NAFTAでのキモヲタのソナタ
ああ、私の夢、私がが唯一欲しいもの、それは女性です。永遠の女性像を求めているんです。毎日女性のことを考えるばかり、ものごとに集中できません。最近では、オバマの勝利により、私はやっとこの地獄のようなネオリベラル社会が希望の大地に変わる可能性を発見したんです。そう、やっと「自由の大地」になるような気がしたんです。
しかし、ヒラリーの敗北はとても残念でした。なにしろ、アメリカ男性至上主義社会のベッグである大統領の座を女性が奪い取ることを大いに期待したからです。私は、男が大嫌い、ヘドが出るほど嫌いで、どうせなら女の子に生まれて、レズビアンとして恋したかった。レズビアン・マンというか、メール・レズビアンというべきか、だから、『マリみて』は私の夢を体現しているんです。私は福沢祐巳なんです。それか花寺のアリス(金太郎)くんなんです。男とはまったくかかわりたくないんです。しかしどこへ行っても男が支配してます。先公も男ばかり、教授、犯罪者も、警察も、軍人も、聖職者も、面接官も、上司も、役人も、政治家も男ばかり、一体女はどこにいるんだ!クソジジイとババア、どっちがいいか、それはもちろんババアに決まっているでしょう!男というだけで、すべてはパーなんです。昨年還暦を迎えたヒラリー婆に歴史を築いてほしかったんです。とにかく男社会を撃滅してほしかったんです。そうすれば、女性は政治だけで積極的になるのではなく、恋愛やセックスでも積極的になると思うんです。男性至上主義が、女を受け身状態にさせ、キモヲタは弱い男として、だれからも声がかからないのですから。男社会を破壊し、女性が積極的になりさえすれば、キモヲタにもセックスのチャンスがちゃんと訪れるのです。『40歳の童貞』なんていう、名誉毀損罪そのもののようなふざけた頽廃した映画など作られることはないんです。ADLが何も言っていないのはおかしいですよ。

私は現実世界では無神論者です。神や魂というコンセプトは、萌えと同じで麻薬なんです。仏教も無神論に近いです。なぜなら、神や魂の存在を否定してるんじゃなくて、そんなものなどどうでもいいからです。苦しみがなくなれば神なんて必要ないんです。心理セラピーなんていらないんです。苦しみがあるから、神や萌えキャラが生まれるんです。ジョン・レノンも『ゴッド』という曲で、
「神は私たちの苦しみを量る概念だ」
と述べています。虹コンの私も、
「萌えは私たちキモヲタの苦しみを量る概念だ」
と言います。

そう、キモヲタにとっては、女性こそが救いなんです。だから、残虐な男神のヤハウェではなく、崇拝するのは女神なんです。ヒラリーは年齢が年齢ですから女神とは言えないですが、それでも、彼女への期待は、大統領選への出馬ニュースを聞いた時から、一気に高まりました。ドイツ、チリ、アルゼンチンでも女性が指導者ですし。しかし、女神崇拝の宗教が世界宗教になってないですからね。男神崇拝宗教が世界宗教なので、そんなものはさっさと捨てればいいんです。だから、私は無神論なんです。高校から親や体制に反抗してウィッカとかやってる人も、結婚して子供を持つと、また親の宗教であったキリスト教のコミュニティーに帰属してしまうんです。私の無神論の同級生が結婚して、サザーン・バプティスト教会の会員になったのには驚きました。ジミー・カーターは、あそこを、
「女性を見下しているポリシーに反対だ」
として脱退したんですけどね。結婚が軍隊的な男性宗教組織を維持させてるんです。だから、サルトルとボーヴォアールは結婚せず、ドゴールを代表するフランスの傲慢な男権至上主義体制に組み込まれなかったんです。フランスでは、結婚は、裁判所で国家忠誠宣言の形式で行われるんですから。そんな現実社会では、キモヲタは三次元に希望を見いだせない。だから、虹コン(二次元コンプレックス)になるしかないんです。
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しかし、『マリみて』はカトリックですが、レズビアン・カトリックです。だから、私は二次元世界では、カトリックなんです。そこにイエスは登場せず、マリア様だけが登場します。Virgencitaです。リリアン女学園の学長ですらレズビアンなんです。自由恋愛が奨励されているんです。とてもイエズス会のような軍隊的な厳格な規律ではないのです。女の子の園か、でも私はやっぱ女の子ではないですね。ショッピングは嫌いですから。でも、『マリみて』での女の子たちの会話はほんといいですよね、崇高で。ピクニックでサンドウィッチを食べてお茶したり、とにかく美しい。すばらしい、あんな美しいなんて。ああ、小さいときから、女の子と交わりたかった。

なんで男として育つと、ボーイスカウトとかに入れさせられるんでしょうね?あんなの苦しいだけです。だって、長い期間、男としか生活しないんですよ。キャンピングも男だけだし、教官も男だけだし、バスケや野球やアメフトやサッカー、ボクシングやレスリングにしても、ボーイスカウトでやらされるアクティビティーといえば、フィジカルコンタクトが激しいもの、一歩間違えれば乱闘になりかねないようなスポーツばかりですからね。それに、同じ年齢の平均より成長が遅くて貧弱な子はどうするのでしょうか?男の子供というのは、クソガキですから、そういう子には協力せず、イジメるのです。スポーツでは、「負け犬」が決定しているようなものですからね。チームワークでも、「おまえがいるから負けたんだ」というムードです。そうもっとも辛いのは、男と一緒に生活しなければならないこと。女の子がいない。あれでは、『ハエの王』ですよ。男子校なんて考えられませんね。
「男になるための通過儀式」
と言いますが、あんなの無駄です。女の子がいなきゃ、意味がない。子供のときから、女の子が周りにいつもいてくれる環境をどんどん作ってもらいたい。女の子たちとチャットすることが、もっとも楽しいことですから。少年野球とかサッカーとか、ああいうのは男しかいないし、ほんと苦痛です。軍隊なんていう職業は考えられないですね。私も軍隊に登録されていた時期はありましたけど、男というだけで。女がいないなんて、ほんと不公平だ。男ほど避けたい生物はいない。

だから、男の子供は嫌です。私はお姉さんが欲しかった。お姉ちゃんが欲しくて欲しくてたまらなかった。どんなに姉の存在を欲したことだろうか!小笠原祥子さまのようなお姉さまが!あぁ、お姉さん。甘えたい。膝枕の上でお寝んねしたい。そして頭を撫でてもらいたい。縁側で座ってる祥子さまに。自分がもし将来子供をつくるとしたら、絶対に娘じゃないと嫌ですね。男はなにがなんでも嫌です。しかし、それはコントロールできません。しかも私は男だから、子供をつくる権利はないし。子供をつくるのもつくらないもの、どっちの性別がいいかなんていうのも、すべて女性が決定することですから。決定権はすべて女性にあるんです。私は将来絶対に女性と子作りすることはないでしょうね。娘しか欲しくないですから。だから、私が子孫を残すことはありえないですね。でも、子孫ができなくとも、人口爆発を解消するのには役立つので、それもヒューマニティーですよ。子作りを捨てることは世界のためです。資源がいくらでもあれば、人口爆発なんて関係ないんですけどね。しかし、その女性の決定権からどうして人工中絶を剥奪しようとするのかわからないんですけどね。

どこへ行っても男、男、男。なんでこんなに男が多いのか。やってられない。女友達一人は、男友達の100人分に相当する、っていうか、いや、1億人いても足りない。そう、女友達は、どんな男友達よりも勝っているのです。恋人の女性がいても、女友達がいなければ意味ないですね。女の子の友だちがいっぱいいれば、恋人なんていらないですね。でも、セックスは恋愛に支配されてますから、恋愛関係にならないとセックスできない。それが、また苦痛です。サマンサ・ジョーンズのような女の人は、会ったことがないですからね。70年代には、フリーセックスがあったようですが、今ではレーガンが出て来てから、キリスト教過激派の倫理が蔓延して、エイズの恐怖とともに人々はモノガミストとなってしまったんです。

アメリカのキリスト教会は、まったく時代錯誤です。暗黒時代の教義ですよ、キリスト教なんて。とても軍隊式な洗脳で、とくにborn again派とか原理主義派とかは、駄目ですね。中西部で、バイブルベルトに住んでましたが、女の子が欲しくてどこの団体に行こうかと迷いました。思春期から女の子のことしか考えられず、世界でもっとも好きだった女の子たちからは避けられるという激痛を受け、そして勇気を出して告白するとあっけなくふられ、心は完全に打ち砕かれ、渡米するにいたりました。また、男というのは、どうしょうもなく内部が腐っており、弱い者を見つけると虐めるという習性を持っているようです。DQNと体育会系の暴力は私の男に対する嫌悪を決定的にさせました。そしてDQNがモテたのです。暴力的な男がモテる世の中だったのです。日本は体育会系序列社会であり、そこは息苦しくてしょうがなかった。タバコと酒が蔓延している腐った社会だったのです。私の日本に対する憎しみは、体育会系社会によって作られたのです。アニメの学園のようなゆとりの世界ではなかったのです。だから、私はアニメを見ると、いつも、
「ああ、学園がこうだったなら、絶対に渡米することはなかったんだ!」
と叫ぶのです。だから私は人生をリセットしたい。高校に戻って、16歳に戻って、青春を謳歌したんです。女の子と恋愛したいんです。萌えアニメを見て、私はいつも悲嘆にくれるんです。だって、女の子たちがみんな素晴らしいじゃないですか。優しいし、強いし、すごい積極的だし、エッチだし、あんな娘たちが私の学園にいたならば、絶対に渡米することはなかったんです。よって、私はロリコンではありません。16歳の男子が16歳の女の子を好きになって、どうしてロリコンと言えましょうか?私は、レズビアンだし、16歳です。まぁ、三次元世界では、それらを「性同一性障害、年齢同一性障害」とカテゴライズされるようですが、三次元の言説なんかクソ食らえです。

バイブルベルト中西部は、とても保守的で、軍人が崇拝される社会でした。ある教会では、軍服を着た帰還兵が称賛されてしました。まるで軍人は聖人扱いです。プロテスタントはカトリックの聖人崇拝を排除したのに、軍人が聖人に取って代わったようです。私の大学の同級生も軍隊に志願した人がいましたし、また退役軍人だった人もいました。マリーン・メンタリティーというべきか、クラスで議論するときもとても好戦的な態度でした。こっちとしては、いつ殴られるかわからない、だから彼らと議論するときは、かなり緊張しました。だから、席は離れたところに座りました。教会や大学の外では、星条旗を掲げる家が沢山ありましたし、そのなかには、なんとアメリカ連合国の旗すらあったんです。
「うわ!KKKの旗じゃん!」
ととても驚きました。
「この家にはクランズマンが住んでるのかなぁ?」
と恐怖感で覆われたのを覚えてます。しかし、私の同僚も車両プレートに連合国の軍旗を載せていたので、人種主義者かと思ったんですが、そんなことはなかったですね。
「サザーンプライドだ」
と言ってましたから。しかし、彼も軍隊に奉仕していたパトリオットという自負を持ってました。そう、それは911以前から、バイブルベルトとはそういう風土だったんです。リベラルな都市では、911後に星条旗を掲げる家がたくさん出たそうですが、中西部では911前から、偏狭的なマッチョ文化の国家主義が蔓延していたんです。奴隷制度を擁護した旗を掲げるなんてもってのほか。しかし、フリースピーチですから、彼らが暴力を行使しないかぎり、こちらは黙って無視するしかありませんでした。彼らが攻撃してたのはハリウッドの「頽廃文化」、ヒップホップやラップ、ヘビメタなどを代表するミュージックインダストリー、黒人、ユダヤ人、新移民、そしてホモセクシャルでした。

