NAFTAでのキモヲタのソナタ
虹コン(二次元コンプレックス)のプロフ。
【HN】
ヘルメス

【HNの由来】
「ヘルメス」はギリシャ語で「通訳、解釈」の意味
いたずらっ子、そして文化の架け橋
私は二次元(萌えアニメ)と三次元(NAFTAネオリベラル社会)の架け橋、神託者


【性別】
性同一性障害

【誕生日】
毎日が16度目の誕生日(永遠の16歳だから)

【血液型】
それで性格判断するのは日本だけ

【住んでいるところ】
NAFTA(北米自由貿易協定)

【渡米した理由】
学園でヲタクというだけでDQN・体育会系のイジメ、またクラスの女子に「キモイ」と避けられる迫害にあったこと。気になってる娘にふられ、全コミュニティーに拒絶されたように感じたから。日本の不平等な体育会系序列社会が嫌だったから。

【選挙に行く理由】
オバマも、選挙で負けたときのダメージは、高校で好きな娘にふられたときと同じぐらい深刻なものであり、そして「負け犬」として全コミュニティーに拒絶されたように感じたと言います。また、学園時代に黒人というだけで不当な扱いを受けたと言っています。その言葉を読んだとき、私は、
「その通りだ!」
と叫んでしまい、目尻が熱くなってしまいました。
「とうとう私を理解している指導者が出て来た!」
と。それまで、私に直接語りかけてくれる候補者はいませんでしたから。政治で私を代表する人がいなかったんです。私は日本で境遇こそ違いますが、ヲタクというマイノリティーとして同じ道を来たと思います。そして、アメリカでも、私はヲタク、東洋系でありまた移民でもあります。オバマも移民の子であり、ケニア人とインドネシア人の父、そして白人の母を持ち、また帰国子女、そして黒人というマイノリティーです。それでコネクトしたと感じたんです。なにかがピンと来たんです。現在、彼はその逆境を乗りこえ、大統領になろうとしています。マイノリティーである私たちにとって、彼は勇気を与えてくれる存在であり、まさに希望の光なんです。

【生まれたところ】
記憶にない

【職業】
リリアン女学園の女子高生

【学年】
10th grade プチスール

【部活】
山百合会所属、演劇部兼コーラス部所属

【似ている芸能人】
江頭2:50

【身長】
アメリカ人の中では低い

【体重】
痩せがた

【髪型】
江頭みたいに前頭葉が薄い

【口癖】
抱きつきたい(Las quero abrazar)

【性格】
おとなしい、花寺のアリスくんのような性格

【宗教】
三次元:無神論

二次元:カトリック

【最近読んだ本】
"The Audacity of Hope" by Barack Obama、萌え経済学 by 森永卓郎

【好きな女性のタイプ】
二次元:
永遠のスール(お姉さま)である小笠原祥子さま
石動乃絵(ショートヘアでしかもヘアピン)
坂上智代(DQNを蹴散らしてくれる戦闘美少女)
北路地さつき(エッチな子、積極的な子)

三次元:
ラテン系(南米)

【好きな男性のタイプ】
渡良瀬準
宮小路瑞穂

【理想の人】
ブラジル人のような多民族多文化の人

【好きな言葉】
サウダージ

【好きな芸能人】
なし

【嫌いな芸能人】
DQNのお笑い芸人、横山やすし、ビートたけし、そのまんま東、島田紳介、明石家さんま、ダウンタウン、Don Imus、Bill O'Reilly、その他、Gackt、Yoshiki、キムタク、反町、ジャニーズ一般

【好きな動物】
イルカ

【嫌いな動物】
ゴキブリ、サメ、カバ、ワニ、猿、ゴリラ、チンパンジー、ライオン、虎、クマ、豹、狼、獰猛犬、鹿(東大寺で攻撃された)、一般的に凶暴で危険なもの

【好きな曲】
イマジン、労働者階級の英雄、ゴッド、サクラアマネク セカイ、Chega De Saudade、Quero decirte que te amo

【嫌いな曲】
Sweet Home Alabama

【好きな本・漫画】
読書は嫌い

【好きなテレビ】
「Fuego En La Sangre」、「Lola... Érase una vez」、「Sex & The City」

【好きな映画】
あるスキャンダルの覚え書き、ロストチルドレン、チルドレンズ・アワー、Toute Une Vie、Claire's Knee、Zeitgeist、Sex & The City、Death Note

