NAFTAでのキモヲタのソナタ
ペルーは、ロマンスでは、アメリカや日本よりも暖かいところですね。それに家と家との繋がりがとても強い。大家族ですね。それも、カトリック文化だからでしょうか?親戚が、もう、女の子とか紹介してくれますからね。しかも、人種差別というものがそんなにない。少なくともロマンチックな関係ではないようです。私は異邦人ですし、しかも異人種でしたから、まさかそんな人に恋の対象になる資格があるわけないだろうと思っていましたが、それでも女性を承継しようとした、また女性も積極的に話してきたというのに、とても驚きました。日本では、またアメリカでは、外国人に対して尊敬はしますが、恋の対象になるというのは、あまりないですからね。とくにアメリカは人種社会ですから、異人種間の恋というのは、いまだに拒絶反応をする人がいますからね。やはり、結婚制度に人種政策を取ってきたからでしょうね、1967年まで。また、白人が恋する人間は白人以内ということを、設定してましたから、ほんとヒットラーの政策をそのまま継承していたかのようです。KKKの思想は、いまだに生きているのです。

でも、ペルーでは、そんなのはなかったですね。差別用語の「チノ」でさえも、フジモリは自分の選挙ポスターに使っているのですから、その寛容さには驚きます。で、みんなコケット(いちゃつき)の対象になる。そう、セクシュアリティーの謳歌なんですよ!

いいですね。恋をするんだったら、セクシュアリティーを謳歌するんだったら、ラテン文化ですよね。歌おう、食べよう、踊ろう、恋をしよう。それに、彼女らはとても若く大人になります。まあ、ラテンは早熟なので、十代前半で、大人の体となるのです。だから、男はもう耐えられません。しかし、ラテンはスキンシップの文化です。女の子も男の子も魅力的だと思う人に触れることも出来ますし、抱きつくことも出来ます。そう、体全体で女の子を感じることが出来るのです。それに、頬にキスをしてきます。あの官能的な柔らかい唇をくっつけてくるのですよ!そしてダンスも踊ってくれる。

日本は駄目ですね。思春期は完全に男と女は分けられてしまいますから。そしてスキンシップがまったく欠落している。あれは、セクシュアリティーにとってかなりマイナスです。庶民に「結婚するまで貞潔」というふざけた欧米のクリスチャンの倫理が輸入されてしまったのです。それで、セクシュアリティーは結婚の支配下に入り、庶民はセクシュアリティーには消極的となってしまいました。そして、戦後、セックス革命が起きましたが、それは、「好きな人とだったらセックスしていい」という、セックスが恋愛のもとに従属したのです。つまり、セックスは愛がなければ駄目というイデオロギーが新しいキリスト教価値観となったのです。しかし恋愛は、排他的なものですから、それにこの男権システムでは、一人の男に若い女が集るという構造ですから、それで、キモオタとか出てきてしまいますから。だって、20代の男女の童貞率は、男は25%、女は5%ぐらい、つまり一人の男が複数の女とやっているのです。モテモテの女性に男が集るということはありませんね。そういう男はストーカーとして権力に排除されてしまいますから、集ることが出来ないんです。だから、セクシュアリティーが謳歌できないキモオタが出てくる。だって恋愛しないとセックスできないんですから。明治維新の教育勅語の最悪な結果です。日本とも、セクシュアルな面において、スキンシップを取っていた文化はなかったのですから。しかも童貞率25%だなんて、ラテンでは考えられません。セックスを恋愛から解放しなければなりません。そのためには、女性の積極性をもっと奨励しなければなりません。女性性が男性を導くのですから。

アメリカも女性は積極的ではありませんね。また成功してない負け犬の男はだれも相手にしません。そうなると辛い。チョ・スンヒのような悲劇が生まれてしまうのです。しかし、ペルーでは、40%以上が貧困、まあ、みんな貧しいというのもあるんでしょうが、それで別に金やステータスで相手を選ぶということにはならないようですね。ある意味、平等で共産主義的というか。そうセクシュアリティー共産主義ですね。だから、私は、共産主義は政治経済ではなくてセクシュアリティーに応用すればいいと思っているのです。政治経済理論ではなくて、恋愛理論として。やっぱりあまりにも階級を重視する社会だとセクシュアリティーも硬直化してしまうのです。とくにアメリカは成功というプレッシャーを皆負っているのですからね。

でも、大家族ということは、家父長制度が残っているということですから、それは、またカトリックのヤハウェー的な面で、個人主義に反するものです。それが、デメリット、そしてセクシュアリティーが個人化しないという面もあります。私は個人を主体とするので、セクシュアリティーも個人主義に基づくものですね。私のことは私が決定する。そしてセクシュアリティーは、異性と私の合意によって、たった二人の合意によって成り立つものですから、家族や友人は合意の要素になってはいけないのです。とくに避妊具の普及、そして人工中絶も禁止されている、その社会では、やはり真にセクシュアリティーは謳歌できません。

しかし、ラテンの女性の積極性というのは、驚くべきものです。それは、驚愕、驚嘆でした。あんな女性の積極性というのは、今まで経験したことがなかった。私は、その女性の積極性をアメリカと日本に求めたいと思うのです。

それがペルーで見た奇跡でしたよ。キモオタの私でさえ、女性に声をかけられたのですから!まさに人生の大地震でした。

【2008/03/31 23:37】 | 旅行
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マチュピチュからクスコへ帰る電車のなかで、コロンビアの家族と会話しました。ヨーロッパ系でしたね。3兄弟で、ブロンドの女の子の小学校6年生、もう一人はテンパの男の子の中学1年生、そしてもう一人は赤毛の女の子の中学2年生。イサベラ、フレディ、ラウラの三兄弟、そして母親の4人で旅していたそうです。彼女らは、私がアメリカ出身だと知ると、英語で話しかけてきましたよ。英語をとても練習したんだそうです。しかも、ラテンアメリカ圏で英語をしゃべれるというと、かなり教養が高いということですから、その子たちの行っている学校も、私立でアメリカに提携校があるといっていました。
「ああ、道理で。」
彼女の家族は裕福だと思いました。マチュピチュに来るぐらいですから。というか、マチュピチュに来ている人たちは、みんなそれぞれ成功している人たちだと思いました。みんな教養が高そうで、しかも、ラテンの人でも英語を流暢に話してましたし。私は、アメリカでは17%が貧困ですが、その17%に含まれてますからね、そして健康保険さえもない負け犬です。しかし、アメリカでは社会の最下層でありながらも、マチュピチュには来れてしまうんですから、なんかとても不思議な気分でした。で、ペルーのほとんどの人はマチュピチュに行ったことがないというのですから、日本人が修学旅行でかならず京都奈良に行っている感覚とは違うんだなぁと思いました。

でも、一番話していたのはラウラとイサベラでしたね。やっはり女の子はおしゃべりです。彼女らは、私に年をきいてきました。
「失礼な子供だ」
と思いましたが、
「16歳です」
と答えました。すると、
「えー、そんなわけないよ。もっとふけてるはずだよ」
と言います。
「なんと失礼な」
と思いましたが、
「21ぐらいでしょう?」
と言ったので、
「ああ、そうだね、でも16歳だよ」
と言いました。なにしろ、彼女らとはザイトガイストを共有しているということを、強調したかったですから。そうやって、彼女らと親密になろうかなぁ、なんて考えてました。女の子大好きですからね、将来もし子供ができたら、絶対に娘です。息子だったら孤児院に預けます、それか養子に出します、匿名で。男嫌いの私に息子など絶対に駄目です。まあ、でも、私は人口爆発解消のために子孫は残さないつもりですから。

しかし、その子たちは、年齢の話をしたあと、いきなりコロンビアの政治を語り始めて、驚きましたよ。小中学生で、そんなことを話すなんて。でも、テロリズムはコロンビア人にとっては間近ですからね、左翼ゲリラのFARCは、ボゴタで爆弾攻撃をしかけてきますから。そして、ウリベ大統領はブッシュの支援を受けていますから、彼女らはブッシュを支持してました。また、ヴェネズエラのチャベス大統領を彼女らは敵視してました。
「チャベズはFARCに支援してるんだよ。その証拠が最近見つかったんだよ。だから、ブッシュが早くチャベスをやっつけてくれればいいのに、そうサダムみたいに」
と怒りをあらわにしていってました。

また、FARCは、元大統領候補のベタンクールを誘拐して、人質にしていることも言っていました。ベタンクールは、すごい女性政治家で、コロンビアの汚職を性病に譬えて、自分を「コンドーム」と呼んでいた過激な人でしたね。
「今の政治に必要なのはコンドームだ!」
と言って、選挙運動でも、街頭でコンドームを配っていましたから。コンドームに一票。あれはすごい選挙戦術でした。しかし、そんな斬新なベタンクールも、テロリストに誘拐されてしまいました。

そしてイサベラとラウラらは、アメリカ人である私にFARCがどんなに残忍であるかを訴えていました。
「テロリズムを撲滅し、そのようなテロリストと結びついているチェベスを排除して欲しい」
と言っていました。
「チェベスはコロンビアが食料援助をストップしたことを批判してるんだよ、だけどFARCに支援しておいて、それを批判するのは見違ってるよ。チャベスを批判するデモがボゴタであったけど、そのチャベスの写真に、頭にタオルが巻かれてあったからね、ビンラデンみたいに」
なるほど、チェベスは、コロンビアではアルカイダと同一視されているんですね。しかも悪の枢軸にイラクがなくなったから、イラクの代わりとしてヴェネズエラを入れて、ヴェネズエラ、北朝鮮、イランの三国が新たな悪の枢軸国になればいいと言っていましたからね。いやぁ、ところ変わればブッシュの評価も変わるのですね。ブッシュの「War on Drugs(麻薬に対する戦争)」も、彼女らは高く評価してました。というか、アメリカに大変感謝していると言っていましたね。まあ、でもアメリカの大統領がだれであろうとコロンビアのテロ撲滅を支援する人はみんな支持するのでしょうね。まあ、私はコカの葉を撲滅しようとするのは反対ですが。それに、大麻は非犯罪化されなければなりません。それに、世界一の麻薬の消費国はアメリカなのですから、内需を抑えることが先ではないでしょうか?