もっとリベラルな教会はないものかと思いましたが、どこの教会へ行っても、牧師は異常なまでに興奮していて、怒鳴り散らしていました。しかし、そこの女の子はとてもかわいいんですよね。なんであんなかわいい娘がこんなファシストのような軍隊式の教会に通っているのか、とても不思議でした。で、やっと普通の教会を見つけてそこに行くと、そこは若い子がいない。いや、いたけど、でも高校生まで。アメリカは清教徒倫理社会なので、10代の娘とデートするとリンチされます。で、若くて綺麗な娘は、もうすでに人妻。そう、未成年か家族でしかなかったのです。その中間の若い独身女性がいなかったのです。肝心の20代の独身女性がいないんです!過激な教会に行くと独身の女の子はいましたが、洗脳プログラムというイジメがあるので、とても行けませんでした。それでも日曜学校には2年も通ったんですが、洗脳プログラムが第一優先で、私が女の子と親しくなる機会はなかったですね。女の子と電話番号やメールを交換しても、フェローシップとかそのような話題ばかりでした。いつもイエス様のことばかり話すんですよ。しかも、私が移民だったということもあって、改宗ということに女の子は全力を注ぎ込んだんでしょう。女の子から電話がかかってくることは嬉しかったですが、しかし話すことは、
「最近どうしてる?近頃の生活はどう?」
と言って、なにか悩み事を言うと、かならずイエスの話になるんです。どんなに私が他のことを話してデートに結びつけようとしても、結局はイエスの話に落ちてしまうんです。だから、とうとう我慢の限界を越えて、、
「しかし、それにはデートが条件だ」
と言うと、あっさり断られました。で、私がデート目的でフェローシップに参加していることをフェローシップのリーダーが知ると、彼は、
「フェローシップをやましいことに利用しないでくれ」
と私に言いました。彼は、フェローシップを通じて女の子とデートする機会を得ることが「やましい」というのです。indecentと言うんです。馬鹿げてます。清教徒倫理は、ここまで偏狭的な考え方しか出来ずに救われないんです。私がキリスト教のフェローシップに行ったのは、女の子と知り合いになりたかったため。そしてデートのチャンスを作るためでした。そう、私がもっとも必要としていたのは、イエスではなく、女の子だったんです。それを、彼らは全然理解してなかった。苦しんでいる人を助けるのがキリスト者であろう。だったら、女の子との接触がなくて苦しんでいるブラザーに手を差し伸べるのもキリスト者の務めであろうに。私が教会に行ったのは女の子と性的関係を結びたかったため、しかし彼らは狂信的な聖書原理主義を喚き散らすだけ、その洗脳プログラムの激痛は耐えられませんでした。よって、フェローシップに行くのを、やめました。

アメリカの過激派の教会も私の嫌悪する体育会系なのです。そしてそれがブッシュを熱狂的に支持している。で、過激派は、かわいい独身の女の子を多く獲得している。逆に「愛の宗教」を掲げる教会には、独身の女の子はいなかったですね。独身男性もいませんでした、私ぐらいでしたからね。リベラルの独身男性はきっと教会にいかないで、パーティーで大麻を吸ってるんでしょうね、かつてのオバマがそうだったように。しかし、彼も政治を志すようになってから、キリスト教徒となったんです。教会は集票マシーンですから。

しかし、オバマも過激な黒人教会に20年も所属してましたから。そこの指導者であるジェレマイア・ライト牧師は、パット・ロバートソン並みの過激さで、ルイス・ファラカンを称賛しています。しかし、オバマも最近になってやっと教会との関係を断ったのです。とてもすばらしいニュースでした。私たち無神論者にとっては力強いですね。このままどこの教会にも属さなければいいですね。そう、教会なんて、そんなところなんです。シカゴの巷では、オバマのことを「フレッド・ハンプトンの再来」とかと狂信者は信じてるようですから。ああいう過激で軍隊式の教会が、折伏大行進のような激しいキャンバシング(戸別訪問)して、票を集めてくるんです。まぁ、オバマもそのような宗教を利用しなければ、大物政治家になれなかったんでしょう。政治は、使い捨て、切り捨てなんです。でも、教会を切り捨てたというのは、私たち無神論者にとっては、とてもポジティブに映りました。教会なんて、個人の悩みなんて聞いてくれやしない。端的に言うと、
「女の子がいなくて苦しんでる」
と告白すると、
「イエスがいるではないか?」
という答えしかもらえないんです。それでは、なんの解決にもなりません。ましては、私は男嫌いだし、イエスも嫌いです。イエスの父は男神ヤハウェですし、私はゲイではないので、イエスも彼の父も愛することはできません。処女マリアであるのなら、まだわかります。しかし、アメリカのプロテスタントは、マリアに祈りを捧げることはまずありません。だから、私は、マリアの変形であるロリータに萌えるのです。二次元でのロリータは萌えアニメの美少女です。16歳ぐらいの。だから、「萌え」というのは、現代のサブカルチャーの処女マリア・カルトなんです。しかし彼らは、それを「異端」または「サタンに惑わされたもの」と呼ぶのです。

だから、彼ら教会指導者は私たちキモヲタ、あるいは虹コンをまったく理解してないんです。私たちは、イエスや神の愛が最優先ではありません。そんなのはどうだっていいんです。
私たちに必要なのは、女性です。
女の子の優しさです。女の子の柔らかさなのです。女の子とのスキンシップなんです。教会はそれをわかってないのです。政治もそれをわかってない。しかし、現実の女性は性的関係を持ってくれない、だから萌えアニメの美少女に萌えるんです。三次元の女性とセックスできない、だから二次元の女の子を妄想してオナニーするしかないんです。オナニーは悲しみです。あれほど惨めなものはない。オナニーは体力を消耗します。エネルギーを消耗し、病弱になってしまいます。あれは、じわじわと真綿で首を絞めるように自殺するようなものです。よって、私たちがもっとも必要なものは女性とのスキンシップなのです。しかし、教会指導者も政治家も、だれもキモヲタの要求を聞き入れてくれなかった。しかし、オバマはそれを変えてくれるでしょう。オバマは、少なくとも、私たちキモヲタの心理を理解してるんですから。女の子に取るに足らない存在としてふられたときのダメージをわかっているんですから!
it's impossible not to feel at some level as if you have been personally repudiated by the entire community...when the girl you'd been pining over dismissed you with a joke in front of her friends, (p107)
ある特定のレベルで個人的にまるで自分が全コミュニティーに拒絶されたかのように感じないことは不可能であり・・・自分のずっと気になってる娘に友だちの目の前でジョークとしてあっけなくふられてしまうような、
『The Audacity Of Hope』


だから、私は、一時期超常現象とかニューエイジとかにはまりましたよ。教会は、なんの助けにもならない。それに、自由奔放なセックスを敵視している。人工中絶とコンドームは断罪され、アブスティネンス(結婚までエッチしないこと)を奨励するんです。私のもっとも欲求するものが、悪とされるんですから。だからキリスト教は、完全に世俗化されなければならないんです。ヨーロッパのように、カトリック教会が伝統として残っているだけで、教義などどうでもよくなったというのが理想なんです。しかし、アメリカは教義もしぶとく蔓延っていて、それが自由を圧迫します。少なくとも、ニューエイジは、セックスの解放を奨励しています。しかし、ニューエイジもキモヲタを救うことはできません。彼らは、
「キモヲタのオーラは、普通の人よりも弱い」
とデタラメを言うんです。だから、デート、セックスに辿り着けないとします。根拠は、キルリアン写真のオーラだというんです。あれで、人の精神状態がわかるというんです。で、霊的状態が不健全だと、つまり生命力が弱いと、オーラが弱く映るそうです。で、そのオーラを強めるために、色々な瞑想法とかの教室を開いて、金を儲けるわけです。

しかし、仮にキルリアン写真が疑似科学でなくて本当だとして、キモヲタはセックスできないので、萌え系アニメの美少女を妄想してオナニーしますが、オナニーによって生命力が低下しているのでしょうか。それでオーラが弱くなってるのですか?いや、違います。キモヲタのオーラの低下の本当の原因はなにか?それは、女性とのスキンシップの欠落なのです。そう、オキシトシンの欠乏なのです。異性との性的な触れ合いなんです。だから、ニューエイジの指導者は、女性との接点を提供することがもっとも妥当なんです。キモヲタにとってセラピーになるんです。キモヲタのオーラを強めるためには、健康なオーラにするためには、女性とのセックスなのです。だから、ふざけた科学的根拠のない水晶やタロットや仏像や勾玉や瞑想クラスなどを商売にするのではなく、出会いの場を提供することがもっとも妥当だと思うんです。だから、キモヲタのオーラを健全にするには、女性とのスキンシップなんです。瞑想なんか、まったく無駄なんです。キモヲタは女とセックスできないためにオーラの力が低下してるんですから、それを回復するには、女とのセックスなのです。そんな単純な解決法を、ニューエイジの指導者は、まったくわかってないのです。
キモヲタのオーラが低下しているのは、女とセックスできないから、だから、オーラを回復するには、女とセックスできるようにすればいいんです。ただ、それだけです。plain and simpleです!
しかし、ニューエイジ野郎たちは、金儲けに目がくらんで、悪徳商法に陥るんです。市場原理ですから、彼らがサバイバルするためには、キモヲタの救済よりも、まず自分たちの利益なのです。それが、キモヲタの救済を阻んでいます。で、彼らは、
「ニューエイジとは肉体的なものではなく、精神的なものを強調するんです。スピリチュアル・ニーズに答えることがニューエイジサイエンスなんです」
と誤魔化します。それで、豚に真珠のような商法をカヴァーアップするんです。だから、私に女性とのセックスを提供できないんです。そんなことよりも、精神面だというんです。つまり、彼らは肉体と精神を二元論として捕らえているんです。キリスト教とまったく変わらないんです。しかし、精神は肉体が健康であってこそ健康になる。肉体がなければ精神がないんです。精神があって肉体がないということはありません。精神は肉体の現象なんです。肉体の一部なんです。「病は気から」というか、「病は体から」なんです。感情は体の一部です。感情が体から独立してることはありません。相手の感情を傷付けることは相手の体を傷つけることと同じなんです。傷害なんです。私はセックスを必要としている。しかし、それが欠落しているために苦しんでる。だったら、その苦しみを取り除くにはセックスできる女の人と巡り会うチャンスを与える。それなのに、
「なるほど、今のあなたには、水晶が必要ですね」
と言うんです。水晶とどうやってセックスしろって言うんでしょうか?水晶で股間を刺激しろって言うんですか?だったらバイブレーターのほうがまだましです。まったく本末転倒なんですよ。はっきり言いましょう。
「今の私には、セックスが必要なんです!」
麻薬は、摂取すると体を破滅させますが、セックスは心身共に健康になるじゃないですか?ニューエイジは、精神ばっかりを強調して、セクシュアルな面は、お粗末なんです。だから、キモヲタはニューエイジやスピリチュアリティーでは救われません。どんなに、聖書を読もうが、哲学書を読もうが、女性のスキンシップがなきゃ救われないんです。ニューエイジは、セックスに解放的でありながら、キモヲタのセックスの解放には無関心なんです。ニューエイジの女は、セクシャルだと思ったんですが、モノガミストだったんです。私がニューエイジに望んでいたことは、ウッドストックのようなフリーラブだったんです。フリーラブのいいところは金銭が介在しない、よって売春にはならない。ほんとにセクシュアリティーを共有している男女が集まってセックスするというものです。しかし、ニューエイジの人たちは、実際はとても保守的でした。みんな湖で裸になって抱き合うのかなぁと思ったんですが、違いましたね。名前が「ニューエイジ」なだけで、実際は、保守的なアメリカ人の性生活となんら変わらない行動をとっていたんです。幻滅しましたよ。ネオリベラルだったんです。そこにあったのは、性的快楽の独占でした。詐欺にあったと思いました。私が求めているのはスピリチュアリティーではなく、セクシュアリティーなんですから!だから、私の一時的にハマっていたニューエイジも捨て去りました。

三次元の団体は、なんの助けにもなりはしない。ネオリベラルとネオコン、いわゆる「双子のネオ」が支配するこの社会では、だれも助けてくれはしない。よって、萌えアニメが私の麻薬となったんです。あんな水晶や神秘の石やインセンスや占いセッションや瞑想クラスよりか、萌えアニメのほうがはるかにキモヲタの苦しみを沈静化できます。水晶や石なんか、セックスの代理品にはなりようがないんです。だからイケメンにとっては三次元の女性との恋愛とセックスは、キモメンにとっては二次元の女性だと萌えとオナニーになるんです。それで、キモメンがキモヲタまたは虹コンとなるんです。イケメンは三次元の住民、キモヲタは二次元の住民、その違いです。図にするとこうなります。
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アメリカっていう国はみんな忙しい。市場原理主義によって忙し過ぎてストレスが蓄積される。よくあんなんで恋人が作れると思う。恋する余裕があるのかどうか。それに伴いアメリカの女性はまったく積極的ではない。女性がデートに誘うところを見たことがない。いつも、男性ではないか!どうしてだ。日米そろって女性は受け身なんです。だから、どうしても男のほうが恋愛できない人が多くなってしまうんです。だから、レズビアンがいい。レズビアンは女でも積極的ですから。私はゲイ・バーで、超美人なブロンドのモデルのような女の子が、私の女友だちをナンパしようとしているのを目撃したんですから。衝撃でした。しかもとても保守的なテキサスでですよ!信じられませんでした。私の友だちは、典型的な中西部のアメリカ人女で、まぁ普通の女の子で、男たちがひざまずいてデートを懇願するようなタイプではなかったんですが、そのブロンドの娘は、
あなたじゃなきゃ駄目なの!あたしのアパートに来てよ!
と三回もねだったのです。あんな積極的な女性を見たことがない。しかもあんな美人な娘が!私はただ驚愕するばかりでした。しかも、アパートに来てだなんて!あぁ、アパートでなにをしたいのか!想像するだけで心臓発作を起こしそうだ!いやー、あんな美人なブロンド娘が。私はその娘が私たちのテーブルに近づいてくるのを見て、頭が真っ白になったんですが、しかし、まさかレズビアンだったとは!あぁぁぁ、ゲイ・バーだからね。しかし、最初の口説き文句が、
「なんか買ってあげるよ、好きなドリンクをオーダーしたら」
というものでした。でも、目が、目が、彼女の目は、もうロック・オンした状態で、あれは怖かった。だれが見ても瞬時に下心ありの目だった。しかもあんなにホットなブロンドチックが、性欲をむき出しにしてる目をしてるなんて。いやぁ、でも男だったらだれもがイチコロで一目惚れしてしまうような娘が、私の女友達に必死になってセックスを懇願してるんだもん。「セックスしよう」とは言ってなかったけど、「あたしのアパートに来て一緒にハングアウトしよう」ていうのは、もうそれしかないじゃん!私は、
「ああああぁぁ、なんでオレは、レズビアンじゃないんだ!!!」
と男に生まれたことを後悔しました。でも、私の友だちは、
「あたしはストレートだから、ごめんなさい」
と断りましたけどね。ああ、もし私がその立場だったら、神に感謝して、その場で無神論を捨てるでしょうけどね。それが三次元でのはじめてのレズビアンを目撃した体験でした。ブッシュの地元のテキサス州で。またJFKが狙撃されたというダラスで。そう、『破戒』の小説の主人公も、そんな体験はできなかったんですよ。