【好きなアニメ】
マリア様がみてる、Sola、Clannad、Air、EF A Tale of Memory、true tears、焼きたてジャぱん!、ヒカルの碁、かしまし、シムーン、School Days、神無月の巫女、ピーチ・ガール、乙女はお姉さまに恋してる、ストローベリー・パニック、学園アリス、あずまんが大王、まほろば、まほろまてぃっく、花右京メイド隊、カードキャプターさくら、藍より青し、ゼロの魔法使い、Death Note、Read Or Die、フルメタル・パニック(フモッフ)、フルメタル・アルケミスト(鋼の錬金術師)、スクール・ランブル、ノワール、ローゼンメイデン、鋼鉄天使くるみ、Zガンダム、ラーゼフォン、エスカフローネ、ロードス島戦記、機動戦艦ナデシコ、新世紀エヴァンゲリオン、カウボーイ・ビーボップ、ロザリオとバンパイア、はぴねす!

【好きな音楽】
アニソン、水樹奈々(ロザバンの主題歌)、ほっちゃん、Yozuka*、ボサノバ、サルサ、サンバ(バイア系)、ビートルズ、リヒャルト・ワグナー

【尊敬する人】
裸の大将、ジョン・レノン、サマンサ・ジョーンズ、コルベール先生、ココロちゃん、ジョージ・ワシントン

【最悪な人】
石原慎太郎、裕仁、ヒトラー、スターリン、毛沢東、蒋介石、ポルポト、スハルト、トルーマン、ビン・ラディン、金正日、ナポレオン、ギレン・ザビ、聖帝サウザー、チャールズ・マンソン、麻原彰晃、DQN、体育会系

【休日の過ごし方】
アニメ観て072して萌える

【今一番欲しいもの】
異性とのスキンシップ

【今一番必要なもの】
国民医療保険、教育費の援助、レントコントロール

【今一番行きたいところ】
南米

【よく使う路線】
車社会だから、使えない

【マイブーム】
テレノベラ

【最近ひそかに興味があること】
女の子のお尻

【生まれ変わったら】
生まれ変わる前に遺伝子工学で不老不死になる

【世界平和に必要なのは】
オキシトシン、宗教の世俗化、セクシュアリティーの解放、民主化、君主制廃止、DQNと体育会系言説の撲滅

【疑問に思っている事】
どうして女は、男と同じぐらいエッチじゃないのか?

【好きな食べ物】
健康食(食べなくてもいい体になりたい)

【嫌いな食べ物】
ジャンク・フード、ファスト・フード

【今一番やりたいこと】
セックス

【カラオケでよく歌う曲】
ボサノバの曲

【必ず持ち歩くもの】
iPod、合衆国憲法、スペイン語単語帳

【子供のころに好きだった番組】
「セーラームーン」「アンパンマン」「トラップ一家物語」「ロミオの青い空」「世界不思議発見」「世界まる見え」「ドリフ」「かとちゃんけんちゃん」「大丈夫だ」

【運命を変える出会い】
「マリア様がみてる」に出会って、自分が女の子でないことを心から後悔したこと。リリアン女学園の新入生歓迎会式典にて、聖堂のステンドグラスの光に包まれ、小笠原祥子さまの「アヴェ・マリア」をオルガンで弾く姿に感動!涙が溢れました!

【最近のカラオケ十八番】
Chega De Saudade, Desafinado, Ave Maria

【最近感動したこと】
オバマが非白人マイノリティーとして民主党初の大統領候補になったこと

【好きな花】
百合、アイリス

【好きなジオン軍人】
ガルマ・ザビ、「ジオン公国、万歳!」の特攻死には泣きました!