でも、やっぱりコロンビアでの一番の関心事はテロリズムなんだなぁと思いました。ね、あんなかわいい幼い子でさえ政治を語ってしまうほど治安が安定してないということですからね、日本のように政治にまったく感心がなくても大丈夫なところのほうが、かえってめずらしいのかもしれない。首都のボゴタでいつも爆弾テロが起こっているのですから、東京でテロが起きたのって、サリン事件ぐらいじゃないですか?それも今では、ただの伝説ですからね、オウムの麻原は、結局チャールズ・マンソンにはなれませんでしたね。ほとんど危機意識というのは、日本人にはないのではないのでしょうか?

でも、あの事件を境に、すごいアニメが出てきましたから。エヴァンゲリオン、エスカフローネ、ナデシコ、ウテナ。「透明な自分」の殺人事件の犯人も、エヴァンゲリオン系の主人公の年齢と同じでしたし、そういうバブルがはじけて敗者となったキモオタが浮上してきた時代でもありましたね。社会的弱者にやっとアニメというメディアで光が当たってきたとうことですよ!

いやぁ、でもかわいいなぁ、ああやって話してくるんだもんなぁ。英語を練習したいから話しかけてくる、それに、かなり英語のレベルも高い。いいですね。ラテンはおしゃべりなんですね。やっぱ女の子は積極的です。だからこそ素晴らしい!アメリカでは考えられないですよね。日本でも電車乗ってて、女の子に話しかけられたのは、一度もなかったですから。キモオタでしたからね。ラテンの女の子は美しい上に、人間味もあるんです!個人主義社会の女の子は、もっとラテンチックにならないと!

【2008/03/31 01:02】 | 旅行
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クスコでお土産を買おうと思ったのですが、なんと、持参したドル札を受け取れないというのです。まさか、偽造のドル札なのかと思ったら、
「傷がついているから駄目だ」
というのです。しかも、傷といえば、たった1ミリ単位のもの。ちょっと破れているだけなのです。それなのに、
「これではペルーの銀行は両替してくれない、だからもっときれいなドル札はないのか?」
と言われました。しかし、私のドル札は、どれも傷が入っていました。というか、こういうのがアメリカでは流通しているのです。
「そんな馬鹿な!!!」
と頭を抱えましたよ。アメリカでは当たり前に流通しているのに、どうしてペルーでは駄目なのか?ドル札にどうしてそこまで潔癖を求めるのか、理解できませんでした。

ペルーのトイレやシャワーはほんと最悪でした。衛生状態が悪過ぎる、あれでよくインスペクターに罰金を科せられないと思います。本当、グローバルスタンダードから取り残されています。そこを潔癖にするべきなのに、札束という変なところでやけにきれい好きという、まったく道理にかなっていません。で、私は両替所にも行って、ドルをソレスに交換しようとしたんですが、やはり汚いドルは拒否されました。
「Give me a break!!!(ふざけるんじゃねー!)」
と怒りが爆発してしまいました。というか、アメリカ人が普通に持ち歩いているドル札が、ペルーでは通じないのです。おかしいですよ、ほんと、きれいなところはきれいにしないで、札束だけは「きれいじゃないから駄目」って、なんなんでしょうね。

ぺルー人はドル札には潔癖性です。彼らの潔癖性のおかげでお土産を買うことが出来ませんでしたよ。ドル札、すべて拒否されましたからね。でも、クスコはリマと違って、いたるところにATMがありました。そこでソレスを引き下ろすこともできたんですが、まあ、それでは予算をオーバーしてしまいますから。アメリカのドル札は、世界の通貨、その通貨を拒絶する根性がまったく理解できない、しかも汚いというだけで。それは、アメリカに対する挑戦としかいいようがなかったです。だから、彼らがそれを受け取れないのなら、買う必要はないですからね。アメリカを侮辱しているんですから。アメリカで通用する札を否定するとは、グローバルスタンダードではないですからね。キューバでさえ、どんなに汚いドル札でも、流通させているのですから。キューバ人を見習うべきです。

そう、ペルーでは空港でも出国するときに30ドル税金を払わなければならないのです。それを払わないと出国できないのです。だから、私はスペイン語で航空のスタッフに怒鳴り散らしましたよ。
「おまえの政府はなんというバカなことをやってるんだ!」
しかも、私のドル札は汚いから、また拒否されました。「legal tender」って書いてあるじゃないか!しかし、それはアメリカ国内だけなのか?そして、いちいち空港のATMで、きれいなドルを引き出して、それでようやく払いましたからね。ほんとうに怒り狂いましたよ。出国するのに30ドルの税金って聞いたことがない。そんなふざけた政策、よくペルー政府は取っているものだ。アラン・ガルシアはそんなふざけたことをずっとやっていると、いずれサダム・フセインと同じ運命を辿ることになるだろう。聞くところによれば、ガルシアはチャベスと一緒になってアメリカに対して中指を立てていると言うではないか。30ドルの税金って、旅行客をなんだと思っているんだ。これは、もう、連邦議員に手紙を書いて、ペルー政府に空港での税金を廃止するよう圧力をかけてもらうしかないだろう。あれは30ドルもドブに捨てるようなものだ。ペルーに旅行に来て30ドルの罰金とはどういうことだろうか?旅行に罰金が科せられるとは、なんと不条理な。とにかく、あの税金は間違いだ。正義は世界に普及しなければならないのだから。

セロテープが貼ってあったドル札は拒否されました。破れたところをテープでとめてあったんですが、ペルーのレジの人は、拒否しました。しかし、私がアメリカに帰ってきて、さっそくそのドル札を使いましたよ。そしてら、レジのおばさんは、何事もなかったかのように会計してましたから。これが、グローバルスタンダード、そして、レストランの便所に行ったら、ちゃんと便座があるし、トイレットペーパーもあるし、水も流れますし、石けんもきちんと置いてあるし、とてもきれいでした。

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【2008/03/31 00:46】 | 旅行
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さあ、今回は写真ばかりです。私の20世紀のカメラで撮ったマチュピチュ写真集ですよ。最新のデジカメを買いたかったんですがね、間に合いませんでした。だから、クオリティーは悪いです。

さて、マチュピチュは、ハイラム・ビンガムというイェール大学の学者が1911年に発見して、それからマチュピチュは観光名所となり、クスコからマチュピチュに線路が敷かれて、ほとんどの観光客はヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカ、先進国からだそうです。で、マチュピチュの遺産はイェール大学が勝手に持って帰ったので、アラン・ガルシア政権がイェール大学と交渉し、去年やっと交渉が成立して、遺産をペルーに返還することが決まりました。アメリカの帝国主義的な略奪も、やっとこれで清算されたわけです。

マチュピチュはぺルー人の誇りで、ペルー初の原住民で大統領となったアレハンドロ・トレドは、就任式をマチュピチュで行い、コカの葉をささげました。やはり、アメリカだけが、コカの葉に過剰反応していると言ってもいいでしょうね。

ペルーの国民の誇り、マチュピチュへ向けてバスが出発します。その間の畑の景色です。やはり高山だけあって、そのまま雲が畑を覆っています。
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今日はクスコとマチュピチュは雨でした。とても残念です。はたしてマチュピチュがちゃんと見えるか心配でした。
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クスコからオヤンタイタンボ駅までバスで2時間、そしてオヤンタイタンボ駅から、アグア・カリエンテ駅まで電車で2時間、そしてそこからさらにバスで迷路のような山道を30分、やっとマチュピチュに着きました。山道はほんとに危なくて、ちょっと運転手がミスったら搭乗客全員死んでいたでしょうね。断崖絶壁から落ちるわけですから、助かり様がありません。

さあ、これが待ちに待ったマチュピチュです。雨でしたが、見えてよかったです。
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これは、マチュピチュの横を流れる川、ウラバンバ川です。
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下に電車が見えます。あそこからここまで30分バスでかかったのです。
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観光客はやはり白人だらけ、そして雨もきつかったのでカッパを着ています。
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畑の断層です。
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ここにトウモロコシとかを植えていたのでしょう。アメリカのトウモロコシは黄色くて小さいですが、ペルーのトウモロコシはスペイン語で「Maiz」といって、一つ一つの粒がデカイのです。それを湯出てお米のようにして食べます。Maizの語源は、カリブ海のタイノ族のmahizという言葉です。また、「タバコ」「ポテト」「ハンモック」「ハリケーン」なども、もとはタイノ族の言葉なのです。現在の主なタイノ族の子孫はイスパニョーラ島のハイチ人とドミニカ共和国の人々でしょうね。