で、二次元でのレズビアンは、やはり『マリ見て』ですね。だから、私は無神論者ですが、二次元ではカトリック教徒なんです。バッハ版の「アヴェ・マリア」をラテン語で毎日歌ってますし、マリア様を褒め讃えるのです。女神マリア、神の母ですからね。実の息子が死刑になってしまうという苦しみを通過したマリア、それはマリア・デ・ロス・ドロレス(悲しみのマリア)であり、それがロリータとなります。ロリコンは、ヴァージン・カルトの一種なのです。それが萌えアニメに多大な影響を与えています。萌えアニメの美少女は、アリスとロリータに源流を持ちますし、ゴスロリのファッションもロリータが源流です。だから、ゴスロリは死がテーマとなっているのです。つまり、萌えアニメは、聖母マリア、キリストの母が源流となっているのです。また、ロサンジェルスも、マリア・デ・ロス・アンヘレス(天使たちのマリア)であり、LAも、処女マリアの称号の一つでもあります。だから、毎年のアニメ・エキスポはロサンジェルスで、マリア様の町で行われるのです。でも、マリア・ジ・サウダージという称号も必要ですね。サウダージのマリア。ブラジル人ならわかってくれるでしょう。つまりロリータは、ユダヤ人女性が、源流となっているのです。今年はイスラエル建国50周年ですし、ゴスロリをイスラエルに普及しようではありませんか?ロリータの発祥地は、イスラエルなんですから。萌えアニメをイスラエルでこそ普及しなければならないんです。

レズビアン、なんと素晴らしい。彼女らは目ざめてしまったんです。ある種の「悟り」を開いたんだと思います。なんせ、男とセックスするなんて、考えられない。あんな汚くて下品で不潔極まりない蛆がわいてる醜い生物とよくベッドを共にしようと思いますもん。想像しただけで嘔吐してしまいます。まるでゴキブリを食べるようなもんですよ。それで胃が食い尽くされて死ぬんです。だから、ヘトロとバイセクシャルの女は内心スゴいと思います。よく、あんな劣悪な生物に性欲が沸くものだと!ゲイ・ポルノなんか、最悪ですねぇぇ。うわー、嫌だ。しかし、腐女子にはゲイ・ポルノがたまらないんでしょうね。ヤオイですからね。理解できない。なんであれが面白いのか。でも、レズビアンはわかります。女性はほんと素敵で綺麗。あぁぁ、あんな神の創造物といえる彫刻をどうして愛さないわけにはいかないんでしょうか?女性が女性を好きになる。あれはわかりますよ。あれほどの美しい肉体をしてるんですから。っていうか、どうして女性が女性を好きにならないかっていうのが逆に不思議なほど!私はとてもおとなしい性格です。シャイとまでは行かなくても、とてもおとなしいんです。それでも、美しい女性がいると、もう頭が真っ白になってしまって、ブランクアウトしてしまうんです。なにもかもがどっかに消えてしまうんです。このときだけは、ADDが治ってしまうんです。全神経が女性に集中してしまうんです。しかし、レズビアンも、この私の症状をわかってくれるというだけで、ありがたい。心が通じ合っている。そして、彼女らが男に興味を持たないというのも、まったくわかるのです。ゴキブリにだれが性的興味を示すでしょうか?ああ、私も男というゴキブリだから、自己嫌悪なんです。女の子にさえ生まれていれば、ここまで自己嫌悪に陥ることはなかったのに………。 そう、女の子に生まれていれば、レズビアンとして、愛されたかもしれません。セックスできたかもしれないんです。

私は、色んな女の子に訊いてまわりましたよ、
「男が好き?」
って。ヘトロセクシャルな女の子は、みんな好きだっと言ってました。ビックリしました。で、
「女が好き?」
と訊くと、そんなことはないと答える女性もいました。たまに、
「女が嫌い。あいつらは、みんなビッチだ!」
と同性に対して嫌悪感を表す女性もいました。でも、そんな子はごく少数でしたよ。ほとんどは女性独特の連帯感といいますが、お互いを「ガールズ」と呼び合えるような、アメリカでは老婆になってもこの「ガールズ意識」というのがあるんですね。性的な犯罪者はもっぱら男だし、痴漢、ストーカー、露出狂、レイピストはもっぱら男です。男は基本的に脅威を与える存在です。だから女性にとっては男は生理的に受け付けないのかと思ったんですが、
「基本的に好きだよ。彼らの周りにいて楽しいから。それに彼らはキュートだし」
と言っていました。それはとても意外な答えだったんです。男嫌いの女性はいなかったんです。ただマッチョ文化に対しては反感を持っているのは確かでした。女性の社会進出を妨げて来た悪しきものと言っていましたが、それが男嫌いと結びつかなかったんです。レズビアンの女の子も、男嫌いではないのです。ただ恋愛とセックスの対象にならないだけで、基本的に好きだと言ってました。私はただ、
「よくこんな生物を好きになれるよなぁ。男はみんなアスホールじゃないか」
と内心思いました。でも、好きだったら、どうして声をかけないんだろう。男は気になってる女の子がいると声をかけますが、女の子が男に声をかけることはないんです。ほんと稀ですよね。女がみんな受けになっているということが、男女のデートのもっとも間違ったところなんです。

レズビアンがいいところは、どちらも受けと攻めになれるということです。カタツムリのようにセックスチェンジが自在にできるのです。ああ、レズビアン、なんと羨ましい・・・。受けと攻めになれるのはゲイもそうですが、まぁ、私は男が嫌いなんで、ゲイはどうでもいいですが。しかし、ヘテロな関係だと差別社会のなかでは、常に男が攻めで女が受けなのです。それは本当に不公平です。女が攻めに転じる社会は、ヒラリーの大統領当選によって実現すると思ったんですが。そうすれば、フェミニンという言葉が「弱々しい」という意味にならなくなるはずです。シュワルツネッガー知事の問題発言である「女々しい政党」という言説もなくなるのです。カリフォルニアは連邦上院議員が二人とも女性だし、またナンシー・ペローシ下院議長も輩出している。そして、カリフォルニアの民主党の大統領予備選では、ヒラリーが勝利を収めました。それに、裁判所が同性愛結婚を最近では承認しました。カリフォルニアは、アメリカでもっとも「女々しい」州なんです。そのようなセクシャル・マイノリティーに解放的な土地で、シュワルツネッガーのような言説が通ってしまうのは、おかしいんです。あんなのが知事だなんて、ほんとカリフォルニアの恥です。女々しい=受け身=弱いという言説を叩き潰さなければならないんです。ヒラリーがそれを完全に叩き潰してくれると思いました。彼女はタフなファイターだし、「攻め」の女性なんです。それがヘトロセクシャルの恋愛や肉体関係においても、体現されることをどれほど望んでいるか!それは、ホモセクシャルのレズビアンで見ることしか出来ない。

それで、私は、完全にレズビアンとなりました。若い女の子を見るだけで、頭が真っ白になっていまいます。すべてのことが一気に忘却されてしまうんです。Carried Awayになってしまうんです。『Sex And The City』のテーマがそうでしたね。でも、あの人たちは、30代後半女でしたから(今では40代後半)。綺麗なことは綺麗ですが、頭が真っ白になるということはないですね。やはり16歳が理想です。萌えアニメの美少女のアーキタイプです。あの時は、なにせ化粧をしなくても美しい。しかもショートカットがとても似合う。スポーツ系のヘアスタイルなんか、もう頭が爆発するようなかわいさですね!それに化粧なしでもすばらしい。それが10代後半の女性のもっともすばらしいこと、変に飾り立てなくても、無理してエステやサロンや美容室に行って髪をスタイリングしてこなくとも、自然の状態で美しい、まさに神が存在するとしか思えないほどのデザインなのです。しかし30代後半では、やっぱり化粧がどんどん濃くなるし、スッピンだとまるで半熟の不完全な男のような容姿になってしまいます。どんなに綺麗な人もです。それは、やはり肌の張り、つやと脂肪がなくなり、しわが増え、皮膚がたるんでくるからです。どんなに綺麗でも、若い娘には勝てません。そう、どんな美しいものでも老化、病、そして死というものに破壊されてしまうというのが、私の無神論を決定づける要素でもあるんです。美は永遠に!

だから男にロリコン願望があるように、年輩女性には、やはりショタコン願望というのがあるんでしょうか?若い男の前では、ウキウキしてしまう年輩女性を多く見かけました。顔がにやけてましたからね。あんな表情は若い女性は、絶対に見せませんから、ああいう表情を出すということは、もう自分は若くないというあきらめのメンタリティーが伝わって来て、とても悲惨です。あそこまで喜ぶことはないだろうと思いますが、それもやはりショタコンなんでしょうか?やはり男女問わず、若い異性が好きなんですね。しかし、彼女らは、若い異性を見かけても、喜びますが、それで苦痛を感じるということはないようです。マルティタスクなんでしょうね。私は、女の子がいると、駄目です。どうしょうもありません。なにも考えることが出来ません。頭からぬぐい去ることができず、呼吸困難に陥ってしまいます。勉強してるときも仕事してるときでも若い娘がいると、もう駄目です。ドキドキしてしまって集中できずに、意識が完全に女の子のほうに行ってしまいます。しかも彼女とうまく会話ができなかっただけで、もうその日は落ち込んで、焼け酒を飲んでしまいます。そう、女の子は女神の存在にとても近い。でも、彼女らは人間ですからね。女神は拒絶しないですから。萌えアニメの美少女も拒絶しません。だから、萌えアニメでは、もう理想です。

女の人以外なにもない。考えること、白昼夢、夜の夢でも女の子のことばかり。あぁ、最近、また夢を見ました。共同幻想、対幻想という夢。フロイトは夢は無意識の欲望と判断しましたが、そうなんでしょうね。萌えアニメの美少女は、キモヲタの集合的無意識のようです。処女マリアもまたそうですし、アリスもそうでしょう。アマテラスもそうかもしれません。私の永遠のお姉さまである小笠原祥子さまもそうかもしれません。しかし、南米旅行で出会った女の人が出て来たんです。それほど、南米に戻りたいということでしょうか?