【今、入ってみたいグループ】
オバマ・ガール

【興味はあるコスプレ】
リリアン女学園の制服

【一日だけならやってみたいと思うもの】
聖應女学園のお姉さま

【三次元で最後の希望】
バラク・オバマ


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【2008/06/01 06:38】 | 日記
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自殺した。私は手首を切ろうと思ったが、それでは身体的に生き返ることはできないので、イエス・キリストのように蘇生するためにも、髪をバッサリと切ったのである。いわゆる断髪式が、私のシンボリックな自殺となったのだ。私は実は、あることをした。しかし、とてもブログでは、そんなことは書けない。メール事件とでも呼んでおくか。ほとぼりが冷めてから、書くことにしよう。アニメでは同じみの、いわゆる女の子が失恋すると後ろ髪を切るというものである。そして、髪はまた伸びてくる。いわゆる復活である。

私は三原則を誓った。現実を捨てる。アニメに真理を見いだす。そして、結婚制度の廃止。その三つである。それが断髪式での誓いであった。それが、シッダールタ的に言えば、私の「厭離、出家、出世」の三段階である。

【2007/06/21 00:02】 | 日記
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貧困はインターネットさえ私から奪ってしまう。そう、ネット社会から断絶してしまうのだ。図書館でインターネットをするのに長いこと待つはめになるとは。貧困、ここまで私を痛めつけるか。私はネオリベラリズムに対する怒りをここにぶつける。とくにロサンゼルスに対して。このふざけた都市は私を受け入れなかった。拒絶されたのだ。「予言者、郷里に容れられず」とキリストもおっしゃっていた。ロサンゼルスの守護聖であるマリア様、あいつはとっくのとうに聖人失格だ!
単刀直入に言うが私は満身創痍だ。まるで無間地獄に突き落とされたようだ。悶絶躄地である。絶体絶命である。意気消沈し青息吐息だ。そして意識朦朧としている。私の将来を暗中模索するかのごとくである。苦肉の策で住居を変え、ここで心機一転して起死回生を望むところであった。しかも老少不定で夢幻泡影、胡蝶の夢の如きの世の中であり、そんな有為転変の浮き世の頂点にいるのが資本家である。しかし彼らの財産である株式の一つ一つが我々プロレタリアートの粒々辛苦であることをだれも語ろうとしない。資本家の傍若無人ぶりには全く驚かされる。我々は前世の業によってプロレタリアートに生まれてくる運命になっているというのは流言飛語である。我々が浅学非才で無知蒙昧だとでも思っているのであろう。粉骨砕身の精神で平身低頭で付和雷同で阿諛追従してまでブルジョアと付き合わなければならない立場にある我々にもプライドというものがある。しかし、ここまで経済状況によってライフスタイルが影響されてしまうとは。また心身までとんでもない影響を受ける。我々は金で人を買うことは出来ないと言ってきた。しかし心は金に影響されてしまう。金がなければ飢え死にする。そしてネットワークから放り出された今、孤立無援だ。まさに私にとっては背水の陣である。ブルジョアは生殺与奪の権を持っているのである。我々はそれに抵抗することが出来ない。そんなことをすれば首になって路頭に迷うだけであるのだから。自分の力のなさに絶望するようなものだ。この世は不可抗力である。私の思い通りに行かない。武陵桃源など本当にあるのだろうか。それは涅槃であろうか。無為であろうか。まるで生まれてきたことが不幸であるようだ。

生まれてくることとは死ぬということだと言う。つまり生まれてくることは悪いことなのだ。生まれてきたことを嘆くとでもいうか。仏陀になればもはや生まれてくることもない。ましてや仏陀は不生不死なのだから。そしてこんな一切皆苦の世界を追体験することもないのである。破邪顕正を広めた三論宗の開祖吉蔵が「死不怖論」でそのようなことを言った。だから私も涅槃に入ろうと思う。いや、有余涅槃でよい。無余涅槃は死だからだ。私は死にたくない。美女と戯れなくて孤独に死んでしまう人生なんて。