これが、太陽の神殿です。冬至にちょうとお日様が窓から直接光を刺してくるといいます。天文学的知識も建築に取り入れられていたということですね。
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そして、天国への階段です。レッドツェップリンの曲を思い出してしまいますが、ケチュアの神話によれば、三段階は、三世界を表しています。下層は蛇が支配し、中層の人間界は、プーマが支配し、上層の天界はコンドルが支配しているのです。それは、人間の魂の段階をも示しているそうです。
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ニーチェの三段階でいうと、最初は、ラクダ、次にライオン、そして最終的に子供ですね。つまり、コンドルは子供のような自由精神だということです。それは、子供が空を飛ぶ、翼人、アンパンマン、アニメがよく子供をテーマにするのもコンドルの精神だからではないでしょうか?
「わたしは子供になりたい」
「わたしは16歳になりたい」
コンドルは飛んでゆく
気球にのってどこまでも
サン=デグジュペリの『星の王子様』も、飛行機で遭難したときに、出会ったのが子供でしたからね。ナザレのイエスも
「子供のようにならなければ天国に入ることは出来ない」
としていますしね。また、キューブリック監督の不朽の名作『2001年宇宙の旅』も、最後は子供となりましたから。

岩です。まだ作りかけなんでしょうね。
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観光客集団です。ほんと、グリンゴスですねぇ。私が見た限りでは、ぺルー人はガイドだけでしたね。
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畑の断層です。
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セントラル・プラザです。
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これが噂の聖なる石です。
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これには、不思議なことに電磁石の力で赤外線が出ていて、暖かいというのです。観光客はみんな手をかざしてそのエネルギーを感じてました。私も手をかざしてそのエネルギーを感じようとしましたが、冷たかったです。それにマチュピチュはとても寒いし、なにしろ今日は曇っていて雨でしたし、石は冷たかった。でも、それを話すと、
「君があまりにも霊的レベルが低いからだ」
と言われました。余計なお世話だと思いましたよ。私は無神論者なので神も魂も存在しないのは自明の理と思っています。霊など存在しません。第一、それを定義すること自体不可能なはずです。定義がないものを語るのは無理な話でしょう。暖かく感じなかったのは、たまたま場所が悪かっただけのことです。

マチュピチュに木が生えてますし、コカの葉も生えてました。
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あそこはやまびこがすごくて、音響効果がスゴいです。こちらが「やっほー」というと、すごい反響が返ってきます。たぶん、あそこは囚人が住んでいて、会話を筒抜けにする為の装置だったという説があるくらいです。でも、ほんとうのところ、マチュピチュはどうして建設され、また突然放置されたのか、だれにもわかっていないのですよ。
yamabiko.jpg


さあ、これがコンドルです。
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コンドルはペルーではもっとも神聖な鳥ですからね。天界を司りますから。修験道は瞑想でコンドルの境地に達しますが、ミュージシャンはコカの葉で、その境地に達します。日本では、カラスですね。太陽のシンボルはカラスですし、神武天皇東征もカラスがガイドしましたし、天狗もカラスと結びついてますから。また、『Air』でも翼人を入滅まで見守っていたのがカラスですからねえ。

これが、マチュピチュの水路です。
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そして、これが水路です。いまでも、ちゃんと機能してるのがスゴいです。
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そして、私は、『ef a tale of memories』で使われていた若山牧水の短歌をマチュピチュで読みました。
幾山川 こえさりゆかば さびしさの はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく
と。その精神で、辛い旅をくぐり抜け、やっとマチュピチュまで来たのですから。

いやぁ、しかしこんな酸素の薄いところでも、植物が育っているとは、とにかくスゴい。私はぜえぜえしてもう死にそうなのに。でも、雨だったので、世界不思議発見で見たほど、きれいではありませんでした。彼らは、長いことかけて取材しますし、ベストな状態なシーンを撮ってくるのですから。それに、彼らは撮影のプロですし。まあ、そうなるとテレビで見るよりもどうしても劣ってしまうのです。それは、やはり仕方がない。私もベストな状態を見たかったですが、そんな予算と時間はなかった、でも、行けただけでも嬉しかったです。ほんと、
「長年待ち望んでいたことがとうとう実現した!うわぁ感動した!」
というのではなく、子供があそこに行きたいと思ったところに行けて嬉しいといった単純な感情でした。

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【2008/03/30 01:55】 | 旅行
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さあ、とうとうやってまいりました。でも、マチュピチュは定員が限られていて、一日2000人ぐらいです。そして、観光客はすでにペルーに来る前から予約を入れているので、当日券はなかったですね。マチュピチュは入場料だけで40ドルもします。そして、クスコからマチュピチュへ行き帰りの電車も80ドルぐらいします。ぜんぶで130ドルぐらいですか?しかし、それに旅行のエイジェンシーを通すから、だいたい150ドルといったあたりですか?私は予約してなかったので、当日券をダフ屋から買ったので、マチュピチュのは、だいたい200ドルかかりました。しかし、観光客はホテルと食事と旅行ガイドとコミッションを入れると400ドルぐらいとなります。しかし、私はホテルは一番安いおんぼろの、そしてリマからクスコも飛行機ではなくてバスでしたから、しかも食事は一日一回に制限して、それでセーブしましたが、22時間のバス酔いで、体はボロボロとなってしまいました。

そして、コカ茶で回復した体で、朝7時にバスでマチュピチュ行きの電車の駅に向かいました。しかし、この日は雨で、最悪でした。しかも寒い。やっと駅に到着したら、そこはもう白人だらけでしたよ。東洋人はちょっといました、日本人もいましたね。どうやら、一人でマチュピチュに来たのは私だけで、後の人は、皆グループで旅行しているようでした。家族や集団で旅行して、まあ、そのほうが安いですからね。そして安全です。でも、私は、一人旅の方が自由に移動できて地元の人と交わることが出来ると思うので、グループで旅するのは好みません。個人主義者ですからね、私は。

で、電車の中で、頭痛が始まりました。で、私の前に座っていた美人なラテンの女の人がいました。私がアメリカ出身だということを知ると流暢な英語を話してきましたよ。彼女は、ペルーのテレビ局で番組企画のスタッフとして働いていて、まさに20代後半のキャリアウーマン的な美人な人でしたね。道理で英語ができるわけです。しかも、アクセントは素晴らしいことにアメリカンでしたよ!それに、顔もキリッとしていて、背も高いし、すらっとした体型でしたから。ほんとビジネススーツが似合いそうな人でした。やはり、職業が人間の表情と姿勢を作るのでしょうか?しかし、彼女のとなりには、男が…。彼女はアルゼンチンのボーイフレンドとマチュピチュに行くというのですね。嫉妬して頭が痛くなりました。ソロチェ(高山病)での頭痛がさらに激しさを増しました。私は、
「ああ、頭が痛い!」
と彼女に訴えました。辛いことがあると、美人には助けてもらいたいと思う癖がある私であります。
「どうして?もしかして、ソロチェ?」
しかし、
「お前が、男といちゃついているからだよ!」
と正直に答えることは出来ませんでした。だから、
「うん、そう、クスコに来てから、高山病に悩まされてね」
と答えました。すると、彼女は、なんとコカのキャンディーをくれたのです。
cocacandy.jpg

これが彼女のくれたコカの葉でできたキャンディーです。ああ、暖かい女性だったなぁ。私はいつもの悪ガキの癖で、
「え、これはコカインキャンディーなの?」
とききました。
「ちがうよ、コカの葉でできてるキャンディーなの。決してコカインじゃないんだよ。それに、これはソロチェにはよく効くんだよ」
するとボーイフレンドも、
「そう、それは、ペルー原産でソロチェにはいいんだよ」
と言っていました。
「おめえにはきいてねんだよ、バカヤロー」
と心の中で言いましたが、表では、
「ああ、そうなんだ、さすがペルー原産だけあるね」
と納得しているふりをしました。まあ、ペルー原産なんて、キャンディーの裏を見れば、「Hecho de Peru(Made in Peru)」って書いてあるから、だれでもわかるんだけど。でも、そのボーイフレンドは、ちょっとイタリア系という感じでしたね。アルゼンチンは白人が多いんですね。なんかスペイン語のアクセントもイタリア語的でしたから。コミカルに聴こえました。そして、ヒゲが濃い。ヒゲもじゃで、胸毛がボーボーでよく女の人はあの不潔な毛をセクシーと感じるものです。理解できません。ラテンは基本的にマッチョ文化ですからね。ほんと、男臭い社会は、私が最も忌み嫌うところです。アルゼンチンではせっかく女性が大統領になったというのに。はっきりいって、あの男はヒゲゴジラでしたよ。ヒゲを剃っても『とんねるず・みなさんのおかげです!』のホモダ・ホモオのように青くなってましたからね。まあ、でも二人ともその国ではかなりの高所得者、男は企業のコンサルタントというし、その他の旅行客も、ヨーロッパ系が多くて、ほんと先進国はヨーロッパなんだなぁと思いました。で、ぺルー人の観光客は彼女一人だけだったのではないでしょうか?その他にペルーの人は見かけなかったですからね。

そういえば、G8も、日本を抜かしたら、すべて白人国家ではありませんか?でも、ロシアは、G8に入る資格はないはずです、あれは先進国ではありませんから。しかし、この電車では、先進国の人間、とくにEUの人間がもっとも多かったです。そしてもちろんアメリカ人も多かったですね、アングロサクソン系の。アメリカ人で東洋系だったのは、私ぐらいでしょう。そして、みんな高いレベルの英語を話すことができます。デンマークだろうが、スペインだろうが、ドイツだろうが、アイスランドだろうが、先進国の国民は、みんな英語ができるのです。ただ、イギリスなまりというのが、気に食わないですが!大英帝国はとっくに崩壊したんだ。今の英語は、世界帝国アメリカの英語でなければいけないのに!