南米で、夜中にダンスパーティーがあって、そこにはありとあらゆる女性がいました。15歳から、歩行器の老婆まで。しかし、ダンスのときだけは、歩行器が必要ないという…。とてもサイケデリックでした。ダンス・パーティーで、なんと私の女友だちが彼女の独身女性の友だちを連れて来たんですから。私に、
「ジュリエットを探してるんでしょ?」
と言って、
「シングルの女の子だれかいないか?」
と親戚までにも声をかけて、連れて来たんです。でも、20代がいなかったのは、ちょっと・・・。みんな、私よりも年上でした。しかもかなり離れていた。ほとんど30代後半でしたね。まぁ、私の女友達がもうすぐで40代なので、それで彼女の友だちも自然と世代がそれぐらいになるんでしょう。日本では「オニババ化した負け犬」を揶揄される女の人たちです。でも、南米のような発展途上国でも、そういうキャリア組の女性はいるんですね。私はてっきり先進国だけの現象かと思ってました。あっ、でも一人だけ私より年下がいましたよ。私に一番近い年齢の娘は15歳(今年で16歳)でした。私も16歳なので、同じ世代です。だから、彼女に飛びついて、その娘のオヤジの許可なしに勝手に踊りました。いやぁ、手をつないだとき、肌の感触が天国でした。あんな柔らかい手をしてたなんて。そして、彼女はなんといっても10代の女の子にしか似合わないショートカット、しかも化粧をしなくても、すごーくくぁわいいいいい!!!!だから、もう、
でべべべがががっぐげがでっごごごごっがぁぁいるつぅぅぅぅぇかあぁぁかぁ!!!
と全身の毛穴から蒸気が吹き出しまくりました!で、ラテンの子は、やはり成長が早くて、しかも腰のくびれが世界一!まるで夢を見ているようでした。脳みその細胞全てが破壊されそうでした。しかし、30代後半の女性たちは、私をじっと見ていたんです。こんなことは経験したことがなかったんで、とても異様な、不気味な、ミステリアスな、摩訶不思議なセンチメントを持ちました。

15歳の子と踊り終わると、30代の女性と踊りました。でも、みんな踊りがうまい。しかも腰の動きがスゴい。Dile Que Noというサルサの動きがあるんですが、女の人があの腰をひねる動きをすると、ほんとに美しい。「いやよ、いやよ」というのを表現するのです。とてもセクシャルです。まるで、自分の股間をガードするような動きなんですから。ラテンのダンスはとても性的ですよね。それにラテンの女の人はなんであんな腰をしてるのか、まったく理解できません。やはり創造主がいるんでしょうか?偶発的にお尻にさわったんですが、弾力性があって、あれはまさに筋肉でした。やはり小さい頃からダンスしてるから、あんな素晴らしいお尻になるんですかね?鍛えられてるんです。だからラテンの女の人を見るとバランスがいいですよね。姿勢がいいということもありますが、バランスがいいですよ。日本人の娘は、バランスはそんなよくないですね。ガリ痩せですからね。あれでは、やはり激しい踊りでは、バランスがとれません。運動神経以前の問題ですね。しかし、ラテンでは、どんなに運動神経が悪い人でも、ダンスはできるんです。バランスがいいですから。

しかし特に30代後半の独身女性は、必要以上に目を合わせて、至近距離で話しかけてきます。化粧はやはりとても強くて、真紅のブラウスで、しかも真紅の口紅、色がマッチしているんです。パンツもピシッとした黒で、お尻の形が強調されます。そして、靴の黒のハイヒール、そしてボリュームのある黒髪、身長もハイヒールを履いてるから私より高かった。職業は、心理学の哲学博士で、心理セラピストだそうです。やはりキャリアーウーマンで、プロフェッショナルでかっこいいと感じたのは確かでした。教養と教育がとても高い。ただ、私のスペイン語のレベルが低いので、あまり深い会話はできませんでした。で、ペルーでは、教育の高い人でも英語は話せないようですね。グローバリゼーションから取り残されているんです。いや、でもみんなスペイン語はちゃんとゆっくり話してくれて、コミュニケーションは取れました。そごいやさしかったです。私は色々なくだらないジョークを言うと、爆笑してくれて、
「オラレ!一緒に踊ろう!」
と言って、ダンスフロアに引きずり出されました。しかし、手をつないだ瞬間、ざらっという感触でした。やはり、10代の女の子と30代の女性は20数年離れているだけあって、手の感触がこんなに違ってしまうんですね。この女性は10年前は、どんな男でもイチコロの容姿を持っていたことは確かです。やはり、老化というのはとても残酷です。でも30代後半でも、体のほうは、くびれはスゴいです。ラテンの体です。そう、アメリカのように60%以上が体重オーバー、30%が肥満体質ではないんです。みんな健康的な体型なんです。だから、30代後半だろうと健康的な体型をしてるのは、なんら不思議ではないんです。アメリカがおかしいんですよ!Obese Empire(肥満帝国)なんです。で、サルサは男がリードするんですが、三回転ぐらい引きずり回されました。で、私はDile Que Noをやりました。すると、とても驚いてましたね。なにせ女性がやることを男性がやったんですから。まっ、私はレズビアンなんで。いやー、楽しかった。

でも、10代の女性は、興味津々で話しかけてきますが、冗談を言っても笑ってくれないです。でも、30代後半の女性は、
「私は16歳です」
というと、笑ってくれるのです。しかし、年輩女性もやはり若い男が好きなんでしょうか?男性至上主義社会では、女が恋するのは圧倒的に年上です。また結婚するのも、年上なんです。しかし、キャリア女は、年下の男でも対象にするんですね。私のような16歳の男の子は、あの人よりも20年年下だから、息子みたいなもんですからね。犯罪チックですね。男性のロリータ願望はよく題材になりますが、これからは、ショタコンが主流になってくるんでしょうね。『あるスキャンダルの覚え書き』の映画はまさにそうでした。30代後半の女教諭が15歳の生徒と不倫してしまうという!しかも、自分の子供よりも年下の男の子ですからね。女性の社会進出とともに、それが増えてきそうです。女性の社会進出がデートでも女性を攻めにさせる、だからヒラリーの勝利をどれほどまでに望んでいたことか!

南米は、女性も積極的になるんです。これはアングロサクソン型ピューリタン社会のアメリカとは違います。やはり女性も攻めに転じなければ、人生はつまらない。キモヲタにとっては、一生童貞で終わってしまいます。女の体に触れることなく息絶えるなんて、それほど悲劇的なことはない。そもそも日米では、キモヲタが出て来てしまう社会なんです。それに南米は、男女が出会う場がコミュニティーベースで確保されている。コミュニティーのサポートがあるんです。アメリカはクラブに行っても、そこで男女が結びつくというのはほとんどないですね。なぜなら女性が受けだからです。「ブローク・バック・マウンテン」の女性が積極的だったのは、ほんと驚きましたよ。私も中西部に住んでましたが、あんな積極的なカウガールはいませんでした。しかし、あれはほんと稀ですから、でも、南米は違います。女の子と遊ぶところが確保されてるんです。しかも、女の子から恥ずかしながら、
「遊ぼうよ」
と誘ってくるそうです。そう、南米では、女性も積極的なんです。女性が攻めの役割をとってるんです!とくにブラジルではそうなんですって!ブラジルに行くしかない!

あぁ、女の子と遊びたい。渡米して十数年、女の子と遊べませんでした。遊ぼうとした女の子は拒絶しました。また、私に「遊ぼうよ」と攻めて来た娘もいませんでした。ほんとスキンシップの欠落したネオリベラル経済社会、恋愛資本主義から、恋愛共産主義にならないものですかね。もちろん、経済力の格差を縮めること、国民健康保険と教育費の援助、それらのハード面も大切ですが、やはりセクシャリティーというソフト面でしょう。キューバ・ダンスでは、パートナーをどんどん取り替えていくではありませんか?それと同じように、セクシャルパートナーをどんどん変えてゆく。ありとあらゆる人がコミュニケーションを取れる。だから、イケメンもキモメンもブスも美人もみんなチャンスがあるんです。そう、快楽の独占がいけないんです。セックスもダンスと同じでコミュニケーションなんです。しかし、そのコミュニケーションが勝ち組に独占されてるから、キモヲタが出て来てしまうんです。女性とコミュニケーションがとれない男は、どんどん破滅していきます。出家者のように自らの自由意志で断った人たちではなく、拒絶された人たちです。そして、アメリカは人種社会、とくに東洋系の男は、まったくセックスの対象にはならないのです。東洋かぶれの白人はあれだけモテるのに、どうして西洋かぶれの黄人はモテないんでしょうか?だから、オバマのような有色人種が大統領になれば、同じ有色人種である東洋系の男もモテるようになるはずなんです。女性とコミュニケーションが取れるようになるんです。東洋系は未だにコミュニティーに承認されてないんです。いつも脇役ですから。コミュニティーとコミュニケーションの語源は一緒です。ラテン語の「Communis(共有)」です。そう、共産主義(コミュニズム)と同じ語源なんです。コミュニティーがあるからコミュニケーションがあり、コミュニケーションがあるからコミュニティーがあるんです。しかし、東洋系はコミュニティーから承認されてない、だからコミュニティーに属してる女性からも承認されてないからモテない。したがってセックスも共有できない。とくにセックスは共有ではなくて独占される。よってオバマにコミュニティーの変革を期待してるんです。白人男性至上主義を撃滅することができますから。だって、西洋社会の覇者であるアメリカ大統領は、ずっとヨーロッパ系白人男性だったんですから。まるで皇室典範ですよ。「ヨーロッパ系白人でキリスト教を信奉する男子」という万系一世を砕かないと行けないんです。だから、三次元の女性の意識改革はオバマにかかってるんです!

あぁぁあ、女の子にさわりたい、遊びたい、いちゃつきたい、flirtしたい、コケットしたい。萌え系アニメは、やはり所詮は二次元なので、リアルではないんです。やはり現実世界で、女の子の体に触れなければ、どんどんエネルギーが低下して仕舞には自殺してしまいます。でも、売春は国連の条約で禁止されている、女性の権利を侵害するからです。よって、金によって皮膚感覚を買うことはできない。それにキモヲタは正義感が強いので、人権侵害はとてもできない。ということは、キモヲタはアニメを見て死ねということか?だったら、やはり恋愛共産主義しかないでしょう。南米はそれに近かったですからね。さすがチェ・ゲバラの理念が恋愛で生きているのです。もちろん、経済では駄目ですが。共産主義は政治経済ではなくて、恋愛に応用されるべきだったんです。セクシャル・コミュニズムなんです。

ああぁ、このままでは絶対に発狂してしまう。女の子を妄想し続けると、どんどん惨めになってゆく。苦しい、実に苦しい。キスしたい、触れ合いたい、抱き合いたい、エッチしたい。今にも首をつりそうだ。

この「自由の国」と呼ばれるアメリカで女の子を紹介してくれる人はいなかったですから。私が友人に求めているのは、女の子を紹介してもらうこと。やはり、直接、女の子に話しかけると、撃沈されますから、友人の紹介が一番いいのです。南米でも、私は友人の紹介という形で、女性と話す機会が与えられました。そう、人生16年生きて来て、南米で初めて女の子たちに紹介されたんです。しかし、リマには一日しかいなかったので、デートする時間もなかった。まさかあんなに女の子たちがキモヲタである私と会話するとは思わなかったですから。あんなに興味津々に話しかけられるとは思わなかったです。人生初めてだったので、一体何が起こったのが、把握するのにも手間がかかりましたから。だからとても後悔してるんですよ。

しかし、アメリカでは、私に女の子を紹介する人はいなかったです。男の友人も、女の友人も、だれも紹介してくれないのです。アメリカはネオリベラル社会ですから、恋愛も競争原理なんです。だから、友人は、恋愛の手伝いはしない。友人関係に競争原理を持ち込みたくないんです。それがどんだけキモヲタにとっては深刻な問題であるかをわかってないのです。で、やはり一番理解し合えるキモメン同士では、女の子の知り合いがいませんから、お互いにだれも女の子を紹介できないんです。で、モテる男に紹介を頼んでも、
「ああ、わかったよ」
と承諾しながら、彼らはしてくれません。で、
「いつになったら紹介してくれるんだ?」
としつこく言っても、
「最近忙しいんだよ」
と言って、計画はパーです。それか、内心、彼らは、
「ヘルメスのようなキモメンじゃ、女を紹介しても、女が彼のキモさにドン引きして逃げ出すのがオチだ。だから紹介しても、無意味だろう」
と思っていたのかもしれませんね。それでも、可能性はないとは言えないはずです。どれほどまでに、彼らに女の子を紹介してもらうことを期待したか!しかし、彼らはそれが最優先事項でないため、わからなかったのです。そこまで一所懸命になることだとは気付いてないのです。なぜなら、彼らはそこまで努力しなくても恋愛できるし、また死にものぐるいでやっとの思いで恋愛できたという経験を持たないからです。とくにエリートはそうでしょう。下層階級の恋愛の悩みなんか、彼らには屁のようにしか感じないんでしょうね。しかし、政治家ではじめて恋愛に言及したのは、オバマぐらいでしたから、この「若きウェルテルの悩み」をとうとう理解してくれる指導者がアメリカに現れたんですよ。しかし、高校の失恋のダメージというものが、選挙に負けたときと同じぐらいであるという表現は、私を泣かせました。
「そう、その通りだ!オバマは私を理解している!今まで、失恋がここまで深刻であったことをわかってくれた人はいなかった!」
私は全コミュニティーに拒絶され、それで渡米を決行したんですから。
「女の子にふられたぐらいで、引っ越すなんて、しかも外国に・・・」
とほとんどの人は、唖然とします。理解できないんです。だから、仕事なんかだったら紹介してくれる友人もいたけど、肉体関係のポーテンシャルの女の子を紹介してくれることが、どれほど私のヘルプになるかということを、だれもわかってないんです。でも、オバマは、わかってくれる。オバマは、きっと南米に近いメンタリティーを持ってるんです。なにせ、彼自身、ブラジル人のようなもんですからね。しかし、異国の地では、女友達が私を女の子に紹介してもらった。しかも、まったく私はその文化では異邦人で異文化人でもあるにかかわらずです。これほどまでに、恋愛にオープンなことはあるでしょうか?外国人だろうが、まったく気にしないんです。まさに恋愛共産主義、平等主義ですね。恋愛のヘルプが、私のもっとも必要としていたものだったんですが、それを理解してくれる人は、オバマが出るまでいませんでした。アメリカではいませんでした。でも、オバマが大統領になれば、アメリカは南米化するかもしれませんね!南米は、人間関係、とくに男女関係は暖かいですから。チャンスをどんどんコミュニティーベースで作ってくれますから。オバマもシカゴでコミュニティーオルガナイザーをやっていたそうですから、暖かいんでしょうね。ペルーでも、私の友人はコミュニティーオルガナイザーで貧困層をヘルプしてましたし、また私に対しても、女の子と遊ぶチャンスを提供してくれましたし、経済的なサポートだけでなくて、エモーショナルなサポートまでもしっかりとしてくれるんです。南米では、みんながコミュニティーオルガナイザーのような、ほんとダンスパーティーの文化ですよね。オバマもダンスしてますしね、プエロト・リコのキャンペーンで、やはりダンスしてました。プエロト・リコはラテンですし、サルサの源流でもあるところ、だから、オバマもダンスをしながらキャンペーンをしてんです。よって、大統領がオバマになれば、アメリカも、もっと恋愛フレンドリーな大地になると思います。それこそ、「自由の大地アメリカ」になるんです!