私は一顧傾城のフランス人女性に会ったことがあった。あれ以来フランスに行きたくてたまらない。どうしてあのような絶世の美女がこの弱肉強食、優勝劣敗の世界にいるのだろう。まったく釣り合わない。美女がいるのなら宗教など不要だ。宗教は天国や涅槃を約束する。この世は決してユートピアではないという立場である。楽園は我々の感覚器官では知覚できない形而上学の世界にあるのだ。しかし美女はこの世界に存在することは確かだ。だがいつもまるで泥鰌のように捕まえようとしてもするりと逃げられてしまうのだ。掴みどころがないというか、近いはずなのに遠い。空谷跫音は起きないのだろうか。私はまさに辺境の土地に左遷させられた。そしてだれも訪問者がいない。美女はこの世で唯一私を救ってくれるだろう。マルクスは形而上学的な宗教は阿片だと言った。しかし美女は形而上学的な存在ではない。だから実態のないものにすがるということもない。だから美女は阿片ではない。釈迦だって出家するまでは美女との杯盤狼藉の毎日を繰り返していたと言う。また大盤振る舞いをする金もあったし権力もあった。円満具足の生活を送ってきたのである。私は「人は金ではなく心である」と頑固一徹信じてきた。しかし轗軻不遇の世の中、その信念がぼろぼろになってしまった。いや、経済状態が人の生活レベルをここまで反映するとは、そして私が最も衝撃を受けたのが、女性の態度である。経済状態が悪い男とデートする女性は本当に稀である。そう、生活はなんとか意志堅固でやっていけるが、さすがに私の親友が成功の階段を順風満帆に駆け上がって行く状態で美女と戯れる楽しみを享受することができる事実を目の当たりにして、初めて貧乏になるとはどういうことかを痛感させられた。いや、貧困と言っていいだろう。貧乏には美女と遊ぶ暇もないのだから、貧困サイクルに束縛されているために。だから貧困にいる人間は暇さえないのだ。反対に経済状態が良ければ余裕も出てくる。余暇とはブルジョアの特権でもあるのだ。

それまで私は荘子の「曳尾塗中(えいびとちゅう)」の精神といって嘘ぶいていた。そしてなんとかその精神で急場を凌ごうとしていた。そうすればいつかは九死に一生を得るかもしれないとう期待感があったからだ。道林が白楽天に言った言葉にも藁をも掴む思いですがった。道林の木の上に住むというホームレスぶりに、
「そんなところに住んでいては危険ですよ。」
と白楽天が道林に言ったが、道林は白楽天に対して、
「君の政界の出世街道も危険ではないか。」
と切り返したと言う。だから私も自分をその説話で慰めてきた。そうすればブルジョアに対しての憤激を押さえられるし、貧困であることの惨めさを忘れることもできると思った。だが、そうはいかなかった。友人の高額の給料に美女との戯れの金甌無欠のセット、その現実が私を直撃した。ネット社会で女性と話しても所詮はネット上の女性であり、体がない。それに本当に相手が女性かどうかも分からない。ただ若い女性のように話すだけである。写真はもちろんあるが、実体がないので全く実感がわかない。それに女性もネット上でイチャイチャした言葉遣いだが、面と向かってあんなことはできないであろう。貧乏人はネットで実体のない快楽を追求するしかない惨めな存在なのである。だから、貧困に対して嫌気がさす。現実の美女の賞賛を浴びたい。だから金が欲しい。名誉、地位、財産、美貌、それらが欲しくてたまらない。

私はどうせなら一人になって逃げ出したい。どうせならユナボマーのように一人でモンタナの森の奥地でだれとも関わらない生活がしたい。ロサンゼルスはとにかく人が多過ぎる。どこに行っても人だらけだ。人と関わらない時間がない。本当の個人の空間というものは都会では見いだすことができない。もちろん成功するならロスはもってこいのところだ。しかしルーザーになったら死が待っているだけだ。ゲットーに住んで犯罪に手を染めて気付いたら電気椅子に座っていたという敗者も珍しくないのでは。敗者になって死ぬぐらいなら田舎でひっそりと暮らす方が断然いい。それに一度出会った人間とは必ず別れる定めなのだから。会者定離の法則だ。だから、だれにも会わなくてもいいではないか。たとえ親友であってもこんな経済状態ではあわせる顔もないし、面目丸つぶれだ。さもないと私が壊れてしまう。元気のもとまで根こそぎ奪われてしまったかのようだ。よって、厭離穢土だ。それこそ私が必要としているものだ。勇猛果敢にロサンゼルスに殴り込みをかけたが、自分の教育がどこまで通じるか試してはみたものの、全くといっていいほど光が見えてこなかった。ちょっとでも成果が上がればそれが起死回生につながることもあるのだが、皆無である。だから今や絶望の淵に、断崖絶壁に立たされてるのだ。「骨折り損のくたびれ儲け」とはまさにこのことだ。