で、私はコカキャンディーをなめましたが、ぜんぜん効果がありませんでした。たぶん頭痛はソロチェからではなくて、嫉妬からだったのでしょう。だから、彼女のボーイフレンドが電車の窓から飛び降りてくれれば、頭痛は治ったでしょうね。でも、そうなったらまるでアガサ・クリスチーですね。コカキャンディーを食べてボーイフレンドが飛び降りたとなれば、コカキャンディーも、ブッシュの「War on Drugs(麻薬に対する戦争)」の対象となるでしょうね。それか、彼女が口移しでコカキャンディーを食べさせてくれたら、私の頭痛が治ったことでしょう。とにかく、嫉妬心が頭痛の種だったわけです。

では、次の記事でマチュピチュの写真を載せることにしましょう!

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【2008/03/29 03:10】 | 旅行
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さあ、ダンスパーティーを去って、そして早朝バスステでチケットを買いました。クスコ行きのチケットです。しかし、高い高い、35ドルします。しかもリマからクスコまで22時間もかかるのです。ティンゴマリアまでは13時間かかって、死にそうになったのに、22時間は正直言って、死ぬと思いました。だから、ためらいましたよ。22時間は丸一日潰れてしまうわけだし、まあ正確には二日間は時間をバスの中でつぶしてしまうことですし、しかもバスの中ではなにもすることもないし、退屈は大きなストレスですし、まるで気分は囚人護送車、そしてバス酔いの気持ち悪さと、吐き気と、ソロチェ(高山病)と22時間も死闘を繰り広げなければならないのです。せっかくの外の景色も気分が悪かったら台無しです。これは、駄目でしたね。クスコ行きを正直言って諦めようかと思いましたよ。でも、マチュピチュへ行きたい為にペルーに来たようなもの、ここでひるんではいけません。また、元同僚の義兄も、私に、
「行くべきだ、二度とない機会だから」
と強く肩を押してくれました。ティンゴマリアでは、ソロチェにかかってしまって、その後下痢がずっと続いていましたから、バスの中で22時間下痢を我慢することは不可能でした。よって、飛行機でクスコに行こうかとも考えました。飛行機なら約1時間で行けるとのことです。それに飛行機は清潔で快適ですし、バスのように汚くて激しく揺れてバス酔いすることもありません。バスは極端に狭いですから。ところが飛行機は100ドルするとのことです。私の旅の予算をオーバーしてしまいます。だから、私は、バスで、クスコ行きを決行したのです。こんどペルーに来る時は、もっと予算をつぎ込んで、バスは二度と使わないようにします。バスの旅は間違えでした。バスで死ぬ目に合ったと言っても過言ではありません。

さあ、私は丸薬とカプセルを持参しました。そして、バスに乗る前にそれを飲みました。で、私は強硬手段を取りました。お腹の中を空っぽにしたのです。そうすれば、出すものがなくなるからです。よって下痢も出なくなる。それでも、胃腸は激しい動きをしてましたが、みごとに下痢は出なくなりました。つまり、バスのなかで断食を結構したのです。そうすれば、バス酔いで吐き気が起きても吐くものがないので嘔吐することもありません。しかし、22時間はあまりにも辛かった。バスは途中でナスカも通ったのですが、地上絵はやはり飛行機からでないとわかりませんね。バスから見ると石ころだけでしたから。でも、ナスカに行ったことは確かですよ。

そして、アンデス山脈に入り、高度が高くなるにつれて、ソロチェの症状が出てきました。まずは頭痛、そして目眩、バランス感覚がなくなってふらふらしてきます。なにしろ脳に酸素が足りなくなってくるわけですから。つまり酸欠状態です。これは、まさに拷問でしたね。あああああ、死にたくない。腹痛は激しくなる一方だし、吐き気も増してくるし、意識も朦朧としてきますし、もう生への欲望だけでなんとかふんばっていましたから。でも、バスの乗客も途中から外国人が多くなりました。やはり観光客が多くなってきたのは、クスコが観光名所だからでしょうね。

そして、とうとうクスコに到着しました。これがクスコです。
viva.jpg

山には、
「Viva El Peru Glorioso」
と刻まれています。
「偉大なるペルー、万歳」
という意味です。

クスコはリマのような暑さとは違って、寒い。なにしろ富士山よりちょっと高度が低いだけですから、それは寒いです。セーターを着なければ、とてもやっていけない。ペルーは夏だというのに、クスコは、寒かったです。そしてこの時期はクスコは雨期でしたから、それもさらに寒さに拍車をかけました。まあ、でも、クスコに着いた当日だけ、お日様が顔を出してくれましたよ。お日様は、太陽神インティですね。インティが私を歓迎してくれたようでした。それは、ペルーの旧通貨の名前でもありましたね。しかし、フジモリが新しい通貨ヌエベ・ソレスに変えました。それは、「新しい太陽」という意味です。スペイン語では、本来ならば日曜日をソレスというものをわざわざドミンゴ(主)に変えていますから、太陽はきっとキリストということにしたんでしょうね。まあ、インティとキリストどちらにしても太陽なのです。通貨の名前が「太陽」というのも面白いですね。

で、私は、一番安いホテルに泊まりました。一泊10ドルのほんとおんぼろなホテルです。しかしシャワーはちゃんと温かいお湯が出たので、ほんと助かりました。前のホテルは出ない部屋もありましたからね。アメリカでは考えられませんね、それに一泊10ドルだなんて。ロスでは安い所でも最低70ドルはします。ニューヨークのヒルトンホテルなんか、一泊200ドルぐらいするのにね。

ところで、私の体の状態は最悪でした。ソロチェ(高山病)による体調の不良を訴えたら、ホテルの人がマテ・デ・コカ(コカ茶)を出してくれました。以前、コカの葉を噛んでもまったく効果がなかったので、私は半信半疑だったのです。まあ、でも、とりあえず、騙されたと思って飲んでみました。熱々のお茶は、やはり気持ちのいいものです。味は、普通のお茶という感じでしたね。で、私は、コカのお茶を飲んだ後、すぐにベッドに寝転がったのですが、なんとそれまでの頭痛、目眩や吐き気が嘘のように消えたのです。また、胃腸の激しい動きによる痛みも嘘のように消えました。そして、疲労さえも消え失せたのです。その効果というものは本当にすごかったです。私の体力が限界点に達した時に、なにかが降臨してきた、まるで、パチャママ(大地母神)の救いのようでしたね。

それから、私はすこし休息を取って、クスコの町を歩きました。クスコは、ケチュア語で「臍」という意味で、インカ帝国の首都だったのですが、ハプスブルグ帝国のスペイン人がここを徹底的に破壊しました。インカの王宮を破壊してその上に宮殿や大聖堂を作ったのです。Plaza De Armasの写真を載せましょう。

やたらと兵士がガードしています。セマナ・サンタ(カトリックのキリスト復活祭の週)だったからでしょうか?「Semana Santa」は英語では「Holy Week」といいます。
plaza2.jpg

スペイン建築の大聖堂です。ここでお気付きかと思いますが、広場に集っているほとんどの人は白人観光客ということです。そう、クスコはまさに観光名所、観光地なのです。それは、ちょっとがっかりでしたね。私も含めてグリンゴスばかりでしたから。
plaza1.jpg

これが伝説の「カミソリ一つも通さない石積み」です。日本の城の石垣で、ここまで高度なのはないでしょうね。
stones.jpg

ケチュアのおばさんとリャマです。しかし、ここのケチュアの人々は、よってたかって観光客にお土産を売り付けようとします。しかも片言の英語で売り付けようとするのです。悪徳なセールスマンがやたらと戸別訪問するかのような節操のないものだったので、だから、気分が悪くなって、すぐにホテルに戻りました。リマでは、そんな人はいませんでしたから。
llama.jpg

しかし、帰りの途中、私と同じぐらいの年齢の子たちがいたので、写真を撮りました。クスコの女子高生、しかし、やはり日本のと比べると制服のセンスはいまいちです。まあ、日本のはセクシーさを強調し過ぎている、とくにアニメの学園ものは、すごいです。ただ、クスコのような高山で寒い所では、このようなスカートの長い制服と、どでかい分厚いジャケットの方が合理的だと思いました。でも、彼女らは外国人を見慣れているみたいで、ティンゴマリアのように珍しがって握手を求めてくることはなかったですね。
highschoolgirls.jpg

さあ、次の日は待ちに待ったマチュピチュへ出発します。子供の時に「世界不思議発見」ではじめてマチュピチュの存在を知って感動したあの境地、子供のころから行きたかった世界の遺跡へ行くのです。これは、もう自己中の、エゴのため、自己実現のため、私のためだけに行くのですから。

「世界不思議発見」の司会がルパン三世の髪型とファッションだったので、子供の頃は、
「あの人はルパンの親戚だ」
と思って、親しみがありました。そして、ナレーションも次元でしたし。よって、日本では、毎週必ず見ていた番組でした。ルパンとアンパンマンと不思議発見はかかさず見てましたから。渡米する前の、私の世界観は、この三つの番組によって築かれたのです。そして、子供の頃の大志をとうとう実現させるのです。