さらに、メキシコのマリアチのオバマの音楽もあります。ああ、いいですね。私も、大都市のバリオに住むものとして、わかりますよ。たぶん、バイブルベルトのド田舎に住んだままだったら、このフィーリングはわからなかったと思います。私も毎週ヒスパニックたちと交じってラバンデリア(ラウンドリーマット)で洗濯してますからね。私は独り者ですから、一人で洗濯してますが、ヒスパニックは家族連れで、洗濯してるんです。そう、オバマは私たちにも手を差し伸べてくれてるんです。コインランドリーで洗濯している階層の人々は、社会のお荷物として、
「あいつらは、寄生虫のようにアメリカの資源を食い尽くす」
と攻撃されます。DCにいるエリートはそういう風に考えている印象があります。しかし、オバマの応援歌のビデオクリップに、ラバンデリアが出て来たというのは、すばらしい。やっと、私たち新移民を理解してくれる候補者が出て来たんです!

女の子とさえ遊べれば・・・。だから、私は毎日夢にうなされるんです。先日も、南米の夢を見ました。あれだけ女性と話せたのは、南米がはじめてだったからです。だが、アメリカは絶望の大地、このままでは、廃人となってしまいます。実のところ、オバマが大統領になるまで待てない。それが今の私の正直な気持ちです。

よって、とうとう我慢できなくなって、カルヴァーシティーのキューバン・カフェでソン音楽を聴きに行ったんですが、肝心のトレスがなかったんです。ソンのトレスのリフがモントゥーノというマンボやサルサのピアノのリフの元型になってるんですから。がっかりでした。それに、世界でもっとも肝心で重要な女の子がいませんでした。とにかくラテンの女の子を見たかったのに。だから、キューバのカフェに行ったのに。しかし、客は中年のカップルばかりでした。よって、気を取り直して、ロングビーチのブラジルのサンバのライブに行ってきました。そこで、裸のお姉ちゃんを見るしかなかったんです。オバマが多民族人であるように、ブラジル人も混血ですね。オバマがカナリア軍団のブラジル代表のユニフォームを着ていても、違和感がないですからね。
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南米は混血が多い。とくにブラジル人は。だから、女性はあそこまで美しくなる。悪夢をルーシッドドリームに変えるためにも、サンバのライブに行って、ビールを飲みながら、裸のダンサーのダンスを堪能したんです。しかし、女の子は、踊るための体ですよね。なんであんな美しいんでしょうか?まさに神が創造した最高の芸術作品としか思えないのは私だけでしょうか?「神は自分の姿に似せて人間を作った」とされますが、最初の人間は、女だと思うんです。アダムのあばら骨から作られたなんて信じられません。逆に、アダムがイブのあばら骨から作られたと言うんだったらわかりますけどね。男はなにせ醜いですから。人間としては、不完全で取るに足らないものなんです。アンディー・ウォホールを狙撃したヴァレリー・ソラナスもそう言っています。

これが、ライブの写真です。サンバのバンドは、まるでチンドン屋ですね。太鼓をドンドコ叩くのです。
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ブラジル独特の小さなギターのようなカヴァキーニョが見られます。これはブラギーニャというハワイのウクレレと同じ祖先であるポルトガルの民族楽器が元となったものです。日本ではポルトガル人はブラギーニャではなく、鉄砲を種子島に伝えたんですけどね。
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さて、ブンダ(お尻)です。ブラジル人ならではの、さすがはラテンです。
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まるで、ミツバチのようにお尻を激しく振りながら前進してます。やはり、静止画像では、わかりませんか・・・。
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踊り子が、男性客の前で、お尻を一秒間に4回ぐらい回転させるかの猛スピードで、振ります。あれは、人間の動きではない。とてつもないトレーニングをしてるんでしょうね!
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孔雀の衣装で、これぞカーニヴァルのコスプレですね!
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それは、エルビス・プレスリーもgirationというお尻の動きで、フロリダの裁判所からgiration停止命令が出たほどですが、踊り子たちのgirationは、そんなものではない。さらに上を行くものです。腰がぶるぶるぶると小刻みに、まるで人間バイブレーターのように揺れてるんですが、いやぁ、写真ではわからないですね。でも、腰のひねりは、うまく撮れたのではないかと思います。ほんと、柔軟ですからね、彼女たちは。
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鎮魂祭は、別名魂振りの儀式。近畿王だったニギヤハヒが十種の神器の呪法として神武天皇に伝えたものです。それは、猿田彦とウズメの子孫である猿女が司ったとされます。そしてその創始者であるウズメの踊りは、大変激しいものだったとされるのです。もしかして、このサンバダンサー並めの激しさだったのかもしれません。お尻を激しく揺するもの。balancarという動詞は、ポルトガル語で、「揺する、バランスをとる」という意味ですから、バランスというのは、激しく揺すって魂に活力を与えることなんです。だから、サンバの踊り子のダンスは、古代日本にもともとあった舞踊を見たような気がしました。女性の性的な踊りが、魂に活力を与えるんです。よって、キモヲタに必要なのは、女性の激しい踊りなんです。それで、キモヲタのオーラ、そして生命力は強くなるのです。私も、サンバダンスを見て、とても興奮しました。体全身からエネルギーが満ちあふれてきました。

あぁぁがぁぁ、いい加減女の子に触りたかった。だから、もうどうしょうもない。しかし、触れない。
「触らせて!」
とおねだりしたところで、警察に逮捕されてしまいます。そして裁判所からrestrain orderが出されてしまいます。スキンシップがとれないんです。皮膚感覚の欠落がこれほどまでに苦痛だとは。このままだとほんと辛くて辛くて死んでしまいます。だから、とにかく女の子に触れるチャンスが欲しかったんです。売春は、国連の条約で禁止されています。だから、私たちはそれを厳守しなければなりません。人身売買は、女性の人権侵害となるからです。黒人は奴隷として人身売買され、女性は娼婦として人身売買される、それは許されざる行為なのです。だけど、女性とエッチしたいことにはかわりない。その欲望は膨張するばかりです。そして苦しみは増大するばかり。オランダは国連の条約に締結してる国なのに、売春があります。赤線があるんです。私もアムステルダムに行ったときは、娼婦が立ってました。たまっていた性欲が一気に吹き出ましたが、でも、女性の人権侵害となるので、まったくかかわらなかったです。だから、我慢しました。しかし、私と同じく「快楽の剥奪と独占が社会を悪くしている」という見解を持っている疑似科学者の『Power vs Force』の筆者であるデイブ・ホーキンズ博士は、売春を容認しています。女性の人身売買を認めると言うのです。
In Amsterdam, one section of the city is traditionally desginated as a red-light destrict, quiet and serene with a pastoral atmosphere; its streets are safe. (p168)
アムステルダムでは、都市の一つの区域は伝統的に赤線区として区画されている、静かで静寂で牧歌的な雰囲気、そこの街は安全だ。

私が行った時は、赤線はとても賑やかで、牧歌的でも静かでもなく、騒がしかったですけどね。酒場では、大麻も吸えますし。しかし、売春は人権問題ですし、博士の意見に賛成できません。オランダの法律では売春は合法だけど、国連の条約に締結しているので、違法なのではないでしょうか?つまりオランダで買春は違法なはずなんです。アメリカは、女子差別撤廃条約を批准してないので、ネバダ州のカールソン市の売春は合法です。国際条約によって違法になることはありません。だから、ネバダに行って、女の人に金を払ってエッチするのは、犯罪ではないですし、警察に逮捕されることもないんです。しかし、私はネバダ州に行きましたが、買春はしませんでした。どんなに女の人と寝たくてもです。枯しても盗泉の水は飲まずです。アメリカでも、ケイトー研究所を支持母体とするリバータリアン党は、売春を合法化する方針です。どうなんでしょうか?彼らは売春は悪いことではないとしています。娼婦が個人で自営業でやるなら問題ないそうです。犯罪組織とつながってるピンプに搾取される売春が問題だとしているのです。セックスにお金が介在すると犯罪になるというのがおかしいとしているのです。どうなんでしょうか?女性差別撤廃条約は、女性運動の達成した偉業ですし、そこには売春撲滅が謳われていますから、売春は女性解放のために廃絶されるべきなのでしょう。

しかし、昔の日本の村社会だったら、売春制度は必要なく、夜這が発達していて、男も女もダンスパートナーを変えるかのように、セックスパートナーを取り替えていたそうです。カジノ・ルエダのような夜這システムだったそうです。またパートナーはくじ引きで決められ、それからどんどん交換していく制度だったそうです。だから、昔の日本には、童貞や処女は存在しなかったそうです。結婚がセクシュアリティーを排他的にすることはなかったんです。それに、明治前は、日本の離婚率は極めて高かったそうですし。現代社会になって一気に童貞率が高くなったそうです。しかし、かつては、日本の田舎の村は、セクシュアル共産主義社会だったんです。まるで、ニューヨークにかつてあったオネイダ・コミュニティーですね。しかし、今はシルバーウェーアの会社になって生き残っているようですけど。日本の昔の村社会も、男の未成年の性教育は、カカアが担当したそうです。『あるスキャンダルの覚え書き』のシェバ・ハート先生(ケイト・ブランシェット)ですね。30代後半の女教師が15歳の生徒とエッチするという。昔の日本は、15歳で大人になったので、16歳で子供を産んで、子供が15歳で成人すると、女性はだいたい30歳ちょっと過ぎですね。産業革命前はそんな子だくさんではなかったそうですし、だいたい30代後半で子育てを終えてたんじゃないですか?ということは、30代後半の女性が、13歳ぐらいの男に性教育を施したんでしょう。で、15で大人になるという。ユダヤ人も男女とも13歳になるとバミツバ(成人式)を行います。だから、30代半ばの女性が、10代半ばの男性に性教育するのがもっとも理にかなってたんです。ミルフは本当に存在していたんです。女性のショタコンも承認されてたんです。あぁ、私もシェバ先生が中学のときにいたら、絶対にキモヲタになることはなかったんだ!そして、絶対に渡米することはなかったんだ!日本に対してここまで憎しみを持つことはなかったんだ!だから、シェバ先生は、昔の日本の村社会の性教育者の鏡なんです!