どうせならモンタナに移ろうかな。それともいっそうのことカナダにでも出国しようか。でもカナダもグローバリゼーションでアメリカ型資本主義社会になりつつあると聞いている。これでは袋小路ではないか。逃げ場がないではないか。ブッシュは一網打尽に世界をグローバリゼーションの網にかけようとしているのだ。でも、そんなネオ・リベラル資本主義社会でもモンタナならワン・ベッドルームのアパートの家賃も300ドルもしないだろうから、低賃金でフルタイムで働いても十分に暮らして行ける。そう、モンタナのような未開拓の田舎では敗者でもアパートは借りれるのだ。モンタナは人種主義者が多いと聞くが、それでも辺境だから彼らに会う機会も滅多にないであろう。でも病気した時の保険がないから、やはりカナダがいいだろうか。でも、モンタナはカナダと国境沿いであるし、病気になったらカナダに逃げ込めばいい。

それにしてもロサンゼルスは美女だらけだ。なのに私が話しかけても全く興味を持ってくれない。そんな馬鹿な。モンタナの山奥なら美女に会うこともないだろう。なにしろたった一人なのだから。そうすれば名色もないので、感覚器官と結びつく対象物もないので、欲望は起きないであろう。だから苦しむこともない。私の友人で女に捨てられてミシガン州に引っ越した人がいた。彼は相当打ちのめされたようで、そういう思い切った措置を取らなければ立ち直れなかったという。しかし今の彼は大手の自動車会社で働いている。だから移動は彼にとって正解だったのだ。私も田舎でひっそりと人目の付かないところで暮らしたい。そして、山奥でネットしながらYouTubeを見て、ブログ界でコミュニケーションを取っていれば人間として暮らして行ける。ホームレスでもブログを持っている時代になったのだから。そうすればまた自分を再確認できるだろうし、岡目八目と言われている通り、自分がその渦に巻き込まれるよりも、外から渦を見ていた方が適切な判断ができるというものだ。今は自己喪失してしまっている。今は頭の上の蝿も追えない状態だ。だから、とにかく逃避が必要だ。

イスラム原理主義では自爆テロで死んだものは天国に召され、そこで72人の乙女に迎えられるという。72人もの美女だ?快楽の世界は天国で約束されるのである。しかし死んだら性別もクソもない。肉体あってこそのセックスだ。自爆して一体何が得られるのか。爆死など復活しようにも肉体がないではないが。私はこの世で美女と恋愛遊戯したい。田舎でひっそり暮らしている時に空谷跫音はないのだろうか。突然美女が思いがけないところから訪ねてきたりして。そう、鶴の恩返しのように。うーむ、それは人間ではなく動物だ。獣姦になってしまう。でも、私が旱天慈雨に喘いでることは確かだ。気息奄々の中でどんなに待ちわびていることだろうか。しかし君主や社会的成功者にとっては美女は玩物喪志となり、国やビジネスを弊害すると言う。楊貴妃がまさにそうであり、釈迦の警告は正しかった。釈迦は歓楽哀情を妓楽のなかで味わった。そして釈迦の側室になろうと一攫千金を狙っているものでハーレムは充満していた。また女との結合で生まれてくる子は三界の首枷とも言った。しかし私には財産も国も子もない。だから美女が私を滅ぼすとは考えられない。私には滅ぼされるものが何もないのだから。だから私こそが美女を危惧せずにありのままに受け入れられる立場にあるのだ。美女を危険視することなどないのである。だからこそブルジョアではなく、私こそが美女にふさわしいのである。

刎頸の友である方には大変失礼ではあるが、私には逃避しか道は残っていないであろう。逃避あるのみ。今まで支えてくれた多くの方々に私は心から感謝する。しかし成果が上がらないのであれば、これ以上彼らに迷惑はかけられない。私は街談巷説が飛び交う物情騒然のロサンゼルスから出るしかない。一時的にしろ、その方が道が見えてくるというものだ。一体私は何を目指しているのか。我武者羅に成功しようとしても不可抗力に終わってしまうだけだ。だから私に現在残された道は黙想というか精修であろう。一言で言えば退却である。退却ほど迷いの世界から逃れられる最良の方法はないと思える。 交通渋滞にソモッグまみれの高層ビル、このような公害汚染されたメトロポリタンはもうこりごりだ。何もしなくともストレスが蓄積されてしまう。安静にするには一望千里できるフランスの田舎でもいいだろう。ミレーのような田園風景のなかの農民を題材にした絵を描いて過ごすのもいい。そこで田舎の娘をスケッチブックの上にデッサンして差し上げるのだ。そうすることで美女との交流も生まれるであろう。