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【2008/03/28 22:34】 | 旅行
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ペルーでは、セクシュアリティーというかロマンスは親が教えていますね。ラテン語派は、別名ロマンス語派と言いますから、ロマンチックな語族なんでしょうね。男女のお手合わせ、その最も基本的なものがダンスです。ダンスが性的関係の扉への鍵とでも言えるでしょう。とくに母親は息子に熱心にダンスを教えます。ダンスは小さい頃から仕付けられて、女性とのダンスの仕方を教わります。つまり、恋のコーテシーは、親、または家族、近所のサポートで教養として身につけていくのです。それは、まるで村全体でコーチングしていくような。昔の日本の村の若衆組に子供が集まられて伝統舞踊を教わるような。村意識というのが強いですから、ここでは、引きこもりは起きないのではないのでしょうか?ドイツのメイポールや、ヤオ族のポールダンスに通じるものではないでしょうか?サルサ、クンビア、これらのダンスは、もう民族的なものですね。ペルーでは、どんなにブサイクな人でも、ダンスはできるのです。というか老若男女問わずダンスができる。
「哲学はダンスのようなものだ」
とニーチェが言っていたくらいです。だから、南米サッカーは強い、南米に日本代表が勝つには、強化合宿でラテンのダンスを叩き込むことですね。でないと、リズムの面で、もう負けてしまっていますから。だから、ラテンはロマンス語派なんですね。ロマンティックなカルチャーなんですよ。

ところで、ダンスパーティーでは別格にダンスがうまい女性がいました。その人はもう40代で、賞味期限が切れていましたが(もちろん若ければ超美人の面影はありました)、でも、やはりセクシーな体型は保たれていて、あの腰の動きというか、ぜんぜん違いました。私はその人に言いました。
「ダンスは女の人の方がよく見えるんだけど…」
彼女は、
「その通り。確かに女の人の方がダンスでは引き立って見えるよね。ダンスはすべてを可能にする、不可能なものはないんだということを証明しているからね」
と言っていました。私のスペイン語に聞き間違えがなければ、そういうことことを言っていました。女の人の体ほど最高な芸術作品はこの世に存在しないでしょう。そしてダンスはその最高の美しさを引き立てる芸術なのです。

しかし、ダンスパーティーには、レイラのような未成年だけではなく、30を越えた独身女性もいました。彼女は、真紅の口紅と袖がない肩を露出した赤いブラウスを来ていて、色がマッチしていました。その人も、私のためにパーティーに来たと言います。そして、彼女の名前はフロールと言ったかぁ。彼女は私の年をきいてきました。私は、定番の如く16歳と答えました。すると、とても驚いていましたね。で、私も彼女の年齢を訊きました。すると、彼女は、
「35歳」
と答えました。レイラよりも20年上か。私よりも19年上か?いやぁ、たしかにこの人はきれいです。背も高いし、脚も長いし、スタイルがなんと言ってもいい、ラテンのくびれと腰を具えていました。しかし、やはり35歳はちょっと限界ですね、容姿はもちろん美しいのですが、ちょっと限界に近づいている、20代のもっとも完成された容姿には、勝てません。東洋人だと若さは長く保てますが、やはりラテン女性は美の寿命が短いのでしょうか?すぐにふけてしまうのでしょう。

で、彼女の職業は心理セラピストで、まさにキャリアウーマンそのものです。知的な雰囲気の女性もまたとても魅力的です。カッコいい人でした。素敵でした。というか、端から見て、とてもロマンチックな人に見えましたからね。早婚のペルーでも結婚を選ばないキャリアウーマンがいるとは、なるほどなぁと思いました。でも、『Sex & The City』の女の子たちも、30代後半、40代前半で独身でしたし、それが知的職業女性のトレンドなのでしょうね。で、私は、
「ぼくは心理的外傷を負っているんだ、だから治療して」
とねだりました。そうすると、彼女は爆笑しました。サルサの音楽がうるさいので、口を耳に近づけて大きな声でお互いに話しました。で、彼女とは、三回踊りましたが、レイラとは対照的で、とても強引な人でしたね。彼女は立ち上がって、
「踊ろうよ!」
と言って、私の手を引っ張って、なんと私の手を取って彼女のくびれに引っ掛けたのです。私は、
「ぎえええええ!!!」
となりました。ちょうどおしりの上に手があるのですから。しかも、彼女の官能的なくびれに私の腕全体で感じている。これは、鼻血が炸裂するかと思いました。しかも、お互いの顔の距離はとても近くて目を見つめ合う距離です。そう、ちょっと前屈みになれば、キスできるのです。そして、彼女は、私を強引にぐるぐると引きづりまわしました。
「おお、アグレシッブな女性だなぁ」
と思いましたよ。サルサは本来男性がリードするダンスですが。まあ、ラテンはセクシスト文化ですし、マッチョ文化ですから、ダンスもそうなってるんでしょうね。でも、それに反して、私をリードしようとしたのは、フェミニスト的でとても素晴らしかったですね。で、ダンスの後に休憩して会話してみると、私のいろいろなジョークが通じる通じる、一番理解してくれる女性に間違いありませんでした。彼女も丁寧に言葉を選んで、私にわかりやすいスペイン語で冗談を言って楽しんでましたから。会話もダンスなようなものという心掛けで、彼女と話しましたから。結構気は合ったのではないかと思います。

しかし、私は明日、クスコ行きのチケットを早朝に買わなければ行けなかったので、ダンスパーティーを午前2時頃に去りました。本当は、朝までぶっ通しでダンスするのですが、私の旅の計画がみっちり詰まってました。そして、レイラやフロールと抱擁して去りましたよ。フロールは、知的でおもしろい人でしたから、しかも私のジョークに受け答えてくれるので、結構気も合ったと思ったし、彼女とはもうちょっと親密になりたかったんですけど、やはりたった1日では無理ですね。とても残念です。旅行が目的でペルーに来ていましたから。二週間ペルーにいて、リマにいたのは、たったの三日間でしたからね。現地の女性とそれそれそういう関係になるという時間はありませんでした。

いやぁ、でもそうなると、やっぱり私はお姉さん的な女性が好きなのかぁ?私は二次元だと、お姉さん萌えですからね。でも、それは私が16歳という設定ですからね。35歳だと、お姉さんというよりお母さんになってしまいますね、よって、年が離れ過ぎですね。彼女もマイケル・ジャクソンすれすれですね。あ、ペルーだったらいいのか?

だけど、元同僚が怒ってましたね。
「どうして最後までダンスしなかったんだ。彼女たちは、あなたのためにわざわざ来たのよ。」
と言ってました。私は、キモオタのような私にまさかそんなことするわけないだろうと思っていたのですが、どうやらそれは本当のようでした。それに、人生で一度もそのようなもてなしを受けたことがなかったので。なにしろ女子に迫害されて生きてきたので。人間不信だったんですよ。
「彼女たち、とてもがっかりしていたよ、あなたが早く帰ってしまって」
「いやぁ、そんなのまったく気付かなかったよ。アメリカでは、だいたい午前2時ごろでパーティーは終わるし」
「ラテンでは夜中じゅう朝までパーティーは続くのよ。みんな『もっとヘルメスと踊りたかったのに、彼はどこに行ったんだ?』と言っていたよ。男は女の子をがっかりさせることしかしないんだから」
そうだったのか、でもまさか、たしかに別れの挨拶をしたではないか、それで抱擁もしたではないか、まさかそのまま帰るとは思わなかったのでしょうね。それは、まずいことをした。でも、明日はクスコに行かなければならない、そして小さい頃の夢だった世界不思議発見で見たマチュピチュに行く計画を実行しなければならなかったのです。

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【2008/03/27 23:06】 | 旅行
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でも、ラテンの家族の絆というのはすごいですね。家族ぐるみで私をシングルの女性に紹介しようとするなんて。いや、なんか近所の人も、私のセクシュアリティーに干渉してくるというか、
「あの子と話して御覧よ」
といつの間にか私の知らない所で話が進んでいるのです。また、元同僚の女の子も、なんか「世話好きなおばちゃん」のように、
「ペルーでシングルの女性に紹介してあげるよ」
とまるで仲人のようでした。月下氷人のつもりなのでしょうね。まるでお見合いそのものですね。でも、最初は彼女の言葉を信じてなくて、冗談だと思ったんですよ。ところが、彼女のリマの家で本当にダンスパーティーを開いて、彼女の知り合いの女の子たちを連れてきたんです。それは、ほんとに驚きでしたね。ペルーは驚きの連続でした。

または、
「うちの従兄弟の娘がフリーだから、今度のダンスパーティーに彼女をつれてくるから、彼女と会話したらどう?」
とも彼女の親戚にも声をかけているのです。その家と家の繋がりの強さは驚嘆に値しますね。ところで、どうやら、ラテン文化では男女の出会いの場は、ダンスパーティーが基本のようですね。古代の日本だと山でしたか。そこで男女が歌垣を交わすのです。その山を「巫山」と言いましたし、そこで男女が官能主義に耽ることを「巫山戯(ふざけ)」と言ったのです。しかし、ラテン文化では、男女がサルサやクンビアにあわせて一緒に踊ることが、ふざけることになるのでしょうね。つまり、ラテンではダンスパーティーが巫山なのです

