくれるっていうの?え!あたしは贅沢、いい暮らしが好き。あなたのような大工でパン職人じゃそんなのは絶対に無理ね。ある日、お金持ちになったら、会いにくればいいじゃない、そうすればたぶん考えるわ。さあ、さっさと出ておゆき!)」
と撥ね除けられしまいました。つまり、
「成功するまで(勝ち組になるまで)、あたしを欲しては駄目よ」
と言ってるのです。ああ、メキシコでも、こんな言説がまかり通ってしまったとは…。やはりNAFTAへの加盟は、メキシコ女性を冷酷にしてしまったんです。ああ、こんなことを自分が言われたら、まるでピニャータになって袋叩きに遭うような心境ですね。自尊心が木っ端微塵に破壊され、窓から飛び降りてしまうでしょう。第三者として番組を見ていた私でさえ、グサッと心臓に刺さりましたから。
「欲しがりません、勝つまでは!」
という大東亜戦争のスローガンがありましたが、それこそメキシコの言説なのです。それはネオリベラル社会の言説そのままなんです。ネオリベラル式にそれを解釈すると、
「女性との皮膚感覚を欲しがりません、ネオリベラル競争社会で勝つまでは!」
となります。ああ、素晴らしきラテン文化のメキシコ、しかし、アメリカとカナダのアングロサクソン型資本主義、そしてネオリベラルシステムのNAFTAになってしまったことで、こんなことになってしまったんでしょうね。
そう、負け組にとって贅沢は敵、というか金がないから贅沢はできないのです。だから、
「欲しがっても手に入りません、勝つまでは!」
がもっと正確な表現なのです。でも、為政者はそうやって財政赤字を解消しようとします。アメリカでも、貧困ラインなのに社会福祉を拒絶する人がいるくらいですからね。福祉を受けることは、恥だと思ってるのです。
「欲しがりません、勝つまでは!」
の大和魂を持っているんでしょう。まっ、ネオリベラル・スピリットでしょうけどね、でも、それは、本当は、
「生活していけません、勝つまでは!」
ですから、福祉は当然の権利なはずです。福祉は、どう考えても贅沢のうちには入らないでしょう。しかし、戦国時代の下克上のような競争原理のネオリベラル社会では、そうなってしまうのです。贅沢とまではいかなくとも、福祉は怠けとなってしまうのです。
「怠けません、勝つまでは!」
なのです。とくに女との恋愛、スキンシップの謳歌、エッチは贅沢なのです。というか、貨幣経済になってから、そうなってしまったのです。つまり勝者、勝ち組の特権なのです。勝ち組が愛の快楽を独占しているのです。勝ち組が贅沢をしても、だれも「怠けてる」とは言いませんからね。「怠けてる」と批判されるのは、いつも負け組なのです。それが、ネオリベラル消費社会なのです。だから負け組、とくにキモヲタは恋愛することを許されないのです。それで、皮膚感覚が欠如してしまい、萌え系アニメに亡命してしまうんです。で、最終的には、本当に海外に亡命してしまうんです、実際に私がそうであったように。
しかし、その言説を否定するのがキモヲタなのです。つまり、ネオリベラル言説の否定なのです。だって、その根本が間違っている。昔の日本の農村では、だれも贅沢できませんでしたから、異性とのスキンシップは贅沢なわけがありませんでした。スキンシップに媒体は必要なかったんです。だから、村社会はいたって共産的なフリーセックスで、夜這いも盛んに行われていたのです。そう、ポットラッチ(蕩尽)によるエロティシズムだったんです。

セックスが経済力によって左右されるというのは、おかしいですよ。セックス自体がコミュニケーションだったのに、その間に財力という媒体が入ってしまってるんですから。それだと、セックスをお金で交換するので、援助交際、売買春と基本的に変わらないのです。直接的なスキンシップを取れなくなったんです。お金によって、男女は遮断されたんです。それこそ異性からの疎外なのです。で、財力が少ないものは、そのメディア(媒体)も小さいわけですから、財力のサイズはあそこのサイズと絡んで、ペニス神話さえ強化してしまいます。で、男が女を買う側ですから、男のサイズがものをいうんです。それも男尊女卑構造を強化しているのです。だから、拝金主義となり、つまりお金のフェティッシュとペニスのフェチが結びついて、物質的フェティシズムが横行してしまったんです。

で、最近は、女性も社会進出してますから、女の方も買ってもらおうと思って、自分に投資して、ブーブ・ジョブ(豊胸手術)するのです。石のように固い胸は、外見上は良いですが、柔らかくないし、セックスのときは形が崩れないので、気持ち悪いです。私が話した男は、すべて豊胸手術は必要ないとしてました。しかし、女の子は、経済力がつくとやるみたいですね。ブーブ神話なのです。キャリアウーマンが増えて、ペニス神話と同じく、ブーブ神話が出て来たのです。そう、女も経済力となったんです。つまり、女の経済力のサイズはブーブのサイズとなるのです。それは、もうセックスではなくて、ペニスをブーブで挟むホットドック・サンドウィッチですよ。それこそが、勝ち組の男女の至高の合体形態なんです。チンコの受け皿がマンコでもオーラルでもなく、ブーブズになってしまったんです。Mammal Sexママル・セックスとでもいいましょうか?男女ともフェチになってしまったんです。だから、アメリカのポルノは、勝ち組の男女のセックスを描写してるんです。ブルボン朝のフランスの貴族は男女とも髪の毛を暴発させたような巨大なサイズのカツラをかぶってましたが、今では、それはペニスとブーブズに移行したのでしょうね。

そして、その疎外化のもっとも悲惨な犠牲者は、キモヲタなのです。虹コンなのです。それは、20代男性の4分の1が恋愛経験無しという過酷な事実によっても明らかなのです。女性は経済力はなくても、恋愛ができなくなるということはないようです。それは、アメリカでも変わりません。清教徒倫理とネオリベラル資本主義が結びつき、皮膚感覚が欠落しているのです。なにせ、フリーハッグをやっても、警官に逮捕されてしまうのですから、フリーセックスはなおさらでしょう。
財力が関係なく、異性とのスキンシップが謳歌されているのはどこか?それは、まさに南米なのです。ラテン文化です。メキシコがグローバリゼーションとネオリベラリゼーションによって失ってしまったもの。それは、南米にあるんです。あそこは、本当にフリーハッグの世界です。だから、アメリカ人があそこでフリーハッグ運動を起こすことはありません。もうすでにそういう風習なんですから。そう、お金というものをスキンシップから取り払わなければならないのです。そうすることにより、スキンシップが回復し、キモヲタは救済されるのです。それこそ、キモヲタのサルベーションなのです。で、格言はこういうふうになります。
「欲しがります、いつまでも!」
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