基本的に田舎では美女は少ない。なぜなら美女は都会に出てしまうからだ。だから美女探しは大都市が最適という。そしてブルジョアは大都市郊外の要塞都市に住んでいるのだ。だから美女はブルジョアの狙い撃ちに遭うのだ。うーむ、秋田に行こうかなあ。秋田美人がいるというし。秋田は自殺率も高いというし、美女と自殺は比例しているように思える。美女多きところに自殺多きか。東北の女の子に東京で数人会ったことがあったが、彼女らはとても可愛かった。肌の質が全く違っていた。アメリカでも田舎の女の子は可能性を求めて都市に出てしまう。オクラホマでは若者の喪失を止めようと政府が必死になっていたのを覚えている。私も町興し事業に参加したことがあった。やはり町を興せば美女もそれなりに集まってくる。アメリカ各地、ましてはスロヴァキアの美女たちと会う機会が辺境の地であるオクラホマであったのだから。

しかし、私はやはり美女の数では到底かなわないロサンゼルスかニューヨークに移り住むことを決めた。ロスはハリウッドということもあり、より世界の美女が集まると言われている。なにしろニューヨークではテレビ産業が中心で、ハリウッドと比べては世界産業になりにくいからだ。なぜならテレビはあまりにもアメリカ文化に密着しているので、世界ではそのユーモアセンスが通じないからだ。だがハリウッドは世界市場だけあって、グローバル的に通じるものが作られるのだ。だからハリウッド映画はアメリカ人から見たらテレビに比べて薄っぺらいと写る傾向があるのだ。だから本当のアメリカ映画を見るにはインディペンデント映画を見ればいいと言われるが、やはり予算が限られているため、ユーモアだけでは世界に通じない。ビル・マーリー主演の「ブロークン・フラワーズ」を見たが、ヨーロッパのブルジョアにはあのセンスがウケたようだが、私のような一般大衆には予算が低いためか、迫力がなかったため、まただらだらしていたために付いて行けなかった。私は地域主義を重んじるインターナショナリズムよりもグローバリズムの映画のほうが面白いと思う。そういう面ではロスの方がよりグローバルだ。というより、万国共通である。グローバルな空気を味わいたいのならロス、インターナショナルな雰囲気を味わいたいのならニューヨークだ。いわゆるグローバルとインターナショナルの違いである。それにニューヨークは一つの文化でも何十層も重なっているので深い。ある意味、基盤がしっかりしているのだ。しかし、地域主義を徹底させているフランス映画などは好きだ。だから私はグローバル主義者ではない。

だが、ニューヨークはサブカルチャーが栄枯盛衰しているという。その面で私もニューヨークに行きたいのだ。サブカルチャーではよりニューヨークの方が国際的だし、本当のアメリカ用に作られたアメリカ文化を享受するならニューヨークで作られたものだという。ロスではメインストリームに食い込まない限り成功したとはいえない。マイナーなレコード会社と契約しているプロのミュージシャンに会ったことがあるが、彼女は87年型のボロいフォルクスワーゲンを運転していた。またメジャーなワーナーブラザース社と契約しているミュージシャンでさえ人体実験に参加していたくらいであるから、よほど生活に困っていたのであろう。サブカルチャーがニューヨークに比べて育たないのは分からないでもない。だからニューヨークに行くべきであろう。

ジェームス・ディーンもニューヨークに行って注目され、ロスに引き戻されてハリウッドで成功した。ビリー・ジョエルもロスで活動していたが売れず、ニューヨークに行ってブレークし、ロスに成功者として戻ってきた。やはりサブカルチャーで人気を得てから、マーケットを開拓して行くのが妥当であろう。しかしニューヨークに行ったことがあったが、とにかく人が多い。あんなところで目的もなく住んだら、ノイローゼになるだけである。それこそ廃人というものだ。人ごみの中に紛れ込んで自由を謳歌していても自由を謳歌できないという抑圧を感じるのだから。かつてあそこには世界貿易センターがそびえ立っていたのだから。しかし、サブカルチャーが健在であるので、そこが私の受け皿になってくれればいい。サブカルチャーがしっかりしているのなら自分を見失うこともないだろう。それにマイブームも当たり前の世界だ。