それにしても、まったくのアカの他人、しかも、私はペルーでは異邦人であるのに、外国人であるにもかかわらず、家父長、家母長、親戚、叔父、叔母、義理の兄弟、家族そろって、自分の家族の構成員の一人にセクシュアリティーを提供しようとするのは、ほんと驚きました。アメリカでは、そんなことは児童虐待になりかねない、また個人の自由を侵害するとして訴えられます。アメリカの清教徒倫理文化では、セクシュアリティーは夫婦間だけのものです。子供とセクシャリティーの話をするのはタブーとされています。そう、アメリカは個人単位でのセクシュアリティー、ラテンは家族、共同体単位のセクシュアリティーです。しかもペルーでは女性同士で話を付けて、私にフリーな女性を紹介しようとする、いわゆる出会いの場を提供しようという、今まで経験したことのない驚愕するべき習慣でした。

でも、それが行き過ぎると、メキシコ映画の『Como Agua Para Chocolate 』のような、家母長がやたらと家族のセクシュアリティーにむやみに干渉するという悪い例となります。それに、結婚は、家族的なお見合いではなくて、自由意志による自由恋愛による結婚が個人主義の恋愛形態とされますから。個人主義で育った日本人やアメリカ人にとっては、受け入れがたいものでしょう。日本はちょっと前までは、会社の上司が仲人になるという風習もありましたが、小泉によって弱肉強食、格差社会になった今、それはもう無理な話です。ラテンでは、まだお見合い的な制度は残っていますが、家族の皆が、私がどの女性と付き合っているか知ってしまう、筒抜けになってしまうという、セクシュアリティーは個人のプライバシーという個人主義の基本が失われるような気がします。たとえば、妊娠を望んでないのに妊娠してしまったらどうするのでしょうか?その秘密は守られるのでしょうか?女性の基本的な権利である人工中絶でさえ、ペルーでは違法なのですから。ブッシュやマッケインは、人工中絶に反対ですから、彼らの意識はペルーのような発展途上国のようなレベルなのです。
「結婚するまでセックスしては行けない」
とアメリカの大統領が言っているのです、信じられません。個人主義を真っ向から否定する発言です。

一方、個人主義を尊重するアメリカでは、結婚において未だに人種差別があります。とくに国際結婚は、グリーンカード目当てじゃないかと、周囲に白い目で見られます。しかし、ペルーでは、、私は異人種なのに、しかも外国人なのに、そんなことはおかまいなしなのです。ラテン文化では、恋愛や結婚において、人種差別はないようです。国境の隔てがないようです。それは、北米とはまったく違うと思いました。まさに驚愕するべきものでしたね。北米では、異人種結婚にはいまだに拒絶反応を起こす人もいますし、そして家族や親戚は子供の性には基本的に干渉しない、個人の自由を尊重した恋愛を貴びますが、アメリカの女性は高慢で高飛車でビッチ的で自分を競争社会のトロフィーのように考えているので、ラテンの女性のようにセンシュアルで積極的ではありません。だから、それもアメリカでは、皮膚感覚が欠落した童貞が発生する原因の一つといえるでしょうね。とくにラヴ・シャイにとっては、ネオリベラル恋愛資本主義社会は、最悪な環境です。その最悪な結果が、ヴァージニア工科大学の乱射事件でした。

いやぁ、でももっとも驚いたのは、元同僚の従兄弟の娘がたったの15歳ということでした。その子を私に紹介しようというのです。
「えええ!?15歳?私はロリコンじゃないんだから!」
たしかに15歳は私の理想の16歳より1歳若いという、しかも私は16歳になりたいので、彼女との対面は期待しましたが、いくらアニメで16歳の自分を投影していようとも、またアニメで16歳の永遠の女性像を求めようと、それはあくまでも二次元ですから。三次元だったら、カリフォルニアでは犯罪ですし、それに私の道徳心が歯止めをかけていました。
「おい、本気かよ」
それなのに、家父長は、私に、
「あの子と話せよ!」
と言うのです。たしかに、初めて彼女を見た時は、
ぎゃー、かわいいいいいぃぃぃいいいい!!!
と全身に電気ショックが走りましたが、しかし、どうみても顔はまだ15歳、いや、ラテンの子は早熟ですけれども、大人の体に顔が15歳という、これまで私はアメリカの清教徒倫理を痛烈に批判してきましたが、それでもやはり児童ポルノという犯罪を連想してしまうように洗脳されているので、彼女と踊りたい欲望を必死に抑えている自分がいましたね。マイケル・ジャクソンの裁判で痛いほどそれを知っていますから。現代のセイレム魔女裁判がキモオタ裁判になりかねませんから。

でも、やはり魅力的なものは抵抗できない、彼女は、ダンスパーティーに白いブラウスにタイトな黒いビジネスパンツを穿いてきて、しっかりと粧してきてましたから、しかも両親の付き添いで。まあ、未成年だから両親が見張っているのは当たり前か。でも、ブラウスが結構透明で、ブラのラインが透けて見えるんですよ。私は、
「これは犯罪だー!」
と心の中で絶叫してました。そして彼女の肌は綺麗な麦色で、その褐色の若く潤しい肌が白いブラウスと鮮やかなコントラストを生み出していて、あぁぁががぁぁ、たまりませんでした。そして、ミラーボールの発する七光りをブラウスがみごとに反射しているという。しかも、彼女の髪型は10代にしか似合わないキュートなショートヘアでしたし、それにあの唇、あああぁぁ、あれはなんと豊かな唇なのだろうか。まるでサクランボのような、それか薔薇のつぼみのような、まさにニンフェット、妖精の唇、15・16歳にしか表現されないあの妖艶な唇、そう、あれはまさしく悪魔の唇でした。どうしてイスラム圏の女の人がヴェールで口元を隠すのか、わかるような気が…、いや、それは女性の権利を踏みにじる行為です、よって私は断じてその宗教的慣習には反対です。アメリカの自由と民主主義のグローバルスタンダードは、中東にも普及しなければなりません。それはさておき、あの唇は駄目でした。あれは、もう、私の全生気を吸い取られてしまうような悪魔の唇でしたから。あの唇にちょこっとキスでもしたら、一発で心臓発作で他界してしまったことでしょう。官能主義の恐怖がありましたね。

ところで、ペルーの承諾年齢は14歳です。で、彼女は15歳、しかし私の住んでいるカリフォルニアでは18歳で、私はその法律と道徳規範の下で生きてきたので、いくらペルーでは合法とわかっていても、会話するのもちょっとためらいました。ああ、やはり私は清教徒倫理に冒されてしまっているんだ。カトリックのラテン文化に憧れながらも、それを謳歌できないなんて…。
「あと三年、年齢が行っていれば!」
でも、ホストマザーの妹が従兄弟に話をつけて、せっかく私に紹介したのですから、ちゃんとそれに答えなければ行けない、でも、その子は未成年なんですよ!だから、私は、その子に、自分の年齢を16歳と言いましたし、親父にも16歳といいました。パスポートに書いてある年齢をいうと、せっかくの彼女とのミーティングが台無しになると思ったので。しかし、それでも、私の体は16じゃないですから、うう…、道徳の壁が。

でも、そんな私のなかの清教徒倫理の逆行のなかで、私が彼女と踊ろうという意志にさせたのは、彼女の親父の存在でした。私は周囲の期待を裏切って、彼女には手を出さないでおこうとしていたのですが、そんな躊躇している私をよそ見に、彼女の親父が彼女と踊り出したのです。それを見た瞬間、
おい、彼女のダンスパートナーは、私だー!
と一気に敵意がむき出しになりました。しかも私が冗談で、
「私の名字はエル・チノと同じで、フジモリって言うんだ」
というと、彼女の親父は、
「フジモリ!?あの国家犯罪者か?」
と言って、怒りをあらわにしてましたし、反フジモリ派だと言っていましたからね。それで、私もムカってきたんですよ。だから、私は、次のサルサの曲で、彼女の両親になんの断りもなく、親父のとなりに座っていたその子をダンスに誘いましたよ。まるで、UFOキャッチャーの窓を割って、そのまま欲しいぬいぐるみを手に入れるように。

ああ、あの子の名前は、レイラと言ったかなぁ、まあLで始まる響きのいい名前だったからね。しかし、レイラの手を取った瞬間、稲妻が背中に走りました。
「なんて柔らかい手なんだ!!!」
で、そうやってダンスに誘ったら、レイラは、とても喜んでくれましたね。しかも目が合うとニコッと微笑むんですよ。しかも、あの悪魔の唇をきゅっとさせて!私は、
ぐぐぐぎゃうあぎゃうぎあああばがががあぁぁぁあああああ!!!!
となってしまいました。おかげで脚のステップがメチャクチャになってしまいましたよ。彼女は、私のダンスがあまりにも下手だから、あきれるのかと思いきや、ちゃんと手ほどきしてくれて、親切に、優しく教えてくれましたよ。それにラテンならではのあの腰の動き、まさにスペイン語でいう「balancear」でしたね。それこそラテン音楽の真髄。英語に訳すと「swing, sway, rock」となります。そう、「振る、揺らす」という意味なのです。ちなみにロック音楽のロックもこの意味です。まさに、サルサはまさにセクシュアルなダンス、あの腰の動きは、まさに天使の法悦でした。15歳であんな動きが出来るとは、本当にダンスはラテンの民族性なのですね。しかも、その子と手を取り合って踊っている私が信じられませんでした。日本の魂振りの行事も、あれは魂のbalancear(バランスを取る)ことだったんですね。鎮魂祭の魂振りも、魂を振って魂をしずませることが目的ですが、それは赤子を泣き止ませて眠りにつかせるようにゆりかごを揺らすこと、いわゆる英語で言う「rock the cradle」と同じ概念ではないでしょうか。ダンスによって魂のバランスを取る、そして、そのダンスはとてもセクシャルでセンシュアルでエロチック、まるで疑似セックスのようなものでした。ラテンのダンスに私はセクシュアリティーの謳歌を見ました!