オネイダ・コミュニティーは、ジョン・ハンフリー・ノイェスという牧師が作った共同体です。彼は、アビゲイルという女性に恋をしますが、アビゲイルは、彼の教会を去り、他の男と結婚しました。それが、ジョン・ハンフリーを打ちのめしました。それで彼は、結婚反対論者となります。それで、アメリカ初のオープン・マリッジ(セックスを結婚に限定しない関係)を提案したコミュニティーを作ることになったのです。彼自身、ニューヨークの副知事の孫娘と結婚しましたが、結婚はオープンですから、セックスは結婚内にとどめてはならない、つまり性的快楽を独占してはいけないという考えかたですから、二人とも共同体のなかでスワッピングをやっていたのです。そして、セックスパートナーもカジノ・ルエダ式で交換されていきます。そうすれば、ブサイクもイケメンも知能の高い人も低い人も経済力のある人もない人もみんな平等にセックスできるんです。これは、日本の昔の村社会と非常に酷似しています。しかし、アメリカはいまでもフリーセックスに対してとても厳格なのに、19世紀前半では、暴力による弾圧を免れません。一夫多妻制のモルモン教でさえ、ジョーゼフ・スミスが殴り殺され、彼らは迫害を逃れてユタに亡命しました。オネイダの人たちは、モルモン教のように迫害を逃れてどこかに行ってコミュニティーを形成することもなく、そのまま滅んでしまいました。しかし、オネイダが間違っていたところは、男はオルガズムに達してはいけないというものでした。つまり、射精してはいけなかったんです。それでは、いくら色んな女の人とエッチできても、オルガズムが禁止されていては、オネイダを脱退してしまうでしょう。至高の快楽を禁止されていたら、そんなふざけたコミュニティーは滅びるに決まってるんです。

しかし、ジョン・ハンフリーの気持ちはとてもわかりますよ。私もバイブルベルトで北欧系の既婚女性に恋をしてしまって、その報われない恋がどんだけ苦痛であったか!夫は、単身赴任で違う州にいたので、彼女は、私を家に招待して夕食を食べたり、映画を観に行ったり、彼女の女友達ともハングアウトしました。しかし、やはり既婚女性の友だちは既婚女性なんですね。なんで同じ境遇の人と友だちになりやすいんでしょうか?でも、あの日々は、楽しかった。あのような時間がずっと続いてくれれば・・・。しかし、彼女はとうとう夫の住んでいる州に引っ越すことを決定したんです。ショックで倒れそうになりましたよ。すべてが崩壊してしまったんです。そして、彼女がいなくなったこの州にいても無意味だと思いました。広い大草原は、ぽっかり開いた空間のようで、苦痛に思えたんです。なにもかもが苦痛になったんです。だから、自殺を考え、銃を購入しようと思いました。
「なんで僕は生きてるんだろうか・・・」
そして、遂に、カリフォルニアに移動することにしたのです。あそこは、アメリカでもっともリベラルなところだし、フリーセックスに遭遇できるんじゃないかと。それから、私も結婚廃止論となり、リバータリアン党の結婚を廃止してドメスチックパートナーシップに切り替えるという方針にとても共感しました。そうなれば、姦通罪というのは、なくなり、結婚外のセックスが犯罪とはなくなるからです。結婚がなければ、だれがだれとセックスしようと、それは自由意志となりますから。

しかし現代社会はキリスト教によってそのような風習は「性の乱れ」として弾圧されます。そして、今でも、セクシュアリティーの統制が行われています。そして、その最大のマジノ要塞は結婚制度なんです。それは、快楽が勝者によって独占されている制度なんです。それがネオリベラル市場原理主義であり、恋愛資本主義なんです。そして恋愛は消費力と結びついています。よって、ネオリベラルの恋愛は、準結婚制度なんです。「自由恋愛」ではないんです。統制された恋愛なんです。だから、キモヲタのような負け組は、女に触れることすらできません。セックスの快楽にまったくアクセスできない。それが日本やアメリカでキモヲタを発生させてしまうんです。それで、ヒットラーが予言した「永遠の未成年集団」が出て来ちゃうんです。日本では、それはキモオタ、アキバ系のアニヲタなんです。虹コンなんです。永遠の16歳になりたいんです。
愛もそうだ。特定の男女にだけ、愛と肉体の快楽が集中する。一方、一生に一度の真の愛も快楽も得られない男女も増える。
アドルフ・ヒトラー

その一方で、私たちキモヲタのような「永遠の未成年集団」いるように、「幼いときから大人の思考と感情を持った人間たち」も現れるそうです。そんな人は、めったに会わないですけどね。
『幼いときから大人の思考と感情を持った人間たち』も現われるのだ。信じられないだろうが、彼らは胎児のときからさえ、そのように教育される。5つか6つで一人前の理屈と判断力を備え、13、4歳にもなれば、並の大人を指揮するほどの力を持つようになる。
アドルフ・ヒトラー

まぁ、そういえば、マチュピチュに行った時にコロンビア人の小学生がそういう感じでしたね。南米の人はほとんどと言っていいほど英語が話せないなかで、あの娘は流暢に英語を操ってコロンビアの政治問題とか社会情勢とか話してましたからね。ほんと、大人って感じでしたね。大変驚かされました。なんか異様でしたよ、大人が子供の体に入っているんじゃないかって。で、有名人だとジョディー・フォスターがそうですね。『白い家の少女』を観たときは、驚きました。なんと、13歳なのに、大人の話し方をしてるんです。あの話し方は、一般的には大学を出て社会人になったときに、初めて身に付く話し方です。それなのに、フォスターは、13歳で、あんな話し方をしているんです。あれは、まさしく知能指数がずば抜けて高いと思いました。 『タクシードライバー』のときのフォスターは、まったくわかりませんでしたが、『白い家の少女』で、まさに彼女が天才だというのはわかりました。大人のようなスピーチパターンですよね。コンディ・ライスも13歳のときは、ああいうんだったんでしょうね。いやー、本当にそういう人はいるんですね。あれでは、同じ年齢のグループとは交われないのではないでしょうか?話をしても、通じないのではないかと思います。子役の子どもは子供しか演じられませんが、フォスターは違いましたね。まるで30歳の大人が13歳の体に入っているような気がしました。あれは、演技力ではなくて、もとからフォスターが13歳で大人を指揮するほどの力を持ってたからでしょうね。ジャンヌ・ダルクもフォスターと同じように、知能指数がすごく高かったんでしょうね。イエスも、12歳で、ラビ(ユダヤ教の教授)たちと議論を交わしてたといいますし。ゴータマ・シッダールタも、小さい頃から、「幼いときから大人の思考と感情を持った人間」だったのでしょうね。それは、もう先天的なものなんでしょうね。彼女らのように知能が高くなるには、遺伝子工学しかないでしょう。いや、でも裸の大将は、知能はフォスター並みではなくても、天才だったんです。知能が「天才」を決めるのではないんです。キヨシさんは、吟遊画伯として、トルーバドールのように線路を歩いて旅をしてたんですから。私も、小さい頃から学力と運動能力が学年平均よりも低くて苦労してきましたが、キヨシさんの偉大なアーティストとしての存在は、私に夢を与えてくれます。永遠の未成年者でも、偉大になれるんです!
キヨシさんは、偉大なり!
フォスターは、学年平均などという次元ではなく、それを通り越してしまって、雲の上の知能で、それで子供時代は孤独という。というか、同じ年齢グループでの友だちはできないと思います。しかし、キヨシさんや私の場合は、同じ年齢グループよりも学力がかなり低いので、同じ年齢グループにイジメられて、友だちが出来ない。孤立してしまうんです。つまり、孤立する面においては
「天才も馬鹿も紙一重」
なんです。そう、天才はレベルが高過ぎて孤立し、馬鹿はレベルが低過ぎて孤立してしまうんです。しかし、天才と馬鹿は紙一重ですが、彼らが交わることはありません。天才は、大人になっても、コミュニティーから引っ張りだことなりますが、馬鹿は、大人になると、だれにも必要とされず、社会のお荷物として、「社会福祉に寄生する怠け者」として糾弾されます。私たちは、怠けているのではなく、それが精一杯なんです。しかし、
「遅い、あまりにも遅過ぎる。どうしてこんなに時間がかかってるんだ!怠けてるのか!」
と怒られて、企業は金を無駄遣いしてると判断し、解雇されてしまうんです。私たちは、利用もされず、使われず、利用したところで何の特にもならないと見られるのです。そうやって、コミュニティーから「役立たず」として排除されるんです。で、そんな人たちは、日本だと「B層」と言われるんです。知能指数が低くて、プロパガンダによるインドクトリネーションの対象のグループです。まさか、小泉がそんな目で私たちを見ていたとは・・・。私は、日本の政治に彼のような変人の登場を歓迎したんですけどね、大間違いでしたね。結局は私たちを「うすのろ」と侮蔑し廃棄してきたエリート主義者だったんです。

だから、私はフォスターとかイエスとかシッダールタとかライスとかモーツァルトとか、子供のときから神童と騒がれたエリートには好感は持てないですね。レーガン大統領を狙撃したジョン・ヒンクリーJrは、フォスターに恋してしまったそうですが、その心境がわからない。ヒンクリーは、テキサスの石油会社の社長の御曹司で、その家族の人脈はブッシュ家ともつながってぐらいの名家であり、そんな権力に近いところにいて、しかも社長の息子とあるならば、いくらでも女の子と遊べるはずなのに、女遊びもせず、恋人も作らず、ただフォスターに対して偏狭的恋愛感情を抱いてしまったんです。アメリカでは、人口僅か2%の恵まれた環境にいたのに、どうしてスクリーンの女優に恋をしてしまったんでしょうか?現実の女は、彼と結婚して玉の輿になりたいと思う女の子もいっぱいいたはずでは?エリート階級に属してるんですよ。女に不自由することはなかったはずなのに。私たちは、プロレタリアートよりも収入が下だし、労働組合にも属してないし、医療保険すらないし、ラバンデリアで洗濯している階層です。経済力で女の子はデートしてくれませんし、結婚なんて、とても届きません。たとえお見合いがあったとしても、そんな経済力ではお見合いにすら招待されない。だから、女性はだれもセックスしてくれない。よって、萌えアニメに行くしかないんです。しかし、ヒンクリーはアメリカのトップ2%の最上層階級に属してます。ハーレムを作ろうと思えば作れる経済力を持っているのです。それでも、彼はフォスターに対してストーカー行為に及んで、しかし、フォスターに拒絶されると、
「ジョディーを印象づけるためには、歴史的偉業を成し遂げなければ!」
として、大統領暗殺計画を実行したのです。世界帝国の最高権力者であるアメリカ大統領を射殺することが、偉業だったんです。これまで大統領を暗殺してきたのは、政治的動機を持った人ですが、ヒンクリーは、二次元の女の子への恋愛が動機だったんです。つまり、政治とは、まったく無縁の精神異常者だったんです。

しかし皮肉なものです。ハリウッド女優に恋した金持ちの御曹司がハリウッド俳優のレーガンを暗殺しようとする。ほんと政治がスクリーンになってしまったような。戦争もテレビゲーム化し、政治までもがスクリーンになる。すべて映像になってしまうんです。で、その新たな時代を到来させたのが、ハリウッド出身のレーガンでした。映像の人間が大統領になったんですから。ヴァーチャルなリーダーだったんです。レーガン革命は、政治だけでなく、文化的にも革命を起こしたのです。映像の情報がいかに影響力を持つかです。あの暗殺未遂事件は、ヴァーチャル時代が到来したことを告げたものだったんです。なぜなら、ヒンクリーはヴァーチャルな人間になりたかったからです。ヴァーチャル時代に登場した症状であるアテンション・フリークの過激な形がヒンクリーに体現されたんです。ヴァーチャルな人間=成功者という図式ができましたからね。フォスターもレーガンもヴァーチャルの人間ですから。ウォホールが1979年に宣言した「15分の名声の予言実現」に情報大量生産型消費社会の背景があるんです。そう、まるで何億とあるテレビに映像が流れるという。だから、モンローの肖像画は同じものが複製されたものなのです。たった一つの体しか持たない人間が、瞬時にubiquity(遍在)のごとく、どこにでも現れるという。まさに神のみに可能とされた能力を人間がやってのけるようになったのです。それを、ラテン語で「Simulacrum」と言います。そのもっとも複製される人間はハリウッドスター、そして1980年にレーガンが大統領が当選することで、完全にアメリカはヴァーチャル社会となったのです。そう、ウォホールの「15分の名声実現」の翌年です。そして、その年に、ジョン・レノンも凶弾に倒れます。そして、レーガンも1981年に狙撃されます。レノンとレーガン、二人の狙撃者は、ともに極右や極左の政治的テロリストではなく、アメリカ社会が生んだ精神異常者でした。そして、ヒンクリーも、15分の名声のため、ジョディーが所属するヴァーチャル世界に仲間入りすることで、ジョディーに認められようと、ヴァーチャル世界の頂点となったレーガンを狙撃したんです。それも、レーガン革命なんです。保守派はそんなヴァーチャルなハリウッドを嫌ってますが、レーガンがSAGの会長で、生粋のハリウッド人間だったということをわかってないんですね。政治がヴァーチャルな次元で動くということです。そして90年代になって、ゴア革命によって一般社会にインターネットが普及し、それで新たなる二次元世界が誕生したんです。そして、それに伴って日本ではアキバを中心としてアニヲタが出てきます。そして萌えアニメが登場します。

アニメヲタク世代は、まさにレーガン革命の後のヴァーチャル世代ですね。そして、平成時代になると宮崎事件が起きます。それで、ヲタクが一気に脚光を浴び、社会から断罪されます。しかし、ヲタクはヒンクリーや宮崎のような精神異常者ではありません。彼らは二次元と三次元を分けることができなかったんです。しかも、あの二人は、アニメではなく、実写フィルムだったんですから。それに、インターネットによって、爆発的に萌えアニメが普及しました。そして長期の不景気と小泉の登場によってさらに負け組が多くなり、キモヲタも多くなります。日本の20代男性の童貞率も5分の1という驚異的な数字です。それは、社会があきらかに病んでいる証拠です。それで、日本には犯罪予備軍が増えてると言われるのです。しかし、萌え系キモヲタは犯罪者ではありません。彼らはおとなしく優しい人たちです。森永さんも、『萌え経済学』でそれを指摘してます。それに、キモヲタは人権を侵害することをまず考えない。
「そんなにやりたいのなら、風俗に行きゃいいじゃん」
と言われても、
「それは人権侵害だから」
と言って、逆に売春根絶を説くのです。そう、キモヲタはおとなしいですし極めて安全です。暴力は好まないし、アニメでも、暴力的なものを好まないですからね。ほんと、学園のほのぼのとして牧歌的な雰囲気で、女の子と恋をするのを好むんです。萌えアニメは、ヲタクを癒してくれるんです。ネオリベラル社会は、弱肉強食、自然淘汰で、とても暴力的なところですからね。そんな過酷な社会には、合っていないんです。女の子たちと楽しく過ごせれば、それでいいではありませんか?でも、アメリカはとくに皮膚感覚がない。負け組になるとほんと欠落してしまう。経済力のなさがセックスに結びついているなんて、とても信じられません。それに、萌えアニメの美少女は、絶対に皮膚感覚が生じない。だから、現実じゃないことがわかってるんです。つまり、ヒンクリーや宮崎のように二次元の世界を三次元と取り違えてしまうことはないんです。でも、キモヲタは、やはり苦しい。どんなに二次元の女性に恋をしようとも、萌えようとも、オナニーしようとも、スキンシップがないですから。つまり、相互恋愛も、セックスもできないんです。とにかく女の子と楽しい時間を過ごしてエッチしたいんですから。それさえできれば、私たちは、社会に対してここまで激しい憎しみと怒りを持つことはないんです。絶望の淵に追い込まれることはないんです。

しかし、インターネットは、萌えアニメを普及させましたし、キモヲタもやっと萌えを通じて、またはブログや2チャンネルのようなところで自己主張できるようになったんです。オバマは、「失業に苦しんでる人々は、それを表現する方法として、銃や宗教にすがりつく」と言いましたが、それと同じで、キモヲタは、女性と恋愛もセックスもできずに苦しんでるために、その苦しみを表現する方法として、萌えアニメにすがるんです。そして、インターネットはオバマの運動を可能にしました。新たなコミュニティーベースを築くメディアになることは確かです。だから、インターネットの可能性は無限大なんです!