私もニューヨークに行くか。その前に、少し休憩が必要だ。しかし貧乏には休息がない。貧乏でも安息日が過ごせる場所、それは田舎ぐらいであろう。なにしろアイオワのような中西部ではインターネットにアクセスできない貧乏人でさえ土地を所有しているぐらいなのだから。そこで精神療養して、エネルギーをためてニューヨークに出陣するのである。「逃げることは臆病者のすることだ」と世間から脱落者のレッテルを貼られることは覚悟している。「逃げたら負け」か。しかし「逃げるが勝ち」という諺もあるのだ。一時退散は負けを意味する訳ではない。逆に時期尚早が死期を早める時もあるのだ。だから自暴自棄からくる負け戦を行わず、チャンスがくるのを一時撤退してじっと待つのである。その間に補給路とかを改めて確保できるのだから。死んでしまったら元も子もないのだから。だからこそ私に今必要なのは一時撤退なのである。よってロサンゼルスを出ることを決意した!


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【2006/11/07 09:39】 | 日記
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最近、私のアメ人の友達がメールしてきて、家を買ったと誇っていた。でかい石油会社で働き、それほどまでに稼いでいるのである。家を購入できるほど金を稼ぐとは相当なものだ。

去年もダラスで働いている友人も結婚してマイホームを買った。またルーザーと呼び合った友人が今では国連に採用され、ニューヨークに移るのだ。ある友人はハリウッドのアクタースクールに合格したようだし、ある同僚も博士課程に内定したという。

これはまずい。私に近い人間がどんどん着実に夢を実現してゆく。私は非常に焦っている。しかし、何をしたいかわからない。というか、情熱を注げるものがまったく見つからない。毎日不安に駆り立てられる、夜もろくに眠れない。毎日が暗闇のようだ。

私だけが貧困層に取り残されていく。彼らのように早く中産階級または知識階級に食い込まなければ彼らに合わせる顔がまったくない。いや成功しなければならない。私の情熱はなんだろう。アニメを見ることか。美女を求めることか。しかしそれは消費するだけで生産はしない。

金持ちになれば、物質的な苦しみは消える。だから金持ちになりたい。金持ちになれば自然に女もできるだろう。金がなければデートもできない。金のない人間はもてない。私がいつも心配するのは金のことだ。それが最大のストレスの原因だ。金持ちになればその苦しみから解脱できるのだ。

私は救いを求めていろいろな宗教や思想を試したし、またこれからも学んでいきたいと思う。私の知的な友人は、「答えは見つからないだろう」ときっぱりと言っていたが。

とにかく死にたくない!!!年をとりたくない。病気になりたくない。一生健康で若くいたい。なんで老化するんだ! こんなふうな体にした責任者は誰だ!絶対に許せない。しかし、そんな者はいないのかもしれない。焦るのは時間が限られているからだ。不死身になりたい。ロードスのエルフのように。そうすれば人間の苦しみを味わうことはなくなる。

菩薩は耳の形が人間と違う。エルフも耳がとんがっていて、それが人間より高い存在の証だ。ディードのようなエルフに救ってもらいたい。この浮世、人間界は最悪だ。ディードよ、私をエルフに転身させて、その大いなる神通力で!私はこの偈を以下に唱える、

聖なる森にましますエルフ、ディードよ
我をその大いなる神通力で救いたまえ!



【2006/04/28 05:30】 | 日記
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私のオクラホマにいるナイジェリア人の友人から電話がかかってきた。彼は国連に就職することが出来たというのだ。こんなに嬉しいニュースはない。彼は国際関係を大学院で学んだ後、四年間も国連に願書を出し続け、ようやく採用されたのだ。国連の開発部門で働くと言う。そして世界中を仕事で廻ると言う。だから彼は今からニューヨークに移る準備に取りかかっていると言う。私のかつての同僚が、いつも夜は酒場に行って愚痴をこぼしていた仲間が、世界の大舞台に立とうとしているなんて、なんと素晴らしいことか! 私も意を決してロサンゼルスに移ったが、ここでは自分すら確立することが出来ず、逃走したいと思う毎日だ。だが、友人が成功への階段を駆け上って行く姿を見て、勇気が沸いてきた。友人からの朗報は私の励みになった。

【2006/02/23 01:25】 | 日記
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