で、その上に、彼女の声は、まだ声変わりが完成していない声でしたから、それも、
ではではでははひひふへほ〜!!!
と頭が油揚げ状態となってしまいました。だって、アニメの声優はその声を作っていますが、レイラのは自然でしたから!あんなキュートなスペイン語は初めてだ!しかし、親父はこっちをずっと見ている、やはりかわいいひとり娘は、だれにもやりたくないのだろう。親父がなんだか独占の神ヤハウェーのように感じてきた。よって、私は、さらに三回も続けてレイラと踊りました。すると、親父は、私にグラスを渡してきてビールを注ごうとしたのです。それは、今から思えば、ペルーではゲストに対するもてなし、尊敬の徴だったんですが、私は、
「このオヤジめ、レイラから離れろ!」
と頭に血が登っていたので、親父の持っていたビールビンをもぎ取って、そのままビールビンをがぶ飲みしました。みんなにグラスを配ってビールをシェアしようとしていたのでしょうが、私の唾がついてしまったために、ビールビン一本台無しにしてしまいました。親父は、
「なんてことしてくれたんだぁ!」
と首をかしげていましたね。しかし、私は下戸だから、一気に頭にアルコールがまわって、椅子に座ろうとしたら転けてしまいましたよ。おかけで、恥を掻いてしまいました。

そのあと、レイラと世間話をしましたが、彼女は英語を学校で習っていて将来は叔母のようにアメリカに行きたいとのこと、だから、私と英語の練習をしたいとのことでした。でも、彼女の英語は、正直に言うと、じぇんじぇんでしたね、彼女の英語より私のスペイン語のほうが、まだましでしたから。だから最初英語で話してましたが、その内スペイン語に切り替わりましたよ。たぶん、文章では英語はできるんでしょうけど、会話がまったくでしたね。言葉が出てきませんでしたから。それに、ぺルー人はよほど教養の高い人でないと英語を話せません。だから英語を話す環境も整っていないのでしょうね。だから私はペルーではずっとスペイン語でしたよ。ドイツに行った時に旅行に困らなかったのは、ドイツ人はみんな英語を話せたからです。しかも、かなり英語のレベルが高かったですね。でも、腹が立ったのは、ドイツ人の英語はイギリスなまりだったことです。
「世界の英語といえば、ハリウッド映画のアメリカン・イングリッシュだろう!」
とドッつきたくなりました。グローバリゼーションがドイツに浸透していないということですね。まあ、でもペルーよりかは、はるかにましですけど。

いやぁ、でもユダヤ文化では、男女とも13歳で成人したことになるので、きっと古代ではセクシュアリティーへの通過は、とても速かっただろうし、聖母マリアも14歳でキリストを生んだとされてますから。でも、それは大家族、または村社会があってはじめて可能になるんでしょうね。でも、やはり私は個人主義者ですね。ラテンの大家族とかの束縛は個人の自由と衝突します。アメリカの個人主義は、社会進出の高年齢化が進んでいて、また晩婚化が進んでいて、自由恋愛を謳歌できる時間も拡大して、たしかにもっとも進んだコンセプトですが、しかし負け犬になったら、セクシュアリティーが欠落してしまいます。それは、男権至上主義下の個人主義でしかないからです。格差社会と男権至上主義、そのせいで、私のような永遠の未成年者が出てきてしまうんですよ。だから、私は個人主義社会でセクシュアリティーの解放を望んでいます。そのためには、セクシュアリティーを消費主義から独立させること、そして女性の社会進出と意識改革です。つまり、男社会を砕くことです。そう、女性の積極性です。つまり女性はもっとラテンのようにならなければならないのです。魅力的な人と気軽にスキンシップが出来る環境にしなければならないのです。アメリカと日本のいけないところは、皮膚感覚があまりにも欠落していることです。そうでなければ、どんどんキモオタが出てきてしまいますよ。キモオタの苦しみはセクシュアリティーに直結するのですから。

しかし、私は明日クスコ行きのチケットを買わなければならなかったので、ダンスパーティーを早く去りました。しかし、それはどうやら礼儀に反したようで、
「なんで最後まで踊っていかなかったんだ。彼女、がっかりしていたぞ」
と元同僚の女の子に言われました。私は、どうやらどんでもないことをやらかしてしまったようです。
「当事者が帰ってしまってどうするんだ!」
という雰囲気でしたから。ラテンの文化では考えられないことなのでしょう。ラテンはみんなパーティーには遅刻してくるけれども、帰るのも遅いんですね。しかもこの期に及んで、私のためのパーティーという意識が私自身にはまったくありませんでしたから、そんなこと、人生で一度もなかったので。それも、ほんと驚きでしたね。私はアメリカの感覚で、だいたい午前2時にクラブが閉まるので、午前2時頃に帰ったんですよ。しかし、後で聞くと、ラテン文化ではダンスパーティーは朝までぶっ通しとのことでした。だから、とっさに言い訳を考えて、
「いや、彼女は15歳だし、それはあまりにも年が若過ぎると思うんだけど」
と言うと、
「ペルーでは、15歳までにはもうボーイフレンドを作っているんだよ」
と言っていました。いやー、でもカリフォルニアで18以下の人と性的関係を結ぶのは犯罪ですし、それに18以下だと選挙権もないではありませんか。ヴェネズエラでは、チャベス大統領が選挙権を16歳までに下げようとしていますが。ペルーもそうなればいいんですが。そうすれば、16で性的関係は完全に個人のものとなるし、周りが干渉することはありません。レイラもまだ15ですし、両親の承諾があってこのパーティーに来たのでしょうし、それか両親が勝手に話を進めてしまったのかもしれません。やはり親戚や家族抜きで、個人でセクシュアリティーを楽しまなければならないでしょう。それこそ、個人主義の基本ですから。

まあ、ペルーでは、セクシュアリティーへの誘いはアメリカに比べて比較的速いというのはわかりますが、ラテン文化ですし、でも、それでも彼女と私は年齢があまりにも離れ過ぎているし、どうせならもっと同じ世代の男性と付き合った方が健全だと思うんですが。しかも、10代の女性の妊娠率は男のパートナーが年輩なほど高くなるという統計が出ているのですから。しかもペルーでは人工中絶が認められていない、これではセクシュアリティーは個人化できません。カトリックでは人工中絶は駄目ですからね、まあその長のラッチンガーが元ナチだから、仕方ないのかもしれませんが…。セクシュアリティーの個人化が進んでいないところも、やはりペルーがまだ発展途上国というかくたる証拠ですね。

私の精神は16歳、でも、やはり法律と道徳は精神よりも体を基準にしますからね。いくら心が16歳と言っても、政府から見れば違いますから。だから、15歳の彼女とデートするのは、無理がありました。遺伝子工学で永遠の若さを手に入れない限り、私の思いは叶わないでしょうね。ああ、レイラ、とてもかわいかったのに、ほんと理想の16歳にもっとも近い女の子だったのに。そう、あと1年で彼女は完全体となるのです。あの悪魔の唇は、ほんとに誘惑そのものでした。まさに禁断の果実。アニメで夢見ていることが実現したような感じでしたのに。ほんと、理想の女の子だったんですよ。そう、ニンフェット、まさに妖精でした。あんな子と出会っただけで、ペルーに来てよかったと思いましたから。しかし、アメリカの清教徒倫理に私は、最後まで打ち勝つことが出来ず、最終的に完全に屈服してしまいました。プロテスタント倫理に服従してしまったのです。すべては、マルティン・ルターが悪い。カルヴァンも同罪か。いくら私が筋金入りの無神論者であっても、所詮はプロテスタント文化の人間でしかないことを、痛いほど認識させられました。それは、耐え難い屈辱です。だから、私はこの歌を唄います。
We shall overcome!