それに携帯電話も新たなコミュニティーベースを築いています。携帯でメールをやり取りしている人たちがもっともセックスにリベラルというのです。そう、やはりセックスはコミュニティーベースなんです。人と人との繋がりが強ければ強いほどセックスもしやすくなるんです。だから、オバマには大きな可能性があるんです。今まで、人々は家族を中心として、しかも国家とは縦の関係しかありませんでしたが、オバマによって横の関係がインターネットや携帯やブラックベリーによってつながり、コニュミニーベースが築かれると思うのです。そして、今では、社会から廃棄物として捨てられてしまったキモヲタを、再び社会にコネクトすることなんです。彼らは世捨て人ではなく、世捨てられ人なんですから。清教徒倫理社会は、童貞を童貞のままにしておくコミュニティーなんです。恋愛やセックスができなくとも、結婚さえできればいいと考えているからです。それを
「戦さに負けて戦争に勝つ」
というのです。独身時代の恋愛とセックスを軽視してるんです。つまり、社会は私たちの要求を聞かず放っておくんです。だから、キモヲタが発生してしまうんです。女性との接点がない男がどうやって結婚できるでしょうか?そのまま結婚適齢期が過ぎてしまいます。そうなったら萌えフギュアと結婚するしかないじゃないですか!だからこそ、セクシャルなコミュニティーベースを築かなければならないんです。コミュニティー・カレッジは、コミュニティーベースですが、エジュケーショナルだけでなくセクシャルにしたいものです。

よって、ネットでコミュニティーカレッジのラテンダンスのクラスを取ることにしました。女の子が沢山いると思ったからです。セックスは無理だとしても、体に触ることぐらいならできるからです。萌えアニメの美少女では、限界がありますから、皮膚感覚がないという。しかし、色んなところにプライベートレッスンの教室がありますが、一回で20ドル以上します。5回行ったら100ドルです。それは、高い。それにガソリンが1ガロンで$5という異常な高さ。どうして、暴動が起きないのか不思議なくらいです。オバマはガソリン税を削減しないと言うし。だから、コミュニティーカレッジのクラスを取ることにしました。そこは1セメスターでわずか40ドルでしたから、とても安いと思います。よって、女性に触りたい一心で、そこに行くことにしました。

カレッジは異様でしたね。学生ばかりでしたから。懐かしいというより、まったく違った次元です。バイブルベルトの大学を去ってから、教育機関とはまったくかかわったことがないですから。私とは無縁な世界だと思ったんです。カリフォルニア州民としてはじめてカレッジに通うことになったんです。学生メンタリティーというのは、いいですね。やっぱとってもリベラルですよ。この自由さ。カリフォルニアのカレッジは、ほんとリベラルで、さすがは60年代の学生運動の発祥地。あぁ、私の大学は、田舎だったから、極めて保守的でしたからね。ああ、はじめっからカリフォルニアの大学に行きたかった・・・。でも、私は夜間のクラスなので、社会人が多いですね。学生色というのがあまりなかったです。

クラスには女性が20人ぐらいいて、まぁ、夜間ということもあって社会人が多数というのはちょっと残念ですが、またアメリカは肥満帝国だけあって、どうしてあそこまで体重オーバーなんでしょうか?
「痩せてさえいれば、かわいいのに!」
と思うような人がたくさんいました。やはりデブはすべてを醜くします。すべてを台無しにするんです。とくにメキシコ系の女の子は、チビでデブというのが多い。というか、あまりにも多過ぎる。メキシコのスラングだと「rechonchitas(ちびデブ)」なんです。レコンキスタじゃなくて、レチョンチッタなんです。なんでああいう体型なんでしょうか?それだけ食べてるんでしょうね。でも、貧乏だったら、食費は切り詰めるから痩せるはずですけどね。私だって、最近の穀物の高騰で、毎日米とみそ汁ですからね。体重は減って行く一方です。でも、アメリカって、肥満が多いんですね。貧困街のバリオでさえ、肥満だらけですから。とくにメキシコ系に肥満が多いんです。で、その中で痩せてる子は、めちゃくちゃ可愛く見えます。たぶん、アメリカでは痩せてるのが珍しいし、周りが肥満ばかりだから、特別に可愛く見えてしまうんでしょう。だって、アメリカで健康的な体重を保っているのは人口の3割ですから、マイノリティーなんです。そう、アメリカでは、デブがマジョリティーなのです。こんな異常な国、どこにあるでしょうか?だから、私もマイノリティーに入るのです。だから南米に行った時は驚きましたよ、肥満を見かけなかったですからね。いや、女の子は痩せてる娘がマジョリティーだったんです。南米の娘はお尻は大きいですが、あれは脂肪ではないですからね。たぶん骨盤と筋肉です。子供の時から激しいダンスをやってるから、バランスがいいお尻になるんでしょうね。下半身が丈夫なんです。だから、ダンスをするときは、とても美しく見えるんです。ぜんぜんふらつかないですからね。とても安定してるんです。

ステレオタイプかもしれませんが、ラテン系の娘はやっぱりダンスが上手い。体の動きが違いますもん。黒人が音楽やスポーツが上手いというステレオタイプの類いかもしれませんが、それでもラテンの女の子は、様になってるんです。それでもローテーションするから、すべての女性とペアを組んで練習できる。そして、かわいい娘とも手を取って踊りました。私は、
ききぎぎぎががががあぁぁあああああ!!!!
となってしまいました。ユーフォリアでしたよ。女性の体に触れたのは、実に3ヶ月ぶり。そう、南米旅行に行って以来なんです。ああ、やっと生気を取り戻しましたよ。生きてることが、苦痛ではなくなりましたから。やっぱ異性とのスキンシップがないと死んでしまいます。免疫力が低下して病気しやすくなってしまいます。ラテンの踊りの素晴らしいところは、体を触ることが許されるということです。普段では痴漢として逮捕されてしまう部分を触っても、大丈夫なのです。しかも、サルサ自体が、セクシュアルでエロチックですから。やはり西アフリカ源流のダンスというのは、とても官能的なんですね。シオラ・レオネの部族のダンスの映像を見たことがありますが、あれも、セクシュアルシンボルが鏤められてました。サルサも、フラーテーションダンスと言われるぐらいですから、女性の体に自然に触れることができるというのも、健康的ですばらいものです!スキンシップによって、オキシトシンが沢山出たんだと思います。まさに、タクティール・セラピーですね!

あぁ、南米に行く計画を実行するためにも、ラテンダンスは習っとかないと駄目ですからね。私の桃源郷は南米。これまで、三次元に失望し、二次元に現実逃避して、萌えアニメの美少女に恋愛感情を抱いてましたが、やっと三次元でも希望が出て来たんです。南米の旅で、キモヲタであった私が、はじめて声をかけられたんです。信じられませんでしたよ。
「これは夢か!」
と天を仰ぎました。日米で、キモヲタとして排除の対象としかなかった私が、南米の女の子には、声をかけられたんです。信じられませんでした。アメリカでは、女の子に声をかけられたことはありませんでした。日本では一回だけありました。もう十数年前になりますが私が新宿を歩いているときに、チマチョグリを着た朝鮮学校の女の子に声をかけられたんです。しかし、なんかの政治活動のための署名運動だったので、がっかりしましたけど。チマチョゴリも、とってもかわいかったなぁ、その娘も、髪型がショートカットで、化粧をしなくてもかわいいとう、まさに10代の女の子の特権、あぁぁ、抱きつきたかった。そう、まるで『True Tears』の乃絵ちゃんがチマチョゴリを着たような。
「僕もチマチョグリ着たい!」
なんて言えなかったですからね。でも、あれだけでしたよ、日本で女の子に声をかけられたのは。だから、私は在日の女の子に対しては、そんなに絶望感は持ってないんです。キモヲタであった私に笑顔で声をかけてくれたんですから。それに、私もキモヲタとして日本ではマイノリティーだったし、彼女らもマイノリティーだったから、マイノリティーとしての苦しみはわかち合えたはずです。しかし日本の女、そしてアメリカの女、このネオリベラル双方の女、どんなに失望させられたか!それも、すべて、マッチョな男権優越主義社会がいけないんです。清教徒倫理、市場競争原理のネオリベラル資本主義型消費社会がいけないんです。アングロサクソン型資本主義経済、恋愛においても白人男性優越主義なんです。しかし、その社会を変えてくれる候補が出てきました。それが、民主党のオバマとヒラリーです。

ヒラリーは負けてしまいましたが、でもオバマもまたアメリカというネオリベラル社会の現実を改革してくれると思います。三次元を変革してくれるのです。そうすれば、女の子はもっと優しくなり、キモヲタにも女性と戯れるチャンスが出て来ると思います。デートやセックスが経済力によって決定されるというのは、あまりにも不条理です。女性が社会の頂点に立てば、
「男が女をリードするもの、男が女を守るもの」
という言説は砕け散るはずです。ヒラリーだって大統領として最高司令官として私たちをテロリストから守ってくれる役割になれば、
「女が男をリードし、男を守る」
という言説も認められるんです。お姉さんが弟や妹を守るように。実際に、ドイツでは、メルケル宰相が、ドイツ国民の安全保障を任されてるんですから。エリザベス女王は、「The Defender of faith」ですが、アメリカ大統領は「The Defender of the Constitution」なんです。ヒラリーが憲法の防衛者となってくれれば、女性も積極的になるはずなんですけどね。そんな女性は、萌え系アニメでしかいませんでした。そう、DQNを蹴散らしてくれる戦闘美少女は、現実の世界にはいなかったんです。ならず者をやっつけてくれて私たちを守ってくれる女の子、そのような強い女性を私はヒラリーに見たのです。ヒラリーが大統領になれば、世界帝国軍の最高司令官として、草薙の剣のごときフットボールをもって、私たちをならず者から守ってくれるんですから。そうなれば、女性も積極的になるはずなんですよ、ヘトロの関係でも。