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【2008/03/26 23:57】 | 旅行
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やはり、旅と言えば、その国の風俗でしょうね。この場合の「風俗」は、習慣という意味で、決して売春という女性の権利を侵害するようなものではありません。売春は廃絶されなければならないと、国際連合の女子差別撤廃条約の第6条に明白に記されているのですから。

さあ、やはり女の子ですね。ペルーの女性。彼女らは、いやぁ、実にかわいい。ラテンの体はすごいです。出る所は出てヘッ込む所はヘッ込んでいる、いやぁ、まさに創造者がいるとしか思えないような彫刻です!しかも、おしりがもう神秘的、あの芸術性はもはや神の領域です。ココ・デ・メールも顔負けですね!ほんと、私の無神論とニヒリズムが揺らぎます。

しかし、ペルーでは、初対面なのに、女性は頬や首筋にキスをしてきて、抱擁してきます。私は、もう有頂天でした。女性の皮膚に触れたのは、今年になって初めてでしたから、しかもペルーで。しかも、胸が、ラテンの豊胸がむにゅっと私の胸にくっつくんですよ!まさに、『ロザバン』のような萌え系アニメでしか起こらないことが、この元インカ帝国の大地で起こっている!夢かと思いましたよ!!それが、彼女らの挨拶の仕方なんですよ。ああ、いい、ラテンは皮膚感覚がある、魅力的な人でも、その人の唇を感じることが出来るなんて!でも、少女も老婆もその挨拶ですから、もちろんネガティブな面もありますけど…。やばい、セクシストな発言をしてしまった、まぁ、でもそれが私の正直な気持ちだから、いいだろう。

日本では皮膚感覚が完全に欠落している、だからキモオタが増えるんですよ。それは、社会にとって、悪影響です。明治維新の前の日本人は、世界でも類を見ないセクシュアルな民族だったのに。自由な国アメリカでも、よほど親密にならない限り、女性の唇を感じることは出来ません。皮膚感覚が欠落している国ほど、童貞が多いですからね。30代になっても童貞というのは、ほんと先進国だけですよ。とくに日本とアメリカは。だから、キモオタを解放するには、セクシュアリティーの解放が必至なのです。それには、女性の積極性が鍵です。日本やアメリカでは、男性がデートではリードするべきという、ふざけたセクシスト的な言説が働いているので、それがチョ・スンヒのようなラブ・シャイを追い詰め、あのような虐殺行為に至ってしまったのです。

ここペルーの女性はほんとに積極的ですよね。なんてたって、会話をすると、かならず女の子は、
「ガールフレンドがいるの?」
ときいてくるのです。私は、
「ええ!!?」
と思いましたよ。そんなこと、きかれたことすらめったにないのに。というか、初対面で恋人がいるか、結婚しているか、という質問は、やはりラテン文化なのかと思ってしまいます。アメリカでは、男が会話をイニシエートしますが、ペルーでは、男女双方とも、そう、座っていても女性から話しかけてきます。初日の家に泊まった時なんか、近所中の人が一気に集まってきましたから。そのなかで、修道院で働いている女の子がいて、その子は、かわいかったですね。色はメスティーソにしては白いほうで、背も高くて脚が長い、そしてなんといっても、腰がぁぁあ、ラテンならではのダイナマイトのおしり!私は、一気に頭が蒸発するのではないかと思い、手が痙攣してしまいました。体はほんと正直です。これぞ真のキネシオロジー!その子が
Tienes novia?(ガールフレンドいるの?)」
ときいてきたんですよ。しかも照れながら、恥ずかしそうにきいてきたんですよ。あんな積極的なのに、重要な質問の時は、とてもシャイなふりを演じる、というか、ほんとにその質問の時だけは、あがるんだろうね、いくらラテンの子ともいえども。顔が赤くなってましたから。それが、またかわいかった!そしたら、周りにいた女性たちが、一斉に彼女を冷やかすように笑ったんですよ。私は、
「もちろんいるよ、二次元に。」
とオタクぶりをペルーでも発揮しました。そしたら、とても驚いてましたね。それで、『スクールランブル』の沢近愛理のことを話しました。ペルーには、キモオタの存在は知られていないと思うので、キモオタ伝道師を演じました。というか、それが本当の自分なんですけどね、女性に相手にされなかったためにキモオタとしてのアイデンティティーが築かれていったのです。はたして、それがペルーの女の子に理解できるか…、理解してないようですたね。まぁ、私のスペイン語はそこまでのレベルでに達してないので。でも、その子は、
「つまり、ガールフレンドがいないってことね」
と言いました。まぁ、そのあと、彼女の出身地とか、色々なことを話して、楽しかったです。しかし、その間にも、彼女はずっと私の目を見てくるんですよ。あんなに見つめられたのは初めてでしたね。おかげで、こっちが緊張してどもりまくりましたよ。そして、
また明日も話そうよ
とじっと私の目を見ていったんですよ。そして、あのスーリアルな肉体のハッグ。
「ええ、なんだって!?そんなこと、生まれて初めていわれた!」
と有頂天になりました。なんか、『キミキス』のゲームが現実になったような錯覚でしたね。ほんとに、これが現実に起こっていることなのか、信じられませんでしたから。

ああ、でも残念だったなぁ、次の日はティンゴ・マリアに行く予定が入ってしまったので、結局その子との対面はそれきりでしたね。残念です。せめて写真を撮っておけば良かった。そうすれば、アメリカに帰っても…。

それにしても、私のようなキモオタが女の子に話しかけられるなんて、私の世界観が完全に覆されました。まさに、「人生の大地震」でしたよ。

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【2008/03/25 23:29】 | 旅行
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ホテルのトイレは驚くべきものでした。なんと便座がない。そしてトイレットペーパーもない。そして水が流れない。あれでよくホテルを経営しているものです。とてもアメリカンスタンダードではないのです。私は、やはりグローバリゼーションはこういう衛生面で普及しなければならないと思います。だから、和式のトイレのように、座らずに立ったままふんばってましたよ。それにレストランのトイレも便座がない。紙もないので、店員がナプキンを渡すだけです。また、バスのトイレも紙がないし、石けんもない、しかも尿しかしてはいけないという、とても過酷なものでした。衛生状態はほんと最悪、はやりそういう面で途上国ということがわかります。経済がどれだけ進んでいるか、グローバルスタンダードか判断するには、トイレやシャワーを見れば一目瞭然なのです。だから、消毒液をつねにポケットに持参してました。そしてトイレットペーパーも。まったくお客様に対するサービスは最悪としかいいようがありません。

でも、普通の家でも、トイレは洗濯に使った水で流します。それか、シャワーで貯まった水を使います。洗濯は、洗濯機がなく、手洗いです。そして、洗濯物を家の屋上に干します。リマの家の屋上はつねに洗濯物が干されています、それもなんか懐かしい風景と言うか、アメリカにはないものでした。洗濯機、乾燥機、電子レンジ、コンピューター、インターネット、ペルーの一般家庭には、それはありません。電話線とラジオとテレビぐらいですね。

ジャングルはとてもつらかった。ティンゴ・マリアから車で約一時間、道路も舗装されてないでこぼこ道をただジャングルのなかを進んでって、やっと私の元同僚の親戚の家に到着しました。そこには、テレビもなく、電化製品は電池式のラジオだけでした。
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家父長が私たちを迎えてくれました。
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そこの家父長は、ジャングルのなかでカカオや蜜柑やコカを育てています。すべては、オルガニック、自然栽培です。農薬は一切使っておらず、自然のバイオテクノロジーです。カカオはご存知の通り、チョコレートの原料となる果物です。では、その写真を載せましょう。
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そして、これが発酵させるまえのカカオです。結構甘かったです。
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また、これがコカの葉です。
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これは、コカインの原料となる葉で、アメリカ政府が「War on drugs」で、化学薬品で排除しようとしているものです。しかし、コカの葉は、雑草と同じで、どこでも生えてきます。コロンビアだけがアメリカに協力的で、ヴェネズエラ、ボリビア、ペルーの指導者は、ブッシュに反対し、コカの葉を守る側にいます。チャベス大統領はテレビでコカの葉を噛んでいましたし、モラレス大統領は元コカ生産者です。まあ、ブッシュもコカインをやっていたわけですから。私は、ソロチェ(高山病)にかかっていたので、そのコカの葉をガムのように噛みました。しかし、効き目はまったくありませんでした。コカインの原料だからすごい効果を期待したのですが、まったく症状は回復しませんでした。

そしてこれがサトウキビ、それを噛んでエキスを吸うと、とても甘かったです。
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そして、これが自生している七面鳥、まるで自分がボスのように振る舞っています。
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昼食を食べました。ペルーの料理は、なんとパンではなくて、米が主流なんですね。オレンジジュースも絞り立てで、私はアメリカの工場で生産されるオレンジジュースに慣れてしまっているので、とても生々しい味でした。全部飲むことが出来ませんでした。
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これが典型的なジャングルの家です。
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トイレもシャワーも雨水を大きなバケツに貯めて使っています。ジャングルでは年中雨が降っているので、水に困ることはないのでしょう。しかし、先進国から来た人間がその水を飲むと、一気に腹を下してしまいます。だから、私たちは、ペットボトルの水しか飲みませんでした。また、洗濯も川でしています。まるで、桃太郎の時代のおじいさんおばあさんの生活ですね。

その家父長は、若いとき兵士として左翼ゲリラと戦っていたと言います。そして、息子は左翼ゲリラに殺されたそうです。フジモリが出てくるまでは、ツパク・アマルは、ペルーのジャングル全体を支配していました。そこで、フジモリは憲法を停止して、人権を無視してまで、強硬手段を用いてテロリストを徹底的に排除していきました。道理でフジモリ人気が未だに強いわけです。家族をテロリストに殺される危険があるのを、取り除いてくれる指導者が現れたら、だれだって支持するでしょう。ブッシュの支持率が911の直後に90%以上に達したのも理解できます。
「フジモリはジャングルからテロリストを排除してくれた」
とフジモリを絶賛していましたから。やはり、人間は安全第一、治安が真っ先に優先されるのです。そして、近い家族や親戚にテロリズムの犠牲になった人が、こんな近くにいるとは、アメリカや日本はほんと安全なんだぁ、という感想を持ちました。

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【2008/03/25 01:09】 | 旅行
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