でも、オバマが今回は大統領になるようですから、オバマは多文化の男として、有色人種として、マイノリティーとして私たちマイノリティーに希望を与えてくれるでしょう。オバマの勝利が、アメリカをネオリベラルの快楽独占社会から、コミュニティーベースの男女関係に変えてくれる道を開いてくれるのは確かです。やはりセックスはコミュニティーです。昔の日本の村社会も、コミュニティーがしっかりしていたから、夜這とかがあったんです。男女の出会いがコミュニティーベースで確保されていた歌垣とか、毛遊びとかがあったんです。南米でのコミュニティーベースのダンスパーティーのようなものです。しかし現在は、近所付き合いもないし、過疎化で、人と人とのつながりが断絶され、よって童貞が沢山発生しています。家が社会の基礎単位になってしまったのがいけないんです。だから、家の外では、セックスは罪になるんです。つまり、結婚することは、家族を形成することですから、結婚外のセックス、つまり家族の外のセックスは違法となるんです。また、セックスが恋愛に支配されるのは、恋愛は、準結婚の性格を帯びてるからです。だから、恋愛関係は、準家族と見なされるんです。だから、恋愛の外でのセックスは罪となるんです。モラルに反するのです。それは、家族をベースにしたモラルだからです。しかし、モラルを家族からコミュニティーに変えればいいんです。そうすれば、セックスは、コミュニティー内ではいいことになります。南米はすごかったです。私は外国から来た異邦人なのに、コミュニティーにはまったく馴染みがないのにもかかわらずそのコミュニティーの人間と友だちであるなら、女の子をコミュニティーベースでどんどん紹介してくるのです。しかも女の子自ら乗り込んで来て、
「tienes novia?(ガールフレンドはいるの?)」
と訊いてくるんですよ。しかも初対面で。そう、コミュニティーベースで、セックスをサポーツしてくれるんです。アメリカはおかしいですよ。ふざけた清教徒倫理がありますから、セックスに対してあまりにも厳格になってるんです。アメリカの南部はコミュニティーベースがありますし、サザンホスピタリティーという暖かい風習があるんですが、セックスをサポートすることはないですからね。で、セックスが出来なくて発狂しそうだと言うと、彼らは女性を探してくるんじゃなくて、心理セラピストの番号をくれるだけなんです。
「私の友人に心理カウンセラーがいるから、そこに行くといい」
と言うんです。私にはカウンセリングではなくて、女性とのスキンシップが必要なんですけど!だから、カウンセラーを紹介するんじゃなくて、女友達を紹介してほしいんですけどね。アメリカでは、コミュニティーがあるところでも、そうなんです。そう、コミュニティーが強いほどセックスに対して保守的というのが、アメリカの悪いところです。で、過疎化された大都会では、セックスは開放的だけど、コミュニティーのサポートがない。しかしここから引き出される結論は、セックスにリベラルな大都会でコミュニティーベースを築けば、それこそキモヲタでもセックスをする確率が高くなるということです。なにせ性的マイノリティーの女性やLGBTの社会進出が最も進んでいる性的リベラルな風土の土地でコミュニティーベースを築けば、キモヲタにも当然チャンスが平等に巡ってくるはずです、私が南米で経験したように。だからコミュニティーオルガナイザーだったオバマに大いに期待するんです。彼は今でもコミュニティーオルガナイザーですが、それが、巨大なエネルギーになって大統領になろうとしてるんですから。だから、彼が、大都会でコミュニティーベースを築いてくれる指導者になってくれることは間違いないんです。オバマの大統領選の運動は、コミュニティーオルガナイゼーションのムーブメントなんです。だから、彼の大統領選の勝利は、キモヲタのセックス解放宣言になるんです!

よって私は、オバマ候補がこういう健康的な社会を築いてくれることを確信してます。だから、彼には三次元改革のすべてを託しているんです。
Change, Yes We Can!

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【2008/06/21 04:51】 | 恋愛
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この巨大なストレス、それはやはり三次元の女の子との皮膚感覚の欠落でしょう。経済的にいつ失業するかわからない、そしてそんな者には、デートする価値もない、とくにネオリベラル社会では、負け組は、セクシュアリティーの権利を剥奪されてしまうのがオチです。だってネオリベラル格差社会の恋愛は、はっきりいって援助交際ですから。そして、このヤハウェーの築いた一夫一妻制度、それを模擬した恋愛制度、セクシュアリティーの束縛と抑圧が私の精神を蝕んでいきます。どの女の子も、本気で恋人としかセックスしてはいけないと思い込んでいるのです。

ちくしょう、女の子はどうしてボーイフレンドがいるのでしょうか?まるで、声をかける度に、
ごめん、あたしボーイフレンドがいるから…
という答えが返ってくるのです。ひどく傷つきます。このネオリベラル社会は、どれだけ私を傷つければ気が済むのでしょうか?こんな答えはもう散々です。聞き飽きたどころではありません。それは、まるで
あたしのセクシュアリティーは独占されているから、あなたとはセックスできない
と言っているようなものです。それは、カトリックのシスターが
「私はイエス(ヤハウェー)の妻だから、つまり神様にセクシュアリティーが独占されているから、あなたとはセックスできない、だから貞操を守るのです」
と言っているようなものです。つまり、初夜権は、ボーイフレンド、夫、そして典型的な家父長であるヤハウェーが独占しているのです。そして初夜権は、オプション取引のように、男たち、ヤハウェーの間で売買されるのです。だから、恋愛と結婚は援助交際なのです。貧乏人には、とても手が届きません。ドル札には、「In God We Trust」と刻まれているのですから、ドル札が少ない奴は、それだけ神への信仰が足りない、よってドルは、贖罪符のようなものです。つまりクーポンを貯めれば、初夜権を購入できるのです。だから今では、教会に代わってコーポレート・オフィスが、礼拝堂となったのです。そして巨大ショッピングモールが、ネオリベラル資本主義型消費社会のエルサレムです。

そういえば、以前働いていたところでも、かわいい女子大生の白人の子が入ってきて、で、私は早速デートに誘おうとしたんですが、
「あたしボーイフレンドいるから」
と言われてしまいました。しかし、その子にはボーイフレンドがいなかったのです。なにせ、その一週間後、彼女は、私の同僚と付き合い始めたんですから。私の同僚は、嫌味たらしく、
「実はおまえが誘おうとしたあのとき、あの子にはボーイフレンドはいなかったんだよ」
と私に言ってきました。私は、
ふざけるな!
と怒り狂い、その同僚とまったく口をきかなくなってしまいました。絶交しました。なにしろ、彼は、私の気のあった子を独り占めにし、しかも、余計な情報まで私に提供したのですから。そして、毎日彼らを見る度に苦痛が走りました。とくに、仕事が終わった後に、彼らが仲良く手をつないで駐車場まで歩くその姿、いかにもラブラブで恋をエンジョイしているという雰囲気で、そのオーラに私はどうしょうもありません、とても耐えられませんでした。その光景を見る度に胸がひどく痛み、涙を必死にこらえていました。だから、私は帰りに、わざと時間をずらしてタイムカードを切っていたほどです。そして、私がその仕事を辞めるまで、彼らとは気まずい状態が続きました。それは、巨大なストレスとなり、睡眠不足となってしまい、やることすべてが無気力となり、仕事場を変えることでしか、自分をそのストレスから解放することができませんでした。
「ああ、彼女は、毎日、あのクソ野郎とやってるんだろうなぁ」
そう考えると、夜もろくに眠れませんでした。考えないようにすればするほど、それを考えてしまう。忘れようとすればするほど、忘れられないものです。だから、心機一転するためには、職場を変えるしかありませんでした。

しかし、現在の私のストレスは、やはり職を失ってしまうのではないかという不安。その不安に押しつぶされそうです。女性がデートで支払ってくれない限り、デートは無理です。失業者の男とだれがデートするでしょうか。とくに、この男性至上主義社会では。フェミニズムが勝利を収めない限り、そのような男にはまったくチャンスがないでしょう。そして自暴自棄になって非合法な娼婦に手を出すまで追い詰められます。

しかし、娼婦売買は、国連の女性差別撤廃条約の第6条に明白に、
締約国は、あらゆる形態の女子の売買及び女子の売春からの搾取を禁止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとる。
とありますので、国際的に撲滅しなければいけない人権蹂躙であります。日本は締結国ですから、もちろん売春、かつてはトルコ風呂、いまでいうソープランドなどは、犯罪であり、そのうえ、女性の人権侵害です。アメリカは、まだこの条約を批准していません。よって、ネバダの売春も、合法です。しかし、やはり国連の人権宣言は、厳守しなければならないでしょう。まあ、貧乏人にとっては、素人も玄人も、合法違法にかかわらず、経済力がないために、どちらにしろセクシュアリティーを謳歌できませんので、それ以前の問題ですが…。この社会は、勝ち組のために構築されているのですから。

そう、経済力の低下が、皮膚感覚の恋の可能性を消滅させてしまうのです。そしてそんな惨めな状態から救ってくれるのは何か?それは、イエス、ブッダ、ではなく、やはり女の子なのです。アニメは、永遠の女性像を体現してくれます。そして、私は一人で、
「ぐわあぁぁぁ、キター!」
と萌えます。とくに、『焼きたて!!ジャぱん』の月乃たんと、『ヒカルの碁』のあかりちゃんに。この『ヒカルの碁』のOPの39秒目での、あかりちゃんの見返り美人的な、肩を「てへっ」てすくめる、いかにもかわいらしい女の子、私の脳みそが電子レンジで焼かれたように、
きぎげげっげげげぇぇぇええ、ぐもー!!!!かわいいいいぃぃぃいいいいい!!!!!!
となってしまいました。とくに髪型がかわいいし、夏のファッションも実によく似合う。ああ、あんな子が日本にいたら、絶対に渡米することはなかったんです。ヒカルが実にうらやましい、あんな子に付きまとわれているなんて、天国じゃありませんか!!私も中学に戻りたい、なにがなんでも学園に復帰したい、失学園の雪辱を晴らしたい、そして前髪を金髪に染めて、碁でもやっていれば…。でも、そんな二次元では、やはり限界があります。皮膚感覚が伴わないですから。あかりちゃんのあのスベスベした肌に触れることが出来ませんから。あの子に触れられたら、どんなに恍惚だったことだろうか?もはや法悦に達していたかもしれません。肉体による皮膚感覚の恋…、やはりそれに勝るものはないでしょうね。だからこそ、私は『虹コン・マニフェスト』で描いたような革命を切望しているのです。よって、オバマ候補の叫ぶ「チェンジ(変革)」を望んでいるのです!

【2008/02/27 00:17】 | 恋愛
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くそったれ、ふざけるのもいい加減にして欲しいです!いつまで経ってもバレンタインデーは屈辱です。それは、二年前の記事、また去年の記事にも書きました。

バレンタインデー、恋人同士が、プレゼントを買ってあげるいわゆる消費主義の最骨頂の日、私には、その言説の圧力に屈しなければならなかったなんて。みんな頭の中はバレンタインのことばっか、殉死者の聖バレンタインのことなどおかまいなしです。バレンタインデーは、バレンタインデーの存在を知った時から、私には忌々しい祝日となりました。私は、学園で、とくに女性をもっとも求めていた高校で一度もチョコをもらったことがありません。それは、私が、恋愛資本主義の敗者としか彼女らの眼には映らなかったからです。それも原因で、
すべての女は、家父長制資本主義的消費社会の言説に洗脳されている!
と叫んで、家に閉じこもり、酒を飲みまくりました。焼け酒です。焼ける、いわゆる「ジェラシー」のことです。焼ける神は、ヤハウェー、嫉妬の神なのです。日本は、アメリカと違って、コンビニでIDをチェックすることはありません、だから未成年でも酒は簡単に手に入ったのです。イエスの血はワインです。そう、酒なのです。だから、キリスト教の神は、酒の神様、そう焼け酒の神なのです。あのときこそ、私は、キリスト者となりました。そして、アメリカこそが、イエスの話す恩寵の世界に聴こえたのです。それは、私の直感でした。だから腐敗した男尊女卑社会の日本を捨て、渡米を決意したのです。

しかし、アメリカに来てどうだったか!蓋を開けていれば、アメリカこそネオリベラルの本拠地、総本山だったのです。絶望です。まるでパンドラの箱を開けたかのようです。そして、残った最後の希望として、さまざまな女の子をデートに誘いましたが、断られました。
「あたし、ボーイフレンドがいるから…」
ふざけるなー!一夫一妻制度など、時代遅れだ。そんな結婚制度に恋愛制度も真似しているなんて、それは、セックスはそのボーイフレンドによって独占されていると言うまったく最低な極悪非道なことなのだ。それは、
「ごめん、あなたとはセックスできない」
と言っているようなもんだ!ボーイフレンドはヤハウェーだ。ヤハウェーのように忌々しい存在なだけだ。奴らは女性の性を独占するけだものなのだ。ヤハウェーはニーチェが言うには死んだのではないか。21世紀にもなって、まだヤハウェーの亡霊が生きているなんて、どうやって除霊すればいいのか。この世はヤハウェーだらけだ。ボーイフレンドだらけだ。キリスト教の清教徒倫理観がセックスを恋愛に従属させているのである。それこそがキリスト教のからくりであり、それを見抜いた私は、キリスト教を捨て、無神論者となったのだ。そして、その欺瞞に満ちた倫理観、それは、異性、企業、国家、神への忠誠心であり、それを破るものは、世界から追放されるのである。それこそが、ロマン主義のルールってものだよ。ネクタイはまさしくその証であり、男はたった一人の女のため、国のために死ななければならず、女は指輪をはめることによって、たった一人の男に性的に従属する。そして夫が死ねば、未亡人として黒いスカーフを着るのだ。だからこそ、セクシュアリティーは解放されなければならない。その黒服、いわゆるビクトリア式の喪服が脱構築化したのが、ゴスロリなのである。それこそ21世紀のあるべきセクシュアリティーだ!いまだにセックスは恋愛内にとどめるという言説が働いているなんて、そんな社会、革命で転覆させればいいんだ!オバマよ、あなたがいま一番大統領に近いんだから、大統領になったら、ぜひ結婚制度を廃止してくれー!!!
その男性至上主義的恋愛を打破せよ!!!!!

ああ、生きている意味がないよ、皮膚感覚が